Steins;Mahora ~骸殻のクルスニク~   作:青いアオ

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第6話 ; 「重なる記憶」

 

 

 

「ふぅ。こんなものかな」

 

俺は鍬を動かす手を止め、遠い空へ視線を向ける。どこまでも続くかのような広大な空は夕焼けに染まっている。太陽は既に地平線へと隠れ始め、物悲しい黄昏時を告げている。

 

「スタンさん、こっちは終わりました」

 

俺は額の汗を拭き、一拍空けてから少し離れた場所の人物へと声をかける。

 

「おお、ご苦労さんよ。今日の仕事はそれで全部じゃ」

 

それに応えたのは三角帽子に全身を覆うフードという特徴的な格好をした老人。長い髭を生やし、パイプを吹かすその姿は様になっている。

 

「了解です」

 

そう言って俺は鍬を担いでスタンさんの所へと向かう。俺が今いるのは村の中にある小さめの畑だ。さっきまでこの畑を耕していたんだけど、どうやら今日の作業はもう終わったみたいだ。

俺が鍬を片付けたところでスタンさんが複雑な表情を見せた。

 

「信用ならんよそ者かと思っとったが、お前さん中々働き者じゃな。じゃがわしはまだお前さんを完全に信用したわけではないからの」

 

ネカネさんから聞いてはいたけど、やっぱりこのスタンさんは思っていたよりも気難しい人だ。悪い人じゃないのはわかっているけど、少し話しかけ難い。最近ではもう慣れたけど、最初の時は苦手な人だったな。

 

「………」

 

確かに俺はこの村の人にとってはよそ者だし、歓迎されているわけではないのは理解している。いきなり信用してもらうなんて無理な話だ。そんな俺が今何を言ったところでスタンさんには意味がない。だから俺は無言のまま頷いて見せた。

 

「…うむ。いい目じゃ」

 

そんな俺の思いを理解したようにスタンさんも頷き返した。

 

「さて、今日はもう帰って良いぞ。ネギの坊主も待っているはずじゃ。早く帰ってやれ」

 

この発言からもスタンさんはネギを心配しているとわかる。気難しいせいでネギからは少し苦手に思われているみたいだけど、このスタンさんのネギを大切に思う気持ちは本物だと思う。そんなネギの面倒を俺に任せているということは、ああ言いつつも少しは信用してくれているってことなのかな。そうだといいんだけどな。

 

「そうですね…」

 

そんなことを思いつつ、俺はもう一度頷いてからその場を後にする。帰るのはネギとネカネさんの家。現在俺はそこに住まわせてもらっている。

何故こんな状況になっているかと言うと少し時間を遡る必要がある。

ネカネさんから手当てを受けた後、結局俺は怪我が治るまで看病されていた。正直そんな大した傷じゃなかったから直ぐに出て行こうと思っていたけれど、そこをネカネさんに止められてしまった。それに、なんだかネギにもすっかり懐かれてしまい、出て行こうとするとネギにまで止められてしまった。そうなったらもう俺に選択肢はなく、結局ネカネさんの言う通り看病してもらうことにした。

その間、色々な話を聞いた。特に衝撃だったのはこの世界が分史世界ではなく、ましてやエレンピオスでもリーゼ・マクシアでもない完全な異世界だったということだ。それはこの世界には黒匣も精霊術も存在していないことから明らかだった。黒匣の代わりに化石燃料、精霊術の代わりに魔法というものが使われているらしい。そしてその化石燃料を使う人々の世界と魔法を使う魔法使いの世界に分かれているらしい。その点はエレンピオスとリーゼ・マクシアと似ているかもしれない。けれど俺の知っている世界とは根底から異なることに変わりはない。

 

「でも信じられないよな…」

 

帰り道、思わず口からため息が漏れる。正直、異世界だ何だのっていうのはもう慣れている。だけど分史世界ですらないというのは信じられないところがある。いや、実際に黒匣や精霊術が無いんだから異世界というのは本当なんだろうけどさ…。本当に何でこんなことになっているのか。そもそも何で消滅したはずの俺がまだこうして存在しているんだろう…。いや、これ以上はやめよう。考えたところでわかるはずもない。因みにネギとネカネさんには俺が違う世界から来たということは話していない。

