Fate all of the world 作:源氏物語・葵尋人・物の怪
「……馬鹿なことを」
梅安は詩生の行動を然う率直に言い表した。
「全く、真贋も見極められぬばかりか、この浄玻璃が一人、時田梅安の前に立ち塞がろうなどとは。愚かと言うほか御座いませんねぇ」
浴びせられた嘲笑に、詩生は首を捻る。
「君は、このライダー殿を偽物と申すかね? 先ほどの神威、君も見なかったわけではないだろうに……」
「其処が愚かだと言うのですよ! 見かけで分かること、単純なことに騙される! 仏道とは、信仰とは、そんな単純なモノではない!」
梅安は断じた。
激情に、身を震わせながら。
三蔵法師が仏教に齎した功績は多大である。特に中国、日本に於いては般若心経と仏教は切っても切れないモノであり、サンスクリット語で書かれたその経典の漢語訳は三蔵法師の手によるものだ。
混沌を極めていた当時の中国、日本に救済を齎した大聖人。阿頼耶識を極めた偉大な僧伽。自身の死を賭して、より深淵な信仰を極めようとした熱心家。
同じ仏教徒としては、幻想を抱いても仕方がないのかもしれない。
英雄に、神に、月並みでは理解し難い霊びを夢想するのだ。聖杯などという、分かり易い奇跡に縋る様な『凡人が理解出来る俗物』であって欲しくない。
そう思っているから、ライダーの現界が許せないのだろう。詩生はそう結論して、
「知ったことか。私にとって、三蔵とは此方のライダーだ。聖杯を必ずその手に掴み、また此の手に齎すと感じた此の玄奘御弟大闡三蔵だ。本物は――この方なのだよ」
矢張り伝承をその手に担う荒法師の前から退かない。
「はぁ……素直に其処な紛い物をぶち殺させて戴ければ、せめて肉片だけは残して差し上げようかと思ったものを……」
嘆息をし、梅安は“貪る骨肉《エペタム》”を高々と掲げ、そして告げる。
「これでは、羅刹・住不浄巷陌にすら口にならない何かになるほか、御座いませんねぇ!」
百鬼夜行を照らす黒陽の惨殺を――。
今、再びの真名解放。
の、漠手前。
謬と、梅安の耳に何かが凄まじい速さで空を裂く音が届く。
向き直りもせず、梅安はその飛来物を斬って落とす。
地面に落ちるそれを、一瞥し
「……何のつもりでしょうか?」
梅安は冷たく言い放った。
――傍で見守っていた筈の我道に対して。
土や、近くの木に突き刺さっていたのはトランプであった。
「我道!」
目線で我道を睨み、あからさまなまでに詩生は激した。
「やっぱ逃げてください、旦那! 俺が時間を稼ぐから!」
「何を言っている、我道!」
「埋葬機関員と競り合って生き残るヤツに勝てるわけがないんだ! だから!」
叫んだ瞬間であった。
「え?」
我道の上半身と、下半身がずれたのは。
胸より上が、ゆっくりと斜めに堕ちる。
そして残った下半身から血が、間欠泉の如く溢れ出る。
「何……これ?」
その回答は、斬撃。
目に留める事すら適わぬ疾さで、我道の背後に廻り、刀を斜めに振り下ろしたのだ。
「……簡単には殺しませんよ。実行犯のアナタは、何度も何度も引き毟って、にじり潰して、治癒魔術で再生させながら、阿鼻叫喚に堕ちて戴きます」
その言葉と共に、梅安は我道の下半身に刃を突き立てる。
すると――
「む!」
ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ、と肉が音を立て乍ら、飛沫となって散開し、“貪る骨肉”の刃に飲み込まれていく。
食っている。この宝具は、肉を食らうのだ。
然も、ただ食らうだけではない。
跡形も無く、我道の下半身を食らい尽くした後である。“貪る骨肉”の刃に存在する無数の口から僅かな光が漏れ出した。
「なるほど、その刃、“炉”としての性質もあるのだな?」
伝承によると、終わらぬ飢餓に苦しみ彷徨う“貪る骨肉”は、時に雷を撃ち放つ神通を発揮したという。
だが一体、そんな奇跡を行うだけの魔力を、担い手を持たない宝具だけで如何して発揮できたのだろうか?
