Fate all of the world 作:源氏物語・葵尋人・物の怪
Prologue
|嗚呼――主よ。我が正義の訴えと、汝が子等の叫びとを聞き、祈りに耳を傾けたまえ《Ascoltail mio grido, e un padrone, perfavore ascolti la preghiera per sentire una causa giusta.》
|御前から汝が子の為に裁きを送り、瞼を千切りて直視せよ《Dio, Per favore li uccida per Dio, il mio figlio,si pregadi visitare la fiera di avere i propri occhi.》
|御顔を向けて彼等に迫り、彼等を絶ち、此の世から絶ち、命在る者の中から彼等の分を絶ちたまえ《Signore, li si e’tagliate loro con una mano, e’taglia to fuori dal mondo, li si dovrebbe stare dalla vita una certa persone.》
|我、渇望す――汝が子等に救いを、術師には酷刑を!《Amen――Si prega di salvare lamiuanima, Tenere in appro difittando della donna maga non dovrebbe!》
†
茶、赤、赤、赤――。
少年の目に映る色。鼻を衝く黴の臭いと、幾許かぼやけて見える渦巻き模様が、茶色の正体が木であることを語ってくれる。
頬を湿らす滑りと、口に入った冷たい鉄を舐めた時のような感覚が、赤色が血であると語ってくれる。
痛む。熱い、熱い、体中が。細胞一つ一つを、炉にくべられたが、その如くに。
グォォオオン……――。
そんな音を幻聴しながら、白濁していく意識の内で少年は――
左に首を動かそうとした。血肉が固まっているかのように動かせない。故に、目だけをそちらに向けた。
桃色が、また其処から流れる赤色が、理睲の目に映る。顔をまるっきり抉られ、其処に横たわるのは、彼の友人。いつも悪戯な猫にも似た笑みを浮かべては、優しい視線を誰にも向ける最高の友達。だが、もうその顔は無い。また、首筋には二つの穴が穿たれ、其処からどくどく血が垂れる。ういた笑顔は失われた。だが、それ以上に恐ろしいのは、この後、彼の心が犯され、汚されてしまう事実があるかもしれないということ――。
少年は顔を上げようとする。併し、まるで動かない。見えるのは、黒のロングスカートから覗かせる紫のエナメル靴だけ。
――一体どんな顔で、僕のことを見下してんだろ……?
理睲は一通り考える。
嘲笑、哀れみ、憤り、余裕、誇らし、無表情……。
分からない。ただ、一つ少年に理解できるのは、このままでは確実に自分が死ぬという事。
「――――」
女が何かを言っている。併し、霞掛る少年の意識にはそれが届かない。
――如何してこんなことになったんだろう?
理睲は考える。
結論として、それは友の優しさ故に。友は、学校に来なくなってしまった同じ部活の仲間を心配していたのだ。
噂に曰く悪い連中と付き合っている。そして彼らの根城は森に捨てられた洋館であると。
詰りは、其処に仲間を連れ戻しに行こうとしたのだ。理睲も荒事になった時の為に同行した。
――よもや、死徒が、吸血鬼がそこにいるなどと思わずに。
その結果がこの状況。
畢竟するに、原因は自分の無力だと理睲は自分を責め乍らもう一つ、疑問を抱く。
――本当に死ぬのか?
