D.C.Ⅲ.C.E. ~ダ・カーポⅢ チェンジエンド~   作:Masty_Zaki

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いつもそこにいたのは、紛れもなく家族だった。
共に笑い、共に成長してきた、唯一の存在。
たくさんのものを与えてくれた家族に。
心から、感謝を。


Dear my family

 

 

光に包まれて――

龍雅と光雅は、陽光の光と共に空へと羽ばたいていった薄紅色の光の龍の放つ眩い光に包まれて、気が付けば、知らない空間へと飛ばされていた。

しかし、不安な気持ちにはならない。むしろ、温かいような、懐かしいような気分だった。

桃色の桜の花びらが舞い散る、真っ白な空間。

そこで兄弟は、二人きりだった。

お互いに、正面に向き直ることはできない。

光雅はそうでもないのだが、龍雅には、それができなかった。

散々苦しい、辛い思いをさせてきた弟に、今更温かく迎えてもらいたくはないと、少し悲観的になっていた。

 

「なぁ、兄さん」

 

背後から聞こえる光雅の声。

龍雅はびくりとしながら、それでも平静を装った。

 

「何か、言うことがあるんじゃないか?」

 

その言葉は、責めるようでも、傷つけるようなものでもなく、何か、何か大切なものを待っているような――

龍雅は、首を左右に振った。迷いを振り切るように。

今ここで勇気を出さなければ、最後の家族が、本当に遠い所へと行ってしまう。

それでいいのか――自問自答。

開いた口から空気が漏れようとして、呑み込む。そんなことを何度も繰り返す。

それでも光雅はずっと待っていた。兄から、その言葉が聞こえてくるのを。

ただ何も考えずに、何も思わずに。

龍雅は唇を噛み締め、そして。

 

「――ただいま、光雅」

 

「おかえりなさい。門限はもう、とうの昔に過ぎ去ってるぜ」

 

ずっと待っていたと、ずっと心配していたと、帰ってこない我が子を待つかのようなその科白に、龍雅は救われた。

ようやく、ここまで来れたのだと、本当にこの世界に、心から感謝する。

膝から崩れ落ち、それに合わさるように感情の堰が壊れ、とめどなく涙が溢れる。

 

「俺も、兄さんも、同じだった」

 

龍雅の頭に、温かく柔らかい感触が触れる。

光雅の手だった。

優しくあやすように、そっとその髪を撫で続けた。

 

「ずっと反対の位置に立っていた。けど、根本が同じだったから、元の居場所に2人とも戻ってこられた。それで、いいじゃないか」

 

「……俺は……何も失いたくなかった……!失うのが怖かった……!輝夜も隼翔もいなくなって、光雅も俺を置いていった……!何をすればいいのか分からなかった……。ただ、ありのままの幸せが欲しくて――」

 

「分かってる」

 

龍雅の言葉を中断させ、崩れ落ちた龍雅を背中から抱き締める。

 

「兄さんはいつだって誰かのためを思って行動してた。世界を終わらせようとした時も、不平等なこの世界を嘆く人々のためだったし、俺たちと一緒にいた時もそうだった。『世界の総意』も、兄さんに相応しい力だった。だから兄さんは、誇っていいんだ」

 

「俺はお前を徹底的に貶めた。自分の欲のために……。なのになぜお前は、俺を許す……?」

 

「何を今更。家族だからに決まってんだろ。だから俺は、家族として兄さんと、同じ幸せを享受したい。それじゃダメか?」

 

気が付けば、光雅の温もりは背中から消えていた。

顔を上げれば、正面に光雅が回り込んでいた。

眩しくて頼もしい、正義のヒーローの笑顔。それは、自分の家族の顔だった。

弟は手を差し伸べる。兄はその手を躊躇いながら――掴んだ。

引っ張り上げる。力を借りて立ち上がる。

龍雅は涙を拭き、正面から光雅と向き合った。

 

「ありがとう」

 

そして龍雅は、自分の過去を打ち明ける。

光雅と初めて出会う前の世界、そこで進行した、隠された物語。シグナス・ルーンの存在。

2つの物語が1つへと帰結する、その印として、真実を、光雅へと託したのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

