Fate all of the world 作:源氏物語・葵尋人・物の怪
なもん、試験の日取りが伸びたんだよ。
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少女の目に映ったのは、大地に突き刺さる、無数の刃と矢。
また表土を埋め尽くすばかりの、負傷者。
そして、打ち斃れた、幾百もの躯であった。
ゆやん、ゆよん――。
所在なく、力無く、少女の視界は戦野を進む。
ふと、一人、剣山かと空目しそうになるほど、体に矢を受けた男を見つけ、其処へ向けて凄まじい速さで向かっていく。
「■■!」
その音は乱れ狂い、少女は正しく聞き取ることが出来なかった。
そして、気が付いたことが二点。
一つ、それが今、自分のいる此処で発せられたということ。
二つ、それが自分の声でないということ。
――嗚呼、私は夢を見ている。夢の中で、別の誰かになっている。
そう、自覚した瞬間、少女が代替する人物が、矢を受けた男を抱き上げた。
「若……か?」
負傷した男の言葉には、確信が無かった。
それも其の筈だ。
少女の目から見ても、顔の造形が掴めない程に、その人物は血塗れになっていた。
恐らく、血に覆われて目は見えないだろう。
意識が遠のき、目路は全く霞んでいるだろう。
だから、男の――■■の中でその人物を導き出せたのは、自らを抱く、腕に突き刺さる、鱗の硬さだけ。
「ハイ、■■……。若です、アナタの■です」
消え入りそうな揺らいだ声で、そう答えた夢の主。
その腕は、龍を思わせる鱗にびっしりと覆われていた。
「……ハハ、そうか」
■■が笑った。
一体何故、笑ったのだろう?
それは、屹度、鱗の男の情けない、今にも泣き崩れてしまいそうな顔が想起されたから。
或いは、傷だらけで、感覚も殆ど無くなっているというのに、その人物のことが分かったからか。
少女には、想像も付かなかった。
「……情けないな。こんな矢も避けられないなんて」
■■は死の危険すらあるというのに、それでも笑い続ける。
そこにあったのは自嘲。
「俺達は、太陽の子――天照の血より生出たる皇子なんだ。だから、日輪を背負って戦うべきだったんだよ……そんなこと思い付いて当然だったんだけどな……」
矢を受けてしまったことに対する恥らい。
単純な回答すら出来なかった自責。
敵への恨みは無く、また薄幸すら嘆かず。
ただ己の力の無さを省みるのみ。そんな■■の顔に、ポツリ、ポツリと雨が降ったのはその直後。
「……泣くなよ、若。何も死ぬわけじゃないんだ」
■■が男の頬に手を伸ばし、拭った。如何やら、男が涙を流していたようだった。
「■■?」
「俺は、絶対に死なない」
■■はそう言って立ち上がろうとした。
止めようとする男も振り払って。
揺らめき乍ら、崩れ乍ら、けれども二本の足で力強く。
背に刺さった矢を、蚊でも払うかのように抜き去る。顔を汚す、赤も拭い再び、太陽のような笑みを受かべて、男に向き直った。
日に照らされるその顔は、浅黒く端正であり、まるで陽気という言葉がそのまま人になったかのような容《かたち》をしていた。
その笑みと相まって、見ているだけで希望が湧いてくるような感覚に少女は陥った。
その希望そのものの人物は、男に宣言した。
「お前の国は俺がいの一番に見届ける。その日まで、俺は絶対に死なん!」
少女の感覚と男の感覚が若し同一ならば。
屹度、男は笑ったのだろうと、少女は思った。
「そう言った筈だろ? な? だから、安心しろよ」
からからと顔を皺一杯にして、男は笑った。
だが、併し――。
男は死ぬ。此れから暫く立たぬ内に。
気が付いた、少女は是が誰の夢なのか。この男が誰なのか。
ならば、死ぬ。呆気なく死ぬ。
――そうだ、この夢は、アイツの……。
†
バンと、勢いよく開けられた扉の音で少女――星居実葉はベッドから飛び起きた。
「んだよ、アーチャー……」
未だ微睡みに連れていかれそうになる自分自身を小突きながら、星居実葉は自分の部屋に入ったその人物を、聖杯戦争に於いて、自らに仕えるサーヴァントを睨んだ。
否、果たして、それを人と呼んでいいのか、ほとと疑問ではあったのだが。
体と顔の左半分を、龍を思わせる黄土の鱗に覆われたその凄まじい異形。炎のように逆立つ金髪をしていて、樹木を思わせる二本の角が生えている。目は黒白が逆転し、歯は剣の切っ先に似た物が並んでいる。
麻で出来た襤褸切れが、辛うじてロングスカートになっているようなもの以外は、身に纏う衣服は何も無く。
腰に一本、赤黒い、抜き身の剣が異様に映る。
正真正銘、魑魅魍魎と呼んで差し支えない男だったが、実葉はその容貌ですらある一点の前では霞むと思った。
ステータスだろうか?
