「ごみん」
夜が明け、暗闇に包まれていた空が明るくなってきている。
だが、光量はまだ校舎内の闇を払う程ではない。
一階の教室。
足立は食料や日用品、必要だと思った物をバックにひたすら詰め込んでいた。
購買部で食料を調達した帰り、慈達と屋上に行く為に足立は今まで拠点として立て籠もっていた部屋に持ち物を取りに寄り道をさせてもらった。
最初は六人で使っていた教室が、今では足立一人の生活空間だった。
正午に起き上がりストレッチをし、十五時に食事を摂る。日が沈んだ夜の時間から学校を探索する。朝日が覗く頃に教室に帰り、お昼まで眠る。間の時間は読書をして潰す。
惰性で生きていた空間。だから思い出はあまりない。一晩で五人が居なくなってしまい、彼等の生きていた跡が少しも残っていないからだ。
重たくなったバックを背負って教室の扉を開ける。
「……じゃあ」
足立は誰にともなく、教室内に向かって言う。
教室の扉を閉め、足立は教室の外で待っていた慈達の元へ向かう。
「すいません。待っててもらって」
「いいのよ」
「用事は済んだか? さっさと行こう」
先頭を足立が、背後を胡桃が警戒しながら屋上へ向かう。一階の道中に居たのは一体だけで、足立が転ばせることで戦闘は回避した。
階段まで来ればあとは一気に屋上まで上がるだけだ。足が疲れてきているが、止まらず駆け上がる。
二階に着く。彼等は近くに居たが、そのまま三階へ上る。もう大丈夫だと思ったのか、三人は足音を気にせずに階段を駆け上がっていた。
だが、三人が油断するのを狙っていたかのように、屋上への階段を塞ぐよう三体の彼等がいた。階段を上る音で気付いたようで、三階に着いた足立達を狙っている。
「くそっ……まじかよ」
「ひっ……」
「やばい! 下からも上がって来てる!」
止まっているうちに廊下からも彼等が数を引き連れてやって来た。
四面楚歌だ。
屋上へ行くには突破するしかない。だが三体を一度に相手にするのは無理だ。例え立ち向かっても無傷では済まないだろう。
どれだけ解決策を考えようとしても足立の頭には出てこなかった。無意識に絶望して、諦めてしまっているのかもしれない。
そうこうしているうちに、三人は追い詰められて行く。
「無理だ……」
例え思っていても何とか体は動いただろう。だが、口からでてしまった言葉が力を奪っていく。
棒を握る力が抜けていく。
膝が力を失う。
全身が脱力するのを感じながら足立は思った。せっかく生存者に会えたのに、何と悲惨な最期だろう。今まで生き延びてきたのに、何と残酷な最期だろう。
崩れ落ちている慈も、彼等を何とか牽制している胡桃も、現状を打破できる策が出てこない。
もう無理だ。
しかし、絶望する中で三人は何かを感じた。
背後から何か温かいものを感じる。
振り返って分かった。朝日だ。
窓から陽が射し込む。光が廊下を、階段を照らしだす。
眩しい。暗闇に慣れていた目を細める。だが、それと同時に、その視界の端で狼狽える彼等の姿が見えた。彼等も突然の眩しさに目が眩んだのかもしれない。
今しかない。
足立と胡桃は考えるよりも先に体を突き動かした。
屋上への階段を塞ぐ一体を足立が棒で突くように倒し、残り二体を胡桃がシャベルで横薙ぎに倒す。一体は体勢を崩しただけだったが、胡桃自身が驚く程の力が二体の首を吹き飛ばした。
「めぐねえ!」
胡桃は慈の手を取り階段を上り始める。足立は立ち上がろうとしている一体を階段から蹴り落とすと、引っ張られている慈の肩を支えて階段を上がる。
「りーさん! 開けてくれ!」
階段を上る途中から胡桃が叫ぶ。
扉の前に着く。胡桃がドアノブを握って押しても開かない。バリケードが邪魔で動かないのだ。
「くるみっ!? 待ってて! 今すぐ開けるから!」
「早く!」
彼等の呻き声が下からも聞こえてくる。あんなに鈍重な彼等が、待ちわびた獲物を食べる為に登って来ている。
「りーさん! 早く!」
胡桃が苦しそうに叫ぶ。
彼等の姿が見えた。ゆっくりと進んで来る。袋小路の獲物を前に口から涎を垂らし、口を大きく開ける。
きっとこの数に襲われれば彼等にならずに死ぬだろう。全身を引き裂かれ、食い千切られ、誰か分からない程に無残な死体に。
「ああああああああああああああああああ‼︎‼︎」
胡桃がドアをバリケードごと押そうとしている。それに気付いた足立と正気に戻った慈も一緒になって押す。