一瞬疑問を抱き、直ぐにそれを打ち消した。動けない体、眼前には強大無比な吸血鬼。殺生与奪は彼女にある。そして、彼女には自分を生かす理由はない。
ならば、答えはたった一つではないか。
そして、次に浮かんだ疑問。
――このまま、死んで良いのか? 友達の仇に、一矢も報いずに、打ち捨てられた仔犬のように。
今一度、考え直す。無理をすれば体に力は入る。体が千切れるほど力を込めれば起き上がれる。
「……ッゥゥウウ!」
理睲は歯を噛みしめる。喉から湧き上がる血は取りあえず呑み込んで。
「ヌォォォオオオ‼」
理睲は叫びながら立ち上がる。血が飛沫になって、口から噴き出る。
「あらあら、起き上がったの。寝ていれば、楽に死ねたというのに」
女が鼻で笑った。
「知ったことか!」
笑ってのけて、少年は法衣《カッソク》の裾を押し上げ、ベルトに収めた一辺が欠けた十字架のようなものに右手を伸ばし、それを逆手に構える。
赤褐木製の十字架を握り、少年はそっと目を閉じる。
すると暗黒の中に、甘藍の葉脈にも似た回路が想起された。
魔術回路――総ての魔術の源となる魔力。生命力から作られ体内を、魂を、巡るそれの通り道。
少年の頭の中でその経路に光が流れる。そして、それは魔力として少年の手の内にある不完全な十字架に流入し、瞬間、1mにも及ぶ銀の刃が現れ、十字架は完全となった。
その名黒鍵。亡霊狩りと化け物狩りに使われる、代行者の概念礼装。
当たれば基督の教義において異端とされるものを浄化することが可能な武装である。
そう、当たれば。
「また、黒鍵。バカの一つ覚えね。それが私に届かないのはさっき証明してみせたじゃない」
腹立たしさすら与えかねない程、不自然に整った女の顔が微笑を浮かべた。
そんなことは不可能だと。
黒鍵はその構造から、直接手に持ち斬りつける剣としてではなく、投擲武器として使用されるものだ。だが、女の速力は、少年の腕から放たれる音すら追い抜くそれをも容易に躱す。
そして、少年にとってはこれを用いた攻撃と徒手空拳とこそが最強の手札であった。
そのどちらもが、薄皮一辺にすら触れられない。
故に、少年は理解していた。折角起き上がっても、所詮はそれが犬死にしかならないと。
――死ぬのが怖いわけではない。もし、自分の命一つで時間を稼ぐことで、ゴンドラから誰かが助けに降りてくれるならば喜んで死ねる。これでこの化け物は倒される。それで友は救われる。
併し、当然そんな事は期待出来ない。
――犬死はしたくない。父さんに、母さんに、愛して貰ったこの命。二人に誇れる使い方をしたい。
少年は故にバンテージを巻いた右手の甲を見つめ、フッと笑った。
そして、そのまま黒鍵を床に、正確には自分の血だまりの中へと落とす。
檜の板に突き刺さる黒鍵。
「あらぁ? 諦めたの?」
嘲るような口調で問う。
間髪入れず理睲は、強く、言葉を返す。
「諦めたんじゃない」
瞬間、青白い光を放ちながら、血だまりが奇妙な動きを始める。
「――戦うことを決めたんだ!」
その言葉自体、女には、一体何を意味しているのか分からなかった。
だが、確実に理解出来ることが一つ。目の前の少年が活路を見出したということ。
――死徒たる私を、二十七祖にも迫るこの私を、斃す手段があるというの?
対人用に流体操作の術式が組み込まれた黒鍵。本来、的中の瞬間に血流を暴走させるための術理が、少年の血をインクとして魔法陣を描く。
記号、文字、円、亡星――。
描き出されたそれが、女の脳に警鐘を打ち鳴らす。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイヤバイ――。
「
女は目の前のを確実に殺そうと詠唱を開始する。
魔術師の定める等級に従えばAランクの大魔術。
全てを融かす、炎熱の法。
併し、それが間違いだった。
高速詠唱。女は詩編に収められたその一葉の如くに長い詠唱をたったの二秒で行える。
併し、魔術師は知らなかった。少年にも同じくことが出来るということを。
詰りチョンボは、徒手空拳を用いなかったこと――。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師マハラル」
女の魔術の開始と同時に少年は詠を紡ぐ。
「カイーナ、アンテノーラ、トロメーア、ジュデッカ。イシュ、アダマー、マイム、ルアーハ。ケテル、マルクト、カフ」
少年の体に痛みが走る。魔術回路が蠕動し、魔力が体を巡る痛み。その痛みでさえ立っていられない程ではあるが、併し、少年は踏みとどまる。
「
血液の陣が輝きを放つ。空気が暴れる。雷が鳴る。
対する女も詠唱を紡ぐが理睲の耳には届かない。
ただ、紡ぐのみ。基督の教義に属する戦士を呼ぶ為のアレンジを加えた詠唱を。
「――――
サーヴァントを、英霊を呼び、兎に角今を生き残る。
どの役割を与えられている者が来るかは分からない。
この内、キャスターのクラスは英霊が与えられるクラスの中でも最弱とされるが、それでも目の前の死徒とはなんとか戦えるだろう。
