マルドゥック・マジック 想起 ~Pezzo Memoria~   作:我楽娯兵

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灯子と真紅朗

 研究棟の廊下に響く足音。薄いカーペットを走りように踏む一人。

 逃げるように歩くカーディナルジョージこと吉祥寺真紅朗は背後に潜む幼い追跡者に頭を悩ませていた。

 ぱっと振り向き追跡者の姿を探す。現役の探偵やスパイなら追跡している事も悟らせないだろうがその幼い追跡者は追っていることも知られ、しかも探せばすぐに見つかった。

 カーペットと日の当たらない建物は埃と紙の匂いで満ちている、そんな空気を吸っていれば実感として肺をいじめていると思える。そういった事にならないように置かれた環境洗浄用のトラノオ観葉植物は建物の彩り毛ほども見せないのない研究棟に多少の彩りを与えている。

 そんなワカメのような葉の後ろに隠れていた。顔は隠せているが体は見えている、いくら矮躯が幼かろうと隠しきれないものがあった。

 寝癖が付いたブルネットの髪の毛がちらちらとみえ、植木から覗いたスカートの端がアヒルの尻尾のようにはみ出ていた。

 葉と葉の隙間からは僕に興味を示す好奇心旺盛な眸が見えた。赤い部屋は隣の住人の眸が赤く、その眸がこちらを覗いてたため赤く見えたという怪談話があったそうだがこちらは全く赤くなく、赤というよりアンバーとグリーンの異色で二つの目が可愛らしく僕を見つめていた。

 

「どうしてこうなった」

 

 僕は嘆くように呟いた。

 

 

 */******

 

 

 放課後、一条邸にお邪魔になっている僕は親友に相談をしていた。

 

「ストーカー?」

 

 放課後、一条邸にお邪魔になっている僕は親友に相談をしていた。

 将輝は眉をひそめながら疑わしそうに聞き返してきた。

 眸の奥には男性特有の嫉妬心なるものが少しだけ潜んでおり、このやろう独り身にストーカー相談か、といった様子でやんわりと妬みの瘴気が送られてきた。

 

「なんだい。その妬み嫉みが混じる雰囲気は」

「俺はまだ彼女なんて作った事ないし手すら繋いだ事もない、そんな童貞野朗にストーカーの相談とは……自慢か?」

「真面目に聞いてよ。当事者はそんな心の余裕は微塵もないんだ」

 

 将輝はため息を吐いて俺と向き合って少しは真面目に相談に聞く気になってくれた。

 こういった時に相談にのってくれる友人がいるのは本当に心強かった。僕の場合はもう一方の相談相手である親という存在がもういないため唯一の相談できる存在が彼なのだ。

 歳相応の少し茶々を入れられながら話す時間は何よりも変えがたい。

 

「それで相手は誰なんだ? お前の事だから年上か?」

 将輝の冗談を流しながら話す。「同じクラスの三島灯子さん」

 

 将輝は飲んでいた途中の炭酸飲料を噴出した。鼻に逆流したらしく痛そうに鼻をティッシュで押さえた、その間炭酸のシュワシュワいう音は口からではなく顔の中心から聞えた。

 

 鼻を押さえながら訊き返して来る。「その三島が何でジョージに付きまとってんだ。類は友を呼ぶというが接点がないだろう」

「……あるんだよ、一つだけ」

「どんな」

「確か入学してすぐだった」

 

 僕は記憶の底の彼女との接点の記憶を思い起こした。

 

 

 

 それはまさに入学当初だった、校内にある梅の花が品種改良を受けたのかと疑いたくなるほど強烈な匂いを漂わしている頃は部活連が新人獲得に躍起になっていた。

 僕はすでに身を置く部活は決めており部活所属届も出して教室から外を眺めていた。

 どこにでもある野球部にソフトテニスなどもある、一角では特殊なクレー射撃部や中華武術部が勧誘をし、そのさらに奥には異彩を放つ部員がブーメランパンツ一枚で勧誘するボディービル部があった。

 僕の所属決定をした部活は異質ではあるが内情はそうでもなかったことから入部を決めた。人呼んで「愛玩人形同好会」、間違いなく引かれそうな名前をしているが愛玩人形を愛でるわけではなく実情はガチガチの機械工学部だ。

 この昨今ホーム・オートメーション・ロボットやヒューマノイド・ホーム・ヘルパーがある日本は過去の栄光である手先が器用だだの自国発展などはすでに他国に奪われている。手先の器用さは北アメリカに掠め取られ、人型ロボットで栄華を極めた日本のロボットを嘲笑う機械化技術と免疫系の制御技術で生体ロボットも作り出せている。

 発展にいたっては隣国である大亜細亜連合に()うの昔に大手を振られながら追い抜かれ、食料自給率、生産力他もろもろを塗り替えられている。現在の日本に残されたのは魔法技術だけだ。