確かにそれは凄まじい。幸運を除く殆どの能力が最高クラス、筋力に至っては規格外を示す。
併し、実葉を震えさせるのはそこではない。
それは、偏に、このサーヴェントの殺意の所為。兎も角、深淵膨大。目に付いたもの、通り過ぎる森羅万象総てに向けられる“疾く死ね”という渇望。
余りに巨大。並みの男ほどの体躯でしかない筈のアーチャーが、三メートルは優に超す巨人に見える程に。
その体から滲み出るそれに中てられる度、マスターである筈の実葉は呼吸困難に陥ってしまうのだ。
こうして、ただ部屋に入るだけで、怖い。だが、それをアーチャーには悟られたくは無かった。
そんな実葉の心理を見て取ってか、アーチャーはくつくつと笑みを零した。
「な、何が可笑しいんだよ⁉」
「何、気にするなよォ。毎度、毎度、芥《ゴミ》のような矮小さだと思って、笑ってやっただけなんだ。なぁ、塵芥《ゴミ》ィ?」
「ッ……!」
実葉はそれを聞いて腹が立ったが、言い返せなかった。
アーチャーが言った事は、全く以てその通りであったから。
「嗚呼、そうさ。私は塵芥だ。ドブに落としたウンコと変わらねぇ。生きてるのも厭になる。皆、キラキラしてて、羨ましくて仕方がない」
だから実葉は、認めた。
事実を、事実のままに言ってしまうことで楽になろうとした。
そして、その認めるという行為もまた、矮小であって、アーチャーという英霊を楽しませる物に他ならない。
「……それで、何より輝く、えらーい、えらーいアーチャー様が、こんな私に何の用だ? ねぇなら帰れ。シコって寝ろ」
「ああ、ああ、ああああぁぁぁ……――。お、お前は、本当に愛いなァ……。此処まで卑小な芥虫《ゴキブリ》もそうそうはいねぇ……。流石は皇《オレ》の影だ。振る舞い方を分かっている」
身悶えするように、アーチャーは両手で顔を覆って笑声を上げた。
アーチャーには理解出来ているから。どんなに強い言葉を使っても、どんなにこの皇《オレ》に悪言を浴びせようと、星居実葉は皇《オレ》に頼る他ないということを。
浅ましく、弱く、どこまでも醜く、卑しい。天を照らしたる英雄を名乗ったアーチャーの光に相応しい濃い闇。
それが星居実葉であった。
故に、アーチャーはその最高の影に見せてやりたくなったのだ。
「……芥虫《ゴキブリ》ィ。号砲を上げに行くぞ」
終わりの始まりを。
総てが影になる、その菱明の日を――。
実葉は驚愕に顔を蒼白としていた。
「いや、だって号砲って……。本当にやる気かよ? それに、七騎全部揃ってからって言った筈じゃ……。まだ一騎揃って……」
「五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、ウルサイウルサイウルサイウルセェェェェエエエ!」
アーチャーは突如として叫んだ。
「もう待てねェ。臭ェ臭ェ臭ェ臭ェクセクセクセクセセセセセェェェ! アイツの臭いがするんだよォォォオオ……。アレを殺した、アイツの臭いがァ……――。もう耐えられねェ……」
体を小刻みに震わせ、血の涙を流し、顔中を鼻水で汚し、アーチャーは実葉に訴える。
「……アレって何だ? 分からねェ……。でも許せねェよォ……。消したい、殺したい、壊したい、滅したい滅したい滅したい滅したいメッシたメッシシシシシシシシ」
アーチャーは暴れる。
体を何度も床に打ち付け。自らの体を、その手を以て引き裂いて。
狂い叫ぶ。叫んで、暴れて、暴れて、暴れて――。
ゆらりと、立ち上がり。
「だから、今だ。皇《オレ》が今だと言ったから今だ」
瞬間、時空が揺らいだ。
その歪の間から現れ出るは二羽の鳥。
一羽は、三本足の烏。
もう一羽は黄金よりも黄金に輝く鳶。
魔術師が見れば、何方にも膨大なまでの神秘を見て取れただろう。
それらは幻想種の神獣であったから。
二羽の神鳥は螺旋を描くかのように、アーチャーの周りを飛ぶ。まるで彼に吸い込まれるかのように。二羽は徐々にアーチャーに近付きながら螺旋を続け、そして彼の背中に止まった。
すると、彼の体が輝き出し、そしてその鳥は彼に呑み込まれた。
代わりにアーチャーの背中に現れたるは、片翼一反ほどもある巨大な翼。
右には橘の花弁で構成された黒い翼。
左には桜の花弁で形作られた金の翼。