そしてもう一つ驚いたこと、それはネギが実質的に一人で暮らしているということだ。何でもネカネさんの通う学校は遠く、村に帰って来れる日は限られているらしい。その間、ネギはずっと一人だ。どうやらネギは英雄と言われる人物の息子らしく、それが原因で一人なのかもしれない。それがこの村のやり方なのかもしれないけど、こんな小さな子供を一人にするのはどうかと思う。ネギは我慢しているみたいだけど、きっと寂しいに決まっている。

そのことをネカネさんに話したら、ネカネさんは辛そうな表情でこう言った。

 

"そのことなのですが…。ルドガーさん、行くあてが無いのでしたら、この村に留まっては頂けないでしょうか?身勝手なお願いだとは思いますが、ネギのことを見守って欲しいのです。本当は私がすべきことなのはわかっています…ですがそういうわけにもいきません…。村の方はネギを英雄の子として見てしまうのかもしれませんが、私にとってはたった一人の弟なんです。お願いしますルドガーさん"

 

そう必死な顔をするネカネさんを前に、断ることなんて考えられなかった。なにより俺もネギのことが心配だ。ネカネさんにとってネギは本当に大切な存在なんだと良くわかった。たった一人の弟…兄さんも俺をこんな風に思ってくれていたのかな。

まぁとにかく、そういう経緯があって俺はネギの家に居候することになった。最初は村の人達から明らかに警戒されていたけど、今ではネカネさんの口添えや俺自身が村に馴染んだこともあり少しは友好的に接してもらえるようになった。だけどまだ疑いの目を向けられているのも事実だ。仕方ないとは思うけど、あまり心地いいものじゃないな…。

 

「ただいま」

 

と、そんなことを考えているうちに家まで到着していた。扉を開けると、小さなネギの姿が見えた。困ったような顔をしているが、何やら喧嘩しているようだ。相手は見なくてもわかる。今、ネカネさんは魔法学校へ行っていてネギは一人で留守番をしている。だから多分アーニャだろう。

 

「あ!ルドガーお兄ちゃん!」

 

こっちに気づいたネギが声を出しながら駆け寄ってきた。転びそうになりながら走るその姿は見てる方がヒヤヒヤする。

 

「待ちなさいよっ!」

 

案の定と言うべきなのかな。続けてネギを追いかけるようにアーニャが勢い良く走ってきた。今度は別の意味でヒヤヒヤする。

 

「あっ!ルドガー!」

 

アーニャも俺に気づいたようで、その場で急停止してこっちを指差した。

化け物じゃないんだからそんな大袈裟に指差さないでくれ。それにしてもいつものことだけど元気な二人だ。この二人を見てると何だか俺まで元気になるよ。

 

「聞いてよ!ネギが私のおやつ食べちゃったんだからっ!」

 

アーニャはかなりご立腹のようで、俺の後ろに隠れているネギを睨んでいる。どこかの精霊主と同じく、食べ物の恨みが恐ろしいというのは世界共通のようだ。

 

「ち、違うよ!アーニャがぼくのを取ったんじゃないか!」

 

対してネギは俺の背後から顔を出してアーニャに反論する。なるほど、二人の話を聞いた感じでだいたい何があったのかわかった。きっと二人でおやつの取り合いが始まって、そうしているうちに本当はどっちのなのか分からなくなっちゃったんだろう。

 

「ウソつきのバカネギ!」

 

「ウソじゃないよ!」

 

やれやれ、またいつもの喧嘩か。でもある意味ではいいことかもしれない。ネギとアーニャは幼なじみで年も近い。アーニャ以外でネギが真っ向から喧嘩できる相手なんてそんなにいないみたいだからな。英雄の息子という立場上なのか、ネギがこうして喧嘩している姿はあまり見ない。というかネギと喧嘩するのはアーニャしか見たことがない。等身大のネギを一番見てくれているのはもしかしたらアーニャなのかもしれない。何か、ジュードとレイアを思い出すな。ふっ、良い友達を持ったなネギ。

