D.C.Ⅲ.C.E. ~ダ・カーポⅢ チェンジエンド~ 作:Masty_Zaki
しかしそれは決して苦になるものではなく、むしろ心を落ち着かせるような、何か夢を見させてくれそうな、そんなあたたかい風景だった。
生徒会の仕事も一区切りがつき、約束どおりにフラワーズという喫茶店のようなところでご馳走になることになった。メンバーはリッカ、シャルル、巴、そして、龍輝。他の男子から見れば、さぞ羨ましいシチュエーションだろうか。だがしかし、龍輝にはそういった考えは一切持ち合わせておらず、彼自身別に一緒にいるのが全員男子でも良かったようだ。
3人が仲良くしゃべっているのを、少し後ろからなんとなく眺めている。そして、楽しそうだな、と、羨ましく思ってしまう。自分も仲間が欲しい、そう彼は常々思っていたのだが、彼を取り巻く様々な環境がその機会をことごとく潰してしまっている。なにしろ風見鶏の学生期間はほとんど『研究材料』として生活していたため、学年には属していたが、どのクラスにも所属していなかったのだから。だが、それと同時に、もし自分がどこかのクラスに属したら、授業についていけるだろうか、などという彼にしては可愛らしい不安を抱えていた。
辺りを軽く見渡す。魔法で作られた、人工というべきかどうか判断に困る、茜がかった空。そして、何故かいつまでたっても枯れない桜の木々。これは、目の前の魔法使い、リッカの研究の成果らしい。粋だな、と今更ながら感嘆する。
「……くん」
誰かが誰かを呼んでいるのだが、桜を見上げて呆けていた龍輝には、言葉は届かなかったようだ。
「龍輝くんってば!」
「うおっ!?」
ボーっとしていると突然シャルルの顔がドアップで視界に入る。
「何回も声掛けてるのにどうして気付かないかなー?」
「わりぃ、ちょっと桜が綺麗だなと、こっ恥ずかしい事を考えてたところだ」
「へぇ~、龍輝って桜好きなの?」
「桜が好きって言うか、ただこの風景が好きなだけだ」
「ふぅん」
「そろそろだぞ。どうやら今は人は少ないようだな」
「らっきーだね」
龍輝に振る。
「あ……まぁ、だな」
何で俺に振るんだよ、と心の中で突っ込む。
フラワーズ。ここの喫茶店では、店内と店外でのサービス享受が可能である。
店内では気温の調節もされていて、快適に過ごすことが出来、更に、当然厨房からも近いため、注文すると、客の人数にもよるが、基本的に素早く頼んだ品が来てくれる。一方店外では、そのような恩恵は一切ないが、後から来た知り合いと会うことが出来るかもしれないし、この桜の風景を直接堪能することが出来る。この景色を楽しみながら食べる食事とは、なんとも贅沢なことか。
さて、店の外の4人席のテーブルに陣取り、注文を待つ。
「それにしても、龍輝加えてここに来るのって久しぶりよねー」
「なんか龍輝くんがいると場が和むよねー」
「玩具が増えて楽しくなるな」
「あからさまに俺を本心から歓迎していないのがいるんだが……」
ジト目で巴を睨む。と、巴も獲物を狙うような目で龍輝をまじまじと見る。龍輝も負けじと睨み返して、止める。不毛な時間になるのは目に見えていた。
「はぁ……」
「まぁ、そんなに落ち込むなよ。今日は奢ってやると言ったろう」
「誰のせいだよ……」
龍輝が苦笑すると、店内から1人の少女がとてとてと早足で寄って来た。
「大変お待たせしましたっ!ご注文をお受けしますっ!」
栗色のショートへアが可愛らしい少女が慌てて注文を聞きに来る。
「俺の分は誰が出すんだ?」
「リッカじゃないか?」
「リッカだよね?」
「はぁ!?」
「じゃあリッカ頼んだ」
「はぁ……まぁ、いいわ」
しぶしぶ納得してくれた。可哀想なので今度何か買ってやるかな、なんて龍輝は考える。
3人にはつくづく甘いことに今更気付いた。
「んじゃ、俺ブラックコーヒーとチョコレートパイで」
「あたしサンドイッチセット!」
「私はコンソメスープで」
「少ないな?」
「腹は減ってないんだ」
「私もサンドイッチセットをお願いするわ」
「はいっ!では、ご注文を確認します。………」
店員の少女が注文を繰り返す。ところどころ詰まってしまうが、何とか最終的に確認し終える。
