あいとゆうきのがっこうぐらし! 作:まねきねこ
ゾンビ達が屋上から離れた後、ひとまず自己紹介をする流れになった。武はここが最初の関門だと、気を引き締めて挨拶する。
「先ほどはありがとうございます。私は佐倉 慈。この学校で教師をしています。ところで貴方は…?」
「白銀 武です。一応、私立白陵柊の3年生です」
在籍していたのは何年も前の話だが、卒業した訳でも退学になった訳でもないのでひとまずこういう事にしておいた。
「白陵柊…? 聞いた事ない学校ね……」
「それなりに偏差値あるんですが……ご存知ないですか?」
「ええ、申し訳ないのだけれど」
予想通りの回答が返ってきた事から、武は自身の現状を推察する。
(恐らく、ここは『元の世界』とも『前の世界』とも違う世界だ。俺の居た世界にあんな電話はなかったし、かと言ってBETAの脅威に晒されている訳でもない。なら、こう考えるしかない)
白陵柊は横浜市で中々の偏差値を誇る学校だ。教職員が存在すら知らないというのは考えにくい。
「そうですか……。ところで、ここは何処なんですか?」
「ここは私立巡ヶ丘学院高等学校。……白銀君はどうして、ここの屋上に居たの?」
誰だって気になるであろう、最もな質問。この学校の屋上に、この学校の生徒じゃない学生が居たら誰しも疑問に思って然るべきだ。故に武も予想出来ていたので、用意していたとおりに回答をする。
「それが……昨日、ちゃんとベッドで寝た筈なのに気付いたらここに。突拍子もない話なんですが、拉致された訳でもなさそうなので訳がわからないんです」
「目が覚めたらここに居たってこと?」
「はい。目が覚めたらここに居て、何処かわからない所なので、あちこち見ながら現状把握しようとしてたらその、さっきの声が聞こえて」
「成る程ね……」
(さて、どう出てくる?ここで貴重な男を受け入れるか、信頼出来る人間で固める為に追い出すか。追い出すなんて言っても、それなりにガタイのいい男1人を追い出す為にどうするか。
口実を作って屋上から締め出して鍵を閉めるか、最悪は不意打ちで始末するか? どちらにしろ確率は低そうだけど、0ってわけじゃない)
「……何か突拍子もないし、全部信じるのは無理だけど。今は協力しましょう? こんな非常事態なんだし、恵飛須沢さんを助けようとしてくれたみたいだしね」
「皆さんがそれでいいなら是非。正直、ここの勝手とかは全然わからないんで、頭下げてお願いしようかと思ってましたから」
(……ふう)
ひとまず話は終わった。予断はゆるされないが、武は『この世界』の人々は『元の世界』の人々と概ね同じ印象を受けた。全く価値観の違う世界だったならば困りものだったが、ある程度とは言え似てるのならば問題ない。
「じゃあ、皆にも伝えてくるわね」
離れたところに待機していた女子生徒達に駆け寄る。少し話した後、2人の女子生徒が此方にやって来て再び自己紹介となる。
「初めまして。若狭悠里です。この巡ヶ丘学院高等学校の3年よ。これからよろしくね?」
「…3年の恵飛須沢胡桃だ。助けようとしてくれて、あんがとな」
「おう、よろしくな。俺は白銀武。知らないと思うけど、私立白陵柊って学校の3年だ。同い年だな」
実際は違うのだが、肉体年齢的には正しいので嘘とも言い切れない。そんな微妙なことを考えていたものの、そんなどうでもいいことは後でいいかとすぐに別のことに思考を割く。
(皆参ってるな……当たり前だろうけど。親しい人達が軒並み化け物になって自分達を襲ってくるんだし仕方ない。だけど、あいつはすば抜けて危ないな)
武が考えているのは由紀の事だ。現在の彼女が、精神的に非常に危ない状況にあるのは火を見るよりも明らかであった。先ほどから泣きながら、苦しそうに嗚咽を漏らしている。
今は佐倉先生が看病しているが、何時までもそうするわけにもいかない。
(無理もない。普通なら時間かけて専門家に治療してもらうんだろうが、今は状況が状況だからな。荒療治はマズイけど、早めに治療しておかないと。いざって時に後悔するハメになる)
いざという時に備えて出来ることをしておかなければ、後々自分を呪う事になる。由紀を見ると、かつての自分を見ているような気分になる。もし上司に恵まれていなかったのなら、既にそうなっていたかもしれない。
(今は無理だが、遅くても明後日。なるべく明日中には手を打ちたいな。そうでないと、あいつが持たない可能性すらある)
「どうかしたの?」
「ん?いや、どうしたもんかと思って」
由紀について考えているうちに、どうやら態度に出てしまっていたようだ。何事もなかったかのように取り繕いつつ、ひとまずこの先どうするかという問題へ思考を移す。
「ここに長くは居られないわね……」
「まぁな。実を言えば今すぐ移動したいくらいだ。ここは便利ではあるけど、やっぱり屋内に拠点を構えたいし。ただそうすると、彼奴らをどうするか、中々考えが纏まんなくて」
実際のところ、ほぼ案は成立している。ひとまずすぐ下の階を制圧し、その下の階との通路にバリケードでも設置して簡易的な拠点を設けようと考えていた。
ゾンビ達の動きは、武からすれば止まって見える程に鈍い。素手でも殲滅出来そうだが、備品を借りて戦えばまず噛まれる事はない。
