マルドゥック・マジック 想起 ~Pezzo Memoria~   作:我楽娯兵

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王 鈴玉との出会い

 彼女と出会ったのは入学から間もない魔法実習の時だった。彼女はいつも明るく思いやりがあり優しかった。そのときの出会いは良く覚えている。殷賑で自信に満ちた雰囲気で鷹揚な笑みを浮かべて彼女は私に話しかけてきた。

 

 */******

 

「私と組まない? イースターさん」

 

 にっと笑った彼女の笑顔は子供っぽさが残っていたが気品のようなものを感じさせた。外での実習で対人格闘を想定した授業。私は組む相手を探していた、他の人はすでに友達もしくは知人と呼べる相手と組んでいた。

 私といえば人付き合いは得意ではない。三島灯子と組もうにも身長差があり過ぎ、準備運動の時点でタッグ自体に支障が出てくる。

 一人あぶれてしまった私を気にしてたのかはわからない、彼女は私と相棒(バディ)になりたいといった。

 

王・鈴玉(ワン・リンユー)よ。よろしく、鈴玉(リンユー)て呼んで」

 

 差し出された手は綺麗でくすみの一つもない白かった。私は少し躊躇いながら彼女の手を握った。こういう雰囲気の人は話すのは初めてだった。09では軍人上がりのがさつなエンハンサーばかりでどうにも雰囲気に飲まれがちだった、そのこともありこういった活発そうな人物との付き合いはいつも通りに付き合えばいいのか、そうでないのか、少しばかり不安である。

 

「ナナ・イースター、よろしく」

 

 握手を手早く交わし早々に準備運動に入る。背筋伸ばし、脇腹のストレッチ、肩のストレッチ、脚の裏側のストレッチ、体ひねり。特に難しいものもしない、する必要がなかった。私もそうだが鈴玉(リンユー)も。

 ストレッチの最中に気づいたのだが彼女はなんらかの武術を嗜んでいるのかもしれない。気品のある見た目からは想像も出来ないほど体の出来はよかった。しなやかでいてしっかりとした筋肉、すらっとした長足、骨はがっちりとしていて何度か折れたり砕けている跡が僅かながらに見えた。

 見た目に反しているとはこの事だ。美しい官女のような装いは一皮剥けば甘い毒と相違ない暗殺者も同然だ。鈴玉(リンユー)の長い濡羽色の髪とナナの灰白色の髪。お互いの存在が対極にあると表しているようだった。

 

「イースターさん、そろそろ手合わせ始めましょうか」

「ナナでいいわ。一方的に下の名前で呼ぶのは変よ」

「そう? じゃあナナ。始めましょ」

 

 ゆるゆるとした動きで鈴玉(リンユー)は距離を取る。その動きはどこか油断ならない空気を漂わせている。悪女――とは言わないが蛇とは間違いなく言える。

 といってもこれは授業でいて簡単な体術指導。実戦のように相手を仰向けに倒し喉仏に蹴りを入れるわけでも、鳩尾に膝蹴りを入れて気絶するまで顎に向かって拳で連べ打ちにするわけでもない。ただ簡単な受け流しや押さえ込みをするだけだ。

 鈴玉(リンユー)も弁えているようだった。お互い緩く、受け、捌く。猫のじゃれ合いと殆ど変わらない、猫と言ってもそれは獅子の類だ。下手すれば喉元に鋭い牙が突き立てられる、そうならないように互いに探り探られを続ける。

 こういった時は本当に経験者或いは武芸者にとって退屈な時間だと感じる。本来持ちうる力を最大限に発揮して更なる高みに行きたがるのが人間だ、厳密にいえば私は生体金属のサイボーグなのだが。

 

「こういった時間て退屈に感じない?」

 

 鈴玉(リンユー)も似たような考えになっていた。苦笑いが洩れる、どこか似ているとはうすうす感じてはいたが思考まで似ているとは思ってもいない。鈴玉(リンユー)は鈍い拳を打ち出しながら話しかけてくる。

 

「反復練習は大事だけど、何でこれが退屈なのかしらね」

「退屈……なのかな、この感覚。私は嫌と思えるかどうかも判らないわ。こうしている間何も考えていないもの」

「無心か、本当に無心ならこの会話も成立しないはずよ」

「じゃあ、私は無心じゃないのよ」

 

 軽い蹴りを打ちながら話す、答えと言える答えもでない。退屈と言えるのだろうか反復練習はどれもこれも重要なはずだ。唐突に妖しげな笑みを浮かべた鈴玉(リンユー)はぽつぽつと自分が習得した業を話し出す。

 

「私ね、中国拳法みたいなの教わったの。御父さん曰く内家拳だって、でもこれは内家拳ではない、外家拳でもない。私の考えだと内家拳をベースにした魔法のハイブリット拳法なのよね」

