二人は歩く・・・。
空は、丁度雪が降っていて、古い屋根が並ぶ町には幻想的で美しかった。
そのため、外を歩く人は少なかったが、小数ながらもチラホラ歩く人もいた。
その人たちは、例外なく、才人たちを見て、
「見て見て、あの海軍さん、かっこいいわね」
「あーん、隣の女性がいなかったら、私もお話できたのにー」
と、才人のことを言う人もいれば、
「隣にいる女性の人、綺麗だねー」
「悔しいほど、お似合いな二人さんね」
「私も、後10年若ければ・・・・」
紫苑の事も言う人もいた。
確かに、紫苑はシエスタとそっくりで、現代人の才人から見ても美人だと間違いなく
言い切れる。
シエスタ譲りの美貌な顔と艶のある髪、気配りもできた彼女だ。
もしも、数ヶ月前にお見合いをしていたら、そのままゴールインをしていただろう。
だが、今はそんな気にもならなかった。才人を脳裏に思う女性はただ一人
――――ルイズ・・・・・
そう、1ヶ月前に再会した彼女だ。それは、才人の妄想かもしれないし、痛みから来る幻覚かもしれない。
だが、才人は、紛れもなく彼女だと分かっていた。彼女のおかげで、自分はこうして
立っていられる。
そして、別れ際に再び会う約束もした。
だからこそ、紫苑とのお見合いを素直に受け止めることはできなかった。
――――どうしたものか・・・・。
才人が、あれこれと悩んでいると
「すいません・・・・」
「うん?」
紫苑が突然謝ってきた。才人としては紫苑が謝るようなことは一切していなかったので
疑問に思った。
「どうしたの?突然、謝ってきて」
「いえ、兄のことなんです・・・。才人さんに突然お見合いを申したことに対して
なのです。才人さんのことも聞かずに・・・・」
ああ、そのことか
「いや、気にしなくてもいいんだぞ。俺も、佐々木や紫苑に会いたいと思っていたところだしな。君たちが元気そうで本当によかった」
それは、本心である。戦場という気の狂いそうな場所において、心が癒されそうな拠り所を、人というものは無意識に求めるものである。
あるものは故郷を、あるものは金を、あるものは女と、千差万別である。
才人は友人であった。いつしか、ハルケギニアへと帰ると決意している才人は、それほど多くの友人は作らなかった。
その数少ない友人の一人が、佐々木と紫苑であった。
だから、彼女たちが元気そうで本当によかったと思っているのである。
「そうだったんですか。よかった、怒っていなくて・・・」
ホッとため息をつく紫苑。
それからしばらくして、紫苑が話し出した。
「いえ、兄さんのことは悪く思わないでください・・・。私と兄さんには両親がいないのです・・・」
聞けば、母は紫苑を生んですぐに病気で亡くなり、父もその後を追うように
事故で死んだそうだ。
佐々木と紫苑には祖母がいたそうだが病気がちであった。
そんな、紫苑を一生懸命育ててくれたのは佐々木だそうで、生活を楽にするために
海軍に入り、更に給料が良いからということだけで、飛行機乗りになったそうだと。
才人は、航空乗りの理由が、憧れからだと陳腐な理由ではなく
とてつもなく現実的な理由で頭が痛くなってきた。
だが、それでも妹を苦労させまいという兄の気遣いが伝わってくる。
「私は兄さんに苦労をかけさせ過ぎたのです。だからこそ私は兄さんを楽にさせたいのです。ですから、私と添い遂げさせてください」
紫苑の想いもわかる・・・・・。
けれども
「ごめん・・・・。この縁は無かったことにしてくれないかな・・・・」
断るほかなかった。
「ど・・・・どうしてですか!私のことが嫌いなのですか!」
紫苑が慌てふためき、肩を掴んで揺する。
「いや・・・・好きか嫌いかと聞けば嫌いじゃないが・・・・」
「なおさら・・・どうしてですか!?」
才人は、腹をくくったかのように話し出す。
「佐々木も言うたけど、俺たちは軍人で戦闘機乗りだ。戦場には、上手い下手も無い。
生き延びるにはただ、運が味方するほかない」
才人は、思い出す。戦場では、才人よりも先輩の人やベテランの人たちが