光が晴れると、そこは、見慣れた風景。懐かしい風景。

とある住宅街の一角に、光雅たちは立っていた。

 

「ここは……」

 

光雅があたりを見渡している間に、龍雅はある1つの家を見つけた。

そこに記された苗字を見て、光雅も納得する。

 

――弓月

 

ここは、過去の世界。

彼らは枯れない桜の奇跡によって一時的に飛ばされ、ここへと降り立ったのだ。

それが意味するのは、恐らく、本当の別れ。

 

「行くぞ」

 

「ああ」

 

龍雅を先頭にして、インターホンへと立つ。

今がいつなのか、龍雅たちがこの世界を去ってからどれくらいが立っているのか知る由もないが、それでも、そこにはきっと、自分たちを育て上げてくれた幸せの象徴、両親がいるはずなのだから。

 

――ピーンポーン。

 

どこでも聞こえるような、安直なインターホンの音。

暫く待つと、家の内側から足音が聞こえ始め、そして、玄関の扉が開いた。

そこに現れたのは――

 

「龍雅――と、光雅なの?」

 

弓月家の母親、弓月雅。

信じられないとその口元を押さえ、少しずつこちらへと歩み寄ってくる。

更に、その背後からもう1人。

強面の男が、驚きと喜びに顔を染めて、内側から現れた。

二人の育て親、父親だった、弓月慶次。

あれからかなりの時間がたったのか、2人とも結構老け込んでいた。

しかし、それでも2人がいなくなった絶望から立ち直り、平穏無事に生きていたことに、2人とも感謝していた。

 

「ただいま、母さん、父さん」

 

そう先に挨拶したのはやはり光雅だった。

その言葉に、両親は落ち着きを取り戻し、温かな笑顔を浮かべる。

何年ぶり、何十年ぶりに息子の姿を見たのか、訳を察そうともせず、ただその成長を喜ばしく思っているようだった。

 

「お帰りなさい。――逞しく育ったわね」

 

母の言葉に、光雅は力強く頷く。

 

「俺たちは、ほんの少しここに立ち寄っただけで、すぐに去らないといけない。それでも最後に父さんと母さんの顔を見たかった」

 

それが、光雅の切実な想い。

自分たちを最後まで育ててくれた、大切な家族へ向けた、最後の感謝。

 

「そうか……。俺たちの顔で新しい1歩を踏み出す勇気が出るなら、いくらでも眺めてろ」

 

何かを堪えるように、強がって父はそう言った。

 

「辛気臭い話は先にしておきたいから言っておくよ」

 

光雅はそう言って、一息ついて、そして再び口を開いた。

 

「父さん、母さん、2人よりも先に死んでしまった俺たち親不孝者をお許しください」

 

いくらここにて意識を保つことができているとはいえ、ここにいるのはただの幻想――それが現実だった。

しかし、両親はその現実を、動揺することなく真摯に受け止める。

 

「いいのよ。ここにこうしているってことは、あなたたちは今頃、どこかで力強く生きているのよね」

 

「うん。今、とっても幸せだよ」

 

それはよかったと、母は安堵する。

どこか別の世界で生きていて、この世界には存在していなくとも、息子が立派に成長しているということは、親にとって最高の財産なのかもしれない。

すると、父と母が、ぎゅっと、力強く光雅と龍雅を抱き締めた。

 

「光雅、龍雅、私たちと一緒に、大きく育ってくれて、ありがとう……!」

 

涙声になりながらも、母はしっかりと2人を抱き締め続ける。

 

「俺たちのことは気にするな。たまに思い出してくれるだけでいい。その時以外は、一生懸命に生きろ。俺から言えるのは、それだけだ」

 

ぶっきらぼうに父はそう言った。しかし、父の息子への愛は、ここにいる全員にしっかりと伝わった。

暫く龍雅たちは両親に抱き締められ、そしてそっと離される。

気が付けば、龍雅たちは足元から光の粒子と化し、少しずつこの世界から消えているのが分かった。

 

「最後になるけど、父さん、母さん、元気でね」

 

消える間際、光雅は両親にそう告げる。

龍雅はずっと黙っていた。

両親と対面している間、一言も言葉を発さなかった。

しかし――

 

