あいとゆうきのがっこうぐらし! 作:まねきねこ
私立巡ヶ丘学院高等学校。少しだけ設備が整っているだけの、普通の高校である。陽は既に傾いているが、その日差しの強さは衰えを感じさせず燦々と校舎を照らしている。
そんな学校の屋上の隅っこで、倒れていた1人の青年が起き上がろうとしていた。
「ここは……? 俺の部屋じゃない、のか?」
自身の身に起きた予想外の出来事に混乱してしまうが、それも無理ないであろう。とはいえ、『経験者』として彼は比較的素早く、客観的に事実を捉えていた。
「本来なら『元の世界』の俺の部屋に帰れる筈だったんだが……。 そうでないなら、3週目なのか?」
だがその推測が間違っている事は、彼自身も容易に推察出来た。『3週目』にしろ、『元の世界』に帰ったにしろ、彼は自室で目を覚ます筈なのだ。それに、帰れた場合は自分の隣にはとある女性が居て、別の女性が起こしにくる。文章にしてみると違和感が凄まじいが、そうなのだから仕方がない。
更に言えば、そもそも『前の世界』のことなど覚えていないはずなのである。そして、辺りを見渡せば平和で長閑な光景が広がっていた。『前の世界』でこのような光景を見る事は最早叶わない筈なのに。
「夕呼先生の推測が間違ってたなんてのはないだろうし……て事は別世界にループしたのか? 純夏がそんな手違いをするとは思えないけど」
鑑純夏。彼の幼馴染にして、先ほどから独り言を呟いている彼こと白銀武を『前の世界』へ導いた同級生。武の最も愛する人でありながら、『前の世界』では00ユニットとして活動し、あ号標的を倒した後に息を引き取った武を因果導体にした張本人である。
「ひとまず、場所の確認だけでも……って、これ俺が出てったら不審者直行なんじゃ」
今更気付いた事実に、武は今度こそ狼狽した。『前の前の世界』で、横浜基地に入ろうとして営倉入りになったのは苦い思い出である。
今回も同じ結末になるのではないかと、今更ながら恐怖することになった。
「ここ学校だよなぁ。
ひとまず、人がいなくなるまではこの学校で過ごして脱出を試みようかと考えていた矢先、ガチャリと音が聞こえた。咄嗟に身体を隠し、様子を伺うと…
(女子生徒か。歳は皆と変わらないくらいか?)
どうやら屋上へやって来た女子生徒が居たようだ。年の瀬は武とそう変わらないだろう。最も、精神年齢は既に二十歳を越えている武であるが。
どうやら彼女は奥にある畑に水をやりに来たようだ。そこでふと気が付いて武は辺りを見回した。
(太陽光パネルに、家庭菜園に……ビオトープ? この学校、浄水設備でもありゃ当分篭ってられるような設備だな)
実際は浄水設備も整っているのだが、それは彼の与り知るところではなかった。それに、彼は何か違和感を感じていた。一つ一つに違和感は感じない。しかし、これだけ揃っているとなるとそういう目的がある学校なのかと疑ってしまう。
(サバイバル系の何かの学校なのか? そんな学校なんてあるのか知らないけど、そんなこと言ったらそもそも世界が違うわけで……)
かつての自分であれば見逃す筈の小さな、とても小さな違和感。だが今の自分は、これが何か良からぬ事が起きる前兆ではないかと疑っている。現状では陽が暮れるまでする事がないのも相まって、武はこの事も含め『この世界』についての考察を深めようと決めた。
幸い、生徒は此方に気付く事はなく花壇に水をやったり、土をいじったりしている。
(う〜ん。身体つきは明らかに普通だから、間違いなく衛士じゃない。一応徴兵免除の可能性もあるけど、ここまで捻くれた考え方するより、素直に並行世界に飛んだと考えるべきか?でもそれも大分突拍子ないよなぁ……)