伝承を風化しないまま保存し続けた伝承保菌者とは違う、或る日突然、風化せずに生き残った伝承に運良く愛されてしまった伝承感染者。“貪る骨肉”にとって、生を受けて初めての担い手たる梅安は誰よりも自分の扱う“伝承”を知る為に、当然その答えを知っている。
だから、梅安は笑みで以て答える。
「如何にも。私の愛刀、“貪る骨肉”は――」
今度は思い切り剣を振り上げ、
「第一要素を喰らい、魔力に――変えるゥゥゥウ!」
刃から溢れ出す輝きを、雷電へと変容させる。
光の正体はエーテル。そのエーテルが、何百MVもの膨大な電圧を生み出し、刃の周りを渦巻く。
放たれるは、決別の一撃――。
「御覧なさい! これこそ私が成し得る餓鬼道! 雷牙血膿啜りて輝け! “貪る骨肉《エペタム》”‼」
紫電一閃。
打ち下ろされた刃の閃きと共に、青白い飛来が地面を抉りながら、常人の思考速度を遥かに超える速さで襲い掛かる。
――さぁ、最早ただでは殺さないのはアナタも同じ! 黒コゲのォ! ベトベトのォ! チューインガムにしてくれるゥゥゥ!
併し、その夢幻は、宝具の威力と共に打ち砕かれる。
その上、たったの指一本で。
「なっ⁉」
梅安は四散するエネルギー体を見、張り裂けんばかりの眼球をさらに開く。
その向こう側にいた詩生が、右手の指一本を突き立てた姿で立っていたから。
「――手前の得物を自慢する前にまずは相手を見たら如何なんだ?」
詩生はニヒリスティックな表情で梅安を詰った。
「こちとら生きてる限り、神様だって殺せるんだよ」
キィと鷹が啼くような音が立つほど、梅安は歯軋りし、一層害意を強めて、顔を歪める。
凝視するのは詩生の顔。其処には彼の瞳が映る。
――余りにも美しく、まるで瑠璃のように蒼く輝くその瞳は何故だか餓鬼道の僧を、より一層に高ぶらせた。
「ほざけッ!」
その衝動が赴くままに梅安は地面を蹴りつけた。
その刹那、梅安の足からは膨大なまでの光が噴出する。
それは魔力放出。魔力を魔術のエネルギーとして使用するのではなく、そのものの推進力を利用する異能。
これにより、激烈な踏み込みは更に強化され、その速力は人類の枠組みを軽く逸脱する。
一気に間合いを詰め、そこから胴を薙ぎにいく。
その力に因り、詩生は飛ばされ、近くの木の枝に飛び移った。然う、飛ばされた。
――な……に……?
梅安は驚きを隠せなかった。確実に胸とその下を分けた筈であった。
だが、何ということか。
詩生は刃の軌道に呑まれる寸前に、梅安の懐にほんの僅か潜り込む形で移動。そうして安全圏を確保した後、梅安の腕の力を利用。致死領《キルゾーン》から脱出したのだ。
「……紙一重か。触れられなかった」
今の移動により罅が入った左腕が問題なく機能することを確かめながら、詩生は毒づいた。
まるで、殺せた筈だと、言わんばかりに。
「……今の魔力放出、この男起源覚醒者か」
剰え、冷静に敵性能を分析してさえいる。
余裕綽々な態度が余程気に障ったのか。
「キェェェェエエエエ‼」
更に梅安は逆上し、詩生の止まった木を斬り捨てる。
咄嗟に、別の木に飛び移る詩生。
「剣呑……だな」
自分がいた木を見て呟く。
梁、梁、梁――。
首が痛く成程、見上げるばかりの楠が、音を立て乍ら瞬く間に、蠢く刃の餌となりぬ。
そして、刃の口から、魔力がスモッグのように漏れ出す。
――人食いの刀は、その実雑食の刀であった。第一要素であるならば、それが人間だろうが、犬畜生だろうが、植物だろうが、“彼”にとっては御馳走なのだ。
