D.C.Ⅲ.C.E. ~ダ・カーポⅢ チェンジエンド~ 作:Masty_Zaki
数々の悲しみ、数々の怒り、それらが渦巻く中で彼は何を感じているのだろうか。
始まりが魔法であれば、終わりもまた、魔法であった。
球体の立体型魔法陣の中、歪な微笑を浮かべて浮遊している、1人の青年、上代龍輝。
しかし、彼がリッカを見るその視線は、そして、リッカに語り掛けるその口調は、紛れもなく、ジル・ハサウェイそのものだった。
「ジ……ジル……!?」
何が起こっているのか分からない。
確かに今目の前にいるこの人物は、上代龍輝であるはずだ。
だが、何故彼からジル・ハサウェイが感じられるのか。
「ヒントをあげようか、リッカ。この子はね、龍輝くんであり、地上のみんなであり、霧であり、龍であり、そして、君たちでもあるんだよ」
リッカの中で、ワードが繋がった。
地上の霧――次々と起こる事件――地上で遭遇したジル――龍輝の感じた魔力の流れ――黒龍――寄生――不安定要素――清隆の精神世界から脱出した後の、苦痛に耐え忍ぶような表情をした龍輝――そして、その時感じた、龍輝が龍輝ではない感覚――魔法が使えるようになったシャルル――今ではすっかり消えていた、胸の閊え。
「――地上の霧は、地上のみんなの負の感情を収集するための媒体だったのね」
辿り着いたリッカの答え。
でも、気付いたのはそれだけではなかった。
「その霧は同時に、負の感情を集めた人たちに何かしらの強迫観念を植え付ける。そう、丁度、私の目の前にジルが現れた時と同じように。ジルは私の『感情』が作り出したもので、実際に存在しているわけではなかった。そして、その霧を地上からこの風見鶏に卸すときにできたのが、龍輝が感じた魔力の流れね。そしてそれは『研究施設』であの黒龍として精製され、そして龍輝の体に寄生した」
リッカは、ただ龍輝、いや、ジルを見上げる。
その瞳には、何の感情もなかった。
自分の恋人が、こんな残酷なものに憑りつかれて、強迫観念のままに行動しているのを見ていて、感情を抑えておかなければ、今にも崩れ落ちそうだったからだ。
だから、リッカは何も感じないまま、
そして、話を続ける。
「龍輝が清隆の精神世界に飛び込んだ時、私とシャルルは急に倒れた。気が付いてみれば、私はなんかすっきりしてるし、今さっき、シャルルも魔法を使ってた。これも、あなたが私たちの『感情』を取り込んだからでしょう?だとすればあなたは、今この世界で、全人類の負の感情の影響を、一手に引き受けている。みんなの悲しみも、知っている」
「リ、リッカさん……」
リッカの言葉を聞いたシャルルや清隆も、ただ唖然とするしかできなかった。
自分たちが関係していながら、自分たちの知らないところで、龍輝の精神の悪化が進んでいたことに気が付かなかったこと、止められなかったこと、そういったことで、強い責任と後悔を感じて。
「うん、そうだよ。だからね、お姉ちゃん。この人がこんな悲しみを抱えているのは、お姉ちゃんにも、責任があるんだよ。ボクは、お姉ちゃんに殺されたわけじゃない。それなのに、お姉ちゃんはありもしない自分の罪に苛まれて、いつまでもいつまでも引き摺って、その結果自分で自分の魔法を使えなくした。それだけなら良かったものの、それが他人にまで迷惑をかけるなんて、思ってもみなかったでしょ?」
シャルルにとって、聞き覚えのある口調。
そして、どことなく、柔らかくなった視線。
しかし、それは、やはりどこかで、シャルルを侮蔑し、憐れんでいた。
その正体は――
「エト……」
「でもよかったね。この人のおかげで、魔法がまた使えるようになったんだよ。この人はお姉ちゃんたちを救ったんだ。今でも霧の進行は進んでいるけど、そこまで大きな事件も起きない。その全ては、今ボクたちが持ってるからね。だから、地上の人たちも平和。みんな霧から、負の感情から救われた。――そう、ただ1人、自分の与えられたこの世界での役割に気付かなかった男を除いて、ね」
