Steins;Mahora ~骸殻のクルスニク~   作:青いアオ

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第1話 ; 「移行世界のコンダクション」

 

 

 

 

「ふぁ~あ…」

 

私は盛大に欠伸をしてソファーに体を伸ばした。 

 

「暇だな」

 

そう。

今の状態を一言で言うなら暇だ。

 

「マスター、お飲み物を御用意しました」

 

そこへ従者の茶々丸が銀のトレイに乗せて紅茶を運んできた。

うむ。

実に気が利く。

 

「ん。もらおうか」

 

茶々丸はゆっくりとテーブルにカップを置き、ポットから紅茶を注いだ。

カップからは湯気が立ち上がり、鼻をくすぐる香りが広がった。

 

「うむ。香りは中々だ」

 

「ありがとうございます」

 

茶々丸は丁寧なお辞儀を見せた。

やれやれ、全く律儀なヤツだ。

そんなことを思いながら私は香りを楽しんだ後で、ゆっくりとカップに口を付ける。

その瞬間、口の中に茶葉の香りがじんわりと広がる。

 

「味も良いではないか。次からもこの調子で頼むぞ」

 

「了解です。マスター」

 

機械的な返答を返す茶々丸を横目に、私はログハウスの天窓へと視線を向けた。

 

「今宵は半月か」

 

そこには、漆黒の暗闇に浮かぶ月明かりがぼんやりと見えた。

この月の夜空は良い。

見ていると、日頃の退屈さを忘れさせてくれる。

バカ騒ぎする生徒たちと過ごさねばならない苦痛といったらない。

登校地獄の呪い…全く厄介なもんを残してくれたものだ。

これで何度目だろうな。

三年になればまた一年からやり直しだ。

延々とこの三年間を繰り返さねばならん。

正直もうウンザリだ。

ハハハハッ!笑えるな。

なるほど。

退屈というものは不死をも殺しめるらしい。

どうやら最強と言われた闇の福音は退屈によって死ぬようだ。

結局、私が光の世界の住人なぞになるのは無理だったのだ。

こんな退屈な生活を送っていたら本当に生き殺しにされてしまう。

だが、それももう終わりだ。

この私に、かつてないチャンスが舞い降りてきたのだ。

 

「ネギ・スプリングフィールド。ヤツの息子、か……」

 

夜空を見上げながら、私は静かに一人言を呟いた。

 

「マスター?」

 

と、それを聞いた茶々丸が不思議そうに声をかけてきた。

やれやれ、耳が良いというのも考えものだな。

 

「いや、何でもない。気にするな」

 

「はい」

 

「それよりも、紅茶をもう一杯頼む」

 

「了解しました」

 

茶々丸は空になったカップを受け取り、再びポットから紅茶を注いだ。

 

「お待たせ致しました」

 

「うむ」

 

私は紅茶を受け取り、カップに口を付けようとした。

 

「ん…?(何か違和感がするな…)」

 

が、私はその動作を止めて静止した。

そして感覚を研ぎ澄ませる。

それに伴って一瞬感じた違和感はどんどん肥大化していく。

 

「マスター、どうかなさいましたか?」

 

この感覚、間違いない。

 

「結界の中に侵入者だ」

 

しかも近いな。

事の重大さを理解した茶々丸は直ぐにエプロンを解いて動き始めた。

 

「準備しろ茶々丸」

 

この距離は…結界の中か。

 

「はい!」

 

走り出す茶々丸の背中を見ながら私は思索顔になる。

今までにもこの学園の魔法アイテムやら書物やらを狙って侵入者が現れることは度々あった。

だが、今回の侵入者はそれらとは明らかに異なる点がある。

どうやら今回のは学園結界の"中に"現れたようだ。

普通に考えて、結界に入った瞬間に反応がある。つまり、結界の外縁部で察知するはずだ。

しかし今回はいきなり内部で反応があった。

これが意味するところは…

 

「転移魔法か」

 

瞬間転移によって結界を突破して学園内に進入したというわけか。

全く、面倒なことをしてくれるじゃないか。

加えて、転移魔法は高度魔術に分類される。

そこらの三流魔法使いでは到底真似できる芸当ではない。

しかも結界を破って侵入するためには単なる転移魔法では無理だ。

何かしらより高度な術式を編み込む必要があるが、そんなことができる魔法使いはそう多くない。

フッ。面白い。

どれ程の相手か、このエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが見極めてやろう。

ククク…せいぜい楽しませてくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っく」

 

何だ…?

