D.C.Ⅲ.C.E. ~ダ・カーポⅢ チェンジエンド~   作:Masty_Zaki

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いつも共に笑いあっていた彼が、今では遠いところにいる。
声を掛ければ返事をして、手で触れてみれば振り返ってくれていた。
しかし今では。
そんな彼に、何一つとして届くものはなかった。


届かぬ声、届かぬ心

ここ数日、龍輝はまたしばらく生徒会室に顔を出さず、そして、何故か彼の自室にもその姿はなかった。

リッカたちは、言い方こそ悪いものの、彼が居場所がここにしかないことを知っていたため、彼の不在を訝しく思っていた。

とある朝、リッカは魔法使いとしての勘が働いたのか、嫌な予感を感じ、不安を抱きながら急いで準備をして寮を出た。

少し冷たい風を正面で受けながら、学校までの桜並木を全力で走る。

胸の内で速まる同機は、果たして酸素を全身に送るためのものか、それとも迫り来る何かに恐怖しているためのものか――

校舎内に入り、ゆっくりと廊下を歩く。

不安である、それだけの理由で、周囲を極端に警戒しながらその不安の源を探そうとしているリッカ。

そして――見つけた。

とある一室、個別実験室にて、扉の空いたその奥に、風見鶏の生徒が1人意識を失って倒れていたのだ。

 

「こ……これって……」

 

個別実験室を使うとなれば、本科生でもある程度優秀でなければならない。

ということは、それだけの実力を持っていながら、犯人には勝てなかったということになる。

何故、これをじ『事故』ではなく『事件』であると考えたのか――

ところどころに、魔法で争った形跡が見て取れる。

辛うじてだが、焼け跡や、壁には何かに抉られた跡など、とにかく、実験などでは到底できえないような痕跡が残っていたからだ。

とりあえず、リッカは生徒が登校し始める前に、シャルルと巴に連絡を取り、生徒会室に集合した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

3人で協力して、事件現場の周辺には侵入できないように立ち入り禁止の表示を設置して回り、そして昼休みには清隆含めた生徒会役員を緊急招集し、対策を練っていた。

そして放課後――

事件は起こる。

 

悲鳴。

それは刹那的で、離れていれば耳を澄まさない限り聞こえてこない程短いものだった。

リッカたちは、近くにいた役員の連絡で、グニルックの競技場に急いだ。

入り口付近に、グニルックの練習に来たのであろうサラが、怯えて震えながら。とある一点を見ていた。

そして、その口からは奇怪な言葉。

 

「な、なんで……あの人が……あん、な……?」

 

その言葉を聞き、彼女の視線の先を辿ると、そこには――優秀な魔法使いの卵が、今朝の事件と同じように、気絶して倒れていた。

 

「ホ、ホームズさん!?」

 

1人はシャルルの受け持つクラスの生徒、メアリー・ホームズ。

 

「セルウェイ君まで……」

 

1人は巴の受け持つクラスの生徒で、清隆もその実力だけは買っている、イアン・セルウェイ。

B、C組の代表とも言える才能と実力を持った生徒たちが、流血しながら地に伏せていたのだ。勿論、イアンの付き人である、瑠璃香・オーデットも一緒である。不幸中の幸いか、エドワード・ワトスンは偶然にも居合わせなかったようだ。

そして、入り口からは死角になっている、少し離れている場所に、人影が1つ。

 

――信じられない。

 

その場の誰もが、そう思った。

向こうに向ってゆっくりと歩いて去ろうとしているその後ろ姿は、そこにいた皆が知っていた人物であったからだ。

ところどころが癖ではねた茶色の髪、背は高く、ほっそりとしたその体格、そして、こちらを振り向いたその瞳は、離れたここから見ても、狂気に染まっていた。

彼は嗤う。

 

――全てを見下すように。

 

――全てを嘲るように。

 

――全てを壊すように。

 

「龍……輝……?」

 

彼の恋人だったリッカは、自身の動揺を隠しきれずに、混乱し、焦っていた。

龍輝とリッカが初めて地上でジルと対面した時の、龍輝以外誰にも見せていなかった、リッカの脆い一面が、露わになる。

この場所の周囲に漂っている魔力と、龍輝自身が纏っている魔力、それらは完全に一致していた。

つまりこの3人は――彼の魔法で倒されたことになる。

今まで、人を傷つけるようなことはしなかった彼が。

人のために、率先して自らを犠牲にするような彼が。

少し前、ここで、凶行に手を染めたのだ。

真っ先に清隆は考えた、きっと何かそうしなければならなかった理由があるはずだと。

 

「ダメだなァ、リッカ。この程度でいちいち驚いてたんじゃねェ……」

 

ゆらり、と唇を歪めて、不気味な笑みを浮かべ、龍輝はそういった。

間違いなく、恋人に放つような優しい言葉ではなかった。

 

「それとな、清隆。理由なんて、ないんだよ。ただ俺は、特に理由もなく、やるべきだ、やりたいんだと思っただけだ」

 

清隆には、龍輝が何を言っているのかよく分からなかった。

ふらふらとした足取りで、龍輝はゆっくりとこちらに向かってくる。

弱々しい動作でも、今の彼は、凄まじいほどのプレッシャーと、殺気を放っていた。

だから、その1歩に皆が怯え、距離を保つように同じく1歩下がった。

 

「おいおい魔法使いさんよォ、そんな逃げ腰じゃあ、魔法使いの地位向上なんてゆめのまた夢だぜ……」

 

