Fate all of the world   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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 次に貴様は、「型月にはもっと辛い目にあってる子もいるんだから我慢しなよ」と言うッ!


いと暗き陰翳、無上煌めく日輪

 聲が聞こえる――。

「皇弥栄! 皇弥栄! 今日、この一日を陛下の御業にて、生きていけることを心より感謝致します」

 嗚呼、誰かが――大和《オレ》の中の誰かが皇《オレ》を讃えている。

 愛い、愛いぞ、愛おしい。良いや、明日も生かしといてやる。食うもんには困らせねぇし、無病息災、平穏無事を約束しといてやるよ。

「誰か! 八百万の神々の誰であろうと構いません! どうか、どうか私の子供を御救い下さい!」

 八百万? 違うな。神はこの皇《オレ》唯一人だ。他の有象無象なぞは如何でも良いだろう? まぁ、良い。この輝き《オレ》の前に陰ってくれるなら、皇《オレ》が救ってやる。感謝しな。

「畏くも、お頼み致しく存じます。いと天照らしたる皇御子よ。如何か、民草の前に龍顔をばお目にかけあそばされ、玉音を授けあそばされること、畏み、畏み、申し伝えまする」

 ああ、ああ、ああ――――。オオクメ、オオクメじゃあないか。如何した、そんなに跪いて。相変わらず、健気だねぇ。そうか、そうか。皇《オレ》の声を聞かせたいか。ならば良し、彼奴等の前に立とう。どうせ、俺がいなけりゃ、息すらまともに出来ん木偶なのだ。

 さて――久方ぶりに宮を出るとしよう。一寸向こうの台《うてな》に上れば、まぁ、大和《オレ》の総てに聲は届くだろうよ。

 

 

 †

 

 女子高校生という言葉を聞きどのようなイメージを抱くだろう?

 華、憧れ、或いは嘗て――若しかしたらエロスやリビドーであるかもしれない。

 此れは女子高生の話。

 

 ――たーん、たーん、たーん、たーん。

 四時間目の授業終了を告げるチャイムを聞き、高校三年生、星居実葉《ほしいみは》は英語のテキストを机の中に乱雑に突っ込み、椅子を倒しそうな程勢いよく立ち上がり、誰かがぶつかろうものなら、倒しかねない勢いで教室を出ようとした。

 ――速く出ないと……。また……。

 逸る気持ち。焦りに厭な高鳴りを奏でる心臓。目を覆うように伸ばされた髪には、汗が伝う。

 教室の後ろの扉まであと少しといった所で――。

「あっ……」

 実葉は蹴躓き、顔を思い切り床に強打した。

 顔の下半分に鈍く、けれど耐え難い痛みを覚えてそっと手を添えると、べとりと血が付いた。

「ちょ、実葉、如何したのいきなりずっこけて」

「すっごい転び方だったよ。怪我とか無い?」

「うわ、血ぃ出てんじゃん。やばいって、コレ」

 実葉の周りに“友達”が集まる。一人は長い髪を金色に染め、箸や鉛筆を握ることすら困難であろう装飾のネイルアートをした男好きのする体つきをした少女だった。一人は機械的な方法で焼いたのが明らかな、チョコレートのような肌の色をした細身の少女だった。一人は小学生と見紛うほどの身長の二つしばりの少女で携帯をいじりながら話しかけている。

 畢竟、三人ともが一般的に“不良少女”とレッテルを張られて然るべき少女だった。

 そんな“友達”に身を案じられて、

 ――転ばせたのは、お前等なのによく言うよ。

 実葉の中に浮かんだ言葉はそれであった。併し、それは直ぐに泡沫と成り、

「え、えへへへ……」 

 作り物染みた引き攣った笑みと、干からびた笑声で返すのが堰の山だった。

 自分の見目を顧みてしまったから――。

 目を覆うほど伸ばされ、一切の手入れもされず、汚れ痛んだ長い黒髪。そして、その隠された瞳は異様に映る程黒目が占める比率が大きく、また睡眠不足からか、其の下には深い隈が刻まれ、大きく瞼が腫れ上がっている。唇も今し方、水底から引き揚げられた土左衛門のような、蒼さであった。中背には見合わぬ肉付きの悪さは、栄養失調すら疑わせる。

