Fate all of the world   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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 やっと漆ザコを見なくて済む……。


淫蕩、或いは深愛(3/3)

 玉響の後――。

「なッ――!?」

 ぐさりと、ナイトハルトの脇腹に刃が突き刺さる。

 それは黒い短刀“オンタリオGEN SP45”。ナイトハルトの首を撥ねるのに使われたナイフ。

 何故と疑問に思うその前に――

「Cri《轟け》‼」

 その言葉と共に刃から電撃が放たれる。

「ッァァァアアアア!?」

 叫喚。高圧電流により、干物のような炭の塊と化し、ナイトハルトはゆっくりと地に伏せようとする。

「クッ……ソッ……!」

 腰に力を入れ、ナイトハルトは寸での所で留まると、素早く振り返る。

 其処には当然であるが、ヘルバがいた。命を奪う屍草は失せ、淫靡な微笑を浮かべて。

「嗚呼、ナイトハルト様。勝ちを確かなモノとし、自信に溢れた貴方はとてもそそるものがありました。この気持ちなんと表現すべきか……」

 と、頬に手を当て乍ら言うと、手を打ち鳴らした。

「そうで御座いました。最近覚えた、日本の若者言葉にピッタリなモノがあったのでした」

 頬を紅潮させながら、恥じるようにヘルバはその言葉を紡ぐ。

「ナイトハルト様、ギザ萌えゆす。ナイトハルト様、ギザ萌えゆすですわぁ」

 それを反芻し、悶え、荒く乱れた息をする。

「ヘルバ・セレスティア・ゴーントォッ!」

 ナイトハルトは目の前の怨敵の、そして好敵の名を呼んだ。

 意味不明な変態ぶり見せつけられた怒りから。それもある。

 してやられた恥じらいから。如何でも良い。

 このロード・ユミナの研究成果をどのように破ったのか。興味はあるが置いておく。

 此れは歓喜だ。まだまだ戦いを楽しめることへの。久しぶりの強敵に見えたことへの。今再びの歓喜だ。

 全力を出す。第三の礼装を解放する。

 ナイトハルトは、僅かに燃え滓として残ったスーツとYシャツを破り捨て詠唱を開始する。

「躰は遍く現の絶美《Ich habe im Garten.》

仮令、肉が蔓としても《Z. B. ist Fleisch Gras.》

屹度、骨が樹木であっても《Wahrscheinlich ist das Eisen in den Bäumen.》

華の心臓、草の精神になろうと《Blumen ist das Herz und das Herz-Werk.》

彼の日の輝きを、死しても忘れることはないのだから……《Immer noch brannte an diesem Tag sah zu den Sternen und nie weggehen――.》」

 みるみる内にナイトハルトの体が治癒していき、その一方で変化していく。

 べきり、べきりとナイトハルトの背中が音を立てて歪んでいく。肉を突き破るようにして現れるのは樹木で出来た八本の触腕。

 そして、ぐちょぐちょと気味の悪い音を立てながら、左胸に浮かぶのは、人間の赤子と蛙が入り混じったような気持ちの悪い顔面。

 両肩からうねる蔓。腹から木製の砲身。顔の半分を鳥兜や、勿忘草が覆い、元より人間よりも死徒に近いと言われていた容貌がより、化け物染みたものへと変貌していく。

「私は永久の《Version》――夢追い人であろう!《Totenkopf Unverletzbarkeit Absicht !》」

 ヘルバは確信する。これがナイトハルトの鬼札なのだと。

「“死宝・黄泉返石《Totenkopf Unverletzbarkeit Absicht》”。自らをナイトハルトという名の植物に変えたこの体。其処に接ぎ木した数多の幻想植物を表に引っ張り出すこの俺最大の魔術。使うのはいつ以来だろうなぁ……」

