D.C.Ⅲ.C.E. ~ダ・カーポⅢ チェンジエンド~ 作:Masty_Zaki
とどまることなど知らず、真っ直ぐに、迷いなく。
その真っ直ぐな想いは、どんな障壁をも突き破り、ゴールを見せる。
彼女こそ、勝利の女神にふさわしいのかもしれない。
イタリア某所。
建物の中の小さな研究室に、1人の青年がいた。
空いたデスクの上には、何枚かの飾られた写真。そこには、その青年ともう2人、金髪碧眼の少女と、大きなリボンをつけた女性が写っていた。中には青年と女性が一緒に写っているものもあり、そちらの方が数が多いようだ。
青年は憂うようにその写真――スタンドを手にとり、愛おしそうに眺める。
写真の中の彼と彼女は、幸せそうに笑っていた。逆に、それを眺める青年の表情は、曇っていた。
「離ればなれに、なりたくなんてなかったのにな……」
諦め。今の彼を語るには、それだけで十分だったかもしれない。
写真の納まったスタンドを元に戻し、その席の椅子に座る。
両腕を組み、机に突っ伏すような形で、視線だけはその写真に向いていた。
「なぁ、俺はどうすればよかった……!?」
不安、後悔、悲嘆。悲痛な声が研究室に響き渡る。
険しい表情で、写真の中の金髪の少女に問いかける。
当り前だが、少女から返事は返ってこなかった。
だがしかし、その声は、別の者が拾ってしまっていた。
「それが、貴様の運命だったのだよ」
突然の来訪者、挑発的な言葉に対し、咄嗟に立ち上がり、警戒態勢をとった。
「誰だ、何の用だ」
その言葉は、その答えは、すぐに自分の記憶から引き出すことができた。
彼は、その青年にとってよく知る人物で、過去に何度か彼の助けも借りたことがあった。
今更忘れることもできない存在だった。
「『魂の選別者』……」
「久しぶりだな、弓月光雅」
彼が初めて死を体験した時、彼の目の前に現れ、彼を転生へと導いた男。
彼がきっかけで、この世界の人々と出会うことができた。
その手には既に魔法の術が構築されており、その違和感にも光雅は気が付いた。
「魔力が、感じられない……?」
「面白いだろう。貴様を屠り俺の実験を完遂させるための力だ」
真っ直ぐな笑みを、目の前の金髪の青年は浮かべる。
ただひたすらに1つの目的、目標に向かって突き進む者の、希望に満ちた顔。
しかし、光雅にとって、彼の顔からは歪なものしか見出すことが出来なかった。
「なんだよ、人が寂しさに挫けそうになってるって時に……!」
「言っただろう。いずれこの俺自身が立ちはだかると。その約束を守りに来ただけだよ」
「約束なんてした覚えはないけどな。何度か助けてもらったこともあるかもしれないけど、今の俺はちょっとばかし気が立ってるんでな。憂さ晴らしでもさせてもらうよ!」
光雅の周囲に強大な魔力が放出される。
金色の瞳、無限を司る冥王の星、その魂。
それは孤独の力。そして――
「そうだ、俺はそれを簒奪しに来た」
金髪の研究者の探し求めたものだった。
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杉並たちと会話を交わした日の放課後。
いつも通りに公式新聞部の部室に顔を出し、清隆たち部のメンバーと顔を合わせて座る。
黒板の前にある椅子に、部長である森園立夏が着席すると同時に、彼女は高らかに宣言した。
「それじゃあ、今日の新聞部の議題は、『如何にして世界の滅亡を止めるか』よ!」
突然の立夏の言い出しに、龍雅は開いた口が塞がらなかった。
確かに立夏には伝えてはいたものの、他の部員には一切詳細どころか何が起こるかも話してはいない。そんな状況でこのような議題を持ち出されては、他のみんなにも不安が伝染してしまいかねない。
しかし、だ。
誰1人として、怯え、不安を表に出す者はいなかった。
「どういう……ことだ?」
何が起こっているのか、何故彼らがさもそのことを知っていたかのように振る舞っているのか、まるで理解できなかった。
はたまた、いまいち明確にイメージできていないのか。