 大亜細亜連合のような発展力は国土的に追い抜く事は不可能であるのは目に見えている、だが手先が器用は努力しだいで追い抜ける可能性は残されている。

「愛玩人形同好会」では自作ではあるが音声対話型インターフェイスを造り、顧問の沖山先生は旧友のコネクションを盛大に使い機体まで作っていたのだ。

 ここまでしっかりしていた備品に施設があるのは驚きで僕の創作意欲を過分に刺激した、その後すぐに入部届を提出したしだいだ。

 一部部員は本当に参考機体で買われたミームナード社製Type4498”キリエ“を万民理想の少女に仕上げ愛でているが、それを除けばいいところであった。

 部活勧誘風景を眺め誰がどう見ても完璧な肉体を披露するボディービル部は誰も近づいていない事に哀れに思いながら僕は部活準備を整え教室を出た。

 研究棟近くに部室を構える「愛玩人形同好会」はプレハブの掘っ建て小屋ではあったが中は驚くほど設備が充実してある意味では当たりの部活だ。

 僕が「基本コード」を見つけたことを久米路部長は過大に評価しているらしく「好きなように設備を使うがいい!」という。そういうのならば好きなだけ使ってやろう、入部して早々だが胸を張ってある程度は好きにできる場所なのだ。

 僕は「愛玩人形同好会」の部室に入るがそこは暗闇が落ちていた。まだ誰も着ていないようで新入部員はまだ僕ともう一人『五芒星』の生徒 大隅大樹だけなのだ。

 設備の割りに所属部員は新人を抜くと3人しかいないこの部活はやはり名前が一番の問題だと思われた。

 何せ”愛玩人形同好会”なのだ、なぜアンドロイド研究同好会なのにせず「愛玩人形」にしたのか不思議でならない。未に日本では愛玩人形=ダッチワイフ、もしくは気味の悪い形をした人の雛形(ひながた)ぐらいの認識でしかない。

 確かに動かなければ「モノ」としての彼らは気味の悪さはが先に出るが、だが動き出せばどうだ、気持ち悪さは払拭されアンドロイドがまだ普及していない日本ではあたかも人と勘違いしてしまう。現に僕はここに置いてある一体にそう感じた。

 僕は部室の大型発電機を動かした。沖山先生はここに多額の資金を投げて立てた部室と訊いた、あのちゃらんぽらんな教師のどこにそんなお金をぽんと払える度胸と資金があるのかと疑いたい。あの人は気儘(きまま)に生きていそうでちゃっかり子供を持っているそうだ。他の男性教師たちは「なぜあのような男に女は振り向くのだ!」と愚痴を洩らしている。

 発電機の作動音で部室中が騒がしくなり電灯が点く、明るくなった部室の一角に一体と組みあがっていない一体が座っていた。

 一体は頭に無数のコードが頭に突き刺さり感情模倣構成や表情筋の制御を書き込むか否かの途中の機体、「愛玩人形同好会」の自作ガイノイド「ハダリー」が鎮座していた。

 体の設計は完成に近いがそれを制御する昔ながらの半導体チップのマイクロプロセッサ構想ができていないのだ。

 部長たちは日本製造の半導体プロセッサを使用してこのガイノイドを作ろうとしているが、やはりコスト面なども配慮した場合どうしても外国の有機プロセッサのほうがいいのだ。

 沽券か革新か、どれも変えがたい魅力があった。「ハダリー」のコードまみれの頭を撫でると首が力なくもたげる姿はやはり機械人形であると実感させられた。

 あのときに感じた人間さは微塵も感じられなかった、それを感じさせた一体は隣に座っていた。

 幼女趣味な一体である、小さな体に細い腕、短い足。これが僕に人形の見せる人間らしさを表現した一体。ミームナード社製Type4498”キリエ“だ。

 白灰色の髪毛は同じクラスのナナ・イースターを思わせたがこれには理由があった。この髪は無数の通信ユニットで一本一本はほんの微弱な電波を受信しかできないがこの髪の本数になると髪に使われているユニットとガイノイドの電脳が半自動的に通信構造を構築するのだ。

 そのため感情模倣表現や行動クラウドは常にこれの機体の開発元、ミームナード社傘下の「エクス・マキナ解析所」が常に更新(アップデート)する行動クラウドを送受信して動きを人間に近づけているのだ。

 

「キリエ、起動だ」

 

 僕の言葉に”キリエ“はいち早く反応し、足の付かない椅子の上からひょいと飛び降りた。

 起動し動き出した”キリエ“は本当に命が宿ったように軽やかな足取り――ではなく、危なっかしいよちよちとした足取りで駆け寄ってきた。僕にはこの危なげな雰囲気を醸しだすクラウドプログラマーに脱帽する。

 機械人形は「完璧」な動きを再現すことに特化はしているが、こういった本当に子供がいるということを人に錯覚させる動きを再現するのは非常に難しいそうだ。たどたどしい動きは無数の動きが組み合わさりそれは複雑怪奇な筋肉の動きをしている、だが「完璧」な動きは動く事に迷いがないため迷うときに発生する硬直を再現する必要がないのだ。

