Fate all of the world 作:源氏物語・葵尋人・物の怪
光っている。無量無辺、見渡す限り、白い光輝。
此処は何処だ? 皇《オレ》がいるのは一体何処だ?
知らない。皇《オレ》が知る黄泉とはこんな場所ではない。
それに何だ? さっきから喧しい。皇《オレ》に誰かが話しかけてくる。
――ギルガメッシュ。知らない。何処の塵の名だ?
――ヘラクレス。聞いたこともねぇ。雑魚だろう? どうせ。
――カルナ。糞に群がる蠅のような響きだ。反吐が出る。
――オジマンディアス。蛆虫の仲間か? 取るに足らんな。
――孫悟空。吐物《ゲボ》と何が違う。なぁ、なぁ、なぁ?
――倭建命。嘆かわしいねぇ……。こんなのが皇《オレ》の血から生まれたのかよ。
アーサー・ペンドラゴン、ヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス、クー・フーリン、リチャード・ザ・ライオンハート、アキレウス、イスカンダル、アラーシュ・カマンガン、李書文、フランシス・ドレイク、アヴィケブロン、ハサン・サッバーハ、ロムレス……。
う、う――ううううううぅぅぅぅ■■■■■■ッ‼‼
誰だよ、誰だよ、誰だよ、ダレ、ダレ、ダレ!?
知らない、厭だ、聞きたくないッ!
黙れよォ! アラヤだか、ガイヤだか知らんが五月蠅ェんだよォォォ!
輝きは要らないッ! 皇《オレ》以外の輝きなんて、皇《オレ》は要らない!
座《此処》には皇《オレ》だけ満ちれば良い。皇《オレ》が至高の輝きだから――。
皇《オレ》以外に英霊は要らない――。
†
「聖杯戦争ぉ? なにそれ?」
本に埋め尽くされ、一切の光が届かない黴の匂いが鼻を劈く書斎に相応しくない、実花の余りに調子の軽い声が響く。
「そうか……お前には話したことがなかったな」
木製の艶やかで高級感の漂う机を挟み、彼女と相対する黒革張りの回転椅子に腰を掛ける人物が、真昼の林を思わせる落ち着いた口調で呟いた。
チャコールグレーの見る人が見れば一目で上等と分かるスーツに身を包んだ、銀縁眼鏡と、整髪料で撫でつけられた白髪交じりの髪をした、和製英国紳士とでも評するべきこの人物は実花と実葉の父であり、星居家当主であり現鬼松セカンドオーナーである。
名を、星居瑞穂。
「聖杯戦争とは、簡単に言えば聖杯と呼ばれる万能の願望器を巡り、七人のマスターと呼ばれる魔術師が七騎のサーヴァント――英霊を使役し殺し合う戦いのことだ。ともかくこと我々、この鬼松に於いてはね」
広義には徒競走のゴールに聖杯を置いて、一番になった者がそれを取ると言う場合にも聖杯戦争と呼ぶと、瑞穂は補足する。
「はぁ!? 英霊を使役って。無理無理。そんなん、お嬢みたいな魔力量お化けならまだしも、そんなことしたら、かっぴかっぴの干物になっちゃうっての」
英霊とは、伝説や逸話によって人々から奉られた存在。観念上、使い魔と見做されるが、それとは明らかに一線を画す存在。或いはその力の一部を膨大な魔力と時間と道具を駆使して使うことなら可能であるかもしれないが、それそのものは使役どころか召喚することでさえ命取りになる。魔術師として教育をされてきた実花にとって、それは常識として知っていることであった。
「サーヴァントを呼ぶのは魔術師ではない。聖杯の願いを叶える力に英霊が惹かれるのだ。そして、故に聖杯は願望器として確かな力を秘めているのだ」
成程と、言う代わりに実花は口笛を吹いた。
「つーか、凄いね。星居のご先祖様って。そんなん作れちゃうなんて」
感心し、目を輝かせる実花に対し、瑞穂はゆっくりと首を振る。
「残念ながら、我等のみで作り上げた儀式ではない。星居、杉菜坂、メンドーサこの三家の協力なくして組み上げる事は叶わなかった。……それすらも、模倣に過ぎないが」
その言葉に実葉は小首を傾げるばかりであった。
「まず、鬼松の聖杯戦争の成り立ちから始めよう。きっかけは安政7年。メンドーサの一族が冬木の地を訪れとある儀式に参加したのが始まりだ」
