マルドゥック・マジック 想起 ~Pezzo Memoria~   作:我楽娯兵

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大隅大樹との邂逅

「ご、ごめんなさい……」

 

 足元にぶちまけられた無数の紙。ぶつかった男子生徒は反射的に謝り足元のプリント用紙を集める。

 曲がり角を意識せず曲がってしまい人と当たってしまった。反射的に踏ん張ったナナはどうにか立っていたが、一方ぶつかってしまった少年は転げてしまっていた。

 少年は呪文のように謝罪の言葉を唱えながら床に撒かれたプリント用紙を拾い集める。

 

「す、すみません、すみません、すみません……」

 

 おどおどと歯切れの悪い声で謝りながらせっせと用紙を集める少年の姿は、言い方は悪いが機械もない時代の奴隷を彷彿させた。

 このまま彼一人プリント用紙を集めさせていると私がいじめているように勘違いされかねない。

 足元に撒かれたプリント用紙を拾い集める。少年は私の行為に驚いたようで赤毛の髪で隠れた目がちらりと見えた。

 そんな彼を用紙を集めながら観察した。

 背はそこそこ高く一条君と同じぐらいか少し小さいぐらい、背は高いのに体の線は細く、華奢とも言ってよかった。

 多少だぼついた制服のズボン、裾を引きずって張る歩いたのかボロボロになっている。

 上着の肩には金色の糸で刺繍された『八芒星』のエンブレムではなく、銀色の糸で縫われた『五芒星』のエンブレムだった。

 ふとプリントの中身に目を通す。それは『五芒星』の生徒がやるはずのない『八芒星』の生徒用のプリントだった。

 

(パシられたんだ)

 

 ナナがあまりよく思っていない第一から第三高校まで採用している制度。

 一科・二科制度。

 入学試験のときに自身が示した魔法力の高さ低さで一科・二科、第三高校では専科・普通化に在籍を決められる。

 裏の話いわくそれは差別制度や区別制度。さまざまな言い方がある。

 今までナナ自体には害はないが他は別だった。彼のようにパシリに使われたり、他に諸々。私としても聞いて居ていい気分にはならない。聞かないのが一番だった。

 だがこうして区別される相手を見るとどう反応すればいいか困る。

 同じ立ち位置居ない為、励ましの言葉も哀れみの言葉に取られ兼ねない。

 私は黙って用紙を拾い集め彼に渡した。彼は小さく礼をして回れ右、自信なさげな丸まった背で用紙を抱えどこに消えていった。

 

 

 */******

 

 

「ナナー、いくよー」

 

 鈴玉(リンユー)の掛け声と共に私は速度メーターのスイッチを入れる。

 力強い投球ポーズを取った鈴玉(リンユー)、肺に入れた空気を一気に吐き出し手に握った硬球ボールを投げる。

 手の平から離れたボールは途中まで緩やかな放物線を描いていたが一定距離に差し掛かると――途端に速度を増し三段階に分け加速した。加速時にボールから発生した僅かな轟音。

 時速300mを軽く越え剛速球というより砲撃といってもいい威力となりターゲットのプラスチック製の的に命中した。ボールは速度と衝撃に耐えられず的に着弾したときには炸裂し細かなぼろ雑巾のような糸くずに変わっていた。

 

「何キロでた?」

 

 速度メーターに目を落とし鈴玉(リンユー)が先程投げたボールの速度を読み上げる。

 

「351km/h」

「おっし、あと少しで400だったのに」

 

 実習授業で投擲術の実習はなかなか可笑しな状況を作り出していた。

 本来は手榴弾の投げから発展した一連の動きが魔法により強化され、ボールが腕から離れた途端人知を超えた速度に昇華され投擲が砲撃(、、)に変わっているのだ。

 敵から見たらゾッとしなが、こちらから見たら10代の少女たちがボールを投げたら人類最速171キロを軽く越す球速をぽんぽん量産しているのだ。

 灯子であっても小さな体でのろのろとした球を投げるが、一定距離で野球投手の投げる球の速度を越えるのだ。

 一般人からはシュールで仕方ないであろう。

 

「やっぱり三段階加速だと300km/h内で止まっちゃうな」

「……それ以上速度を出してどうする気」

 

 鈴玉(リンユー)は肉体面では異様な向上心関心させられるものがあるが、度を過ぎれば自傷行為と変わらない。彼女に限ってそんなことは無いと思うが念のために注意をしておく。