「それで、ハイブリット拳法はどういうものなの」

 

 マジック・アーツ系の派生か何かだと思っていた。でもその考えはすぐになくなった、肌がそれはおかしい事を脳に理解させた。

 

「御父さんの考えだとこれは魔法に対抗する為に内家功夫を極限に高めるものだって。笑えるよね、魔法を嗜んでる人間だったら御父さんが鍛えた内家功夫て、魔法演算領域なのよ」

 

 肌に感じた不可思議なサイオンの流れ。鈴玉(リンユー)の肉体に対流するように感じられた、血液ともまた違った流れだったのは確かだ。

 彼女の濡羽色の長髪がパチッと音を立てた。次の間には鈴玉(リンユー)が肉体、正確にいえば内蔵に負担をかけて、魔法演算領域で作り出した魔法をCADを出力系にせず、内蔵を出力系にして魔法を使った。

 完全に不意を突いた一撃だ。発勁に乗せた電磁誘導と誘導電流は間違いなく『人を殺せる』業であった。

 ぞっとしたが避けようとは思わなかった、なんとなく当てる気はないと思ったから。その考えは当たり、発勁は私の腹――ちょうど子宮の少し前辺りで動きを止めた。発勁に乗せた魔法は電磁誘導と共に誘導電流を発生させ感電死させるものだがその威力も抑えられおり静電気程度でちょっと痛いぐらいだった。

 

「あれ避ないんだ」

「当てる気がないのはなんとなくわかったから」

 

 鈴玉(リンユー)は悪戯を成功させた子供のような笑顔を浮かべた。後ろで組み手をしている子たちを指差しながら私は、

 あの子達だったらたぶん逃げ出してたじゃない?

 と私は訊いた。鈴玉(リンユー)は軽いステップを踏みながら答えた。

 

「あなたは私に似てるから」

 

 そう言った彼女は本当に嬉しそうだった。自分にそっくりな人は世界に3人いるとは言うがたぶんこれはその一人なのだろう。そう思えて可笑しかった。のらりくらりと鈴玉(リンユー)の拳を捌きながらそう考えた。

 

 */******

 

 鈴玉(リンユー)の姿はそれとなく見えた。教室でもすぐに溶け込んで友達、なのかはわからないが私とは違い『他人との関わり』が多くあった。私といえば他者と見ればすぐに話を切り上げどこかに消えるか適当な受け流ししかしていなかった。友達がいないわけではない……たぶん。

 そんな彼女は少しずつ時間をかけて私の近くにいる時間が増えた気がした。最初は魔法実習のパートナー、その次は一緒に帰らないか、昼食を一緒に食べないか、エトセトラ、エトセトラ。

 猜疑心の強い私は哀れんでいるのか? と疑いたがウフコックはキツイ声で。「疑いを先に持ってくるのは君の良くないところだ」と怒られた。

 彼女との付き合いはいつからここまで親密になっただろう。気づけば灯子と鈴玉(リンユー)の二人といる時間が増えていた。

 放課後は研究棟の資料室に居座るのではなく第二講義室にいるようになっていた。誰もいない講義室の隣は音楽教室となっていて時折音楽が聞えた。

 階段状になっている講義室の中段ぐらいに私が座りその後ろに灯子が座って、持込禁止の携帯ゲーム機で遊んでいた。隣に座る鈴玉(リンユー)はよく半紙に筆を走らせていた。何を書いているのかと訊くといつもこう答えた。

 

「プロポーズするなら二十歳過ぎてからって、あと顔を見せに来いって」

 

 彼女の血筋は彼女の祖国、大亜細亜連合で家柄がよいそうだ。親が取り決めた婚約がないだけマシだといってはいるがそれでも彼女の血筋に参入しようとする家系はあるそうだ。

 彼女の家、(ワン)の家系に入りたがる家ほど顔も合わさず結婚しろと迫ると笑って話す鈴玉(リンユー)。端からそういった連中は突っぱねている、こうしたデジタルメディアが発達した世の中わざわざアナログメディアである墨汁に筆そしてちゃんとした紙から漉いた半紙に。

 こうする意味もあるそうだ、電子メールやプリンターから吐き出される印刷紙では偽造がしやすいのだ。それを口実に偽造したもので結婚承諾、なんてことにならないように筆と半紙の出番。複雑に絡む紙の繊維に垂らされ墨跡、その染みはどの時代であろうとも複製も模造も不可能なのだ。

 重要なものであればあるほどデジタルメディアよりもアナログメディア方が重要になっるとはデジタルの塊の09では笑い話だ。

『俺たちエンハンサーはローテクのトイレットペーパーで尻を拭いてんだ』

 ノアがよく話す笑い話だ。体内プラントで排泄物も栄養素に変えてしまうものも存在はするが、やはり出すものは出したいものらしい。体内プラントはそこまで需要がない、排泄行為は人間の一部なのだろう。