 ――こんな自分が据え膳になった所で、誰も食いはしねぇだろ。

 実葉の容姿というのは、そんな自嘲を生むほど、クラスメイトや家族から見るに堪えないとの酷評が溢れ返るものであった。

 対し、彼女達は如何だろう。如何にも華やいでいる。交際を望む男性も学校内外問わずして多い。

 自分は彼女達に比べて劣っているから――。だからこの扱いも仕方ないと実葉は思っていた。

「だ、大丈夫。ちょ、ちょっと痛いけど、何ともないです……」

 明朗さをまるで感じさせない実葉の言葉に、けれど三人の少女たちは快活に笑い、

「良かったぁ! ヤバいヤツかと思ったけど、大したことなさそうで」

「はぁ、ビビらすなっつーの」

「一安心だね」

 とホッと胸を撫で下ろした。

 そして、その舌の根も乾かぬ内に、

「じゃあさ、実葉ぁ、パン来てよ。いつものチョコチップのやつね」

「あ、私も私も。今日はロールちゃんの気分だなー」

「私、カフェラテ飲みたい」

 と、いつものように実葉への要求が始まる。

「あ、あの、お、お金は?」

 いつもの事で、最早様式美にすらなっていることだが、一抹の希望を抱きながら実葉は三人に訊ねる。

「ゴチになりまーす」

 そして、返ってくるのは、無慈悲な三重奏。

「うへへへ……。ですよねぇ……」

 知っていた答えとはいえ、実葉の心は大きく抉られる。

 貴重な小遣い、好きな漫画を買いたかったのにと沈みながら、けれど抵抗もせず実葉は足早に購買部へと向かった。

 

 

 †

 

 

 矢張り此処は良い。

 断崖の果てに足を踏みしめ、穹蒼の向こう側に国津民の総てが見える。

 嗚呼――俺の輝きに怯えながら、莞爾の儘に、木箱の中の芥虫の如く犇めいている。

なんて良い眺めなんだ。皇《オレ》の輝きに相応しい、真っ暗な心地いい影だ。良いぞ、お前達。如何か永遠に俺の栄光を讃えてく……れ……?

 ああ?

 あ……あ……ぁぁあぁぁ……っ――――!?

 何だ何だ何だ、何だこれは!?

 空の向こう側のあの光はッ!?

 何故だ!? この天地に於いて輝いて良いのはこの皇《オレ》だけの筈なのに!?

 なのにどうして光輝がこの目に映るんだ!

 止めろ、止めろ、止めろ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロヤメロヤメロ!

 しゃしゃるな、出張るな、輝くなァ!

 此の世で只一人、皇《オレ》だけが至高なんだ。同等に輝くモノなんてない筈なんだ。是以上に貴いモノがあって良い筈がないんだ!

 ――此の世は天照たる俺の光で満ちている。それで大和《オレ》は幸せなんだ。それの何が悪い?

 眩しい。厭だ、認めない。俺の立つ場所はこんな所であって良い筈がない!

 消えろ! 消えろ! 消えろ消えろ消えろキエロキエロキエロキエロ!

 

 ――然う思い幾度となく矢を射れども、天橋立が砂粒より多く、闇夜すら埋め尽くす星の光の如きそれらは、皇《オレ》の輝きに飲まれて消えるものは一つとして無い。

 

 如何すれば良いのだ? 如何すれば――、

 

 …………そうか。或いは皇《オレ》が天地《ここ》からいなくなれば、これを見なくて済むのか。

 然《しか》らば、是非も無し。皇《オレ》は比良坂を降ろう。そして、竈の中身を貪り食らおう。

 千代に八千代に、これで皇《オレ》だけ輝く場所に行ける。

 

 †

 

 夕闇に落ちる空の下。

 軋、軋、軋とブランコの鎖が擦れる音だけが、寂しい寒空の下に、風にかき消されそうになりながら鳴っている。

 ゆわ、ゆわと揺れる板の上。実葉は、俯く。そして、両親から必要最低限の情けとして貰っている小遣いが、帰り道でも“友達”にケーキを“御馳走”してしまったことで尽きてしまったことを幾許か悲しみながら、想う。

 ――若し仮に、今私のいるのがカルネアデスの板だとして。若し、誰かが此処に乗ろうとしたのなら。屹度落とされるのは、私の方なんだろうな。そうあるべきだろうな。

 そんなことを。

 実際問題、星居実葉という人並みと言える要素が無い程に劣等な人間であった。

 勉強をやらせれば、常に学年の最下位を取り続け、体も丈夫でない上にある事情が有って走ることすらままならない。人に優しいかと言われればそんなこともなく、ただ弱く、そして卑屈で言葉を紡ごうとする度どもる。容姿は差し置いて、見栄えに関しては野暮ったい服装と、体を一度も洗ったことがないような臭気が漂っている。