ある日、ポッカリと座席が空いたかのように戦死していく様を
「俺自身生き延びることが出来るかどうか分からん。だからこそ、お前を不幸にもさせないためにも添い遂げることはできない」
それでも、紫苑は諦めきれない様子だった。
「才人さんは、誰よりも上手いんですよね!新聞にも載るほど!」
「それは、運が良かっただけだ。俺も佐々木も戦場で負傷した。
これからも絶対負傷しないとは言い切れん」
あの時もそうだ。あの弾が僅かにでもずれていたら死んでいた。
こうして生きていられるのも、一重に運である。
「それに、詳しくは言えないが、生まれも育ちも明かせない自分にお前を幸せにやれることができるとは思えない」
これも、本当のことだ。今は、冬木さんのお世話になっているとはいえ、細かいところは白紙のままである。
これほど、怪しい人はいないだろう。
「・・・・・・・・・・・」
紫苑は無言でこちらを見る。
やがて、口を開く。
「才人さん、本当のことを言ってください」
唐突な言葉であった。
「本当のこと?これがほんと「いいえ、違います。それは私に対して言い訳をしているだけです。才人さんは、本当は好きな人がいるんじゃないですか?」・・・・・・」
才人は、何も言えなくなる。
「やはり、才人さんは本当に優しい人です。優しすぎる・・・・・。
才人さん、優しすぎると時には苦痛でしかないんですよ。
だから、本当のことを教えてください・・・。踏ん切りが利きません・・・・」
お互いが無言になる・・・・・・。
やがて、覚悟を決めたのか才人の口が開く。
「ああ・・・いるよ・・・・。好きな人が・・・」
「やはり、そうでしたか・・・。できれば教えていただけないでしょうか?」
才人は、空を見上げる。
「やはり、詳しくは言えないが、彼女はヨーロッパにいる人だ。
彼女の名前はルイズというのだが、それなりに大きな家のお嬢さんだ」
「るいずと言う人ですか・・・。彼女はどのような人でしょうか?」
「あいつは・・・・、我が儘な女の子で・・・・・
――――あんた、誰?
生きざまを誇り高く持っていて・・・・
――――敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!
孤高な女の子で・・・
――――私のことを誰も見てくれない。私をゼロとしか見てくれない
優しい女の子で・・・・・
――――治してあげたんだから感謝しなさい!
寂しがりやな女の子だよ
―――――サイトォ・・・死んじゃいやよ 」
懐かしむような声で言う。
紫苑はそれを聞いて尋ねる。
「才人さんは、その人を愛しているんですね・・・・」
「もちろんだとも」
「彼女は、今どうなっているかは、分からない・・・・。もしかしたら死んでいるかもしれない。だけれどもこの戦争が終わったら彼女を迎えに行きたいと思っている・・・・。だからごめん」
頭を下げる才人。
「いえいえ・・・。才人さんの気持ちを確かめもせずお願いしたのは、
こちらなのですから気にもなさらずしてください」
紫苑も頭を下げる。
「それでも、本当にごめん・・・・」
お互いに頭を下げあう。
「もう、これでおしまいにしましょうよ。この縁はなかったということで」
「そうですね・・・・。才人さんまた会っていただけますか?」
「ええ、あなたが望むならいつでも・・・・・」
やがて、別れの時
「ここでお別れしましょう・・・・今日は申し訳ありませんでした」
「いえいえ、残念に思うところもありましたが、私も楽しかったですよ」
「そう、思っていただけるとありがたいです。では、これにて」
紫苑を背中に向けて歩き出す、才人
しばらく歩いていると、後ろから嗚咽の声が聞こえてくるが振り返ることはなかった。
なぜなら、そうした結果を生みだしたのは才人自身だ。
振り返って、慰めれば、その優しさは女性にとっては残酷なことである。
だから、振り返らず、まっすぐ歩くほかなかった・・・・・・・・。
後日 病院の周辺の町で軍刀をもって追いかける人とその人から逃げる姿が目撃されたとかされなかったとか