D.C.Ⅲ.C.E. ~ダ・カーポⅢ チェンジエンド~ 作:Masty_Zaki
仲間と鍋を囲って。
向かい合う人と人の間で飛び交う雑談は、平和の象徴ともいえた。
幸せそうに箸を動かす少女を見て、彼は決意する。
初音島で流行っている噂、『幸せを呼ぶ夫婦』の調査は、壁にぶち当たってしまい難航してしまっていた。
島中を歩き回ろうにも見つからず、これと言って有力な目撃情報も1件のみである。これでは調べようにも全く手が出ないも同然である。
人海戦術を用いてしらみつぶしに探しまくるのも考えたが、どうにもそのための人員と時間が足りていなかった。
そのことに早くも気が付いてしまった龍雅は、別のことに興味を持ち始めた。
それが今回、この風見学園公式新聞部を驚かせることになる。
「鍋を食べたい」
ミーティングでふとそんなことを龍雅が意見する。
その一言は部員の視線を一斉に集め、その視線の主は全員驚いて固まっていた。
「鍋……?」
「鍋、ですか……」
「いや、それはちょっと季節外れというかなんというか……」
少し時間が空いて、何とか思考が追い付いた清隆たちが声を上げる。
しかし龍雅は自分の発言に何の恥も感じていないかのような悠然とした態度だった。
「非公式新聞のバックナンバーをこの間読んでいたんだがな――」
龍雅が言うにはこうである。
今からおよそ70年ほど昔に、この学園には不思議な生徒が複数人存在したのだという。
人の心を読む少女、何の前触れもなく唐突に弓を射る巫女、無口で腹話術が得意な少女、とある少女の本物そっくりの姿と性格をしたロボットなどなど、更にはもう少し時を辿って最近の話となると完全記憶を可能とする少女や風見学園の女子生徒の幽霊などがいたそうだ。
とにかく、その70年ほど前に、龍雅は面白いものを発見した。
それが、『鍋好きの姉妹』である。
記事によると、その姉妹は昼休みの度に屋上に上っては2人で鍋を囲っていたのだという。
更に面白いことに、鍋というものは大体冬に食べるのが定番だが、季節にこだわらず、いつでも屋上に上がっては鍋を食べていたらしい。
その材料はどこから出てきたのか、持ち運ぶ際に不審に思われなかったのか、教師に見つかったりなどはしていないのか、疑問はたくさん残る。
「というわけで、鍋というものを食べてみたいんだが、そんなにいいものなのか?」
龍雅は、何かを理解していないのか、首を傾げながら提案をする。
「あれ、龍雅、鍋を知らないの?」
「いや、鍋自体は知っている。あれだろ、食材を土鍋で煮て、それを食器に移すことなく調理し、そしてそのまま鍋の状態で食卓に出される日本の冬の風物詩ともいえる料理、だったか?」
立夏の確認に、龍雅は何とも言えない概念的な説明で返す。
スキーを、専用の板を履いて積雪斜面を滑走する移動手段、と説明するようなものだ。
趣のなさにシャルルが隣で苦笑する。
「ま、まぁ、それは間違いじゃないんだけど……。でも、今は冬じゃなくて春よ?」
まことに最もな理由で立夏は龍雅を諌める。
「いやでも、彼女たちは年中鍋だったらしいぞ?」
「まったく……。いいわ、今度やってみましょう。でも、流石に屋上は拙いから、この部室でみんなでってのはどう?」
立夏の提案に、部員全員が肯定し、首を縦に振る。
そしてそれぞれの持参物及び事前に準備、確認しておくことを話し合い、その後は引き続き『幸せを呼ぶ夫婦』についての議論となり、この日の新聞部の活動は終了した。
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「あっ、それ私聞いたことあるよ」