 故にいつも人からは蔑まれ疎まれ、そして誰一人としてそんな彼女を友とはしなかった。

 人が誰かと友になろうと思うには例示する三つの感情のうちどちらかが必要だ。その人物と友になることを誇れるか、また、その人物と友になることが自分にとって益になるか、或いは感情を共有出来るか、その三つに一つ、またはその総て。

 星居実葉は誰にとってもその条件に当て嵌まるような存在になり得ない。故に友人がいない。

 併し、それを彼女は悲しみこそすれ、嘆きはしない。当然のことと受け入れ、そして打ちひしがれるのだ。

 ――若しかしたら、あれを見せたら、誰かに認められるのかな?

 ただ一つ、たったの一つ、彼女の中に思い浮かぶ常人と比べ、逸している点。それを見せればと、考えていると――。

「あ、実葉じゃん。こんな所で何してんのよ?」

 ふと、声を掛けられた。

 瞬間、実葉は身に怖気が走るのを覚える。この声色を知っていた。知り過ぎる程に知っていたから。

 恐る恐る、上げたくもない顔を実葉は上げる。

 其処にいたのは、実葉が今この瞬間に息をしていることでさえ躊躇われるような、八面玲瓏な少女だった。

 秘色のカラーコンタクトを入れた瞳と、亜麻色に染められた色とりどりのエクステーション交じりの髪は今めかしく、それでいて溌剌として気風を窺わせる。鼻は高く、輪郭はシャープ、そして背は高く、立ち姿が堂々としていて凛々しい。短めのスカートに、缶バッジに埋め尽くされたブレザーと、かなり高襟な恰好をしているその人物は実葉にとっては馴染に過ぎた人物であった。

「実花《みか》ちゃん――」

 かたかたと小刻みに震える顎で刻まれたその名前は、併し自分の妹のものであった。

 実葉は背筋の寒さを覚える。目の前にいるのは年子になる自分の妹。だが、家族に対して抱くべき、安心感といったものは今の実葉の胸の中には存在しない。

 在るのは――。

「ねぇ、お姉ちゃん」

「は……ひ……。な、な、何かな……? み、実花ちゃん?」

「何ビクビクしてんの?」

 然う字面通りに首を傾げる実花であったが、その挙動にすら、気道を素手で握りしめられるような感覚に陥る。

 彼女が妹に抱いていた感情とは、即ち恐怖であった。

 それをなんとか押し殺しながら、

「な、何でもないよ」

 その感情を妹に悟られまいとする。

「ふーん……まぁ良いや」

 幾許かむくれた顔を下目の前の少女は、もうとっくに自分が抱いている感情に気が付いているのではないかと疑い乍らも。

 実花は、実葉の隣のブランコに腰を掛ける。

「そんなことよりさ、ちょっと私の話聞いてくんない!? チョームカついてんの、私!」

 どすと音が鳴り、鎖が軋むブランコが、彼女の苛立ちを暗に物語る。

「あ、うん。何があったの?」

「も~ッ! 分かんないかな!? アイツのことだよ、アイツ」

 アイツ――。それは実花が入れ込んでいる転校生のことを指していた。

 最近、星居姉妹の通う、聖インノケンティウス学園の高等部に編入してきた小学生程の身長しかない、けれど綺麗な顔立ちをした少年だ。

 服装自由の学園にあって常に法衣《カソック》を着ている変わり者で、いつも学校の掃除や、教員や生徒会の手伝いに忙しく学校を駆け回っているお人よし。

 併し、可愛らしい見目とそれと食い違う運動神経の良さが一部の女生徒に受け、地下的な人気を博しているというのが、学園内での彼の評価であった。

 勿論、実花はその一部の女生徒であるというだけなのだが、そういった他人の風評に関して疎い実葉はこう思っていた。

 ――実花、本当にあの子のことが好きなんだな。それもそうか。見ず知らずの私の、こんな私なんかの為に手を差し伸べてくれた、本当に優しい人だもん。好きになるのも仕方ないよね。