そして、更にこの宝具にはもう一つ特性があった。それは、担い手との部分合体。
“貪る骨肉”は梅安の腕に管を伸ばし、其処に根を下ろしていた。
――その管が蠕動している。自らが体内で練り上げた魔力を主にも供給しているのだ。
「起源覚醒による異常な機動力。真名解放による撃砕力。そして無限の魔力……浄玻璃というだけはあるな」
これだけ揃えば、魔術協会の狩人であろうと逃げ出そうというものだ。
だが、並べ立て乍らも、詩生は泰然としていた。
其れ許りか、表情を変える事も無く、ふわりと木から飛び降り、
「愧ッ!」
そのまま幹を蹴って再び致死領《キルゾーン》に踏み込んで行った。
……そんな主の姿を、我道は骨身の思いで腕に力を込めて身を起こし、霞む視界に映した。
主の顔に、まるで曇りはない。
「……畜生。ちったぁ動揺しろよな」
忌々し気に我道は毒づいた。
と、そんな彼の視界を足が覆う。麦藁を編み込み、黒の顔料で塗装された、隙間が多い造形の靴を履く足。純白の着流しに覆われた脚。
「我が取り人の朋輩よ、一つ訊ねても構わぬか?」
その神妙な響きで、漸く目の前に立つ人物がライダーであることを理解し、
「……どうなすったんすか、おっさま?」
無理くり笑顔を浮かべ、訊ねた。
「この札――たしかトランプ……だったか? 少し借りたいのだが」
そう言ってライダーは、何時の間にか回収していた我道のトランプを見せて――正確には、見えていないが――訊ねる。
我道は、からからと笑い声を上げる。
「止しときなって。結構使いにくいっすよ、その武器」
「誰も是を以て戦うとは言っていない。――そもそも、拙僧に出来る戦闘行動など、俄か仕込みのカリラパヤットが精々だよ」
自嘲交じりに、ライダーは短く笑みを零した。
――カリラパヤット……なんかの拳法か? そういや、誰にも気が付かれずに梅安に近付いていたような……
疑問はあったが、我道はそれを傍に置く。
「――まぁ、何に使うか知んないっすけど、構わないっすよ」
「少し汚してしまうが?」
「元々血で汚れる前提のものっす」
そうかと、返すとライダーは、
「“金色丈光相《マハーヴァイロ》”」
手首をトランプで斬った。ぽたり、ぽたりと滴り落ちてそれが我道の顔にかかる。
「何を……」
我道はその行動に疑問を生じさせたが、その意味はすぐに分かった。
一瞬。
一瞬にして、我道の消失した下半身が再生したのだ。
「……は? え? あれ?」
頭の中が、黒白し、状況がまるで呑み込めない。
それでも我道は恐る恐ると、立ち上がる。如何やら、再生した足は問題なく機能するようだった。
「おっさま、これは……」
「拙僧の宝具、“金色丈光相”。その血に触れた者の時間を回帰させ、最良の状態に戻す」
「はぁー⁉」
その余りに出鱈目な内容に、我道は素っ頓狂な声を張り上げる。
「何を驚く? “三蔵法師の血肉を余さず食らえば永遠を約束される”――然う、聞いたことは無いか?」
確かに西遊記の中で三蔵法師はそう言われていて、数多の妖怪に度々命を狙われた。
我道は知っている。
だが、それの真実が、まさかこのような突拍子のないものだとは思わない。
時間への干渉。第五魔法という名の、実存する奇跡の一旦とも言えるのではないだろうか。
「えっと……。若しかして、アンタの肉を全部食うと“最良の状態”を保ったまま停止し続ける……みたいなことが起こるんでせうか?」
「……定かではないな。拙僧は、食われたことがないのでね」
困惑した顔で、ライダーは返した。
――ジョークのつもりなんだろうか?
