D.C.Ⅲ.C.E. ~ダ・カーポⅢ チェンジエンド~ 作:Masty_Zaki
進めば進むほど、闇は、霧は深くなっていく。
気が付いた時には、既に、一寸先は闇となっていた。
その日の夜、龍輝はリッカの部屋にいた。
龍輝が頼み込んでみたところ、リッカはあっけなく了承し、部屋に通してくれた。
これまでに何度も入った部屋、そのはずなのに、何度来ても、龍輝はそわそわして落ち着かなかった。
しかし、そんな龍輝でも、リッカが隣に座れば、すぐにでも安心できた。
「ホント、いつまでたっても慣れないのね」
「まぁな」
学園長であるエリザベスからも承認され、生徒会役員であるリッカたちからも歓迎されて、明日から龍輝も予科1年A組の生徒として風見鶏に通うことになるのだ。
普通の学校に通うことになる新入生と同じ、期待と不安が入り混じって、緊張していた。
違っているのは、A組の連中と面識がある、ということだ。
今までただのリッカのサポーターだった自分が、クラスメイトとして受け入れられるのかどうか、恐怖を感じている面もあるのかもしれない。
「あら、もうこんな時間」
時刻は既に10時を回っていた。
時計を見たリッカは、ふと気付いて、声を上げた。
すると龍輝は立ち上がり、リッカに背を向ける。
「それじゃ、俺もそろそろ帰るよ」
「あら、泊まっていかないの?」
「は?」
いかにも挑発するような声音。
とりあえず意図を確認しようと振り向いたのだが、そこには先程の声音が飛び出してきたとは思えないほど顔を真っ赤にしたリッカがいた。
龍輝は、リッカに向けた背を扉に向けて、リッカの横を通り過ぎるように歩いて通り抜け、そしてベッドに腰掛ける。
「いいのか?」
「訊き返すなんて反則じゃない?」
「それもそうだな」
するとリッカも立ち上がり、こちらに来ると思いきや、自分のクローゼットから衣服を取出し、そのまま部屋に設置されたバスに向かった。
「の、覗かないでよね……」
「お、おう」
ゆっくりと扉が閉まった後、静寂の中で僅かに聞こえる衣擦れの音、そして脱衣所からシャワールームに通じるドアの開閉音、更にはシャワーから噴出する湯の音。
手持無沙汰ながらも、龍輝は現在のリッカの状態を想像しようとして、慌てて打ち消す。
少しリラックスした体勢で天井を見上げ、溜息を吐く。
不意に、違和感が体を駆け巡る。
何かが囁いてくる。
何かが叫んでくる。
何かが泣きじゃくる。
何かが誘ってくる。
何かが自分を、奪ってくる。
――恐怖。
何度も感じてきた恐怖。
倒れこむように後頭部をベッドの毛布に打ち付けて、それらを打ち消す。
動悸が激しく、呼吸も荒くなっている。
何かに、焦っている。
とにかく、気分を転換させるために、無断で立夏の部屋にあるラジオの電源を入れる。
ラニーニャライナの言葉とBGMから、ラジオ番組がスタートされる。
応募されたたくさんのお便りの中からいくつかを選び、そこに書かれてある悩みを読んで、その場で解決したり、ヒントを与えたり、一緒になって考えてくれたりする、子供から大人まで幅広く愛されている番組である。
龍輝も、自分の苦悩を、このラジオで解決できるものなら、と、ありもしないことを考えていた。
しばらくして、リッカがシャワーから上がる。
水気を含んだ金色の髪が、寝間着から覗く火照った体の肌が、恥ずかしそうな態度が色気を帯びて、一段と違うリッカを見たような気がしていた。
「あ、あんたはどうするのよ……?」
「な、何が?」
「何が、って、お風呂」
「ああ……」
どうしようか考える。
寮内には大浴場があるが、もうじき入浴時間を過ぎてしまう。
過ぎてしまっても空いていることには空いているのだが、そこからは男女両方が入浴が可能であるため、龍輝としてはそうなってしまうことを懸念し、憚られた。
「この部屋のシャワー、使っていいか?」
「どうぞ」
リッカから了承を得たため、腰を上げて脱衣所に向かう。
脱衣所の扉を閉める際に一言。
「覗くなよ?」
「誰が覗くのよ!?」
「冗談だって」
「まったく……」
溜息交じりにぼそりと呟く。
そしてそれから、ゆっくりとシャワーを浴びて、気持ちを落ち着けたのだった。
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背中合わせ。
お互いの体温を背中で感じ、その存在を直に感じ取ることができる。
