Steins;Mahora ~骸殻のクルスニク~ 作:青いアオ
目の前には雄大な草原。
草花が日の光を浴び、風に揺れているのが一面に見える。
その中で、俺は一人呆然と立ち尽くしていた。
「生きてる…?」
理由はわからないが、俺はまだ消えていない。
だけどタイムファクター化して完全に消滅したはず…
なのに何故まだ存在しているんだ?
それに気付いたらこの知らない場所。
こんなに自然があるってことはリーゼ・マクシアなのか?
いや、魔物の一体も見えないというのはおかしい。
まさか分史世界…
いや、それはないか。
オリジンに頼んで分史世界は全て消したんだから。
う~ん。
考えてみてもわからないな…
疑問は尽きないけど、こうして考えたところでわかるとは思えない。
とりあえず身の回りを確認してみるか。
俺は自分の両手を顔の前に動かす。
うん、消滅したはずの身体はちゃんと存在してる。
動かしてみたけれど特に何の違和感もない。
拳を強く握りしめると、じんわりと痛みが広がった。
その時、俺は生きていることを実感した。
服装も青地のシャツにサスペンダーとネクタイという、いつもの姿だ。
双剣、ハンマー、双銃…武器も3つとも揃っている。
そして、兄さんの時計もちゃんとある。
「…………?」
いや、それだけじゃない。
俺の時計がポケットに入っていた。
金色の懐中時計はしっかりと時を刻んでいる。
「これはエルに渡したはずなんだけどな…」
そう。
これはあの時、エルに渡したはずなんだ。
俺にはもう必要ないものだから。
だから俺が持っているはずがない。
「……ん?」
でもこの時計、何か違和感がある。
何がどうって聞かれたら上手く答えられないけど、あえて言うなら"俺"の時計なんだけど"俺"の時計じゃない、みたいな…
何かがしっくりこない、そんな感じだ。
まぁ時計のことは気になるけど、今はそれどころじゃない。
まずここはどこなのか知りたい。
俺は周囲をぐるっと見回してみた。
「何もないな…」
だが、見えるものといったら何もない草原ばかり。
それにしても本当に魔物が一体もいないな。
こんな時、ジュードならゆっくり観察してから動いていたな。
ミラだったら、問答無用で”前進あるのみだ”とか言って歩きはじめるだろうな。
そんなことを思いながら周囲を観察していると、少し丘になっているところが見えた。
とりあえずそこに向かって歩いてみよう。
と、俺は歩を進めた。
草を踏む感触、頬に流れる風、温かな日の光り…
とても心地良い。
生きているってこういうことなんだな、と改めて思う。
こんな気持ちになれるのは、一度消滅したからなのかな。
そう感慨深い思いに浸りながら歩いている時だった。
「うわーっ!!」
誰かの悲鳴が届いた。
声の感じからして、緊急事態だとすぐにわかる。
この声は子供かっ!?
魔物に襲われているのかもしれないっ!
俺は考えるよりも先に声の方へ駆け出していた。
「助けて!!お父さんっ!!」
それにつれて悲鳴はどんどん近づく。
そして遠くに、小さな子供の姿が見えた。
「っ!!」
続けて視界に映ったのは、その子供を追いかける大きな犬。
どうやら子供が野犬に追われているようだ。
凶悪な魔物の類いじゃなかったのは良いが、危険なことに変わりはない。
俺は全力で草原を駆け抜ける。
速く!
もっと速く!
思いとは裏腹に、俺の足はこれ以上速くは動かない。
そんな自分に歯ぎしりした時だった。
「あっ!」
犬に追われていた子供が足を踏み外してその場に倒れてしまった。
まずい!
このままではたどり着く前に、犬が追い付いてしまう。
そんな俺の考えを肯定するかのように、野犬は転んだ男の子との距離をどんどん縮めていく。
くっ!
双銃を使おうかとも考えたが、まず射程が届かない。
それ以前に、この状態ではあの男の子に誤射しかねない。
「うわ~ん!お父さん!お父さん!」
ついに男の子はその場で泣き出してしまった。
無理もない。
見た感じではエルよりも全然子供だ。
3、4才といったところだろう。
俺は地面を踏む足に更に力を加える。
無理な力を加えたせいか、足首から嫌な音が聞こえた。
だけど、そんなもの知ったこっちゃない!
