零の飛空士   作:葛葉

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渡洋

――翌日

 

 

才人は早朝に起きだし、才人に割り当てられた機体の整備に出かけた。今回は長距離飛行となるので万が一の不備が出ないようにするためだ。なお、機体は蒼龍時代から乗り続けた機体で、番号はF―011であった。才人は整備士と一緒に機体の点検をしていく。

 

ガンダルーブを使っても特に問題もなかったため、朝食をとるため、食堂に移動するが、才人はそこで飛行隊長からあることを知ったのだ。

 

「えっ、大垣大尉が盲腸炎で入院?」

「ああ、昨晩突然痛み出してな、診察したところ、盲腸炎だったという事で緊急手術を行った」

 

大垣大尉は才人の小隊の小隊長であるはずだった。柴田1飛がミッドウェー海戦で被弾し、駆逐艦のそばで着水するときに、着水の衝撃で顔を強打し、3か月の怪我で入院することになった。

 

また、長らく下士官だけの小隊が続いたという事で、普通の小隊に戻すために長距離移動任務という事で渡洋作戦の参加者であった、大尉が小隊長という事で参加する手はずだったが、入院で取りやめになってしまった。

 

「では、北条3飛曹と二人だけで移動することになるのでしょうか?」

「いや、3機で行ってもらう事にする。今は戦時なので、何が起きるか分からん。そんな不安定要素を少なくするために1機でも多いほうがよい」

上官はそう答えた。

 

「では、誰と共に行かれるのですか?」

才人の質問は当然のことであった。

 

なぜなら、ミッドウェー海戦で多くの空戦経験者の士官組が戦死や負傷などで少なくなったのである。この移動任務も士官組はギリギリの数であった。

 

「そこなんだが、技量に不安があるが中尉と行ってもらう」

「はあ、やはりそうなりますか。新米中尉のお守りなんて承服しかねますよ」

才人は落胆したような声を挙げる。中尉というのはミッドウェー海戦後に補充してきた、士官であるが、彼らは海兵学校を卒業したばかりであった。当然のことなら、技量は圧倒的に不足でもあるし、彼らと才人の仲は一人を除いてとても悪かったのである。

 

 

「まあ、そんなに腐るな平賀1飛曹。君の小隊に入るのは君も知っている中尉だ。その中尉なら君も納得いくはずだ」

「そうだ。俺じゃ役不足か?」

 

才人は後ろから聞こえてきた声に驚き慌てながら振り返る。そこには件の中尉がいた。

 

「す・・鈴木中尉、おはようございます。いえ、そんなことありません!」

「ああ、おはよう。飛行隊長からすでに聞いていると思うが、平賀1飛曹の小隊の小隊長になった。よろしくな平賀1飛曹」

 

そう、才人と仲が良好だったのは鈴木中尉であったのである。

 

 

 

なぜ、才人と中尉達の仲が悪かったと言えば、模擬空戦にあった。

 

他のベテラン搭乗員は少々手加減して、中尉と空戦するのだが、才人は手加減一切なしの

本気の空戦で中尉と訓練していたのである。

 

他の搭乗員が注意しても、才人は

「戦場での戦死者を少なくするために必要なことだ!」

と言って、手加減を行わなかったのである。

 

更に、地上に降りてからも問題があった。それは、模擬空戦が終わった後にアドバイスをするが、才人は良い所を言わずに悪い所ばかりを述べたのである。それも容赦なく論理的に、経験的に叩き伏せたのであった。

 

それも才人は戦死者を出して欲しくないという思いからであったが、海兵に出たばかりの新米中尉達にとって、下階級の者から言われることは愉快なはずもなく、訓練以外では一切に関わらず無視したり、お礼参りと称して、鉄拳制裁を行った中尉もいた。

 

そのような状態であったから、殆どの中尉は遠ざかったが、1人だけは近づいてきた。

 

その人物が鈴木中尉であった。

 