俺は言い合う二人を見ながら思わず笑顔になる。

 

「ルドガー!何笑ってるの!」

 

と、そこでアーニャが標的をネギから俺に移して睨みつけてきた。別に笑うつもりはなかったんだけど、あまりに微笑ましかったからな。アーニャには悪いけど、今もこうして見上げながら一生懸命に睨んでいる顔はむしろ可愛らしくて笑顔になってしまう。

 

「あ~!また笑ってる!」

 

「ゴメンゴメン。じゃあこうしよう。俺が二人にケーキを作ってあげるよ」

 

それを聞いた途端、さっきまでの喧嘩が嘘だったようにアーニャもネギもキラキラした目でこっちを見上げてきた。

 

「本当!?」

 

「やったー!」

 

そんな二人を見て俺はまた笑顔になる。この二人の笑顔を守りたい。俺は心からそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ごちそ~さま~」」

 

目の前の光景に、俺は目を丸くするばかりだ。そんな大量に作ったわけじゃないけど、二人の食べる速さが尋常じゃない。テーブルの上にあったはずのケーキは既に跡形も無く消えている。まぁ、作った側としては美味しそうに食べてくれるのが一番嬉しいんだけどね。

 

「ネギ、口の回りがベトベトだぞ」

 

そう言いながら俺はネギの口をナプキンで拭く。

 

「ありがと~ルドガーお兄ちゃん」

 

そして拭き取った後、今度はネギの横に目を向けてため息を漏らす。

 

「ん~ん~♪」

 

そこには更に口の回りをベトベトにしたアーニャがいた。何やら楽しそうに口をモグモグしながら言っているが、何を言ってるかさっぱりわからない。

 

「ほら、アーニャも」

 

「ん~!」

 

続けてアーニャの口もナプキンで拭き取る。

 

「なによ~!私は子供じゃないんだから~!ネギと一緒にしないでよ!」

 

ようやく口の中が空になったと思ったら、今度は不満そうに頬を膨らませた。やれやれ、だな。

 

「ハァ。まぁいいか…。それよりもアーニャ。もう家に帰った方がいいんじゃないか?」

 

窓へと視線を向けると、外は段々と薄暗くなってきていた。

 

「うん。そうする。またケーキ作ってねルドガー!」

 

「ああ」

 

少し遅いし、ここは俺が送り届けた方がいいな。そう思い、俺はアーニャと二人で玄関へ向かう。

 

「ちょっと留守番頼むよネギ」

 

「うん」

 

そう言い渡し俺はアーニャを連れて外へ出る。

 

「じゃまたねネギ」

 

「またねアーニャ」

 

さっきまで喧嘩していた二人も、なんやかんやでもう仲直りしたみたいだ。別れ際はすっかり寂しそうだ。本当に良い友達だな。

そんなことを思いながら俺はアーニャの手を引いて歩き出した。こうして手を繋ぐと無意識に思い出してしまう。もう会うことはないであろう、かけがえのない相棒の姿を。

辺りは既に薄暗くなり、村の家から漏れた灯りが周囲を照らしている。何故だろう…それが無性にもの悲しく見える。

ふと振り返ると、薄明かりに照らされた自分の影がある。少し前までなら仲間がそこに居たんだけどな。なんだか急に孤独な感情が沸き上がってきた。知らない世界で俺はただ一人。そう思うとな…。

叶うのなら、もう一度みんなに会いたい。だけどわかってるんだ。みんなとは二度と会えないってことが。確かに俺はまだ消滅してないけど、ここは異世界であって分史世界じゃない。骸殻の力を使ったところでどうにもならない。

いや、それ以前にどこかでわかってるんだよ。俺はもうエルたちとは会えないってことが…もう…心の底ではわかってしまってるんだ…。

選択はやり直せない。あれは俺が消えてエルが生き残るという選択の上に成り立った世界。だからもう、俺はあの世界では存在できない…いや…存在してはいけないんだ。絶対に。

 

「ルドガー!私がせっかく手をつないであげてるっていうのに!ほかのこと考えてるでしょ~!」

 

とそんなことを考えていたらアーニャがふて腐れたような顔で手を振り解いてきた。なんだか相当怒っているようだ。俺の正面で仁王立ちして頬を膨らませている。

 

