Fate all of the world   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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幕間 静息

 薄雲、烟月、鼓星。

ぴゃっぴゃっ、からからと、夜啼き鶯。

時は正子。梅安は延暦寺東塔の屋根のその棟に腰を掛け、ギターケースを背もたれにし、一人般若湯を啜った。

 愈々夜も深まって盛り上がりも最高潮を迎えた三十一の同胞《はらから》と頭目達の宴の喧騒を足元にしながら。

 

「至極当然のことを、決定的な何かを見逃しているような……」

 

 疑念を吐露し、梅安は猪口に注がれた大吟醸を一気に喉へと注ぐ。

 と、其の時、

 

「お、いたいた。此処だったか」

 

 屋根の端から陵旬が顔を覗かせた。

 

「一緒に飲もうと思ったんだ」

 

 軽やかに屋根をよじ登る彼は、ブラックニッカの瓶を山のように抱えていた。

 

「で、どうした? また考え事か?」

 

 瓶を足元に置き、梅安の隣に腰かけると、陵旬はその内の一本をラッパ飲みし出した。

 ぐびぐびと、喉を震わせる音の後、ぷはっと呼吸が漏れる。

 それを皮切りに梅安は、話始める。

 

「果たして、私達の敵は本当にユグドミレニアで合っているのか?」

「あん?」

「何故だかユグドミレニアで無いような気がいしているのですが、自分でその理由が掴めない。だから、こうして考えていたのですよ。違和感の正体を」

 

 梅安はそう言いつつ、猪口を陵旬の胸の前に差し出した。

 どぼどぼと、黄金色の智慧の水が注がれる。

 

「――仮に、ユグドミレニアが罪魁でないとして。このまま根絶やしにしてしまえば、それは冤罪です。それを考えれば、手に掛けるなどあまりにも……」

 

 言い切らずに、四十五度の酒を煽る。

 陵旬は、はぁと、嘆息して今度は梅安が飲みかけていた一升瓶に手を伸ばした。

 それをぐいと半分くらい飲み干すと、

 

「下らねぇ」

 

 と一言。

 梅安の顔が皺で崩れる。

 

「んな怖い顔すんなや。テメェが俺等の在り方ぁ、忘れちまってるみてぇだからよ。事実を言ったまでさ」

 

 もう残りの半分を飲み干した後、彼は浄玻璃を語る。

 

「俺達は仏じゃねぇ。況して僧にしたって悟りも出来ねぇ有象無象よ。人の成したこと見て、イラつくだ、死ねだ思って良いし口にすんのも在りだ。どうしたいかも思う権利ぐれぇはある。だが実際に“そう在れ”を決めて良い権利が何処にある?」

 

 あっと、梅安は声を上げる。

 

「そういうのは、大僧正みてぇなご立派な人間を超えた何かがやることだ。あの人ぁ、あれで覚者ってのに近いらしいからな。屹度、決めたことが“そうなるべき”ことなんだろ」

 

 元より、浄玻璃三十二衆の扱いとは八馬十尺の武器だ。

 思考すること自体が間違い。けれど、それでも人間だから考えて、言葉を衝くこと程度は赦される。

 併し、道理を決めるべきではない。それを決めるのは浄玻璃三十二衆の担い手である大僧正である。

 ――梅安は得心し、そして恥じた。最初に殺戮者になった時に理解していた筈のことを、長らく戦い続ける中で忘れていたことを。

 

「それによ、若し仮にユグド何某が犯人でなくたって、また犯人は捜せばいい。なんてたって盗まれたのは至宝中の至宝だ。そう簡単に使い潰したりしねぇだろうよ」

 

 陵旬は呵々大笑し、

 

「つまんねぇこと考えんなよ、梅安。折角、久々に背中合わせて戦えるって日の前夜だ。頭空っぽにして宴しようや。折角の酒が不味くなっちまう」

 

 梅安の肩に腕を回し、片手にブラックニッカの大瓶を持ってぶんぶんと振り回した。

 

