さつばつぐらし!   作:備品猫

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書いてて正直、必要ない話だと思いました。
あとタイトル、その他を変更しました。


第7話

 人間の身体はままならない物である。

 思っていても出来ることは少ない。

 鳥のように飛べる訳でも、魚のように水中を移動できる訳でもない。

 それらは体の構造からして無理な話であると言われれば仕方ない。

 だが人は、自分の体でさえも完璧に制御する事は難しい。

 突然の状況下で在っても、訓練も無く意識を切り替えて適切な行動に移せる人間は稀だ。

 環境に適応して、感情や理性を正常にするには少なくない訓練と期間がいる。身体を慣れさせる期間が無ければ、何処かに支障をきたしてしまうからだ。

 一般的な高校生であった丈槍由紀にとっても、今の状況を理解する事は出来ても、受け入れる事は難しかった。

 学校に散乱する人だったものと、赤黒く乾いた血。嗅いだ事もない鼻を刺す様な異臭。

 そして、生徒の姿をした化物。

 堅牢無比である筈の、少なくとも彼女がそう信じて疑わなかった日常の学校に、その様な要素は一つとして無かったからだ。

 悪い事と同じくらい良い事があり、嫌いな物と好きな物が沢山あった学校。

 その思い出が、あまりにも今の光景と違い過ぎて、頭が追い付かない。

 悲しいのか虚しいのか分からずに、ただ丈槍は塞ぎ込み、泣くことしか出来なかった。

 

『大丈夫よ。由紀ちゃん。生きていればきっと……』

 

 だが生きなければいけない。

 それが、屋上で佐倉慈と丈槍由紀の約束した事だ。

 どんなに辛くても生きなければいけない。

 そうすれば、きっとあの大好きな学校に、みんなの笑顔が戻ってくるのだから。

 色褪せない昔の学校を思い出しながら、丈槍は再び机を運び出した。

 *

 電気と水道は使えなかった。というよりも供給が無くなったようだ。

 供給元が運転出来なくなったのか、止められたのか。それとも電線や水道管が壊れただけか。

 慈の考えではおそらく、この学校がある町そのもののインフラが止められている。それはあの日の夜から、光が一つも無い家々を見ていれば分かるだろう。

 あの事件から数日はたっている。

 この町で何かが起こっている事は、流石に周りの町や市、国でさえも把握している筈だ。

 だが、何も起きなかった。

 空にヘリが飛ぶ事もなければ、ラジオで情報が流れる事もない。携帯電話さえ圏外を示したままだ。

 まるで、この町が隔離されているようだ。

 それとも、もしかしたら日本中が今の様な状況なのかもしれない。

 

「うーん……」

 

 三階から二階に続く階段の踊り場三箇所にバリケードを張り終えた翌日。

 慈は胡桃と足立を引き連れ、三階にある職員室を訪れた。

 まだまだ整理の付いてない三階で生活するのは厳しいが、まずは雨風の凌げる部屋と、明かりや飲料水の確保が優先された。

 しかし、三階の職員室にある分電盤は、殆ど全てのブレーカーを落としていた。

 

「電気も水も来てませんね」

「折角シャワー浴びれると思ったのになぁ」

「太陽電池と貯水槽が使えると思うのだけど……」

 

 分電盤に付けられた名前を慈が追っていく。

 

「あった」

 

 太陽電池と付けられたスイッチを入れ、続いて雨水貯留槽のスイッチを入れる。

 

「……まだ使えるといいのだけど」

 

 壊れていれば修理しなけばいけないが、胡桃や足立は勿論、慈も配線や電気機器の知識は殆どない。

 シャワーを浴びたい女性陣はひたすらに無事を祈った。

 *

 女子更衣室に入る男はいない。

 どんなに夢を持ち、どんなに妄想しようと、そこは男子禁制の領域なのだ。

 もし入ろうものなら、社会的に抹殺されてしまう。例えその社会が機能していなくとも、この掟を破れば女性の足立を見る目は厳しくなるだろう。

 しかし足立は今、特別な理由でその領域にいる。

 

「……」

「……」

 

 胡桃も足立も一言も発さずに袋を運んで行く。

 足立が仄かな憧れを抱いていた女子更衣室。そこには廊下と変わらず死臭が蔓延し、腐敗の進んだ遺体が転がっていた。

 二人の顔、その鼻を覆うようにタオルを巻いている。その袋から漂う死臭は間近で嗅げるものではないからだ。

 