「そのことだったら、今日の昼休みにみんなには連絡しておいたわ。覚悟を決めなさいってね」
世界の危機などという漫画やドラマの世界でしか起こり得ないようなことが現実で起こり始めているというのに、それを待ち合わせの連絡のようなノリでメールで連絡する立夏のスケールの大きさは、龍雅はもちろん、実際にそのメールを受けとったメンバーにも計り知れなかった。
とにかく、ここにいる全員、世界の裏側で何が起こっているのか、ある程度は知っていることになる。
「でも、なんでみんなに知らせる必要があった?」
「どうせこの世界はなくなっちゃうんでしょ?だったらその前にやるべきことはやるべきだとは思わない?」
やるべきこと――世界を救おうとでもいうのか。
以前の、100年前の前世のリッカ・グリーンウッドたちならともかくとして、今の、魔法を持たない彼女たちに、世界を、運命を変えることなどできるのだろうか。
龍雅の怪訝な反応に不満を抱いた立夏はすかさず反論する。
「何よ。私たちは前世で強大な禁呪であるところのロンドンの霧を晴らすことに成功したのよ。何度も何度も繰り返される運命にあった世界を書き換えたの。だったら今回だって可能性はあるはずじゃない」
確かに、彼女たちは前世において清隆を中心に、全員で協力してロンドン中を覆った霧の禁呪、≪永遠に訪れない五月祭(バルティナ)≫を打ち破ることに成功し、閉ざされた時間からみんなを開放することに成功した。
それは想いによって紡がれ、結ばれてきた奇跡が彼女たちに運命を変える力を与えたのだ。
それは決して変えることのできない事実であるし、立夏は今でも、その奇跡を信じ続けている。
他のみんなも、どこかで再びそれを起こすことができるのを、信じているのかもしれない。
「正直、私はまだ、本当にそんなことが起こるなんて、想像できません。でも、本当にそうなるのだとしたら、私は、変えてみせたいです。あの時と同じように、ここにいるみんなで」
さらは真剣な瞳で、龍雅を射抜く。
それはこの場で唯一力を持つ、龍雅に対する信頼だろうか。
「私も嫌だもん。タカくんと一緒にいられなくなるなんて寂しいよ~」
シャルルの言葉は、何とも軽いものだったが、それでも大切な人の傍にいたいと言う気持ちは本物で、それが引き裂かれる未来があることが我慢ならないものであることに変わりはない。
「でも、立夏さんのメールの内容――龍雅さんの見たものが本当だとしたら、どうやってその未来を変えるんですか?」
今回の議題の焦点に姫乃が誘導していった。
大切なことは本当にその部分である。目的がはっきりしていても、それまでの道筋が明確でなければ、完遂されることは決してない。
それに、今回ばかりは、情報があまりにも少なすぎることが、彼らにとってのウィークポイントでもあった。
「シグナス・ルーンは世界を再構築すると言った。その後の世界は、彼を中心に回るという。そしてそのために設けた期間は、1ヶ月、ということしか、俺には分からない」
それが龍雅の持ちうる情報の全てである。
シグナスは去り際に、ごく少量の情報しか洩らさなかったのだから、どうしようもない。
更に、先程も述べたように、今の彼らの中で、唯一魔法が扱えるのは龍雅ただ1人である。
他のメンバーは記憶こそ引き継いだものの、能力までは引き継ぐことはできなかったのだ。
「私はどっちにしろ同じですけど、今の立夏さんたちに魔法の力があればいいですのにねぇ。カテゴリー5の立夏さんがいれば百人力なのに……」
葵が苦笑しながら冗談交じりにそんなことを言う。
しかし立夏がリッカであったならば、できることも多かったのではないだろうか。
「確かに、俺も未熟とは言えカテゴリー4だったから、少しは龍雅さんの役に立てたんでしょうけど……」
清隆も自身の掌を見つめながら、自分の力がないことに対する不甲斐なさに嘆いていた。
「それで行くわ!」
突如、立夏の声が部室に響き渡る。
その言葉にみんなの視線が一斉に立夏に向かっていった。
