D.C.Ⅲ.C.E. ~ダ・カーポⅢ チェンジエンド~   作:Masty_Zaki

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最強の魔法使い『氷槍』にあっけなく敗北した龍輝。
目が覚めると、何かにつけて傍にいる少女が座っていた。
何かこう、嬉しいような気持ちが、した。


1人の人間として

肩で息をしながら、リッカは龍輝の部屋に入った。

鍵はかかっていなかったので、ノックをして返事を待ったのだが、それもなかったので、恐る恐るドアを開けると、その部屋のベッドには部屋の主が横になっていた。

龍輝を起こさないように慎重に歩み寄り、彼の表情を確認する。

その全身は包帯で巻かれており、かなり痛々しい姿だった。

それを見たリッカは、思わず目を逸らしそうになった。

魔法を使って軽く触診をしてみたところ、何者か――おそらくスライ・シュレイドだろう――に治療魔法を施してもらっており、怪我の具合はよくなっているようだった。

その触診で龍輝は目を覚ましたようだ。

 

「……んん……あ、えっと、リッカか……」

 

「ええ、そうよ。具合はどう?」

 

そんなものは見ていてすぐに分かっていた。

それでも、何とか話を繋がないと、この部屋に沈黙が支配してしまう。

 

「見ての通り、最悪だ……」

 

「傷の方は大丈夫みたいだけど、精神面でかなりやられてるみたいね」

 

龍輝は頷く。といっても、別に肯定を示したわけでもなく、なんとなくの相槌なのだが。

リッカの不安げな表情を見て、次の自分の言葉を導き出す。

 

「心配掛けたな」

 

「今も心配してるの」

 

「ああ、そうかい」

 

「ミルクティーでも、淹れようか?」

 

龍輝は頷く。今度は肯定を示すものだ。

リッカは立ち上がり、簡易キッチンの方に向かう。

引き出しからティーセットを取り出し、手際よく茶を淹れる。

そしてそれを盆に載せ、机の上に置くと、龍輝の分の茶をカップに注ぎ、そしてそれを龍輝に手渡す。

その後、自分のも用意し、ゆっくりと寛いだ。

 

「ずっと訊きたかったんだけどさ……」

 

リッカが瞳を伏せて、何か聞いてはいけないことを聞くような口調で龍輝に話しかける。

 

「あなたがいつも関わっている、『研究施設』って、一体何なの?」

 

龍輝はリッカのほうに目もくれず、茶を1口啜って、口を開く。

 

「俺からは何も言えない。ただ俺は、魔法使いのために、魔法の技術の進歩のためになると、そう信じて、『研究材料』の役割を担っている」

 

「そんな……いえ、それがあなたの本当の信念なら、私はあなたを止める権利はないわ」

 

その口調は、どこか諦めを感じさせるようなものだった。

龍輝を過酷な環境から助けることは出来ない、それどころか、自分からその環境にいることを良しとしている。

自分の言葉に、リッカ自身胸を痛めるのだった。

頃合を見計らったのか、リッカは立ち上がり、部屋を去ろうとした。

その時龍輝の感情に、ある種の異変が生じた。

ここで離れてしまうと、取り戻せなくなる。

リッカに、離れてほしくない、と。

 

――寂しい、と。

 

それは明確なものではなかったが、龍輝の行動を促すのには十分な感情だった。

立ち上がるリッカの腕を掴み、多少強引に引っ張る。

 

「え……?」

 

リッカが一瞬困惑の表情を見せるが、龍輝にはそれを捉えるほどの余裕はなかった。

龍輝は彼女の背中に両手を回し、座ったままではあったが、彼女を少し強く抱きしめた。

リッカは多少驚いたものの、嫌がる素振りは見せなかった。

 

「ち、ちょっと、龍輝……」

 

龍輝の肩の上で、頬を染めながら龍輝の心情を把握するために声を掛けた。

 

「あれ、俺、何でこんな……悪いけど、なんか落ち着くから、しばらくこうさせてくれ……」

 

「……うん」

 

龍輝の腕の力が少し入ったような気がした。

何か失いそうなものをなくすまいと縋りつくように。

それに応えようと、リッカも龍輝の背中に腕を回そうとして――

 

「龍輝くん!大丈――ま、またねっ!」

 

彼女にとって、タイミングが悪かったのか定かではないが、シャルルが部屋に入り込んで、龍輝とリッカが抱き合っているのを目撃されたのは事実だった。

 

「あっ!えっと、その、じ、じゃあ、またっ!」

 

リッカは龍輝の手をすり抜けて、慌てて部屋から出て行ってしまった。

恐らくシャルルを追いかけているのだろう、リッカがシャルルを呼ぶ声が彼の部屋にも聞こえていた。

先程の一瞬、自分の中に曖昧に渦巻いたおかしな感情は何だったのだろうと自分に疑問を感じた。

ただ、温かかった。いつまでもそうしていたいと、ほんの少し思ってしまったような気がする。

龍輝は、その腕の中にあった感触をなんとなしに反芻しながら、再び眠りに就いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

