D.C.Ⅲ.C.E. ~ダ・カーポⅢ チェンジエンド~ 作:Masty_Zaki
その喧騒が、懐かしくて。
自分が何かを嫌っていたことなど、もう忘れてしまっていた。
驚いたことに、輝夜は龍雅の家の割と近くに住んでいたこともあり、2人は家の前まで歩いていた。
これがきっかけで輝夜は龍雅の家の位置を記憶し、翌朝、龍雅が通学しようと家を出たら、玄関先に輝夜が立っていたことには龍雅も少々驚いた。
昨日の帰宅と同じように、龍雅はほとんど喋らずに歩いていた。
その斜め後ろを輝夜が様子を窺うように歩く。
仲がよさそうかといえば、そうでもない。
それでいて、やはり仲が悪そうにも見えない、なんとも言い難い雰囲気の朝の光景だった。
そこに乱入者が現れる。
背後から軽快な足音。
誰かがこちらに向かって走り寄ってくる。
音が耳に入ってきてから、龍雅は警戒を緩めなかった。
真後ろで跳躍したのか、音が聞こえなくなって、龍雅は回避の態勢をとり、右に飛んだ。
同時に振り返り、何事かと様子を確認すれば――
「おいおい、いきなり避けるとか酷くね?」
そこにいたのは昨日のバスケット少年、時川隼翔だった。
その左腕は輝夜をがっちりとホールドしている。
彼に悪意はないのだろうが、勿論輝夜と隼翔の関わりはないも同然、輝夜は涙目で怯えていた。
「俺は別にいいが……、月宮が泣くぞ」
「え?ああぁ、すまん……」
ばつが悪そうに腕を放し、ちゃんと2人の前に立つ。
輝夜は半ば龍雅に縋るようにその背後に隠れていた。
「こいつは昨日から俺の友達だ、乱暴に扱うな」
「そいつは悪かったっ!」
両手の平を合わせて、頭を下げながら頭上に持っていく。
謝罪の態勢、しかし彼の性格ゆえか、どこか軽く見えた。
頭を戻してその左手をズボンのポケットに突っ込むと、龍雅の背後の人物に視線を向けた。
「えーっと、分かってるとは思うけど、俺はクラス委員長をやってる時川隼翔だ。よろしくな」
ポケットに突っ込んでいた左手を差し出して、握手を求める。
龍雅はその場を離れるようにして輝夜を対面させ、そっとその背中を押す。
「あ、えっと、月宮輝夜、です……」
「大丈夫、しっかり覚えてるよ」
お互いの手が繋がり、隼翔の方が一方的にぎゅっと握った。
不快には思わなかったようで、輝夜も頬を染めながら少しだけ、その指に力を込めた。
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学校では不穏な空気が流れていた。
それも仕方のないことだろう。
クラスで割と人気者でもある隼翔が、不気味で恐ろしい雰囲気を放つ弓月龍雅と、昨日までいじめを受けていた月宮輝夜と楽しそうに喋っている。
誰もが何があったのか、隼翔に疑いをかけるだろう、
しかしそんなものはどこ吹く風、隼翔は気にすることなく2人と接していた。
「なぁなぁ、お前ら、兄弟とかいるの?」
昼食時、3人で弁当を開いて食事をしているところに、隼翔が話題にと質問を挟んできた。
今まで1人で食事をとっていたので、彼にとってこの騒がしさは鬱陶しいものもあったが、それでもやはり、嫌いではなかった。
「私は、一人っ子です」
「俺には、弟がいる……」
流れに乗るような感じで、ぼそっと呟いた。
しかしそんな他愛無いものにも、この爽快少年は食いつく。
「マジで!?今何年生?」
「……小4」
「っへぇー、ちょっと想像できないけど、どんな奴?」
弟のこと、光雅のことを話すのは憚られたが、彼らは友達である。
そういうことで、話すことに決めた。
「俺とは正反対だ。誰とも仲良くなって、他人のために動ける、そんな奴だ」
そう、光雅は小学校で人気者だった。
困っている人を助け、弱き者を守り、悪と判断したものを挫く、そんな、漫画の中から飛び出してきた正義のヒーローのような存在、彼によって前向きになった児童も少なくないらしい。
「今度さ、週末、お前んち行っていいか?」
「は?」
「いや、お前の家族とか気になるし、お前が普段どんな生活してるのか、とかやっぱ気になるじゃん」
「……私も、行っていいかな?」
期待を込めてこちらに送られる視線が4本、断ることはできなかった。
龍雅はしぶしぶ頷き、その晩、友達が週末に家に来ることを家族に報告しておいた。
のだが――
「龍雅、友達できたんだぁー!」
と、母こと雅から。
「兄ちゃん、良かったな!」
と、弟こと光雅から。