今だに再び並行世界へ飛んだのかと頭を悩ませているが、その問題もキリがいいところで区切ると今後の生活についての問題へと思考を移していった。
(戸籍はない。知り合いはいるかわからないけど、夕呼先生や冥夜クラスじゃないと今後の展開に影響は与えられないな。というか『この世界』に俺は居るのか? 純夏や冥夜、夕呼先生にまりもちゃん。皆ここに居るならこんなに悩まずに済むのに……)
思考を巡らすが明確な答えは出てくる気配すらない。それどころか今夜どう過ごすかという至極現実的な問題への解決策が見当たらず、野宿でもするかと決心した矢先。
「おっじゃまっしま〜す‼︎」
「もう、丈槍さん?静かにしなきゃ駄目よ?」
新たに2人程屋上にやって来たようだ。屋上に居るのなんて彩峰くらいのものだと思っていたが、そんな事もないらしいと武は1人感心していた。
(まぁ、そもそも家庭菜園があるんだから当然先生や生徒が管理してるだろうし、そこそこの人の出入りはあるよな)
その2人も武に気付く事はなく、1人は水やりをしている。もう1人は何やらよくわからぬ機械を使用していたので、武としてはそちらに興味津々である。
(あれはゲームガイじゃないな。つか小さ‼︎ しかも指で触って操作するなんて出来るのか‼︎)
武が居た時代は2002年。その後『前の世界』に行った事によりある程度のオーバーテクノロジーには驚かなくなったが、これ程先進的な技術を一般人らしき人が使用しているとなるとやはり興奮してしまう。
どうやらあの機械を使っている女性は教員らしく、先ほどから女生徒達が声をかけている。だが、彼女の返事はどことなく曖昧で、空返事のようだ。
(あれに集中してんのかな……? でも、あの返事のしかたは何か気がかりがあるとか、懸念事項があるとかそんな感じだ。ゲームに集中してるからなんて理由じゃなさそうだし、あれゲーム機じゃないのかな?)
『元の世界』ではないにしても、近しい世界に戻ったと感じている武はどこか場違いな思考をしていた。最も、現状では彼の判断は特別間違っていた訳ではない。むしろ『この世界』に来たばかりの彼に、この街で起きている出来事を把握する事など不可能だろう。
(あれ、電話なのか? すげぇ、あんな風に電話するのか……)
武が謎の小型端末について考察していたその時
ドンドンドンドン‼︎
屋上のドアが強く叩かれる。それと同時か、それよりも早くかったか。
「きゃあああああああぁぁ‼︎」
グラウンドから悲鳴が聞こえる。武も当然気になったので、生徒達とは反対の方向からグラウンドを見渡すと……
そこには、凄惨という言葉で片付けられないような光景が広がっていた。
生徒が、他の生徒達を、捕食している。逃げている生徒も、逃げ場を断たれてジリジリと追い詰められているのもいれば、不意に死角から現れた別の生徒に反応出来ず襲われている者もいた。そしてこの光景は、武にとある存在を思い出させた。
(BETA……‼︎)
よく見ずともわかるが、彼らは別にBETAに似ている訳ではない。しかし、それでも武はBETAを連想してしまった。多くの人が逃げ惑い、そして死んでいくその姿から。人が捕食されるという奇怪であり、悍ましい光景から。
その悪夢のような光景を見て、彼は朧げながら理解した。自分が為すべきことを。
(1人でも多くの人をこいつらから守る。多分、それが俺が為すべきことだ。どの道、身の振り方には困ってたんだ。『あの世界』を救いきれなかった、チンケな英雄の仕事にはもってこいだ)
間違いなく救えない人が出てくるだろう。いくら『この世界』の、BETAとは比較にならない程容易な相手と言えど、彼1人では必ず犠牲は出るだろう。
それでも、少しでもその犠牲を減らす。もし仲間達が周りに居たのなら、皆迷う事なくそう決めるハズだ。彼だって、そうしたいと思っている。ならば迷う事などないと、彼は決心した。 縁も所縁もない、文字通り違う世界を救う為に、戦おうと決意した。