草の匂い…

鼻を満たす青臭さを感じ、俺はゆっくりと目を開けた。

 

「月……」

 

まず見えたのは夜空に輝く半月だった。

ここでようやく自分が仰向けに倒れていることに気付き、ゆっくりと体を起こした。

幸いなことに白衣はたいして汚れてはいないようだ。

この様子だと、倒れていたのはそう長くない時間だったらしい。

 

「ここは……?」

 

回りを見回すと、夜の暗闇で見辛いがどうやら森の中のようだ。

辺りは不気味なほど静けさに包まれている。

しかし一体何があったのだ?

あの時、確か電話レンジ(仮)が急に発光現象を起こして…

 

「っ!!そうだっ!紅莉栖っ!?」

 

事態を思い出した俺は咄嗟にかけがえのない大切な少女の名前を叫んだ。

夜の森の中、必死に叫ぶその姿は第三者から見れば滑稽以外のなにものでもないだろうが、そんなことはどうでもいい。

もう二度と、目の前で大切な人を失うなんてことは御免なんだ。

 

「………………」

 

案の定と言った方がいいのか、あの冷めたようでいて優しい少女の声は聞こえず、俺の耳には虫の音がむなしく届くだけだった。

そうだよな…

あの発光現象の時、リーディングシュタイナーが発動していたようだった。

そして気づけばこの見知らぬ土地…

恐らく世界線を越えてしまったのだ。

それに気づいた瞬間、全身から血の気が引いていくのがわかった。

俺がさっきまでいた世界線はあらゆる犠牲の上に辿り着いた唯一の世界線、シュタインズゲート。

それが意味するところは…

 

「シュタインズゲートから外れてしまった……」

 

そう。

あれだけの苦悩の末に勝ち取った世界線から外れてしまったのだ。

なんてことだ…

そんな…

まゆりと紅莉栖が二人とも生きている世界が消えてしまった。

二人の笑顔を見ることができる世界が。

それが理由もわからず一瞬で奪われた。

あまりにも理不尽だ。

俺は悔しさや悲しみ、怒りといった感情の渦に呑まれ折れるほどに歯を噛み締め、声にならない叫びを上げた。

叫んだところで無駄なのはわかっている。

だが、叫ばずにはいられない。

 

「ようやく辿り着いたって言うのによっ!!またこんな結末なのかよっ!!」

 

俺の叫びは静かな森に響き渡った。

当然、応える人物などいない。

ラボメンの姿はもうどこにも見えない。

もう…戻れないのか…

叫んだ後にやって来たのは底知れぬ絶望感だった。

目の前の木々すら無力な俺を嘲笑っているかのように感じられる。

 

「……ハハハ…」

 

何故か乾いた笑いが零れた。

なるほどな。

人間、極限まで追い詰められると逆に笑いが出てくるというのは本当らしい。

笑うしかないってのは正にこの事を言うのだろうな。

半ばヤケクソ気味になった俺は白衣を脱ぎ捨てようと胸ポケットに手を伸ばした。

そこで胸ポケットに携帯が入っていることに気づいた。

このまま捨ててしまおうかとも考えたが、強烈な抵抗感がそれを許さなかった。

懐かしいな…

一度こうやって携帯を投げ捨てようとした時、紅莉栖が必死に止めてくれたんだったな。

それなのに俺はまた同じ過ちを繰り返そうとしている。

そうだ。

こんな時、紅莉栖ならどうする?

俺みたいに叫んだりヤケクソに騒いだりするか?

否。

紅莉栖はそんな風に諦めたりはしない。

冷静になって状況を確認するはずだ。

そう考えた瞬間、俺は冷静さを取り戻すことができた。

そう。

俺は諦めない。

まゆりとも約束したんだ。

俺は絶対に諦めないとな。

こんなとこで立ち止まってなどいられるか。

シュタインズゲートから外れてしまったならもう一度辿り着いてみせるだけだ。

 

「この鳳凰院凶真をなめてもらっては困るぞ。フゥーハハハハハハ!!」

 

白衣を盛大になびかせ、腕を曲げてお決まりのポーズを披露する。

勿論披露する相手などいないがな!

