D.C.Ⅲ.C.E. ~ダ・カーポⅢ チェンジエンド~ 作:Masty_Zaki
研究者は、最後の実験を遂行するために動き出す。
どれだけの理由を並べても、どれだけの想いを重ねても、誰も彼を超えることなどできない。
ならば、彼にとっては、考えることなど、1つたりとも無かった。
今、全ての準備が整った。
立夏、シャルル、姫乃、葵、さら、清隆、さくら、龍雅の7人は、全員で枯れない桜の下に集結していた。
物語の原点であり、常に物語の中心にあった存在。再びそれをきっかけに、事件は幕を開ける。
最後の戦い。審判の時。
――さて、時間だ。
どこからともなく聞こえてくる声に、全員が身構える。
その声は、さくらと龍雅は既に聞いたことがある声だった。
全てを裏で操り、思うがままにシナリオをなぞり続けてきた人外の能力を持つ研究者。
「これ――何――!?」
悲鳴を上げ、突如葵が蹲る。
半袖のブラウスから覗く白い素肌には、何かしらの紋様が刻まれていた。
その紋様からは、禍々しく、負のオーラをひしひしと感じさせる魔力が伝わってきた。
それが何なのか、さくらはすぐに思い至る。
「禁呪だ、≪永遠に訪れない五月祭(バルティナ)≫がまた発動してる!」
あの悲劇が、再び葵を犠牲として再開されようとしている。
視界が次第に霧に覆われ始め、それに従って不快な感じがピリピリと肌に焼き付く。
「何が起こっている?あいつともなれば禁呪くらいは簡単に発動させられるが、今回ばかりはいかんせん条件が足りなさすぎる……」
あまりにも不自然な発動の仕方に、龍雅も困惑する。
誰もが不安なり、心が乱れ始める。
「大丈夫!清隆、あなたは姫乃と葵の傍にいてあげて!この霧も敵を倒してからしっかりと晴らしてあげる!」
立夏の強気な言葉が、周囲に勇気を伝播させる。
その手には、一振りの魔法の杖が握られていた。
これこそ、シャルルのプレゼントの魔法で出現させた一品。
それは、過去にリッカ・グリーンウッドが使っていたものと全く同じ性質と年代のもので、それを完全に投影し再現させることができていた。シャルルのプレゼントの魔法は、立夏の欲したものを確実に与えることができていた。
立夏は霧に覆われた視界を照らすために魔法で光を拡散させる。
少しばかり視界が広がりはしたが、そこにはシグナスはいなかった。
「こっちだ」
全員が一斉に背後を振り返る。
金色の長い髪を風になびかせ、堂々とした足取りで、その存在は姿を現す。
神のごとき力を有した、かつて『希望』とも呼ばれた超越者、シグナス・ルーン。
翻る白衣が、自らの潔白を、正当性を主張しているようにも見えた。
まるで、自分こそが正しき行いをしているかのように。
「この霧はどうやって出した?」
「おいおい、久しい再会に挨拶もなしか。……まぁいいだろう。面白いことを教えてやる」
口元を歪ませると、シグナスは掌から黒い物体を出現させた。
それは、この霧から感じる負の瘴気と全く同じものを放っていて――
「そいつは――!」
その正体に、龍雅は驚愕する。
他の誰もが、それが何なのかは分からなかったが、龍雅には、それがどれだけ恐ろしく、そして残酷な現実を意味するのかを理解できた。
「こいつは、陽ノ本葵、貴様が発動させた、霧の禁呪の核だよ」
「え――!?」
苦しみながらも、葵が驚きを露わにする。
信じられないといったばかりに口元を両手で押さえ、恐怖に怯え、震える。
「上代龍輝が世界から消えた後、世界はループする。そして正しい歴史を刻み始めた時、俺は陽ノ本葵から禁呪の核だけを抜き取った。所有権をそのまま放置してな。だから貴様は正規の方法で霧を晴らすことはできなかった。そして、今その核を俺が少し改良し、こうして新たに発動するに至る」
葵の過去の記憶は語っている。
彼女は上代龍輝の存在しない世界において、何度も葛木清隆と結ばれた。
何度も何度も同じ時間を繰り返し、その度に禁呪の影響で事件の規模が大きくなり、苦しむ人が増え、対応に無理が出てくる。