「今の子、陽ノ本葵(ひのもとあおい)ちゃんだっけ?よく働くよねー」
「うちの生徒会の連中もそれなりに働くけど、彼女ほどじゃないわ」
「いや、それでも十分頑張ってねぇか?」
「いや、基本的なことは確実に素早くこなしてくれるんだけどね。イレギュラー起きたらパニック起こしてしまうの」
「そんな吃驚ハプニングなんて滅多に起きないから仕方ないんじゃね?」
「それは分かってるんだけどねー、やっぱりみんなには臨機応変に行動して欲しいのよ」
「それもそうか」
「そういうものだ」
陽ノ本葵とは、フラワーズでアルバイトをしているだけでなく、風見鶏でも、学食の手伝いに顔を出すらしい。基本的に元気いっぱいで、彼女の笑顔を見た者はその元気っぷりに感化され、どんなに落ち込んでいても元気になれると評判である。龍輝自身1度目にしたことがあるが、その時の第一印象は、よく働く娘、というだけのものだった。
すると、足音が近づいてくる。同時に巴が頼んだコンソメスープの香ばしい香りが鼻につく。
「―――うわぁっ!?」
その声に4人とも葵を振り返る。何かに躓いたのか、盛大にバランスを崩していた。お盆の上の食品が不安定に揺れている。
龍輝の行動は速かった。
「≪加速運動(アクセラレート)≫!」
邪魔な椅子を蹴飛ばし、地面を一蹴りで少女との距離を詰める。
まずはバランスを崩した少女を片手で支え、もう片方の手で不安定となったお盆を持つ。
「……あ、あるぇ?」
「ふぅ、危ねぇ危ねぇ、巴のスープはどうでもいいが、俺のチョコパイは守らねぇとな」
「すっごーい!」
「相変わらず速いわね……」
「ほう、女性を助けることに関しては一流だな。どうだ、新しいルートを増やした感想は?」
「おい、何訳分からんことをぼやいてやがる……」
何故巴は素直に他人を褒めようとしないのか。何故そこまで曲解を求めるのか。
「え、えっと、あのー……」
葵が遠慮がちに声を掛ける。確かに、客に迷惑を掛けた店員がその対象に対して堂々とは話しかけられないだろう。
「んあ?あ、大丈夫か?」
「え、あっ、はい、私は大丈夫です。ご迷惑をお掛けしましたっ!」
少女は物凄い勢いで頭を下げる。
「うわっ、そこまで謝る必要もねぇんだが。無事ならよかった」
「いやぁ、ホント、どうお詫びしてよいか……」
「だからいいって。俺のチョコパイは死守できたんだから文句はないっ」
左手はお盆で塞がっているが、空いている右手の親指を立ててグッと拳を突き出す。
「あはは……」
龍輝の奇妙な発言に葵は苦笑する。
「うーん、あ、んじゃあこれは貰っていくよ」
お盆の上から巴のスープと俺のチョコパイ、コーヒーを取り、お盆を少女に返す。
「ホントに、スミマセンでしたっ!」
そういうと、彼女は店の中に走って戻ってしまった。
「いや、だから、そこまで謝らなくても……」
去っていく小さな背中にぼそっと呟く。
頭を掻きながら席に戻り、まだ温かいスープを巴に渡す。
「ご苦労」
龍輝も椅子に座ってくつろぎ、ブラックコーヒーを口に含んで口の中で転がすように味わう。
苦い。しかし、この苦味がいいのだ、と心の中で評価する。
「アンタも清隆とは違う方向性で女殺しの才能があるわよね」
「何の話だ、訳分からん」
「龍輝くんがここぞって時に気が利くってことだよー」
「そうか?」
「思わず惚れてしまいそうだな……」
巴がいつも見せないような上目遣いの表情で龍輝を見る、が、龍輝も巴がどういった人間かよく知っている。その瞳をよく見れば、そこには獲物が弱点を見せるチャンスを窺う野生の獣の魂があった。
「思ってもいないことをそのくだらん口から垂れ流すな」
「誰の口がくだらない、だって?」
「さて、誰だろな?」
それでも巴の表情にはまだ十分すぎる余裕があった。
すると、葵が今度はシャルルとリッカのサンドイッチセットを運んできた。
「ごゆっくりどうぞ~」
極上のスマイルで接客の常套句を出す。
これがみんなを引き込む太陽のような笑顔か、と、龍輝は少し胸が温かくなるのを感じた。