 ヘルバは服の中から別のナイフを二本取り出して構える。

 左にシルバーの刀身、迷彩の柄が特徴的な“ジャングルキングⅡ”。右に刀身を射出するバネ仕掛が施された所謂、“ペンテンツナイフ”。

 目の前の化け物を前にすれば、あまりにも頼り無い装備である。

「おいおい、此の世に及んで短刀術と、宝石魔術に頼ろうってのかよ」

 呆れたように言い放つ。

「それは手前にとって余技だろうが。大魔術師ラ・デュランの系譜のお前にとっちゃあよォ」

 ラ・デュラン。

 それは、ヴァン・ホーエンハイム、カール・クラフト等と共に、有史に名前を刻んでしまった、嘗て協会に実在した高名な魔術師の一人として知られる女性だった。

 希代の作家であり、その半生を精神病院で過ごした瘋癲病みの貴族、マルキ・ド・サド。そのサドをパトロンに持ち、彼の協力者にしてその奇々怪々な作品群を生み出す要因になった女魔術師である。

 彼女の魔術系統は魅了。マルキ・ド・サドの作品『悪徳の栄え』にて言及されるように、催淫剤と毒薬の作成の達人であり、また自然現象や精霊すらも魅了する術を持っていたとされる。

 その恐ろしいまでの腕前と、後の代に引き継げないとされる魅了術の為に協会に封印指定を受けその後行方不明になり、現在に至るまでの生死も定かではない。

 “自涜”のヘルバはそのラ・デュランの一番弟子に中る人物の、末裔であった。

 詰り、彼女の本来の魔術は“魅了”である筈なのだ。

 それを語り、ナイトハルトは彼女の眼鏡を指差す。

「その魔眼殺しを外せ。媚薬を片手に俺と対峙しろ。さもなきゃ、手前の未来は死だ」

 実際に見たことは無い。けれど、ヘルバが生まれつき魅了の魔眼を持ち、それを封じ込める手段を得る為に時計塔で宝石魔術を学んだことをヘルバは知っていた。

「わたくしの身を案じて下さるのですか。お優しいのですね」

「そういうのじゃねぇよ。全力を潰すのが楽しい。只、それだけだ」

「ならばこれを外させてみて下さいな」

 ヘルバは微笑する。

 クックックッと、ナイトハルトは顔を覆い笑声を上げると、

「舐めるな、俺をォ‼」

 背中の触腕八本全てをヘルバに叩き付ける。

 総てを砕く食人木、ヤ・テ・ベオの枝。食らえば即死は免れない。

 ヘルバはそれを見るや否や、懐から手榴弾のようなものを取り出し地面に叩き付ける。

 上がるのは桃色の煙幕。

 ナイトハルトは舌打ちする。勢いが強すぎて、触腕が止まらない。そのまま叩き付けるしかない。

 大地を抉る。だが、肉を抉った感触は無い。

 煙幕は辺りに充満し、ヘルバを隠す。

 ――此れは……催淫ガスか?

 そう判断し、咄嗟にナイトハルトは口を覆った。

 厄介だと、思いながらも、煙の中に隠れたヘルバを見つけようと透視魔術《クレアボンス》を使用しようとするが。

 煙の向こう側を見ようとしても、その景色にノイズが掛る。

 ――糞。視覚に関わる行動にジャミングが掛かりやがる。

 恐らく原因は今しがたのガスであろう。集中すれば、透視を使えないこともないが、他の行動に支障が出る。隙を作れば確実にヘルバは其処を付いて来る。ナイトハルトの肉体は、不死身のように見えて実際の所、弱点も存在し、死にもするのだ。

 隙は作れない。見えずとも、ヘルバに攻撃する手段を取るしかないだろう。

 であれば――

「叫べやァ! マドラゴラァッ‼」

 ナイトハルトは胸に浮かんだ面相に命令する。

 すると、

「Kyeeeeeeeeeeeeeee!!」

其処から悍ましい叫び声が上がる。

 マドラゴラ。処刑場に生息すると言われる、人面の根を持つ幻想植物であり、そこから魔術的な毒素を含む悲鳴を上げる習性がある。

 この声を聞けば、致命傷と成り得る。

 これで殺《と》ったか。そう思った瞬間、ペンテンスナイフの刃が煙幕を切り裂きながらナイトハルトに迫る。

 ナイトハルトは咄嗟にその刃を触腕で叩き返す。その瞬間に爆発。爆風が煙を飛ばすが、その先にヘルバはいない。

 ――逆か!

