さつばつぐらし!   作:備品猫

12 / 20
ゾンビに成る事が死ぬ事と同義でないなら、タグに原作キャラ生存って入れても……あ、駄目ですよね。知ってました。


第12話

 あの日、悲鳴をあげる友人達がどんな思いをしながら彼等になったのか、足立には分からない。

 死への恐怖か、後世への未練か、彼等への憎悪か、はたまた安泰か。

 もしこの世界に生き返れるのだとしたら、彼等は元の人間に戻りたいと願うだろうか。

 この、いつまでも続く望みの無い世界に。

 

「……」

 

 屋上から真っ暗な空へ向かって、黒い煙が火の粉と共に昇っていく。

 あたりに広がっていた腐臭も、焼けた臭いで払われたようだ。肉と髪の毛の焼ける不快な臭いに最初は顔を顰めていた慈と足立も、最後の一体を燃やしている今では囲んだ火を穏やかに眺めていた。

 

「……」

 

 火葬。

 この世に魂を留まらせないように、器である遺体を燃やし、魂をあの世へと送る火の葬送。

 勿論そんな理由で三階にあった遺体を燃やしているのではなく、公衆衛生的観点と遺体があると場所を取ってしまうからである。三階の清掃時に隅に集められていた遺体は、放っておけば病原菌の苗床となってしまう。なにより、出来るだけ昔の日常を送ろうとする学園生活部にとっては、死体の近くで生活するというのは、それだけで非日常だからである。

 でなければ、夜の屋上で行われるそれがひどく原始的で、端で見ていればただの焚き火としか見えないことは無かっただろう。送る人間はたった二人だけで、遺体は派手な棺桶ではなく紙屑に囲まれて燃やされている、あまりに見窄らしい葬儀だからだ。

 だが――

 

「……」

「……」

 

 まるで弔う相手を最期まで見ているかのように、二人はその炎を囲んだまま動かなかった。煤が辺りを舞い、炎で身体が熱さを覚えようと、二人は炎から眼を逸らさなかった。

 二人共特別信心深い訳ではない。色々な国の習慣に倣ったりした家庭や社会の生活で、固執している宗教も教えも無い。

 だがそれと同じくらいに、今まで暮らしていた生活の習慣が根付いているのか、死んでしまった者に対する物悲しさが拭えなかったのだ。

 せめて、この死者達には安らぎを。

 望まぬ死でも、徘徊する彼等にならずにこの世を去れた事を死者達が誇れるように。

 

「……よっと」

 

 勢いの衰えている炎に足立は紙屑を追加していく。人体は燃えにくいため、火を消さないためにも空気と燃料を追加し続けなければならないからだ。

 炎の中にあるのは残り最後の遺体だった。

 表面は黒く焦げ、筋肉の収縮によって一回り小さくなり、それが人間だったのかも分からなくなっている。

 元々彼等にならずに三階にあった死体は、総じて凄惨な有様だった。身体を動かす為の脳や頭が無くなっていたり、喰われ尽くされもやは人の形を成していなかったりするからだ。

 よって生前の顔を思い出させる遺体は、一つとして無かった。あるとすれば、身に纏った布切れが辛うじて巡ヶ丘学院の制服だとわかる程度だ。

 だがそれは、二人にとっては不幸中の幸いだったのかもしれない。目前に迫る死の恐怖に歪んだ顔は、常人にとっては悽愴そのものだからだ。

 

「これで終わりですね……」

「……ええ」

 

 燃料の紙屑が無くなり、足立の確認を取るような言葉に慈は頷いた。

 二人の顔には疲労が色濃く表れていた。夜通しの作業は堪えるものがあったのだろう。

 なるべく由紀達が寝ている深夜に屋上へ運んだ遺体は、迅速に焼いていった。焼骨になるまで焼くことは出来なかったが、殺菌と分解をし易くする目的であったので、あとは大まかに解体して土に埋めることにしている。

 足立はシャベルを持ち直して火の消えかかった遺体へ近づく。そして慈がもう一つの空いた畑に穴を掘りに行くのを確認すると、シャベルの切っ先を遺体の関節部分に合わせた。

 

「……っ」

 

 体重を掛け、押し込んだシャベルで脆くなった遺体を分ける。そうやって、大まかにだが解体していく。

 焼く前より一回り小さくはなっているが、なるべくバラバラにしておいた方が埋めやすいからだ。

 

