最終回だァ――――!!
「憲兵が来ます」
静かに、硬質な声音で、簡潔に述べたのは不知火だった。
一五○○(ヒトゴーマルマル)、食堂に居並ぶ少女達の間にその声は響き、意味として染み渡る。
殆どが十代にしか見えない年若い娘達は、これまたその殆どがデザインが違うもののセーラー服を着用している為、何も知らない者がその光景を目にすればここは学校なのだと勘違いするかもしれない。
だが、娘達はただの娘子に非ず―――海を荒らす異形に対し火砲で立ち向かう英雄、艦娘でありここはそんな艦娘の詰める前線基地、鎮守府だ。
集まりに集まったこの鎮守府の艦娘の数は二十に届くか否かといったところ。
数ある鎮守府の規模としては中堅にも届かない隻数が、この場にいない『鳳翔』と『鳳翔』がこの場に来ないように監視と引き止めを頼まれた山城を除いた全戦力だった。
「不知火ちゃん、ちょっと言葉足りないと思いますよ?」
「そーそー、別にうちが何か問題起こしたとかいう訳じゃないから」
憲兵………軍規を正し、違反者を取り締まる軍内の監視役。
厳密には少し違うが、通称としては概ねそのような意味で通っていた。
そういう存在が来る、とそれだけ聞けば剣呑な意味にしか取れまい。
簡潔に過ぎて不親切な不知火の言葉でざわめきになる前に、しかし駆逐艦『吹雪』と巡洋艦『北上』が説明を引き継ぐことができた。
紫髪に白手袋という非常に目立つ特徴を有する不知火を筆頭に見た目からして個性の強い艦娘の中で、黒髪でセーラー服で雰囲気にも癖が無いので普通に人間の女子学生に紛れていても違和感の無い同士妙に仲がいい二人。
そして不知火ともどもこの鎮守府では古参の部類の為、落ち着いた声で穏やかにすらすらと本題へと至る流れを辿る。
「定期的な見回り。事前に通告があるし、お出迎えしろとも暗に催促されてる。
………まったく、結構な御身分だと思わない?」
「それは穿ち過ぎですけど……要は普段の運営が問題無くやれているかをチェックされるだけです。余程酷い問題がなければ、口頭で注意を受けるくらいですね」
皮肉と共に肩をすくめ、三つ編みを気だるげに揺らす北上と、苦笑する吹雪に幾人かがああ、と納得したように頷いた。
何年も同じ鎮守府で働いていれば、あるいは以前いた鎮守府でそれが行われているのを見たことがある艦娘は、ピンと来ていない者たちも含めてほぼ全てだろう。
「要はアレでしょ?これからちょっと忙しくなるって話で………でも、なんで鳳翔さんいないの?」
不適切な労務形態ではないか、風紀に問題がないか、資材や配給の流れに不審がないか、報告に矛盾がないか、記録に間違いがないか。
つまり監査が来るということなのだが、その対策と準備でも中心になる筈の、この鎮守府の提督(自称?)であるところの『鳳翔』が集まりから意図的に外されているのを雷が指摘する。
それに対し、そここそが問題なのだ、と不知火は強調した。
「今回の監査は、鳳翔さんがこの鎮守府に来てから初めてのものになります。それでも書類や現場のチェックに関しては私達も手伝いますし、大したことにはならないでしょう。
――――ですが、一つだけ、“余程酷い問題”がこの鎮守府にはあります」
「「「………っっ!!!」」」
続きを言わずとも、不知火の言いたいことをその場の全員が理解した。
この鎮守府で、目下のところ皆の頭を悩ますような事案などたった一つしか存在しない。
「そう、鳳翔さんがオオトリカケル提督を自称していることです」
普通の鎮守府ならそれは問題にならない、艦娘とは提督あっての存在だから。
いち艦娘がどんな態度を取っていようとも、組織建前上は提督という上位者の責任と管理の内にある限り自由にされている。
それこそ上官である提督に暴言を吐こうが暴力を振るおうが、それが所属鎮守府の中でのことで且つ提督が許したならば御咎め無しになるくらいに。
だが、だからこそか。
提督という安全装置(しがらみ)の無い“はぐれ”の自分達がどれだけ厳しい目で見られるのか、皆知っていた。
多かれ少なかれ、猜疑と腫れ物扱いの視線を受けながらこの鎮守府へと流されてきた経験がこの場の誰にもあり、故に危惧する。
自らを提督と位置付ける『鳳翔』の言動は、艦娘として独断での行動を志す不穏分子として見られてもおかしくはない、と。
大袈裟ではない、提督の指揮から外れるような艦娘ならばいっそ解体してしまえ、と言われた面子もいるし―――あるいはどこかで実際に解体されてしまった“はぐれ”がいたって何も不思議な事はない。
『鳳翔』も、もしかすれば………。
「や、やだっ!鳳翔さんがいなくなるなんて、そんなの―――」
「ええ、嫌ですね。しかし鳳翔さんに『そういうことなのでせめて憲兵がくる期間中は提督ごっこを控えてください』とお願いしたら、何故か意固地になって断られてしまいました」
わりと残念でもなく当然の結果に、眉間に皺を寄せて頭痛を堪えるように不知火は言う。
だが、策はある。
幼げな駆逐艦達を中心に切羽詰まってパニックになってしまう前に、彼女は作戦を提示した。
「逆転の発想です。―――――私達の提督は他でもない『鳳 翔(おおとり かける)』提督なのだと、そう押し切ってしまうのです」
この鎮守府では総員一丸となって『鳳翔』に付き従うのだと、それを奪うのであれば同士討ちも辞さない覚悟と。
態度で以て憲兵に示そう。
意志で以て、振り上げた拳を言の葉に秘めよう。
「これから彼女のことを呼ぶ時は――――」
…………。
「おはようございます、鳳(おおとり)提督っ」
「あ、鳳提督!」
「了解です、鳳提督」
「鳳提督、お手伝いさせてください!」
「それじゃ鳳提督、行ってきまーす」
「感無量です………っ!」
監査に向けて各種の記録を再確認しながら、配下のシリアスかつ物騒な決意を知る由もない『鳳翔』は、ただ努力が実った喜びを噛みしめていた。
「提督、提督…………ああ、なんていい響き」
鼻歌でも歌いそうな勢いで軽やかに書類の数字に鉛筆でチェックを入れていく速さと正確さは、常以上の精度で行われている。
ぱっと花が咲くような笑みが、察するまでもなく今の『鳳翔』の気持ちを表していた。
何やら自分の仕事中に艦娘の皆で集まって話をしていたようだが、それ以来自分を鳳提督と呼んでくれている。
きっと話し合いの末、やっと自分が提督であるという事実を認めるのに全員で合意してくれたのだ、と思った。
「やった、やった……」
「くすくす………母様、楽しそうで何よりです。作業も捗っているようですし」
「勿論です!山城さんが来てくれる前からずっと無視されていたのが、やっと叶ったんです!
