さつばつぐらし!   作:備品猫

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そろそろ怪談の季節なので、ええ。
山無し。オチ無し。意味無し。
それでもいいなら、どうぞ。


『怖いもの』

 毎晩家計簿を付けている時はキャンプ用のライトを点けていたのだけど、その日は偶々見つけた蝋燭を使ってみた。

 昔ながらの白い洋ローソク。

 小さな受け皿にそれを一本立てて、芯である木綿糸にマッチで火を点ける。

 小さな、橙色の火が灯る。眺めていれば感傷的な気分になる弱い光。

 風のない室内では、火は揺らめくこともなく、ロウを溶かしていく。

 光量は殆ど無い。

 でも手元のノートを照らすだけなら十分。偶にはこういう趣向も良いのかもしれない。

 雰囲気作りの為に室内の明かりは蝋燭以外全部消していたので、夜の見回りから帰ってきた胡桃は部屋の中の光景に一瞬ギョッとした。

 

「おかえりなさい」

「た、ただいま。――じゃなくて、怖いから止めてくれ」

「何で?」

「蝋燭の光で、りーさんの顔が闇の中で浮かんでるみたいだった」

「それは確かに怖そうね」

「他人事みたいに……」

「寒かったでしょ? ホットココアでも淹れるわね」

「……ありがと」

「いえいえ」

 

 ケトルに水を入れ、コンロで温める。

 手持ち無沙汰だったので、ふと悪戯がしたくなった。

 

「……たまにこんな事ない? 風は無いのに……横を誰かが通って行ったような生温い風が」

「あーあー」

「あらあら。冗談じゃないの」

「冗談でも、言って良い事と悪い事があるだろ」

「耐性が無さ過ぎよ。知ってる? 幽霊は怖がりな人の近くに寄ってくるって……」

「あー! あー!」

「だから幽霊の話でも聞いて、少しは慣れましょ」

「りーさんが愉しみたいだけだろ……」

 

 さて、どうかしら。

 ピーっと鳴り出したケトルから胡桃のマイカップに水を注ぐ。棚から取り出しておいた粉ミルクとココアパウダーを入れてかき混ぜれば、出来上がり。

 

「はい、ホットココア」

「……いただきます」

「どうぞ、めしあがれ」

 

 胡桃は両手でカップを持つと、ふーふーと冷ましながら飲み、幸せそうに一息つく。

 私は家計簿を再開する。

 

「……くるみは幽霊っていると思う?」

「いて欲しくない」

「願望じゃなくて」

「……いないと思う」

「それはどうして?」

「見たこと無いから」

「なるほど」

「そう言うりーさんはどうなんだよ」

「私? そうね……いるとは思うんだ」

「どうして」

「だってその方が面白そうじゃない」

「えぇ……」

 

 胡桃の引き気味な声をスルーしつつ、家計簿に書き込んでいく。

 あら、お菓子の量が思ったより減ってる……。

 

「でも幽霊は科学現象だって話があるだろ」

「ええ、沢山あるわね」

「全部幻覚だよ。どうせ。幽霊の正体見たり枯れ尾花、だっけ?」

「……でも、枯れ尾花と分かるまで、それは幽霊だったかもしれないわ。もしくは幽霊として存在していた。少なくともその当人にとってわ」

「……どういうことだよ」

 

 訳が分からない、と不満気な顔を私の方に向ける。

 そうね……。

 こんな話があるわ。

 

 

「この踏み切りでね、親子が自殺したんだって。若いお母さんと、赤ん坊」

 

 日が落ちた住宅街の暗い踏み切り。

 塾帰り少女は、横でスマートフォンをいじる同じく塾帰りの友達にそう話しかけた。

 会話の話題作りで、少女の即席で考えた冗談だった。

 

「……まじ?」

 

 ここより遠くに住んでいる怖がりな友人は言う。

 

「だからね、たまに赤ん坊の泣き声が聞こえてくるんだって……」

「……」

 

 怖がりの友人の顔が引き攣り始める。

 あまり怖がらせるのも悪いだろう。

 

「なーんてね」

「もう……」

 

 その場はそうして終わらせたのだが、友達の反応が良かったので、少女はその自作の怖い話を度々話した。

 少し肉付けして、いかにもありそうな事件にしてみたり。怨念のこもったオカルトホラーにしてみたり。

 しかし、いつしかその『踏み切りの親子』は尾ひれを付けながら、少女以外から噂として広がっていった。

 その踏み切りで丑の刻に立っていると親子に冥界に連れて行かれる、だとか。

 踏み切りの向こう側で赤子を抱いた女の幽霊が出る、だとか。

 ただ母親と赤ん坊の幽霊、という部分は変わらなかったが。

 

