マルドゥック・マジック 想起 ~Pezzo Memoria~ 作:我楽娯兵
三島灯子との遭遇
入学から三日ほど過ぎた今日日。夕暮れになり窓からは黄色の夕日が差し込む。
第三高の資料室でにいた燃えカスのような長髪を垂らす少女。
出版される数を減らした紙媒体の魔法論文資料を資料室の一番奥の机で観覧する。
憂鬱げに頬杖をつき静かにページを捲る。
いつもより多いであろう来訪者たち、視線は皆一点に向いていた。いわずと知れたナナの後姿に。
好奇心や奇異な眼差し、灰色と白のコントラストの髪に注がれていた。
ため息が小さく出る。血の色の色素が抜け落ちた瞳が細く閉じられる。
『今、君が臭わしている感情を教えようなか?』
脳に直接届く声。渋みと愛嬌を備えた男性の声がナナに語りかける。
周囲には聞こえない、文字通りに脳に
ナナは首に付けているネズミの飾りが付いたチョーカーを見る。首元のものが見えるはずもないが、肌はそのチョーカーを大切な
――私が今どんな匂いを漂わせようと後ろの人たちに関係が?
『君の感情は人に伝わりやすい。せめて隠す努力をしてほしい』
高名な僧侶の説教を聞いているようだった。子供を宥めすかし一から十まで教え込む教師だ。
ナナの
――……で私はどんな匂いを漂わせてるの? 返答しだいじゃ無視するわよ。
『面倒だ消え失せろくそったれ、っといった感じだ。奇異な視線に苛立ちを感じている』
――よくわかってらっしゃる。 ……そうよ後ろのが面倒くさいのよ。
入学してすぐに、というより入学試験のときから続く視線。――異邦人を見る目。
仕方ないといえば仕方がない事だった。日本に留学、特に魔法師を目指すものたちは。
元は兵器である魔法、それを扱う者も兵器の類に該当は出来る。そんな者たちを国外に出すという事は下手をするば貴重な国力を失う事になりかねない。
海外でそのものたちが子供を作ろうものなら国際問題だ。それが精神的にも未成熟な若者ならなおさら。
国の
ほとほと嫌気が差してきた。ふと顔を紙媒体から目を離し資料を収める棚を見た。
「ん?」
小さな、小さな矮躯の子供が見えた。
本を足に敷き棚の上に手を伸ばしている。
さらさらとした髪、色鮮やかなブルネット。夕焼けに当てられ髪は茜色に見えた。
頬杖をつきながらその様子を眺めた。ほんとに小さい、ジュニアハイスクール入りたてぐらいだ。
同じ第三高校の赤と黒の色をした制服を着ているのが可笑しく感じる。
「ふー! ふんっ!」
あの子は何段かに積み重ねた本の上で飛び跳ね目的の本を取ろう必死だった。脚立を使えばいいものを視界が狭いのか気づく素振りもない。
あのままだと本も傷む、足を滑らして頭を打ち付けたら大変な事になるかもしれない。
席を立つ、後ろから微かに驚きの声が上がるが無視する。
「とうっ、ほっ、ふん!」
ぴょんぴょん飛ぶこの子の取ろうとする本に当たりをつけ手に取る。
「あ……」
驚いたような呟きが下から聞えた、この本で合っていたようだ。
表紙を見る。思わず目を顰める。
『量子脳理論と魔法演算領域との関係性』
意識研究と魔法演算領域を絡めた論文はいくつもあるが、果たしてこの子に理解できるのか不思議であった。
悲しげな視線を向ける小さな子リス。いじめているような背徳感、そして保護欲をそそられる表情。本当に高校生だろうか、飛び級制度未だ無かった筈だが。
「はい、これ。本を取るならそんなバランスの悪いものより、そこの脚立を使いなさい」
論文を差し出し、脚立の場所を教える。
幼い顔立ちをした少女は戸惑ったように目を泳がせる。
「あ、ありがとう……」
舌足らずな声、ますます幼さを強調するようだった。
ちらりと腕時計を見る。そろそろ家に帰ろう。
荷物をまとめ足早に資料室を後にする。幼い少女はナナの背を見て目を輝かせた。
友達になりたいとも思ったが、もっと大きかった知的好奇心。灰色の髪が自然に生えたものなのかそうでないのか、それがただ知りたいだけだった。
*/******
「――それで、治癒魔法が生まれたというわけだ」
教壇の前で雄弁と話す沖山清吾。片足を引きずるように練り歩き、指先で指揮をするように振るう。
「戦時中はいかなる状況下でも将兵は不足していた。医療技術もこの時に飛躍的に向上……いや、進化と言ったほうがいいな。進化した。その技術進歩が顕著に見られる国はどこだと思う? 答えられる者はいるか?」
すっと手を上げた吉祥寺真紅朗。回答する。
「USNA、北アメリカ大陸合衆国です」