 

鈴木中尉もまた、才人の容赦のない攻撃・口撃を受けた一人であるが、鈴木中尉は腹を立てることもなく、しっかりと受け止め、自由時間の時にもう一度教えを請いに来たのである。

 

鈴木中尉は自分の腕は未熟であると自覚していたので、変に江田島出のプライドを持つことなく接したのである。

 

 

才人も驚いたものの、鈴木中尉に操縦のやり方、戦場での役立つ方法・空戦の極意などを教えたのである。

 

このようなやり取りが数回続き、やがて、二人には師匠と弟子のような関係が出来上がったのだ。

 

才人の教えを守った、鈴木中尉の技量はメキメキと上がり、鈴木の同期と行った模擬空戦では、鈴木中尉が一番勝ち残り、ベテラン搭乗員相手にも最後まで食いつかせ、他のベテラン搭乗員を感心させたのである。

 

 

だから、鈴木中尉は平賀才人が認めた数少ない人であった。

 

 

 

 

「というわけで、よろしく頼みますよ、平賀1飛曹。いえ、師匠」

「勘弁してください。鈴木中尉のほうが階級が上なんですから、そのような呼び方はやめてくださいよ」

才人は無茶をできるが、公私の判断ができるようだ。

 

「はっはっ、それもそうか。まあ北条3飛曹もあいさつして準備にとりかかろうか」

才人と鈴木中尉はそのような会話を続け、北条3飛曹にも大垣大尉の事を伝える。

 

 

才人は、その後、入院している大垣大尉に一言あいさつをしてきて、飛行場に出かけた。

 

飛行場には才人の愛機も含む18機の零戦が有った。零戦の周りには整備士がせわしなく駆け回り、暖気運転の為かどの機のプロペラは回っていた。

 

才人はそれを横目に見ながら、鈴木中尉に長距離飛行のコツを教える。

「いいですか。栄エンジンは滅多に停止しないエンジンですので、エンジンの出力をギリギリまで絞ってください。絞らないと燃費が上がって、途中で燃料が足りなく、海にドボンです」

「うん、エンジンの出力をギリギリまで絞るのがコツと。他には?」

「そうですね、できるだけ揺すらないで、真っ直ぐに綺麗に飛んでください。揺するとこれまた燃料を消費する原因となるので」

才人はできるだけのコツを教え続けた。

 

 

 

――午前9時

才人を含む18機の先遣隊は木津更基地から離陸した。彼らの最終移動目標は昨日教えたばかりのガダルカナル島であるが、途中で補給と休息のためにいくつかの基地に着陸する必要があった。

 

最初の補給地は硫黄島であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――昭和17年8月

 

新基地ガダルカナル島へと移動するために零戦18機と誘導役の1式陸攻2機で飛行し始めた才人達。

 

どの機の零戦は快調にプロペラを回し続け、異常がないように感じられた。天候は快晴で誘導役の1式陸攻も異常なく飛行しており、まさに最高のコンデイション状態であった。

 

 

だが、才人の心は晴れなかった。なぜなら

 

 

 

 

――っ!早すぎる。やはり絞りきれてない。

そう、鈴木中尉であった。

 

 

鈴木中尉の零戦は他の機体と比べて、明らかにエンジンの回転速度が速く、巡航速度も多少速かった。訓練不足であることが隠しきれなかった。

 

 

それでも、鈴木中尉は卒業したばかりの海兵学校出身者にしては、エンジンの回転をよく絞れた方であろう。事実、彼の同期と比べても、訓練終了後の機体燃料の残量が一番多く残っていたのは彼であった。

 

また、移動任務に当たっては、経験者にコツを聞きまわっており、それなりに努力をしている。

 

 

しかし、開戦数カ月前から燃費の消耗を抑える訓練をやり続け、渡洋作戦をやり遂げた搭乗員と比べると、どうしても鈴木中尉は陰って見えるのである。

 