龍雅が本日のことを家で話すと、ななかが嬉しそうに声を上げる。
彼女も風見学園の生徒だったため、そういった噂の類も聞き及ぶことがあったのだろう。
「それにしても、屋上で鍋か~、面白そうじゃん」
焼き鮭を一口箸で放り込み、ホクホク顔で流々人が呟く。
まだ幼い彼の笑顔は、周囲の人間を和ませる力を持つ。
学園のアイドルとも呼ばれていた白河ななかの血を引き継いでいるのは伊達ではないといったところか。
「それで、色々準備したいものがあるんですけど――」
龍雅はポケットからメモ用紙を取出し、そこに書かれてある材料と道具をななかたちに見せる。
このメモはあくまで暫定であって、入手できそうにないものなどがあれば連絡し合って各々手に入るものを持ってくることになっている。
ななかはそれを見て、後で確認するといい、渉も足りないものは買い出しに行くといった。
しかし龍雅はそこまでしてもらうのは申し訳ないと思い、流石に断るのだが、お前はしっかりバイトで金稼いで来い、と悪戯っ子のような、人懐っこい笑みを浮かべた渉に背中をポンと叩かれた。
「そうだよー。もう私たちは家族なんだから、どんどん頼っていいんだよ」
「なんか、ななかもあいつらに大分影響してるよな、今の台詞とか」
「それはまぁいろいろお世話になったからねー」
2人は楽しそうに会話しながら、台所へと向かっていった。
残ったのは龍雅と流々人。
流々人は龍雅の肩をつんつんつつき、意識を向けさせる。
「仲良いでしょ、あの2人」
「そうだな」
自分の両親を自慢するかのような物言い、しかし彼らが結婚していないことは、そして流々人が2人の息子ではないことも、龍雅は知っていた。
「俺は、渉さんが俺の父さんでもいいって思ってるんだけど、渉さん優しいって言うか、どこか意地みたいなものがあるから、母さんと結婚しようとはしないんだ」
流々人の視線は、台所に並ぶ2人の後ろ姿へと向かっていた。
その視線は、自身の幸せと、そしてほんの少しの寂しさを孕んでいた。
「俺は、母さんを守っていけるような、そんな人間になりたい。渉さんみたいに優しくて、そして強い男になる。母さんは、俺の本当の父親を恨んだりしてない。俺もそうは思うけど、そんな奴には俺はならない。……なんかいろいろしゃべりすぎたかな」
少し照れるようにはにかみながら、流々人は押し黙った。
彼の言葉に、彼の真摯な態度に、龍雅は彼と光雅を重ね合わせた。
優しくて強い男と、流々人は言った。彼に魔法は使えない、彼に戦闘能力はない、でも、そんな彼でも、光雅のような、正義のヒーローのような男になれるような気がした。
「今、流々人は幸せか?」
ふと、零れたのはそんな質問だった。
「うん!」
流々人は力強く頷く。
屈託のない笑顔は、龍雅に小さな幸せを与えた。
龍雅は、以前にとある老人から聞いたあの言葉を、忘れないでいた。
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さて、鍋パーティー当日となった。
とはいえ、準備期間はそんなにかかったわけでもなく、割とあっさり準備は整った。
既に公式新聞部室の卓の中心には、既に具材がしっかりと煮込まれた鍋が鎮座していた。
「さて――」
クールに浮かべた笑みとは裏腹に、龍雅が右手に持つ箸は美味しそうな鍋を前に踊りに踊っていた。
ちなみに、今回の鍋は、手分けをして調理に当たったのだが、何かしらの理由でシャルルは参加せず、基本的に食器の準備などに回っていた。
龍雅はその理由を訊こうと思ったのだが、いかんせんこの少女には前世的に思い当たりがあり過ぎた。
リッカたちと共に床に伏せたことは決して少なくなかった。