「うぉぉおおおおお!!」
全力を越えた全力を出したお蔭か、男の子はもう目の前だった。
だが、それと同時に野犬も男の子の目と鼻の先だ。
間に合えっ!!
俺の願いを拒否するように、野犬は男の子に飛びかかった。
くそっ!
それを見た俺は、躊躇うことなく野犬と男の子の間に飛び込んだ。
「うっ…」
その瞬間、背中に痛みが走り地面に赤い血がかかる。
俺の背中は犬に裂かれたが、男の子は無事のようだ。
「グルルル…」
突然の乱入者に対し、野犬は警戒したように距離を空けて威嚇してきた。
その剥き出しにした鋭利な歯を見ると、男の子が襲われなくて本当に良かったと思う。
俺は双銃を取り出し、犬の足元へ威嚇射撃をした。
できれば無駄な殺生は控えたい。
これで去ってくれ。
そう思いながら視線を鋭くして犬を睨む。
「グウウ…」
そんな俺の願いを理解したように、野犬は唸りながらもその場から走り去った。
ふぅ。
これでひとまず安心だ。
俺は安全を確認して背中に隠れていた男の子に向き直る。
「大丈夫か?」
聞かれた男の子は唖然としたように俺を見ているだけで返事はない。
代わりに予想外の発言を返してきた。
「お父、さん…?」
ん?
お父さん?
子供だから見間違えたのかな?
見たところやっぱり3才くらいの子供だ。
赤毛が特徴的な大人しそうな男の子だ。
ポカンとした表情で俺を見上げている。
「いや、俺は君のお父さんじゃない」
と答えると、少年は何か落ち込んだように俯いた。
う~ん。
なにか事情がありそうだな…
「俺はルドガー・ウィル・クルスニク。君は?」
「ネギ…ネギ・スプリングフィールド…」
ネギ・スプリングフィールド…
当たり前かもしれないけど聞いたことのない名前だ。
俺はその場にしゃがんでネギと目線を合わせた。
うん。良い目をしてる。
「そうか。ネギか」
俺の発言に対し、泣き顔のネギは袖で涙を拭きながら頷いて見せた。
見かけによらず、強がりなのかもしれない。
ふ…まるでどっかの誰かさんみたいだな。
俺はそんなネギの頭を撫でながら言った。
「よく頑張ったな。怪我はないか?」
「うん…」
ぱっと見てみても確かに怪我は見当たらない。
間に合って良かった。
「お家の人は?」
「ネカネお姉ちゃん…」
お姉ちゃんか…
普通なら両親の名前の方が先に出てくる気がするけど…
やっぱり何か事情があるみたいだ。
ま、俺が言えたことじゃないかもしれないけどな。
「道はわかるか?」
「…たぶん」
多分か。
一人にするとまた野犬に襲われるかも知れない。
とりあえず保護者のところまでは一緒に帰った方がいいな。
「じゃあ、家まで一緒に帰ろうか」
それを聞いたネギはコクンと頷いた。
それを見た俺はゆっくり立ち上がり、ネギの手を引いて歩き出す。
さっきの全力疾走で片足を痛めたが、ネギには悟られないように隠して歩く。
夕日に染まる草原の中、一人の青年と一人の男の子が歩んでいる。
こうして手を引いて歩いていると思い出すな…
エルの奴、俺から繋ぐと"子供扱い禁止!"とか言ってくるくせに、しばらくしたら自分から繋いできてたよな。
全く、素直じゃないんだからな…
そんなに時間が経ってるわけじゃないけど、酷く懐かしいな。
エル…元気にやっているかな。
と、そんなことを思いながら歩を進めている帰り道、ネギは仕切りに俺の方をチラチラと見上げていた。
俺は気づいていない振りをしていたが、ネギは何かを確認しているようだった。
「怪我…大丈夫?」
ネギは唐突に聞いてきた。
ああ、俺の怪我を心配してくれてたのか。
優しい子だな。
「大丈夫さ。怪我には慣れてる」
そう。
エージェントとして働いていたあの日々に比べたらこの程度の怪我はかすり傷にもならない。
「本当?」
「ああ。大丈夫さ」
その返事で、とりあえずネギは納得したようだ。
「ところでネギ、何で犬に追いかけられてたんだい?」
