Fate all of the world   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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麗しのポリーナ

 

 いと白い街、モスクワ。葉巻を咥え、紫煙を纏いながら、紫のレザーコートを纏いラメで飾り立てられた変状なジーンズを履いた女性が舗装された路地を歩く。

 ざっ、ざっ、ざっ。

 踏みつける雪が鳴る。

 女性は空を見上げる。見ると、一面が灰色だった。その間にも彼女は思考する。それは、風の噂について。

 ――あの子が、アレの存在に感づいた……か。

 ――如何したものか。

 そう思いながら歩いていると、いつの間にかホテル街にほど近い暗い路地に入っていた。ふと見ると其処には幼い少女が座っていた。

 目を伏せて、何かを首に提げて。

 女性は少女を見下ろす。魔力の流れを感じた。

 女性は、少女の前に立膝を付き、目線を合わせ、話しかける。

「こんにちは。私、魔法使い。貴女は、魔法使い?」

 少女は、顔を上げ虚ろな瞳を向ける。

「……私は、魔術師。お姉さん、魔法使いなんだね、凄いや。ひょっとして、『青』さん?」

「ううん、違うな。私、燈子ちゃんの妹じゃないの。私も、ホントは魔術師なんだ」

「そうなんだ」

「そうなの」

 霞のようにふわふわとした人だと、少女は女性にそんな印象を抱いた。

「お姉さんは、お客さん?」

 いきなり自分の素性を話し出す彼女の正体が掴めず、少女は最もあり得る可能性を口にした。

 すると、女性はくすりと笑みを零した。

「うん、貴女を買いたい。でも、お客さんは、嫌だな」

 少女の低い鼻の前に手を伸ばす。

 Shall we dance? ――一瞬、そんな言葉を少女は空耳した。

「友達――うん、友達とか恋人が、良いな」 

 優しさと、無邪気さに溢れた冷たい程の美貌に似つかわしくない笑顔を女性は湛えていた。

 

 †

 

 魔術使い――というものについて。

 本来魔術師というものは、根源という総ての始まりに至る為に神秘を研究する者のことを指す。併し、魔術師の歴史が始まり数千年余り。本来の目的から逸脱し、もっと俗的で、もっと卑しい目的の為の道具として使用しようとする者というのが如何しても生まれてしまうのだ。

 そういう存在のことを魔術師達は、侮蔑と憎悪を込めてこう呼ぶのだ。

 ――魔術使いと。

 さて、この魔術使い如何して此処まで嫌われるのだろう。低俗だから?

 勿論、それもあるが、魔術師達が彼らを嫌うのは何もプライドから来る問題ではない。自分たちが実害を被るからだ。

 仮に銀行強盗で生計を立てている魔術使いがいたとして――。一体何が起こるだろう? 屹度、魔術使いは自分の発見を恐れて透過や記憶消去を駆使して犯罪を行うだろう。だが、今日日、警察官は優秀だ。犯罪現場から僅かにでも違和感を見つけるだろう。すると、そこに学者が介入する。そうして調査を続けるうち、“魔術”という存在に辿り着いてしまう可能性があるのだ。

 神秘の流出とはそれ即ち、一般化とも言い換えられる。畢竟、根源から遠のくことになるのだ。

 もっと単純な問題も浮上する。例えば、魔術師を殺し研究成果や礼装などを奪う盗賊行為、優秀な子供を産める女を産める女を拐し、魔術師に売りつける人身売買など魔術犯罪を行う者の凡そ98%がこの魔術使いであるという事実もある。

 女はそんなことをふと思いながら、目の前の幼い少女――ポリーナ・アファナーシェフ――を見つつ今し方ウエイターから差し出されたローストチコリコーヒーを啜った。

 ――美味しいなぁ。これを飲むために私は生きていたと言ってもいいのかもしれない。

 舌鼓は打ち鳴らされる。香りをもっと楽しもうと、少しだけ意識して鼻から空気を吸い込むと――嗚呼、分からないと女は聊か顔を顰める。が、直ぐに悪くないと思いなおした。

他の席の客が頼んだ品物の――例えば珈琲の焦げたような香りやハーブティーの鼻を突き抜ける刺激がやってくる。またそんな中にも、長く遣っているだけある喫茶店の古びた檜の独特な香りが漂っている。からん、らんと、扉の開く音が女の耳に届き、外からの冷たい風が肌に突き刺さる。不意に其方を見ると、年若い一組の男女が入って来るのが目に映った。