変えなければと思っていても、一歩が踏み出せなかった。いつもいつも、直前で踏みとどまって、そして、また、リセットする。
自分だけが覚えている記憶に寂しさを覚え、苦しみながらも、ずっと耐え続けてきた。
それでも自分を救おうとしてくれた存在、葛木清隆。
彼は葵の全てを受け入れ、そして葵もまた、清隆に全てを打ち明けた。
彼女が自分が死ぬ未来を視たこと、自分が死にたくないと思っていること、それでもこの苦しい世界から脱却したいということ。
清隆は彼女を助けるために頑張った。
彼女が挫けないように彼女の傍にいて支え続け、ようやく霧の禁呪を解除するときが来た。
正規の手順を踏んで、霧の禁呪を大地に還す儀式を執り行う葵を、清隆は外から見守る。
全てを終え、ようやく物語が終わったと思ったが、霧は消えることもなく、収縮し、そして爆発するかのように再び加速し始める。
そして、葵は再び清隆に全てを託すことを伝え、そして、世界はリセットする――
「大地に還す核がなければ、返還の儀は成立しない。還せないのだから、当り前だろう。しかしまぁ、十分に使いようのあるサンプルを手に入れることができた」
その事実に、葵は涙する。
過去の自分があれだけ苦しんで、もがいて出した結論に、こんな残酷な現実が隠れていたことに、悲しみを隠しきれなかった。
清隆も姫乃も、そして他のみんなもシグナスに対する怒りを露わにしながら睨みつける。
そんなことなど知ったことではないとばかりにシグナスは嗤い、その黒い物体を空中に浮遊させる。
それは立体的な結界のように広い範囲に展開され、龍雅たちを包み込む。
「≪聖域の宝物庫(ヴァルハラ・アーセナル)≫、展開――」
シグナスの宣言と共に、宙に舞う霧が、次々に様々な形を無数に作り出していく。
それは剣であったり、槍であったり、矛であったり、刀であったりする。
とにかく、宙には数えきれない程の、異質で強力な力を持った武器が展開された。
「『神器』……」
龍雅は知っている。
かつて、風見鶏にいた頃、彼の知り合いに1人の男がいた。
その男は魔法使いの中で最強の称号を持ち、『氷槍』の二つ名を有していた。
彼はその名の通り、氷でできた槍を操ることでその真の実力を発揮していた。
その完全無欠の力を持った槍のような武器が、目の前に無数に浮遊している。
あまりの圧巻な光景に、思わず舌打ちをする。
「こんな……まさか……!?」
ここにももう1人、この状況に驚愕している人物がいた。
隣にいる金髪碧眼の女性、芳乃さくら。
「これって、由夢ちゃんが発動してた……!でも、なんで……!?これは、『ドラゴン』、いや、龍雅くんのものだったんじゃ……!?」
さくらは、勘違いをしていた。
龍雅自身は、彼女の幼馴染にして初恋の人だった男の孫娘、その妹の朝倉由夢に初めて接触したのは、彼女が力に囚われた後の話だった。
つまり龍雅が由夢に≪聖域の宝物庫(ヴァルハラ・アーセナル)≫を植え込むことはできない。
そして、それを実行したのが、他でもなく目の前の研究者、シグナス・ルーンだったのだ。
龍雅はさくらの様子を見、大体の事情を何となく察し、再びシグナスを睨みつける。
「さくらたちに何したのかは知らないが、くだらないことをやらかしてくれたみたいだな、覚悟しろよ」
彼の身体を魔力が迸る。
体に十全に力が行き渡るのを感じ取って、龍雅は声高らかに魔法の発動を宣言した。
「≪加速運動(アクセラレート)≫、発動――≪龍の魔眼(クリア・アイ)≫、展開」
身体能力を極限まで倍加させ、≪龍の魔眼(クリア・アイ)≫によって危機察知能力と索敵能力を向上させる。そして、その範囲を半径30メートル程にまで広げた。
シグナスはその様子を見て腕を前方へと振る。
その動作に呼応するように全ての『神器』が龍雅へと刃を向け、そして彼を取り囲むように再展開された。
「まず訊いておこう。龍雅、貴様が俺に刃向かう理由は何だ?世界を守るためか?未来を変えるためか?人々の幸福を保つためか?さぁどうだ?貴様は俺にどのような正義を以って立ち塞がる?」
