次は間違いなく年明けです。
「足止めは任せて、行け!」
瞬時加速で一気に現場を離脱するオータムを目線で追いつつ、AICをぶった斬ってこっちに一直線にすっ飛んでくる一夏くんもちゃんと視界に捉えていた。
相変わらず迷いのないと言うか愚直というか、まっすぐな太刀筋は見切って避けることも容易い。さり際にきっちりボディに拳を叩き込むと、一夏くんは顔を歪めた。
ニヤリと。
「チッ!」
「かかったな! 杏姉!」
コレでフィニッシュ。そう思ってた私も温かった。客席から飛んできたシュヴァルツェア・レーゲンのワイヤーブレードが絡みついてくる。一夏くんもろとも絡めたワイヤーはウマいこと私の関節をキメつつも一夏くんの筋肉の筋にそって流れている。いわば即席バンテージだろうか。
ということは、だ。さっさとこのワイヤーをなんとかしないと零落白夜で一撃ということにもなりかねない。ならば起死回生の策は一つ。
「AICをオフ。きゅっとしてドカーン!」
「はぁっ!」
ラウラ達を拘束するAICを切り離すと、目の前に振り下ろされる剣、を持つ手をAICで固定。慣性に従って手首から先が撓り、剣先が当たりかける。
唐突に開放されたラウラが若干バランスを崩したところで体をブースターで無理やりひねって力をかければ簡単に転ぶ。
まぁ、流石に相手は若いとはいえ、プロ。すぐさま体勢を立て直すがその隙は私にとって十二分だった。
「踊れよ、踊れっ」
一度力のかかり方が変わればこっちにも勝機が生まれる。無造作にブースターを120%で吹かせば現用機トップのパワーがシュヴァルツェア・レーゲンを引っ張り始める。
そのラウラは時折上空を見ながら簪ちゃんに向かって何か話しているようだ。お互いが綱引きのようにワイヤーを引っ張れば引っ張るほどAICで固定された一夏くんはあらぬ方向に力を加えられて体が悲鳴を上げ始める。
現に気絶寸前だろう。腕がもぎ取れるんじゃないだろうか。
「ラウラ、良いのかい? 一夏くんの腕がなくなるよ?」
「一夏っ!」
一夏くんをネタに揺さぶると簡単に力は弱まり、ワイヤーを手繰ってラウラを一気に引き寄せる。
このときに一夏くんにかけたAICをカットして体の位置を変えつつ、一夏くんを私とラウラでサンドイッチするのがミソ。
結果はもちろんどんつきだ。ビリヤードの要領でラウラが一夏くんを突き飛ばすと一夏くんは飛んできて私にぶつかる。
私はそのままお空へさようならだ。きれいな花火も48発飛んでくる。
「そこまでだよ、先生」
「おっと。復活早すぎだよ、シャルロット」
もう少し長く効く予定だったんだけどなぁ。逃げた先に居たのはどういうわけか"みたことない機体に乗った"シャルロット。
まさかと思うけど……
「セカンドシフトか。やられたよ」
「流石にオータムは逃がしちゃったけど、もうひとりは簪がレーダー追跡してるし、一夏とラウラが」
そう言ったシャルロットの背後を白と黒の2機が飛び上がっていった。ラウラはご丁寧に私を睨みつけてから。
「捕まえに行ったからね。ここで大人しく降りてくれれば手荒な真似はしないよ」
「ここで"降りれば"ねぇ」
なら、お望みどおりに。
ISを瞬時に量子化すると体がふわりと浮かぶ感覚に襲われる。空気が、重力が、全て私の体に直に伝わってくる。
「えっ!?」
ふわりとした感覚も一瞬。500メートルの高さから落ちる時間は10秒ちょっと。既に3秒はたっただろう。その間にも私は確実に地面に近づいているし、シャルロットも私に向けて手を伸ばしている。
「だけど遅い」
シャルロットが私のフリーフォールに気づいて目で追い始めるまでにもう2秒。手を伸ばして体勢を決めつつブースターの出力を上げるのに1秒。
私までの距離を詰めるのに2秒。
残りは2秒。
私がその手を振り払うのに1秒。私を無理に抱きかかえようとするも時既に遅し。
「ゲームオーバーだ。私は死んだよ、シャルロット」