 そう判断し、目線を僅かに流す。視覚の端にヘルバを捉えると、頬の勿忘草を数本引き抜き投げつける。魔力を通すだけで記憶消去の魔術として機能する花である。

 当たれば、戦闘不能にすることが可能だ。

 当たれば。

 だが、そちら側に確かにいたヘルバは見事なナイフ捌きでそれらを総て落とす。

ナイトハルトは体ごと其方に向き、

「ヒャハッ! “火脹れブレッドォ”‼」

腹に存在する木製の砲身から、直径15cm程の弾を、人間の脳の反応を遥かに超える速度で射出する。ヘルバはそれを打ち落とそうと構えるが、弾が弾け、中から紫色の液体が溢れ出す。

 幻想植物を利用し作られた濃エーテル混合型強アルカリ性の毒液。食らえば、第一要素の肉体はおろか、精神、魂までをも溶かす兵器である。

 それは確かに、ヘルバへと降りかかる。だが、それは彼女を中心に渦巻く暴風に因って遮られた。

「チッ、是も駄目か……」

 今の攻撃は、ナイトハルトの中に在る植物の中でも選りすぐり、凡百の風属性転換程度では防げない代物である。

 ――さて、如何する?

 ナイトハルトは右手の平を一杯に広げ、顔に押し当て思考する。此れに匹敵する装備は幾つかあるが、当代一の執行者には通じないかもしれない。

「そうだな、そうだよなァ。切り札の次の、奥の手を出すしかねぇよなァ……」

 ナイトハルトはそう結論する。

「くっ!」

 ヘルバはぞわりと、背筋が怖気立つのを感じ、立ち止まる。

 否、寧ろ危険を感じるというのであれば、何かされる前に仕留めてしまう方が良い。けれど、空間を支配する殺気がヘルバに踏み込まない方が良いと警告する。

「喜べ、ヘルバ。手前を殺すのは“此の世最美”に迫るモンだ」

 その宣言と共に、ナイトハルトは詠《うた》を紡ぎ出す。

「封印式“華蜂”《Sealed “Parsifal”》

第一門“獅子”《Erste “Löwe”》

第二門“蟒蛇”《Zweite “Drachen”》

第三門“猛禽”《Dritte “Adler”》

第四門“笹熊”《Vierte “Badger”》

 ――同時解錠《――Vollgas》

 此れより目覚めよ、半死徒の元帥――《Und wandert das aktuelle Beispiel , Sohn des Schicksals――》」

 余りにも簡潔で短く、そして力強い言葉。

「至宝・月光華《Die Parallelanlage Giraluna vulgaris》」

 紡ぎ出される魔術及び礼装の名称。

 魔術師にとって詠唱の意味。それは、自己の世界に潜水する術に過ぎない。強力な術であればある程、自己に陶酔した長々としたものになる。

この場合のナイトハルトのそれは大した魔術を使っているとは到底思えないものであった。

 けれど、瞬間、ナイトハルトの姿が消え失せた。

「消えた!?」 

 一瞬たりとも目を離していないというのに、消えるその瞬間がヘルバにはまるで分からなかった。

 透過か、或いは迷彩か。どちらかを使用したかとヘルバは考えたが直ぐに打ち消した。

 何故ならば、姿だけでなく、息の一つ、臭いの一辺、体の温もりでさえも、ナイトハルトの痕跡が一切消失していたからだ。

 事前に調べた聖杯戦争の情報。其処に在った、アサシンのクラスのサーヴァントの気配遮断のようであった。

 一体何をしたのか?