目に見えなくても、そこにいると思えるのは、龍輝にとっても、リッカにとっても幸せなことであった。
心臓の鼓動を感じ、生きていることを実感する。
そして、紛れもなく自分が自分であることを再確認していた龍輝だった。
「本当に、今日まで心配かけたな」
「全くよ。今日は朝までずっと一緒にいてもらうんだから」
「朝になっても学園に行っても一緒なんだから、ずっと一緒だろ?」
「そ、そうよね」
何気なく返した龍輝の言葉に、嬉しくて恥ずかしくて、少し驚いて、若干動揺する。
いつも通りの直球ストレイトな言葉。
以前まで無知だったからこその、純粋な気持ち。
巨大な龍を1頭宿して、不安定要素が残っているような状態で、それでいて清隆の精神世界から帰ってきたと思ったら、思いつめたような表情で1人部屋から出ていってしばらく顔を見せてはくれなかった。
あの純粋だった龍輝が、どこか遠くに行ってしまいそうな気が、どこかでしていた。
とてつもなく不安で、片時も離れることを嫌がっている自分がいることに、リッカは朧げながらに気付いていた。
すると、不意にリッカの背中から、龍輝の存在が消えてしまった。
背後にいることは分かり切っているのに、少しばかり怖くなってしまう。
「龍輝……?」
「ああ、悪い、ちょっと寝返りを打ちたくてさ」
リッカも仰向けになり、肩を並べるように天井を見上げる。
暗闇の中、見えない天井に向かって手を伸ばしてみる。
何年もこの部屋で過ごしてきたというのに、まるで視界から先の暗闇がどうなっているのか、想像ができなかった。
そんな切なそうな表情を横目で見た龍輝は、首の下から腕を通し、安心させるように頭を撫でる。
「龍輝は、どこにも行かないわよね?」
「……当り前だ」
即答するつもりだったのだが、何故か少しだけ、反応が遅れてしまった。
その一瞬が、彼女を不安にさせるかもしれないというのに。
しかしリッカは、その一瞬には気が付いていなかったようで、安心した様子で腕をベッドに下ろしていた。
そして、どちらともなく布団の下で手を繋ぐ。
「俺たちは、ずっと一緒だ」
「龍輝……」
繋いだ手を、痛くしないようにぎゅっと握り、相手の手の温もりを感じながら、微睡みの中に落ちていった。
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翌朝、新学期が始まって最初の登校日である。
前日には既に帰省組も寮に戻っており、生徒はみな寮から桜並木を通って学園に登校していた。
教室では既に全員が揃って着席しており、教卓にはいつも通りリッカが自然な笑顔で指導に徹していた。
「2学期の終わり、うちのクラスの葛木清隆くんが生徒会選挙で当選しました。これからは彼も忙しくなると思いますが、みんなも清隆のことを支えてあげましょう!」
クラス全員の返事が教室中に響き渡る。
清隆は少し恥ずかしげに照れ笑いを浮かべ、隣で姫乃は『しっかりしてください』と言わんばかりに、それでもって自分の兄が称賛されてどこか嬉しそうな表情をしていた。
「さて、早速ですが、お知らせが2つ程あります」
そのリッカの前置きに早とちりする生徒はよくいるものだ。
転校生だとか、新しい制度の導入だとか。
「まず1つ目は、今月末に、ここ風見鶏で開かれる、様々な国や地域から参加者を募ったグニルックの大会が行われます。参加を希望する人は、HR終了後、私のところに言いに来て頂戴」
グニルック。
それは魔法使いにとっての1種の娯楽であり、公式の大会であれば、勝利することでその名を上げることが出来、血筋が魔法使いの一門であれば、その名前までも上げることが出来る。
間違いなく名門の魔法使いたちはこの大会に参加するはずだ。
そういう点で、もしかしたらこれを狙って、サラもこの大会に参加するのだろう。
「そしてもう1つ。みんな、後ろ見て頂戴」
クラス40人程の生徒の顔が、一斉にこちらを向く。
その80前後の瞳に映されたのは、紛れもなく龍輝の姿だった。
ちなみに龍輝は壁に背をもたれかけて立っている。
このたくさんの視線にさらされる状況にはあまり慣れていない龍輝は少しばかり動揺した。
「今日からとある事情でうちのクラスの副担任になった、ご存知のとおり、上代龍輝です」
リッカの紹介が入り、ふとリッカの方を見ると、彼女は他の生徒に気付かれないようにこちらにウインクを送ってきた。
その大胆な行動に苦笑しながらも、龍輝は改めてクラスメイトに自己紹介をする。