 ――カップル……かしら? 仲、良さそうね。

 如何にも世界は愛と、平和とに満ち溢れていた。

 併し、再び女は目の前の少女に目を遣って、それが不完全であることに気が付く。

 ポリーナはまだ、十歳ほどに見える。けれど、貴婦人と称しても良い程に大人びたそして、美しい顔立ちをしていた。冬の月にも似た銀の髪、紫水晶のような瞳。ハンバート教授的な趣向の持ち主ならば――否、そうでなくても男であるというだけで穢したくなる衝動を抑えられずにはいられないであろう。此の世最美の亡骸《ロザリア・ロンバルド》というのが存在するが目の前の少女の面差しに最も近いのはそれであるかもしれないと女は思った。雀色のロリータめいた服装と相まって尚一層にそう感じさせていた。

 併し、その表情は辛苦に打ちひしがれ今にも泣き出してしまいそうで、その麗しい相貌を陰らせるには十分と言えた。

「……やっぱりやめとく?」

 居た堪れなくなり女はポリーナに訊ねる。

「いえ、大丈夫です。お姉さん、優しそうですし、綺麗……だから……」

 少女は震え、机の下ではスカートを握りしめながら、必死に言葉を紡ぎ出していた。

 くすりと、女は微笑する。

「ジュリエット」

「え?」

「私の今の所の名前。私を優しいなんて、とても嬉しいから。出来れば親しみを込めて然う呼んでほしいな」

「ジュリエット……お姉さん?」

「気を使わなくて良いよ、ポリーナちゃん。結構おばさんなの、自分でも分かってるから」

 そうは言われても、ポリーナには“お姉さん”に見えた。

 見た目の上での年齢は二十代の半ばほど。顔は小さく、すっとした鼻立ちをしている。美貌を彩るその表情は幾許かアンニュイで、濃紺の瞳は深い井戸を覗き込んだ時のような言いようのない不安をおぼえさせながらも蠱惑的であった。プラチナブロンドのセミロングヘア―は旋毛の辺りでまとめられ、観念上鳳梨に見える。着ている黒いタートルネックのセーターがはちきれんばかりの胸には、楕円にカットされた瑠璃に三つのフルール・ド・リスが刻まれた変わった意匠の首飾りをしていた。女優の休日、皇女の御忍び旅行と形容してしまっても、ポリーナの目に映るジュリエットには違和感がない。