(これは結構焼けたな)

 

 シャベルから伝わってくる感触が、何処か他人事のように感じる。焼いた遺体をわけていくなど、想像した事もなく、現実味もない。

 

「……はあ」

 

 思わず憂鬱とした気持ちに溜息を吐く。

 足立達の今の生活は、さながら延命装置である。

 いつ突然に終わるとも知れず、現状が改善される可能性も低い。

 結局、一階でいた頃と変わりは無く絶望は付きまとっている。

 

「後は自分が片付けておくんで、先生は先にシャワーでも浴びてきてください。臭い、酷いですよ」

 

 分解した遺体をシャベルで穴に入れながら足立は慈に声をかける。

 

「……足立君、悠里さんや胡桃さんがよく言ってたわ。『足立君は気が利くけど、デリカシーが無い』って」

「あはは……いやあ、ただの冗談のつもりだったんですけどねえ」

「もう。……でも、お言葉に甘えさせて貰うわ」

 

 慈は疲れきった顔に笑みを浮かべる。

 最近の授業では担当だった国語以外もするようになり、様々な事を考えて疲れていたのだろう。なにより、慈は元々夜更かしは得意ではないようだ。

 

「はい、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 

 屋上から去った慈を見送ると、足立は再び手を動かして穴を埋めていく。

 

「…………ん?」

 

 ぽつりぽつりと、屋上の床に雫が弾けた。

 それらは熱せられた土に、焼け焦げた煤に、落ちては白い煙となって霧散していった。

 

「また雨か……」

 

 数日降らなかった雨が、また降り出したのだ。次第に勢いを増していく雨が床を濡らし、いつしか床を浸すほど降るだろう。

 

「……」

 

 水は低きに流れ、人は易きに流れる。

 絶望に浸ることで、死は甘い誘惑になる。

 死ねば何も考えなくていい。死ねば何も感じなくていい。死ねば苦しまなくていい。

 なら自分達はどうだろうか。

 

(目的……生きる目的……)

 

 あの頃の日常は今は無く。取り戻す事も出来ない。

 学園生活部という幻想に縋り付いて、それでも自分達は生きていけるのだろうか。

 

(今は……今だけ考えればいい)

 

 いつか直面する問題に、昔の足立なら正面から見据えただろう。どんな絶望的な状況でも、立ち向かっていかなければならないと思っていたからだ。

 だが、学園生活部という日常を過ごすうちに、この居心地の良い空間が消えてしまう可能性など考えたくなかった。彼女達の苦しむ姿など考えたくなかった。

 そしてなにより、学園生活部こそが、現実から眼を背ける為に作られたものなのだから。

 

「……」

 

 素早く穴を埋め終えると、ブルーシートを重しと共に穴の上に被せ、足立は雨から逃げるように屋上から降りて行った。

 

 *

 

 巡ヶ丘学院高等学校は災害時における避難所としての役割を想定して、太陽光や水力による発電と地下水や雨水などの浄水設備が備えている。

 学校施設の説明時にそう言われた事を、当時の慈は素直に受け止めていた。今の御時世、学校にも住めるのだと思いながら。

 だが、マニュアルを読んだ今の慈には、そこに含まれた意味が別のものではないかと考え始めた。

 

『重要なのは確保と隔離である』

『感染対策は初期の封じ込めが重要であるが――』

『――生物兵器も、この例に漏れない』

 

 慈の中で災害とは、地震や津波などの自然災害の事だった。それが一般的な筈だった。

 しかし緊急避難マニュアルに書かれていた内容は、そんな事に一切触れる事なく、慈の体験した事のない状況を想定していた。

 生物災害(バイオハザード)

 しかしながらそれは、慈自身体験した事はないがよく聞く名前でもあった。研究途中の生物兵器が漏洩して大混乱、などは架空の創作物の中ではとても有名な事態だからだ。

 マニュアルの内容は、まさにそんな事態の想定だった。つまりそれは、このマニュアルを作った人間は人に危害が加わる物が作られている、もしくは持っている事を知っていたということだ。

『地下一、二階を本校における非常避難区域とする』

 そんな事態を想定した設備。そんな事態への対処法。

 今慈達が健康に過ごせているのは、皮肉にもそのお陰であった。

 電気も水も基本的に困る事はなく、昔と同じ様に今も慈はシャワーを浴びられているのだから。

 

「…………」

 