 

最初は、比較的近い硫黄島であるから、燃料は十分にある。しかし、今後の目的地を考えると燃料が足りないのである。燃料が足りなくなると途中不時着もありうるのである。

 

 

洋上での不時着は、運がよければ救助の可能性はあるが、大半は鮫によって喰われてなくなる搭乗員が多いのだ。

 

ある、ベテランパイロットは「鮫に食われて死ぬくらいなら、体当たりを選ぶよ。」と言った。

それほど、鮫に対して恐れを抱いていたのである。

 

 

鈴木中尉もありうる可能性であった。

 

「だけど、きちんと目的地までは引っ張ってやりますよ。中尉。」

才人は一人そうつぶやく。

 

 

 

 

才人達の零戦は1機の事故もなく硫黄島にようやくたどり着いた。

 

この時期の硫黄島は、飛行場はまだ拡張されてない時期だったので、狭かったものの、全機すんなりと着陸することができた。

 

誘導役の1式陸攻は硫黄島に着陸することができないので、一足先にサイパンに行き、翌日空中で合流する手はずとなっていた。

 

 

駐留場に零戦を止めて、エンジンを切った才人はコクピットから降りると、向こうから一足先に飛行場に降り立った、鈴木がやってきた。

 

「平賀1飛曹、どうですか俺の飛行ぶりは?」

先ほどの移動についての感想を求めているようだ。

 

才人は口ごもってしまった。

 

 

才人個人としては褒めてあげたい。だが、平賀1飛曹としては厳しく接しなければならない。戦場での燃料切れは致命的なことであり、重要なことであるので叩き込まねばならない。

 

 

「いえ、いけません。あの調子では、燃料がいくつあっても足りません。中尉はもっとエンジンを絞る努力を続けてください。」

と、エンジンの絞るコツを長々と話す。

 

 

「うーん、そうか・・・。参考になったぞ。ありがとう平賀1飛曹」

来る前とは打って変わってしょんぼりした態度で、離れていく。

 

 

才人は厳しくしすぎたかと思ったが、心を鬼にしなければならない。

 

 

飛行場の脇に立っている貧素な兵舎に足を向けながらも才人はこれからのことを思う。

 

 

――本当に遠いところまできてしまったなぁ。

そこには様々な複雑な思いがこめられていた。

 

 

 

 

――翌日

 

才人達の先遣隊の零戦18機はエンジンを回し、暖機運転を行っていた。硫黄島は大掛かりな整備が行えないので、何機かは残されると予想されたが幸いにもそのような事態はなかった。

 

 

しばらく待っていると、誘導役の一式陸攻がやってきたので、空へと旅立っていった。

 

 

彼らは、次の中継地サイパンへと向かうが、天候も良好で何事もなくつくだろうと予想したが・・・。

 

 

――おや?スコールか。

才人は前方に大きな雨雲が発生しているのを認めた。雨雲は黒く、雨が降っている下の部分は豪雨で見えなかった。

 

 

もちろん、そのまま突っ切ることなく、誘導の一式陸攻は大きく迂回するように進路をとる。後続する零戦も後に続く。

 

 

 

異常事態が発生したのはそのときだった。

 

 

――なっ!スコールが目に前に来た!?

そう、突如スコールが進路を変えて、才人の零戦達の前に立ちふさがり、どうしょうもなく、そのまますっぽりと入ってしまった。

 

 

――止むを得んな。そのままスコールが終わるのを飛び続けるしかないか。

雲中飛行の際はなるべく、進路を変えずにまっすぐ飛行するほかないのである。

なぜなら、不用意に進路を変えると空中衝突が多くなるからだ。特にこういう視界零の世界は一瞬の事故はあの世行きである。

 

 

――だけど、鈴木中尉がそれができるかどうか。

才人は前方に飛ぶ、鈴木中尉の零戦の翼灯に付いていきながら思う。

 

 

 

やがて、長いスコールを抜け出すことができたが、そこで、また驚愕すべきことが判明する。

 

何と、一式陸攻や鈴木中尉以外の零戦の姿を見ることがなかった。そう、才人達ははぐれてしまったのだ。

 

 

――これはまずい事態だな。さて、どうするかな?