 畢竟、若し真実“おばさん”であったとしても、ポリーナは彼女をそう呼ぶのは気が引けたのだ。

「じゃあ、ジュリエットさん」

「うん、それが良いな」

 ジュリエットは目尻に深々と皺が出来る程思い切り笑った。気怠そうな印象からはほど遠い笑みであったが、如何してなのか、ポリーナは頬が熱くなるのを感じた。

 そこで、ポリーナははっと気が付く。

「そうじゃ、ありません」

 先ほどから自分はのらりくらりと躱されているのだと。

「ジュリエットさんは私を買いました。そのえっと……」

「千鳥?」

「そ、それがしたくて。良いんですか? えっちなこと、したいんですよね?」

 ポリーナは顔を赤らめ、たどたどしい口調で訊ねる。

 然う――ポリーナは自分の貞操をジュリエットに買って貰おうとしていたのだ。

 平たく言ってしまえば売春だ。

 路地裏で首に板を吊る提げて人が声を掛けるのを待つ。

 『本番一回 10000』と、ロシア語で書かれた板を――。

 どんな人に買われるのだろうとびくびくと震えながら、モスクワの寒空の下で待っていると最初に声をかけたのがおかしなことを語る女性――ジュリエットであった。

そして、ポリーナはそんな彼女の後をついて行くとこの喫茶店に案内されたというわけだ。

 そして、其処で如何して身売りなんぞをしたのかと訊ねられ、困惑しながら答えれば、気が変わったかのようにやめようなどと言い出した。

「……別に私の身の上なんて関係ないです。同情なんて要らないです。ただ施しを受けるのは私の――魔術師として誇りに関わりますから」

 そう言われるとジュリエットは、はぁと溜息をついた。

「同情するな……なんて、言われてもしちゃうな。私、の言った通りなら優しいみたいだから」

 少女の顎に手を遣り、くいと持ち上げる。それはまるで宝石職人がカッティングを確かめるかのように。

「本音を言うと、貴女とはしたい。可愛いし、健気で、何処までも、何処までも、何処までも、たった一晩と言わず、永遠に愛したい」

「あ……」

「でもね、貴女は余りにも可哀想。そして、そんな貴方の為には、もっとね、違った愛し方があると思ったの」

 そもそも何故、少女が体を売らねばならなくなったのか。

 それは性質の悪い詐欺に引っ掛かったからだ。

 アファナーシェフ家はロシアに根を下ろした、エノキアン――即ち、天使文字の研究を行う伝統ある魔術師の家系であった。天使文字は言語としてそれ自体が優れた力と神秘を持った存在で、可視化された“統一言語”の“不完全な原型《ラックアーキータイプ》”である。

“不完全”と言うのは楽園を追放されたアダムが神や天使との会話に使っていた言葉をおぼろげな記憶で文字化した為にその殆どが消失してしまったからである。それ故に、それを更に発展して作られ、実際に人類最初にして只一の言語になった“統一言語”よりも神秘性は低くなってしまう。

 併し、失われた欠片を補填しさえすれば、それは詰り原初への到達に――魔法域の神秘となり、根源の渦へと穿たれる孔となり得る。

 故に、その完成を目指すアファナーシェフ家はその痕跡のある物に対して、金を惜しまない。

 ――そんな一族の“呪い”ともいえる悲願に目をつけた魔術使いがいた。彼等はそれなりの神秘性を持つアイテムを既知の天使文字を補填する未知の天使文字が記されたモノとして売りつけた。熟練の秘蹟鑑定士であっても見破るのが困難な程巧妙に作られたそれは天使文字を研究する一族としてロシアで名を上げて久しいアファナーシェフの当主――ポリーナの父をも騙しきった。

 尤もたった一度の詐欺で傾く程、アファナーシェフ家も小さな家系ではない。それこそ、モスクワの市長くらいは決めてしまえる程には財力がある。だが、問題はそんな凄まじい財力を枯渇させる程、短期間に幾度も詐欺に引っ掛かってしまったことである。

 没落した。そして、下賤な魔術使い達の、名門の当主すら騙してしまう手腕と魔術の腕を認めたくない周囲の魔術師達から、下手な詐欺にも引っ掛かる愚かな一族と侮蔑を受け捨て置かれ、助ける者はいなかった。

 それでも、家族に研究を続けて欲しいから、自分も魔術師として家族の夢を引き継ぎたいから――ポリーナは自分の身を売ることを決意したのだ。

 だからこそ、ポリーナはジュリエットの言葉に縋るように訊ねる。

「他に、どんな方法があるんですか!?」

 そんな顔すらも、様にならずジュリエットには可愛らしく映ってしまう。

「聖杯戦争って知ってる?」

 その言葉にポリーナは口を尖らせた。彼女なりに怒っているつもりなのだろうが、少なくともジュリエットにはまるでそうは感じられなかった。

「それくらい、私も知ってます。鬼松で開催される儀式ですよね? 参加出来るモノならこんなことはしてないです」

 万能の願望器ならば――。

 没落した一族の復興など簡単だろう。いや、聖杯戦争に参加し、生き残るという栄誉だけでも、地に落ちた名声を回復させるに足りるものであろう。

 だが、ジュリエットはそうはしない。出来ない理由がある。

「なんで参加しないの?」

 ジュリエットは帰ってくる答えに何となく当たりが付きながらも訊ねた。

「それは、聖遺物がないからです。求めるお金も……ないからです……」

 英雄にゆかりのあるある物というのは、それだけでかなりの神秘性を帯びている為に、相当な価値を秘めている。

 まだ栄えていた頃であればまだしも、今のアファナーシェフ家には存在しない。

 聖遺物なしでも召喚を行うことも出来なくはないが、聖遺物を用いた方が確実に強い英霊を引くことが出来る。

 故に、ポリーナは儀式の存在を知りながらも諦めた。勝てる筈がないと――。

 そんなポリーナにジュリエットはある物を取り出し、机に置いた。

 硝子の筒に入れられた、土であった。黒い肥沃な土。その中に鮮血が混ぜ込まれていた。

 否――。鮮血ではなかった。ポリーナは其処から、歴史を積んだモノに宿る特有の神秘性を感じた。それも、有史以前、神代の頃の神秘を。その魔力がこの血が風化し、黒ずむのを防ぎ、赤々とさせているのだとポリーナは確信した。