 “友達”に押し付けられた掃除を一人でやっていたところを手伝ってくれた時のこと、その出来事の後、ふと気が付くと如何してか目で追ってしまう彼の笑顔が浮かびながら。

「えっと、その子が如何したのかな?」

 然う訊ねると、

「杉菜坂!」

 と叫ぶ。

「杉菜坂って……。永久子《とわこ》ちゃんのこと?」

「そう! 杉菜坂のお嬢!」

 杉菜坂永久子――。

 鬼松市の北部の山村に居を置く、地元の名士、杉菜坂家の一人娘。

 星居家も鬼松市に於いては強い力を持つ故か、実葉や実花にとっては幼いころから何度か顔を合わせたこともある少女であり、また実葉にとっては同級生でもある。

 頭脳明晰にして、男とも女とも取れる美麗でそれでいて湿原を揺蕩う靄のようなぼんやりとした雰囲気を漂わせる少女で、学園に於いては男女問わず多くの生徒を引き攣れ、肩で風を切るように歩いている姿を見かける度、実葉は驚嘆するばかりであった。

 だが、そんな姿を気に入らぬ者は揶揄するように彼女をこう呼ぶのだ。

 杉菜坂のお嬢と――。

 家が丸暴屋と関わりがあると噂されていることを皮肉って。

 実花も、杉菜坂永久子をお嬢と呼ぶ一人であったが、実葉の目に映る、今この瞬間の妹の表情は尋常とは到底呼べるものではなかった。

 縄張りの長を追われた老いた狒々の如くに、怒りと嫉妬で顔が皺に埋め尽くされて、整っている筈の顔が歪んでしまっている。

「なんか最近杉菜坂のお嬢とアイツ、一緒にお昼食べてんの! マジ有り得ない! 如何してよりにもよって、アイツなのよ!」

 その言葉に、実葉は何故だか心臓に針が突き刺さったような痛みを覚え乍ら、

「た、偶々だったんじゃないの?」

 と癇癪を起す妹を宥めようとする。

「そんなことない! 実葉は見てないから分かんないんだよ! アイツ、本当に楽しそうにしてた! ドヤ顔で意味分かんないハナシペラペラ話すお嬢の顔見て、優しそうに笑ってたんだから!」

 喚声、瞋恚。

 その光景を鮮明に思い出して、実花は涙目にすらなっていた。

「実花……」

 妹の名を呼んで、そっと肩に手を当てようとする。

「許せない……」

 併し、その瞬間、びくりと身を震わせ実葉は手を止める。

「お嬢だってこっち側の人間じゃんか。アイツを好きになっちゃいけないのは同じじゃんか。アイツに好かれちゃいけないのは同じじゃんか!」

 実葉は気付いたのだ。実花がやろうとしたことを。

 今すぐ逃げないと。

そう思い、立ち上がろうとしたが――。

「NAPTA《ムカつく》!」

 無情にも言葉は紡がれる。

「いッ……」

 走る。痛み。潰れる内臓が。千切れる、血管が。

 熱が、遣って来る。地獄の、業火の、ような――――。

「ああああぁぁぁぁああぁッ‼‼」

 実葉は耐え切れず絶叫した。顔を滝のような涙と鼻水に汚しながら、喉が、声で吹き飛んでしまう程に。

「NAPTA《ムカつく》! NAPTA《ムカつく》! NAPTAaaaa《ムカつくゥゥゥゥ》!」

「――――ッ!」

 今度は声にならない。叫べない程の痛み。神経に百足が這いまわるような筆舌し難い激痛。実葉は地面をのたうち回った。

 一体、実花が今何をしたのか。実葉はなけなしの、不出来な魔術の知識で以て考える。

――ナーペイター。所謂、黒魔術と呼ばれるものの一つ。溶かした赤い蝋を粘土と練り合わせ、怨み辛みを抱く相手に似せた人型を作る。そして、出来るだけ具体的に相手への邪念を思い浮かべ、『ナーペイター』と呟きながらそれを包丁や鉈といった刃物で滅多刺しにすると、その相手に病気や怪我を負わせることが出来るという呪いである。

 彼女がやったのはその魔術。否、その魔術らしきものか。

魔術には決められた文言を口ずさんだり、魔法陣を書いたり、供物を用意したりと言った具合に、発動に至るまでに踏まなければならないプロセスがある。これの一つ一つを詠唱という。

