さつばつぐらし!   作:備品猫

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一応、グロい描写があるつもりなので注意。


第2話

 暗闇の中を進む。

 月明かりが無くても、闇に慣れた目にはよく見える。

 割れたガラス。

 床や天井にまで付いた血飛沫。

 外れた扉や倒れた椅子と机。

 腕や足、原型を留めていない遺体。勿論何の処置も施していないそれらは腐り、蝿が集り蛆が蠢いていた。

 だが足立には鼻が曲がる臭いも、見るに堪えない光景も、慣れてしまえば何という事はなかった。

 

「……」

 

 一階と変わらない二階の状態に足立は憂鬱になる。いや、一階よりも数が多い影を見ると失望すらしてしまう。

 このまま彼等の仲間になってしまえば。

 心が悲鳴をあげる。

 だがまだ希望はある。

 まだ見ていない教室がある。まだ三階や屋上だってある。

 きっと誰か生存者が居るはずだ。たとえ学校に居ないなら町を探せばいい。

 

 もし、最後の最後まで誰もいなかったら。

 生きているのが足立だけだったとしたら。

 その時は絶望して、彼等の仲間になればいいのだ。

 まだやる事は沢山ある。

 *

 遺体は屋上から投げ落とした。

 菜園の空いたスペースに埋めようとも考えられたが、また息を吹き返すかもしれないかと思うと、傍に置いておくのは怖かったからだ。

 だが黒ずんだジャージを着たそれは二度と起き上がらず、落ちた時から変わらずそこにあった。

 

 ゾンビ。

 生ける屍体。動きは愚鈍で力が強い、噛んだ相手が生きていようと仲間にする。余りにありふれ過ぎてチープな存在の彼等が、今日も校庭や校舎を彷徨っている。

 下にあるジャージを着た巡ヶ丘学院の元OBも、この屋上で彼等になった。

 彼の止めを刺したのは皮肉なことに、彼を助けて、彼を慕って、彼に恋い焦がれていた少女だった。

 その少女がは今、その先輩を殺した凶器を背負い、三階へ続く唯一の扉の前で準備を整えていた。

 

「本当に大丈夫なの?恵飛須沢さん」

「もう、めぐねえはホントに心配性だなぁ」

「当たり前じゃない! こんな事は教師の私が」

「めぐねえは出来ないよ。……でも私はもう経験したから、割り切れる」

 

 この優しい女性にそんな事は出来ない。学校で彷徨っているのはこの学校にいた生徒ばかりなのだ。その面影を見ただけでこの人は怖気付いてしまうだろう。

 だから、殺す事を経験した、経験して吹っ切れた自分が行くべきなのだ。汚れ役が増える必要はない筈だ。

 恵飛須沢胡桃は頑としてその役目を譲ろうとしなかった。

 巡ヶ丘学院国語教師、佐倉慈にもそれは分かっていた。

 臆病で心配性で腰が簡単に引けてしまう自分が彼女の役割にかって出るなど無理なことなのだ。

 彼女達の教師として、危険な行為をさせる自分が許せなかった。そう考えているのに何も出来ない自分が、さらに情けない人間に思えてならなかった。

 

「だから、めぐねえとりーさんで頭を捻って考えてくれ。三階の制圧の仕方、今後の事。私はその安全を確保するだけだ。……あいつはめぐねえが居ないと駄目だしな」

 

 胡桃には自己嫌悪する慈の考えが手に取るように分かった。気にするなとは言えない。彼女にしか出来ないことをやって欲しかったからだ。

 あの日から殆ど動いていない丈槍由紀の支えは慈だけだった。あの事件の前なら、持ち前の元気さで胡桃や若狭悠里とも仲良くしたかもしれないが、今の彼女はひたすらに塞ぎ込んでいた。

 置かれた状況を理解出来ずに、辛い現状を受け入れたくない彼女が頼れるのが事件前から慕っていた慈だけだった。

 このままではいけない。このままでは彼女は狂うか自分の中に永遠に鬱ぎ込むかだ。

 この現状を理解して仲間として一致団結するには慈の橋渡しが必要なのだ。

 