「あの、ジュリエットさん、これは?」 

「最初に殺された人類の血を浴びた土。最近、アヴさんの本買ったから、ゴーレム作ろうかと思って。それで手に入れたんだけど」

「アヴさん?」

「ガビロールてんてーのこと」

 その言葉にポリーナは顔を引き攣らせた。

 ソロモン・ガビロール、アヴィケブロンとも言われるその人物は、カバラという魔術系統を作り上げた偉大な魔術師である。

 それをまるで友達であるかのように、渾名で呼ぶなど、カバリストにとっては侮辱も良いところであろう。

 ――ひょっとして、目の前にいる人物はそれ程に偉大なことを成した魔術師なのだろうか。

「まぁ、それはそれとして」

 ポリーナがじっと考えていると、ジュリエットは閑話休題し、顔をしわくちゃにした、麗らかな笑みを浮かべる。

「これ、上げる。ポリーナちゃん、これで聖杯戦争に出なよ」

「えっと……それは……」

 ポリーナは答えに窮する。

 最初に殺された人類の血――。

 それにゆかりのある人物と言えば、最初の人殺しとして知られる呪いの印を持つ者。

 サーヴァントは信仰の影響を受けやすい。それは知名度という言葉に置き換えられ、知名度の薄い英霊は生前無敵であろうと、その力を十全に発揮できず、逆に有名な人物であれば生前以上に強くなることもある。

 その点に於いては、その英雄は最高の知名度を持つと言えた。何故ならただでさえアブラハムの宗教という34億もの指示基盤を持ち、それに属するものならば目にしないということがまず在り得ない箇所に記された人物だからだ。

 弱い英霊の登場はまず在り得ない。

 在り得ないが、だからこそポリーナは分からなくなる。

 如何して、それほどまでに強力な英霊の聖遺物をやすやすと渡せるのか。然も、初めて会って、偶々買っただけの人物に対して。

「私のこと、疑ってる?」

 その言葉に、ポリーナは驚いて顔を上げる。

 頬杖をつき、何処か憂いた笑みを浮かべるジュリエットが其処にいた。

「あ、あの……」

「まぁ、信じられないのも無理ないけれどね。タダで聖遺物を上げるなんて」

 そう言って、ジュリエットは姿勢を正し、真剣な眼差しをポリーナに真っ直ぐ向ける。

 そして、ポリーナの小さな手をぎゅっと握りしめた。

「でもね、信じて欲しい。私はね、初めて会ったポリーナちゃんのことが好きになってしまったの。だからこそ、貴女を愛したい。其の為に貴女を、助けたいの」

 ポリーナは今一度、ジュリエットの瞳を見た。

 相も変わらず深い蒼の瞳。けれど、其処には古井戸を覗き込んだ時のような不安は無く、海原のような力強さと希望があった。

 魔術師を信じていけない。自分の目的の為にならば、一族の悲願の為にならば何であろうと平気で行える彼等には、彼等同士に信頼は有り得ない。

だが、魔術師としてそのように教えられてきた筈のポリーナはこの時、何故だかこう思った。

 この人ならば、信じられるかもしれないと――。

「分かりました。貴女を信じます。ジュリエットさん」

 ポリーナは真剣な目でジュリエットを見つめ返す。

 瞬間、ポリーナの額に焼けるような痛みが走った。

「ッ――ぃぃぃいいいッ!」

 瞬間、ジュリエットの手を払いのけ、額を押さえ、首を振りたくり、狂い踊るポリーナ。

ふと、窓に映る自分自身が目に止まった。

 指の間から覗くのは赤い痣。天使文字に於いて、アルファベットのCに当たる文字をより、乱雑にしたような意匠。

「これ……令呪?」

 聖杯に選ばれたマスターの証。

 もう現れたのかと、ポリーナは我が目を疑う。

 そして、直ぐに冷静さを取り戻し、流汗した。

 ――まずい、これ、周りの人に見られた。

 令呪が宿る瞬間が大衆の目に映ってしまった。秘匿すべき神秘がたった今、流出したとそういうことになる。

 魔術の会話をする、魔術的な物品の話をする程度ならばまだ一般人に聞かれた所で問題はない。ファンタジーかオカルトの胡散臭い話をしている狂した連中がいるとしか思われないだろう。