4人はそこでの軽食を存分に楽しみ、そして解散となった。女子寮まで送ってやろうかとか考えたが、どうせ、カテゴリー5のリッカや戦闘にめっぽう強い巴もいるので、変質者が現れても、逆にその男に合掌したくなる状況になるのは目に見えていた。
というより、彼自身面倒だったのだ。これ以上巴の相手をするのは神経をおかしくしてしまう。
3人が去った後も、しばらくは椅子に座ってのんびりしていた。
別に誰かと待ち合わせていたのではなく。
別に何か用事があった訳でもなく。
日が沈んで辺りが暗くなっても、彼はそこに座っていた。いや、半分寝ていたのだろうか。
疲れていたのだ。無理もない。本日は龍輝は自分の身体を酷使し過ぎたのだ。朝に少女を助けに、昼は生徒会の仕事を手伝いに、そして先程葵を、いや、チョコレートパイを死守するために、彼は彼の能力、≪加速運動(アクセラレート)≫を使った。その力は身体能力を数倍にも高めるもので、そのリスクも全くないわけではない。当然体を動かすのだから、それなりに疲れる。
無意識のうちに意識を手放そうとした時。
「あれ?」
今この店に客としているのは龍輝しかいない。それで、彼は自分を見ての反応だと分かった。
そして、声の主は先程の少女、葵である。恐らくアルバイトが終了したのだろう。
「大丈夫ですかー?」
「う……ううん……」
目を開く。首を左に向ける。そこには不思議そうな顔で龍輝を見る葵の姿があった。
「あ、わりぃ、寝そうだった」
「いえ。でも、こんなところで寝たら風邪引きますよ?」
葵の表情が柔らかな笑顔に変わる。
「そん時にゃそん時だ」
「ダメですよぉ、体は大切にしないと」
「こんな時間まで働きずくめでそんなことを言われても何の説得力もないんだが?」
「いやぁ、働くのは楽しいですからねぇ」
「無理するとお前が体壊すぞ?」
「心配ないですよぉ。私は慣れてますから」
元気そうな表情を見て、そういうものか、と微妙な納得の仕方をする。
さて、先程の3人は色々あって送っていかなかったが、葵は魔法使いでもなく、武術に精通している訳でもなさそうなので、送っていったほうがいいのかな、と少し考える。そして。
「これから帰宅か?」
「はいっ、そうですよ!これから帰ってこの余ったミートパイの味をしっかりと記憶に刻み込むんですっ!」
輝かしい笑顔が更に光を増す。どうやらこのテンションは寝るまで続きそうだ。
「もう遅いし送ってやるよ」
「えっ、べ、別にそこまでしてもらわなくても……」
「これは失敗か。今さっき初めて会った男に送る、とか言われてはいお願いします、とはならねぇよな」
「あ、いえ、そういうわけじゃ……。それに、先程助けていただいたんで、あなたが悪い人じゃないのは一目瞭然ですよぉ」
あなた、と呼ぶのが呼びにくいのはすぐに気付いた。
「話の腰を折るようだが、自己紹介がまだだったな」
「あっ、そうですね。私は陽ノ本葵といいます。ここで働いてたり、学園の学食にも働きに行ってるので知ってますかね?」
「いや、ここも学食も滅多に利用しないから、そんなに知ってるわけじゃない」
「そうなんですか?」
「まぁな。俺は上代龍輝。一応、一応本科2年だ」
「一応?」
「色々あってな」
「……えっと、とりあえず、歩きながら話しませんか?」
「そうだな」
それから、結局彼女の部屋まで取り留めのない会話をしながら、夜の散歩を楽しんだのだった。
龍輝は思う。話し相手が増えるのは、非常に愉快だと。
そして始まる。
――無限に繰り返される、
――ダ・カーポのように繰り返される、
――物語の真の主人公と、それを取り巻く少女たちで構成された、
――幸せと、悲しみの連鎖。
そこに紛れ込んだ、
――ある1人の青年と、ある1人の少女で構成された、
――幸せから始まり、絶望で終わる、隠されたメロディ。
それは、繰り返される物語の中の、たった1回分でしかない、約半年間。
たった約半年間の、桜と、霧の物語。
――悲しみの中で。
――苦しみの中で。
手を伸ばす。
――少女は。
――青年は。
その手探し、叫んだ――。
始まりの日。
それは、1人の少女が、この街に迷い込んだ日。
そしてその少女は、風見鶏に保護される。
彼女は言う。
――自分が誰なのか分からない、と。
次回『晴れぬ霧と『さくら』の少女』