我道もまた困惑する。
「尤も、若しそうだったとしても我が取り人以上に稀有というワケは無い筈だが」
そう言って彼は、自らの主と、破戒僧の戦いを見つめる。
可視域を超えた速度で動き続け、彼方魔力塊を吐き出す刀を存分振るい、此方それをば砕き続ける。
此方呪いを打ち出しながら、彼方それをば斬り捨て申す。
彼方の刃が煌めいて、此方の指突が風を裂く。
互いが互い、人外の技を出し、それを潰し合うその様に、ライダーは神妙な顔つきをした。
「……実物を見るのは初めてだ」
「え?」
「君の朋輩の、“直死の魔眼”のことだよ」
「おっさま、旦那の目のこと、知ってるんすか?」
「行者が言っていた……死を見切る、蒼に輝く美しい目を持つ人間がこの世にはいると」
凄いな、孫悟空と、我道は舌を巻いた。
だが、確かに仙人の元で修行を積み、神仙となった孫悟空ならば知っているのかもしれない。
まして、死を嫌い、永遠を望み永遠になった者の一人だ。その過程で自分もそれを求めたかもしれない。
直死の魔眼の存在を――。
その眼は死を見切る。何も生物の活動の停止という意味の“死”だけではない。物質、魔術、その他事象、森羅万象遍く総てに備えられた、存在限界という名の“死”である。
それを点や線といった形の視覚情報に置き替え、そしてその情報に干渉して“殺害”する力。それを魔術師や異能者の間で俗に直死の魔眼と呼んでいるのだ。
仏教に於いては断末魔《マルマンチェーダー》。掻い摘んで言ってしまえば、其処に触れれば死ぬといった箇所を見極め、そして其処に触れられる権利のことを指す。
詩生は、その能力の担い手だったのだ。
「確かに凄まじい力だ。我等の代わりに戦うと、豪語するも頷けよう」
自らのマスターを讃えつつ、けれどサーヴァントはだがと逆接した。
「あの魔刀を振るう男の真名解放、一体あと幾度耐えられるか。あの魔眼、行者の言に拠れば、肉体……殊に頭脳に多大な痛楚を強いるようだが」
ライダーの懸念は其処にあった。
「況して、奏者は“なぞる”ではなく、“突く”に重きを置いた拳を振るっている。畢竟、あの直死は、“死の点のみを観測し続ける”のではないのか?」
直死の魔眼が観測する死は“線”で観測するものよりも、“点”で観測したもの方が上位に位置する。
此れは、“死の線”の根源が“死の点”であるからだ。
そして、線より点の方が上位にある以上、取得に払うリソースも大きくなる。
故に、本来直死の魔眼の担い手が“死の点”を見るのに多大な集中力と脳死のリスクを払い、また余程でない限り観測しないようにするのだ。
だが、詩生はそれが出来ない。
他の魔眼使いが蛇口ならば、彼はスイッチなのだ。蛇口よりも簡単に最大出力になる代わりに、それにしかならない。
故に、眼鏡――魔眼殺しを掛けていたのだ。
「であれば、あと十合も持つか如何か……」
脳の消耗限界という水槽が魔眼使い同士で同じという前提ならば、常に最大出力を出し続ける詩生は、枯渇するのも早いということだ。
此の儘撃ち合い続ければ、詩生の方が先に潰れてしまう。
そうライダーは考えたが、
「心配ねぇよ、おっさま」
我道はそう断じた。
「何故、そう仰す?」
「ちゃんと戦いをよく見なって」
そう指摘されて、ライダーは今一度戦いを精査する。
梅安の暴風のような斬撃を、詩生が舞うような体捌きで躱している。
見事なのは理解出来る。
だが、
「――分からない」
ライダーは、玄奘御弟大闡三蔵は仏僧だ。こと闘争に関しては疎い。見てもそれ以外は分からないのだ。
「……梅安の動き、単調だと思わんですかい?」
「動き?」
我道からの指摘を受けて、ライダーは目を細める。
瞬息、七度殺す刃の閃き。その後、真名解放による魔雷。
またも、乱打、次に魔雷。
詩生はそれを、ひらりひらりと、寸での所で躱している。
その度、梅安は怒りに狂い、雄叫びを上げる。
我道が言った通りであった。ずっと、永遠、同じ事象が繰り返されているのだ。
第一要素を魔力に変える機能がある刀を備え、燃料と成り得る木がいくらだって周りにあるのに、それを斬りすらしない。
然も、梅安はそれに気が付いていない。