 その疑問の最中、ナイトハルトは第二の詠唱を始める。

「汝、金剛石の心を持ちて、《Sein Herz ist der Diamant,》

 翠緑石の瞳はあらゆる真実を見極める。《Es gibt keine Trübung der einem Punkt in der Pupille des Emerald.》

 瑠璃の神経は螺旋を描き、《Nerv des Lapislazuli ist ähnlich wie die Schlange,》

 黄玉の血管と絡まり合い、《Blut fließt Topaz als Netto,》

 虹色石の五臓を廻る。《Visceral, dass Pulsation aus opalem.》

 紅玉の精より出で、《Sperma ist ähnlich wie Ruby,》

 紫水晶の子宮で眠る。《Er Amethyst des Fötus vorgenommen.》

 其方はプトレマイオスの悪魔《Er ist ein Geist, der den Astronomen serviert wurde.》

 万華鏡の担い手!《Der Mann war ähnlich Kischur Zelretch Schweinorg!》」

 矢張り力強く、そして透き通る声で紡がれる素早い吟遊。

「至宝・不死偽根《Die Parallelage Anaclea》!」

 告げられる礼装の名前。

「見晒せ! この美しさを! 俺が見つけ、俺が究めた此の世で根源に最も近いモノを! “平行植物”の美妙に震え乍ら落涙しやがれ!」

 大声を張り、高らかと魔術の素晴らしさを語る。

 平行植物。それはとある絵本作家が自らの作品にて言及した奇矯な存在である。

曰く、観測出来ない。曰く、触れた瞬間消滅する。曰く、永遠である。曰く、時空を超越している。

 奇妙奇天烈としか言えない生態を持つ植物群の総称――それが“平行植物”である。

 只、それはあくまで仮想《フィクション》。それも絵本と芸術的な価値も低いものに記されたそれらは多くの魔術師が知らず、また知っても一作家の誇大妄想に過ぎないと捨て置かれた。

 併し、ナイトハルトは違った。その絵本を読んだ時、自ら湧き上がる興味を抑えることが出来なかった。何より根源に通ずるとされる植物まで存在することが浪漫を抱かずにはいられなかった。

 此れはあるのだ。その思いからフィールドワークをすること幾度。そして見つけた“平行植物”に描かれたものによく似た性質を持つ二つ。

 エーテル濃度年代測定法により神代より存在していたことが判明した、根源に最も近し奇跡の植物群の一角。

「今、俺は二つの平行植物の体内と奥底に封じ込めていた生態を発現させた。一つは月光を浴びねぇ限り観測不能の“ツキノヒカリバナ”。もう一つは絶えず多重次元屈折現象《キシュア・ゼルレッチ》を起こし、遠近法が適用しねぇ、“フシギネ”。此処から手前は、不見《みえず》、不躱《かわせず》、不生永《いきながらえず》の触腕に嬲られるのさ!」

 これ見よがしに、自らの研究成果を自慢するナイトハルト。

 自分の力や、獲物の光輝を語る。こと神話や幻想文学に於いて、よく見られる演出であるが、現実的には悪手としか言えない。

 それ即ち、相手に手の内を明かすことであり、対応される危険性を孕むということであるからだ。

 普通ならば――。だが、この場合は違う。

 忙しなく、首を動かし続けるヘルバにはナイトハルトの言葉など聞こえていなかった。

 月光を浴びない限り観測不能というのは、畢竟そういうことなのだ。

 ヘルバには今のナイトハルトが見えもせず、聞こえもせず、嗅げもせず、触れたとしても感じる事すら出来ないのだ。加えて今は昼間。昼を夜に変えるような超大規模魔術も、もっと簡単な月の光を作り出すという行為ですらも、ヘルバの持つ手札には存在していないのだから、また相手がどういった原理で見えなくなったかすら分からないのだから、対処のしようもない。

 故に、ナイトハルトがしたのは騎士の名乗りめいたものではなく、唯の独り言に過ぎなかった。

 “此の世最美”に、“根源”のほんの一旦にでも触れている喜び。それを感じる為の行為である。

「さぁ、綺麗に塗れろやァ!」

 平行植物の力を借りたナイトハルトは一気に畳みかける。

 ヤ・テ・ベオの触腕八つ総てを自涜の魔術師へと放つ。

 瞬間、触腕の動きが五つに分裂し、それぞれが位相、角度、軌道を変えてヘルバの回避と防御を封じる形で同時に襲い掛かる。それが、八つ。詰り、計四十回に及ぶ触腕の刺突。

 然も、不可視。躱す術は無い。

 併し、ナイトハルトの探知を続けていたヘルバは、天性の勘か、それとも執行者としての経験めいたものか、寸での所で身を捌き、致死寸前の的中で留める。

「く……あッ……」

 吐き出される血と許容を超える酸素。臓器の幾つかを潰されたことをヘルバは痛みで混沌する思考の中で確認し、治癒用にストックしていた手持ちの宝石総てを使い瞬時に傷を塞ぐ。