そして、また、彼の中身が入れ替わる。
「そう、最初に言ったよね。リッカも聞いたはずだよ。この子が、『絶対の力と、大いなる絶望』に選ばれたってことを。そう、彼は幸せになるのが役割なんじゃない。周りを幸せにして、自分だけ滅んでいくことこそが、この子の宿命で、役割で、運命なんだよ」
そして、そのマイナスの存在は、ゆっくりと瞼を閉じ――そして開いた。
「ということで、俺は今しがた、俺の役割に気が付いた。だから俺は、自分の役割を全うさせてもらう。だから――」
歪めた唇が一の字に閉まる。
――座興を、始めようじゃねェか。
数えきれないほどの、様々な人たちの声が、たった1つの口から、次々に溢れ出てくる。
そして、それをきっかけに、龍輝の周辺には、漆黒の球体の魔法陣が無数に出現し、その中には、極めて高密度の魔弾が生成された。
この場で最も能力が不安定である者――清隆に忠告が飛んだ。
「清隆!できるだけ離れて確実に回避して!一撃でも食らえば、即死よ!」
リッカの声に、清隆は龍輝を視界に入れながら全力でグニルック競技場を端まで駆けた。
そして、龍輝の声が止まってすぐに、無数の球体は輝きを増し、砲撃を開始した――はずだった。
シャルルも、巴も、清隆も、リッカですらこれには驚いた。
全ての球体が、完全に凍り付いていたからだ。
「……待たせたな、お前ら。『氷槍』の俺が来たからには、もう安心だ」
「誰かと思えば、氷使いか。相対は実に久しぶりだぜ」
ゆらりと、龍輝は笑う。
「禁呪、≪聖母の贈る呪詛(アミュレット)≫」
宣言と共に、龍輝は息を吸い、そしてありえない程に甲高い声を、ビブラートを聞かせながら発した。
何事かと全員が思った次の瞬間、喉元に魔法陣が出現し――
「ガ――ッ!い、息が……!」
呼吸ができなくなっていた。
このままでは、死んでしまう。
死の恐怖に怯え、シャルルは尻餅をつく。
清隆も、喉を掻き毟るように、ありもしない首を絞めつける物体を取り除こうとする。
だがやはり、ここでもスライは動いた。
瞬時、周囲の気温が急激に下がった。
それも本当に一瞬。気が付けば温度は元に戻っていた。
そして、呼吸ができない、喉の苦痛も消え去っていた。
「お前、何した……?」
眉を顰めて、忌々しげにスライを見る。
「一瞬だけ、極限まで周囲の温度を下げさせてもらった。それも特殊な温度低下でね、お前の意味不明な歌声を確実に凍らせて効果を消してやったのさ」
「なるほど。そんな曲芸もできるのか」
「カテゴリー5を舐めんな!」
怒声を上げて、スライは龍輝に肉薄する。
瞬時に最強の氷の長槍を召喚し、突貫で龍輝に接近、ゼロ距離で龍輝の体を槍は貫いた。
確実なクリーンヒット。
致命傷は間違いないと誰もが思った。
「……霧でできた龍を舐めてもらっちゃ困るじゃねェか」
龍輝はまだ狂気に笑っていた。
そして、槍の刺さった腹部から、槍に絡みつくように黒い触手のようなものがすばやく腕までまとわりついてきた。
力づくでちぎろうとしたが、まったく微動だにしない。
龍輝は目を細め、全身の力と遠心力を乗せた後ろ回し蹴りを、スライの横腹に加える。
たくさんの人間から集めた負の感情と、知識。
そこには、近接格闘を極めた格闘家の、戦闘概論まで備わっていた。
プロフェッショナルの知識に、膨大な魔力を乗せて放った回し蹴りは、人1人を吹き飛ばすのには十分過ぎた。
大砲のように吹き飛ばされ、スライは競技場の壁に穴を開ける。
人間が現在得ている全ての知識を網羅し、恐るべき量と質の魔力を有し、躊躇いのない精神を兼ね添えたその男は。
間違いなくこの場において、戦場を支配する、魔王だった。
ふと、龍輝の背後に人影。
両手に刀を持った巴が、高速で彼の背後に回り込み、斬撃のモーションをとっていた。
「切り捨て御免!」
右斜め斬り払い、左斜め斬り払い。