 そんなことを考えている最中視界に普通化の、『五芒星』の少年が見えた。

 前に見たときと変わらず長身だが線は細く、丸まった背は自信がないことを表しているようだった。

 俯き気味の顔が唐突に上がりこちらを向いた。赤毛の髪に隠れた目と私の目が合った。

 彼は軽く会釈をした、私は小さく手を振り返事を返す。

 

「ねぇ、鈴玉(リンユー)

「ん? 何?」

「一科・二科制度ってどう思う?」

 

 ほんの少し驚いた表情を浮かべた。

 

「どうしたの? 急に」

「さっき、名前は知らないんだけど。誰かにパシられてた子がいたの」

「で、その子を思い出して私に一科・二科制度をどう思うかって?」

「うん」

 

 鈴玉(リンユー)は少し考えている様に腕を組み唸った。

 

「一科・二科制度……うーん、仕方ないといえば仕方ないけどね……」

「仕方ない?」

 

 私は訊き返した。鈴玉(リンユー)は思考の突っかかりがようやく取れたかのように答える。

 

「ほら、今の日本て魔法先進国じゃない? でも大戦で魔法師を多く失って人手が足りてない。イコール、教師の数も減ってるって事」

「分かってる、国の事情は」

「……ナナが考えているのは、一科・二科制度を取る生徒は何で差別的な態度が顕著に現れるか、ってこと?」

 

 鈴玉(リンユー)の見透かしたような淫靡な視線が私を見る。沈黙で私は肯定を示した。

 

「環境要因が殆どじゃないかな。そうであるとみんなが自然に受け入れられる環境がそうさせてる」

「差別や区別を公然と行える環境がそうさせてるって?」

「差別とか区別じゃなくて、下に着く者、着かせる者のほうが正しいじゃない。人間て犬と同じで上下関係をつくる生き物だし。支配、奉仕の関係性が人間にとって一番適した社会的形だったてこと」

「良心の関わりのない支配が?」

「良心は脳の高次機能とモジュール部位が提出するが色々な価値判断のバランスの事でしょ。価値判断の衝突でぎりぎりの均衡状態が良心って呼ばれる『状態』であって不確定で脳全体で造り出す『感情』じゃないのよ」

「その支配が良心が状態が是とした環境状態なの?」

「彼らもそれを甘んじて受け入れてる。嫌なら、支配する側なら声を上げるかもしくは学校をやめるはずよ。魔法力の高さ低さ関係なく本当に才能が向上心があるなら無理でも頼み込むのが上に行く者よ。それでもあの場所にいるならそれまでよ」

「辛辣なのね」

 

 鈴玉(リンユー)の言ったとおり彼ら普通科の人たちもこの環境を受け入れている節がある。適者生存とまではいかなくとも適応してこの状況を妥協の末に生活している。

 この二極、支配者階級と被支配者階級でどこまで彼らが耐えられのだろうか。いつの日か弾圧や侮蔑のストレスに耐えられず爆発するかもしれない。そう思えて仕方がない。

 

「彼らもあの場所でどうにかやっていけるはよ。やっていけない場合はカウンセラーのお世話になればいい」

「感情調整やマスキングカウンセリングはストレスを覆い隠しているだけで、軽減しても無くしているわけでもないのよ」

「だから5日耐えるだけよ。残り2日は休みなんだからそこで息抜きしなきゃ、人は簡単に潰れてしまうのよ」

 

 気楽にそして己と相手の位置関係を完全に割りきった鈴玉(リンユー)は最後の硬球ボールを握りつぶすかのように掴んだ。

 

「ラストッ!」

 

 掛け声と同時にグラウンドに風が唸る爆音が轟いた。

 

 

 */******

 

 

 5月、春の屋上というのはいくら日差しがあろうとも肌寒さを感じる。

 久しく一人(チョーカーにウフコックは居るが)になっていなかった、そんなナナに唐突にに訪れた一人になる時間。昼食の時間に灯子と鈴玉(リンユー)は諸事情でいなかった。

 灯子はぽてぽてとパンを買いに行ったきり帰ってこなかった、たぶん昼を過ぎても帰ってこない。授業にちゃんと出ればいいが。

 鈴玉(リンユー)はつい先程の実習の件で担任である沖山先生に呼び出されていた。

 理由としては速度を出しすぎたのだ。

 投擲術の速度アップ、および体作りがあの実習の目的であった、だが彼女はそれを忘れていた。

 体育教員からの事前の注意で加速魔法の四重の重ね掛けが禁止と言い渡されていた。

 が、彼女はそれを破り四重の重ね掛けどころか六重の重ね掛けを実行してしまった。発射されたボールは1205km/hに達してしまいあと少し速ければ衝撃波、俗に言うソニックブームの影響で怪我人が出ていたかもしてなかった。