その時、巴が清隆とシャルル、その他役員に目くばせをする。

意図は簡単に察することができた。

『時間を稼ぐ。応援を要請しろ』と言いたいのだろう。

シャルルが動いた。

 

「待って。今の龍輝くんは、とんでもなく凶悪。全ての魔法を使えるのなら、巴だけじゃ足止めにもならないよ。私も協力する」

 

「しかしシャルル、君は魔法が使えないんじゃ……」

 

「大丈夫。今なら――今なら使える気がするから」

 

そしてシャルルの決意を皮切りに、清隆も前に出た。

 

「俺も手伝います。龍輝さんは俺たちと同じクラスの一員なんです。だったら、彼が道を間違えたなら、正しい方向へと導くのが同じクラスメイト、そして風見鶏生徒会役員の、正しい姿なんじゃないでしょうか」

 

清隆の眼も、真剣に、決意に固まっていた。

シャルルはリッカを守るように、そして後方から援護をするよう準備。

清隆と巴が左右から龍輝を捕らえる算段だ。

 

「ははっ、面白ェ。かかって来いよ雑魚ども。人間のマイナスの集大成って奴を、見せてやるよ」

 

すると、龍輝の足は地面から離れ、魔力によって宙に浮き始めた。

ある程度の高さのところで停止し、言霊を詠唱し始める。

その言霊は少しずつ形となって龍輝を取り囲み、やがて、1つの球体へと変貌した。

 

「あれは――立体型魔法陣!?」

 

シャルルの表情が驚愕に染まる。

魔法陣の典型的な形といえば、平面の、円型が基本だろう。

そもそも、これを事前準備なしに配列を完成させるのは至難の業だ。

カテゴリー4の魔法使いができるかできないかと言われている。

そして、魔法陣のほぼ究極型と言っても過言ではない立体型魔法陣は、どんなに実力の伴った魔法使いでも、あらかじめ準備をしていないとそもそも完成させることすらままならない。

そしてその難解さ、精密さゆえに、完成させれば、強大な力を得ることが可能である。

それを、この男はほぼ秒刻みで完成させてしまったのだ。

様々な記号や図形で構成された球体型の立体型魔法陣の中で、龍輝は微笑を浮かべる。

 

「さァて、ここはグニルック競技場だ。それにふさわしい方法で消してやろう」

 

龍輝が手を挙げると、球体の魔法陣から、少しずつ、魔法使いなら見慣れた柱が出現した。

グニルックにおける障害物、ガードストーン、ビショップ。

それが、巴に向かって5、清隆に向かって5、そしてシャルルとリッカに向かって10、向けられているのだ。

ただでさえ魔力によって補強されているガードストーンが、飛んでくるというのだ。

清隆も、これには恐れをなした。

そして、それらは全て、ほぼ同時に掃射された。

地面にぶつかり、爆音を立てながら砂埃を立てていく。

巴は持ち前の身体能力で回避し、清隆も咄嗟の判断でガードストーンの軌道を魔法で逸らして回避した。

しかし、一番危険なのはシャルルだった。

彼女は以前まで、何かしらの理由で魔法が使えなかった。

もしここで彼女がアクションを起こせなければ、リッカともども潰されてしまう。

しかし――

 

「……ほう」

 

龍輝の感嘆するような声。

その視線の先には、魔法陣を模した障壁を展開させ、見事にガードストーンを全て受け止めていたシャルルがいた。

 

「……魔法が使えるシャルルは、さぞかし強力なんだろうな」

 

巴が呟く。

 

「リッカ、大丈夫?」

 

「……ええ」

 

リッカが、シャルルの問いに力なく頷く。

しかし、リッカも、少しばかり落ち着いてきたようだ。

ふらふらとした足取りで、シャルルの肩を借りながら、何とか立ち上がった。

そして、しっかりと龍輝を見据える。

 

「龍輝、あなたに何が起こったのか知らないけど、私が目を覚まさせてあげる」

 

鋭い眼光。

清隆には、それは尊いもののように思えた。

カテゴリー5、孤高のカトレアであるリッカ・グリーンウッド。

大切な存在を取り戻すために、守るために振るうその力は、どれほど高潔で、美しいのだろうか、そう思ってしまった。

 

「立ち上がるんだなリッカ。いいよ、かかって来いカテゴリー5」

 

リッカの視線はぶれることなく、ただ照準を龍輝に合わせて、ありったけの魔力を込めて魔弾を3つ作り、龍輝に放つ。

しかしその程度の攻撃、龍輝には意味すら成さなかった。

その魔弾が触れたのは、ガードストーン、ナイト。

龍輝が瞬時に召喚したものだ。

龍輝自身の魔力によって強化されたそれは、リッカ程度の魔力では、破壊できない。

 

「……『変わってない』」

 

ぼそりと、龍輝が呟く。

悲しむように、憐れむように、リッカに対して、侮蔑の視線を向けながら。

 

「本当に変わろうとしないんだね、リッカ」

 

リッカには分かった。

今喋っているのは。

今彼の中にいるのは。

かつての自分の友であり、既に亡くなっているはずの。

 

――ジル・ハサウェイ。




暴走を極めた彼は、その全てを以って破壊の限りを尽くす。
幸せを生む魔法は、幸せを守る魔法は。
彼の中にあった、温かい心は。
一体、どこに行ってしまったのだろうか。

次回『絶望を穿て』
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