「陵旬さん……」

 

 友人の酒好きに辟易し、梅安は苦笑いを零す。

けれど胸の奥底に縁側の木漏れ日にも似た暖かさが点るのを感じて、知らず知らずの猪口を差し出していた。

 小雨日に切り倒された、檜のような豊かな香りを持つ樹液色の液が再び注がれる。

 

「折角だしよ、酒が美味くなる話しようや」

 

 提案を投げかけ乍ら、一本目を飲み終えてしまい、陵旬は二本目のブラックニッカを開けた。

 

「楽しい話とは?」

「ああ……そうさなぁ……」

 

 既に大吟醸とウイスキーをほぼ一本、ストレートで飲んでいるというのに、一切揺るがぬ声で陵旬はこんな議題を持ち掛ける。

 

「もしもだ。不可思議にも一、聖杯戦争にテメェがマスターとして出たら――古今東西どの英霊の隣で戦いたい?」

 

 それは、男ならば興味が惹かれぬわけがない問いであった。

 強さへの渇望。力への憧れ。生来男ならば、呪いのように持ってしまうもの。

 剣一つで竜を斃す死闘に、千の山を万の海を渡る冒険に男は憧れ恋い焦がれる。

 そんな存在と肩を並べ、そして認められるとあらば、男としてこれほどまでの喜びは在り得ない。

 そして問いはこうだ。

 ずばりお前の信ずる至高の英雄とは誰だ? 

 まず、言い出しっぺが語り始める。

 

「俺なら達磨大師を呼ぶね」

 

 その所見を聞き、まず梅安は率直に矢張りかと思った。

 そして、その理由もなんとなく予想がついたが敢えて訊ねる。

 

「その心は?」

 

 と。

 

「無論、鍛えに鍛えたこの拳、何処まで開祖に通ずるか試してぇのよ! そして出来る事なら認めて貰いてぇ!」

 

 分かるだろう? と陵旬は少年のように目を輝かせていた。

 三十二衆でも五本の指に入る実力者“剿滅”の御沢陵旬は曹洞宗の僧――俗に禅僧と言われる男である。

 そして、彼は禅僧らしく少林拳を極めた拳法の達人でもあった。

 達磨大師――菩提達磨とは彼が帰依する禅という宗派を起こし、そして少林拳を生み出した人物である。

 陵旬にとっては就中偉大な存在。その人物に挑戦したい、讃辞が欲しい。

 梅安にもその気持ちは理解出来る。だが、

 

「全く戦争する気ないですよね、それ」

 

 彼の発言には戦争を勝ち抜くと言う発想は無い。

 

「そりゃそうだろ。不殺生が当たり前の坊主を殺し合いに駆り立てなんてする気もねぇし、んなことすりゃ、十尺大僧正に殺されちまう」

 

 からからと笑いながら、瓶に口を付け、月に向かって傾ける。

 

「仮に若し」

「おん?」

「いや、事実そんなことを望む是非もないと思いますが。例えば大僧正が、仏教の永遠を願ったとして。そして、それを叶える為にアナタに聖杯を取って来いと命じられたらば」

 

 それは、在り得ない事象。

 浄玻璃三十二衆の存在が在る限り、仏教に、少なくとも日本の仏教に終焉などは在り得ないのだから。

 梅安や陵旬、そして他の三十の同胞も同様に、そして八馬十尺もそう思っている筈。

 そう確信しながらも、梅安は前提を示す。

 

「アナタは誰を喚びますか?」

 

 陵旬の口からは、ウイスキーが零れ落ちていた。

 それを袖で拭うと、

 

「本多忠勝」

 

 素っ気なく、一言で答えた。

 

「鬼松式の聖杯戦争ならな。戦国最強、日本国内屈指の英霊を呼ぶね、オレなら」

 