 そのことが沖山清吾の逆鱗に触れ現在こってり絞られている。

 かわいそうだが自業自得といえばそこまでだった。

 投げる前に注意をしなかった事に少しだけ負い目を感じながら昼の時間を過ごす。

 フェンスにもたれ掛かり空を眺めたが特に変わりのない真っ青な空間があるだけだ。雲の一つないいい天気。

 誰もいない屋上は今は私が貸切っている。

 本来なら屋上の出入りはできないがここのドアの錠は電子機器でナナには開きっぱなしも同然だった。グランドに目を落すと昼食を早めに済ませた生徒たちが野球を始めていた。昼終わりによく体を動かそうと思う。お昼ごはんを吐き戻してしまうのではないか、そう思えて仕方なかった。

 そんな彼らを見ながら昼の日差しに眠気が誘われやってくる、学生を始めて4限目以降の授業は眠たくて仕方がない。春の陽気に空腹が満たされたときの幸福感が眠気を加速させる。

 授業にならなくなる、そうならないように試行錯誤をしてはいるがどうにもできない。

 ウフコックに音楽プレイヤーに変身(ターン)を頼み眠気を吹き飛ばすハードロックでも聴こうかとしていたところ、唐突に屋上のドアが開いた。

 びっくっと体が跳ね上がるほど驚いた。下から屋上に誰かがいると教師に報告されたと思ったが、ドアを開けたのは教師ではなかった。

 

「あ、」

「あなた……」

 

 丸まった背に自信がないことを表した雰囲気、卑屈を象ったような『五芒星』の少年だった。

 片手にパンの袋を抱え脇に旧世代のデジタル端末を持っていた。

 少年は私がこの場にいることにひどく驚いた表情を浮かべおろおろしていた。

 原因はすぐに分かった。小さく笑って私は言った。

 

「教師に密告なんてしない。私も勝手に入ってきたのよ」

 

 少年はしぶしぶといった様子で屋上に足を踏み入れる。様子を見渡し私との距離を少し取った場所に腰を下ろしパンを齧り始めた。

 彼は昼食を取りながらどうしてここにいるのか気になるのかちらちらこちらを見ていた。

 極力優しい声で訊く。

 

「なに?」

 

 少年は跳ね上がり、神に懺悔する罪人が如く腰の低く訊いてくる。

 

「どど、ど、どうやって、こ、ここに入れた、……んですか」

 

 同年代の女にものを訊く姿勢じゃないことに多少の不満を感じながらポケットの中に潜んでいる音楽プレイヤー(ウフコック)をカード状錠前壊し(ロックバスター)変身(ターン)させ彼に見せる。

 

「これ」ふと彼もどうやってここには入れたのかが気になった。「あなたはどうやって電子錠を開けたの?」

 

 慌しく彼は脇に置いている旧世代ネット端末『ノートPC』を開いた。彼のおどおどとした腰の低い下手に出る姿勢は一向に消える様子がなかった。

 PCを立ち上げ一つのソフトウェアを開き私に見せた。

 

「こ、これであの電子錠を弄ってあけ、ました。こ、この学校のセキュリティ正門とかの出入り以外存外にざるだから。屋上の施錠も大戦前のカードスイッチ式、だ、だから出回ってる大戦前のツールソフト使うと、か、簡単に開く、開きます」

 

 画面いっぱいに表示された可愛らしいモグラの絵が典型的な錠前を壊す動作を繰り返していた。

 電子知識が多少あることに感心したがあることを思い出した、

 

「ねえ、それって犯罪じゃない?」

 

 彼は恐怖とはまた違った不安な雰囲気があふれ出てきた。今の日本のサイバー法でネットワークの不正侵入は重罪で、強盗よりも重い刑罰が科せられている。データ改竄はさらに重く殺人未遂と同レベルの刑罰が科せられている。学校管理の電子錠の侵入をしている彼は私が報告すれば見事に犯罪者の仲間入りすぐことができる。

 だがそんなことをすればすぐに私もここに居たことがばれるし、私の場合それどころの話ではなく屋上に電子撹拌(スナーク)を使い入っていること自体、連邦司法局に知られれば能力の『濫用』と見なされ即日私は『廃棄処分』が決定されているだろう。

 

「誰にも言わないわよ。私だって似ような方法で入ってるんだし同じ犯罪者よ」

 

 犯罪に目を瞑るわけではないがこの歳の魔法師候補を摘み取るのは不本意だ。

 呆けた顔を晒す彼を目じりに私はグランドで行われる野球を眺めた。

 