 排水口に向かって、慈の身体を伝っていった湯が流れていく。その様子を見る度に、慈はここの清掃時の風景を思い出してしまう。

 排水口へ流れ、乾いて跡になった血。ここも、あの日惨劇のあった場所だったのだ。

 そして、ついさっき足立と共に“処分”した遺体。

 もはや肉塊とも呼べるような遺体。

 頭も無くなり、身体中を食い千切られた遺体。

 無残な程に引き裂かれた巡ヶ丘学院の制服を着た、生徒であっただろう遺体。

 

「……っ」

 

 それらを思い出すだけで、慈は身体中から血の気が失せるのを感じた。

 これも自分の罪なのか。

 無知だった自分の罪なのか。

 マニュアルを読んでから、幾度もした問いだった。

 事前に自分が知っていれば、こんな結末は無かったのだろうか。

 生徒であっただろう遺体のその凄惨さ。彼ら彼女らがどれ程悲惨な最期を遂げたかは、慈の想像出来るものではなかった。

 

「はぁっ…………はぁっ…………」

 

 息をするのも苦しく感じる。

 震える体をつたう温水は、しかし急速に熱を失い、次いで火照った身体の熱を奪っていく。だが、それとは関係なく慈の身体は奥底から冷めていく。

 

(私達大人が…………いや、私が……)

 

 日常を――生徒達の日常を壊した。

 彼等だけではない。足立と共に屋上で焼いた遺体も、そして由紀達も、かけがえのない日常を送っていたのだ。

 色々な繋がりと様々なしがらみを持っていた生徒達の世界を奪っていった事実が、慈の心をゆっくりと締め上げ圧迫する。

 何て罪深いのか。何て卑しいのか。

 被害者面して生きていた自分が堪らなく嫌になる。

 

「…………あ、止めないと」

 

 慈は呟きと共にハンドルを捻り放水を止める。連日の雨で水は溜まっているとはいえ、今後の事を考えると油断出来ない状況なのだから水と電気は節約しなければならない。

 慈は身体に付いた水を拭き取りバスタオルを身体に巻くと、洗面台へと向かう。身体に付いた死臭も洗い落とし、衣服も新しく用意している。

 

(これから……か)

 

 これから。

 由紀達のこれから。

 慈自身のこれから。

 漠然とした未来だが、慈には一つだけ決めている事があった。

 

(せめて、あの子達だけでも……)

 

 由紀達にとっての大人は、今は慈ただ一人だけだ。

 子供を守るのが大人の責任であり、子供の未来の為に命を張るのが大人の義務なのだ。

 だから、由紀達をこの学校――この理不尽な世界から抜けださせる事。

 それがマニュアルを読んだ後、罪の意識と共に誓った事だ。もしかしたら、罪の意識から生まれたものなのかもしれない。

 だがそれでも――

 

(この命は、彼女達のためにあるんだから)

 

 気を引き締めようと髪を拭いていたタオルを退け、顔を冷水で強く洗う。

 

「はぁっ……」

 

 顔を上げると、洗面台の壁に設置させた鏡に病人のような顔が映る。

 まだ年齢としては若い筈なのに、鏡に映った自分の顔は酷く年老いて疲れた人間のように見えた。

 

「酷い顔……」

 

 自嘲気味に呟く。自分の罪に怯え疲弊するだけの人間に、一人の命でさえ守る力があるとでも言うのだろうか。

 だが、それしか慈には残されていないのだ。

 慈は身体に巻いていたタオルを取ると、新しく用意した下着と寝巻き用の衣服を身に付け、廊下へと出る。

 

「あら、また雨……」

 

 夜のひんやりとした空気の中で雨音が静かな校舎内に響く。

 雨は割れた窓から降り込み、廊下の床を濡らしていく。濡れた床で滑らないように、慈はしっかりとした足取りで寝室である放送室へ向かう。

 

「……」

 

 血が染み付いた床や壁。割れたガラスの窓。彷徨う人間だった彼等。

 どこにも逃げる場所はない。慈の罪は消えず、何処までも付きまとってくる。

 目を開けばそれは現実になる。だからといって目を瞑る事も出来ない。慈が居なくなれば、由紀達を守れる大人は残らないのだ。

 もう慈には立ち向かう事しか残されていない。

 

(償えなくても、みんなは守らなくちゃいけない)

 

 放送室の寝室部分に音を立てないように入ると、三人は由紀を挟むように川の字で寝ていた。

 