 短絡にしてけれど、当然の回答であった。

 弱者が強者を奇策や相性で上回る所謂ジャイアントキリング――そんなものは物語の中だけの戯言だ。

 圧倒的な力の前に相性は無意味でしかない。

 番狂わせを齎すのは結局、強者よりも紙一重で劣っているだけの強さでしかないのだ。

 梅安は戦闘屋として何よりそれを理解しているつもりであった。

 否、血の臭いに慣れ親しまざるを得ない神秘と交わり続ける人間ならば誰しも――。

 

「あっ」

 

 そう思い至り、梅安は不意に声を漏らしていた。

 いつの間にか、目線が高くなっている。林檎の落ちる感覚というのであろうか。

 失念していた重要なこと。

 それを今、陵旬が分からせてくれた。

 

「有難う」

 

 まずは、礼を。

 

「すいません、私、行くべきところを思い出したので」

 

 そう笑顔を友に向けたその瞬間には、ギターケースを背負い既に屋根から飛び降りていた。

 

「はぁ!? 何言ってやがる⁉」

「ああ、そうそう。私の答えですがね、武蔵坊弁慶です。立往生をする程の圧倒的な意志力の持ち主をこの目に拝めてみたいので」

 

 既に背を向ける梅安に、

 

「なこたぁ、如何でも良いんだよ!」

 

 陵旬は身を乗り出し、大津の人々が総て起きてしまいそうな程の大声を張り上げる。

 

「どうすんだよ! 久しぶりの、俺等で一緒に戦える戦なんだぞ! ほっぽり出す気かよ!」

 

 振り返る代わりに梅安は手の平だけを陵旬に向け、

 

「また今度です」

 

 そう言い残し、比叡山を見渡す限り覆う、闇の中へと駆ける。

 ――一瞬にして、檜の鬱蒼とした獣道へ。

 急がなければ。大僧正に報告し、判断を仰ぐ時間すら惜しい。それに何より、自分の第六感以外に示すべき証拠がない。

歯軋りし、陵旬は両の足に力を込める。

 まるで、地雷が炸裂したかのように抉れる地面がその速力を物語る。

 走りながら、梅安は袈裟の懐から小指程の長さの木の筒を取り出す。紐が通されたそれは、青桐を削り出して作った犬笛であった。

 

 ピュゥゥゥウウウ……――。

 

 梅安が鳴らしたその笛の音を聞きつけ、木々の間を縫って銀灰色の塊が駆け抜け、そして梅安の隣を疾駆する。

 ……犬であった。それも体調が梅安の優に二倍はある。樺太犬をさらに凶暴に野性味を感じさせる風貌にしたそれの名は“山狗”。

 霊格の高い霊山にのみ生息すると言われる、現存する幻想種の一つである。

 彼女こそが梅安の使い魔であり、相棒。

 

「楓! 検索をお願いします!」

 

 梅安が具体的に何を誰をと言わずとも、その考えの何もかもを理解しているかのように“山狗”の楓は臭いを探り始める。

 幻想種の最下層、魔獣の中でも別段強力ではない“山狗”であるが、その嗅覚は幻想種中最高峰に位置する。具体的に言えば、滝で洗い流した汗の臭いすら嗅ぎ分ける、一般的な犬、その一万倍――。

 有らん限り、楓が追いつける範囲で梅安は急ぐ。

 

 ――なんということだ……。まさか、そんな私の思った通りなのか⁉

 

 焦る。陵旬の言葉に因ってふと、梅安の中で組みあがったシナリオ。その通りならば鬼松に災厄が起こる。

 

 ――本当にユグドミレニアではなく、彼等なのか⁉

 