「excellent! そうアメリカな、アメリカは兵士の負傷を医療技術で補った。代表的なものとしては移植技術と機械化技術だ。移植技術は他人の腕と自分の腕をとっ変えても免疫不全を
静かに授業を受ける、といっても勝手知ったる御国事情。移植技術もそうだが機械化に至っては手足を飴細工のように伸ばせる技術に
自分も電子製品を遠隔操作したり天井も床も地面なとんでも存在だ。
「そして日本は対照的に出来て間もない『魔法』に焦点を当てた。治癒魔法、一時的な治癒を断続的に行う魔法。こいつが日本で受け入れられたのは、まあ日本が魔法先進国だったてこともあるが、もっとも大きかったのは『宗教』と『日本人の他者との入れ替わりの拒否』だ」
教卓に寄りかかり話を続ける。
「宗教は日本でもっともポヒュラーな神道系、仏教系そしてカトリック系キリスト教だ。これらは基本的には移植や機械化を否定している。だが最も移植を拒否してる要因で『日本人の他者との入れ替わりの拒否』という意識だ。どういうものかと言うと他人の生体を自らに移植して使うという事を拒否しているんだ」
他人と己の区別が付かなくなるという事かも知れない。ふとそう思ったナナ。
己自身どこまでがオリジナルかメタルか境があやふやな為そこまで意識していない。
「こいつはどうしようもない。日本人の集合的無意識といってもいい。……そうだなどう喩えたものか……。こうしよう、例えば彼女や彼氏とでもいい、今からヤるとする。そんなときに自分は事故で逸物がちょん切れてない。でも数日前に移植をして他人のチンコをくっ付けてる、そいつで一発やる。――まあ、品のない喩え方だが。これの場合、己のものでなくとも性交は自身で行われているのか。移植元の人間のものだから移植元の人間が彼氏彼女とヤっているのではないか。というジレンマのように考えちまうそうだ。俺は己で腰振ってんだから己がヤってんだろと言いたいが多くの日本人は後者の思考に流れやすい。……どうだ一条お前だったら他人のチンコで彼女とヤりたいか?」
「反応に困る質問を投げかけないでください」
「いいじゃないか。女性に投げたらセクハラになっちまう」
からからと笑う先生は誰が見ても面白そうだった。
男子陣からはクスクスと笑い声が聞え、女子陣は黙ってはいるが静かに耳を立てる。
一条君は発言する単語を慎重に選び答える。僅かに頬が赤かった。
「…………できる事なら自分のものがいいですね……」
「だよな。そういいた意識が日本の医療を治癒魔法に収束させた。腕も然り、足も然りだ。……ただ治癒魔法は欠点がある。こいつは誰に答えてもらおうか――」
教室を見渡しある場所に目が止まった。沖山先生と一瞬目が合いドキッとしたが杞憂であった。
耳に入る幸せそうな寝息、矮躯には似合わない大きすぎる机と椅子。
足が地面に着いておらず、ふらふらと足が宙を漂っていた。
ころんと頭が寝返りを打ち顔が見えた。資料室にいた少女だ。色鮮やかなブルネットに僅かによだれが垂れて残念な事になっていた。
音もなく近づいた沖山先生は胸ポケットに収まっていた綿が付いた耳かきを取り出した。意地悪な顔をして子供のような無邪気さで、耳かきの綿が付いた部分で少女の顔を撫でた。
「ふにゃ~……」
「起きろ三島。耳の中に突っ込むぞ」
のろのろと目をこすりながら起きるが眠気が残っており小さな欠伸をかみ殺していた。
にっと笑った沖山先生は前触れもなく三島と呼んだ少女に問題を出す。
「治癒魔法は欠点がある。俗に復元力と呼ばれるものだが、これを近代の物理学の分野、ピエール=シモン・ラプラスによって提唱されたラプラスの魔物に喩えた別名をなんと言う。答えてみろ」
よだれを拭きながら三島さんは答えた。「〈
小さな舌打ちが聞えたが沖山先生は教壇に戻り授業を再開する。
「excellent 正解だ。〈
窓の外を見た。晴天の空に時折見える真っ黒な月――かつてローマあるいわヴァチカンと呼ばれた残骸たち。
〈女王〉はそれらを抱えて空に上った。大戦の引き金の象徴、暦をB.C.からA.J.に変えざる終えなくした世界の誰もが忘れない存在。
醜悪ともいえた存在は我々魔法師の起源でもある。力を制するために私たちが魔法師が生まれ、〈女王〉は地を捨てた。不思議な感覚だった。
授業の終了を教えるチャイムが鳴り生徒たちが息を抜く声が聞えた。
「よし、授業は終わりだ。放課後も気よつけて帰れよ。号令!」
*/******
数日前と変わらずナナは資料室の一番奥に居座っている。放課後になり体育会系が多い――というか戦闘狂たちが多い第三高校は放課後といえど外からは怒鳴り声が鳴り響いていた。