「確かに……。それに、心なしか精彩さが失われてきているような……」
「良いとこ気が付いたっすね。んじゃ、今度はアンタの手にあるモンを見て下せえ」
そう言われてライダーは訝し気にトランプを見る。
カードの絵柄と数字……それ以外に、あるものを発見する。
端に書き込まれた、直線のみで構成された象形文字。
聖杯から与えられた魔術の知識と照らし合わせると、それは――
「ルーン文字――に見えるな」
「ええ、狼のルーンっすね」
その仕組みさえ理解していれば、文字を書くだけで機能すると云う、魔術系統の一つである。
「他のトランプにも、忘却とか勇猛とか、そんなルーンを書いて投げといたんすよ。旦那の命令で」
その言葉に引っ掛かるものを覚えたが、敢えてライダーは黙し、我道に話を続けさせた。
「北欧には、ベルセルク――バーサーカーと同一視されてるウルブヘジンって戦士がいまして。それが狼の姿をしているんっすね。元々、狼ってのは月とも関連付けられ易いから、狂気と結びつきやすい象徴でもあるわけなんすよ。で、これを他に怒りだとかそういうシンボルと組み合わせることで、感情をそっちに引っ張り込めるつー寸法っすね。まぁ、おっさまが無駄に怒らせてくれたお蔭で成立した策ですが。いやぁ、僥倖、僥倖!」
その説明は大いに理解出来た。
だが、ライダーはもう一つ疑問が浮かぶ。
「併し、取り人の朋よ。瞋恚は人を畜生に近付ける。獣の暴威はある意味、技の冴えより厄介ではないのか?」
「逆に、強くしてんじゃあねぇのか? ってことっすよね。そこは心配に及ばねぇっすよ。ただ、捌き易くするだけの策じゃあねぇ」
そう小僧が悪巧みを思いついたかのような笑い声を我道は上げると、説明した。
「中国人――況して、そいつらが生まれる前に生きてたアンタにゃ分からん事かもしれんが、日本にはサムライつー生き物がいる」
「それについては、ある程度の知識はあるが……」
「英霊が座の知識で与えられてる、集合無意識の中のサムライのイメージっすよね? そんなん、サムライの本質、その機能、その危険性を伝えられるもんじゃあねぇ」
我道ははっきりと切り捨てた。
「サムライってのは不思議な生き物だ。刀を持っただけで、その精神構造、肉体構造を戦闘用に作り替える。――細胞レベル、遺伝子レベルで。そうなるように、鍛錬の中で脳が作り替えられちまうんだ」
そして我道は、一心不乱に刀を振り回し続ける梅安を指差す。
「あの梅安ってのは、僧である前にそのサムライなのにゃ。その力で浄玻璃つー鏖殺僧侶集団に名を連ねているし、宝具の使用もその機能前提の筈だ」
「――成程、瞋恚に落とされてしまえば……」
「脳の活動にバグが生じて、サムライの戦闘モードが、ノーマルモードになる。そんな状態でどかすか、真名解放だの魔力放出だのやってみそ? どうなるんすかねー」
言い換えれば、ガスマスクなしで、毒ガス兵器を使い続けるようなものであろう。
真名解放の威力が、魔力放出の衝撃が、体を蝕み続け、自分で自分の体を痛め続ける結果と相成る。
事実、そうなっており、みるみるうちに、高速の剣技はその勢いを鈍らせている。
「――併し、切迫しているのは、奏者も変わらない筈。疲弊を乞うのは聊か愚挙ではないか?」
その問いに、我道はあっけらかんとして答えた。
「何言ってるんすか?」
如何して、我道がこうも落ち着いているのか。
「旦那が直死で自滅するこたぁ、まず在り得ないっす」
その理由がこれであった。
「んじゃあ、一つクイズといきましょうか。屹度、おっさまがずっと気になってることでしょうから」
それに関連して、ライダーの疑問の一つ。
「一体いつ旦那は俺に、魔術を使えっつったでしょうか?」
ライダーが知覚出来る限り、詩生が我道に魔術を使えなどと命じてはいないし、念話の類を使用してはいない。
その答えが、直死の魔眼の負担を軽減する理由でもあるのだ。
「正解は、俺と旦那の間に通常じゃ感知できねぇ経路《パス》が繋がってるから、でした」
それが答え。その意味は――
「俺は――いや、仕事屋全員、あの人の使い魔なんだ」
と、いうことだった。
「卿は、畜生が化した存在なのか?」