「分かったわ。でも、約束して。危険だと判断したらすぐに戻るのよ?」

「わかってるって」

「はぁ……じゃあ行きましょうか」

 

 まずは校舎内の現状把握をする為に、胡桃と慈で探索をすることになった。生存者の救出と、出来れば食料の確保もしたかった。

 

「悠里さん、私達が出たらすぐにバリケードで扉を抑えてね。……それと由紀ちゃんのことも」

「ええ、分かっています。先生も胡桃も無理しないでくださいね」

「じゃあ、行ってくるよ」

 

 事件以来閉じられた扉を開ける。

 血臭と腐乱臭が鼻をうつ。

 

「うっ……」

「どうして……こんな」

 

 暗闇に慣れてきた目で、その場の惨状がようやく理解できた。

 胡桃も慈も目の前の光景に吐き気を堪えるしか無かった。

 乾いた血が、まるで壁に塗りたくられたように付き。人体の一部だったと思われる物が散乱していた。

 屋上に逃げようとした生徒達の無惨な姿。

 地獄はすぐ側に広がっていた。

 *

「ちっ……」

 

 奇襲の大前提として相手は一体でないといけない。

 一体にかかる時間を考えれば複数を相手にするのは不可能だった。ちまちまとダメージを与えて倒すなんてゲームみたいなことは出来ないのだ。

 廊下の一体に奇襲をしかけた時、物音に反応したのか二体が教室から出てきてしまった。

 失敗だ。なるべく校舎内の数は減らしておきたかったが、こうなってはどうしようもない。

 足立は彼等に背を向けるとその場を離れた。

 鈍重な彼等から逃げるのは簡単だった。角を曲がって誰もいない教室に入り、扉を静かに閉める。

 次はどうする。足立は考える。

 二階の惨状をを見ると三階も同じような状況だろう。そうなると三階に生存者がいるとは思えない。

 実際はわからない。分からないなら確かめるしかない。

 三体もいるのでは足立に為す術はない。

 そうそうに二階の探索を諦めて、足立は教室を出ると元来た道を戻っていった。

 *

「……めぐねえ、下がってて」

 

 一体は階段を降りたすぐ先にいた。彷徨い歩く姿に理性はない。食物を求める獣と同じだった。

 だが、それでも制服を着た姿は、どうしようもなく二人に暗い気持ちを持たせる。

 彼等も望んであんな姿になった訳ではない。きっと彼等から逃げたり、誰かを守ったり戦ったした果てにあんな姿になってしまったのだ。

 

「……」

 

 覚悟を決めた胡桃は、素早く近付くとシャベルをその頭に振り下ろす。鈍い音と湿った音が響く。

 倒れた体を踏んで抑えつけ、シャベルの先を向ける。

 彼等となった男子生徒は呻き声をあげ、手を胡桃に伸ばす。

 

「……おやすみ」

 

 その切っ先は正確に顔面を貫き、脆弱な脳髄を破壊した。

 シャベルを伝って、どろりと黒い液体と肉片がこぼれ落ちる。脳を破壊された体は陸揚げされた魚のように痙攣すると、それ以来動く事はなくなった。

 動かなくなった事を確認すると胡桃はシャベルを引き抜いた。

 シャベルから血が滴る。

 彼等は結局、人間と何も変わらない。中枢を潰されれば生命活動は停止する。

 

「……」

 

 どんなに吹っ切れたからと言って、それでも胡桃には人殺しの感覚が残っている。

 どうしようもないのだ。

 どんな相手でも、それが彼等なら殺さなければならない。でなければ無惨に食べられるかその仲間になるかだ。

 殺して殺されて。

 そんな殺伐とした環境から人間を守る社会が壊れただけで、それは自然では当たり前の事だ。

 

「……」

「……めぐねえ、行こう」

「……ええ」

 

 やすらかに眠って欲しい。

 慈にはその祈りが自己満足と分かってはいるが、それでも醜い姿を元の男子生徒が望んでいたとは考えられない。

 せめて、これで彼が解放させるように。

 胡桃と慈は暗闇の廊下を再び進み始めた。

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