「その儀式って?」
「……聖杯戦争だよ。」
令呪、マスター、サーヴァント、宝具……。そして、万能の願望器。冬木の地で行われた、第二次聖杯戦争の皓々たる輝き。そして、その儀式が齎すモノ。それに魅入られた者がいた。それがスペインの名門メンドーサの魔術師。その家系が新たに聖杯を見つけ、繋がりのあった星居家に霊地の提供を求めた。更にその星居家が、道《タオ》と陰陽道の大家であり使役に長けた杉菜坂に力を借りた。
そうして数十年かかり、完成したシステムを用いて行われたのが鬼松の聖杯戦争であった。
尤も、第一回の戦争では、聖杯が起動する前に終わってしまい儀式は失敗に終わってしまったらしい。
「それで、如何してそんな話を私に?」
「一ヶ月後第二次聖杯戦争が行われる。お前にはそれにマスターとして参加して貰おうと思ってね」
「はぁ!? 何で!? 面倒臭い!」
父の言葉を突っ撥ねるのに、瞬間程の時間すらもかからなかった。
殺し合いが厭なわけではない。第一、実花という人間は、道徳的な感情を母の胎内に於いて来たと言われる程に、優しさが欠落している為、人を殺すことにすら忌避を感じない。
本当に、面倒なだけだった。それに参加している間に一体何が出来る。友達と映画に行ける。ライブに行ける。Cの悪魔が蔓延るテーマパークに行っても構わないだろう。聖杯戦争とかいうくだらない儀式に使うより有意義な時間の使い方というものが、実花の中には存在していた。
「すまない実花。でも、分かってくれ。星居が根源に至る為にはお前の力が必要なんだよ。戦いが終わったらいくらでも好きなモノを買ってあげるから。ね?」
瑞穂は申し訳なさそうに顔をして実花に頼んだ。
内心で娘に呪いを掛けられることを恐れ乍ら。
星居に齎された最初の子供が、芥と大差の無い出来損ないであったから、次に生まれた実花が大凡考え得る限り最高の才能を持って生まれたことを喜んだ。喜び、その余りに持て囃し過ぎた。結果、魔術師としての大義を持たず、残虐性だけが身に着いた我儘な姫が誕生してしまったのだ。
力で御すにも、五歳の頃には時計塔の位階で表せば上から二番目、色位級の腕前を持っていた実花にそうすることなど適わない。
だから、傅く様に接する以外に他なかったのだ。
「良いよ、そんなの! めんどい! 要らない!」
最早癇癪は収まらない。最早、家にいる生贄の為の動物の全てを殺し尽くさなければ、収まらない勢いであった。
――嗚呼、こんな時あの屑がいれば収まるのに。
実葉のことを思いながら、激痛に頭を抱える。呪いの的である長女がこの場に呼んでおくべきだった。
瑞穂は魔力の流出を感じている。何かしらの呪いで八つ当たりを開始しかねない。的は間違いなく自分。
最早これまでと、諦観しかけた其の時――。
「――やっぱ、出る」
「へ?」
瑞穂は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
一体この間に如何してと、疑問に思っていると、
「気が変わったの! 良いから出る! 聖杯、持って帰って来るから!」
金切り声を上げた。
「わ、分かった。分かったから。そうか、出てくれるか」
娘の思惑は読めなかったが、参加してくれるというならばそれで問題はなかった。
――実花の腕があれば問題はない。時計塔の君主であろうと、あれより上はいないだろう。懸念は杉菜坂の“意思を持った大源《マナ》”だけ。だが、それすら問題なし。
心の中で、厭らしくほくそ笑み乍らも、現実柔和に微笑んで瑞穂は当初の計画を進める。
「そういうことなら、私は力の限り支援する。英霊を呼ぶ為に必要な聖遺物――。この日本に於いて、最高の英霊たる者に纏わるモノを用意しよう」
その言葉に実花は机から乗り出して、
「ホント!? ありがとー、パパ!」
瑞穂に抱き付いた。
「全く、お前は……」
困り顔ながらも瑞穂は何処か嬉しそうであった。
