昭和14年初秋の頃
才人たちは漢口飛行場にいた。才人が経験した初陣から数週間後に陸軍が漢口を占領し才人たちはそこにあった飛行場へと移動していた。
初夏には南昌攻略戦があり才人たち96式艦戦も援護に出て、ここも攻略することとなった。補給のため後方に下がったとたん、敵が南昌奪還のため大軍を持って、逆襲し、ついに、南昌飛行場も一時的に、完全に奪還される事態となった。
才人たちも急遽出撃し、飛行場の上空に来てみた。飛行場内には幾筋の塹壕が掘られて、敵味方が互いに撃ち合いが行われていた。上空からでは敵味方の識別がはっきりできなかった。
才人は低空に降りて塹壕を覗こうとしたが、一方の塹壕から、機銃・小銃の火線が飛んできたので慌てて上昇してやり過ごした。
改めて、敵の塹壕が分かったのでその塹壕に向けて機銃を加えた。狭い塹壕の上を塹壕沿いに機銃掃射する。敵の手足がちぎれたり、頭がはじけるのが見えたが、飛行機の速度は速いので一瞬でしか見えなかった。
もう一度掃射を行おうとすると60人ほどの敵が塹壕伝いに窪地へと走り出すのが見えた。才人は近かった方の敵を目標に銃撃を加えた。近かった3人の内1人が倒れた。残った2人は、1人は窪地へと逃げ、1人は倒れた人を担いで逃げようとした。
才人はその二人に目標にいれ、銃撃した。二人は銃撃を受けたのか倒れた。
――悪く、思うなよ。これは戦争だ。
才人は、そうつぶやいた。
その後、南昌はふたたび日本軍の手に帰り、才人たちも南昌飛行場へと進駐した。
才人は過ぐる日の事を思い出したのか、銃撃を行ったところを行ってみた。そこには、やはり2人の折り重なった死体があった。腐乱が始まっていたが、顔は、まだ腐乱が始まっていなかったので、識別ができた。顔が似ていたので、兄弟だったかもしれなかった。
倒れた、兄か弟を助けるために自分の身を顧みずに。
――やはり、戦い慣れしても殺し慣れねえな。
才人は顔をしかめて後にした。そして、こちらに来てから覚えた煙草を吸った。
「すう・・・。はぁ・・・。」
勢いよく吸って、煙を吐き出した。
――ルイズに帰る頃には肺はニコチンでまみれてるかな?
才人は苦笑と共に戻って行った。
そして、冒頭の様に漢口に戻るのであった。
漢口飛行場は次期作戦のために陸海軍の飛行機が集まっており、その数はおよそ200機ほどで、大規模となっていた。
才人は親友の佐々木たちと交えてトランプをやっていた。
「くそー。なんで賭け事になると、何で佐々木は強いんだよー。」
「絶対、可笑しいでしょ。お前イカサマしたのか?」
「ふっはははは!空では負けても、他の事には負けん!」
どうやら、賭け事で佐々木が連勝していたようだ。その様子に宮崎と坂井は悔しそうだ。
「やれやれ。」
才人は苦笑するしかなかった。
――ここ、しばらく空戦もなかったからな。佐々木がリベンジを果たせない気持ちは分かるんだがな。
そう思い、箱から煙草を取り出し、火をつけようとしたところで、違和感を感じた。
――っ!何だ?初陣の時と同じような感じは?
その答えは、すぐに分かった。見張所から叫び声がしたかと思うと、ガラガラっと鳴る音がした。
才人たちは総立ちになるも状況がのみ込めていなかった。しかし、さすがに戦場慣れした先任下士官はすぐに状況が分かった。
「空襲だ!速く避難しろ!」
――空襲だって?
