Steins;Mahora ~骸殻のクルスニク~ 作:青いアオ
「…大切なら守り抜け 何にかえても!」
兄さんの言ってたことの意味が、ようやくわかったよ。
俺とエルはカナンの地、審判の門の前に二人で立っていた。
隣りの小さな少女はこらえきれないほどの恐怖を感じているはずなのに、それを隠すように平気な振りをしている。
タイムファクター化して消えてしまうなんて、怖いに決まっている。
それを肯定するようにエルの小さな手から震えが伝わってくる。
俺を安心させるために無理をしていることなんてわかりきっている。
俺はエルの手を強く握り返した。
「望むなら、タイムファクター化だって解除できるよ」
オリジンの発言で、心が揺れた。
オリジンにエルを救うように頼めば…エルは消えずにすむ…
エルが消えずに…
そんな俺の思考を止めるように、エルが必死な表情で見上げてきた。
「だめだよ……分史世界のコト、お願いしないと」
その声は震えていた。
本当は自分が怖いはずなのに、この俺のことを気遣ってくれている。
くそっ!
俺はエルを不安にさせてばかりじゃないか!
そんな自分に行き場の無い怒りを感じた。
オリジンが叶えられる願いはたった一つ。
エルを助ければ分史世界は増え続け、障気を抑えられなくなってしまう。
そうなれば世界から人々が滅びるだろう。
だけど…
世界を救えばエルが消えてしまう…
この俺に選択しろって言うのか!
選べるわけがないじゃないか!
どうすれば……
どうすればいいんだ!
俺はもうどうすればいいのかわからなくなってしまった。
答えの出ない問を延々と考えているようだ。
こんな究極の選択に答えなんて出ないと思っていたその時だった。
ビズリーが死ぬ前に言っていた台詞を思い出した。
"助ける方法があるとすれば、その娘より先に、ルドガーか私がタイムファクター化することか"
そうか…
「ルドガー…」
その時、エルが握る手を強めて俺を見つめてきた。
半分までファクター化したエルの顔は小さく微笑んでいた。
目には涙が見えていたが、必死に堪えている。
俺はその顔を見た瞬間に決意した。
「さぁ、君たちの願いは何だい?」
俺はオリジンに向き直った。
そして一度エルを見た後に言った。
「分史世界を、全て消してくれ」
そう言った瞬間、エルが悲しい表情で瞳を閉じたのがわかった。
見なくたってわかるさ…
「エルのことは……いいんだね?」
オリジンの言葉が、静かに響いた。
そんなこと、決まってるだろ。
いいわけがない。
だから、決めたんだ。
"…大切なら守り抜け 何にかえても!"
兄さんの言ってたことの意味が、ようやくわかったよ。
「エルは……俺が助ける!」
俺は守り抜くよ…兄さん。
何にかえても、ね。
そう言った瞬間、背後の仲間たちが息を呑むのがわかった。
「え………………?」
その場の皆の心境を代弁したかのような戸惑いの声を発したのはエルだった。
悲しい瞳で俺を見つめていた。
「ルドガー、まさか……」
今まで黙っていたジュードが顔を引きつらせながら一歩前に歩み出た。
ありがとうジュード。
勝手かもしれないけど、君とは親友になれたと思っている。
だが、もう決めたんだ。
俺は迷いを振り切るように数歩前へ歩んで立ち止まった。
ここから先に進めばもう取り返しはつかない。
そんなことはわかっているさ。
だけど、これでいいんだ。
今までありがとう、みんな。
決心を固め、俺は骸殻を解放した。
くっ!!
その瞬間タイムファクター化が始まり、身体が侵食された。
思っていたよりもキツイな…
エルはこんな思いをしていたのか…
骸殻に覆われた身体から、あらゆるものを飲み込むかのような黒い光が漏れだした。
どうやら相当な速さでタイムファクター化が進行しているみたいだ。
だけど、これでいいんだ。
「自分を先にタイムファクター化させて、エルを助ける気か!?」
ミラの言う通りだ。
俺はエルのために自分の命を使うことを決めたんだ。
後悔なんてない。
「やめて、やめて!そんなことしたら、ルドガーが……!」
そんな泣きそうな顔をするなよ…エル。
これが俺の選択なんだ。
骸殻のせいで見えないと思うが、俺は駆け寄ってきたエルに微笑んで見せた。
「待って、ルドガー!そんなのって!」
ホントにお人好しだな。ジュード…
だけど、それがお前の良いところだ。
今まで、色々気にかけてくれてありがとうな。
「ルドガー、消滅が怖くないのかい?」
そんなやりとりを見ていてか、オリジンが尋ねてきた。
怖くないのかだって?