巴の斬撃には、スライの槍の一突きに匹敵するほど、隙が、迷いがなく、重い一撃である。
――が。
それはつまり、攻撃を止められたスライと、同じレベルでしかないということだ。
次の瞬間、巴は地に伏せていた。
「ぐッ……!な、何が……!?」
周囲の状況を確認すれば、水色の柱、ガードストーンのビショップが転がっているのが視界に入った。
頭上からの一撃。
ガードストーンの高速射出を、上から受けたのだ。
寸前に気付いて受け身をとっていなければ、今頃死んでいただろう。
しかし、今の一撃で、間違いなく左腕はやられた。
「バカだな、刀ってのは、手数か技量で勝負だろうが。残念ながら俺には技量はないから、手数で勝負させてもらおう」
龍輝は巴に向き直り、そして 眼前に巨大な魔法陣を出現させた。
そこから出てきたのは――大量の刀。
巴が持っているそれと、まったく同じ種類のものだった。
「さて、こういう使い方もできる」
全ての刃が一斉に巴を襲った。
10本程度なら捌ききれただろう。
しかし、刀は、数にして百数本。
人の手でどうにかできるレベルじゃなかった。
ここまでかと思い、巴は痛みと死に怯え、目をぎゅっと瞑る。
しかし、刀は1本たりとも刺さってきはしなかった。
恐る恐る目を開くと、目の前には、かつての幼馴染が。
いつも彼の妹と一緒に、からかって遊んでた存在。
葛木清隆が、防御障壁を張ってくれていたのだ。
「き、清隆……!」
「巴さん、大丈夫ですか?」
巴には、清隆の表情は見えない。
しかし巴は、いつの間にか成長していた清隆の後ろ姿に、安堵と、そして、頼もしいと、思っていた。
そして清隆は叫ぶ。
「リッカさん!シャルルさん!巴さん!俺これからちょっと龍輝さんに話つけてくるんで、少し時間稼ぎしてもらっていいですか?」
「任せなさい!もうこうなったら清隆に頼るしかないわね!巴はそのまま清隆を守って!私とシャルルで、龍輝の気を引くわ!」
リッカの指示に、巴とシャルルが頷く。
清隆は、こんな信頼できる、尊敬できる先輩を持っていることに、ありがたみを感じていた。
そして、空中で佇んでいる龍輝と波長を合わせるように、彼の精神世界にシンクロしようと試みる。
夢の中でなら、カウンセリングの一環で何度も行ってきた。
だが今回は、起きている相手への精神干渉。
本来なら読心を専門とする魔法使いがやるのが手っ取り早いだろうが、そんな者はここにはいない。
ならば、今ここでそれに近い存在で、その道のエキスパートである清隆が、やらなければならないのだ。
シャルルとリッカは飛行魔法を操って宙に浮き、高速で飛び回りながらところどころで砲撃魔法を挟む。
だが、その全ては悉くガードストーンのナイトで阻まれ、ダメージを与えることができない。
だがそれでも、龍輝の気をこちらに逸らすことくらいは可能である。
しかし、その時、龍輝は動いた。
どういうわけか、立体型魔法陣を解除したのだ。
そうかと思えば、その場から、消えた。
いや違う。
彼は、術式魔法と自身の身体強化、≪加速運動(アクセラレート)≫で、見えないほどの速度で動いたのだ。
目標は、彼の恋人、リッカ。
スピードに拳を乗せて、彼女の顔面に向かって勢いよく振り抜いた。
その動作に気付いたリッカは、慌てて障壁を張ったが、障壁ごとはるか後方まで吹き飛ばされた。
龍輝が振り返ると、そこには膨大な魔力を乗せた砲撃魔法のチャージを完成させたシャルルが、既にこちらを狙っていた。
シャルルは砲撃を放つ――が、龍輝も同時に、漆黒の光線を放った。
その威力は段違いで、龍輝の光線の方が圧倒的に強く、シャルルの砲撃を押し返していた。
少しずつ、黒い塊がこちらに向かって迫ってくる。
更に魔力を乗せようと試みるが、限界点を突破できなかった。
しかし、ここで転機。
龍輝に鎖がまとわりついていた。
「……!?」
流石の龍輝も、これには驚きを隠せないでいる。
何が起こっているのか、まるで分らなかった。