「もう……」

 

 由紀にずれた布団をかけ直す。その寝顔は安らかで、とても優しい笑みを浮かべている。

 

(ごめんね……みんな……)

 

 今だ由紀達にマニュアルの内容は話していない。きっと伝えれば、慈は糾弾される。何故こんな事態を仕出かしたのか。何故もっと適切な対処をしなかったのか。それは他でもない、慈自身が思っていた事だ。

 そして何より、由紀達の笑顔が、怒りや憎しみに歪む事など考えたくなかった。

 自分達の働きで、由紀のこの笑顔が守られている。それだけで慈には励みになるのだ。

 出来ることなら、由紀にはずっとそのままでいて欲しい。

 

(ごめんね――でも、まだその時じゃないと思うから)

 

 慈は敷いた布団に入り、きつく目を閉じる。

 目蓋の裏にさえ現れる罪の形は、なおも慈を責め立てた。

 

 

『ゆきちゃん、足立君を起こしてきてくれる?あ、男の子だから部屋の外からね』

 

 そう悠里に言われた由紀は、指示通り部屋の外から呼びかけた。だが声だけでは起きないのでドアも叩きながら呼びかけた。それでも起きないので、部屋の中に入って近くまで寄って呼びかけたところで、足立はやっと起きた。

 

「…………ん?」

「おはよう。足立君」

「…………おはよう」

 

 寝起きで頭が働いていないのか、素面で返事をする足立。いつもなら演技くさい言葉を吐くのだが、朝が弱い事は変わっていないらしい。

 

「朝だよー。授業に遅刻しちゃうよー?」

「ああ……ちょっと……着替えるから……外に……」

「うん、わかった」

 

 だんだん頭が回ってきているようだが、まだ呂律の方は回りきっていないようだ。

 それでも由紀は言われた通り部屋の外に出ると、再び口を開いた。

 

「りーさんが言ってたよー?」

「……デリカシーが無いって?」

「いや、そうじゃ……まあ、それもあるけど」

「……やっぱりあるんだ」

「そりゃあそうだよ。気を利かせてくれたのは嬉しいけど、女の子の服を勝手に洗濯するのは駄目だよ」

「……あの時の恵飛須沢のシャベルは痛かったからな……もうしません」

「うん。その方がいいと思う」

「……それとは別の事?」

「うん」

 

 少し間を置いて、思い出したような口ぶりで由紀は話す。

「いっつも疲れた顔してるって。そう言ってた」

「……うん」

「めぐねえもだけど、二人とも一人で全部しちゃうし、私達に頼ろうとしないし……」

「……」

「私達、そんなに頼りないかな?」

「……いや、そんな事は」

「みんな感謝してるけど、無理はしちゃ駄目だよー?」

「……うん」

 

 どうやら会話で足立の頭もしっかり働くようになったらしい。返事もしっかり聞こえ始めた事を由紀は感じた。

 

「めぐねえがね、私の笑顔が良いって言ってんだ」

「……笑顔は大切な事だよ。赤ちゃんが泣いてたらあやすだろ?」

「もう、私は赤ちゃん扱い?」

「あはは、確かに丈槍のお守りは大変だしな」

「……私の笑顔って、元気出る?」

「当たり前だよ。可愛い女の子と笑顔はセットだ。男子はそんな子がいるだけで元気が出る単純な生き物だから」

 

 部屋の中から聞こえる笑い声に由紀は顔を無意識に綻ばせる。いつも通りの足立だという事が嬉しかった。

 

「おまたせ。と言いたいところだけど、顔を洗いにいくよ」

 

 やっと出てきた足立は制服に着替え、肩にはシャベルを担いでいる。胡桃の姿勢がそのまま写ってしまったように思えて、由紀は小さく吹き出す。

 

「……ぷっ」

「なんだ?」

「ごめん、胡桃ちゃんがもう一人いるみたいで……」

「……それは良い捉え方とは言えないな」

 

 洗面所へ向かう足立に由紀も着いていく。

 

「……どうした?」

「いや、まだ言わなきゃいけない事あるから」

「はあ」

 

 足立も由紀が着いてくる事を知ると、歩調を由紀に合わせる。

 