怖いに決まっているさ。
自分が消えてしまうのに怖くない人間なんていない。
今もできるなら逃げ出してしまいたい。
だけど
「消滅より怖いことがあるんだ」
俺にとっては
エルが消えてしまうことの方が怖いんだ。
俺はゆっくりとエルに視線を向けた。
そこには、涙を見せながらも、決して俺から目をそらさないエルの顔があった。
「……わかった。君の願い、聞き届けよう」
俺はオリジンが願いを受け入れたことを確認し、時計をゆっくりとエルの首にかけた。
これはもう俺が持つべきものじゃないんだ。
「ルドガー、君はー」
ジュードの呟きにミラが続けた。
「越られない壁を越えたのだ…自分の命を使って」
越えられない壁、か。
確かに俺はその壁を越えたのかも知れない。
だけどミラ。
それは君たち仲間がいたからだ。
本当にありがとう。
そしてジュード。
エルを頼む。
俺は様々な思いを込めてジュードへ視線を送った。
どうやらジュードはちゃんと視線の意味を理解してくれたみたいだ。
無言で頷くその姿に、もう頼りなさはない。
もうこれで、思い残すことはない。
「わかってあげて、エルー!」
続けてティポの寂しげな声が聞こえてくる。
「ルドガーは、エルを選んだんですよ!」
ありがとうエリーゼ。
大丈夫。エルはちゃんとわかってくれているよ。
だからそんな悲しい顔をしないでくれ。
俺を本当の兄のように親しくしてくれて嬉かったよ。
俺にも、大切な家族が増えたみたいで本当に嬉しかった…ありがとう。
「無限の"もしも"のエルさんより、自分自身よりも……今ここにいる、あなたを」
ローエン。
困った時に色々なことをアドバイスしてくれたこと、絶対に忘れない。
あなたがエレンピオスとリーゼ・マクシアに本当の平和をもたらすのを見れなかったのは残念だけど、後悔はない。
本当にありがとう。
「ルドガー……」
俺は泣き崩れそうなエルを抱きしめた。
「こんな悲しいスクープ……嬉しくないよ」
そんな顔をしないでくれレイア。
君は明るく元気な顔が似合う。
俺は何度もその明るさに勇気付けられてきたんだ。
だから、泣かないでほしい。
それと、ジュードと仲良くな。
「……見届けてやろうぜ、レイア。世界一つと、女の子一人を守ったあいつの選択を」
アルヴィン。
あんたの居場所はちゃんとあるじゃないか。
なんやかんやで仲間のことを思っているのはみんなちゃんとわかっているよ。
だから、もう迷わないようにな。
「ルドガー、君と出会えてよかった」
俺もだジュード。
そしてさよならだ、親友。
「お前がなしたことは、この胸に刻んだ」
ああ。
俺もあんたのなしたことは、忘れない。
ありがとうガイアス…いや、アースト。
「ちょっと、きれいすぎだけどな」
全く、アルヴィンらしい台詞だな。
「それができるのがルドガーとあなたの違い」
ありがとうミュゼ。
君には家族の大切さを教えてもらった。
君はちゃんとミラのお姉さんになってるよ。
それと、あまり男性陣をからかい過ぎないようにな。
「エルさんのことは心配しないでください」
ああ、もう心配してないよローエン。
「わたしたちがついてるから!」
「約束します」
ありがとうレイア、エリーゼ。
ああ、俺はこんなにも良い仲間たちに囲まれていたんだな…
今更になって改めて気づいたよ…
「エルも約束する!もうウソつかないし、トマトだって食べる」
エルは頬を濡らしながらも俺を真っ直ぐに見て叫んだ。
「ルドガーが助けてくれたこと…スープの味も、ぜったい忘れない!」
ありがとうエル。
「本当……本当だからー」
とうとうエルは涙を堪えることができなくなったみたいだ。
瞳から沢山の涙が溢れていく。
それでもエルは袖で涙を拭い、もう一度俺を真っ直ぐに見つめた。
俺もそんなエルから絶対に視線をそらさなかった。
そして静かに頷いた。
これ以上の言葉なんて必要ない。
エルには伝わっているさ。
さて…
そろそろ時間みたいだ…
これでエルは助かる。
もう、思い残すことはない。
不思議だな…
これから消えるというのに、凄く清々しい気分だ。
最後に、俺は証の歌を泣き顔のエルに聞かせた。
昔兄さんがしてくれたように。
そして俺とエルは静かに見つめ合った。
残り僅かな時間を大切にするように。
「約束」
