D.C.Ⅲ.C.E. ~ダ・カーポⅢ チェンジエンド~ 作:Masty_Zaki
何も知らない彼はそこにいた。
真逆の運命を辿った魔法使いは、切なげに彼を見つめる。
その目には、未来が見えていた。
いつまでもどこまでも、彼が知ろうとすればするほど、時間は先へと伸びていた。
ずっと先にある行き止まりを見届けようとして、先へと進んでいった。
途中で左右に分岐路があったが、それさえも無視して先へと進んでいった。
しかし、進んだ先に待っていたのは、何もかもが滅び、漆黒の空が世界を包み込む、世界の終わりだった。
何度も何度も、他の終わりを探し続けた。
いつも、どこに向かおうと、この世界は終わってしまう。未来など、どこにもなかった。
誰にも分からない未来など、ありはしない。
所詮は、諸行無常。どんなものであれ、いずれその形は影もなく消え去っていく。
勿論、この世界でさえも。
ならば、希望とは何なのだろう。未来とは何なのだろう。
何のために青年は、魔法使いの『希望』として、期待を背負い続けてきたのだろう。
蹴落とされるためか。
崩れ去るためか。
消えるためか。
何度も何度も同じことを考えた。
自分は、一体どうすればよかったのか。
誰のために、戦えばよかったのか。
どこに向かおうとも、誰を選ぼうとも、どのように足掻こうとも、時間の糸はいつだって、1つの結末へと結ばれていく。
終わるために始まる、そこに一体何の意味があるのだろうか。
――変えるしかない。
彼の抱いた強迫観念。
研究者としての生き様。そしてその末路。
終わりのある未来を見据え続けてきた彼の瞳には、今、1人の少年が写っていた。
かつて上代龍輝だった男。今は、弓月龍雅。
シグナス・ルーンにとっての、実験の駒。
その真剣な眼差しの先に、背負う期待と信念の先に待っているのは、破滅しかないことを知っていた。
下らないと、冷ややかな瞳で彼を見ていた。
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白騎士の周辺に、薄紅色と金色の光が舞った。
爆発音と閃光の中から3つの人影が表れる。
先頭は白騎士、その後ろからさくらと光雅が追跡する。
「だいぶ調子が出てきたぜ……」
唇の端を吊り上げながら、自信ありげに光雅は呟いた。
さくらもそれを聞き取り、更に気合いを入れる。
白騎士のスピードが落ちた瞬間に一気に間合いを計って再び対象の位置に立ち、白騎士を挟み込む。
さくらは桜の花弁で出来た薄紅色の弓を引く。
彼女の正面に大きな薄紅色の魔法陣が展開され、それはすぐに巨大なものとなった。
さくらの引く弓に番えられているのは、同じく薄紅色に輝く矢だった。
限界まで引き絞り、狙いを定めて、一気に放つ。
魔法陣がより一層輝きを増し、その面積一杯から、薄紅色の矢が数多に放たれた。
それらは一斉に白騎士を襲う。
白騎士は手に握る剣で迫り来るそれらを打ち落とし、当たらないものは放置し流す。
矢の1本たりとも当たる気配がない。
しかし、それでよかった。
「キタキタキター!」
白騎士の背後から、強烈な魔力を感知し、白騎士は咄嗟に振り返る。
薄紅色に輝く光雅が、一瞬にして白騎士に迫っていた。
さくらが放った矢は、宙で飛んでいる間は、確かに攻撃魔法の矢だった。
しかし、彼女は矢の速度と白騎士までの距離から矢がその距離までに届く時間を算出し、その時間が来ると同時に、その屋の効果が攻撃から援護、すなわち強化用の矢へと変化するような術式を組んでいたのだ。そしてそれは、光雅へと注がれる。
『結刀-十二単-』をしっかりと握り締めて、対応の遅れた白騎士に向かって全力で振り下ろす。
その刀身は、白騎士の腕を方から切り裂いた。
左腕が消失する。しかし、白騎士はまだ動けるようだった。
光雅は2撃目を加えようと、刀身を返し、水平に刀を払う。
白騎士はそれを辛くも回避した。その時に左足首を失うが、完全にやられるよりはましだったのだろう。
だが――
「――そこまでだよ」
いつの間にか、白騎士の腹部には桜色の槍が貫通していた。