「なら、私がやる。彼奴らを倒せるのは、この中じゃ私くらいだろ?」
だが、全てが思い通りになる筈もない。思いもよらぬ発言が胡桃から飛び出す。恐らく、彼女は先ほど
「いや、やるなら俺がやる。少なくとも下の階の制圧なら俺1人で何とかなる。知り合いをやらせる訳にはいかないしな」
武とて、その気持ちは理解出来なくもない。だが、そんな危険な真似をさせる訳にもいかないと、やんわりと断る。
(彼女はこの中じゃ唯一アテに出来る戦力だ。今ここで磨耗させちまうと、いざって時に使えなくなるリスクが高まる)
武の目的はあくまで、より多くの人を助けることだ。だからこそ、最終的には自身が居なくとも生きていけるだけの実力を身に付けて欲しかった。ここで彼女が無駄に消耗して
だからこそ、精神的にある程度安定するまでは武が制圧を担当しようと考えていた。
「そんなこと言ってる余裕なんてないだろ。早く下を制圧しないと、食糧もすぐ底をついちまうんだ。人手は多い方がいい。」
しかし胡桃は譲らない。武としても、ここでことを荒立ててギクシャクするのは望まない展開だ。
(この精神状態でやらせるか? ここはひとまず休ませて、衣食住がある程度確保されてからやらせるべきじゃないのか? 余裕がない今やらせて、ヘマしてこいつまで感染されると皆が持ちそうにない)
暫く考えたが、胡桃は譲る気配を見せていない。ならばいっそ先にやらせて、落ち着いてくる頃には慣れている状態に持っていく方がいいかと判断し、作戦を変更する。
「……わかった。ただし、倒す時は俺と一緒だ。噛まれたのを隠されたりしたらお互い困るし、純粋に戦力も増えるしいいだろ?」
「私は隠したりなんか‼︎」
「お前がしなくても、俺がするかもしれないだろ? 俺の監視だよ、監視」
そう言われ、渋々ながら胡桃も引き下がる。武としては、正直こんなところで揉めて関係を縺れさせたくはなかったとはいえ彼女を戦闘に連れて行くには些か不安が残っていた。
だからこそ、単独行動をさせないように条件付けしたのだが。
(こんなところで時間使うわけにもいかないからな……。まぁあんな奴ら相手なら守りながらでもどうにかなるだろ)
「それで、何時から行動を始めましょうか」
「そうだな……。相手が夜目が利かないなら今からでもいいんだが。そこのところがわからない以上、こっちが不利になり兼ねない状況で打って出るのはリスクが高い。ひとまず明日の昼頃に一回行って、ある程度数を減らしてから夜に行くか」
流石に夜間に不意打ちを警戒しながら、かつ胡桃を守りながら戦うのは少々骨が折れるので、余程相手が夜に弱くない限りは昼間に戦闘を行おうと武は考えていた。声や音、気配で察知出来ない訳ではないが、噛まれたら即アウトという都合上慎重になる。
「そう……。忙しくなりそうね」
「明日で拠点が構築出来るか決まるようなもんだからな。取り敢えず、しっかり休んどけよ?」
武は笑顔を見せてそう言い聞かせる。今は皆余裕がなく、笑うことなど出来そうにない。が、緊張したまま戦場に赴くのは小さなミスに繋がる。ひとまずリラックスさせようと、彼なりに努力していた。
「お前は……何で、そんな元気なんだよ」
一瞬、ここで過去のことをチラつかせようかと思いもしたが、まだ時期尚早であると思い直し適当に誤魔化す。
「こーゆー時はな、無理にでも笑えるような奴が必要なんだよ。皆に比べりゃ、俺は比較的負担が軽いしな」
「だからって……お前も、あんまし良い状況じゃないんだろ?」
「最初は野宿しながら警察にビビって生きていく予定だったんだぜ? 仮とは言え居場所が出来たんだ。そりゃ楽じゃないけど、クヨクヨする程悪いことばっかじゃないさ」
実際、居場所があるというのは助かっている。精神的にも、ここに帰ってくるんだと思えるだけで大分マシになる。
「そうか……。その、さっきは悪かったな。怒鳴ったりして」
「いや気にしてないからいいけど……。急にどうしたんだ?」
先ほどまでの剣幕から一転してしおらしくなった胡桃に動揺する。むしろこの状況下でヘラヘラするなと、怒鳴られる気さえしていただけに驚愕していた。
「いや、お前と話してて大分落ち着いた。まだ気持ちの整理はついてないけど、取り乱したりはしない……と思う」
「そうか……」
冷静にはなったようだが、やはり精神的に余裕があるようには見受けられない。どころか、このままでは人を殺めたという業を1人で背負い続け、倒れてしまいそうな雰囲気だ。
(何とか負担を受け持ってやりたいんだけど……。流石に突然現れた謎の男が無理するななんて言っても説得力はないか。今すぐどうにかなる雰囲気ではないし、奥の子の後でフォローしとこう)
「無理だけはすんなよ。何かあったら人に頼るのも大事なことだ」
気休めにさえならないだろうが、会話を繋ぐためだけに言葉を発す。無論本心からそう思ってはいるが、このような状況でそれが伝わるとは思えない。彼女から返事が聞こえたが、その声色から効果がないのははっきりとわかった。
まずは信頼関係の構築。それが出来なければ、彼女達に慰めの言葉さえかけられない事を痛感した武は、それを為すべく明日からの行動を考える。
これ以上、大切な人を失わせないように。己と同じ道を歩ませないように。