其の為に気が付けない。彼女は聖杯を身勝手な気持ちの為に利用しようとしていることに――。
実花は父に言われ、書斎を退室すると鼻歌交じりに、ヴェルサイユ宮殿のそれにも似た廊下を跳ね回るように歩く。
「願いが叶う。これでアイツとラヴラヴぅー」
実花は根源になど興味はなかった。只、好きな男と相思相愛の関係になりたかった。今は出来ない。邪魔者がいるから――。
併し、英霊を呼ぶほどの奇跡を起こす万能機ならば、過程も何もかもを飛ばして、結果だけを齎してくれる。
たった其の為だけに、彼女は六人六騎を殺せる。愛とは狂気だ。
“Amantes amentes”だ。
好き、好き、好き――――。
その想いの重さだけ、杯一杯に血を注ぐ。
そう心弾ませる実花の前に、
「あ、実花ちゃん……」
いたのは愚鈍な姉だった。
実花は足を止めると、景気の悪そうな実葉の顔を見て、舌打ちをした。
――この屑は如何して、こうも間が悪いんだろう。でも良いや。私は機嫌が良い。
何より、誰かに、この歓喜を伝えたかったから。
「あはッ、実葉。聞いてよ、私の恋叶いそうなんだよ」
「え!? そうなの!?」
何故だか実葉は蒼褪める。それが余りに面白くて、実花はついつい吹き出しそうになってしまいそうになりながら聖杯戦争のことについて伝える。
「万能の願望器!? 凄いね……」
「それを使えばアイツと付き合う事だって出来るんだから!」
「で、でも……マスターにはどうやってなるの?」
「なんか聖杯の方が選んでくれるんだって。しかも、聖杯を作った三つの家の人は、優先的にマスターにしてくれるらしいんだぁ」
「それってどうやって分かるの?」
――嗚呼、全くこの姉は何処まで行っても馬鹿だなぁ。教えて上げなきゃ何も分からない。
そう思いながらも、実花は寛大な心で――自分が思っている上ではだが――姉の問いににこやかに答える。
「令呪っていう赤い痣みたいなのが、体に浮かべば、マスターに選ばれた……ってことになってるみたいだね」
その言葉に、実葉は若しかしてと呟いて後ろ髪を持ち上げ、項の辺りを実花に見せる。
「こ、これのこと、かな?」
そこにあったのは、太陽を思わせる意匠の血が滲んだような赤黒い痣だった。
実花は目を見張った。顔の筋肉が、千切れるように引き攣るのを感じた。血が凍結していくのを感じる。逆に胸の辺りからは、燃え盛るような熱が渦巻く。
「実葉ァァァアアッ‼」
いつの間にか、実花は姉に掴み掛り、押し倒していた。
「実……」
何かを言おうとする実葉の顔に拳をねじ込む。ばきりと鈍い音がする顎が砕けた。
「よこせ! よこせよォ! それ、よこせェ!」
何度も、何度も、実花は実葉の顔に右拳を叩き込む。自分には魔術という、苦しませるのにうってつけの手段が、否、そもそも令呪を取り上げる手段があることも忘れて――。
白目を向き、血塗れになった実葉の顔を見降ろし、漸く落ち着きを取り戻し、魔術の存在を思い出す。
――そうだ、私には魔術があった。令呪を剥がして私の体に移し替えれば良いんだ。たったそれだけのことじゃないか。
霊媒治療術を使えば、第三要素に根を下ろした令呪の移植は可能だ。否、それが出来なくとも、肉ごと抉って移植すれば良いだけの話だ。天才と言われて育った実花には息を吐くよりも容易い事だった。そう思い彼女はそれを実行に移す。
まず魂にこびり付いた令呪を剥がして自分の右手の甲に移し替える。併し、それは直ぐに実葉の首筋に戻った。思い切って今度は肉ごと引きちぎって、物理的な治癒魔術を応用して結合させてみる。併し、次の瞬間には実葉の首は治癒し、令呪も其処に戻る。
「あ……あ……」
実花の頭の中は白濁した。意味不明な出来事に、自分の思い通りにならない事実に。
「畜生ォォオオ!」
実花は怒りを炸裂させ、天を仰いで、咆哮した。
父が、母が、祖父が、家の使用人たちが彼女の叫びに何事かと、気をそぞろにして集まってくる。