我ながらこの状況でよくこんなマネができると思う。

どうやらあの夏休みの一件以来、精神がだいぶ太くなったようだ。

 

「さて…」

 

とりあえず状況を確認する為に携帯を開く。

聞きなれた音と共にディスプレイが点灯する。

暗闇に馴れた目を細め、画面を見つめる。

まず電波は圏外のようだ。

これでは連絡は取れないな。

次にアドレス帳を開いてみる。

当然そこには、紅莉栖、まゆり、ダル、フェイリス、るか子、萌郁、Mr.ブラウンなどのアドレスがあった。

流石に鈴羽のアドレスはないようだ。

まぁどうせ何時ものように新しい世界線ではリセットされているだろうが、メールボックスも一応開いてみる。

 

「ん!?」

 

そこで俺は目を見開いた。

 

「メールが残っている…」

 

そう。

メールボックスにはしっかりとこれまでのラボメンとのやり取りが残っていた。

そして何より驚いたのが、デッドラインである8月を越えても、まゆりと紅莉栖からメールが来ている。

いや、そもそもこれは俺の記憶にあるシュタインズゲートでのメールそのものだ。

ということは…

 

「ここはシュタインズゲートなのか?」

 

ダイバージェンスメーターさえあればすぐにでもわかるのだが、現実はそう甘くない。

だが、仮にここがシュタインズゲートだと考えるとおかしなことになる。

リーディングシュタイナーが発動したことは確かだ。

 

ならば世界線移動が起きている以上、この世界線がシュタインズゲートであるはずがない。

 

「わけがわからない」

 

考えてみればおかしなことばかりだ。

そもそも電源無しで電話レンジ(仮)が発光現象を起こしたのも謎だが、リーディングシュタイナーの発動で気絶したことなど今までになかった。

 

「………」

 

色々なことがありすぎて思考が混沌と渦を巻いていた。

考えれば考えるほどわけがわからない。

あの天才少女と言われる紅莉栖ならわかるのだろうか…

 

「う~む……」

 

白衣の男が腕を組みながら夜の森で一人考えにふけるその姿は不審者以外の何者でもないだろうが、そんなことを考える余地がないほどに俺の頭はパンクしていた。

それなのに、次に見た光景はそんな俺に追い討ちを掛けるほど非常識であった。

 

「さて、もう考え事は終わったか若造?」

 

他に誰もいないはずの森に、第三者の声が響いた。

 

「ぬぅっ!?」

 

余りに突然のことで、俺は間の抜けた声を出してしまった。

自分でもカッコ悪いとは思うが仕方のないことなのだ。

考えてみてほしい。

月明かりだけが照らす夜の森の中、突然人の声が聞こえたら誰だってびびる。

 

「誰かいるのかっ!?」

 

声はすれども姿は見えず。

辺りを見回してみたが、木ばかりで人影などどこにも見当たらない。

と、キョロキョロしていると再び声が聞こえた。

 

「何処を見てる?上だ上」

 

上?

上って言われても、上は空だが?

俺は疑問の表情を浮かべながらも、言われた通りに空を見上げた。

そして思考が停止する。

 

「え?」

 

そこには、月を背にするようにして二人の少女が"浮いて"いる。

その二人ともが整った顔立ちで、夜風に長髪を靡かせながらこちらを見ている。

それは非常識な光景と相まって神秘的と言えた。

が、俺には二人が何もない空間にさも当然と言わんばかりの表情で浮遊していることの方が気になる。

うむ。意味がわからない。

俺は二人を見上げながら完全に固まった。

 

「どうした若造?恐怖のあまり声も出ないか?」

 

と、金髪の少女が何やら偉そうな笑みを見せてきた。

 

「いや……それは何のトリックなのだ?まさか本当に浮いているわけではないだろう?」

 

「トリック?何を思ったか知らんが、浮遊術など珍しくもないだろ」

 

…ん?

聞き間違えか?

今なんか浮遊"術"とか言わなかったか?

とりあえず念のために聞き返してみるか。

 

「……浮遊術?」

 

聞き間違えであることを祈ったが、少女の様子からそうでないことがわかる。

 

「貴様は浮遊術すら知らんのか?」

 

少女は露骨に眉をひそめて言い放った。

おいおい。

むしろなんか浮遊術知らない俺が間違ってるような反応ではないか。

とその時、今まで無言だった別の少女が声を発した。

 

「マスター。この方からはほとんど魔力を検出できません。やはり魔法関係者ではないのではないでしょうか?」

 

……うん?