私が地面から1メートルほどのところでファウストを呼び出して多少の砂煙を上げつつ静止したのは地面から10センチの高さ。流石にこれ以上は私の反応速度が追いつかない。
「先生が! 手を振り払うから……!」
「救命講習がパーフェクトだったシャルロットとは思えないね」
「その優しさがときに弱さになることもある、デュノア」
「おやちーちゃん」
怪しく光る月を背に私を見下す千冬。ガーターベルトにナイフがぶら下がってるのが見える。今日の下着は黒だ。
それより何より、首筋に当てられる革靴の感触と、片手に持った出席簿がナイフにもにたきらめきを放って気持ちが悪い。
「こりゃ、コーサンしかないかな……」
「懸命だ。デュノア、この馬鹿から目を離すな。拘束はしなくていい。どうせ逃げられるからな」
「はい!」
こんな偽物の月なんてだしよって、と悪態を吐いてから簪ちゃんに合図を出すとしばらくしてから空が帰ってきた。
深い闇を湛えた空ははてのない青に。悲しげな月は眩しい太陽にそれぞれ戻り、白と黒の2人も合わせて降りてきた。
「上坂先生、目的はなんですか?」
「ズバッと聞いてくるね。言うと思う?」
「その時は心が痛みますが、無理にでも吐いていただきます」
シャルロットの申し訳なさげな視線と、ラウラの背中に銃でも突きつけるような視線。一夏くんの怒りが混ざった困惑に、簪ちゃんは完全にゴミを見る目だ。
先頭を行く千冬の背中は「ざまあみろ」と雄弁に語っている。
専用機持ち4人に囲まれて更衣室への廊下を歩く。一夏くんは一旦ドアの外で千冬とともに見張りを兼ねて追い出されると、その間に女3人が着替えてしまうわけだ。
「ねぇ、バススロットに着替えを入れてるからISを展開したいんだけど」
「先生はコレで十分でしょう。そこのトイレで拾ったものですが」
ソレは私がさっきまで着てた服だよ! ちっ、無駄に目がいいんだから。
ラウラにジーンズとTシャツを渡され、シャルロットは私の変装写真付きのIDが胸ポケットからぶら下がる白衣等々を見つけると、ジト目で突きつけてきた。
「ほい、着替え終わったよ」
「なんで捕まったお前が一番余裕そうなんだ……」
更衣室から出るなり千冬から小言をもらうと、一夏くんが出てくるまで尋問タイムだ。
「さて、杏音。うすうす検討はつくがどうしてここに来た?」
「率直に言うとデュノアの第3世代をもらい……じゃないや、拝借しに」
「言い直せてない……」
千冬のため息とラウラの真贋鑑定の視線をもらい、どうやら真、と出たらしく、なおさら大きなため息を千冬が吐くと、振り向き様に手刀を首筋に当てられ、ドスの利いた声でそっと囁いた。
「下手な真似してみろ、お前であっても容赦しないからな」
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「杏音が捕まったってよ」
オータムが差し出した携帯には織斑千冬と頬に大きな絆創膏を貼った織斑一夏、それからドイツ、フランス、日本の候補生に囲まれて撮られたセルフィーが映っていた。
なんというか、本当に捕まってしまったのかと疑いたくなる。
どうして敵対関係にある人間と3つ星のレストランでランチができるの?
「頭が痛くなってきたわ」
「ああ、ほんとにな」
戻ってきたオータムはアラクネに乗って帰ってきて、部屋に着くなり「フランスの候補生が第3世代を吸収した」だなんてわけのわからないことを言って来たときには驚いた。
けれど、杏音からのメールによれば――ところどころ彼女らによって検閲されているので詳細は掴めないが、本当のことらしい。
フランスの娘がセカンドシフトを起こした際に何かあったのは間違いない、とのことだった。
「さて、そろそろ私達も動かないといけないかしら?」
ISAB、新キャラ可愛いですね。特にオランダの子が好みなんですが……
出したいけど執筆モチベが乱高下してるので期待しないでください