東方太陽史   作:ほくまる

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陽明

「先生、先日の宿題で分からないことがあるのですが」

「ああ、大歓迎だぞ」

 

 そう言うと先生は笑顔で玄関の戸を開けてくれた。

 先生の名前は上白沢慧音。僕の住んでいる村で寺子屋をやっている先生だ。慧音先生は僕のことを小さいころからずっと助けてくれた。生まれた頃から親の顔すら見たことのないたった一人の僕を。

 

 聞いた話によると、僕は山奥にたった一人で置き去りにされていたらしい。そこに偶然通りかかった慧音先生が拾ってくれたのだそうだ。そしてその時、僕は一枚の紙を握りしめていたのだそうだ。そこには漢字で二文字、「陽明」と。慧音先生はそれを見て僕の名前をこの通りにこの漢字で「ようめい」と名付けたのだそうだ。変な名前だと小さいころは思っていたが、今ではとてもこの名前を誇りに思っている。

 

「……と、このようにして解く。わかったか?」

「はい、ありがとうございます!」

「さて、もうこれで大丈夫か。」

 

 すると先生は立ち上がり、奥の台所へ向かった。

 

「最近はわざわざ来てもらっても何もできなくて申し訳ない。今日は少しお茶をしていかないか?」

「いいのですか?」

「ああ、いいとも」

「本当にありがとうございます」

 

 僕はそう言いながら深々と頭を下げた。先生のうちでお茶をすることなんて何年振りだろうか。

 慧音先生はお茶を淹れながら尋ねてきた。

 

「もうお前を拾って14年になる。大きくなるのは早いもので、今では立派な一人前の男だ。あの小さかった頃が懐かしいよ。今では1人暮らしも慣れているらしいな」

「いえ、僕はまだそんな……一人ではできないことばかりです」

 

 ひと月ほど前に、1人で生活を始めた。それまでは近くにある宿屋にずっとお世話になっていたが、もうこれくらいの年齢になったのだから、と思い切って始めたのである。しかし、1人で身の回りをこなすというものは自分が想像している以上に大変だったのであった。毎日他の人のように普通に暮らそうと必死であった。

 

「なにか将来のことは考えているのか?」

 

 唐突に先生は尋ねてきた。

 

「将来のこと、ですか?」

 

 そう質問すると先生はこう返した。

 

「そうだ。お前もそろそろ成人だろう。いつまでも私の教育だけを受けているわけにはいかんしな。まあ急に言われてもあまり考えていないだろうから私からは教師という道があることを言っておこう」

「教師…」

「うむ。お前の勤勉で非常にまじめな態度には私はいつも感心している。今となっては里の中でお前の頭のよさを認めてないものはほとんどいないだろう。それはこれからも自分にとっての大きな武器となることには間違いない。君は年下の子の面倒見もいいから教師と言う道はそれほど悪くないとは思えるのだが…」

 

 そこまで聞いて、僕は立ち上がった。

 

「すいません、少し考える時間をください。今日も教えていただいてありがとうございました。それでは失礼します!」

 

 そう言い残して僕は先生の顔もまともに見ずに荷物をまとめて先生の家から出た。

 

「そんなに重く考えなくていいぞ!強制ではないからな!」

 

 去り際に後ろからそのように聞こえたが、もうその時には部屋を出ていた。

 別に教師が嫌というわけではなかった。そういう道も悪くないとは思った。しかしお前は将来それで生きていくのかと問われると、自分は縦に首を振ることはできなかった。明確な理由が無かったからである。

 これから食べて生きていくための大事な仕事をそんな曖昧な理由でやれるのかどうか、自信が無い。物事は明確な理由が無ければ続けることが出来ないだろうという、自分の中で変な考えが渦巻いていた。

 さらに、自分は今の生活が変わるのを恐れていた。これから先は一人で新しいことにどんどん挑戦していかなくてはいけない。しかし、今は一人暮らしを初めて間もない時であった。明日ちゃんと生きていけるかどうかも不安なくらい大変だった。そんな中でこれからのことを言われても考える暇もない。

 

 しばらく走って、自分の家の近くに着いた。最近はほぼ走ったことがないので、そんなに長い距離も走ってないのにひどく疲れたように感じる。

 

「……明日は体中痛いだろうな」

 

 と自分の中で冗談を呟いていると、後ろから声がした。

 

「お、なんだなんだ。里一番の秀才が大量の汗をかいているとは珍しい」

 

 振り向くと、そこには霧雨魔理沙がにやにやしながら立っていた。とても楽しそうである。

 

「何の用?里一番の秀才が汗かきながら膝に手をついて息も絶え絶えな姿がそんなに滑稽かい?」

「いやいや、頭もいいのにその上さらに肉体も鍛えて更なる高みを目指そうとしてるのかなと思いまして」

「超人にでもなるつもりかな、僕は……」

 

 霧雨魔理沙は小さいころからの同級生である。彼女は僕をいじめていた子のグループの一人ではあったが、自分を酷くいじめるようなことはしていなかった。むしろ何度か自分がいじめられているところを度々助けてくれたのである。

 別に間に割って入って体を張って助けるようなことはしなかった。いじめっ子の気を彼女が引いていたのだ。彼女はただ単にそのグループで楽しいことを求めていただけだった。しかし自分をいじめることとなると、彼女はそのグループと反対の行動をとるようになった。そのおかげで何度も暴力を受けずに助かった場面があった。なので彼女にはとても感謝しているし、今でも話すことはよくある。 

 

「おっと、そうだ。お前博麗の巫女って知ってるか?」

「また突然だな……知ってるよ。博麗大結界の管理と、妖怪退治を仕事としている人間だろ。先代が行方不明になってから今もいないんだって聞いたことがある。まさかまた物を盗むつもりじゃないだろうな……」

 

 彼女は蒐集癖があり、様々な場所から物を盗んでいる。しかし彼女曰、これは盗んでいるのではなく借りているのだと言っている。それに今回もその博麗の巫女が関わっている珍しいものを盗みに行くのかと考えていたが今回は違った。

 

「それがさ、ついこの間に新しい博麗の巫女ができたっていう話だよ。しかも私たちと同じ年くらいらしい」

「新しい博麗の巫女?」

「そう。しかもさっき妖怪退治を終わらせてこの里に来るっていう話らしい。ちょっと里の入り口で騒いでるらしいからそれに行こうとしてたんだ。お前も来るか?」

 

 彼女はそれで先ほどからとても楽しそうにしていたのだろう。自分もそこまで急いでいることは無かったので自分も行くことを言った。

 その時、自分はまだ博麗の巫女がどのような人であるかはあまり分かってなかった。あまりお目にかかれる人でもないし、正直興味はかなりあった。怖い人なのだろうか、それとも優しい人なのだろうか。

 そのような思いを張り巡らせながら、魔理沙と共に里の入口へと向かった。その時にはもう、慧音先生と話したことは気にしていなかった。

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