才人は考えるが、その前に鈴木中尉がスピードを上げるのが見えてしまった。

 

 

 

才人は長い経験があるので落ち着けるが、何かもが初めての経験であり、極度の緊張状態であった鈴木中尉は、このような事態に対処できるはずもなくパニック状態であった。

 

当てもなく、スピードを上げて機体を上下左右に揺さぶる。まるで、そうすれば事態が解決できると信じているかのように。

 

 

 

才人はそれを痛ましげに見た後、スピードを上げて、鈴木中尉の零戦と横並びし、機体を傾け

 

「落ち着けーーー!!」

 

無線が通じないから届くはずがないのだが、大声を出しながら、乱暴に翼と翼をぶつけ合った。

 

 

それで、鈴木中尉も正気に返り、あちこちをキョロキョロした後に、不安そうに顔を向け、手信号で

 

「ドウスル」

 

と合図した。

 

 

才人も「オチツイテクダサイ ダイジョウブデス」と合図を行うと、まず、航空時計で経過した時間を見、そして、燃料計、地図を見て、更に風防をあけ、海を見て風向き、空を見上げ太陽の位置を確認する。

 

「・・・・・・・。」

空をにらみながら、才人の頭にはさまざまな要素を複合的に組み合わせて考える。

 

 

やがて、大まかな現在地が割り切ることができた。

 

 

才人は、鈴木中尉を案内させるために、バンクを振りながら、誘導を開始する。鈴木中尉もそれに従う。

 

 

天気は憎たらしいほど快晴で、海面には何もない青だけが広がっていた。その中を2機は飛び続ける。

 

 

時間が立てばたつほど、才人の焦りが増し、自分の計算が間違えたのかと、悶々とした気持ちを抱えながら飛ぶ。

 

 

どれほどたったのだろうか。ふと、右の視界の隅に何かが見えた様な気がした。才人はそれが何なのか確認できなかったが、あそこに行けばとかなると確信めいた直感で、バンクを振りながら、機体を右に傾ける。

 

 

 

 

 

 

 

彼らは、落ち込んでいた。

 

スコールに入る前までは、全機そろっていたのだが、スコールを抜けだすと、2機が不明になっていた。

 

それも、期待の新米中尉と部隊の至宝であるエースであった。

 

彼らはあわてると共に、2機ある誘導役の一式陸攻のうち1機が捜索に出かけ、サイパンや硫黄島に捜索願を出したが、サイパンに着いた後にも連絡がなく、墜死かと諦めかけたその時、彼らの耳に爆音が響いた。それも聞きなれた爆音であった。

 

彼らはまさかと思うと、同時に外へと飛び出した。

 

飛行場のはるか向こうに広がる大空、その上空に浮かぶ2機の零戦、それはまさしく、はぐれた2人であった。彼らは歓喜の声を上げた。

 

 

 

 

 

才人は、安堵していた。

 

眼下には島があり、飛行場があり、そして、仲間の姿が見えた。横を見れば、なきたそうな表情を浮かべていた鈴木中尉があった。

 

 

才人は、安堵のため息をつくとともに、指を一本飛行場へと向け、降りましょうと合図をした。

 

 

零戦は1機ずつ降り立ち、駐留場に止めると、仲間たちが駆け寄るの見え、「よくやった」と褒め称えた。

 

才人がもみくちゃされていると、人並みから、鈴木中尉が掻き分けてはいるの見え、才人のそばに駆け寄ると、何度も何度も感謝された。

 

 

才人はそれを照れくさい表情で受け止めた。

 

 

 

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