D.C.Ⅲ.C.E. ~ダ・カーポⅢ チェンジエンド~ 作:Masty_Zaki
自分でしかない自分。
境界線は、存在しなかった。
それでも孤独になりたくなくて、ココロは落ち着かなくて。
龍雅はさらと姫乃を『花より団子』から離し、ある程度行った所でストップした。
あまり人通りの多くない、というより全くない細い道。
先程の事故の喧騒も既に聞こえなくなっていた。
「あの、龍雅先輩……」
姫乃が怯えながらそっと龍雅を呼ぶ。
それに応えるように龍雅も苦笑しながら姫乃たちに振り返った。
「姫乃たちも気付いたんだろ?今のが、魔法だよ」
「魔法、ですか……」
今の違和感の正体を理解したものの、まだ納得のいかないような顔だった。
事実、彼女たちは前世の彼女たちとは違い、魔法とは直接的に縁のない人間だったからだ。
「龍雅先輩は、魔法が使えるんですね」
「いや、それは少し違う」
「え?」
先程さらたちは自分の目の前で魔法が使われるのを、直接目にしたわけではなくともなんとなく感じ取ることができた。
そしてその発動主は紛れもなく彼だった。謎の言葉を発していたのも聞き覚えがある。
誰がどう考えても彼としか思えないものを、彼は微妙に否定してみせた。
「魔法を使ったのは俺じゃない、『世界』なんだ」
「は?」
唐突にスケールの大きすぎる話をされて、さらも姫乃も混乱するしかなかった。
しかし、この場でいう彼の『世界』は間違ってはいないのだ。
龍雅のもう1つの人格、と言えば語弊はあるが、彼の発動する魔法の正体は、以前に禁呪の霧が集めたロンドン中の人々の負の感情と共に流れ込んだ知識や記憶を媒介としたものだ。
そしてそれが黒龍となり、上代龍輝の体内に寄生した状態で器もろとも共倒れし、そこでの世界とのリンクは途切れてしまった。
しかし新しい時代に転生し、そこで再びその黒龍が発現することでその世界の人間と霧の仲介なしで再びリンクし、前回以上の規模で収集した全ての人間の人格、思想、性格、願望、知識、記憶をすべて集めて平均化した総意が、彼の魔法なのである。
それが以前の弓月龍雅としての存在であり、今では上代龍輝と融和することで、それらは均衡が崩れることなくバランスを保っている。
「だから俺は、今の人間が知り得る全ての事象を知り、扱うことができる。まぁでも、実際に体が覚えるわけじゃないから、高等過ぎる技術は知っていても駆使できる訳じゃないけど。でも魔法は、魔力が膨大であり、それを取り扱う知識があれば、どんなことだってできてしまうんだよ。つまり、人格は俺でも、能力は『世界』そのものなんだ。それも、マイナス方向のな」
但し、上代龍輝が元々使える唯一の魔法、≪加速運動(アクセラレート)≫だけは、彼自身の誇れる魔法であり、能力である。
姫乃たちは、彼の魔法がどういうものなのか説明を受けても、まだやはり理解しきることはできなかった。
口をつぐんで、何も言葉が出なかった。
「さっきはちょっと、被害を最小限に抑えるために時間を10秒ほど巻き戻して、再び突進してくるトラックに対していろいろ仕掛けたのさ……って、おっといけない、どうにも俺が喋ると話が重くなるな」
ハッハッハ、と誤魔化すように笑い、姫乃たちを見ながら背を向ける。
そして安心させるように微笑みかけ、最後に言葉をかけた。
「そろそろ戻ろうぜ。喫茶店でみんなが待ってる」
さらに、立夏に今から行くと連絡させ、ゆったりとした足取りで細い道を歩いて集合場所だった喫茶店に向かっていった。
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「みんな、大丈夫!?」
龍雅たちが来店し、立夏たちのテーブルに到着すると同時に、立夏が物凄い勢いで立ち上がった。
他のメンバーのグラスが揺れ、特に立夏のグラスの端から水が零れてテーブルを濡らす。
「姫乃、さら、龍雅さん、何か『花より団子』のすぐ傍で事故が起きたとか聞いたんですけど……」