そう考えながら、理睲は英霊召喚を続ける。
「告げる――告げる! 我が祈りは汝の肉に、汝の剣が我が十字架に! 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うならば答えよ!」
廻る、廻る、廻る風。嵐となってもまだ廻る。
閃く、閃く、閃く雷。けたたましくも叫びながら。
「誓いを此処に。我は現総ての善の担い手、我は現総ての悪の怨敵」
女の手には炎が宿っていた。振りかざし、そして燃やし尽くす。
凄まじい勢いで少年に業火が迫る。
「――門は叩いた。然らば開かれ、守護者は来たれり!」
その言葉ごと、炎は少年を飲み込んだ。
間に合わなかった、少年の魔術は。
一歩、たった一歩遅かった。
「アッハハハハハハッ! 残念だったわねェ!」
女は勝利に酔いしれた。
――何をするつもりだったかは知らないが、全ては無意味。可哀想に。
そう思った瞬間であった。
「ハレルゥゥゥヤァァアアッ!」
理睲のものとは違う、荒々しく重い雄叫びが響く。
そして炎の壁を、一筋の光が裂いた。
その光は真っ直ぐ、女に向かい肩に直撃し、体を後方へと吹き飛ばす。
宙を舞う左腕。錐もみしながら吹き飛ぶ女の五体は、建物の壁をも木っ端微塵に吹き飛ばした。
「今のは、黒鍵?」
理睲は、女の魔術に呑まれた筈の少年は呟いた。
畢竟するに、サーヴァントの召喚は成功していたのだ。炎が当たる直前にサーヴァントがそこに割り込み、盾になってくれた為に少年は生きていたのだ。
少年は自分の前に立つサーヴァントを見る。
白い法衣を着た、長身痩躯の烏の塗れ羽色の髪をした不惑程の男であった。背を向けたまま、少年を見つめる、綺麗に整えられた口ひげと全く手入れのされていない無精髭とが特徴的なその顔は、世界が滅んでしまったかのような絶望と怒りとを湛えていた。だが、一方で少年を見るその眼差しには優しさがあった。
「……無事か、坊や?」
そう聞いてくる男に少年は頷いた。
「ならば、良かった」
男のその言葉を少年は逆に心配した。
炎に直撃したのは白い法衣の男の方。貴方こそ大丈夫なのかと。
だが、少年の目に映る男は傷一つどころか、服に汚れの一つも無い。
如何やら、魔術が一切効いていないらしかった。
七つのクラスの内、セイバー、ランサー、アーチャー、ライダーはクラス特典として対魔力を与えられているが、果たしてこの男はそのどれかなのか。
否、屹度違うと少年は思った。
先ほど炎に呑まれながら、男が女に投げた武器は黒鍵。教義の為の戦士たる代行者を象徴する武装であった。然も、威力が尋常ではない。見たところその威力は対門級。その威力を単純な肉体だけで出していたのだ。
そんな存在を少年は一つしか知らない。
「貴方は埋葬機関なんですか?」
それは化け物を狩る、化け物の呼び名。
男は答える。
「……“元”だ。今生に於いて、私はただ魔術師という殻を得た従者に過ぎない」
しゃらんと、音が鳴り、男は少年に完全に背を向けた。今の音は何だろうかと少年は疑問に思ったが、それは男が首に下げた黄金のロザリオを繋ぐ鎖が擦れる音だった。
「済まない、坊や。本当であれば、『問おう、汝が、私の主であろうか?』とでも聞くのが正しいのだろう。だが、そうも言ってはられない」
ふわりと風が法衣を靡かせ、そして男は指に十字を挟み込む。
片手にそれぞれ四本の黒鍵を持ち、前傾した構えを取る。
「そこな死徒を、殺さねば――」
そう言い残し、男は消えたと錯覚するような速度で建物の外に吹き飛ばした死徒を追った。
†
斯くて或る代行者の少年慈島理睲の、逃れらぬ運命は始まった――。
【元ネタ】 ???
【CLASS】 キャスター
【マスター】 慈島理睲
【真名】 ???
【性別】 男
【身長・体重】187cm・70kg
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力? 耐久? 敏捷? 魔力A 幸運? 宝具?
【クラス別スキル】 陣地作成?:魔術師として有利な陣地を作り上げる能力。
道具作成A+:魔力を帯びた道具の作成。特に黒鍵ならば適当な木の枝から一瞬で作ることが可能。
【固有スキル】 対魔力A:この英霊に纏わるある逸話が昇華されたことにより所有している。一部の大魔術以外に彼を傷つける事は不可能である。
鉄鋼作用?:埋葬機関に伝わる黒鍵の投法。特殊スキルであり、Aで漸く習得したと言えるレベル。彼のそれは対門級の威力を持つ。
他、幾つかのスキルを持つ。
【宝具】 ???
【Weapon】 『黒鍵』:代行者を象徴する武器。基督教徒であった霊や死徒の浄化をする概念礼装。物理的な威力は限りなく低い為対人戦では役立たず……普通は。霊的なものに対しては絶大な威力を発揮する。
【解説】死徒に殺されかけた代行者の少年が呼んだ謎のサーヴァント。白い法衣を纏う、不惑あまりの男。本人の言に拠れば“元”埋葬機関員。生前の序列は今の所不明。確かなのは一位ではないということ。