 だが、突然人が暴れ出し、額に痣が出来ていたなんてことはまずもって誤魔化しは効かない。

 ポリーナは自身の失態を恥じ、焦りを募らせていると、

「大丈夫」

 ジュリエットは笑った。

「この人達、綺麗さっぱり忘れたから。今の」

 そう思って、周りを見ると、先ほどと同じ、喫茶店には当たり前の日常が流れていた。

 記憶消去。然も、掛けた対象に忘れたことも感じさせないほどに強力で、芸術的な干渉である。魔力の流出の一点すらもない。

「精神干渉、昔から得意だから」

 ポリーナは息を呑んだ。

 得意などというレベルではなかった。店には今、ポリーナとジュリエットの他に客と従業員が十数名。その全員に対して、目の前で魔術師――それも名門の血を引く子供乍らに一流の素養を持つポリーナに、気が付かれることなく、単一工程のみで行うなど、恐らく時計塔の評価で顕せば、それだけで冠位《グランド》を得られるほどである。

「あの、貴女は本当に何者なんですか?」

「ん? ただの魔術師、ジュリエット。今のところは、ね」

 ジュリエットはそう言って歯を見せ、目尻に皺が出来るほど笑う。

 そして、僅かに残ったローストチコリコーヒーを一気に飲み干し、立ち上がると、

「さて、じゃあ、早速召喚しようか。どっか人が来ないとこ、行こ?」

 彼女に手を差し出す。

 ――如何して素性を秘密にするんだろう?

 そんなことを疑問に思いながら、けれど彼女を信頼しない理由にはならないからポリーナは彼女の手を取った。

 

 

 †

 

 

「うーん……。分かんないな、分かんないな、分かんないなぁ」

 暗い、暗い、狭い、狭い、狭い、部屋の中。

 踊る、踊る、黒白の少女。揺れる、揺れるゴシックロリータ。くるりくるりと、レースの傘が回る。

「どうしてカーネルちゃんがあんなもの欲しがったんだろぉ? しっかも、始皇帝の弓矢と、偽物のキャスターさんのペンに、アルトちゃんのグッズまで差し出して。まぁ、そりゃあこっちとしては好都合も、好都合。出血大量、大サービスって感じだけどさ。でも気になっちゃうよねぇ」

 昔から、彼女はよく分からない。

 二人ともフランス貴族をパトロンに持ち、そのパトロンは方や瘋癲の危険な思想家、方や大量殺人鬼。

 似通っている部分も多かったから、お互いに協力関係にはあった。

 併し、少女が理解出来た試しは一度もない。否、屹度向こうも、此方を測り違えているのは手に取るように分かるのだけれど。

 瞬間、彼女ははたと足を止めた。

「あれれれれ? もっしかして、私が知らないとこで聖杯戦争やんのかなぁ? だとしたら、すっごいショックだよ? そっちも色々したいってばぁ」

 頬を膨らませ、少女は口を尖らせる。

「もうっ! 気になって夜も眠れなくなっちゃうじゃん! 乙女のお肌に大敵だよぉ~。ちょっとはこっちの事情も考えてよねっ!」

 そう言いながら少女は持っている傘を投げ、パソコンのモニターに電源を付けた。

「気になるから直接確かめに行こっ! すぐ戻るからみんな留守番お願いねぇ~」

 誰もいない部屋に手を振り、少女はパソコンのモニターの中へと飛び込んだ。

 すると、モニターに穴が穿たれ、其処に少女が吸い込まれていく。

「行ってきまーす」

 誰もいない薄暗い部屋に向かって少女が手を振って、すると穴が塞がった。

 部屋に残されたのは、トップ画面の儘、不気味に輝くモニターだけ。

 暫くすると、それすらも、渺と音を立てて消える。

 最期に在ったのは、漆黒だけだった――。

 




 チク、タク。
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