エルの言葉に、俺はしっかりと頷いた。
それが、俺が最期に聞いたかけがえのない"相棒"エルの声だった。
もう…タイムファクター化がほとんど終わったみたいだ。
俺の視界の端は、これから消えて逝くのを暗示しているかのように黒くなっていた。
だが、俺はエルのタイムファクター化が解除されるのを見届けるまで絶対に意識を手放さない。
徐々に消えていく視界の中、エルの顔だけがそこにあった。
ルドガー・ウィル・クルスニクが消えて逝くその姿を、しっかりと心に刻むようにエルは視線をそらさない。
涙が溢れるその瞳を、真っ直ぐに向けている。
いつまでそうしていたか、審判のカウンタが一人の男がタイムファクターとなったことを告げた。
「さよなら、エル」
その瞬間、ルドガー・ウィル・クルスニクは消滅した。
最期に見たのは、タイムファクター化が解除されたエルの顔だった。
「……ありがとう、ルドガー」
そんな声が、最期に聞こえたような気がした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…本当にいいのだな?」
「ああ。迷いはない」
「それが、お前の選択か…」
「ああ」
「…そうか。ならば俺はもう止めなどしない」
「ありがとう■■■■■」
「フッ。それはこちらの台詞だ。今までお前には色々と世話になった」
「っぐ…」
「っ!?ファクター化か!?」
「大丈夫…だ…。だけど、もう時間がない…」
「…………そうか…。お前を助けられなくてすまない…」
「あんたが俺を助けようと必死になってくれていたのは知ってる。だから謝る必要なんてない」
「…………………だが……」
「■■!もう迷っている時間はない!」
「………わかった…装置を起動させる…。最後に聞くが、本当にいいのだな?」
「ああ」
「…わかった。起動させよう」
「これでさよならだな」
「ああ…」
「後のこと、頼んだ」
「わかった。任せておくがいい」
「あの時、エルを助けることができた"俺"ならやってくれるはずだ。エルを見殺しにしたこの"俺"と違って…」
「その言い方はやめろと言っただろう。お前は一つの世界線を救ったのだ」
「俺にとってはエルを救えなきゃ何の意味もなかったんだ…」
「お前の気持ちは痛いほどにわかる。だが、それでも俺たちは進んでいくしかないのだ」
「…ああ。そうだな」
「お前の選択は間違いなどではなかったのだ」
「…ありがとう。さて、そろそろ時間みたいだ」
「…そうか。最後に言っておく。ラボメンNo.009は永遠にお前のものだ」
「ありがとう。あと、"俺"によろしくな」
「わかった。後のことは安心して眠れ」
「さよなら、■■■■■」
「さらばだ。我が友よ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
俺は信じられないほどに安らかな気分だった。
タイムファクター化が解除されたエルを見た瞬間、もう全てが報われた気がした。
エルを助けられて良かった。
心の底からそう思った。
そして、この僅かに残った意識も次第に曖昧になってきた。
身体はすでに消えている。
なるほど、これが消滅するということか。
不思議と、悪い気はしないな。
そんなことを思っていた時、どこからか声がした。
"エルを助けてくれて感謝する"
耳はおろか身体すらないのに声が届く。
意識の中に響いてくると表現したほうがいいかもしれない。
いや、この意識だけの世界において"誰が"どこで"言っているかなんて意味をなさないか。
"だが、君の役目は残っている"
何故か聞き覚えのある感じがする。
"勝手だとはわかっているが、後のこと、頼む"
だが、一体何のことだかわからない。
"これは君に言ったところで意味のないことかもしれないが…"
酷く何かを後悔しているかのような口調だ。
"エルのこと、すまなかった"
エル!?
その瞬間、朧気に拡散していく俺の意識は急速に収束した。
何だ?
そして真っ暗な視界が、まるでカーテンを開けたかのように徐々に明るくなっていく。
何が起きている?
訳がわからないまま、消滅したものが次々に甦っていく。
次の瞬間、俺は見知らぬ草原に立っていた。
「何が起きた…?」
その呟きに応える者はいなかった。