知らない。実花も、両親も、星居家の誰も、実葉自身でさえも。
如何して、誰も疑問にすら思わないのか。黒魔術による虐待と、八つ当たりとを受け続ける実葉が青年期を迎えて尚生きている事に対して。不可思議に感じないのか。精神に異常すら来さず、鬱病すら発症せずに生きていることを。
妹や家族に対して、優しさを捨てきれずにいることを――。
才能の無い彼女。その原因とはずばり起源であった。
努力しても才能が実らない、何をやっても上手く行かない、そんな彼女の起源は『保存』。
変われないこと。それが根源の混沌の渦より定められた彼女の指向性。
そして、彼女はこの起源によって、妹や両親に対する愛を失わずに『保存』した。肉体も精神も、至って正常な儘に『保存』し生き永らえた。
そして、その起源はその身に下りた奇跡でさえも『保存』する。そうそれこそ即ち、無意識で、知らず知らずのうちに望んだ令呪だった。
†
なぁ、貴様、好い加減に黙らねぇか。
ペラペラと喧しくて適わねぇんだ。
一寸は皇《オレ》の言うことを聞いたらどうだ?
――……聞く耳持たずかよ。
今度は何だ?
セイバー、アーチャー?
一体なんだ? 皇《オレ》の適性? 何の話だ?
聖杯戦争? 皇《オレ》に芥《ゴミ》の狗になれというか? 皇《オレ》の力を貸せというか?
まぁ、良い。是非も無し。此処から連れ出してくれるというなら有象無象で構わない。輝き《オレ》の後ろに伸びる影として可愛らしく振る舞ってくれるならそれで良い。
兎に角、座《此処》は居心地が悪い。
さっさと出たい……。苦しいよォォオ……。
何? 然らば、渇望を示せ? 貴様、皇《オレ》の願いが叶うと言っているのか?
……嗚呼、そうだ。死ぬ前に思ってたことが在るんだ。そして今も一層思ってることが在るんだ。
聞かせろ? 誰に口を利いている? だが、良し。答えてやる。
それは……。
†
聖杯戦争開始の期限より三日前となった。
結局、星居家の誰が、どんな手段に頼っても実葉の首筋の令呪は剥がせなかった。外部の魔術師に依頼してもその結果は変わらない。
如何するべきか、星居家の者達は考えに考え抜いて、最終的に殺処分することに決定した。
星居家の長年に渡る大義と切望。それらを凌辱した痴れ者として。
そもそもが今の今迄、殺さずに生かしておいてやったのだし、然も家督を継がせない者には教えない魔術を学ぶ機会までやったのだ。感謝されこそすれ恨まれることは何も無い。星居瑞穂とその妻は一辺の嘘偽りなく、天地神明に誓ってそう思っていた。
だが、ただ殺すのでは足りない。出来るだけ残酷に、面白きこともなき世を面白くするような、見世物にしなければならない。
故に実葉は、星居家の帝国ホテルのそれと大差ない広さの屋敷のエントランスに呼び出され、鴉と鳶との血で描かれた広い床一面を埋め尽くす大魔法陣の中央に立たされる。周りでは両親や親戚、使用人たちがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて見守っている。
だが、実葉は何も知らない。自分が一体何をされるのかを――。
実葉の前に妹が歩み出る。
その歩きざまは妖艶で、ギャラリーと同じはずの笑みは酷く美しく映った。それを見て、実葉は改めて思う。
――綺麗……。なんて可愛いんだろう……。全然違う、私なんかと。
そして、彼女ははいと一枚の金の羽根を差し出す。
「これは?」
「パパが用意してくれた聖遺物。ある大英雄が悪しき者と戦をしている時に現れた黄金の鳶が残した羽根なんだってさ」
呼び出すのは英霊も英霊、一級品などと評することすらおこがましい大英霊だ。この鬼松で、否、日本国内で召喚すれば、どんな英霊であろうと――それこそ原初の荘厳たるギルガメッシュですらも敵わないだろう。
「でも、この英霊でも屹度勝てないだろうから……。だから、この英霊を呼ぶとき、に二小節の詠唱を加えるの」
「えっと……」