「突然だけど、足立君は他人行儀だよ!」

「本当に突然だな」

「これからは下の名前で私達を呼ぶように!ほら、渾名とかで呼び合うって凄く仲が良さそう」

「いや……それは馴れ馴れしいというか」

「馴れ馴れしくなんか無いよ。私達は衣食住を共にする友達……いや家族だからね!私も今から陸君……いや!りっくんと呼ぶよ!」

「ええ……」

「ほら!私の名前を呼んでみて!」

「………………由紀」

「うーん……まあ合格」

「はあ……」

「じゃあ部室に行くよりっくん!りーさんやくるみちゃんもだからね!」

「いや、あの、顔を洗いたいんだけど」

 

 

 危険性というものは、いつ如何なる時でも少なからず存在する。

 道を歩いて車に撥ねられ事もあれば、通り魔に殺される事もある。階段からうっかり落ちてしまったり、地震によって崩れてきた瓦礫で圧死する事もある。

 だが、その可能性が低いがために人々は平和を錯覚してしまう。自分達が死と隣り合わせで、どれだけ注意しても危険な目に遭う事を忘れている。

 事の起こりで思い出し、全てが終わった後に後悔する。

 だがそれはまた人間の発展の歴史の一面でもある。経験から学び、人間の営みの中の危険性を減らしていく。技術を能力とする人間の進化だ。

 だがそれでも危険性は無くならない。どれだけ可能性が減少しようと零になる事はない。

 だから――

 

 まるで痛みに呻くように、彼等の口から言葉にならない声が溢れる。彼等は身体の何処かに傷を負い、四肢さえ欠損している者が殆どである。生存の必要な器官が大幅に失ってさえ動く彼等を見れば、今更痛覚が働いているとは思えない。

 そもそも、たとえ人間の成れの果てだとしても、彼等と人間の共通点はその輪郭程度だ。言葉も通じず、理性もなく。一切の躊躇もなく、逡巡もなく。彼等は正に反射によって生きる一個の生物だ。

 そう、バリケードの前の者は痛みから声を上げている訳ではない。他の者からバリケードの側へと圧迫され、身体の中から漏れ出した空気が喉を震わせていただけだ。

 狭い空間から広い空間へ。しかし、呻き声を上げる者はそこから動けない。バリケードの周りは彼等で溢れかえっているからだ。

 まるで雨宿りをする生徒のように、彼等は校舎内に溢れかえっていた。濡れれば体温が奪われ、体内の機能も著しく低下してしまう。それは陸上で生活している動物の本能で分かっている事だ。

 しかし彼等は本能で動いた訳ではない。彼等は頭の中の記憶から動いただけに過ぎないからだ。

 生前の記憶。もはや相互の繋がりの無くなった記憶の群れ。彼等の頭に残ったものは、何ら関連性も持たない断片の様な人間時代の残滓だった。

 複雑な思考は不可能になり、そこに付随していた意味も無くなった。彼等は頭に残ったその記録をなぞる事しか出来ない。

 だからこそ、彼等はそのバリケードの向こうに、まだ行ける場所がある事を知っている。

 狭くなってきた二階から、まだ空間があるであろう三階へ。だが知恵も回らぬ彼等はバリケード前で立ち往生してしまう。

 まるで転んでしまった発条仕掛けの玩具のように、彼等はただバリケードに群がるだけだった。

 しかし数の多さには抗えないのか、有刺鉄線で巻かれた机を積み上げたバリケードがゆっくりと歪んでいく。

 どれだけ強く巻き、固定したと思っていても、彼等の力と数は想定以上だったのだ。

 重ねていた机同士がずれ、有刺鉄線が緩んでいく。

 重心が不安定になった慈達の平和の壁は、彼等に押され、ゆっくりと傾いていった。

 

 危険は――死はいつも隣り合わせだ。

どれだけ障害を立てようと、どれだけ逃げようと、それはただの保留に過ぎない。

 それを平和と謳い、その平和の幻想に篭っていれば、いつか手痛いしっぺ返しを食う事になる。

 気付いた時にはもう遅い。

 ずっと前から、安寧の日常などありはしなかったのだ。




がっこうぐらし!の7巻がそろそろ発売されますが同じきらら系列キャラットの芸術科生徒達の四コマ漫画が連載終了してしまう悲しみを胸に秘めて次回からめぐねえには退場してもらおうと思います。

はい、謹賀新年です。
だからといって特に何も有りませんが、ここまで付き合ってくださった皆様ありがとうございます。
出来れば今年度も(構想ではあと2話程度ですが)拙作を宜しくお願い申し上げます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。