年が明けて昭和18年になった。
戦線では、未だ予断を許さないものの、内地はまだ平和であり
ちらほらと新年を祝う家庭が多かった。
その元旦の余韻が漂う中、戦傷を癒えた才人は佐々木と共に霞ヶ浦飛行場にいた。
ただ、才人の表情はひどくやつれていた。
なぜなら
「やれやれ、この前は佐々木にひどい目にあったわ」
「ふん!可愛い妹の一世一代の告白を断るからだ!」
たしかに原因の一理はあると才人は思ったが
―――半分はお前のせいじゃないか・・・・・
才人が、紫苑の求婚を断った数日後の事だった
佐々木に、そのことが知って、一晩中追い掛け回されたからだ。
普通に殴られて済めばよいではないかと、思う話だが
その時の佐々木は、鬼すら殺せるだろうという表情をした上に、軍刀を持っていたので
止まったら、殺されるという生命の危機を感じ取って逃げ回ったのである。
だが、その事は口には出さない。
「そりゃ、悪ざんございました。しかし、俺たちはこれから教官をやることになるとはな、感慨深いものだよな・・・・」
「ああ・・・。俺も、霞ヶ浦に戻って教官をやれるとは思わなかったな・・・・」
なぜ、彼らがそこにいるかといえば、このたび新しく入ってくる
飛行学生の教官を任じられたからだ。
霞ヶ浦から、海軍航空隊の生活を始めさせた彼らにとって、ここは第2の故郷であった。
だが、彼らのテンションは限りなく低いものだった。
なぜなら
「だけど、練習生を教官一人当たり、十人教えろとはきついんじゃないか?」
「ああ、それにできるだけ、略せるものは略せなんて・・・・・・・
こんな教育でまともに戦争できるか!」
この戦争は、総力戦であり凄まじい消耗戦で、多くの航空機と共に搭乗員を失った。
航空機は工場がどうにもなるが、失った搭乗員はどうにもならない。
その搭乗員の穴埋めを何とかしようと、海軍上層部は、それまで少数精鋭主義をとって
数を減らしていたが、開戦後に予科練募集員の人数を増やしたが、少数精鋭主義をとった海軍航空隊に教官を渡す余裕なんぞあるはずもなく、才人の予科練時代では、教官一人当たり二人ないし三人だったが、今は、教官一人で十人以上も教えるという異常事態となっていた。
更に
「それにな、練習生に対して、練習機の数が足りん」
そう、それまでは、消耗機だけで生産してもよかった練習機だが、急に数を増やした
練習生に対して、すぐにその数の分だけ練習機を用意するなんぞ出来ようもなく、
練習生が増えた分だけ、一人当たりの飛行練習時間が減るという結果となった。
「まあまあ、上の連中のことを言ってもどうにもならん。俺達が工夫するしかないんだよ」
「そうだな」
彼らの不安な教官生活が始まった。
教官生活が始まって1ヶ月が過ぎた。
最初、才人に配属された、練習生たちは、新聞などでたびたび見かける、英雄だったことでキラキラの目で見ていたが、才人のスパルタ教育と容赦ない口撃で、たちまち嫌いな
鬼教官へと変わってしまった。
才人は、他人の教官のように決して、無闇に殴ることは無かったが、重大な操縦ミスや
命にかかわるミスを犯した時だけ殴ったのである。
才人自身は現代人感覚であるため、無闇に暴力を振舞わなかっただけであるが、
受ける練習生にとっては、殴られた方がすっきりとするため、
ひどくこたえられるものであった。
そのため、才人の受け持つ練習生たちは、他の練習生たちと比べて非常に練度が高かったのである。
そんな、日々が続いたある日のことだった。
朝食を済ませて、飛行場に行く時後ろから声が掛けられた。
「おい、そこの少尉さんよー」
後ろを振り返ってみれば、そこには大尉がいた。
その大尉は、実戦経験が碌にも無いくせに、海兵に出たというだけで態度が大きく、
暴力も無闇に振舞っていたので、隊員の中で嫌われ者であった。
「何でしょうか?大尉?」
才人自身も好きではなかったので、さっさと切り上げたかった。
「貴様は、勲章をもらった上に、少尉に昇進したんだよな?」
と、ニヤニヤしながら聞く
「ええ、そうです。それが何か?」
ムカムカする気持ちを顔に出さずに尋ねる。
「聞けば、貴様は負傷をして帰ってきたそうじゃないか。そんな貴様が勲章をもらった
なんて、馬鹿げている。その勲章を飾るにふさわしいのは俺様だ。だから、勲章をよこせ」
少尉に昇進し、勲章を貰ったからといって全てが良くなったと言う訳はない。
練習生や国民の大勢のように、尊敬されることもあれば、目の前にある大尉のように
妬みや嫉妬をする人も大勢いた。
才人のような英雄は、その二つを背負わねばならなかった。
「そうですか。ですがそのままハイっとあなたに渡すわけにもいきません」
断固たる態度で貫き通す。
「おう、俺もそのまま貰えるとは思ってない。しかし、貴様の実力は皆を騙しているんだ。その化けの皮を剥がして、貴様の腕の無さを証明するには、戦闘機乗りらしく勝負しようじゃないか」