とりあえず目の前で3人の無事を確認しているものの、どうにも不安は拭えないらしい。
その不安というのも、恐らくこの3人というより事故に関わった他の人々の安否ということだろう。
「俺たちは大丈夫だ。何とか回避したよ。怪我人もいないし、トラックは転倒して大破したものの、運転手は無傷で一応病院に行った所だ」
龍雅たちは空けてもらった席に座り、龍雅はメニューをとって何事もなかったかのようにそれをじっと眺める。
それを見たさらと姫乃は口を開けて唖然としていた。
間違いなく、怪我人は出なかったものの大事故の惨状を見た後の人間の行動だとは思えない。
「心配したんだよー?」
シャルルがティーカップの中の飲み物をスプーンでかき混ぜながら心中を吐露する。
「全くですよ。清隆さんなんかもう事故のこと耳にしてからというもの、ずっと不安そうな顔して貧乏ゆすりが止まらなかったんですから」
逆に葵は思いのほか落ち着いていたようだ。
一方清隆は他の部員と同じように心配そうな表情をしていたが、葵に指摘されたからか、何故か顔を背けた。
「ねぇ、さっきの発言、ちょっとおかしいわよね。思い過ごしかもしれないけど」
立夏が真顔で龍雅を見つめる。
別段疑っているわけでもないが、龍雅の発言の中にちょっとした隠し事を見抜いたようだ。
「どうしたよ?」
「怪我人はいなかったって言うけど、今あなた『回避した』って言ったわよね?それじゃ、あなたが何かしらの行動を起こさなかったら怪我人が出てたみたいじゃない」
その時、当時の状況を体験した姫乃とさらが顔を見合わせ、そして龍雅を見た。
その一連の行動を立夏は見逃さなかった。
「さら、姫乃、何か知ってる?」
視線が2人を捉えて離さなかった。
上級生の視線というのは嫌でも下級生を縛り付けるものだ。
しかも今回は威厳とカリスマもある森園立夏の視線だ。
「えっと、その……」
さらも姫乃も、実際にしっかりと体験したわけでもなく、龍雅からも意味不明な説明しか聞かなかったため、上手く話すことができない。
「なんてことはない。魔法を使わせてもらったんだよ。……お、これいいな」
メニューに目を通しながら龍雅がやけにあっさりと答える。
隠す気もないらしく、全く動揺もしていない。
ボタンを押して店員を呼びつけ、メニューを指差しながら欲しい商品を注文していく。
店員が去ると、再び立夏が話し始めた。
「魔法を使ったって、どんな魔法を使ったの?」
「そうだな、トラックが激突しそうになって、俺はそこから10秒程時間を巻き戻した。それから突っ込んでくるトラックを不自然なことにならないように転倒させて停止させただけだ」
「10秒時間を戻したって、そんなこと私たち全く感じなかったわよ?」
「それはそうさ。例えば作文用紙に文章を書いていて、どこかで間違える。そしたらその箇所を訂正しなければならない。だからそこまで戻るためには消しゴムで該当箇所まで消す。そこから書き直して正しい文章にする。この作業を近くで見た人間はその変化に気が付くけど、遠くの人間がそれを確認することはできない。そんな感じだ」
また、近くにいてもその現象の正体を知らなければそれもまた、時間の巻き戻りを感じることはできない。
これは文章の訂正を、筆記者の近くにいてもその行動を見ていなければ同様に認識できないのと同じだ。
つまりこの時間の巻き戻りの現象を感じるための条件は2つ。
魔法の術者の近くにいること。
そして魔法の存在を目視などの方法で確実に把握していること。
だからさらと姫乃は感じ取ることができて、立夏たちには全く気が付かなかった。
そもそも、今回の時間の巻き戻しによって意図的にズレが生じたのは『花より団子』の周辺である。
別の場所にいた立夏たちに影響は全くない。
「簡単そうにさらっと言ったけど、結構大胆で凄いことしちゃってるよね、龍雅くん」
シャルルが何とも言えない表情でそう言った。