「まぁ、紹介に預かったとおり、副担任の上代龍輝だ。副担任だけど、同時に同じくして机を並べて共に勉学に励むクラスメイトでもある。人見知りだから、なるべく話しかけてもらえたら嬉しい」
そこで各方面から突っ込みが入る。
そんなに人見知りじゃない、とか、むしろフレンドリー、とか、そういった突込みが。
それがざわつきを大きくして、クラス内がうるさくなる。
「はい、静かに!そういうわけで、龍輝にもみんなと同じ時間帯で行動をするからみんな仲良くね!」
教室がざわつく中、リッカはHRを終わらせる。
そして10分の休憩時間に突入するなり、清隆や姫乃をはじめとした、クラスメイトの輪が龍輝を取り囲んだ。
「龍輝さん、この間は、迷惑かけました」
清隆が申し訳なさそうな顔で、謝ってきた。
紛れもなく冬期休暇のあの事故のことであるのは明白だったが、それはお互いに思い出すのには少しばかり気が引ける出来事だったので、龍輝も手早く終わらせることにした。
「ああ、大丈夫だよ。でも、お前にはまだ姫乃もみんなもいるんだ。無茶して誰かを悲しませる真似だけはするなよ」
「はい、ありがとうございます」
それからというもの、次の授業が始まる合図の鐘まで、クラスメイトからの質問攻めは続いた。
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授業中。
教師が教卓に立って魔法の解説をしている。
龍輝にとってそれは、自分の知識とに無理矢理叩き込まれたものとはいえ、実際にこの耳で聞くのは新鮮だった。
素直に、ここに混じってこの光景を眺めていられることに喜びを感じていた。
清隆の方を見る。
彼は授業に集中しているように見えるが、彼はカテゴリー4の魔法使い。この程度の授業じゃ、大学生が加算減算を解説してもらうのと同じくらいに退屈だろう。
その隣の姫乃は清隆とは違い、授業に最大限の関心と意欲を持って臨んでいるようだ。こういうところは姫乃は真面目でしっかりしているのかもしれない。
耕助は――四季の隣で爆睡していた。
それを見て四季も、やれやれといった顔をしている。
サラはと言うと。
「――が、――であるからしてこうなるんだが、サラ・クリサリス、これはどうなる?」
教師がサラを指名する。
「はい、これは――が、――となって、――となりますので、――となります」
「よろしい。その通りだ。では、次に行ってみよう。さて、先程はこのように魔法が成立するのだが、場合によってはこれが成立しないこともある。今までの知識を使えば簡単なことだが、分かるか?江戸川耕助?」
教師が耕助を指名するのだが、残念ながら彼は寝ている。
仕方がないので事実上副担任である龍輝が起こしにいく。
「ほら、耕助、美少女が、この問題に答えられたら付き合ってくれるってさ」
「んん……美…少女……、美少女!?」
「江戸川、分かるか?」
龍輝は何事もなかったように再び後ろに戻る。
「えっ、あっ、まじっ、えーっと、その……」
授業を聞いていない彼は勿論何も分からず、しどろもどろになって黙り込んでしまう。
「残念だが、美少女は付き合ってはくれないようだ。座りなさい」
教師の冗談に、教室が沸く。
四季だけは相変わらずやれやれ、だった。
「すんません……」
「それなら、次は――そうだな、葛木姫乃、いってみるか」
「は、はいっ!えーっと、確か――が――と結びつく時に発生する――が妨害するので、――を使った時に成立しないんではないでしょうか?」
教師が姫乃の説明を簡単に図式化して黒板にまとめていく。
するとその構図は綺麗に纏まった。
「よろしい。まぁほんの少し発展的な内容に手を付けてみたわけだが――」
教師による
講義が続く。
普通の魔法使いが聞いても退屈するような授業内容なのは確かだが、龍輝は、それでも楽しそうにこの講義を受けていた。
面白かったのは決して授業の内容ではない。
むしろ、その講義を大人数で受けられるという、他人との密接な繋がりを実感できる、その環境に陶酔していたのだ。
どこかで感じている寂しさの中で――
これから始まろうとしている『大いなる絶望』の前で――
教室の最後列に座る青年は、悲しそうに微笑んだ。
たくさんの魔法使いが自分の、家の名を上げるためにこぞって参加する大会。
小さな勤勉少女も勿論参加する。
優勝候補である彼の恋人は、今後の期待と不安に、微妙な表情をしていた。
――その夜、事態は急変する。
次回『雲は再び光を隠す』