才人たちはそれでも、状況がのみこめなかった。なぜなら空襲がほとんどなく、これが初めてであったといっていい。
事態がのみ込めてきた才人たちは慌てて、避難するように逃げていく。ふと、才人は空を仰ぎみれば、複数機でできた双発機が飛行場の上空に来て、爆弾をポロポロと落とす様子が見えた。
「危ない、伏せろ!」
才人は大声でそう言い、頭をかばうようにそのまま伏せる。佐々木たちも伏せる。
やがて、数秒後に、空気を裂くような音が聞こえて、同時に腹にズシーンとこたえるような地響きが起こり、鼓膜が破れるほどの大音響が響いた。
やがて、熱い風を感じたところで顔を上げると、そこにあった風景は、数秒前と比べて大きく変わった。
あちこちに助けを呼ぶ声とうめき声が聞こえてくる。そして、戦友たちも倒れ伏ししていた。何よりも最大の変化が飛行場であろう。
何十機も並んでいた戦闘機がほとんど被爆していて、次々に燃え出していた。陸海軍が集めた機体のほとんどがやられていた。
才人は茫然とするも、すぐに走りだした。
消化の手伝い?
否!この惨劇を引き起こした敵機へと復讐するために、戦闘機に乗って撃墜をするのだ。
やがて、列機にたどり着いた。ほとんどがやられていたが、その中で無傷の96式艦戦を見つける事が出来たので、それに乗り、エンジンをかけてみると、うまくかかったので、すぐに降りて、チョークを取っ払うとすぐさま再び乗り、離陸して行った。
ちらっと見れば、坂井たちもやってきて離陸しようとするのが見えた。佐々木は残念ながら機体が見つからず、お留守番となった。
敵の双発機は高度6000メートルを取っているらしく、才人たちは懸命に上昇しようとする。やがて、敵機が近くに見えて、初めて正体が分かった。それは、ソ連製のSB-2爆撃機であった。才人たちはエスベー爆撃機と呼んでおり、当時はやった高速爆撃機の一種であった。
高速爆撃機に恥じない、高速ぶりで、本来なら戦闘機の方が優位であるにも関わらず、引き離されそうになった。
――クソッ!逃がしてたまるか!
才人は必死に追い続けた。
やがて、敵機との距離が1000メートルに詰める事が出来た。と、突然、敵機の後部に黒煙が上がるのが見えた。才人たちは機銃を発射していない。ということは、敵の防御機銃であるだろう。才人は慌てる事はなかった。距離が1000メートル離れているので、めったに当たりはしない。
旋回機銃がもっとも当たりやすいといわれている、真後ろに行かないように注意しながら、距離を詰める。やがて、敵機が大きく見えたところで、機銃を放つ。
――喰らえ!敵だ!
才人の放った機銃は敵機へと命中するものと思った。だが、
――あれ、垂れこみやがった!
そう、まだ、遠くて機銃が垂れこんだのだ。
実は、才人はまだ、中攻や爆撃機への襲撃訓練は、まだやっていなかったのだ。後、数日後に行われる訓練だったが、その矢先に空襲されたのだ。
今までは単発機しか訓練をやっていなかったので、大きさを見誤ったのだ。
――何くそ!当たらねえなら、距離詰めりゃええんだろ!
才人はそう思い、ますます距離を詰めようとする。やがて、ぐんぐん大きくなるが、機銃を放したいのを我慢して距離をもっと詰める。
――まだだ、まだだ。
心に自制心を掛けながら距離を詰める。
やがて、敵機は大きくはみ出すほど膨れ上がった。
――今だ!
機銃を放つ。敵機にも近くなったので、旋回機銃が無視できるほどになったので、手ごたえありと感じてからは離脱した。
離脱しながら、戦果を確認する。すると、1機が煙を上げるのを確認した。
――おし、撃墜確実!
才人は喜びでそう思った。だが、その爆撃機は煙を上げつつも墜落する気配がなかった。才人は唖然とした。
――あれだけ、喰らいながらも落ちないのかよ。
才人は燃料不足により、追撃する余裕もなかった。一緒に上がった坂井も戦果はなかったようだ。
しょんぼりしながら、漢口飛行場へと帰っていく。やがて、飛行場が見えたが未だに燃えていた。あちこちでメラメラと燃えていて、爆撃痕も見えた。
邪魔にならないようなところへと着陸し、才人たちも後片付けを手伝う。戦友たちも負傷者が多くいて、司令部にも爆弾が落ちて、長官が片腕ちきぢられ、参謀たちも多く戦死した。また、最悪なのは、約200機の陸海軍機が置いてあったがその大半は使い物にならなかった。
才人たちは混乱しながらも事件終結へと進めていく。
後日、再び空襲があったが、味方は二度と再び、そんな大被害を繰り返す事はなかった。