跋ッ! と、一度翼を羽搏かせる。瞬間黄金が無数に煌めき、その間を夜にも似た黒が埋め尽くす。
その光景に、実葉は目を奪われた。
――綺麗だ。
そう感嘆した、その瞬間――実葉は飛翔していた。
アーチャーに抱えられ、空を飛んでいたのだ。
ふと下を見れば、先ほどまで自分がいた星居の屋敷が見える。
……屋根に隕石が衝突したかのような巨大な穴が空いている。
言うまでも無くアーチャーの所為だが、それを指摘する暇さえない。
飛行。加速。
その速きこと、星の輝き。屹度、地上では彗星が見えたと感嘆する人々もいただろう。
実葉は、最早文句は言わなかった。
このアーチャーに逆らえばどうなるか。思い起こされるのは、召喚された彼の、気に障った所為で豚に変えられた家族。
本気で逆らってはいけない。
――逆らう気なんて、無いけど。
実葉がそう思った瞬間には、目的の場所に到着し、アーチャーは地に降りていた。
其処は関東某所に存在する温泉街。
九尾の狐の伝承の一端として有名な『殺生石』が座していることでも有名な小さな町である。
降りた場所が幸いにして、温泉地特有に存在する有毒ガスの濃度が高いとされる場所であり、神秘と関わりを持たない人々の目に触れる事はない。
アーチャーはそこに降りたつや否や、保有する道具作成のスキルを用いて作り出した弓を手に取る。その大きさ、アーチャーが両翼を広げた場合の其れに匹敵する。
その大弓を構え、アーチャーは矢を番え、
「愧ッ!」
地面に向けて放つ。その剛力に因り、大地が揺れる。
「そらッ!」
また矢を放つ。地が割れる。
「おらッ!」
スティンガーミサイル程度の威力がある矢が的中する。土が騒ぐ。
「ウルァアア!」
そして、最後の一矢。今度は山が悲鳴を上げて――
夒!
爆裂した。
迸る溶岩。立ち上る噴煙。大自然の暴威、大地の怒り――畢竟、噴火である。瞬く間に其れは広がり、あっという間に辺り一帯を呑み込んでいく。
「うわぁぁぁ!」
実葉は、アーチャーが何をするか分かっていた筈の実葉も、悲鳴を上げた。
予め知っていれば、ある程度の事はその衝撃を和らげることが出来る。だが、これはその範疇を超えている。実際に間の辺りにして、受け入れられるかと言われればそんな筈はない。
実葉は、慌ててその場から逃げ出そうとした。
すると、
「あああああああッ‼」
その先、頭上より岩漿《マグマ》が降り注ぐ。
――やばい、死ぬ。
そう思った瞬間だった。
「フン」
アーチャーが金の翼をはためかせ、羽根を飛ばした。
凄まじい光が発生し――。
目を閉じ、そして開けると、
「え?」
実葉は驚愕することとなる。なんと、自分に降りかかってくる筈の岩漿が蒸発していたのだ!
「落ちつけ芥《ゴミ》。卑しく、生きたかったらなぁ」
「あ、あ、あ、あ」
アーチャーに煽られて尚、恐怖が上回り、実葉はその場にへたり込み失禁した。
「見な、見な……」
「ああ、愛いな、愛い。お前は小便を垂れるべき場所も分からない屑なんだねぇ。とっても愛い」
「いやぁ……」
羞恥に震え、顔を覆う実葉を無視し、アーチャーは火山流の向かう先を見る。
温泉の周りに作られた宿や店、その他家々。それら総てが余さず消えて、彼方此方から阿鼻叫喚が上がっていた。其処に住む人々は、旅行客は屹度、地獄を目の当たりにしている筈だった。
「ギャハハハハハハ!」
その光景を目の当たりにしてアーチャーは哄笑した。
アーチャーの目には見えているのだ。
逃げ惑う彼らが。
何故ならば、アーチャーは高ランクの“千里眼”スキルを有している。遠見などは造作もない。
そもそも、この噴火ですらもその恩恵によるものなのである。何もアーチャーは盲滅法に矢を打っていたわけではない。“千里眼”を利用し、地脈の中の力が加わりやすい点を見極め、其処に向けて矢を打っていたのだ。尤もただの射では、噴火など起こりようがない。
元々規格外の筋力と、その筋力を上げる効果を持つ、同じく規格外の“怪力”スキル。これにより膨大なエネルギーを伴った射となり、結果大規模な地殻変動が起こったのだ。
温泉街である以上、此処が星の運動の恩恵を大きく受けた場所、所謂火山地帯であることは明白である。地殻変動に因って発生した熱量がどこに向かうかも言うまでもないだろう。
――無論、現在、小さな町に起こっている小さな地獄に、である。