今俺の中の何かを刺激するようなワードが聞こえたのだが。

 

「うむ。そのようだな。だが結界に進入してきたのは事実だ」

 

もう何か浮遊の理由などどうでも良くなってきた。

俺は二人を見上げたまま尋ねた。

 

「話の途中で悪いが、君は何者なのだ?」

 

それを聞いた金髪少女はゆっくりとこちらに振り返り、不敵な笑みを見せた。

見た目の年齢からは想像できないような表情だ。

 

「フッ。この私を知らないとはな」

 

そうご丁寧に前置きまでした後、金髪少女は尊大な口調で高らかに名乗った。

 

「私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。闇の福音と恐れられた真祖の吸血鬼!私と対峙してしまった貴様の不運を呪うがいい!」

 

「……………………………………………」

 

…う、うむ。

俺が言えたことではないが、

 

こ れ は 酷 い 厨 二 病 だ 。

 

正直、ここまで見事な厨二病を見せられては黙っていられない。

闇の福音か。

中々良い真名を考えたものだ。

設定は吸血鬼か。

その年でこのセンスとは、将来が楽しみではないか。

だが甘い!

"闇の福音"では書いた字の通りではないか。

そこは"闇の福音"と書いて"ダークネス・ヘヴン"!

"真祖の吸血鬼"と書いて"エンシェント・マイスター"だ!

この俺が真の厨二を見せてやろうではないか!

 

「フゥーハハハハハハ!!」

 

手始めにお馴染みの笑い声を響かせる。

こういうのは最初が肝心なのだ。

突然笑い出した俺に対して、二人は驚きの視線を向けてきた。

"ダークネス・ヘヴン"も先程とはうって代わり、怪訝な表情だ。

 

「そろそろ小芝居も終わりにしようではないか…」

 

その発言に対し、二人は露骨に警戒を強めた。

うむ。良い反応だ。

 

「貴様…何者だ?」

 

"ダークネス・ヘヴン"は視線を鋭くし、もう一方の少女は主人を守るがのごとく一歩前に歩み出た。

その反応からするに、やはり二人揃って厨二病であったか。

 

「我が名は狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真だ。フゥーハハハハハハ!!」

 

俺は両手を広げ、高らかに宣言した。

毎度のことだが

うむ。見事だ。

 

「…ほうおういん?」

 

何故か我が真名を理解できてないような表情を浮かべているが俺は無視して続ける。

 

「さしずめ機関の差し金か。"ダークネス・ヘヴン"までもがこの鳳凰院凶真を狙ってくるとは」

 

「だーくねすへぶん?」

 

そこで俺は携帯を取り出して耳に添える。

 

「俺だ。ああ、わかっている。今エージェントがこちらに来ている。機関め、ついに封印された"ダークネス・ヘヴン"までもをこの俺にけしかけてきたようだ…。何!?あの力を使えだと!?…いやしかし…。そうか……最早手段を選んでいるわけにはいかんか。ああ、わかった。もしもう一度会えた時には飲みに行こう…。エル・プサイ・コングルゥ」

 

「おい貴様、誰と話している?」

 

苛立ったような声が耳に届いた。

金髪少女め、ノリノリではないか。

 

「フッ。お前には関係のないことだ。教えて欲しいならば力づくで聞くのだな。だが、真の力を解放したこの鳳凰院凶真の前では無駄なことだ」

 

俺は片手を顔の前に持ってきてニヤリと笑みを浮かべる。

 

「真の力だと?」

 

なんかこう、凄く食い付きが良いな。

そんな反応をされてはちょっとノッてきてしまったではないか。

 

「見せてやろう。封印されし我が右腕の力を!!ぐぅぉぉぉおおお!」

 

そう言って俺は右腕を天高く伸ばし、左腕でそれを支える。

気持ち的にはここで俺の回りに光のエフェクトが付いている。

 

「危険ですマスター!!下がって下さい!!」

 

こっちの何かメカっぽい耳飾りの少女もノリノリだな。

実に良い演技だ。

まるで本当に焦っているかのようではないか。

 

「茶々丸っ!」

 

って、え?

なんかこの少女、俺に向かって突っ込んできているのだが…

しかも何か拳まで振り上げてますけど…

 

「ちょっ!ストップスト~ップ!!」

 

俺は制止させようと叫んだが、どうやら聞こえてないらしい。

と思った瞬間、少女が消えた。

 

「な!?」

 

そして俺は今日何度目かわからないが、驚愕することになる。

瞬きする間もなく、消えた少女が目の前に現れていた。

そして全身に鈍い痛みが走る。

何だ?

わけがわからない。

状況を整理する間もなく、視界が猛烈な速度で流れ始めた。

この時になってようやく自分が殴り飛ばされたことに気づく。

 

「うぐっ」

 

そして直ぐに意識が飛ばされた。

何だよ…一体…

 

「紅莉栖…」

 

消え行く意識の中、俺は小さく呟いた。

届くはずのない相手に向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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