「いや、違うよ。ゴメンゴメン」

 

俺は目線が合うようにしゃがんでアーニャの小さな頭を撫でた。

 

「ふん!そんなんじゃ許してあげないんだから!」

 

そう言いながらもアーニャは少し嬉しそうにしている。恥ずかしいのか、俺から視線を外して赤くなっている。前からわかっていたけど、アーニャはネギの前とそれ以外では態度が多少違う。どうやらネギに対してはお姉さんでいたいらしいな。本当は甘えたがりの年頃なんだと思う。

 

「フフ、わかった。今度また美味しいもの作ってあげるよ」

 

それを聞くとアーニャは喜んだようにこっちを見てきたが、目が合うとすぐにそっぽを向いてしまった。

 

「ふ、ふん!それだけじゃダメ!」

 

どうやらこの小さな御嬢さんはまだ許してくれないらしい。

 

「じゃあどうすればいい?」

 

逆に聞き返してみたが、アーニャは俺をチラチラ見てくるだけで反応がない。仕方ないからもう一度繰り返そうとした時、アーニャがようやく口を開いた。

 

「…ルドガーが私のいうことなんでも聞いてくれるなら許してあげる」

 

なんとも可愛らしい要求だな。どこか恥ずかしそうに言うアーニャを見て、俺はついつい笑みを零す。

 

「わかった」

 

きっとそんなに大したことじゃないんだろう。そう思った俺はすぐに頷いて見せた。

 

「本当?やくそくだよ!」

 

アーニャは念を押すように確認してきた。

約束、か…。

 

「ああ。約束だ」

 

俺がそう言うとアーニャははしゃぐように笑顔を見せた。それにつられて俺も自然な笑顔になる。

 

「さて、帰ろうか」

 

「うん。じゃあおんぶして」

 

当たり前のようにアーニャは両手を伸ばしてきた。これには思わず苦笑いをしてしまったが、アーニャは有無を言わさない顔をしている。

 

「…ハァ」

 

結局、俺はアーニャを背負って送ることとなった。

 

「ねぇルドガー」

 

帰り道、背中から声が届いた。俺は足を動かしたまま聞き返す。

 

「ん?」

 

すると一拍空けてからアーニャが尋ねてきた。

 

「ルドガーのおうち、とおいところなんでしょ?」

 

その声は不安そうな響きを秘めている。何か聞きたいことがあるのかな。どう言うべきかわからないから、俺はとりあえず短く答える。

 

「ああ」

 

そういえばアーニャには遠くから来たとしか言っていなかったな。気にしてくれているんだろうか。

 

「いつか帰っちゃうの?」

 

アーニャの声に含まれる不安感が増したような気がする。もしかしたら俺が突然消えたりするんじゃないかと心配してくれてるのか?

 

「いや、帰れないんだ」

 

他に言葉が出てこない。帰れない。そうとしか言いようがない。

 

「ルドガーさみしい?」

 

寂しい、か。この気持ち、そうなのかもしれないな。俺の知っているものが全て一瞬で消えたからな。

 

「…そうだな」

 

そう答えると、背中のアーニャが力強く声を出した。思えば、この言葉があったからこそ俺は前に進めたのかもしれない。

 

「じゃあ私さみしくないようにルドガーとあそんだげる!」

 

その一言を聞いた瞬間、俺は形容しようのない感情に捕らわれ思わず目頭が熱くなった。

最初、この知らない世界で俺を知っている人など誰もいなかった。でも異世界にいるという衝撃からか、俺は寂しいと感じることはなかった。…いや、もうみんなと会えないという事実から目を背けていたのかもしれない。

でも今わかった。もとの世界には戻れなくても、この世界でも俺を慕ってくれる人がいる。それだけで胸が一杯になり、穴の開いていた心がゆっくりと埋められていく。ありがとう、そんな思いが自然と湧き上がってきた。

そんな感情を隠すように俺は笑って見せた。

 

「フフ、ありがとう」

 

「うん!」

 

今度は、きっと上手く笑えていたと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、俺はアーニャを家まで送り届けてネギの待っている家へ帰っていた。