 取り敢えず、これで一命を繋ぐことが出来た。

 そして、最早詰んだことも理解した。

「クキキキキッ! 此の儘、嬲り殺してやらァッ!」

 ナイトハルトは高らかに笑う。

 ――と、ふと自分の言葉に違和感を覚えた。

 それは、奥の手として使用している平行植物の性質にある。平行植物には自我が存在する。それも、一人の人間の意思を容易に塗りつぶす程強力な自我が。

 故に体内に施した封印式を解いて戦闘に使用するのはせいぜい三分が限界。記憶障害や人格変調、ナイトハルトという個の死を覚悟したとしても五分まで伸ばせるか如何かである。

 だから、最後まで使用を躊躇ったし、使うとしたらば、一切の遊びも躊躇もなく、必殺を決めていた筈だった。

 だのに、如何して嬲るなどという考えが出てくる。

 否、そもそも、ナイトハルトという人間は殺し合いを好むが、それ故に常に全力、あらゆる攻撃手段は決殺であった筈だ。

 それなのに、今回は如何してか、遊び過ぎている気がしてならなかった。

「まさか……」

 そう思い、ナイトハルトは眼力強化を行いヘルバの顔を、正確には目を見つめる。

 平素息を吸うより簡単に出来る魔術が、毛穴に棘を通すような集中で漸く発動する。ヘルバの作り出したガスの力の強力さに舌を巻き乍らも、ナイトハルトは彼女の左目に魔力が流れ出ている痕跡を見つける。

 即ち、それは魔眼の証明に他ならない。

 だが、発せられている力はナイトハルトの聞き及んでいたヘルバの持つ魅了の魔眼の“白銀”の位階には聊か及ばない。

 そして、彼女の力は自身に対する情欲を駆り立てることに特化しているが、ナイトハルトは自分の行動や精神活動にはそういった変化は見られない。

「やっぱそうかよ……」

 がくりと項垂れ、髪を掻き毟ると、ナイトハルトは一言呟く。

「詠唱逆転、解除終了《Rewind, Sealed》」

 それと共にナイトハルトの肉体は元の人間らしいものに戻り、ヘルバの目にも姿が映るようになった。

「あらあら。其処にいらしたのですか」

 柔らかく、ヘルバは微笑む。

「一体、如何いう仕掛けになっていたのでしょうか? 私、気になりますわ」

「企業秘密だ。そういうお前はチャチなモンを使ったらしいがな」

 その言葉にヘルバはクスリと笑う。

「嗚呼、気付かれてしまいましたか」

「正直驚いたぞ。手前、いつ“増幅”の魔眼なんぞを手に入れた?」

「昔、一晩だけ愛を語り合ったお方に」

 その言葉に、ナイトハルトは苦々しい笑みを浮かべた。

 “増幅”。その魔眼は、あらゆる魔眼の中でも価値は低いとされている。その能力は視界に捉えた者の自分に対する感情を増幅させるというものである。

 具体例を言えば、“漠然とした気に入らない”という感情を“明確な殺意を含んだ憎悪”へと発展させ、“なんとなく気になる”と思っていれば“身を裂いても構わない程の恋慕”に飛躍させるといった具合だ。