 陵旬がもし発言したサーヴァントを呼んだら。

【元ネタ】史実
【CLASS】セイヴァ―
【マスター】御沢陵旬
【真名】菩提達磨
【性別】男
【身長・体重】180cm・80kg
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力B 耐久A 敏捷B 魔力C 幸運A+ 宝具EX
【クラス別スキル】カリスマ:B 集団の上に立つ者の資質。禅の開祖としてこのスキルを持つ。
対英雄:B
【固有スキル】無辜の怪物A:英霊の本質を歪めるスキル。達磨の伝説の中に、悟りを開く中で両手両足が腐ったというものがある為、付与されている。本来、肉体が毎ターン腐食し続けるという形で現れるが、セイヴァ―への魔力供給量を増やすことで回避することが出来る。
不倒の加護A:倒れない者の証明。人類救済を諦めず、そして、倒れないものの象徴である“達磨”としての側面。如何なるスキル、宝具を受けても、決して倒れない。
中国武術EX:中華の合理。宇宙と一体となることを目的として武術をどれだけ極めたかの値。特殊スキルであり、Aで漸く習得したと言えるレベル。此処まで来ると、最早一つの宇宙である。
【宝具】『廓然無聖曼荼羅・壁観《かくぜんむせうまんだら・へきかん》』
ランク:EX 種別:対人宝具 
 周囲を気で呑み込み、自分を根源の渦と化した一つの小宇宙を形成し、殴りつけた“色”を本質である“空”に帰す。“色”を“空”に変えることを魔術的に解釈すれば、根源から生まれた万物を、根源へと回帰させることに他ならない。詰り、殴られること即ち“達磨”という名の“根源の渦”に吸い込まれることを意味する。
 殴られたら消える。そう解釈して問題はない。
【Weapon】拳
【解説】禅の開祖にして、大凡あらゆる中国拳法の起源である“少林拳”の生みの親。言わば“中国拳法の父”である。日本では達磨という縁起物のモチーフになった人物としてなじみが深いかもしれない。幸運の高さはその為。


【元ネタ】史実
【CLASS】ランサー
【マスター】御沢陵旬
【真名】本多忠勝
【性別】男
【身長・体重】170cm・65kg
【属性】混沌・中庸
【ステータス】筋力B 耐久E 敏捷A+++ 魔力D 幸運D 宝具B
【クラス別スキル】対魔力C
【固有スキル】硝子の肉体B:小刀の手入れが死期を悟らせたことの具現。小程度のダメージが致命傷になり得る。
騎乗C:野獣を除く殆どの動物を乗りこなせる。
軍略C+++:背に盾を背負っているようだとまで言わしめた采配。大軍宝具の攻略に補正を得る。宝具の能力により、戦闘認識下に於いては補正を得る。
鳥の視界C+++:上空からの視点で戦場を見る能力。辺り一帯を総てを流し見、脳内で組み立て、常に状況を把握する。戦闘時は宝具の影響により上方修正を受ける。
【宝具】『触即是屠《バラバラカゲロウ》』
ランク:C 種別:対人宝具 
 刃に触れた蜻蛉が真っ二つになったことの具現。刃に触れれば、バラバラに体が裂かれる。尤も、ただ、傷を増やすだけであり、致命傷でもなんでもない為、宝具としては二流といったところ。
『我即是勝《タダカツコノオレ》』
ランク:B 種別:対人宝具
 戦に出る事百余り、一度もたりとも傷を負わなかった逸話の具現。軽装を好んだ彼の無傷とは回避。故にこの宝具は絶対回避の法である。
 相手の攻撃に“躱せる”という事象を書き込んだ上で、その攻撃を躱せるだけ敏捷を上昇させる。上昇値に上限は存在しない。たとえ“この英雄は世界一速い”と定義された英雄が相手であろうと回避の時だけはこのランサーの方が速い。
 また、戦闘中に脳内の回転速度を常に上げる効果がある。
 ランサー自身が“自分は戦闘中である”という認識をしていなければこの宝具は発動しない。
【Weapon】蜻蛉切り:日本に名だたる槍。村正作だとか。
【解説】戦極最強。CV高木渉。つまり馬鹿――のふりをし、相手を煽り術中に嵌める策謀家。生涯戦場に於いて一度も傷を負っていない為、物凄く脆い。
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