大袈裟な質問。
シグナス・ルーンは嘲笑う。どれだけ大層な理由を並べようと、自分を前にしてはどれもちっぽけなものだと。
しかし、その矢継ぎ早な質問を前に、龍雅は動揺一つしなかった。
ただしっかりと、シグナスを見据える。
そしてはっきりと言葉を紡いだ。
「何を訊くかと思えばそんなことか。俺の欲しいものはとうの前に手に入っている。今更運命だとか悲劇だとか未練がましいことを延々と引き摺るつもりは毛頭ない。俺は今ここにあるものだけで十分だ。あんたに立ち向かう綺麗な理由なんてのは必要ないんだよ」
「なんだと……?」
思いもよらない龍雅の返答に、シグナスは眉をひそめる。
シグナスは、龍雅がもっと善意溢れる理由で立ち向かってくるものだとばかり考えていたのだ。
「強いて言うなら、俺のあんたに対する“反抗期”だよ。少し遅いがガキらしいことを喚き散らしてやる。俺は、あんたのやってきたことが、やっていることが気に入らないからブッ飛ばす!それだけで十分だ!」
その言葉を開幕に、龍雅は猛スピードでシグナスに肉薄する。
無数の武器など眼中にないとでも言ったように、ただ一直線に。
「面白い!そのような矮小なものでどれだけ俺を楽しませてくれる?今でもまだ俺が貴様の親だと思っているのならば、俺は親として子を今一度躾けてやろう!」
シグナスが、前方にかざした掌を握り締める。
弾幕が、動いた。
無数の刃が、一瞬にして龍雅を包み、そして襲う。
一瞬の出来事に、龍雅は対応しきれない。回避することもままならす、その体は滅多刺しにされてしまった。
「……」
しかし、シグナスは何も言わず、身動ぎ一つしない。未だに、龍雅を警戒しているようだった。
「――俺に能力を与えたまま転生させるシナリオを構築したのは失敗だったようだな」
いつの間にか、無数の刃の囲いから、龍雅の身体が消えていた。
誰もが彼の姿を確認しようと空を仰ぐ。
シグナスは一瞬で探知の魔法を発動し、背後を振り返った。
そこには、立体型魔法陣を展開させた龍雅の姿があった。
「≪第三の龍の解放(リリース・ラスト)≫」
美しく、禍々しいその魔法陣は、清隆たちを魅了した。
かつては、戦場を支配する魔王として敵対した存在、その猛威に恐怖し威圧されていたが、味方としてそこにあるというのは、とてつもなく心強かった。
「体を霧に変えて離脱したか。しかし、あの魔法はそう短時間では展開できないはずだが?」
その質問に答えるように、龍雅は懐から2枚の紙切れを取り出した。
ハンカチ程度の大きさのそれには、術式がびっしりと書き込まれている。
「それは……」
「魔法の発動を限りなく短縮するための、クリサリス家の独自の術式魔法だ。これだけ繊細な術式は、サラにしか作れない。彼女が自分の力を認め、誰かを支えることで力を発揮することに目覚めたサラだからこその想いの結晶さ」
1枚を自らの内に秘められた龍の属性、霧に姿を変えるための魔法を発動するのに使用し、もう1枚は展開に秒単位でも時間のかかる≪第三の龍の解放(リリース・ラスト)≫を展開するために使用した。
感謝の念を表すために地を見下ろすと、さらが真剣な表情で視線を合わせる。
信頼と、そして期待を含んだその瞳に、龍雅は改めてそれに報いようと思った。
絶対に負けられない。
龍雅は1つ深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。
体中を駆け巡る怨嗟の声を制御し、力へと昇華させる。
「さァて、不満はこれでもかって程あるンだぜ。とりあえず1発ぶン殴らせてもらおうか」
悪戯をする子供のようにやりと笑い、意識を集中させる。
そして、出し抜かれたことに驚きを隠せないでいるシグナスに対して、体勢を低く構えた。
目の前の無の力は、彼自身の矛盾を象徴するように絶対的な強さを誇った。
全開の龍雅を前に、余裕な表情で立ち塞がる。
絶体絶命のピンチ。
止められない。守り切れない。
その時、ヒーローは現れる。
次回『反撃の絆』