いわゆる説明回。
「問題解決にあたって、有効かつ必要不可欠なのが、原因の分析です」
相変わらず殺風景な工廠で座布団に正座して向かい合う二人。
ぴ、と指を立てながら濃紺に白カラーのセーラー服姿の夕張が言う。
それに対してふむふむ、と頷きながら続きを無言で促す『鳳翔』。
見た目の年齢や服装からして何故か生徒に教えを乞う先生みたいな構図になっているが、それはさておき。
「原因の分析といっても、その“原因”というのは二通りに分かれます。直接的原因と間接的原因――――問題が発生してしまったきっかけと、問題が発生してしまうような要因と」
“あれさえ無ければあの出来事は起こらなかった”と、“あの状況だったせいでこんな問題が起こってしまった”。
「前者は再発防止の参考程度にはなりますが、問題解決に役立つことは稀ですね。いわゆる“起こってしまったことをどうこう言っても仕方ない”ですから」
「なるほど、『提督、鳳翔 着任』の辞令を電さんが誤字だと思い込んで『軽空母、鳳翔 着任』に書き換えて鎮守府内に張り出したのも。
着任間際にこの鎮守府が深海棲艦の襲撃を受けて、なんとか入り込んだこの工廠で混乱した妖精さん達に辞令を受けて前もって用意されていた鳳翔用の艤装を渡されたことも」
――――それを扱って戦えてしまったことも、つまりは艤装にすら鳳翔(かんむす)扱いされてしまったことも。
「ええ―――起こってしまったことは仕方ないですよね」
「…………随分愉快な成り行き、ていうかそういう設定なんですね」
「何か言いました?」
「いえ、何も」
にっこり。
無言のままに笑顔を向け合う変な沈黙が暫し続いた後、何事もなかったかのように夕張は話を続けた。
「間接的原因の分析に入りましょうか。そうして出たマイナスの要因を排除する、適応する、逆に利用してやる…………あるいはそれらを複合するのが、どこかの偉い人が考えた問題に効果的に対処する方法なんだそうです」
「おお………」
ぱちぱちぱち、と『鳳翔』は一人静かな拍手を送った。
なんとなくそれっぽい理論を聞かされたので、うまくいく気がしてきたのである。
良く言えば純粋、悪く言えばちょろい。
それは確かに煙に巻いているつもりはないが、夕張にしたら目の前の敬愛する“艦娘である鳳翔”がそうでないと信じる方法などという意味の分からないことを考える以上、それだけで途轍もない違和感というか拒否感なんかを誤魔化しているのだ。
方法論なんかを引用しているのも、感覚的に話を進めると絶対に破綻するから。
ただ、結構言い方が回りくどいのは自覚がある。
それなのに素直に感心されるとなると、誰かに騙されないか少し心配になるのだが――――、
「………?」
拍手した手を合わせたまま首を傾げる仕草が無防備で。
可愛いからまあいいや、と流した。
「鳳翔さんは何が思い浮かびます?“勘違い”される要因」
「そう、ですね……」
しゅっと滑らかな曲線を描く頬に手を当てながら、しばし考え込む『鳳翔』。
え、そこ悩むところですか?というツッコミは反射的に抑えた。抑えたが。
「やっぱり、俺の名前が一番の問題だと思います。紛らわしいですし」
「はい?………その、間違っては、ないですが」
「あとは艤装が使えてしまうことでしょうか?でも、どちらもどうしようもないような………」
「お、おう」
思わず生返事を返してしまった夕張。
真剣な様子で悩んでいる『鳳翔』に不自然な様子は見られない。
「以前から思ってましたけど、自分のことになると天然ですよね鳳翔さん」
「え?………いえまさか、それはありませんよ。俺が天然だなんて」
「天然さんは絶対自分が天然だって認めないものなんです」
「……結構言いがかりじゃないですか、その理論?」
不服そうな言い訳は聞かない。
だって、そもそも。
「その天然さもですけど…………こんなに可愛い子が女の子な訳がないッ!!」
「……………?えっと??」
「言い間違えました。こんなにきれいな鳳翔さんが男の子な訳がない、です」
「あの夕張さん?今、何か変な―――、」
「言い間違いです」
「あ、はい」
話題のせいか自室のコレクションの方から妙な電波が飛んできた夕張。
それはともかく………それはともかくということに強引にしておいて、話題を軌道修正する。
「そもそも鳳翔さん、提督かどうかは置いておくにしても、自分が男だと主張する割に、完全に女性の行動しか取ってないですよね?」
これは夕張のみならず鎮守府の全員が違和感を感じている事柄だろう。
自分が男だと主張するのはまあいいとして―――いや色んな意味でよくはないが、一応問題ないとして―――、その割に一人称が俺ということ以外非の打ちどころの無い大和撫子なのだ。
『鳳翔』の主張が信じられない最大の理由はどう考えてもそれだ。
「え、そうですか?」
が、天然は本気で自覚が無かったらしい、首をかしげている。
その仕草一つ取っても、隣で意味も分からず真似っこで楽しそうに首をかしげる妖精(ようじょ)と動きがシンクロしている時点で、男性として何かがおかしいと気付きそうなものだが。
「動作とか、癖とか、歩き方とか。お手本みたいなきれいさですけど、男性の感じではないです」
「それは……情勢が情勢だったので、学校も休校が多かったですし、父も家には不在がちだったもので。