『ナーペイター』の場合は、“火曜日を選ぶ”、“夜に行う”、“蝋を溶かす”、“泥と蝋を捏ねる”、“人形を作る”、“仇を想う”、“人形を刃物で刺す”、“『ナーペイター』と唱える”、といった八つの詠唱を経なければ発動出来ない魔術である。

 併し、実花はそれを『ナーペイター』と唱えるだけで、怨みなどまるで無いであろう実葉に八つ当たりとして使用したのだ。

 かなり強引なことをしている。電磁石を用意して漸く持ち上がる屑鉄を、その機械を用意する手間を惜しんで素手で運ぶようなものである。そして、そんな無茶をやってのける“才能”が実花にはあった。

 実葉は苦しみながらも妹を羨望する。

 ――私と違って、こんなにも凄い。

 と。

 並み一通りな部分ですら殆どを持っていない実葉は、人に言えば或いは羨望されるかもしれない生まれであった。

 尤も、それを言うことは禁じられているのだが。

 星居家とは魔術師の、それも鬼松の地を治めるセカンドオーナーの家系であった。魔術系統は黒魔術。供物を捧げ、特定人物を呪い殺すことを主とするもの。

 だが、悲しいかな。実葉には才能がなかった。八代続いた家系の生まれだというのに、魔術回路の本数は二十と少なく、質など泥の詰まった配管とさえ称される代物である。それでも才能のある妹に大事があった時の為にだけ魔術を習わされ、そして当たり前のように家族から冷遇と虐待を受け続けた。

「ねぇ、なんで次期セカンドオーナーのこの私じゃなくて、お嬢なの!? おかしいでしょ! ねぇ、ねぇ、ねぇ!」

 実花はそう言いながら地面を這う実葉に人差し指を向ける。

「ッッッ――‼!?」

向け続けただけ、実葉の体に何万ボルトもの高圧電流が流れるような衝撃が走る。

 ガンド。人差し指を向けた対象の体調を崩す北欧の呪術である。実花のそれは本気ともなれば、岩をも抉るが、実葉を苦しめ、生き地獄を味あわせる為に威力を抑えている。

 如何してそんなことをするのか? そう教育されてきたからだ。

 魔術の実験、昂る気持ちの鎮静、その他諸々に於いて実葉を傷つけても良いし、そうするべきだと幼いころから家族に指導されているのだ。

 魔術師にとっては不出来すぎる子供など殺処分にしたいところ。だのに、心優しい私達はお前を生かして上げている。ならばせめて出来の良い子の為に役に立てよ――詰りはそういうこと。

 実花は頭を掻き毟りながら、天を仰ぎ、

「ああもう! イライラするッ! 目に付くヤツ片端からぶっ殺さないと足んない! 本気で腹立つ!」

 発狂するかのごとくに叫んだ。

 本当に彼女が心の内に抱えている怒りは、人十人は殺さなければ静まらないような代物であった。

 併し、本当にそんなことは出来ないし、してはならないことを実花は知っている。

 勿論、人間として当たり前の倫理観だとか、魔術師としての神秘の秘匿という責務だとか、セカンドオーナーとしての矜持だとかそういったものからではない。

 今、八つ当たりで人を殺してしまえば親から勘当され、協会の執行者に命を狙われることになる。

 死にたくないし、美味しいものを食べて、可愛い服を買って、イケてる音楽好きなだけ聞いて、恋に、友達に、兎に角最高な今が無くなってしまうから。だから、人は殺せない。怒りに沸騰する頭でもそれだけは理解出来た。

 故に、何時もの通りにすれば良いと結論する。

「実葉――」

 にぃと、顔の筋肉が破砕しかねない程口角を吊り上げる実花の顔を見上げ、実葉は震え上がる。

「悲鳴、上げてね?」

 この次の痛みを覚悟して――。

 此れが華の女子高生実葉の日常だった。

 学校では友達という名のいじめっ子に絡まれ、家族からは愛されず、妹には傷つけられる。

 此の世には幾らでも不幸な人間はいよう。幼い頃から蟲に凌辱され続ける少女がいたかもしれない。屹度、機械に繋がれ生かされ続ける少年がいるに違いない。それに比べればごくありふれた日常。

 故に実葉はそれを苦しいと思いながらも、受け入れていた。自分は劣等、本来は生きる事すら許されない劣等。そう教えられて育っていた。

 だから、素晴らしい彼女達に傷つけられるのは当然で、許されるべきで、そうあるべきだと認識していたのだ。

 

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