深い眠りに就いていた龍輝は、部屋の中の物音で意識を呼び戻される。

この部屋には、朝は龍輝しかいないはずだ。それなのに、他に人がいるような物音がするのはおかしい。リッカだろうか。シャルルや巴かもしれない。

頭に浮かぶのが女性ばかりなのは他の男性諸君からすれば羨ましいことだろう。

瞼を開け、物音がする方向へ視線を向ける。

そこには、つい最近、初めて見た顔があった。

 

「スライ……シュレイド……」

 

龍輝の呟きに気付いたスライが作業を続行しながら顔だけを龍輝に向ける。

 

「おお、目ぇ覚めたか」

 

「何やってんだ……?」

 

「見て分からねぇか?どう見たってこれは看病ついでにお粥でも作る、っていうシチュだろうが」

 

それはある程度見れば分かることである。粥を作っていたかどうかは分からないだろうが。

だが、龍輝が聞きたかったのは勿論そんなことではなくて。

 

「そうじゃなくて、なんでお前がここにいるんだよ?」

 

「いや、お前に大怪我させたの俺だし。ってかこれ罪滅ぼしのつもりだし。ついでに話したいことがあるし」

 

罪滅ぼしをする時にわざわざ自分から罪滅ぼしをする、という人は滅多にいない。だが龍輝は、話したいこと、に興味を持って、そっちには気を回さなかった。

 

「話したいことってなんだよ」

 

「決まってんだろ、『研究』のことだよ」

 

「『研究』がどうしたんだよ……」

 

スライが持ってきた粥を口にしつつ、会話を進める。

 

「あの、シグナスはそれなりに信念を持った研究者のはずだ。それが、どうしてこんなことになってんだ?」

 

こんなこと――おそらく、他人を犠牲にしてまで自分の研究を遂行していることを言っているのだろう。

シグナス・ルーン。龍輝にも彼が何者なのかは分からない。

ただ1つ、知っているのは。

 

――奴は、ただの魔法使いではない。

 

「知らねーよ」

 

そう答える。答える義理もない、と思っていた。

 

「だったら、何故、お前はあの『研究』に助力する?」

 

「……それだけが、俺の存在価値だから、かな。俺は、出来損ないの魔法使いなんだよ」

 

誰かのためになる魔法など使えない、自分の利益にしかならない魔法、そんなことしか出来ない、出来損ないの魔法使い。

人のための魔法が使えない魔法使いなど、木偶の坊となんら変わりない。

 

「出来損ないだぁ?お前を見りゃあ、周りの人間がお前にどれだけ助けられてるかよく分かる」

 

「助けてなんていねぇよ。俺は、今まで自分勝手に行動してきただけさ。逆に、俺はみんなから助けられてたんだよ。リッカにも、シャルルにも、巴にも」

 

「お前……!……はぁ……」

 

スライが怒気を堪えて龍輝の傍に寄る。

龍輝の隣でしゃがみこみ、微笑んだ。

だがそこには、哀れみや、悲しみの感情が籠もっていた。

友が辛い思いをしている時に、心の底から友の気持ちを知りたいと思う、そんな表情。

 

「お前さ、もっと自分を大切にしろよ。お前は、みんなに助けられてんのかもしれない。でもな、それはお前がみんなに信頼されてるからだろうが。その信頼は、お前がしてきた今までの行動が作り出してきたんだよ」

 

「……!」

 

彼の言葉が、すっと心に染み渡る。

恐れていた。自分が彼女たちの輪に入っていると思い込んでいて、でも、龍輝自身にその資格がないことを。

ずっと自分が1人で我が儘を貫き通し、みんなに迷惑ばかりかけていると思っていた。

彼女たちは優しいから、そんな表情の片鱗も見せようとしない。

だから、勝手に仲良くなっていると思い込んで暴走してしまっている自分に、罪悪感を感じていた。

先程も唐突にリッカに情けなくしがみついて、リッカを困らせていたのかもしれない。

スライは、そんな龍輝自身が恐れていたところに土足で踏み込み、蹂躙していった。

龍輝の心の中の暗い幻想を、片っ端から跡形もなく砕いていった。

龍輝は、そんなスライの直球の言葉に、圧倒されていた。

 

「お前は、ただの『研究材料』であり続ける必要はない。1人の人間として、もっと人生楽しもうぜ」

 

スライは、優しく微笑んだ。

龍輝は、ただ、俯くしかできなかった。

 

「あとは、お前の問題だ。自分で色々と考えなよ」

 

そう言い残すと、スライは部屋から出て行った。

嵐が過ぎ去った後のような静寂。

物事を考えるのにはもってこいの雰囲気だった。

 

「人生楽しめ、か」

 

スライの言葉を反芻させる。が、今の自分では実感できなかった。

だがしかし、まだ微かに残っていた、腕の中の温もりが、何か自分を惹きつけるような、そんな気がしてならなかった。




誰がどう思っていようと、時間というものは容赦なく過ぎていく。
同時に、新しい依頼もすぐに始まる。
青年の力は、果たして本当に自分のためだけのものなのだろうか。

次回『≪加速運動(アクセラレート)≫』
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