その容姿と性格、そしてなおかつ記憶まで引き継いでいるとなると、そこまで警戒が行くのに難くはなかった。
「それじゃ、公式新聞部第1回鍋パーティーを行いたいと思います!」
立夏の口上に、部員全員の心が躍る。
何せ季節外れの鍋、新たな仲間を加えての食事会は、楽しいものだろう。
「遠慮しないでどんどん食べること!んじゃ、いただきます!」
「「「「「「いただきます!」」」」」」
号令が鳴り響き、全員の箸が中央の鍋へと伸びる。
それぞれ目当ての食材を自分の取り皿によそい、ポン酢に浸して口に運ぶ。
ちなみに今回の鍋料理は一般の家庭でもよく食べられる水炊きである。
昆布でとった出し汁を使って鶏肉または豚肉、白菜やネギを煮てポン酢醤油で堪能するのが普通だ。
残った出し汁にうどんを入れたりご飯を入れておじやにするのもまた美味だが、今回そこまでする余裕はなかったようだ。
「お肉美味しいですね!」
「ネギもいい感じだよ~」
シャルル以外の女子生徒が協力して完成させた鍋はかなり評判も良く、誰の箸もよく進んでいる。
龍雅ももちろんその味に舌鼓を打ちながら、その場の雰囲気を楽しんでいた。
「ホントは屋上でしたかったんだけどね」
箸を休めて、立夏は龍雅に呟いた。
「流石にそこまでしたら先生たちに目をつけられちゃうからね」
苦笑し、溜息を吐いて、身を乗り出し、食材を自分の取り皿によそう。
少し量が多いのではないかと龍雅が思ったのだが、立夏はその半分を龍雅に分け与えた。
「どんどん食べなさい」
「ああ」
その一連の動作に、龍雅はほんの少し幸せを感じた。
「また冬に、龍雅と2人で屋上で食べるのも、アリかもね」
立夏のウインクに、龍雅は目を奪われた。
立夏の一挙一動が気になるこの心情は、上代龍輝だった頃、クリスマスパーティーの少し前に、一度経験したことがあった。
「……よっと」
龍雅も身を乗り出し、ちょっと多めに具をよそう。
そしてお返しとばかりに、立夏の取り皿にその半分程を分け与えた。
「どんどん食えよ」
驚きの表情は、すぐに嬉しそうな笑顔に変わる。
「ありがとっ」
龍雅から視線を外した立夏は、龍雅によそってもらった食材を口に運んでは、幸せそうな顔をしていた。
会話の途切れた龍雅は一旦自分を落ち着け、部室を、周囲のみんなを見渡した。
清隆が葵の世話焼きを発動し、それに嫉妬したさらと姫乃がむっとして何やらガミガミ説教している。
シャルルは蚊帳の外でも言ったような感じで、ほのぼのと自分のよそった食材を口に運ぶ。
何というかいつも通りで、平和な光景だった。
なのに――
なのにどうしてか、心に不安がよぎっていた。
あの時も、こんな幸せが、1日にして消え去ってしまった。
その経験が、龍雅を弱らせていた。また、同じことが起こるかもしれないと。
龍雅は考えるのをやめ、立夏に視線を向けた。
立夏も龍雅の視線を感じ取ったのかこちらをを向く。
その笑顔を見て、龍雅はようやく理解し、決意した。
――自分はやはり1人の男として、立夏のことが好きなのだと。
だから、改めて彼女の全てを受け入れようと、決意した。
そして今度こそ絶対に離さないと、どんな絶望が迫り来ようと、振り切ってみせると、決心したのだった。
今はただ、この笑顔を見られるだけでいいと思った。
立夏に何でもない、と白を切り、再び騒がしい日常へと、龍雅は戻っていった。
かつて繰り返された世界の中で、真の主人公は、たくさんの想いと奇跡を紡いできた。
現在にまで時空を超越してきたそれらは、決心したはずの龍雅を悩ませる。
彼の想いは、彼の本音は、どこへ向かっているのだろう。
物語の中核となった少年は、全てを語る。
次回『彼の想い』