「人というのは面白いもんさ。本来殺し合って生き残るために持っていた競争心を、スポーツという娯楽にしたんだからね」
時のフランス首相、フランシス・ボヌフォワはそのようなことを口にした。
「槍投げ、ハンマー投げ、円盤投げーー、これらは言うまでもなく、戦争に使われていた武器を使った競技だ。ーーまぁ俺が言いたいのはつまり、使われなくなった兵器をどうにかしてスポーツ器具に出来ないかどうか、ということなんだよ」
ドイツの首相、ルートヴィッヒ・バイルシュミットは、その話を聞きながらコーヒーをすする。
彼自身、この意見に賛成だった。脅威的なテロ集団ーー日本でいう歴史修正主義、深海棲艦のことであるーーもこの世界にはいなくなり、平和を保ちつつある昨今、兵器の処分は大きな問題だった。それをするとき、多大な金額がかかるのである。かといって、そのまま放置をすれば、また戦争になった時に使われるのを避けたい。それを解決出来るのではないかとドイツ首相は考えていた。
「俺もその意見に賛成だ。それを踏まえた上で、提案なんだが」
「ほうほう、聞かせてくれよ」
「もし戦争が起きそうになった時、そういった兵器を使った臨時オリンピックを開くっていうのはどうだ?」
「……なんだい、その喧嘩しそうになったらじゃんけんみたいな提案は」
「平和的だろう?それに金があまりかからないで済む」
「でもなぁ……、殺伐とした雰囲気の中でスポーツとか、お兄さんお断りだよ?なにもまとまらない議案を、戦争代わりの競技で解決することはないんじゃない?普通のオリンピック競技で使おうよ」
「……それもそうだな」
こうしてまとまった案を、二国は世界会議を開いて提出することにした。この会議を開いたのは、大方のルールをあらかじめ決めるためでもあった。結果、可決。細かいルールは国際オリンピック委員会で、現在も会議中である。
一方で、兵器自体に美を求める運動が世界各地で起こっていた。簡単に言えば、「かっこいいものは残すべき」だと主張する運動である。戦艦の写真を使ったコラージュ作品、新しい戦艦・戦車のデザイン、兵器がある地域へ実際に赴いて堪能するなど、こうした芸術活動において、兵器が良いインスピレーションを促すようになった。兵器が完全に、娯楽のためのものになってしまったのである。
朝早くレンガの道を駆ける音がした。周りには、ざんぎり頭を叩きたくなるような街並みが広がっている。
彼女は女子サッカー部の高校一年生である。小さい頃からボールを蹴ることが好きで、4歳から中学に入るまでの間、少年サッカーに所属していた。中学三年間はマネージャーとなり、片付けの際にこっそりとリフティングをする程度だったが、高校に入学してまたサッカーをするようになった。
ジョギングが終わり家へ向かう。イギリスのパブを模した居酒屋が、彼女の自宅だ。真鳳は裏口へまわり、ただいまと扉を開け中へ入った。
シャワーを浴びてから台所へ向かうと、二卵性双生児の姉である
「……たつ姉、かほ姉を手伝ってあげたら?」
「散らかされると困るからテレビでも見ててって言われたんやもん、もう絶対やらへんわ」
「……お姉ちゃん」
真鳳は苦笑いをしながら、スポーツ飲料を冷蔵庫から取り出し、一口飲んだ。
「ところでたつ姉。どこの大学に行くかは決めたの?」
「もうばっちしやで。保育士免許取るのにええとこ見つけたんや。十分ウチの偏差値でもいける」
龍美は保育士を目指している。しかし彼女には悩みがあった。
「ーーでもな、彼氏にな、お前が保育士やっとったら小学生が幼稚園児と戯れてるようにしか見えへんって言われたんよ。ーーおう誰や、ウチんことまな板って言うたんは」
「……かほ姉がまな板探してるだけだから」
ーー仕事に支障はない程度ではあるが。
そうこうしているうちに朝食が出来上がり、真鳳はさっさと食べてから学校の支度を済ませた。部活動があるため、大嶋家の三姉妹は彼女の時間に合わせて早めに朝食をとっている。両親は夕方に活動するため、彼女たちとは活動時間が違う。
