Fate all of the world   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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epilogue

 深夜零時。屹度、“星霊教会”が周りを森に囲まれ、人の営みから外れた場所に存在していなければ、恐らく激怒する人間がいたことは明白だろう。

 小さく落ち着いた佇まいの教会の中から湧き上がる、パイプオルガンが猛り狂い続けていたのだから。 

 その演者は“星霊教会”の神父としていつの間にか其処に住んでいた人物。

 名を、慈島辰吏――。

 

 ――あと、一つか……。

 

 電灯は疎か、蝋燭の火すらもなく。ただ、窓から差す、月と星の僅かな明かりを導に、鍵盤を打ち、状況を精査した。

 自らに与えられた、聖杯戦争の監督役という仕事の状況を。

 監督役の代行者は霊器盤と言われる、サーヴァントの限界を知らせる礼装を持つ。それと、実際にマスターとしての申告に訪れた魔術師の人となりを加味し、今後どういった仕事が自分や聖堂教会に齎されるかを予想する。

 聖杯戦争の監督役など形式的な意味で置かれているだけというのにも関わらず。また、鬼松の聖杯が、真実、“神の子の聖杯”でないと分かっていながら。

 只、教会が、神が己に与えたもうた使命を全うしようと。敬愛する言峰璃正と同じ責務を穢すまいと。

 今一度、固く誓おうとした瞬間。

 ぎぃぃぃ……――――。

 教会の扉が開かれた音が耳に入り、辰吏はパイプオルガンの鍵を叩く指を止めた。

 

「何者だ?」

 

 分かり切っているが、辰吏は敢えて、言葉に出した。

 日本に於いてまだまだ基督教とはマイノリティーに当たる故に其処を訪れる者など然う然うはいない。

 況や、草木も眠る丑三つ時に、である。

 そんな時刻に訪れる者がいるのならば、それはただ一つしか在り得ない。

 加えて言うのならば、先刻霊器盤の変化を確認したばかりである。

 

「マスターとして、聖杯戦争に参じ愬えたる者――とでも言えば良いのだろうか?」

 

 ――とすれば、マスターとしての申告をしに現れる魔術師に他ならなないのだ。

 耳に幽かに響いた、落ち着いた、けれど少女らしさをまだ残した女の声にゆるりと向き直る。

 其処には、確かに少女と見られる影があった。隣にもう一つ、少女より頭一つは大きい影が在る。

 

――実体化した彼女のサーヴァントであろうか。

 

 そう思ったのも束の間、辰吏の目は別の所に惹き付けられる。

 

「……何者だ?」

 

 月明かりに照らされた少女の姿が見えて。

 

「嗚呼、名前かい? すまない、申し遅れた。杉菜坂永久子。杉菜坂というしがない道士《タオシー》の家の後継者さ」

「いや、名前を聞いているのではない」

 

 辰吏はそう斬り捨てた。

 そもそも、杉菜坂の次期頭首である少女が参加するということは事前に予測していた。

 

「……言い方が悪かったな。正直、動揺しているんだ。言いなおそう――その恰好は如何いう事だ?」

 

 だが、いざ見せつけられた実物の風貌はその埒外である。

 一体どのような手段で杉菜坂永久子が此処まで遣って来たのか、辰吏には見当も付かないが、鉄色のローブというあからさまに魔術師であることを主張した服装をしている。

 それだけでもさぞ目立つであろうに、更に異様なのは顔面の部分。重なる太陽と月を模した仮面を被っている。

 辰吏は困惑した。何を意図しての恰好なのかまるで見当も付かない。

 

「見ての通り、魔術師が決闘着というヤツさ」

 

 見当は付いたが、相変わらず困惑は変わらない。

 魔術師としての決闘着というのはそういうものが存在するのは、辰吏も知っている。ローブと仮面が対魔力装甲になっていることも想像に及ぶ。

 併し、その出達になることに関しては実以て意味不明である。

 

「対不起《トゥイブチ》。驚かせてしまった。許せ修道士。如何も私の朋友《ポンユウ》というのはこういう人間のようでね」

 

 杉菜坂永久子の隣に立っていた影が姿を現し、皮肉っぽい笑みを浮かべて謝った。

 細身のダークスーツに身を包んだ、長身の女であった。白髪交じり故に、灰色に見える黒髪をしているが、年齢は二十代後半ほどに辰吏の目には映った。瞳は怜悧でいて氷の刃のよう。右は赤、左は黒と左右で色が違う。その内赤い方を前髪で隠している。

 一輪の水仙を思わせるような、凛として清らかな佳人である。

だがそれ以上に辰吏の目を引いたのは、服の上からでも分かる戦闘用に鍛え上げられた見事なまでの肉体。そして、平時に置かれても隠し切れない闘気である。

 代行者として、死線を幾度潜り抜けたその感覚が告げる。

 彼女は武人だ。

 そして、先ほど、霊器盤が辰吏に伝えたのは剣士の英霊の現界。其処から導かれる結論。それは彼女が――

 