答えたくない質問だったのか、ネギは俯いて黙ってしまった。
それを見た俺が、話題を変えようと口を開きかけた時
ネギは小さな声で答えた。
「ピンチになったら…お父さんが来てくれると思ったから…」
…なるほど。
どうやらネギの父親はすぐに会えるところにはいないらしい。
もしかしたらすでに亡くなっているのかもしれない。
そうか…
「……俺と同じだな」
ネギは俯いた顔を上げて、俺を見上げた。
「ルドガーお兄ちゃんも?」
「ああ…」
それ以上、俺は言葉を続けなかった。
そして僅かな沈黙の後、ネギが前方を指差した。
「あそこ」
その方向には、小さな村が見えた。
感じとしては質素なハ・ミルの村に似ている。
村の中へ入るやいなや、ネギは一軒の家に向かって走り出した。
今度は逆に俺が引っ張られることになる。
「お、おいおい」
俺は躓きそうになりながら家の玄関の前に連れていかれた。
やっぱり一人で心細かったんだな。
早くお姉ちゃんに会いたいらしい。
そんなネギを見て、俺は思わず笑みを零した。
「ネカネお姉ちゃん!!」
玄関の前まで来ると、ネギは大声で叫んだ。
それを聞いてか、家の中から慌ただしい音が聞こえた。
きっとネギを心配していたんだろう。
それを認めるように、すぐに扉が開いた。
「ネギっ!!」
そして中から一人の女性が飛び出してきた。
腰まで伸びた長い金髪に整った顔立ち、お世辞抜きで綺麗な人だ。
どうやらこの人がネカネさんらしい。
「こんな時間までどこにいたの!?心配したんだから!」
そう言うやいなや整った顔を歪ませ、ネギを抱きしめた。
「…ゴメンね。ネカネお姉ちゃん…」
ネギは申し訳なさそうに腕の中で俯いている。
良かった。
その光景を見た瞬間に俺はそう思った。
ネギにも心配してくれる家族がちゃんといる。
それが確認できれば十分だ。
さて、ネギは無事に帰れたみたいだし、俺はもう去るかな。
そう思って二人に背を向けて歩き出そうとした。
「待ってください!」
と、そこにネカネさんが声を掛けてきた。
無視するのも気が引けたので、俺はその場に立ち止まった。
「ネギを連れてきてくださって本当にありがとうございます」
「いや、別に大したことじゃないさ」
ネカネさんは本当にありがたいと思っているようだ。
そう思ってくれただけでもう満足だ。
「っ!その傷…!」
ネカネさんは驚いたような声を出した。
ん?
ああ、そういえば背中を野犬に裂かれていたんだっけか。
「もしかしてネギのために…」
「いや、別に大したことないから気にしなくていい」
そう。このくらい何てことない。
放っておけばすぐ治る。
そう思って再び歩き出そうとした時だった。
急に腕に力が加わって、後ろへ引きもどされた。
「そうはいきません。ネギを助けてくださった恩人を傷の手当すらせずに帰すなど」
振り替えると、ネカネさんが有無を言わさない表情で俺の腕を掴んでいた。
見た目以上に力のある人らしい。
この表情、凄く見覚えがある。
何かを誘ってくる時のレイアそのものだ。
こういう時、基本的に断るという選択肢は選ばせてはもらえないのはよくわかってる。
「じゃあ、手当だけお願いします」
そう言うと、ネカネさんはニッコリと微笑んだ。
俺は苦笑いするしかなかった。
あの後、俺はネギと一緒にネカネさんの家にお邪魔していた。
俺は木製の椅子に座り、隣りの椅子に座ったネギから質問攻めにあっていた。
そんなに目を輝かせられてもな…
ネカネさんは傷の手当と大方の事情を話し終わったところで、シチューを作ると言って台所へ向かってしまった。
早く戻って来てくれネカネさん!
「ねぇ!ルドガーお兄ちゃんは偉大な魔法使い"マギステル・マギ"なの?」
ネギは身を乗り出しながら聞いてきた。
う…そんなキラキラした目をされたら答えないわけにはいかないじゃないか。
でもその名称は聞いたことがないな。
マギステル・マギ?