ナナの居る研究棟はグランドから離れた場所にありその怒声も小さなものとなっていた。
戦闘訓練をメインとして教育をしている第三高校。図書館のようなものはないと思っていたがそんな事はなく、一研究施設並みの設備が完備された研究棟が堂々とそびえ立っていた。
まあよくもあのような場所に行きたがるものだ。まるっきりUSNAの
静かに本のページを捲る。息苦しい視線を感じながら。
「あー……」
隣で退屈そうに『量子脳理論と魔法演算領域との関係性』を読んでおり、最後のページまでぱらぱらと一瞬で捲った。別の本を探そうとしたが隣に座っている私の本を覗き込み読んでいる。
「三島さん、別の本を探さないの?」
「灯子でいいよ~、堅苦しいの嫌いだから」
「……それで、なんで私の本を勝手にシェアしてるの」
「読んじゃだめだった……?」
「だめじゃないけど」
にこっと愛らしい笑顔が見えた。のさっと机に突っ伏した灯子は今にも寝そうになりながら目を擦る。
「あなた、その本理解できたの?」
『量子脳理論と魔法演算領域との関係性』を目で指差しながら訊く。灯子は再度ぱらぱらと捲り本を閉じる。
幼い子供の姿をしているが本当に大丈夫なのか? この姿は危うさすら感じさせる、なんと言うか今にも壊れてしまいそうなほど脆い硝子細工を連想させる。
「大体ね~、脳と魔法演算領域との関係の論文なんてどれも同じ事しか書いてないよ」
「脳と魔法演算領域ね、あなたにとって脳と精神は同義なの」
「精神なんて宗教的か哲学的なものだよ~、そんなあやふやなものが、こんな面白い『
「他の研究者は脳と精神は別のものとして考えているようよ」
「考えるのをやめた人たちだよ~、ちょっと考えればすぐに結論は出てくるよ。脳と精神は同義な理由なんて」
まるで
「あなたここに来るまで友達少なかったでしょ」
「えへへ~、わかる」
「そんなややこしい考えを持つ事は研究者の気質よ。中学生が理解できるものではないわ」
「そうかな~」
楽しそうにゆれる足、笑った顔は親に褒められた子供の表情だった。
私のほうへ向いた灯子はまた私の読む本を覗き込んだ。
「ねえ、その本ってなんてタイトル?」
「これ? 『順列都市』よ」
「へー、どんな内容?」
「それは自分で読みなさい。人に中身を教えて喜びは私はしないわ」
「ぶー、けち」
ほんとにころころと表情が変わる、少し面白かった。母性本能ともまた違った感覚に戸惑いを覚えるが嫌な感覚ではない事を理解していた。
なんと言えばいいのか――俗いう『楽しい』という感覚なのだろうか。
「ねーねー。ナナちゃんて友達作らないの?」
「今頃はみんな腹の探り合いをしている、あの中に飛び込んでいう気は私はないわ」
「じゃあ、私となろうよ。お話するだけでも楽しいし」
「楽しい? 私との会話が?」
「うん! ちゃんと聞いてくれるし」
寝ている表情と笑っている表情しか見ていない、この二面しか持ちえていないのかもしれない。
それでもいい気がした。ふと思いついた問題、探求者としての気質を見込んで出題する。
「灯子さん、問題よ。人はどんな存在」
少し考え笑顔で答えた。「簡単だよ。高度に進化したお猿さんだよ。魔法師は次の進化の前段階の存在」
ビジョンが優しい声で語りかけてきた。
(今こそ真に民衆が求めるものを造り出すべきです)
その真意は今の私にはわからない、ようやく煉獄を鎮火させるために日本に来たのだから。
でも少しは、娯楽を覚えるべきだった。快楽や悦楽のように邪なものではなく、友情や隣人愛や友人への信頼でもいい、ちゃんとした友達を。失楽園の動くことを忘れた者たちやイルカと人間のパートナーとも違う、ちゃんとした動く人間と。
気づかないうちに微笑んでいた。
「いいわ、灯子。友達になりましょう」
とびっきりの笑顔が灯子に咲いた。小さな手で握手を求めた。
握る、小さく暖かな手だった。
始まりましたマルヅゥック・マジック 想起 ~Pezzo Memoria~
長ったらしいタイトルの割りに内容薄かった気がします。
いきなりどんどん追加設定叩き込んでいきました、狂信者集団の核テロを阻止した人物の名前なり、黒い月なり、灯子のビジュアル設定なり。
ちょっと無理した感が無きにしも非ず……でもいい、俺は書きたいように書きます。
クイーン・リー・リリーや黒い月を知りたい方は『微睡にのセフィロト』を買いましょう。本が薄い割りに案外面白いです。
誤字脱字報告。感想、意見、要求などはどんどん受け付けます。