 使い勝手も、研究としての価値も低い為、魔眼の中でもランクは最低クラスである。

 そして、本来は例示したような強烈な効果も望めない。

「……その眼鏡は、魔眼を強化する為の礼装だな。名付けるなら“魔眼生かし”ってところか?」

 ナイトハルトの質問にヘルバはコクリと頷いた。

 短時間で変遷した自分の感情は本来の“増幅”の魔眼のスペックを超えていたから、そう疑いを持った。

「ナイトハルト様。“増幅”に気が付いたのであれば、何をされたのか、最早理解されたということで宜しいのですわよね?」

「勿論、分かってる。だから、魔術を解いた」

 深いため息の後――

「俺は、勝てない」

 ナイトハルトは敗北を認めた。

「だが、どのタイミングだ? どのタイミングで一服盛られた?」

「最初から」

「何処に仕込んだ?」

「私の使っているコロンに」

 ナイトハルトは乾いた笑い声を上げる。

 ヘルバは自らの使用する香水に、自作の洗脳薬を紛れ込ませていたのだ。

 その効果は、“ヘルバに対して危害を加えることへの忌避を刷り込ませる”ことである。

 そして、その忌避が故にナイトハルトは遊戯のような戦いをしてしまい、更に魔眼の力で増幅された忌避が故に、必殺の筈を躱させてしまったのだ。

「詰り俺は、手前の掌で小躍りしてたわけかい。茶番も良いところだな」

 自嘲するナイトハルト。

「そうおっしゃらないで下さい。貴方様以外でしたら、もう少し事は簡単に運んでおりましたし、ここまで宝石を使うことも御座いませんでしたのよ? それに、“魔眼殺し”のコンタクトを外すタイミングを計るのも難しかったですし。思うように薬が効かなかったから視認妨害のガスの中に同じ薬を紛れ込ませることにもなりましたしね」

「ハン。嫌味だね、全く」

 ナイトハルトは鼻を鳴らす。

「だが、負けは負けだ。約束通り令呪はくれてやる」

 そう言ってナイトハルトは舌を出す。

「わぁ……」

 ヘルバは目を輝かせ、驚嘆の声を上げる。その後、ぞわりと淫猥な笑みを浮かべ、ナイトハルトに迫り、舌を舐め回した。

「んっ……むんっ……ぁん……」

 そして口を塞ぎ、その中でも絶えず舌を絡ませる。

 荒い息を立てながら無我夢中で、貪るようにナイトハルトに接吻をするヘルバ。

 どれ程時間が経っただろう。遂に苦しくなり、ヘルバはナイトハルトの口から離れる。一筋の粘ついた糸のように唾液が二人を繋ぐ。そして、もう一度、ナイトハルトの唇に自分の唇を重ねようとすると――。

「やめろや」

 ナイトハルトはヘルバを蹴り飛ばした。

 倒れ伏せるヘルバを見下しながら、忌々し気に舌打ちをすると、

「あのさぁ、引き剥がすなら普通にやってくんねぇかな? ファーストキスは好きな人とって決めてたんだけど」

 と批判する。

 ヘルバは腹の痛みと、ナイトハルトの意外にもしおらしい態度に、うっとりと頬を桃色に染めた。

 

 

 

 †

 

 

 

 その後日、時計塔の構内を踊るように歩くヘルバの姿があった。

 すれ違う学生達は奇異の目で彼女を見るが、ヘルバにそれは全く映らない。

 それだけに心が弾んでいた。舌には令呪がある。聖杯戦争に出られる。

――漸く、親愛なる大師《ラ・デュラン》の願いが叶う。

 そう思うと喜ばずにはいられなかった。

 それともう一つ。ナイトハルトが直ぐに他の君主《ロード》や貴族に話を通したおかげで、正式に聖杯戦争の使者として認められた上、聖遺物まで一級品を用意することを約束された。