 

「ただいまネギ」

 

今日二回目の帰宅か。

扉を開けるとすぐにネギの姿が見えた。

 

「おかえりルドガーお兄ちゃん!」

 

「ああ」

 

今日は少し疲れた。畑仕事は見た目以上にキツいからな。重い体を預けるように椅子に腰掛けると、木の軋む音が心地好く耳に届いた。部屋に目を向ければ木材がランプの灯照らされ、落ち着く雰囲気を醸し出している。

こういう落ち着きのある家は好きだ。そういえばヴィクトルの家もランプを使ってたな…。

”エルを頼む”

それがヴィクトルが俺に言った最後の言葉だった。どんな思いで言ったのか、今の俺ならわかる気がする。

 

「…だいじょうぶ?」

 

ネギの声で思考の世界から引き戻される。突然のことで俺は一瞬茫然とする。目の前に視線を向けると正面の椅子に座ったネギが心配そうな表情でこちらを見ている。

 

「大丈夫だよ。急にどうかしたのか?」

 

「うん…。ルドガーお兄ちゃん、悲しそうな顔してたから…」

 

そう言ってネギは顔を下に向けて俯いてしまう。俺はそんなにひどい顔をしていたのだろうか。いや、ネギには見破られていたのかもしれないな。ネギは相手の気持ちを理解できる優しさ

を持っている。そう、その優しさが裏目に出てしまうのではないかと思うほどに。こうして過ごしてきてわかったけど、何だかネギには不安定な部分を感じる。まだ子供なんだから当たり前といえばそうなんだけど、そう簡単に割り切れるほど単純ではないもっと深いところの問題のように思える。

 

「ありがとう。ちょっと怖い夢を見ただけだよ。だから心配しないでくれ」

 

そう言ってネギの頭をなでると、ネギは嬉しそうに笑顔を見せた。

この表情からもわかる。ある部分でネギは俺と父親を重ねている。そしてネギの抱える問題の根底にあるのは父親の存在のようだ。良くも悪くも、この小さな子を動かしている原動力は父親に対する強い思いだ。詳しくは聞いていないけど、ネギの父親はもう生きていないのかもしれない。考えてみればネギの母親も見たことがない。

なんだか、ますます俺と似ているな…。でも俺はあまり寂しいと思ったことはなかった。俺にはユリウス兄さんがいてくれたから。俺が小さい時、兄さんは常に忙しそうで昼間は留守にしてることが多かった。でも夜には必ず帰って来てくれて、俺の作った夕飯を美味しそうに食べてくれた。だから俺は孤独に耐えられたんだ。Jコードを聞いた時、兄さんは俺が救ってくれたと言っていたけど、俺からすれば兄さんが俺を救ってくれたんだ。

同じようにネギにもネカネさんがいるが、ネギがネカネさんと過ごせる時間は限られている。そしてネギには、俺にはなかった父親への強い思いがある。俺にとって家族というのは兄さんだけだったが、ネギにとっては父親という存在が大きな意味を成している。それが、俺とネギで異なる大きな違いなんだと思う。

 

「ネギ、お父さんと会ったことはあるか?」

 

そう尋ねると、正面に座ったネギは悲しそうに首を横に振った。

やっぱり会ったことがないのか。それが余計に父親への思いを増長しているのだろう。

 

「会いたいか?」

 

聞くまでもなかったのかもしれない。ネギは直ぐにコクンと頷いて見せた。ランプの明かりが照らすその顔は、とても寂しそうだった。

父親か。そういえばエルも…

 

「ルドガーお兄ちゃんは?」

 

と、考えを巡らせている途中で今度はネギが問いかけてきた。

 

「…俺?」

 

意外な質問で咄嗟に返事ができない。

 

「うん」

 

ネギは真っ直ぐにこちらを見ている。その瞳に映った自分の顔はひどく悲しげだ。そんな顔を見ないように、俺は無理やり笑顔を作る。

 

「父親と会いたいとは思わないな。でも、仲間…家族とはもう一度でいいから会いたい」

 

叶わない夢だってことはわかってるさ。でも、心のどこかではそう願ってしまうんだ。

 

