ネタが浮かんでワードを開いた辺りで気付く、よりにもよって日常系って作者の一番苦手なジャンルだった…………。
ま、いっか。
突如人類に襲いかかった脅威、深海棲艦。
幾多の先人達が切り拓いてきた海を荒らし、船乗り達の悪夢として猛威を振るう怪物達。
等身大の人間に近い見た目と大きさで、軍船の堅牢と雷火を備える相手に有効な対抗手段はあまりにも少なく。
沿岸部と通商海路を中心に全世界が打撃を受け、世界の7割(うみ)はいつしか自分達の領域ではなくなっていた。
こと、海洋国家であり資源の乏しい日本が受けたダメージは甚大である。
比喩抜きでの亡国の危機に――――烈士は立ち上がった。
あまりにも都合よく現れた“悪”に対抗する“英雄”達は、あるいは勧善懲悪と神風――特攻精神ではなく、元来の意味での――が大好きな日本人のある意味能天気な性(さが)故なのか。
烈士というにはあまりにも見目麗しい姿形を以て、しかし敵と同じく等身大の身に軍艦の性能を備えるのは何かの暗示かそれとも日本人の変態性の影響か。
艦娘(かんむす)。
そのルーツを知る人間はいない。
かつて旧大日本帝国海軍の名の下に造られた軍艦達の魂が人間の女性の形を取った、その程度の理解である。
それで、十分だ。
もとより英雄は「正体不明」が日本のお約束。
祖国を護る為、戦火の海を往く彼女達を応援する国民の声は熱い。
彼女達“艦娘”は、まさに日本という国の最後の希望なのだ――――。
「ナスは嫌いなのです………」
その最後の希望とやらは、必死に戦っていた。
いや、今にも戦意を喪失しそうな弱気な表情から、その戦いにはどうにも勝ち目が見出せそうにない。
薄い飴色の汁が張った皿に、端に寄せられた紫色。
ぽつりぽつりと浮くひき肉や葉野菜の欠片はそれでもあらかた食べ尽くされ、しかし、でんと存在感を主張する膨れた物体。
艦娘達の詰める港湾施設、日本防衛の最前線、鎮守府――――規模としてはさして大きくはない―――その食堂で、駆逐艦『電(いなずま)』は今まさに白旗を上げようとしていた。
ぐにゃりとした歯ごたえ、それを我慢して噛むと滲みだす独特の渋みと臭み―――彼女にはそうとしか思えない―――が、喉奥まで落とし込む作業すら苦痛を予想させる。
見た目の年齢が艦としてのサイズに比例する艦娘の通例に漏れず、幼げな容貌でへにゃりと眉を落とす。
食べ物の好き嫌いで情けない表情を見せるのはそれでいいのか歴戦の艦、とツッコミが入らなくもないだろうが、そこは艦娘以前の記憶はいわゆる前世みたいなものだとか精神は肉体に引き摺られる的なサムシングなのだろう。
何よりそんな益体も無いことを言うような存在は彼女の周囲にはいなかった。
「ほら電、頑張って!大丈夫、私たちがついてるわ!」
「そうよ!一緒に立派なレディになるって約束したじゃない!」
「焦ることはない。待ってるから」
四人掛けのテーブルに同席して暖かい声を掛けるのは、お揃いの白と紺のセーラー服を着た姉妹艦だった。
栗色の髪を結った電と違い、自然に切りそろえたままにしている勝気そうな少女『雷(いかづち)』。
黒髪ロングがとりあえず彼女のいう淑女(レディ)の条件なのだろうかといった感じのおしゃまな少女『暁』に、対照的な白の長髪の物静かな『響』。
姉妹、というだけあって今描写した髪型と性格からくる雰囲気以外は、背格好も顔立ちもほぼ同じ四人。
一人を見捨てずに全員で励ます微笑ましくも暖かい四人は、それだけに他の艦娘達が食事を終えた食堂に貸し切り状態で居残っていた。
例外は―――、
「―――――無理は、しないでいいんですよ?」
しゃらしゃらしゃなり。
前掛けで濡れた手をそっとぬぐいながら、厨房から臙脂色の似非調理服を着て現れる姿は。
捲った袖から伸びる細くすらりとした腕はしっとりと水気を帯び、目の前の姉妹に比べれば丈の長いスカート―――正確には袴―――からはちらちらと白くしなやかな脚が覗いている。
ともすれば野暮ったい意匠の服装からふわりと香るのは、涼やかな色気とそれ以上の安息の抱擁感。
束ねた髪は流れる絹のよう、流した前髪から覗くのは、優しく微笑む輪郭の柔らかい美貌。
「「鳳翔(ほうしょう)さんっ!」」
大和撫子斯く在るべし―――そんな雰囲気をごく自然に纏う人物の柔らかい声に、電と暁が反応した。
否、声を上げなかっただけで、雷と響も自然にそちらへ視線が吸い寄せられている。
だが、はっとしたように電が顔を下に俯けた。
「ぁ、ぅ、鳳翔さん、ごめんなさいなのです」
「?電さん、どうして謝るのですか?」
「だ、だって、せっかく鳳翔さんが作ってくれたのに、苦手だから食べられないって………それに、それに…」
電はちらちらと『鳳翔』の手をうかがう。
水気を帯びた手………先ほどまで水仕事をしていた、両手の指では利かない数の艦娘が詰めるこの鎮守府の厨房を一人で回していた、そしてやっと洗い物も終えたのだろう。
それなのにまだ残って迷惑を掛けて、しかもその理由が出してくれた食事が食べられないから、なんて。
自己嫌悪を始めてしまう電の頬に、すかさず『鳳翔』がその冷たい手の甲を軽く押し当てた。
「えいっ」
「ひゃうい!?」
温度差にびっくりして顔を上げた、その先にはいつもの大好きな優しい笑顔がある。
「そんな顔しちゃダメです。電さんに意地悪がしたくて献立を決めたわけじゃないんですよ?