 読書する私の隣でやんわりと言葉を弱めた物を書き終えた鈴玉(リンユー)は今にも死にそうなため息を天井に向かって吐き出す。

 

「あーしんど」

 

 顔も知らない相手に書く手紙もどきは書き手の鈴玉(リンユー)にとって面倒極まりないだろう。言葉を優しく思いやりがあるように書くのだ。見る側はそれを書く相手は慈しみ愛でられて育った深窓の姫君か何かだと勘違いするだろうが。書く側は相手に死ね! くそったれ! 顔も見せずに嫁になれなんぞ言うな! と思っているに違いない。鈴玉(リンユー)の性格ならそうに違いない。

 

「お疲れね。鈴玉(リンユー)

「ほんとよ、一方的な偏愛なんていらない」

 

 背を伸ばしながら気が晴れた顔が見える。本当に嬉しそうな晴れ晴れした笑顔だ。

 

鈴玉(リンユー)ちゃーん」

 

 いつの間にか前に下りてきた灯子は鈴玉(リンユー)の膝に頭を預ける。灯子は鈴玉(リンユー)を気に入ったようで、というか懐いたようであった。犬が飼い主に懐くような感じだ。灯子自体の性格は気まぐれな猫なのだが。

 鈴玉(リンユー)の膝の上がお気に入りで放課後は常に座るか寝るかの体勢で遊ぶか魔法論文を読んでいる。鈴玉(リンユー)も嫌がってはおらず、かわいい生き物を手に入れたと喜んでいる。

 

「うりうり~」

「ふぁ~ぱ~、うー」

 

 灯子の頬っぺたは鈴玉(リンユー)のおもちゃであり、鈴玉(リンユー)の膝は灯子の居場所なのだ。こういて見ていると不思議な関係に見えた。

 

「ねえ? ナナ?」

「ん? なに」

「もし本当に好きな人が出来たら私たちってどうなるんだろう」

「わからない。恋なんてしたこともない」

「ナナらしい。いつも二択で返してくれる」

 

 灯子は鈴玉(リンユー)の顔を見上げ訊く。好きな人がいるの? と。

 苦笑いを浮かべながら話す。

 

「いたかな」

「どうして過去形?」

「だって彼気づかないもの」

 

 鈍感な人~、といいながら灯子は膝の上でごろつく。ふと私の顔を見た鈴玉(リンユー)が答えを求めた。

 私を見る理由はたぶん同じなのだからだろう。同じ『留学生』としての意見。

 

「私たちは日本人とセックスが出来ないのよね」

「恋愛すっ飛ばしてセックスから?」

「恋愛なんて極論言うとセックスの過程に起きる事じゃない? 最後はやっぱり子供って」

「そうだけど、いきなりそこまですっ飛ばす?」

「……時たま思うのよ。やっぱり私たちって動物なんだなって。見た目や外見で遺伝子的に優秀そうな人とエッチして子供がほしいて、なんだか野蛮に思うのよね。意思があるなら意思を優先したいけど、やっぱり見た目が先にきちゃうのよね」

 

 膝の上で、人間の性だよ、っと答える灯子はやはり何かを割り切っているのだろう。量子だって恋をするんだよ、とも言っている。

 

「ナナは感じない? 動物だって感じること」

「それを言うなら人間の行為すべてがそうじゃない? 何かを食べて、排泄物として出す。典型例だけど」

「ああ、確かに」

 

 恋愛はセックスの過程、割り切りすぎて嫌になるほど明確で的を得ているように感じる。でもそれでは完全に動物だ。人間である意味がない。

 

「人間は途中過程を楽しむものじゃない? ジグソーパズルを作ってるわくわくも、恋愛のどきどきも楽しむって感情があるから、本当の動物なら結果を楽しむであって過程はどうでもいいじゃないかな?」

 

 鈴玉(リンユー)は少し考え、ああそうかと納得したような表情をした。

 

「人間は途中過程を楽しむか……じゃあ結果は付随するもの?」

「一概にそうとも言えないかも、てっ言うななんでこんな話? 日本人と恋愛の話じゃなかったの?」

 

 鈴玉(リンユー)は思いだしたようだった。舌を出して笑った鈴玉(リンユー)は大亜で育った深窓の姫君ではなく高校生の女の子だった。釣られて私も微笑が洩れた。

 

「ありがと、面倒くさい事も何とか忘れられそう」

「そう、ならよかった」

 

 傾いた夕日のが第二講義室に差し込む、耳を刺激するロック音楽が二人といる時間を一層楽しくさせた。




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