幼い頃からしつけは殆ど全てが母からでしたから、少々女性っぽい癖がついているかもしれませんけれど」
「貴女のそれはどう考えても少々ってレベルじゃないです。
ていうか、父と母?艦娘に両親………?まあ、いいですけど。お料理もお母様から?」
「はいっ。思い返しても厳しい指導でしたが、それが艦娘の皆さんにちゃんとしたごはんを食べさせてあげられる今に生かされていると思えば、母様には感謝してもしたりません」
「鳳翔さん………」
誇らしげに微笑む『鳳翔』。
流石にそこに「親の設定までちゃんとしているなんて凄いですね」とは言えなかった。
それどころか、一瞬夕張も本当は『鳳翔』の言っていることは事実ではないかと疑いかけたくらいだった。
「(鳳翔さんは天使、とりあえず今のところはそれでいいや)じゃあ顔立ち、は変えられるものじゃないですし。服装はどうでしょう?それこそ提督用の軍服とかないんですか?」
「軍服、というかこの鎮守府に着任する時に持ってきた荷物一式全部、先ほど申し上げた深海棲艦の襲撃の騒ぎで逸失してしまいまして。提督としての身分証明書もその時に。それがあれば、一発で証明できるんですけど」
自身の職務からすれば滅多に必要になるものではない―――下手をすれば二度と使わないかも知れないものなので、なかなか再発行もしてくれないと『鳳翔』はこぼした。
「服に関しては仕方ないので、誰かが着る予定もなく倉庫に積んであった艦娘用の服を縫い直して使っています」
「お裁縫も出来るんですね。意外でもないですけど」
艦娘は入渠と名付けられた行為―――ざっくばらんに言えば薬品の混入した風呂に入浴することで、損傷が回復すると同時に本人達がデフォルトで着用している衣服も綺麗に再生する。
便利は便利だが、擬似的にでも人間らしい生活を送るなら、別の服を着る機会もあるもので。
最前線まで物資を搬入してもらう都合上あれもこれもとは行かないものの、その類の在庫も無くはなかった。
ちなみに今の『鳳翔』の服装は踝上までの丈の紺袴に、動きやすいよう袖をバッサリ裁って細部を調節した白の上掛。
本人は男物っぽくデザインしているつもりだが、露出した滑らかな絹肌の肩やちらちら見える無毛の脇から醸し出す色気を考えれば、どう見えるかは言うまでもない。
「仕草や癖は鳳翔さん曰く折角親にちゃんと躾けてもらったものを今さら矯正できない、お嫁さんスキルも同様、顔は生まれつきとして、服は艦娘用を流用している、あとは………」
だいぶ潰されてしまった“要因”を整理し直す夕張が、ふと『鳳翔』の頭上に視線を向ける。
正確には、その枝毛一つない麗しい黒髪に。
「………大分長く伸びてしまっていますけれど、切ろうとしたら暁さんに本気で泣かれてしまって。この鎮守府に来てから一度も切っていませんし切れません」
「暁ちゃんGJ」
綺麗な髪なのにと涙ながらに駆逐艦に懇願された以上、自分よりも艦娘優先の『鳳翔』が今後自発的に髪を切る可能性はほぼゼロであり。
結論。
「え、つまり鳳翔さんが艦娘だって周囲に思われるのは当然で仕方ないしそれを覆すことなんて無理じゃないですか?」
「待って待って待ってください!もう少し、もう少し何かないですか!?」
まとめに入った夕張に諦め切れない『鳳翔』が食い下がる。
約束した手前付き合うのはいいのだが、論理的に解決策を見出すのは不可能な以上、あとは荒唐無稽なアプローチくらいしかないだろうか。
だが、真っ当なものでない手段など真っ当でないが故にそうそう思いつけるわけもない。
(…………あ)
一つ、思い当った。
夕張が嗜みとしてコレクションしている趣味の一つに、確か男が秘密裏に女装して女子校に通う恋愛シミュレーションものが混ざっていた筈。
そういう作品の主人公の女装姿は大抵作中で一番愛らしい子になるのだが、当然ながらヒロインに主人公が男であるとバレなければ恋愛にならないので、ヒロインの数だけ性別暴露パターンがあると言っていい。
その中でも最も真っ当でないというか、酷過ぎるパターンが…………発情した痴女ヒロインに主人公が押し倒され脱がされ「えー男だったんでしたのーでも良かった同性愛じゃないのでこれで心おきなくえっt(検閲)」。
「夕張さん、何か思いついたのですか?」
思い当ったことを敏感に察知した『鳳翔』が急くように訊いてきたので、流れのままについ夕張は口走る――――。
「本当に男だっていうのなら、いっそのこと一緒にお風呂にでも入って股間でも見せ――――――――、」
「―――夕張さん?」
最後まで、言えなかった。
『鳳翔』が浮かべていた笑みを完全に消し、目は鋭いまでに細く鈍い光を放つ。
美人がキレると本気で怖いというか………完全にゴミを見る目で夕張を見ていた。
気付けば音もなくその辺にいた妖精たちが影も形もなくなっている、撤退完了している。
「夕張さん、少しお話が」
「…………ぷ、ぷるぷる。わたしわるいゆーばりじゃないよ」
「そこに正座」
「え、もう正座して―――、」
「いいから正座」
「はい」
怒鳴られた訳でも、暴力を振るわれた訳でもない。
慎みと一般常識について、ただ諭されただけだ。
暖かみが一切消えた、絶対零度の声で。
それだけで一分一秒が何万倍にも遅く感じ、生きている心地がしない程度の居心地の悪さのまま、夕張は。
この後めちゃくちゃ怒られた。
はいわるいゆーばりさんと同じ発想してた人達正座しよーねー