 その後、そんな噂を忘れた少女は地元の大学に入り、女性となって地元で就職をした。

 たまに耳に入ってくる『踏み切りの親子』の噂。懐かしんでいたのだが、どうやらより洗練され、実体験としても拡がっていたらしい。

 踏み切りで親子の幽霊を見た。赤ん坊の泣き声を聞いた。

 遠くからやって来た同僚までもがそんな事を言うので、女性は段々薄気味悪くなってきた。

 勿論それは噂話であり、同僚達の話も嘘だろう。

 だが、自分の元から離れたものが、とんでもない影響を与えていると思うと、申し訳なさより恐怖を感じた。

 

 ある日女性は残業を終えた帰路の途中、踏み切りが鳴り出し立ち止まった。

 かーんーかーんと警報機が鳴り、女性はぼんやりと遮断機が降りるのを眺めていた。

 

 おぎゃあ。おんぎゃあ。

 

 警報機の音の中でも、何故かはっきり聞こえる赤子の声。

 女性はぎょっとした。住宅街であるが、その泣き声はどう考えても家の中からではない。そして深夜帯の時間に、赤ん坊が外に出るだろうか。

 

 おんぎゃあ。おんぎゃあ。

 

 母親を、保護者を求める叫び。

 女性はふと、最近出回っているの『踏み切りの親子』の話を思い出した。

 その赤子は生まれた時から死んでいる。

 死人をあやせる生者などいない。

 だから赤子は、生者を死人に変えたがっている。

 自分だけの理由で勝手に死んだ母親に変わる存在を欲しがっている。

 

 女性には分からなかった。

 こんな歪な存在を生んだのは、一体誰だろうか。

 

 おんぎゃあ。おぎゃあ。

 

 赤ん坊の泣き声が、頭の中で響く。

 

 

「……」

「噂の独り歩きはよくある事だけど、怖いのはそれによる影響なんですって。みんなの記憶の中には、そこに居もしない死人が生まれるの。だから多分、幽霊っていうのは……」

 

芝居臭く、ペンで頭を叩く。

 

「ここにいる……かもしれないわね」

「……変な事言わないでくれよ」

「あらあら。これでもきつかった?」

 

 すぐに口調を崩して冗談めかす。

 こういった話題は本気にするものではない。

 

「もう……」

 

 そう言いながら胡桃は再びカップに口をつける。

 ココアを飲みながらジト目で睨んでくるが、構わずペンを持つ手を動かす。

 そうして少しだけ時間が過ぎた頃。

 胡桃が呟くように喋り出した。

 

「地縛霊って……いるよな」

「ええ、いるわね。未練があるとそこに留まってしまう幽霊、だったかしら」

「なんか、あいつらと似てるよな。毎日学校に来てさ」

「そうね。肉体を持った地縛霊かもしれないわね」

「……あいつらも、何か未練があるのかな」

 

 胡桃はそう言いながら窓を見つめる。

 今は夜だから校庭には数える程しかいないけど、朝になればまた集まってくる彼等。

 彼等は私達目当てで来ている様子ではない。ユニフォームを着たのは校庭でボールと追いかけっこばかりしている。

 未練なのか生前の習慣なのか。ただまあ、記憶が残っているというのは判断出来るだろう。

 

「……どうかしらね」

 

 彼女の言わんとしている事と、その先の想像が怖くて、返事は濁した。

 胡桃は何も気にした様子もなくココアを飲み干す。

 

「ん。ごちそうさま」

「はい。カップはそこに置いといて」

「はーい。んじゃ、先に寝るよ」

「ええ。おやすみ」

「おやすみ」

 

 胡桃が出て行くと途端に静かになる室内。

 何だか、部屋の中がさっきより暗くなった様に感じる。蝋燭の光は変わらず、ぼんやり燃えているのに。

 

「……ふう」

 

 彼等が一体何なのか、考えた機会は多い。

 人間なのか、死人なのか。

 そこで、ふと考えたことがあった。

 もしかしたら、この世界は、いつのまにか地獄に変わっていたのかもしれない、と。

 だから彼等はきっと、地獄で過ごす亡者なのだ。

 地獄なら生も死も関係無さそうだし。

 荒唐無稽で、馬鹿な考えだ。

 でも、私にはしっくり来ていた。それに、あの日から何となくそう理解していた気がする。

 外の世界は、私達にとっては地獄にしか見えないのだから。

 

「……」

 

 書き終えたノートを閉じて、蝋燭の灯りを息で吹き消す。

 さっきまで考えていた事は忘れて、寝室である放送室に向かう。

 こんな考えも、真面目にするものではないのだ。




地獄は頭の中にある。
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