「もう1度その時の力を取り戻せばいいのよ!」
突拍子もなく出鱈目な提案に、今度こそ全員が不安そうな表情を浮かべた。
それは世界的になどと言う壮大な話ではなく、新聞部という単位での話である。
葵が何やら小声で呟いていたが、みんなは立夏の発言に呆れていたために、それどころではなかった。
「でも立夏さん、そんなことが可能なんですか?」
とりあえず思考回路を回復させた清隆が質問を返す。
すると立夏は堂々と答えを返した。
「そんなの、私が知るわけないじゃない!」
無責任な発言と同時に、彼女の視線が向かったのは、龍雅の方だった。
「適任の彼がその辺について説明してくれるんじゃない?」
突然の説明の要求に龍雅は辟易したが、龍雅は少し考え込んで、そして説明を開始する。
「正直なところ、できないと断定できる訳ではない。実際に魔法的な能力を他者に移植する魔法も存在する。しかし今回の場合、魔法の素養が全くない者に、過去から現在へと時空を超越して術を行使することになるから、初めての試みで、どうなのかは全く見当もつかない。俺個人としては、あまりお勧めできる方法じゃないが……」
「要するに、できないわけじゃないのね?」
「ま、まぁ、そういうことに、なるか?魔法の理論的に、可能であることは可能なんだが、演算が精密過ぎて、失敗したら大変な事になる。最悪、意識や記憶が過去に飛ばされてみんなが植物状態になるということも考えられる」
それでも――彼女は決行するというのか。
龍雅が欲したのは今の幸福で、それは既にこの掌の上にあったのだ。
もしかしたら、その術のせいでそれが全て、また自分のせいで失ってしまうかもしれない。
自分が何かをなくしてしまうことに、怯えてしまっていた。
「俺は、あまりやりたくはないんだが……」
いつになく弱気な龍雅の言葉に、誰もが口を閉ざしてしまう。
誰も龍雅の人生を知らない。それは言葉の上で知っただけであり、それがどれだけ悲しいものであったか、苦しいものであったか、知る由もない。だからこそ、彼の言葉には重みがあったのだ。
「絶対に成功する」
はっきりと。迷いなく。自信に満ち溢れた表情で。
「龍雅は失敗しない。龍雅がいるから。私がいるから。そしてみんながいるから」
根拠にもならない根拠を、立夏はしっかりと、龍雅の心に届けた。
彼女は、龍雅の希望だった。彼女がいるだけで、何でもできるような気がしてきた。
「どっちみち全部なくしちゃうのなら、ポジティブに考えましょ。私たちは負けないわ!」
彼女がそこまで言うのなら。
みんなが龍雅を信じるのなら。
確固たる決意を胸に龍雅を見据えるみんなを見て。
「分かった。俺はみんなを過去へと導こう。そして、みんなで運命を挫くんだ」
立ち上がり、拳を握りしめて、その手に、信じる仲間にそう誓う。
「それじゃ、早速だけど、私たちはどうすればいいのかしら?」
「みんなが記憶を封じていたという桜を媒体にして、その記憶に内蔵された個々の能力を過去から抽出する。どれだけ時間が持つかわからないから、なるべくギリギリにこの術を行使したい。それまでに準備期間が欲しいから、待ってくれないか?」
「それまで、俺たちにできることは何かないですか?」
力などなくても、それでも誰かの為になろうとする清隆は、繰り返された物語の中での真の主人公を担っていた時の、逞しさと強かさがあった。
「気持ちはありがたいが、それまではみんなには普通に生活していてほしい。ただ、諦めないでくれ。挫けないでくれ。それだけでも想いは未来に繋がるかもしれない」
龍雅の願いは、皆の心に届いた。
誰もが龍雅を信じ、龍雅も皆を信じる。
それはかつて、霧の禁呪と戦った時の、繰り返された物語の登場人物と同じだった。
決められた運命を変えるための戦いが、新しく始まる。
過去の自分と未来の自分。
似ているようで、その実全く違う2つの存在が、1つに束ねられる。
全てを背負い、支えた彼女たちの力が、戻ってくる。
それが何を意味するのか、誰1人として気付くことなく。
次回『追い縋る過去』