「俺がやったことなんて、みんなに比べたら大したことはない。前世とはいえ、立夏たちはたくさんの人々を霧の禁呪という苦しみから解放した。俺はただ、持て余す自分の力のほんの少しを使って、出し惜しみをしてほんの少数を救っただけだ。俺はみんなに敵わないし、この程度じゃ善行を積み重ねてきた弟の足元にも及ばない。悲観とか卑屈になったつもりはないけど、それでも俺は、全力を出してたくさんの人を救ったみんなを尊敬するし、物凄い力を持て余しているのに、何の役にも立たない自分が不甲斐ない」
話し終えたとほぼ同時に店員がミルクティーを差し出す。
筒の中に領収書を入れて、挨拶をしてからすぐさま立ち去った。
間を置いて龍雅はミルクティーを啜った。
「それでも俺は、やっぱり普通の人間で、今では風見学園の男子生徒だ。普通に友達作って、授業受けて、部活動して。どこにでもいるような、普通の学生だ。だから俺はこの平和で、温かくて、みんながいるこの初音島が大好きで、そんなみんなに、平和で楽しく生活してほしい。そのためなら俺はどんな些細なことでもするし、必要なら魔法だって使ってみせる。他の人に比べてかなりおかしい、人外みたいなところもあるかもしれない」
ティーカップを置いて、真剣な眼差しでみんなを見つめる。
「そんな俺でも、みんなは俺を仲間として迎えてくれるか?」
いつまでたっても自嘲気味な自分に、また自己嫌悪を起こす。
悲観的な考えも、自分を必要以上に卑下することももうやめようと誓ったはずなのに、同市も思考がそこに帰ってきてしまう。
結局は、どこまでも恐れていたのだった。知れば知るほど、化け物じみた本性があらわになる自分が、彼らと対等な関係で過ごすことができず、独りになってしまうことに。
平静を装い、出来るだけ軽く、何事もなかったように振る舞っていても、心の内では荒波が立っていた。
不躾にこの後の
その時、自分の右手が、温かくて柔らかい感触で包まれた。
何事かと思って視線を下ろすと、隣に座る立夏が、龍雅の手を握っていたのだ。
「やっぱり龍雅って前世の時から妙に線引きするの好きよね」
立夏の表情は、不満そのものだった。
「今更何言ってんのよ。人を助けることは悪いことじゃないんだし、胸を張ればいいじゃない。それに、公式新聞部のメンバーに既になってるんだから、歓迎も何ももう仲間って決まってるわよ」
そして、龍雅の方に、可憐な笑顔を咲かせた。
それとほぼ同じタイミングで、再び店員がこちらに何か大きなものを運んでやってきた。
「お待たせしました。こちらストロベリーパフェキングになります。ごゆっくりどうぞ」
店員が大きな器に入ったスイーツの塔をどんとテーブルに置いた。
それこそ葵が目を光らせて喜ぶくらいの大物だった。
どうやら、プレゼントは上手く行ったらしい。
自分が彼らを信じた結果、ということもできるが、それを自分で考えられるほど、龍雅はまだ吹っ切れてはいないようだが。
「おこがましいかもしれないけど、みんなが俺を認めてくれると信じて、あらかじめ注文しておいたよ。みんなで食べようぜ」
「だから認めたんじゃなくてとっくの昔に認めてるの」
「それもそうらしいな」
龍雅が『間違い』を指摘されて苦笑すると同時に、立夏から視線を外すと葵が凄く嬉しそうな顔でこちらを見ていた。
「こ、これ本当に頂いちゃっていいんですか!?」
「葵ちゃん、落ち着いて……」
無駄にハイテンションな葵を、清隆が宥める。
いつもの風景に、いつものやり取り。
龍雅は既に、この生活に馴染んでしまっていた。
楽しくて、嬉しくて、幸せで。
みんなでパフェを堪能している時、その席の窓の外、大きなピンクのリボンをつけた女性と、その手をしっかりと握る男性が、ゆったりとした足取りでそっと、誰にも気付かれることなく通り過ぎていった。
鍋。
それは冬の食卓の象徴である。
かつてこの学園にあったらしい噂を頼りに、新たな試みが行われる。
次回『鍋を囲もう』