「あの龍雅もようやく、誰かと馴れ合いはじめたか」
と、父こと慶次から。
家族にこれ以上ないほど喜ばれてしまい、挙句の果てに光雅が昼食をご馳走したいと主張したせいで、更に話がややこしいことになってしまった。
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その日はとても慌ただしかった。
父も母も、弟も、龍雅本人以上に張り切り過ぎて、張本人が置いてけぼりになる状況、というのも、わざわざ食事会を開くような勢いでスペースを取り、光雅も料理に張り切りまくって冷蔵庫にあった食材を半分以上消費する勢いで豪勢な食卓を作りこんでしまった。
龍雅からしたら呆れるばかりである。
そして、その時がやってきた。
――ピーンポーン。
家のチャイム。
屋内設置の電話にも、その音が鳴り響く。
家族の誰かが電話に出るよりも早く、龍雅は玄関から彼らを出迎えた。
「なんか、時間早くなってすまん」
「えと、大丈夫です」
「問題ねーよ。むしろお前んちに長いこと居座れるんだ」
とりあえず、昼食の用意ができていることを告げ、彼らをリビングに通した。
次の瞬間、彼らの口から感嘆の溜息が漏れる。
「すっ、凄ーい……」
「うわぁー……」
テーブルの上に並ぶ数々のディッシュ、どれもこれも見た目からして美味しそうで、明らかに手が込んでいるのが分かった。
「これ、だれが作ったの?」
輝夜が龍雅に訊ねたと思ったが、それに答えたのは別の声だった。
「ああ、それは龍雅の弟の光雅が作ったのよー」
嬉しそうに部屋に入ってきたのは龍雅の母だった。
そして同意に、キッチンから小さな少年が姿を見せる。
印象的な、優しい紫色の瞳が特徴の、龍雅の弟、光雅。
その手には、シチューの入った鍋が握られていた。
龍雅たちを見つけるなり、慌てながらその鍋をテーブルの中央に置き、再びみんなの前に姿を現す。
「えっと、弓月家にいらっしゃい、俺は兄ちゃん、龍雅の弟の光雅って言います。よろしくお願いしま―す!」
はきはきと、ファーストインプレッションの良い挨拶。
それを見て隼翔はニタッと笑った。
そしてその小さな頭を鷲掴みするようにして、くしゃくしゃと撫でる。
「お前が龍雅の弟かー!兄貴と違って愛想豊富で何よりだー!」
「か、可愛い……」
と、輝夜。
龍雅の友人にとって、光雅は好印象だったようだ。
そして始まる食事会。
これから混沌とした雰囲気がこの場を占めるとは、龍雅はこれっぽっちも思っていなかった。
「それにしても、龍雅が友達どころか、女の子を連れてくるなんて、やっぱり素直じゃない子供って可愛いわねー♪」
母、雅が体中から幸せオーラを出しまくりながらこの状況に興奮している。
更にはその隣の父、慶次も似たような表情で、あの強面が少し緩んで大変奇妙な御顔となっていた。
まだ小さな光雅も、彼らと積極的に会話をして、場を盛り上げている。
「えっと、輝夜さん、だっけ?兄ちゃんとは、どんな感じで友達になったの?」
まるで友人に馴れ初めの状況を訊くような言い回しに、輝夜は少し頬を紅潮させる。
「あ、えっと、私、ちょっといじめられてて、それが表に広まっちゃって、教室の後ろで乱暴されてた時に弓月くん、じゃなくて、龍雅くんが助けてくれたんです」
当時のことを思い返しながら、ゆっくりと話す。
その表情を見るに、いじめのことは決して快かったわけではなかったけれども、それでも龍雅が助けてくれた時の出来事は彼女にとって思い出に残る、人生を変えたといっても過言ではないものだったのだろう。
「……6人くらいボコッてやったけどな」
わざわざ他人が褒めてくれていることを、都合の悪いことをわざと呟くことで水を差すあたり、龍雅はかなりひねくれているが、家族以外に褒められることに慣れていなかったのだろう。
無論、教師の上辺だけの世辞は別だ。
「フン、男なら女の子が乱暴されている時は、その連中を片付けるくらいの果敢さと強さが必要だ。よくやった龍雅」
教師は非難した。
父は称賛した。
龍雅が家族に温かみを感じているのは、この辺の差なのだろう。
「そうよねー、カッコイイわ龍雅」
「……暴力反対だって教師に説教食らったけどな」
それでもやはり龍雅は龍雅だった。
他人の心からの褒め言葉を素直に受け取ろうとしない。
「確かに暴力はよくないけど、誰かを助ける為だろ?兄ちゃんやり過ぎなところもあるけど、やってることは間違いないよ」