 今日はそれを受け取る日。然も、それを渡す人間があのロード・エルメロイⅡ世というのだから心躍らぬ筈がない。

 エルメロイⅡ世が好みの男だから? 勿論然うだが、遍く男も女も、ヘルバは好みのタイプとして捉えている。

 ならば、何故嬉々としているか。それはエルメロイⅡ世が渡す聖遺物のことを思ってのことだ。

 あの日、何故、ヘルバがエルメロイⅡ世の研究室の前にいたのかといえば、ずばり、エルメロイⅡ世の持つとある英霊の聖遺物を盗む為であった。

 屹度、今から受け取るのはその望みの品に違いない。そう思うと自然と身体から喜びが溢れ出すというものだ。

 いつの間にか、エルメロイⅡ世の研究室に辿り着いたヘルバはその気持ちのままに、ドアを叩く。

「ムッシュ、私で御座います。貴方の、ヘルバ・セレスティア・ゴーントで御座います」

 中にいるであろう人物にヘルバは呼びかける。

「君を私のモノにした覚えはないが――入りたまえ」

 中から聞こえてきた声は、怜悧で落ち着いた声だったが、何処か苛立ちを感じさせていた。

 ――もう、つれないですわね。でも、そんなところが素敵ですわ。

 そんなことを思いながら、ヘルバは頬を染めつつ、部屋に入り、その声の主の前に立つ。

 プレジデントを思わせるデスクに腰を掛けているのは、黄色の肩布を垂らした赤いコートを着た、齢三十余りと思われる長髪の男だった。眉間に深く皺が刻まれた仏頂面をしていて、余程苦労を貯めこんでいるのか、比較的整った顔立ちをしているのに、実年齢より老けて見えた。

 彼こそ、若手ナンバーワンの出世頭にして時計塔の名物講師、ロード・エルメロイⅡ世である。

「改めまして、お目に預かり光栄ですわ、ロード・エルメロイⅡ世。ふふふ、中々渋い面差し。時計塔で抱かれたい男ナンバー1と言われるのも至極当然というものですわね」

「……世辞は聞きたくない。むず痒いだけだ。それより早く本題に移ろうか」

「あらあら。私、嘘など申しておりませんのに」

 その言葉に、少しばかりエルメロイの額の肉がピクリと引き攣った。まるでその讃辞が気に入らないかのように。

 然う、エルメロイⅡ世は自分に対する評価が気に入らない。四階級に過ぎない、然もそれすら、教師としての能力に因るものでしかないエルメロイⅡ世にとっては過剰なまでの評価も、授けられた嘗ての師と同じ名前も、あまりに重く窮屈に過ぎないものであったからだ。

 そんな本人の心中を知らぬヘルバはただ単に恥ずかしがっているとしか考えず、可愛らしいと、顔を綻ばせるばかりであった。

「君を相手にしていると、どうしてだろうな。調子が狂うよ」

 そう言いながらエルメロイは、机の中から、赤い艶やかな布に包まれた何かを取り出し、それを机の上に置いた。

 それを見ると、ヘルバは目に映るものが信じられず瞬きをした。

「……此方が聖遺物ですか?」

 その言葉にエルメロイは悠然と頷く。

 ヘルバは驚愕に目を見開いた。

 布をはがすと出てきたのは鈍い金色の輝きを放つ金属の板のようなものであった。

「此れは、然る王が使用した斧《ラブリュス》の刃だ。高い神性を誇る間違いなく一流の……」

「エルメロイ様!」

 ヘルバは机に掌を打ち付け、乾いた音を鳴らす。

「如何した、ゴーント女史」

「何故、征服王の聖遺物を下さらないのですか!」

 然う、ヘルバが望んでいたのは、ロード・エルメロイⅡ世が嘗て参加した聖杯戦争に於いて召喚した、世界を制覇に最も近づいた大英雄、征服王イスカンダルの聖遺物であった。

 世界的にもかなりの知名度を誇り、召喚されれば強大な力となるのは間違いない。

「彼ならば、必ずや勝利を、聖杯を手に出来るというのに!」

 その言葉にエルメロイは此処にきて、眉間の皺が一等に深くなった。

 空気にも充満する、肌が痛く成程の怒気。

「何故か、だと?」

 エルメロイはそう言いながら立ち上がり、怒りの儘に拳を机に叩き付けた。

 鈍と、爆発に似た音が鳴った。

 ヘルバは呆然とした。

 冷静で知的な振る舞いをしていたエルメロイが熱烈な怒りを見せたことに。

「誰が貴様のような者に、俺の朋友《とも》を任せられるか!」

 ヘルバは瞬時に、エルメロイの琴線に触れてしまったことを理解した。

「嗚呼、フラット《あの馬鹿》なら任せられただろう。馬鹿だが、アレは英霊を尊重出来るだろう。ナイトハルト教授であっても良かった。何処までも夢追い人なあの男なら、俺の王とも夢を見れたろう! だが、貴様のようなヤツに、あの方は任せられない!」