役職か何かか?
「いや、俺はクランスピア社の人間だよ」
と、試しにクランスピアの名前を出してみた。
「くあんすぴや?」
その反応からするに、知らないみたいだな。
ということはやっぱりここはリーゼ・マクシアか。
エレンピオスでは子供でも知っている一大企業の名前なんだけど…
まぁ、副社長の自分で言うのも何だけどさ。
「じゃあ、ルドガーお兄ちゃんは魔法使いじゃないの?」
魔法使い…?
精霊術士のことだろうか。
確かに精霊術を知らないエレンピオス人から見れば魔法使いと言えなくもないけど。
「ああ。俺には霊力野"ゲート"がないからね」
「…げーと?」
ん?何かさっきから話が噛み合わないな。
話している感じでわかるけど、ネギは年齢のわりにしっかりしているし物覚えもいい方だ。
単にネギが子供だから話が噛み合わないってわけじゃないと思うんだけど。
「はい、どうぞ」
と、そこでネカネさんがシチューを運んできてくれた。
「ありがとうございます」
俺はシチューを受け取って礼を言った。
「どういたしまして」
ネカネさんはニコッと微笑んだ。
その顔は凄く綺麗だった。
っ!
俺は思わず視線を反らした。
こんな笑顔を見せられてはどうしようもないじゃないか!
自分でも顔が赤くなっているのがわかる。
俺はそれを誤魔化すようにテーブルの上のシチューに視線を向ける。
それにしても美味しそうな香りだ。
きのこや人参、じゃがいもと言った具材を使っているみたいだ。
そういや兄さんがトマト好きだったから、トマト以外の食材ってあんまり使ったことないんだよな。
兄さん、好きだったもんなトマトスープ…
「はい。ネギも」
ネカネさんはネギの前にもシチューを置いた。
その表情はとても優しい笑顔だ。
それだけでこの人が優しさに溢れた女性だとわかる。
何だろう。
この人の笑顔を見ていると、俺まで幸せな気持ちになる。
「ありがとー。ネカネお姉ちゃん」
ネギは嬉しそうにシチューを受け取った。
「さて、私も頂こうかしら」
そう言ってネカネさんは俺たちに向かい合うように着席した。
正面からこうして見ると、本当に綺麗な人だとわかる。
薄青色の大きな瞳に薄い唇、長い金髪は流れるように腰まで伸び、気品を感じる佇まい。
どこかミラに似ている気もする。
って!
俺は何をじっくり観察してるんだ!
あぶないあぶない!
慌てて視線を外す。
「どうかなさいました?」
ネカネさんは不思議そうに首を傾げた。
「い、いや、何でもないよ」
我ながら自分の行動が恥ずかしい。
「そうですか。じゃあ頂きましょうか」
「わーい!」
「ネギ、火傷しないようにゆっくり食べるのよ?」
「うん!」
そう言いながらネギは凄い早さでシチューを食べている。
それを見たネカネさんはやれやれといった表情で苦笑いしている。
そんな光景を見ていると、俺も自然と笑顔になった。
どこから見ても、この二人は家族だ。
お姉ちゃんと言っていたけれど、年が離れているせいでまるで親子だな。
なんだか他人事には思えない。
意味のないことだとわかっていても、どうしても自分と重ねて見てしまう。
家族、か…
エル…ユリウス兄さん…
「………………………………」
こんなに楽しい食事がまたできるなんてな…
そんな感情を誤魔化すように、俺は目の前のシチューをスプーンですくって口に入れた。
「っ…………」
その味は、とても美味しかった。
「…ルドガーさん?大丈夫ですか?涙が…」
ネカネさんは驚いた表情で俺を見ていた。
「え?」
言われて俺は自分の頬を触って見た。
ああ…
どうやら自分でも知らないうちに涙が流れていたようだ。
「大丈夫?ルドガーお兄ちゃん?」
「ひょっとして、お口に合いませんでしたか?」
心配そうな表情をする二人を見て、俺は笑って見せた。
「いや、違うんだ。ただ、嬉しくって」
そう言う俺の顔は、たぶん笑顔だったと思う。