「詠唱、覚えたよね? “我は常世総て悪を敷く者”と“汝三大の言霊を纏う七天”の間にこの二小節を加えて欲しいの」
実花の口は、ただでさえ笑みを湛える実花の口は、一相歪んで裂けた。
「“されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者”って」
それは死の宣告。
「バーサーカーを召喚して欲しいの。一級の英霊を強化すれば、実葉でも勝てると思うから」
それは聖杯戦争について知る第三者が聞けば耳を疑わざるを得ない内容であった。バーサーカーの英霊は、本来弱い英霊を狂気に飲み込んで強くしたい場合、強いが反乱裏切りなど傅く上で不都合になる逸話を持つ英霊を混沌に呑み込んで意思を奪い従わせたい場合に召喚するサーヴァントだ。
只、バーサーカーのクラスは魔力の消費が激しく、その消耗はマスターを殺すも易し。現に、冬木の聖杯戦争に於いては、バーサーカーのマスターになった者は殆どがこれが原因で命を落としている。
その二つに該当しない英霊を、況して欠陥品のマスターに必勝させるための手段として呼び出すなど、愚かとしか言えない行為である。
召喚した瞬間に干からびる。
併し、あくまで本気で勝ちを狙う場合に於いては愚かだというただそれだけだ――。
然う、星居の人間は誰一人として勝利を捨てている。
ただ、凡愚を苦しませる手段としてそれを提示したのだ。
魔力の枯渇は地獄の苦しみである。拷問にはうってつけというわけだ。然も、これからやること――実花の提示した案はそれに輪をかいて残酷なものだった。
魔力が総て切れるその瞬間に実葉に一族総出で魔力供給を施して生き永らえさせるのだ。
簡単に言えば、何度も苦しめて、何度も殺す。そうして恩を仇で返した罪をありありと刻んだまま地獄に落ちて貰う。
今から行われるのはそれだった。
若し実葉が拒んだ場合は、催眠を掛けて無理矢理召喚を行えば良い。逃げ道はない。
それを理解し、実葉は叫ぶことも出来ずに――諦めた。
――嗚呼、今日私は死ぬのか……。
――悲しい人生だった。痛いことの多い人生だった。けれども、劣等な自分にとっては相応な、否、分不相応な程良い人生だった。
――此処まで生きられたんだ。寧ろ私はこの人達に感謝しないといけないんだ。
そして、次に思い浮かべるのは、小さな、小さな神父の顔。
――優しい人だったな……。屹度、良い神父様になるんだろうな……。
――……一緒にトーマス、見たかったな……。
頬に一筋の涙を伝わせながら、如何して自分がこんな目になってしまうのか考える。
彼女の涙を見た観衆からは、どっと嘲笑が爆発したが、最早それも届かない。
実葉は、思考の海に呑まれていた。
或いは悟りとはこういうことをいうのではないのかと、実葉は自分でも吹き出しそうなことを考えながら哲学する。
然して、答えは出た。
――そうだ、屹度自分に比べて周りは素晴らし過ぎるんだ。
――この世界は輝きに満ち過ぎているんだ。
――だから、劣等品の私は蔑まれる。
周りを否定することはしなかった。幾ら痛い思いをしたところで、辛いとしたって、いつの時代も劣った存在が傷つけられてきたのは厳然として事実だ。
――世界中のみんなが劣った存在ならば良い。
――そうすれば、屹度誰も傷つかない。
――私も、私を今迄生かしてくれた優しい人達も傷つかなくて済む。
然う結論が出た所で不意に希望が生まれた。
叶う筈がない希望が。
――若し億が一にも私が生きられたとして。
――若し京が一にも私が聖杯戦争を戦えたとして。
――若しも、若しも、那由他が一にも聖杯を手にしたとしたら……
願いたい願いが出来てしまった。どんなに望んでも願わぬ願い。
けれど、けれど、と彼女は何度も繰り返す。
――私は屹度、こう願おう。
†
世界よ、闇に堕ちろ―――――。
†
何処かで誰かと誰かの声が繋がった。
赤で宣言。実花は処女。
赤ランサー人気を考えると、実葉より実花の方が人気出そうな気がする(予想)