――――昭和17年10月
ソロモン海の制海・空権をめぐって日米の機動部隊がぶつかり合う海戦
後に南太平洋海戦と名づけられた決戦が今始まろうとしていた。
才人の零戦隊は決戦の尖兵者として米機動艦隊上空の制空権を確保するため翔んでいた。
彼らの前に誘導役の1式陸攻が3機飛んでおり、不遇の事態に備えていた。
コクッ・・・・・コクッ・・・・・コクッ・・・・・・
――――・・・・・はっ! いかん、ふらつく
才人は、上空に上がってから、しばらくは大丈夫だったが、時間が過ぎるごとに
頭がふらつくようになって来た。
また、上空6000mという環境は常人であっても寒い世界で体調を悪化させていた。
――――敵はまだ見えないのか・・・・?
才人はそう思ったが、前を飛んでいた、鈴木中尉が何か発見したのか前に飛び出てバンクを振る。
と、そのとき前方を飛んでいた一式陸攻が炎に包まれた。
―――っ!もう敵がいるのか!!
才人は咄嗟に燃料コックを切り替え、増装を捨てると同時に操縦桿とフットバーを左に倒す。
すると、機体が左のほうへと横滑りし右のほうにヒューーーッと風切る音と共に赤い機銃弾が滝のように流れてきてその後に青い機体が急降下していた。
よく、周りを見れば青い機体があちこちにあり、眼下にはいつの間にか敵機動部隊がいた。
「くそったっれ!敵の釜の中に入っしまったぜ!!」
機体を立て直し、右のほうへと旋回すれば、左側に2機のF4Fが近づいてきていた。
才人は少し直進すると交差するすこし前に向けて機銃を撃ち機体を反転させる。
撃った機銃弾はF4Fに吸い込まれるように命中し、胴体が大きくさけて墜落開始する。
もう1機残ったF4Fは慌てて逃げだす。
―――――1機撃墜!
才人はそう思うが、先ほどとは、また別のF4Fが右斜めうえから襲いかかる。
その角度はそれほど深くはなく浅い角度で急降下してくる。
才人はそれを見て逃げるのではなく、機首を上げて真正面に向けてヘッドオンの体形に持ってくる。
お互い速度が速いから見る見る距離が縮まり、機銃がお互いに同時に撃ち合う。
才人が放った弾はF4Fの上を通り過ぎ、F4Fが放った弾は才人の零戦の腹の下を通り過ぎる。
一瞬、交差するときF4Fのパイロットがニヤリするのが見えた。
機首を水平に持ってきて、周りを見渡すがあちこちで空戦によって起こる飛行機雲があり時折黒雲があったが、どちらの物か判別できなかった。
しかし、一つだけわかることは
「くそっ!数が多い」
そう、敵機動部隊は2隻の空母を伴っている。単純計算で2倍の戦闘機を持っているということだ。
現に、4機のF4Fが才人の零戦の後ろに取りつかれているのだ。
F4Fはつかず離れずの位置に取りついている。
しかし、才人は慌てずに左旋回に持ってくる。体が引っ張る感覚がするがそれを無視して旋回を続ける。
後ろのF4Fが付いてくるのが見えてくる。
ぐるぐると周り続ける。
時折、機銃を放ってくるF4Fもいるが、それはすべて後ろにそれる。
それでも、才人は彼らはまだ周り続ける。目が少し霞んでくるがこのロンドは終わらない。
―――――ここで・・・・ここでーー決める!
それまで、左旋回を続けた才人の零戦を急激に右旋回に持ってくる。
普通は、失速し敵に背面をさらす危険性があったが、零戦の類いまれなる安定性と才人の神がかりな操縦により、失速することはなかった。
その急激な変化にF4Fは無理に付いてこようとし、3機が弾かれ、1機がふらつく。
そのふらついた1機に対し、後ろに取りつき
「喰らえ!!」
機銃弾を撃つ。機銃弾は右主翼にミシン縫いのように命中し、燃料か機銃に命中したのか大きく弾け飛ぶ。
F4Fは機首を下にグルグルと回りながら墜落する。
残った、3機は蜘蛛の子をちらすかのように遁走する。
しかし、才人はその様子に喜んでいる暇は無かった。
「はぁ・・・・。はぁ・・・・・。いかん・・・体が疲れてきた。」
もともと体調不良にあの大旋回だ。体力は恐ろしいほどに消耗していた。
「まだ・・・・。まだ来ないのか?空母の攻撃隊は?」
別のF4Fの集団がやってきた時には覚悟を決めていたが、才人には一眼もくれずどこかへと飛び去った。
それは、敵機動部隊のほうでもなく、ほかの零戦の場所でもなかった。
それを意味するのは
「来てくれたのか!攻撃隊が!」
そう、ようやく彼らの本命機動艦隊の攻撃隊がやってきたのだ。先ほどのF4Fは迎撃に出かけて行ったのだろう。
「やれやれ、俺達の仕事が終わったぜ」
才人は安心しきった声を出す。
しかし、それがいけなかった。空戦とは1秒前には何もなかった空間から
敵が出て来ることがよくある。
現在のフライトシューテイングゲームのようにレーダーが無い世界では
見張りが重要であり、坂井も何度も後ろを見ても見すぎではないと言及している。
それほど空戦とは怖い場なのだ。
才人は体調不良による索敵能力の低下、安心感から油断が出来ていた。
そのツケはすぐ来た。
風切る音ともに零戦の周りに赤い光が流れてくる。
すぐさま、後ろを見れば、1機のF4Fがあった。
「しまっ・・・・」
才人の視界は赤く染まった。