「……」

 

最後の一欠片が虚空の彼方へと消え去る瞬間――

 

「――俺たちを拾ってここまで育ててくれて、ありがとう」

 

龍雅は、家族に最後の感謝を示し、別れを告げた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

元の世界に戻っている間、光雅たちはある光景を目にしていた。

2つの光の玉が、宙をくるくると舞っている。

それらは少しずつ接近し、そして、1つに合わさった。

その瞬間、何か大きな力を感じた。

それが何なのか、大雑把にしか理解できなかったが、それだけで十分だった。

 

「俺たちの存在が、この世界で正式に認識されたみたいだ」

 

そう考察したのは龍雅。

あくまで光雅たちはこの世界においてイレギュラーな存在だった。

片や転生者、片や魔法の力で世界移動してきた者。どちらも正規にこの世界で生まれ育った者ではなかった。

 

「なんか、今更って話だけどな」

 

そう言って光雅は苦笑する。

世界に認められなくとも、光雅は既に、仲間たちに認められていた。それだけで十分だった。

それに、彼の身内には、世界から記録として弾かれ、孤独に世界中を彷徨った1人の少女がいるくらいだ。今更世界に認められようと何も変わりはしない。

ならば、その影響はどこに与えられるのだろう。

 

「未来が変わらなくても、過去が変わったり……なんてな」

 

冗談半分に光雅が呟く。

しかし龍雅も、それはそれでいいかもしれないと、まんざらでもないことを考えていた。

このまま未来が進むことで世界が終わるなら、過去を変えてやり直せばいいと。

何度でも何度でも繰り返して、いつかその先に幸せを掴むことができるのなら、と。

やがて2人は、桜の大木の下へと、舞い降りる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

消えた光雅たちが再び現れたのは、シグナスを打倒してから10分程度のことだった。

少しばかり心配はしていたが、全員が、彼らが戻ってくることを信じて待っていた。

光に包まれた2人が戻ってきた時、誰もがその顔を輝かせた。

 

「龍雅、お帰り!」

 

「龍雅さん、お帰りなさい!」

 

「光雅くん、お帰り!」

 

「光くん、待ってたよ!」

 

さくらは光雅に飛びつく。

帰ってきた瞬間に飛びつかれた光雅は流石に困惑するが、さくらを受け止めて迎え入れる。

光雅がさくらをそっと地面に下ろすと、さくらは光雅たちに訊いた。

 

「どこに行ってたの?」

 

その質問に光雅は瞳を閉じる。

自分が死ぬ前、自分をここまで育ててくれた家族――その姿を、見続けてきたその背中を、顔を何度も反芻しながら、思い出に浸った。

そして気が済んだ時、目を開いて空を眺めながら答えた。

 

「父さんと母さんに挨拶してきたよ」

 

「そっか……」

 

その挨拶が、最後の一時だということをさくらは理解した。

同時に立夏たちも、龍雅もそこにいたことを知り、なんとなく一緒に感傷に浸っていた。

 

「家族って、本当に大切なものだよね」

 

さくらがそう呟く。

静寂の桜の木の下、流離の風だけが少女たちの髪をさらい、通り過ぎていく。

 

「全て終わって、ここから始まるのか……」

 

切ない表情でそう言う龍雅に、立夏はその手を取って、正面に立つ。

自分はここにいると主張するように、両手でその手を握り締めて。

 

「立夏、ずっと、俺の傍にい続けてくれるか……?」

 

ある意味で、分かり切った質問だったにも拘らず、聞かずにはいられなかった。

それはある種の意思表示であり、誓いのようなもので。

立夏は何も言わずに握る両手の力を強めると、龍雅は安心したように笑う。

 

「兄さんも、大切なもの、手に入れたんだな」

 

声を掛けるのは光雅だった。

隣に音姫を寄り添わせ、幸せそうな笑顔で龍雅の下に歩み寄ってきた。

 

「ああ、一生の宝物だ」

 

そして、光雅から視線を外し、音姫ヘと向ける。

音姫は少し驚いたような顔を見せ、そしてにっこりと微笑んだ。

見る者全てを魅了し幸せな気分にさせるような笑みに、龍雅は少しだけ引き込まれる。

 