そこから、少しずつ白騎士を構成していた物質が漏れて、塵となって消えていく。
さくらは、白騎士が光雅の攻撃を回避するとあらかじめ読んでいたのだ。
上から下へと斬り下ろした後、水平への斬り込み。
高さからしてほぼ確実に上に回避する方が確実であり、さくらもそれを知って、白騎士が回避する前からそのポイントへと飛んでいた。
ギギギ、と、錆びた機械のような音を発しながら、白騎士は首を動かす。
痛みを感じているのだろうか、さくらには、苦しんでいるようにも見えた。
腹部から魔力の槍を引き抜き、光雅に頼む。
「光雅くん、とどめを刺してあげて。この子、苦しんでる」
光雅は真剣な表情で、コクリと首を縦に振った。
『結刀-十二単-』を再び構え、白騎士の下へと飛翔する。
ありったけの魔力を刀身に込め、そして、白騎士の中心部、核へと一気に振り抜き、白騎士の苦しみを、痛みを、無へと帰結させた。
「慣れないもんだな」
光雅はボソリとそう漏らす。
さくらはしっかりと受け取った。
「慣れていいものじゃないよ。何かを奪うことは、理由があっても、やっちゃいけないことなんだ」
それは、どちらもよく理解していることだった。
さくらは、幼い頃、幼馴染から愛しき人を奪おうとした。その記憶を奪おうとした。
傷ついたのはその2人だけではなかった。さくら自身の心が傷ついた。こんなはずではなかったと。
光雅は家族を守るため、敵を殺めた。
誰かを救うために得たはずの魔法を、誰かから奪うために使ってしまった。
自分の存在意義を見出せなくなり、怖くなった。その時音姫がいなければ、救われないまま彼は滅んでいただろう。
誰もが、得るために戦っている。
光雅も、さくらも、音姫も、立夏も、清隆も、姫乃も、さらも、葵も、シャルルも、龍雅も。
彼は、どうなのだろう。
シグナス・ルーンは、誰のために、何のために戦っているのだろう。
その答えは、絶対に到達できないものだった。
――当の彼も、それを理解できていなかったのだから。
芳乃さくらは、彼を見上げる。
今は、龍雅と睨み合っている状態だった。
砲撃を打ち合い、近接で殴り合い、得物でぶつかり合っていた。
今では沈黙が2人を支配し、お互いが相手の様子を窺っている。シグナスが本気を出しているのかどうかは定かではないが、今のところでは、十分に互角に渡り合えているようには見える。
――世界を変える。
それが、彼の野望。
自分の知的欲求のために、世界を終わらせてまで。
彼は、一体何を見たのだろうか。何を見てきたのだろうか。全てを知ったであろう彼は、何を思ったのだろうか。
さくらにとって、彼は自分とは対称の人間だと思っていた。
自分は中途半端に何かを持っていた。
それは、純一のことであり、枯れない桜のことであり、そして世界を捻じ曲げてまで手に入れた家族、桜内義之のことでもあった。
その全てがファクターとなり、さくらはいつも迷っていた。彷徨っていた。何が正しいのか。どうするべきなのか。
いつも、自身で答えを出すことができなかった。
いつも、大事な時に誰かがいてくれた。
中途半端にも、大事な時に限り、助けてくれた。
純一も、義之も、光雅も。
彼はどうだろう。
全てを持っていただろう。才能に恵まれ、研究者としての人格を買われ、優秀な人材として名が知れ渡った。
理由は分からないが、彼は絶望した。全てを捨てた。無へと立ち返った。
それでも彼は全てを持っていた。
迷わず、彷徨わず、1つの目的を果たすためにシナリオを描いた。
何もかもが、対称的だった。あまりにも離れすぎていて、逆に他人とは思えなかった。
「キミは、誰なの……?」
その問いを耳にするものはおらず、彼女の朧げな想いだけが、虚空の彼方へと消え去っていった。
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額から滝のように汗が流れる。
肩で息を吐きながらも、瞳だけは、視線だけは常にシグナスへと向けている。
彼は間違いなく手加減をしている。龍雅にも分かる、どうしようもないほど明確な事実。