「大和《オレ》の民が燃えている。嗚呼、辛い。辛いぞ。だが、お前達が悪い。アイツの残滓を祭り上げていたからァ!」
天を仰いで、胸を掻き毟る様な手癖と共に、アーチャーは高笑いを上げる。
――怖い、とても、怖い。
一つ、実葉には分からないことがあった。
一体、彼は誰を恨んでいるのだろうか、と。此処にあったのは殺生石。殺生石といえば、日本の大妖怪として著名な玉藻の前である。
だが、そう考えると余計におかしくなるのだ。
アーチャーが玉藻の前に怨みを抱く理由が見当たらない。
実葉が知る限り、玉藻の前とアーチャーの生きていた時代は全く違う。関わり得るわけがない以上、怒りや殺意を向けられる筈も無いのだ。
――だって、アーチャーの真名は……。
「なぁ、この戦に呼ばれた塵芥《ゴミ》共よォ!」
アーチャーは叫んだ。鬼松の聖杯戦争に招かれた他のサーヴァントに対して。
「見たか、聞いたか、慄いたかァ⁉ 皇《オレ》の輝きを! 開戦の号砲を! この皇《オレ》の成す力をォ!」
それは宣戦布告にして、開戦前の最後通告であった。
「皇《オレ》と戦いたくはないだろう? 引き裂かれて、躙られて、バラバラに酷死すんのが精々だからなぁ! 然うなる前に逃げても良いんだぜ? 自害の時間はくれてやる」
冗談で言っているのではない。
他の六騎が悉く、そうすべきだし、そうなって欲しいと考えて、このアーチャーは言っている。
それは、歴史に名を刻む英雄達への、最大級の侮辱だった。
一体何処の悪霊だ? 屹度、この男を見た誰しもが口を衝いただろう。
何故ならこの男には、英霊ならば誰しもが持ち得、そして直視すれば感じ得る尊貴がまるでなかった。
だれが信じようか――
「この皇《オレ》は、始馭天下之天皇《ハツクニシラススメラミコ》たる、神倭伊波礼琵古《カムヤマトイワレビコ》は寛大だからな!」
この男が、王を名乗るサーヴァントならばスキルに存在せずとも大なり小なり持ち合わせる筈の王の気風《カリスマ》を、まるで持ち合わせぬアーチャーが、今名乗った通り、世界で最も長く続く王朝の始まりであるなどと。
神倭伊波礼琵古。
もっと通りの良い呼び方をすれば、神武天皇。
純正の神の身にして、人の世の最初の皇。
今尚、続く天皇家のその始まりであり、日本の始まり、その人である。
此処日本に於いては、間違いなく最強のサーヴァントであった。
「皇弥栄ァ! アヒャッ! フヒッ! ギャハハハハハハハハハッ!」
火山の爆炎を背に皇は笑い続ける。
実葉はその様に寒気を覚えながら――けれど、頬を綻ばせていた。
【CLASS】アーチャー
【マスター】星居実葉
【真名】神倭伊波礼琵古
【性別】男
【身長・体重】176cm・77kg
【属性】混沌・悪
【ステータス】筋力EX 耐久A 敏捷B 魔力A 幸運E 宝具?
【クラス別スキル】対魔力A 単独行動?
【固有スキル】千里眼?:遠見の能力。古い時代の王であるアーチャーに相応しく高ランクで所有する。
怪力EX:一時的に筋力を強化するスキル。ランクが高ければ高い程強化時間は長い。怪物としての性質を表すスキルでもあり、EXともなれば完全無欠の化け物であり、その姿は魑魅魍魎のそれである。
道具作成―:弓と矢を作成する。
神性E-:より高いほど、神の血を色濃く持つことになる。アーチャーは純正の神であるが、人間の皇になったことと、怪力スキルの影響で大幅ダウンしている。
etc
【宝具】黒い翼?:詳細不明。三本足の烏と融合することで発現する右翼。その羽根は黒い橘の花弁で出来ている。
金の翼?:詳細不明。黄金の鳶と融合することにより、発現する左翼。その羽根は黄金の桜の花弁で出来ている。翼の羽搏き一つで、マグマを蒸発させた。
【Weapon】弓:馬鹿デカい唯の弓。
【解説】神武天皇その人。但し、その精神性は、伝承で語られるそれからはほど遠い。ほぼ全身を覆う鱗、黒白が逆転した眼、頭に生えた角、巨人と空目させるほどの殺気など、その様は魑魅魍魎のそれ。何故か、時代的にはまるで関わりがない筈の玉藻の前の伝説に付随する殺生石が存在する町に噴火を起こし、マグマの下に沈めた。カリスマ性をスキルとしても、スキルとして表されない形に於いても、一切合切持ち合わせない。