「違う、違う。正真正銘生まれも育ちも人間だよ。シキの旦那は『絆』つー変わった起源を持ってて……まぁ、人間を使い魔に出来る。同時に百人くらい」
それが、百鬼夜行の長、妖怪変化を昏く照らす、“黒い太陽”の資質であった。
「此の力ってのは便利で、仲間の思考回路を自分のものとして使用して疑似的な思考分割が出来たり、経路を利用して仲間から魔力を提供して貰ったり……逆に痛覚を分散するなんてことも出来るな」
「では死の認識に因る――」
「そ。負荷も、百等分ってわけ」
ライダーはほうと、声を漏らした。
最初から、春夏冬詩生は一人きりで戦っているわけではなかった。
仲間と共に思考し、仲間と共に術を行い、仲間と共に疾走していたのだ。
強いとはいえ、ただ一人きりの――時田梅安は端から敵ではなかったのである。
――術中に嵌りきった梅安は遂に刀を振るえず、ゆらりと崩れた。
併し、武僧として、求道者としての意地で以て、進めずとも踏み止まる。
「クッ! まだだ! まだ終わらない! 仏の道は無敵だ! 浄玻璃は不死身だ! 負けん! 負けんぞォォォ!」
一歩、前に出ようとする。だが、躰がそれを許さない。
それを見ながら詩生は呆れ顔で、嘆息した。
「貴様が何を宣おうが勝手だ。だが、最初に言っただろう」
距離、凡そ八間。一気に詰める。
「生きてる限り」
――美貴夜、君の為なら。
「神様だって」
――誰であっても。
「殺して見せる!」
詩生は、梅安の頭を指で衝いた。
瞬間、梅安は崩れ落ちる。
詩生はそれを見ると、億劫そうに肩を鳴らし、地面に落とした眼鏡を拾う。
「殺したんすか?」
「否、我々に纏わる記憶だけを殺した。殺してしまうと、後々厄介になりそうだからね」
我道の問いに返しつつ、詩生は眼鏡に付いた泥を着物の裾で拭う。
そして、眼鏡を掛け直し、ライダーの前に跪く。
「……不肖ながら、是が私の、否、私達の力です。猊下、如何に御座いますか?」
その言葉にライダーはフッと短く笑う。
「行者に比べ、大きく劣るな」
きっぱりと、ライダーは言い捨てた。
「……だが、此度の旅を共に歩むには悪くない」
その言葉に、詩生は恐悦至極に、と返した。
――待っていろ、美貴夜。虎か女か、そんな馬鹿げた選択をくれる神など殺してやる。
――君も、俺達の大切な命も、全部救ってみせる。
詩生は、そう再び決意した。
【CLASS】ライダー
【マスター】春夏冬詩生
【真名】玄奘御弟大闡三蔵
【性別】男
【身長・体重】158cm・42kg
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力E 耐久E 敏捷E 魔力A 幸運EX 宝具?
【クラス別スキル】対魔力B ???
【固有スキル】カリスマ?:人の上に立つ才能。魔獣を気絶させ、我道や梅安が動けなくなるほどの呪い域のカリスマ性を帯びている。
聖人(仏)A+:聖人としての資質。日本・中国に本物の救いを齎した功績により、このランクの高さを得ている。カリスマスキルのランクアップ、HPの自働回復、秘蹟の効果向上、悟りスキルの獲得の内から二つを選択して取得出来る。……が、ライダーの場合その片方はカリスマスキルの向上で固定されてしまう。
神性E:釈迦が天界に行って後の第二の弟子、金禅児の生まれ変わりとされる為、低ランク乍ら保有している。
カリラパヤット?:才覚にのみによらない、究極の摂理、拳術の神髄を体得しているらしいが、俄か仕込みである。
etc
【宝具】『金色光丈相《マハーヴァイロ》』ランクA 対人宝具 補足レンジ1
食らえば不死になると言われたライダーの血肉そのもの。その血に触れた者の時間を最良の状態まで回帰させる。第五魔法の一旦とも言えるかもしれない。
etc
【Weapon】錫杖:鈴のような音が鳴る、金の円環が付いた黄金の錫杖。物理的な威力はないが、あるスキルを付与する力がある。
【解説】仏教世界の救済の理を天竺より持ち帰り、また阿頼耶識を極め法相宗を作り上げた大聖人。併し、聖人のイメージにそぐわぬ苛烈さや激情、聖人らしい慈悲の心を併せ持つ。3人の大神性、悟空、悟能、悟浄を伴い天竺を目指す冒険譚、西遊記はあまりにも有名。架空の物語とされるが……。