光雅は昔からお兄ちゃんっ子だった。
誰からも不気味がられて近寄られなかった龍雅だったが、その背中には、いつも光雅がいた。
昔から自分の中での価値観を形成していて、他人に興味を持ち、積極的に関わって、そして他人と触れ合う中で自分なりの善悪の判断基準と自分の正義というものを創り上げていた。
それは結果的に社会一般で認識されるそれと似通ったもので、だからこそ彼はクラスや学校でも常に人気者であった。
そんな光雅がいつも龍雅を慕っていたのは、龍雅も、なんだかんだ言って自分のことだけは何があろうとも筋を通そうとしていたからだった。
自分に正直だったから、龍雅は孤独でいた。
自分に筋を通していたから、物心ついた時からおかしな価値観と冷静さを持っていた龍雅は誰からも不気味がられていた。
そういうところがあったから、光雅はいつも龍雅に尊敬の念を抱いていたし、龍雅も空想世界の正義のヒーローを体現した弟に憧れていた。
「まぁそれから弓月と輝夜ちゃんは仲良く登下校を共にすることになったってのは内緒にしておいた方がいいよな」
「えっ」
「何……?」
その一言で空気が張り付いた。
視線が1人の元に集まる。
そう、弓月龍雅の元に。
ただ1人、月宮輝夜を除いて。
「早朝、放課後の仲良しデート、かぁ。青春してるわね~……」
「輝夜ちゃん、こんな野郎だが、いつまでも傍にいてやってくれ」
「あ、あうぅぅ……」
家族の生暖かい視線が自分を助けてくれた人間に注がれているのと、謎の願望をその父親から託されたことで、輝夜は遂に本格的に顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「こないだ出くわしたときに後ろから見たけど、弓月は顔怖いけど結構イケメンだし、輝夜ちゃんだってしゃんとしてれば可愛いんだから、結構お似合いだったなー」
ただその場が楽しくなればいい、と、隼翔が場を変な方向に盛り上げる。
「兄ちゃん、勿論結婚式には呼んでくれるよな?」
「する訳ねェだろ!」
「けっ、けっこん……」
真面目で正義感の強い光雅だが、実は悪戯好きでもあった。
隼翔に便乗して2人をからかい始める。
そしてそれを真に受けた輝夜は、思考が停止してしまった。
「礼服の新調は早い方がいいか、雅」
「そうねぇ、私もそろそろダイエット、本格的に始めて、もっとスタイルがいいのに挑戦してみようかしら」
悪乗りする癖は、この親から引き継がれたもののようだった。
龍雅は困惑しながらも諦めてしまったようで、肩を落として俯いてしまった。
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食事会が終わり、龍雅たちは龍雅本人の自室に集まった。
麦茶を準備してきた光雅も加えて、雑談会のようなものが始まった。
「俺たちな、血ィ繋がってねェんだよ」
「えっ」
「マジで?」
突然のカミングアウトに、輝夜と隼翔は勿論、光雅までもが驚いていた。
確かに、このことは平和な今の環境に荒波を立てるようなもので、話す必要もなく、むしろ話したことで周囲の反応が変わってしまう恐れもあった。
「だからこんなにも似てねェ」
どこか悲観したような、諦めたような表情で、そっぽを向きながらそんなことを言う。
おもむろに立ち上がったのは、隼翔だった。
「別にいいじゃん。兄弟なんてそんなもんだろ。血とかそんなんじゃなくて、仲がいいってことが大事なんだと思う。だからさ、せっかく仲良くなったんだし、これから4人でいろいろしよーぜ」
「ってちょっと、隼翔さん、俺まだ小学生なんだけど」
「だからかんけーねーよ。仲が良ければ喧嘩だろうがなんだろうが、また元に戻れればなんでもよしなんだよ」
その時、龍雅はふと思った。
こいつらと巡り合ったのは、正解だったと。
こいつらは自分を、どこか遠いところに連れ出してくれるんだと、そんな期待と、希望に満ち溢れていた。
無論、そこまでポジティブシンキングな彼ではないが、それでも、やはり心のどこかで、幸福を求めていたのかもしれない。
そして、その結果隼翔たちと出会い、友達になった。
今の彼にとって、それが一番の、幸せだったのだろう。
また、失ってしまった。
なくなったものは、戻ってこない。
内からひしめきあうような声という声に、押し潰されて、流されていった。
――彼はもう、失うものすら、失っていた。
次回『決別』