ええ、これからは提督としていっそう励まねばなりません。
なにせ俺は、“鳳提督”ッ!なのですから!!」
これまでいくら自分が提督だと信じて欲しいと言ってもすげなくされていたのが、ようやく通じた。
そんな今までの苦労の反動で、絶好調に浮かれているのだと『鳳翔』の後ろで仕事を手伝う山城は推察し、手の甲で口元を隠しながら上品に微笑んだ。
大好きな人が喜ぶのは嬉しい。
そして大好きな人が悲しむのは………自分がそれを慰めて、その分だけ心に入っていけるから、やっぱり嬉しい。
大好きな母様だから、まだまだ生まれてから短い間でもずっと見てきた。
大好きな母様だから、何を考えているかもちゃんと分かるように努めてきたし、それが周囲にどう見えているかも理解することに注力している。
それ故にある意味最もこの鎮守府で冷静かつ客観的な視点を持っている山城は、フラグという概念を知らなくともこの後の展開を唯一ほぼ完全な形で読めていた。
男を母と呼ぶことに始まるネジの外れ具合のせいで、そう見えないのも難点だが。
「―――――母様と私、二人分の旅支度、しておきましょうか」
静かに呟いた山城の平坦な声は、浮かれた『鳳翔』の後ろ姿に届かなかった。
…………。
そして、憲兵が来る日………は、最終回でわざわざ男のオリキャラ出しても仕方ないのでばっさりカット。
ぶっちゃけ不知火達が危惧したトラブルとか起きる訳がなかった、だって軍本部側は『鳳翔』のことを顔写真付きで把握しているのだし、そもそも提督として派遣した側なのだから。
逆に彼女達が『鳳翔』のことを頑なに艦娘扱いしていたと知られれば、そちらの方が部下の掌握能力に不足ありとしてつつかれることになっただろう。
いや、ある意味それは正しいのだけれども。
何はともあれ、何事も無く監査は終了した。
そして鎮守府に元通りの日常が訪れる。
“元通り”の日常が訪れる。
「鳳翔(ほうしょう)さん、お疲れ様でした」
「え?鳳翔さん、どうしたの“鳳翔さん”!?」
「えー、やだなあ。憲兵さんもう行っちゃったんだから、鳳翔さんって呼んでいいでしょ?」
「ここ数日、鳳提督って呼ぶ度にこう、むずむずしてたから………はー、すっきり。ね、鳳翔さん?」
「しかし意外でした。まさか鳳翔さんが提督として振る舞うのを大本営が許容していたとは。
…………いえ、これも鳳翔さんの人徳でしょうか」
「あ、あんまりです……!」
至福の境地から一転、配下の行動が心から自分をちゃんと提督として認めてくれたのではなく、先生の前でだけいい子ぶる小学生ムーブのそれであると気付かされどん底に叩き落とされる『鳳翔』の姿がそこにあった。
上げて落とされるのは彼女達にはよくされることとはいえ………この規模は流石に酷い。
『鳳翔』の中で、何かがポキリと折れる音がした。
翌日。
『さがさないでください』
書き置きを残し娘(?)の山城を連れ、ふらふらと鳳翔の艤装を付けて海上から家出の旅に出た『鳳翔』。
皆がちゃんとごはん食べているか心配になって戻ってきたのは更にその二日後の話だった。
結局、『鳳翔』はまた艦娘達のおかんをやりながら、悪意なく心を抉られつつ提督の自己アピールを再開している。
何か変わったのか、と問われれば何も、としか答えられない状況がそこにあった。
まあ、仕方ないのだろう――――これは、ただのくだらない話。
波乱もオチも無い、ただの“日常系”。
ひとしきり『鳳翔』の日々を描写したところで、「だから何?」と言われても答えようがない。
それ故だらだらつらつらとその日々を綴ることになったのだが―――とりあえずここで一区切りということで。
鳳翔提督のお艦日記、これにておひらき。
読了ありがとうございました。
あーなんかきれいなサッドライプやった反動で中二キチガイ全開バトルものやりたくなってきた。
舞台はやっぱり艦これかなあ。
キャラが多様で且つ出すヒロインの数を限定しても問題が起きない、世界観とか設定とかそもそもストーリーとかもともとふわっとさせてるから弄り放題、二次創作としては無茶苦茶使いやすいのがここ二作ほどやって実感した。
艦娘と書いてエイヴィヒカイトとルビを振る。
うん、最高に頭が悪いな!!