どうやら、才人の体調が全快でないことを、いいことに勝負を持ちかけられたらしい。
しかし、才人は
「いいでしょう、やりましょう」
その勝負を受け取った。
「いいぜ、その勝負から逃げんなよ」
とニヤニヤしながら去った。
数時間後、この決闘騒ぎに司令官も何を血迷ったのか許可が出され
練習生も将来の参考になれるとして、本日の練習を休講とし
その決闘を見学することとなった。
使用する機材は、霞ヶ浦に置かれている零戦を使うが、なぜか22型が大尉が使う機体を除いて、故障中だったり修理中だったりと使用できず、21型が才人の使用機体だった。
だが、才人は気にも留めなかった。
22型よりも使い慣れた21型の方が良いと思っていたからだ。
大尉は離れた飛行場にいて、姿は見えなかった。
準備を進める才人に、佐々木が近寄ってきた。
「平賀、腕は大丈夫か?」
どうやら、負傷したところを心配してくれるらしい。
「ああ、僅かに力が入らないが大丈夫だ。あの大尉に対してのハンデだと思ってるよ」
「そうか・・・。俺もあの大尉はいけ好かない野郎と思っていたから
徹底的にやっちまえよ!」
「おうよ、それじゃ行ってくるぜ!」
と才人は親指を立てる。佐々木も親指を立てて、その場から離れる。
才人は、コンタークと前離れの合図を行い、飛行場から離陸し、3000mの上空にいた。
決闘のルールは、霞ヶ浦飛行場の3000mで試合を行い、搭載されたガンカメラに
姿を映せれば勝ちと決められていた。
――――どこからやってくるものかな?
左右を見ながら探る。
上空は、ちらほらと雲は見えるが基本は快晴であった。
ゆっくりと、フットバーを噛み締めながら探すが、大尉の零戦の姿を
見つけることができない。
――――おかしい、そろそろ姿が現れても可笑しくないのだが
そこまで考えて、大尉がまじめに約束を守る人物であったかを、ハッと思い出し
辺り一面を見まわす。
すると、やはり、上空に零戦の姿があった。
それを確認するや否や、操縦桿を引く
――――貰った!!
それが大尉の偽らざる心境であった。
生意気な少尉は、愚直にも約束を守り続けているようだが
約束なんぞは糞喰らえだ。
決闘は、勝ったもんが正義だ。
相手が飛んでいる高度よりも、有利な高度をとって落とす。
更に、何mの高度で交戦すると約束すれば、それは勝ったも同然であった。
このような戦法をとり続けて、何度も成功させた手口だ。
相手が文句を言おうにも、負ける方が悪いし、なによりも階級があったので文句が
言いだせず、そのままズルズルと続いた。
――――テメェは生意気だったんだよ!!
一目を見てから、気に入らなかった。何もかも気に入らなかった。
勲章をもらっているくせに、威張らないし、殴りもしない。
なにもかもが相いれない存在だった。
だから、この決闘を起こして、恥さらしをしたかった。
だが、あいつはあと一歩のところで回避しやがった。
回避した後、雲に隠れやがった。
「雲に隠れるな!出てこい臆病者!!」
俺は叫びながら雲の中へと入った。
しばらく、真白い世界が続き、雲を抜け出せれば、あいつの姿は無かった。
「な!どこにいやがる!隠れてないで出て来い!」
そう叫ぶが、見えない。
「後ろにいますよ。大尉」
何いとばかりに後ろを振り返れば、確かにあいつの零戦の姿がった。
その時に俺は悟った。この決闘に負けたことに
才人が飛行場に降りてみれば、歓喜の声で呼ばれてもみくちゃにされた。
そんな状態がしばらく続いた後に
「貴様!!逃げやがって!!卑怯な戦法で勝ちおって!!それで恥ずかしくないのか!!」
先ほどの大尉が叫びながら、やってきた。
それを聞いた皆が白けた顔をして、才人も呆れながら言う。
「卑怯な戦法って、あれも立派な戦術ですよ。それに先に破ったのは大尉でしょ」
それを聞いた大尉は、顔を真っ赤にしてワナワナと体を震えたかと思うと
「黙れ!!貴様は黙って飛んだら良かったんだ!!」
と叫びながら、拳が飛ぶ。
才人も黙って受ける理由も無く、その拳の勢いを利用して、一本背負い投げを決める。
背負い投げが決まると周囲から、惜しげもない拍手がとんできた。
この決闘騒ぎを起こした上に、問題行動を起こしたので、そのまま最前線送りとなり
行方知らずとなった。
数ヶ月が過ぎた。
桜の花が散って、涼しい季節となったころに才人と佐々木の転属命令が来た。
「転属か・・・・。教えるのも楽しかったが、やはり前線のほうがいい」
「そうだな、ところで平賀の転属先はどこだ?」
そう尋ねる佐々木に才人は返す。
「俺は、ラバウルだ。古巣の所に戻るよ」
「そうかおれは、クェゼリンだから離れ離れになるな」
佐々木は寂しそうにつぶやく
「まあ、2度と会えないという訳でもないさ。そっちでも頑張れよ」
「おう!そっちこそもな!」
お互いに健闘しあう2人だった。
才人は再び戦場へと向かう 懐かしきソロモンの空へ