「俺の氷、使えるだろ。だから言ったんだよ、カテゴリー5を、『氷槍』を舐めるなと!」
スライは、龍輝に槍の一撃を与えた時、黒い触手に絡まれた瞬間に、彼の体にトラップを仕掛けていたのだ。
任意のタイミングで、強力な鎖を展開する術式。
雁字搦めにされた龍輝は、たちまち集中が乱れ、砲撃の威力は落ちていった。
それをきっかけにシャルルの砲撃が龍輝へと接近し、そして――ヒットした。
瞼を貫通する光に満ち溢れる。
そしてその瞬間、清隆が叫んだ。
「来ました!」
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誰かの声が、聞こえた気がした。
ずっと深く眠っていたような、そんな気がしていた彼は、誰かの声によって意識を取り戻す。
だが、その意識も、今だ朧げだ。
――誰だろう。
聞こえてくるのにもかかわらず、何も見えない。何も聞こえない。
「俺です、龍輝さん!葛木清隆です!」
どこかで聞き覚えのある声。
カツラギキヨタカ。
その名前を知っていた。
自分を理解してくれていた者の内の1人。
手を伸ばした。
きっとそこに、いる気がしたから。
「意識を、しっかり保ってください!引っ張り上げます!」
もっと、手を伸ばす。
声が近くなってきたような気がしていた。
安堵感。幸福感。
求めていた手が、すぐそこにある気がした。
そして。
暗闇に白が弾けた。
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視界が戻り、リッカたちは全員、龍輝に視線を向ける。
すると、龍輝は、苦痛に耐え忍ぶように、頭を抱えながら悶絶していた。
「龍輝……?」
突然の龍輝の行動に誰もが警戒しながら様子を見る。
動きをとることはできなかった。
「リ、リッカ……なの、か……?」
その声は、かつての優しい龍輝の声。
しかし、その苦悶の表情は、まだ何かと戦っていることを明示していた。
「リッカ……あ、アレを使え……!俺の魔力を、根こそぎ、奪い取れ……!」
その時、リッカの顔が、一気に青ざめた。
「で、でも、あれは……!」
「そんな場合か……!俺ごと龍の力を、鎮めてくれ……!」
リッカは、気付いた。
龍輝の覚悟。龍輝の決意。
いつだってその表情の彼は、凛々しかった、頼もしかった。
涙一粒。
頬を伝い、リッカも覚悟を決める。
「龍輝、ごめんなさい……」
ワンドを手前にかざし、魔法陣を出現させる。
かつて恋人と共に作った、オリジナル魔法。
こんなことに使うとは、思ってもみなかった。
いや、もしかしたら彼は、この状況を見越してこの魔法を作ったのではないかと、少し考えた。
魔法陣にパスコードを流し込み、照準を合わせる。
そして、一気に魔力を、解き放った。
その瞬間、スライの氷の鎖は引きちぎられたが、リッカの魔法は、間に合った。
その効果は、対象の魔力を減衰させる魔法。
魔法を受けた龍輝は、更なる苦痛に顔を歪める。
「ぐ……アアァァアァァッァァァァァアアアアアァァァアア!!!!!!」
彼の無尽蔵な魔力は、物凄いスピードで減少していく。
それと同時に、黒龍を寄生させるだけの条件を果たせなくなってくる。
その結果、黒龍は暴走するだけの魔力を持つことはできなくなり――動きが止まる。
彼が纏っていた魔力が薄くなり、そして、彼の悲鳴も、次第に小さくなっていった。
そして、力尽きたのか、そのまま地面へと墜落した。
慌てて、リッカは龍輝へと走り寄る。
上半身を抱きかかえて起こすが、龍輝は起きる気配がない。
どんなに呼びかけても、彼は反応しなかった。
死んだように眠り続ける恋人を抱いて、孤高のカトレアだった少女は、泣き続けた。
平穏を取り戻した風見鶏。
全ては日常へと戻ってゆく。
ただ一つ、そう、ただ一人、魔法使いの少女にとって大切な人を除いて。
欠けた歯車は、噛み合わなくなり、停止する。
次回『存在の消えゆく果てに』