しかし、舐められているわけではなかった。そこに、何かしらの信念を、龍雅は感じ取っていた。
「――本気出せよ、糞野郎」
挑発。乗ってこないことは分かっていたし、本気など出されたら勝ち目はないことも分かっている。
しかし、その態度が気に入らなかっただけだった。
「その必要はない。貴様はただ、運命を創り出した愚者を捻り潰せばいいだけだ。早くかかって来い」
彼はそう唆す。
殴りかかりたいのは山々だが、カウンターを狙われるのは、今の状態では肉体的にも精神的にもきついものであることは明白である。
そのため龍雅は少しも動くことはできなかった。
――その時。
「こいつは……」
シグナスが視線を逸らし、彼方を見てそう呟く。
その正体に龍雅もすぐに気が付いた。
先程巨人の腕の召喚に使われていた召喚魔法陣、その媒体となる複数のマジックアイテムの術式が、全て書き換えられ新たに統一されていたのだ。
それは、シグナスにとってはよく知ったものだった。
「何を召喚しようというのか。何を考えている、弓月光雅――」
シグナスはかつて1度霧でできた黒龍を召喚することに成功した。
しかしそれは、時間をかけて、何度も同じ世界を繰り返してきたお蔭で貯め込まれた魔力を利用して構築したものである。
現環境に、それだけの魔力が存在しているはずもない。
言ってしまえば、弾丸のない銃の砲身なのだ。
地上から足音が複数、そして少年の名を呼ぶ声が聞こえる。
龍雅が下を見下ろせば、立夏たちが既に帰ってきていた。
光雅の指示でどこかに行ったと思えば、彼女たちの手によって術式が書き換えられていたのだ。
しかし、龍雅にとってもその意味が分からない。
「龍雅ー!」
地上から、満面の笑みを浮かべて、自分は成し遂げたと、立夏が手を振って呼びかける。
やはり自分の知っている
誰かを引っ張り、先導する。いつも彼女の背中には、誰かがいた。
それはAクラスの生徒だった。それは生徒会の面々だった。そして、龍雅自身も、そこにいたことがあった。
リッカに引っ張られ、シャルルたちに背中を押されて、龍雅はリッカの隣に立つことができた。
色々なことがあった。
恋人同士になってから、言葉を交わしあったり、じゃれあったり――楽しかったこと。
龍雅――龍輝自身が暴走し、傷つけ、苦しめ、悲しませ――辛かったこと。
自分が終わることを見据え、龍輝はリッカと、ある魔法を創った。
自分たちが共にいた証として。
楽しかった。2人で何かを成し遂げるということが。思えば、あれが初めての共同作業だったのかもしれない。
「――ッ!?」
閃き。
龍雅に、希望が生まれる。
そう、いつも龍輝の、龍雅の隣に立っていたのは、リッカであり、立夏であった。
そして、今回シグナスに打ち勝つために、隣に立つのもまた、立夏ということだった。
運命の赤い糸――彼女はそう言った。今でははっきりと感じられる。100年経とうとも、変わらない想いが。
龍雅の表情の変化に、シグナスは眉を顰める。
「立夏、今そっちに行く」
シグナスを警戒しながら、立夏の下へと降り立った。
シグナスが追撃を仕掛けけてくると思ったが、彼は一切の挙動を起こそうとはしなかった。
「龍雅、どうしたの?」
きょとんとして、急に接近してきた龍雅に訊きなおす。
「勝つぞ、2人で」
自信に満ちた真剣な表情に、立夏も表情を固くする。
何をすると知るでもなく、それでも立夏は龍雅を信じ、頷いた。
「もちろんよ」
孤高のカトレア、ここに再臨。
しかし、彼女は既に孤高ではない。独りでは、孤独ではない。
隣には、大切な人が立っている。それだけで力が湧いてくる。
決意と共に、互いの絆を確かめ合うように、しっかりと手を握り合った。
十年経とうとも、百年経とうとも、変わらない想いがある。
現在と過去を結びつける架け橋。
記憶という、自らが辿った地図。
未来という、幸せを探すための大平原。
そこから始まるのは、幾度も迷い繰り返す、途方もない長い旅。
それでも、最後まで貫き通すと誓って。
次回『キミにささげるあいのマホウ』