「あの時は、ありがとうございました。おかげで、私はずっと光くんと一緒に過ごせています」

 

それは、龍雅が光雅に敗れ、彼を救う際に放った一言だった。

それだけで光雅が救われ、音姫が救われた。

 

「それはこっちの台詞だ。あんたが光雅の傍にいてくれたから、光雅は今もこうして生きていられる。今なら分かる。大切な人が傍にいるだけで、どれだけ力を貰えるかってのが」

 

きゅっと、龍雅からも立夏を握る手の力を少しだけ強めた。

暫くして、立夏が龍雅の手を一旦離し、そして1歩前へと出る。

 

「音姫さん、光雅さん、さっきは助けていただいて、ありがとうございました」

 

深々とお辞儀をし、そして頭を上げる。

そして、少し馴れ馴れしいだろうが、2人を指差して、高らかに宣言した。

 

「光雅さん、私に龍雅をください。2人以上に幸せにしてみせます。そして、幸せになってみせます」

 

2人とも驚いたような顔をして、2人で顔を見合わせ、そして微笑ましいとでも言わんばかりに温かな笑みを浮かべる。

光雅は1度真剣な表情で立夏を、そして龍雅を見る。

 

「森園さん、だっけか、安っぽい同情をする訳じゃないけど、龍雅はこれまでたくさん辛い思いをしてきた。それは今まで隣にい続けてきたキミなら分かると思う。だから、そんなことはないだろうけど、兄さんを捨てないであげてほしい。兄さんはきっと、キミのことを全力で愛してくれるから」

 

「勿論です。なんせ運命の赤い糸で結ばれてますから」

 

自信満々と、そう答えた。

いつでも前向きで明るく、そして周囲の人間を引っ張っていく少女。

強くて逞しい心が、龍雅を、そしてかつての上代龍輝を成長させた。

光雅は、彼女の中に、輝きを見た。

未来永劫、消えることのない、希望の輝きを。

 

「空が、綺麗だね」

 

さくらがふと言葉を漏らした。

禁呪の影響がなくなり、霧は既に晴れ、雲1つない美しい空が広がっていた。

その空は、いつまでもここにいるみんなを包み込み、見下ろしてくれる。

それは、この初音島に咲く、神秘的な枯れない桜と同じで、人々の想いをいつまでも見守ってくれるだろう。

龍雅はふと思った。

あの時自分を置いて先に行ってしまった輝夜や隼翔は、何を思っていたのだろうかと。

最後に彼らは、龍雅に対して何を託そうとしたのだろうかと。

その答えは、その空の先にあるような気がしていた。

かつて、曇り硝子を挟んで眺めていたその空の向こうに、2人の姿が見えた気がした。

きっと、今も空から見守ってくれているのだろう。

過去に、決死の想いで光雅を守り抜こうとした彼らは、ささやかな希望の卵を残していったのかもしれない。

それが孵って、今この光景がある。

清隆、姫乃、シャルル、さら、葵、光雅、音姫、さくら、立夏――

いつから自分は、こんな光景を望んでいたのだろう。

 

誰かが言っていた。

幸せなど、どこにでも落ちているものだと。

それに気が付くか気が付かないか、それが人生を左右するものだと。

自分は、それを見つけることができた。それは、今この手の中に、隣に立っている少女の存在。そしてこの世界でここにしかない仲間の絆。

陳腐でちっぽけなものだが、それでも彼らに自分は救われた。彼らに支えられてきた。

きっと、彼らもこれから先、その小さな幸せを見つけ、育んでいくことになるのだろう。

空を見上げ、再び枯れない桜に願い、そして誓う。

 

――願わくば、ここにいる皆が、幸せを見つけられますようにと。

 

そして。

 

――自分に関わった、全ての者に感謝を込めて。

 

ふわりと、桜の花びらが空色の未来へと溶けていった。

夢の終わりと共に到来した、新しい夢の、始まりの物語。




しんしんと桜の舞う中で、新たなる時間は動き出す。
その変化は、未来をどう導くのか。
気弱な少女と、無邪気な少年の、いちから始まる長い旅。

次回 最終話『da capo』
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