(差し当たって、そこに居る生徒達を説得しねえと……)
武が状況把握に努めていた間に、どうやら向こうは向こうで状況が進んでいたらしい。ツインテールの可愛らしい女子生徒と、負傷している男子生徒が運び込まれていた。恐らく階下に居る化け物達から逃げてきたのであろうと推測し、一先ず声をかけようかと思った次の瞬間
(……⁉︎ あの男子生徒、下の奴らと同じ⁉︎)
彼の居た『元の世界』にもゾンビ関連の映画や漫画はそれなりにあった。彼自身も格別造詣が深い訳ではないが、一般常識程度の事は知っていた。
曰く、ゾンビとは何らかの生物実験における事故により発生すると。曰く、彼らに噛まれたが最後、自身も感染すると。曰く、ゾンビ達からは知性というものが失われ、代わりに信じられないような力を持つと。
「おい‼︎ 危ない‼︎」
全てが正しいとは思えない。何らかの共通点はあるかもしれないが、自分の知っているゾンビと全部が全部同じだとは思わない。しかし、この状況はほぼ間違いなく彼の知っている展開だ。即ち、彼はゾンビに噛まれて、自分もゾンビになったのだ。そしてその後とる行動の典型として……
「グガアアアアァァァァ‼︎」
男子生徒【だったもの】は目の前に居た女子生徒を襲った。
「クソ‼︎」
走り出すが、間に合わない。警告はしたが、正直な話彼女が何かをするなど期待していなかった。自分でさえ、『前の世界』の経験がなければこのような展開で冷静な判断を下す事など出来なかっただろうから。
しかし、彼女は武の予想を見事に裏切った。ある意味では良い方に、ある意味では悪い方に。
「うわああぁぁぁぁ⁉︎」
彼女は手元にあったシャベルをフルスイングして、
倒れている
「もうやめて‼︎」
それよりも早く、変わった帽子を被った女子生徒が止めていた。泣きながら、彼女に抱きつき、必死に訴えていた。彼女に壊れて欲しくないと、遥か彼方になど行って欲しくないと。
「何でお前が泣くんだよ……。つか、誰だお前……変な帽子」
それにより我に返ったのか、彼女は攻撃をやめた。シャベルはカランと音を立てて地面に倒れ、2人の啜り泣く音が聞こえてきた。このまま事態は収束するかに思えたが、現実はそう甘くはない。
ドンドンドンドンドンドン‼︎‼︎
「っ⁉︎ 先生、どうすれば⁉︎」
扉を抑えていた女子生徒がそう叫ぶ。このままでは遠からず奴らに浸入を許してしまうだろう。あまり時間的猶予はないが、先生と呼ばれた女性は動かなかった。
「う……ぇ……そ……」
声にならない声を出し、恐怖を必死に抑え込もうとしているのがわかる。が、どうやらその成果は芳しくないようで、彼女は動揺したまま新しい指示は出せていない。女子生徒がしびれを切らし更に声をかけるものの、彼女は立ち尽くしていた。
「っ‼︎ 扉は俺が抑える‼︎ そこのと先生とやらは急いで何か塞ぐ物を持ってきてくれ‼︎」
この状況ではやむを得ないと思い、武は指示を出す。見知らぬ人間に出された指示に従ってくれるかは不明だが、このままでは全滅してしまうのは必定であった。今後の信頼関係の構築に影響が出そうだが、それもこれもここを乗り越えてからの話である。
そう考えた武は、自身も行動を起こしながら2人の行動を待つ。
「貴方は……?いえ、わかりました。先生、行きましょう」
「え……ええ、そうね。そうしましょう」
幸い、2人は武の登場にやや動揺はしたものの素直に従ってくれた。ロッカーや洗濯機といった品々で扉を塞ぎ、更に3人で抑えて暫くしてようやくゾンビ達は居なくなった。
実は1回未完のまま投稿して慌てて消去した過去を持ち合わせております。