屋上では悠里と由紀が園芸部のロッカーを扉の前からずらしていく。内側の三人の力ですぐにロッカーは動き、三人は屋上へなだれ込む。悠里が素早くドアを閉めるが窓から彼等が手を出す。
「くそっ!」
胡桃が素早く動いてロッカーを扉の前に動かしていく。つられて悠里と由紀が、慈と足立が一緒になってロッカーを動かしていく。
彼等の尋常ではない力にロッカーは突き飛ばされそうになるが五人で抑え続ける。
彼等が諦めて帰って行くまで。五人で抑え続けた。
*
彼等が諦めて帰るのを確認すると、足立達はロッカーの周りにダンボールや園芸用の土が入った袋を置いてバリケードを戻した。
「あぁ〜……疲れたぁ〜……」
どっかりと屋上の手摺にもたれ掛かるに胡桃が座り込む。
身体中に疲労感を感じた足立も、手摺の近くまで行くと仰向けに倒れ込んだ。
「はぁ……」
いつも臭っていた異臭が屋上では殆どしない。
青い空も、照りつける太陽も、肌寒い風も、校舎からも全くと言っていいほど出ていなかった足立には全てが久しぶりの感覚だった。
今になってようやく足立は生きている心地がした。
もう戻りたくない。校舎内の惨状をこのまま忘れてしまいたい程に、今までの日常を大切に感じる。
「足立君……よね?」
「あっ……若狭か」
足立は思わず顔をほころばせる。足立と悠里はクラスメイトで特に親しくはなかったが、それでも足立は知り合いが居るのは嬉しかったからだ。
「顔、汚れてるわよ。はいこれ」
「ありがと」
若狭はタオルを足立に渡すと足立の近くに座る。足立も体を起こして、背を手摺にもたれかせる。
悠里から渡されたタオルで顔を拭う。濡れ絞ったタオルが冷たく気持ち良く感じる。
「……他に生き残ってる人は」
「……分からない」
「……ごめんなさい」
そう言って悠里は顔を俯かせる。学校の惨状をある程度知っていた悠里も、もう少し生存者がいると思っていたのだろう。
「……でも、こんな生きてるなんて思ってなかった。もう俺以外いないって思ってたから。……だから俺は今凄く嬉しい」
素直にそう言えた。勝手だが、悠里達にはまだ希望を捨てないでいて欲しかったからだ。
「……ええ、そうね。貴方も生きてるし、まずは喜ばないとね」
「そうそう。せっかく生き残ったのにちょっとは喜んでくれないと」
タオルを顔から外す。
赤黒い血が真っ白だったタオルを汚している。ずっと一人だった為に外見を気にする習慣が抜けていた。見てみれば制服も下から上まで血に汚れている。
「……服も、汚れてるわね」
若狭が足立の視線に気が付く。
「こればっかりはどうしようも無いよ。替えなんて持ってきてないから。……いつか衣服を何処かで調達するから」
「でも、衛生的に悪いし……」
そうゆう若狭の視線は屋上に備え付けられた蛇口を見ていた。足立は悠里の考えている事を理解する。
「……いやいや女子いるし」
「見えないところあるから、そこで洗ってもらうわ。服が乾くまでは……あのブルーシートに包まってもらうわ」
「まじかよ……」
足立の、別の意味で厳しい日常が始まろうとしていた。
ここから少しネタ的なオマケです。
正直面白くはないです。
元ネタはBloodborneです。
*
胡桃はゆっくりと角から覗き込む。
雲の隙間から月が顔を出す。
夜の灯りが窓から廊下を照らす。
獲物をひたすらに切りつける男がいる。
恐るべき膂力で凶器を振るっている。あまりの力に既に動かない獣の体が浮き上がるほどだ。
深く、深く、体を両断する程深く。
血がその体から全て流れてしまうくらい深く。
振るう度に血飛沫が辺りを赤く染め上げる。
そして最後に大きく振って獣を引き裂いた。
身に纏った衣服は血に濡れ、月光によって微かに煌めいている。
「……どこもかしこも、獣ばかりだ……」
男の周りにはには深い傷から血を流し続ける死体が辺りに存在している。
折り重なったり、体が半分になっていたりしていて。数を数えるのは困難だろう。
「……貴様も、どうせそうなるのだろう?」
生きていようと、病に罹れば皆彼等になる。
なら、何処で死のうと関係ない。
例えこの場で殺されようと。
腹から空気を吐き出す。新しい空気を体に取り込む為に。
匂い立つ、血の香りを体じゅうで感じる為に。
そして皆、血に飢えた獣になる。
狩りの夜は長い。
血が求めるままに。