「また会えるといいね」

 

そんなネギの言葉と同時に、なんとなく窓の外へ視線を向ける。

 

「ああ、そうだな」

 

そこに見えるのはどこまでも続くかのような暗闇。

その中に浮かぶ星たちは、静かに瞬いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして静かに月日は流れた。季節が一つ変わるくらいの期間だったが、長かったようにも短かったようにも感じられる。これまでの日々が嘘だったかのように穏やかな日常を過ごしていた。そんな日々を否定するかのように、突然の終焉が訪れることになる。

それは村での生活にも段々と慣れてきたある冬の日だった。その日、ネカネさんが帰ってくるということで、ネギはネカネさんへのプレゼントとして花を摘みに村外れの草原へ行っていた。俺もネギと一緒に草原まで出向いていた。

この草原は俺がこの世界に現れた最初の場所だ。ネギと出会ったのもここだったな。

 

「ネギ、見つかったか?」

 

今の季節は冬。当然だが草花の数は激減していてなかなか目当てのものは見つからない。

ネギが言うには、こんな雪が積もっている場所でも咲く種類の花があるらしく、今2人で探しているところだ。

 

「…ううん」

 

しかし一向に見つかる気配はない。昼前から探し始め、空はもう暗くなってきている。これだけ探してもダメなら諦めるしかないな。その考えを後押しするように、空を見上げると雪が降ってきている。

 

「そろそろ帰ろう。もうネカネさんが帰ってくる時間だろうし」

 

「うん…」

 

ネギは残念そうに俯く。そんなネギに声をかけようとした時だった。

 

「あっ!あそこっ!」

 

そう言って突然ネギが走り出した。

 

「ネギ!走ると危ないぞ」

 

俺の注意も聞こえていないようで、ネギは雪の中を一心不乱に走る。そして少し離れた場所で立ち止まり、何かを拾うような動作をした。

 

「ルドガーお兄ちゃん!あった~!」

 

そう言って片手を挙げて嬉しそうにこっちに向き直るネギ。その手には青く輝く綺麗な花が握られていた。

 

「やったなネギ!」

 

俺も思わずネギのところまで走り寄る。

 

「うん!」

 

満足そうな顔のネギを見て俺も笑顔になる。探していたものが見つかるというのはやっぱり嬉しいものだな。

 

「よし、じゃあ帰ろうか。ネカネさんも待ってるよ」

 

そう言った次の瞬間、聞いたこともない轟音が辺り一面に響き渡った。

 

「っ!?」

 

まるで精神を蝕むかのような、何かを砕くような不快な轟音。いや、轟音なんてものじゃない。まるで耳元で発せられていると錯覚するほどの音量だ。俺もネギも咄嗟に手で耳を塞ぐ。こんなものを聞いていたら頭が壊れる!

 

「ううぅう!」

 

「っぐ!」

 

音の源は上のようだ。そう思い、俺は上空を見上げた。

そして、目に映ったものを理解できずに茫然と立ちすくむこととなる。

 

「…何だ…これ…」

 

”空が、割れていた”

 

そう。比喩でもなんでもなく空が割れている。まるで天空という卵の殻を破ったように、空の一部に亀裂が走っている。

その亀裂の奥に見えたものそれは

 

「…塔?」

 

信じられないことに、その亀裂から地上に向けて巨大な光の塔が生えている。見間違いではなく、空から見たこともない閃光の塔が這い出るかのように生えている。

そして塔は生物のように空の殻を突き破って地上へと伸びてくる。光の柱が亀裂を押し広げていく。それと共に亀裂は広がり、段々と本来夜空が見えるべき場所に異なるものが見えてきた。

 

「!?」

 

夜空を貫く亀裂の先に、別の世界が見えた。

自分でも何を言っているかわからないが、そう表現するしかない。空に開いた穴から、見たこともない世界が見える。上空に見慣れない世界が逆さまに存在している。

良く見ると何か巨大なリング状の装置が見え、そのリングから光の柱が生えている。

そしてそのリングには何か記号のような文字が刻印されている。

 

「S…E…R…N…」

 

確かにそう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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