………確かに、電さんはナスが嫌いだとは、知ってましたけど」
「え?」
『鳳翔』は、にこりとした笑みを崩すことなく、ただどこか真剣な目で電をじっと見つめた。
「どこかのおばあちゃんが言っていたそうです。『食べるという字は、人が良くなると書く』って。
艦娘にとっては食事は必要不可欠なものではなく、糧じゃなくて嗜好品に過ぎないとしても……嫌いなものを遠ざけて好きなものだけ食べる子と、色々なものを味わって、例え苦手なものがあっても『いただきます』『ごちそうさま』を言える子と。
―――――電さんにどっちであって欲しいかな、って」
「あ………」
「そんな此方の我がままですから。でも、嫌いなものは嫌いで、無理なものは無理だってこともありますし、人それぞれです。
それが電さんにとってのナスであれば、謝ることも、まして無理して食べることも―――、」
「そ、そんなことないのですッ!!」
半ば衝動だった。
『鳳翔』の言葉を遮るように叫ぶと、何度も躊躇いながら箸でつつきぐちゃぐちゃになっていたナスを、電は全て無理やり口に放り込む。
自分に期待してくれていた、自分の為を真剣に思ってくれていた、ならそれに応えるのが誠意だし、逃げるのは矜持が許さない。
例え肉体が幼い少女のもので、精神すらそれに準じたとしても………誇りだけはいつも持っている。
だから、不格好に頬を膨らませても、えづきそうになる喉を意思でねじ伏せ、呑み下してみせた。
「………ぐ、っぐ。ごちそうさま、なのですっ!!」
なんて。
事象としては電がナスを食べた、それだけの話。
だが。
「や、やったっ」
「おめでとう電。素晴らしい」
「やればできるって信じてたわ!!」
―――無邪気に満面の笑みではしゃぐ姉妹と。
「おそまつさまでした。……よく頑張りましたね」
「あ……な、なのですっ」
―――やさしくそのちょっと冷たいけど綺麗な手で電の頭を撫でてくれる『鳳翔』。
…………。
それだけなら、ここまでなら、これで終わっていれば。
この話はただの“何がやりたいのか微妙だけどなんとなく良い話っぽかった”でいける。いけた。のだが。
繰り返す。
これは徹頭徹尾くだらないお話である。
電が他のみんなからおめでとうを言われ、五人でひとしきり喜びを分かち合った後、暁が話題の中心人物を変更したことで、それは崩れた。
「でも、やっぱり鳳翔さんは凄いわよね。一流の“レディ”はこうでないと」
「――――(ぴしり)」
何が崩れたって、『鳳翔』のたおやかな笑みが。
「そうよね、ちゃんと皆のこと考えてくれてるし、電がナス嫌いなのをちゃんと覚えてて、それでも、なんて。すっごく優しい理想の“お母さん”みたい」
「――――(ぴきぴき)」
「えへへ……みたいじゃなくて、“お母さん”なのです。電は鳳翔さんみたいな大人の“女の人”が同じ鎮守府で、とても嬉しいのです」
「――――(ぷるぷる)」
「全くだね。“女性らしさ”の鑑みたいな人だ」
「―――――っ(ひくひく)」
っていうか、表情筋がヤバい。
「あの、皆さん」
それでも、この子たちに悪気はないのだから、と。
『鳳翔』は一度息をゆっくり吐いて落ち着き、なんとか優しい笑顔をぎりぎり保ちつつ、言った。
「“俺”の名前は鳳翔(ほうしょう)じゃなくて『鳳 翔(おおとり かける)』で、艦娘じゃなくて提督で男だって、何回言えば判ってくれます?」
“彼”がそう言うと、電達は姉妹仲良くぽかんと口を空けて固まった。
無理もない、こんな優しく慈愛に満ちた女性が急にそんなことを言えば……、
「…………ああ、また始まったのです」
「鳳翔さんもこれさえなければ……」
もう慣れたものだと言わんばかりの―――実際そうなのだろう―――軽い溜息、そして脱力。