 そう叫んだ後、エルメロイはハッと我に返り、

「済まない、取り乱した」

 と咳払いをする。

 構いませんわと、笑みを浮かべながらヘルバは思った。

 余程、その英霊と共に戦った日々は、彼にとって大きいのだろうと。

「だが、正直言っておくと、私としては、君を聖杯戦争の使者にするのは反対だった」

「それは如何して?」

「君の在り方を見てだ」

 その言葉にヘルバは首を傾げた。

「君は目的の為なら何処までも残忍になるタイプだ。平気で人格ある者を道具扱いする。そんな君の在り方は、英霊を傷つけるだろう」

 エルメロイの言葉に、ヘルバは笑みを浮かべた。

「魔術師とは元来そうで御座いますわよ、ムッシュ」

 エルメロイはそれを聞き、スッと目を閉じた。

 この女には何をいった所で意味がないだろうと、然う思いながら。

「いらん世話だったな。すまなかった」

「いいえ、御教授、感謝致しますわ」

 そう言いながら彼女は斧の刃に手に取る。

「――さて、かの征服王は手に出来ない。それは誠悔やまれますが、仕方ありません。屹度、これの持ち主も一流の英霊であることでしょうし」

 そう言って刃をドレスの中に収納し、研究室を立ち去ろうとした。

 その時――。 

「“自涜”のヘルバ、いらん世話ついでに一つ忠告しよう。サーヴァントを、英霊を道具扱いし、その尊厳を蹂躙した者は悲惨な死に方をするぞ。私の師が然うだったように」

 エルメロイⅡ世の言葉にヘルバは、

「肝に銘じておきますわ」

 そう本心か、それとも上辺だけか、兎に角そう返し、エルメロイの部屋を後にした。

 柔らかな、けれど淫魔《インキュバス》を連想させる厭な笑みを残しつつ。

 

 




 もう二度と登場しないので、漆ザコのプロフィールを載せておきます。


 名前:ナイトハルト・フォン・フッテン・ツォ・ユミナ
 年齢:27歳
 誕生日:4月20日
 血液型:―D―(書類上)
 身長:188cm 体重:74㎏
 イメージカラー:黒漆
 特技:園芸、裁縫
 趣味:園芸、裁縫、ゲーム(ポケモン)、読書(絵本や児童文学を好む)
 好きなもの:陽だまり、草花、児童文学・絵本、弱肉強食
 嫌いなもの:貴族主義、権威、豪華絢爛、お堅い芸術
 苦手なもの:直射日光、政治
 天敵:キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ、ミスト・ザ・ワイルドギース
 魔術回路/質:A
 魔術回路/量:A
 魔術回路/編成:異常(魔導植物のものが癒着し剥がせない)
 魔術系統:植物魔術(使役や転換など)、錬金術etc


 
 後日――時計塔植物学区のとある講堂にて

 ガチャ(教室の扉が開く音)
女講師「わこつ! ボーイズアンガールズ。元気してたッスかぁー?」
生徒A「あれ? ナイトハルト先生は?」
女講師「フヒヒ、サーセン。今日は、教授ちょっと出れないそうにないんで、代打バッター僕ってことで」
 ざわざわ……ざわざわ……。
生徒B「病気ですか? はっ!? 若しかして、貴族主義の連中に襲撃されて怪我でも!?」
生徒C「いやいやそれはないって。それにあの教授なら、返り討ちに出来るでしょうよ」
生徒D「でも、ホントに何があったんだろ。って、ワイルドギース先生、如何して顔逸らしてるんですか?」
女講師「いや、えっと、なんつーか、凄く言いづらいというか……」
生徒A「話して下さい。ナイトハルト先生に何があったんですか!?」
女講師「マジ驚かないで下さいよ。てか、教授に失望したりとかも無しで」
生徒B「大丈夫です! 俺達、何があってもロード・ユナハについて行きます!」
女講師「あ、うん……じゃあ、言うね……」



女講師「『ファーストキスを奪われたショックから立ち直れない』だそうです……」
生徒たち「…………」





「「「「( ゚Д゚)ハァ?」」」」
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