「おっと、すまない。名乗りもせずにペラペラと。私はセイバーのサーヴァント。……ご存知だと思うが真名の方は勘弁してくれ。誰が聞いてるとも分からぬゆえ」

 

 聖杯戦争に於いて、最高の対魔力と白兵戦能力を誇る、最優の英霊であるということ。

 成程、確かに彼女はそれに似つかわしかったかもしれない。だが、辰吏はセイバーの振る舞いを見て一先ず警戒を解く。

 

「何を真面目っぽく振る舞っている? セイバー、君だってことと次第に依っては私を斬るつもりだったと宣ったじゃあないか」

「嗚呼、私に主従を求めたら……そうするつもりだったと言ったな。それが如何した?」

「いや、それで私の振る舞いをどうのこうの言える立場なのかと、ね」

「別問題だろう?」

 

 互いに嫌味を言いあってこそすれ、其処にピリピリとした雰囲気は無かった。

 寧ろ、互いに心から笑いあっているようにすら、辰吏には見えた。

 ……マスターの方に関しては顔すら見えていないのだが。

 

 ――如何やら其処まで注意を払わなければならないサーヴァントでは無いようだな。

 

 辰吏は教会に訪れた魔術師と、そのサーヴァントを見極めていたのだ。

 その精神性を。無論、鬼松に暮らす人々を守る為に。

 神秘の秘匿さえ十分ならば、幾ら人を犠牲にしても構わぬという魔術師もいるのだ。魔導のまの字も知らずに、日々を安寧の中で生きている人々が傷ついて良い道理はない。

 若し訪れた魔術師やサーヴァントがそのような存在だと判断した瞬間、公安警察の如き手法を以て制裁を加える事も辰吏は辞さない。

 その点に於いて、今目の前にいる杉菜坂永久子とセイバーは懸念にはならないと言えた。

 

 ――不安の種になるとすれば、アーチャーの陣営とまだ申請に訪れていない一つか……

 

 そう考えていた時だった。

 

「ところで司祭《プリースト》、私はマスターとして認められたのだろうか?」

 

 杉菜坂永久子は柔らかな口調で訊ねた。

 

「……聞くまでも無いだろう。英霊を召喚した以上、そうするしかあるまい。杉菜坂永久子を此度、鬼松の聖杯戦争の演者が一人として認めよう」

 

 辰吏のその言葉に、あい分かったと、素っ気なく答えると永久子はセイバーを引き攣れ、楽し気に言葉を交わしながら去っていった。

 

「……ところで、日本に於いては友垣同士で“盃を交わす”という文化があるが、セイバーは知っているか?」

「いや、座からはそのような知識は与えられていないな」

「そうか。二つの盃に五分と五分酒を注いでそれを飲むんだ。すると、その二人は切れない縁で結ばれると、そういうものだな」

「……酒が飲めるのか?」

「おや、イケる口かな? そうか、なら私が知っている美味いモヒートを出す店に行こうか」

 

 その様子はとても殺し合いの舞台に躍り出たとは思えないものだった。

 バタンと、扉が音を立てて礼拝堂が暗くなるその瞬間まで、その様子を辰吏は見守った。

 

「彼女等とも、僕の息子は戦わねばならなくなるのか。少し残念、ではあるかな?」

 

 ぼそりと、辰吏は呟いて、懺悔室の扉に目を遣る。

 其処には、霊器盤があった。

 枠はあと一つ。まだ、“魔術師”の依代が残されている。

 

「……そもそも、果たしてあれを、理睲は取るのだろうか?」

 

 ふと、理睲の手に、令呪が宿った日のことを思い返した。

 はっきりと思い出せる。闘うか、と訊ねて、返って来たその答えを。

 

『分からない……。僕には聖杯にまで掛ける願いなんて無いけど、でもそれを避けようと思えないんだ』

『でも、若し僕が戦わなければならない運命にあるなら、その時は覚悟を決めるよ。戦い抜く。父さんと母さんが、今まで僕に注いでくれた、愛に掛けて』

『そして、誓うよ。若し変わってしまったとしても、二人に恥じない僕でいられるって』

 

 その時の真っ直ぐな笑顔を。

 

 第二次鬼松聖杯戦争――。

 その開始は近い。

 

 少年の、選択の時も、また……。

 

 〈episode1 『introduce masters』了〉

 




あとがきでべらべらと喋るのも痛々しいですが、どうも作者の四条中です。
 episode1 つまり単行本で言えば第一巻が終わりました。
 マジで長かった。ここまで来るのにかなりの時間をかけてしまいました。
 半年ほどで約十三万字を書きました。大体ラノベ一冊分ほどでしょうか?
 シャレにならない愚鈍さに、自分でもびっくりしております。

 この通り、あまり早いペースで投稿出来ない私ではありますが、必ず完結させることを、此処に赤で宣言致します。

 それでは如何か、acta est fabulaのその瞬間まで――お付き合いの程を。
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