生温かい視線と『しょうがないなあ』という苦笑に、『鳳翔』の笑みが更に引きつった。
「鳳翔さん、貴女は尊敬できる立派なレディなんだから、そんなこと言っちゃダメよ!」
「まあそんな頭ごなしに否定するものじゃないよ、みんな」
「!響さん、響さんは分かって―――、」
「“提督が不在”のこの鎮守府で、管理運営全部一手に引き受けているのがこの鳳翔さんだ。
それで、自分が提督のおしごとを完璧にやらないとって思うあまりこんなことを言っているんだよ?」
「……え、何ですかそれ」
「な、なんてこと!それって、負担が大きすぎて自分が男で提督だなんておかしなことを言い始めるまでに追い詰められてしまったってこと!?」
「……俺が男で提督なのは頭がおかしいことなんですか?」
「きっと違うのです。鳳翔さんは優しくて責任感が強いから、そうやって重荷を背負おうとしているのです。でもきっと、そんなことしなくてもこの鎮守府の皆が認めています、鳳翔“提督代理”」
「いや、代理も何も提督ならここに、」
「大丈夫よ鳳翔さん、私たちがいるじゃない!だから無理しないでいーのよ、みんなで鳳翔さんのこと支えるんだから。手伝えることがあったらなんでも言ってよね?」
「ならまず俺の話を信じてください」
上げて落とす、そして人の話を聞かない、これが第六鬼畜隊クオリティ………ではなく、この鎮守府の艦娘のデフォルトだった。
「どうしてこうなった…………」
まずは電のお皿洗うのから・それは自分でやるのです・雷様に任せなさいetc.とかやりとりをしながら、そのまま何故か四人連れだって厨房へ入っていく四姉妹。
それを見送り、『鳳翔』はテーブルに両手をついてうなだれる。
その両肩を別々に叩く手。
振り返ると、いつの間にか現れた軽巡洋艦・川内(せんだい)と那珂(なか)がとってもいい笑顔でサムズアップしていた。
「…………おきづかい、ありがとうございます」
その励ましを、『鳳翔』はせめてもの慰めとする。
励まし?……励ましだ、励ましに違いない。そう思わなければやってられない。
“色物枠(おなかま)”が増えて嬉しいんだろとかいう邪推は、自分に刺さってくる刃にしかならないのだから。
そう、これはくだらない話である。
圧倒的オカン力を持つ男の娘提督が、それ故提督として認識して貰えないのでなんとか誤解を解こうと無駄な努力をする――――徹頭徹尾、くだらないお話である。
こんな感じでどうでせう。
とある所で書いてる遊びがどうにも書けないので、実験的に。
いつぞやと同じく不定期な感じでやってこうと思います。
………やっぱ日常系苦手だわ。
このあと厨房で皿洗う雷電尻目に響と暁に下みたいなやり取りさせたらいつものサッドライプなんだけども↓
「やれやれ。自分が鳳翔(ほうしょう)でないと言うなら………さて、『この鎮守府にいた筈の本物の鳳翔はどこへ行ったんだろうね?』」
「響!迂闊よ、聞こえたらどうするのよ!?」
「分かってる。けれど、どうにも忌々しいんだ。そしてそれ以上に、羨ましい」
「………たとえどうであっても、本人に自覚がないとしても。それでもあの人は、私たちの提督なのよ」
「そうだね。だから『彼女』も、今幸せなんだろうね。そして私は羨ましい」
「…………」
「だってそうだろう?
――――――艦なんて、所詮ヒトを乗せてこそのものなんだから」
※提督が軽空母・鳳翔に乗艦(魂)しました、自覚なし。
※やらないけどね。
※やりませんよ?純粋に翔くんは男の娘ですよ?………ん、純粋に男の娘って??
※ヤンデレとかドロドロとかないです。某巡恋歌も関係ないです別世界のお話です。
※今回はきれいなサッドライプです。
※今回はきれいなサッドライプなんです。
うん、これだけ言っとけば誰も疑わないだろ。