「し、質問、い、いいです、か?」

「なに?」

 

 歯切れの悪い質問の言葉は風に揺れながら私の鼓膜を揺らす。彼の目が長く伸びた前髪の隙間から見えた、青灰色の不思議な眸の色だ。

 積極性ない性格かと思っていたがそうでもないようだ。

 

「ど、どうしてここで食事を? しょ、食堂のほうが椅子とかあるのに」

「一人で食べるならここがいいわ、誰も来ないし。それに」

「そ、それに?」

 

 私はにっと笑って答える。

 

「誰も入れない場所にいるってちょっとした優越感が味わえるじゃない」

 

『五芒星』の少年は驚いた様子だった。

 彼は一息ついて、

 

「せ、專科の人でそんなことを答えるなんて変わってる、か、変わってます。ほ、他の人たちは型に嵌ろうと必死なのに」

「君の見立てじゃあ、專科の人は社会の型に嵌ろうと必死に見える?」

「そ、そういった傾向が」

「確かにそうかもね。さらに高い地位に行くには型に嵌っていることは前提だし、その質も問われる。でもそれだけじゃつまらないじゃない」

「つ、つまらない?」

「質だ型だなんて図るのは人の一面ではあるけど、それは見た目で決める人間の脳の反応じゃない。そこから深く誰かを知ろうとしないなんて動物に似てる。あれは美味しそうあれは不味そうそんな肉食動物の食性に近いじゃない」

「し、質は大事だと思う、ます」

 

 彼の反論は魔法師ではそうだが人間関係のほうではどうだか分からない。少年の話し方、いらいらさせるが奥底を見据えれば魅力の一つは輝いている。

 毛虫が思慮深そうにしているかのような、あまり美しいたとえではないが魅力の一つではあるだろう。

 

「あなた、この間使いぱっしりにされてたわね」

「は、はい」

「反論とかしなかったの?」

 

 彼は少し俯き気味になりながら話す。

 

「だ、黙って従ったほうが集団の維持に繋がりる、ますから」

「集団の維持?」

「ぼ、僕一人反論すると、み、みんながそれに習って反論しだす、そ、そうなったら今の学校の形が壊れてしまう」

「支配、奉仕の形が壊れるのが怖いの?」

「こ、怖くはありません。怖いのは壊れた後です」

「あなたはそれでいいの?」

「そ、それでとは?」

「被支配者階級の居続けてことに」

「こ、この形は支配者階級の人間が多数いることが問題であって、し、支配、奉仕の関係性事態はよくできた最も人間的な状態だと思う、思います」

「支配者が多数いることが何で問題なの?」

「が、学校生徒の支配者階級と被支配者階級の全体が細分化してしまう、か、かもしれないからです。区分、上下を多細胞生物は意識して生きているいます。そ、それは支配者階級と被支配者階級の二面の中でも起こりえる可能性で、上は上で上下を区分し、下は下の区分をつける」

「それとあなたの立ち位置に関係が?」

「ぼ、僕一人がパシりに使われている事で下の階級で全体が支配されている事を錯覚する、かもしれない。で、できることなら支配者階級を一人に、ひ、被支配者階級に全体のほうがいい」

 

 彼は隷属を是としてる。鈴玉(リンユー)から言わせれば立場に甘んじているのだろう。だが私にはそうには見えなかった。

 目の奥の青灰色の眸が別集団の意思と感じられた。

 そんな中、5限目を始めるチャイムが鳴り響いた。チャイムを鳴らす拡声器が屋上に設置されている事もありやかましい音のせいで耳を少し痛い。

 

「授業ね。あなたとの話面白かったわ、また会う機会があったらお話しましょ」

「は、はい、こちらこそ」

 

 いい加減その弱腰の姿勢が鬱陶しくなってきた。痺れた足を動かして立ち上がりる。

 

「ねえ、敬語やめない? 同年代なんだし。あなたの支配者階級論に私は含まれない」

「え、え、で、でも」

「でもはなし。いい今度から話すときは普通に話しなさい、敬語はなしよ」

「は、はい」

 

 屋上から出ようとしたとき一番訊かなければいかないことを訊き忘れていた。

 振り向き彼に訊く。

 

「ねえ、あなた名前は? 私はナナ。ナナ・イースター」

 

 彼は立ち上がって土埃を払いながら応えた。

 

「ぼ、僕は大隅、大隅大樹」

 

 風で揺れた前髪が捲れ彼の顔が始めて見えた。

 

「うん、ハンサムな顔立ちじゃない。またね大隅君」

「じゃ、じゃあまた。イースターさん」




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