「いってきまーす!!」
真鳳の声を聞いて行ってらっしゃいと言ってから、姉二人はゆっくりと朝食を食べる。
「……佳鳳、あんた部活に行かんくてええの?」
「弱小だし、顧問がやる気ないからいいの」
「なんやそれ」
少しパンをかじってから、佳鳳が口を開いた。
「……そういえばまたお父さんね、お母さんに腕枕してた」
「仲ええな、あの二人」
「一緒に働いてるもんね、しょうがないよ」
「……恋愛結婚やったっけ、父さん母さんって」
彼女たちの両親は、お互い似たような仕事をしているということでうまがあい、そのまま恋愛に発展し、最終的にはゴールインした夫婦である。
「……しかしいきなり父さん母さんの話を、しかも決まった時間にしてくるな。何がそんな気になるん?」
「いや、ね?この頃さ、お父さんたちが若い頃って、歴史修正主義と深海棲艦がいたんだなー、って思うとさ、私たちって何やってるんだろうなー、って思えてきちゃって」
佳鳳のその言葉をきいて、龍美は少し黙り込んだ。
二国は同盟を強固、テロ集団を迎え撃つことによって戦線布告、対外来集団太平洋戦争が勃発した。ーー2088年、8月21日のことである。
最初二国は劣勢だった。どんな武器でも、テロ集団には効かなかったのである。
「水爆もきかないなんてどういうことだい!?」
米国の大統領、アルフレッド=F=ジョーンズはホワイトハウスで叫んだ。会談に呼ばれた本田菊首相は、何も言えずただ黙っているだけだった。
二国が頭を悩ませていた問題は、連中がどんな環境下においても生き延びるということだった。例えそこが放射能で汚染されていても、彼らは定住できるのである。
「ーー我々が太平洋を汚染してしまった責任は重いです。この状況下を解決し、またこれからのことにも備えられるようにしなければなりません」
急に、本田総理大臣が口を開いた。
「……どうするつもりだい?」
「
そう彼は言ったが、実際に二国がやったのは、媒体となるウイルスを使った人体実験だった。
無人機でグレイズの男女一人ずつを捕まえ(案の定だが、これにはかなりの時間がかかった)、彼及び彼女の遺伝子を採取した後に、遺伝子を抜いたウイルスに埋め込む。増殖させたそれを不特定多数に集めた国民に感染させる。そうすることで細胞に連中の遺伝子と、もともとあった細胞の遺伝子を交換することができるのだ。––––最終的に求めたものは、連中と同じ遺伝子を持てるよう突然変異したヒト、
「––––でもお父さんとお母さんって、普通の人たちから嫌われてたんだよね?」
悲しそうな顔をしながら、佳鳳はそう言った。
「倫理的やない方法で生まれた人たちなんやもんな……。せやけど、政府に反対したら捕まるって、緊急に法律を作ったせいで何もできひんからって、父さんたちを恨むなんてあかんやろ?」
当時国会に対し、デモ活動が起きた。無論、非人道的だったからである。しかし本田総理大臣は、
「それほどまでに日本という国は追い込まれている。我々国民は、目を覚まさなければならない」
という旨の演説を行い、安保改正並びに憲法を一定期間、さらに厳しくしたのである。結果として、終戦後でもAGは差別対象となった。
「––––おいおい、飯食いながら長話かよ?もう学校行く時間じゃねぇのか?」
少しチャラついた口調が聞こえたので二人は振り返ると、その先には肩までの長い髪を持った男性がいた。彼女たちの父親である。
龍美が時計を見ると、7:30はとっくに過ぎていた。走らないと遅刻する時間である。
「やばっ!こんな時間やん!」
龍美がかじりかけのパンを食べながら、すでに着替えていた制服姿で外へ出た。佳鳳もそれに続く。
「「行ってきまーすっ!!」」
返事をさせる暇なく彼女たちは出て行った。
「やれやれ……」
娘二人を見送って、そろそろ店の準備を始めようと買い物袋を持って出掛ける途中、大嶋家父は郵便が届いていることに気づいた。その中から政府からの封筒がある。彼は慌てて封筒を開いた。
「……マジかよ」
––––その中身は、徴兵の案内だった。