「はあぁ……」

「……うっ」

 

 最後の一体を外に運び出した胡桃と足立は、窓から顔を出して深呼吸をする。

 

「……俺は一生あそこに入りたくない」

 

 呻くように足立が言う。

 きっとこの更衣室に近付くだけで、殆ど液状になった遺体の感触や、蛆がびっしりと蠢く塊を思い出してしまうだろう。

 

「……懸命な判断だと思うよ。……ていうか足立は一階のあの状況で生活してたじゃないか」

 

 彼等が食い散らかした残骸が転がる一階の廊下を、慣れたように歩いていた足立の姿と今の姿があまりに違う。

 胡桃と慈が吐き気を堪えるのに必死だった時に、足立はいたって普通の顔をしていたのだから。

 

「……別に近くで見てた訳じゃないから。多分」

「ふぅん……そうか」

 

 曖昧な足立の返事に、納得しきらない様子で胡桃が返事する。

 すると、同じく顔にタオルを巻いた慈が、ブラシ片手に更衣室から出てきた。

 

「二人共ありがとうね。大体洗い終わったわ」

「よっしゃー! やっと体を洗えるー!」

 

 歓喜の声を上げる胡桃を見て足立と慈は頬を緩める。

 太陽電池による発電も雨水貯留槽の利用も出来た。これで更衣室では温水のシャワーが使えると分かった。

 今まで濡れたタオルで体を拭く生活だった女性達には、正直一番望んでいた事だったのだろう。

 

「まぁ、シャワーの前に三階を早く綺麗にしないとね」

「そうですねぇ」

「えぇ〜……」

 

 慈の言葉に露骨に落胆する胡桃。

 廊下には未だに割れた硝子の破片や、黒くなった肉片が転がっている。

 まだ確認しきれていない教室や、その他の部屋の中にも廊下のような惨状が広がっているだろう。

 汚れを全員で掃除するため、今は大きな物を片付けなければいけない。

 胡桃が姿勢を正す。

 

「さっさと終わらせようぜ!」

「……あいよ」

 

 気の抜けた足立の返事を気にする事もなく、胡桃は近くの教室に入っていった。

 *

 環境は人を左右する。

 そして人は、環境に寄り添う事で順応する。

 だが急激な環境の変化に人は順応しきれない。無理な変化を身体に強いれば支障が出てしまうからだ。

 

 三階を掃除する四人を見ながら慈は考えた。

 由紀はあの日を境に笑顔を無くしてしまった。時折笑う事はあるが、その笑みはぎこちない物だと慈には分かっていた。

 数は減ったが、夜に泣いている事もある。まだ今の現実を受け入れきれないのだ。

 悠里は当初は衝撃を受けていた物の、慈のサポートや衛生、食料の管理などをしてくれている。

 現状を受け入れているようだが、時折疲れた顔をしているのを慈は知っている。無理をしているならば、やはりその負担は減らさなければいけない。

 胡桃の場合は、あの日の危機と共に先輩だった彼等を殺すことで異変が起こった。

 身体機能の向上。彼女自身が言ったように、身体の制限が外れてしまったのだと慈も考えている。

 だが、今の彼女の力は必要なものだ。

 慈が自身をどんなに情けないと思おうと、彼女の力は手放せないものなのだ。

 そして足立の場合、それは内面に出たのだと慈は考えている。

 足立は慈達に会うまでの殆どを一人で生きていたという。彼等が彷徨い歩く学校の中で、たった一人でいる孤独感と恐怖感は半端な物では無かったのだろう。だからこそ彼の頭は麻痺したのだ。

 純粋な感情は薬にも、時として毒薬にもなりえる。

 不純物を含まない哀しみは容易く人の内側を抉る。足立はそれを感じない為に頭を麻痺させたのだと慈は思っている。

 これは胡桃も同じだった筈だ。だが彼女は由紀によってそれを感じずにすんだ。

 足立は慈達と合流してから昔の感覚を取り戻しているようにも見える。彼に残っているのは頭を麻痺していた間の記憶の整理だ。

 

(話合わないといけないわね……)

 

 全員で。時には慈と一対一で。

 まだ若い慈に言える事は少ないが、彼女達と生き抜く為に話合わなければならない。

 慈は生活が安定した頃に時期を定めた。

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