 ある意味ではそれはそれで需要がある。だがこの危なっかしい挙動をする人形も同様に必要とされているのが実情である。

 

「キリエ、D棚の表情筋連動のインターフェイスシステムの関連データを持ってきてくれ」

 

 僕は”キリエ“に資料データを持って来てもらうように頼んで「ハダリー」に有線接続している端末の電源を立ち上げる。

 画面いっぱいに映し出される文字列はありとあらゆる絡まりを見せまさに毛玉もビックリの複雑さを誇っている。

 この文字の羅列こそがまさに機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)がごとくいつ動くかも知れない「ハダリー」のすべてなのだ。厳密にいえばこれは”キリエ“の電脳プログラムなのだが、正しい絡まり、”キリエ“の模倣人格表現を再現して()いては行動連動も入れたプログラム一覧は一介(いっかい)の学生にはあまりにも難問過ぎる。

 だがその難問こそ僕を燃え上がらせる一振りの潮騒なのだ。

 通常では見せないであろう挙動の一つ一つに着いて回る人格表現を解くことはまさにゴルディアスの結び目である。いいではないか無理で結構、無理の中で無理を押し通し楽しみを見出すのが学生だ。

 僕が奇怪で難解な文字とにらめっこしていると唐突に部室の扉が開いた。

 僕はもしかしたら大隅が着たのかもしくは顧問である沖山先生が顔を出しに来たのかと考えたが来たのは意外な人物であった。

 扉を見てみたら誰もおらず不思議がりながら画面に目を戻す最中に見えた一本のあほ毛。あちこち向いて動き回るそれに目を留めて怪訝な目をしながらあほ毛を追った。

 あほ毛の主はこの部室のさまざまな物に興味を示しているらしく歩き回り触りまくった。小さな金物も筋繊維を編みこむアクチュエータを手に持って振り回しているように見えた。

 危険な物も稀に紛れている部室は体験入部もしくは見学に来た生徒には危ない為、目に届くところに居る事に決めた。棚や小物に隠れたあほ毛の主を追ってその姿をようやく目にした。

 小さな生徒だった。屈んで棚の下に並ぶ廃棄が決定した半導体をおもちゃ売り場に並ぶおもちゃのように見定めていた。

 赤と黒を基調とした制服を彼女のサイズに(あつら)えるのは苦労がいるだろう。何せ背の割りに胸が大きいのだ。下心ではないが傍から見てもその胸は立派な乳房は背相応の女性に付いていればそれはそれは魅力的で爆弾級のそれで男性を悩殺できたであろう。だがその魅力的な母性の塊は幼げな少女についている、俗に言う「ロリ巨乳」を見事に再現した人物は歴史を鑑みても類を見ないだろう。

 彼女の印象はとにかく寝ていることと暗記の能力が高い事しかなかった。

 その少女こそ今の僕をストーキングしている同じクラスメイトである『三島灯子』なのだ。

 不思議な少女は寝癖でソフトクリームのように混沌とした髪を整えて大きく背伸びをした。その姿はまさに猫である、彼女がにゃーとひと鳴きすればダンボール一杯にキャットフード缶を詰めて渡したくなるほど愛らしい猫であっただろう。

 彼女は色々な物を見て回り最後に「ハダリー」を見つけた。「ハダリー」に興味を示したのはさまざまな方向から機械人形の表情を覗き、うなだれた顔を持ち上げ乳白色の肌を物珍しそうに触って笑った。

 ふと”キリエ“の姿が見えないことに気づき探した。

 ある一角にプルプル小鹿のように震える”キリエ“を見つけた。突然の来訪者が電脳ライブラリにない顔面パターンであったことで人格表現系は恐怖をしめしたのだ。

 僕は指先で起動停止命令を出した。その指示をしっかり受け取った”キリエ“は糸が切れたマリオネットのようになった。

 

「アンドロイドに興味があるのかい?」

 

 僕は優しく話しかけていたと思う、だが彼女の反応は違った。

 飛び上がり驚き、背後の僕に恐れおののき、どたばたと部室をから逃げていった。

 逃げ出した彼女は蜘蛛の子よりも脱兎よりも早くチーターの全力疾走も同然の速さで去っていた。

 これこそがまさに僕と彼女『三島灯子』の唯一のコンタクトである。

 

 

 

「これが事の顛末だよ」

 

 親友である将輝はなんとも言い表しにくい表情を浮かべていた。彼は苦言を呈するわけでもなく何か言葉が口元まできているが引っかかっている様子であった。

 将輝は炭酸飲料を飲み炭酸の弾ける勢いを借りて言葉を出した。

 

「それ出会いと言えるのか?」

「それしか彼女との接点はない」

 

 現実的にそうであり彼女は逃げ出した後に僕を付回している。その視線は怨み辛みの視線ではなく間違いのない好奇心の目をしている。

 

「ファーストコンタクトがワーストコンタクトだな。どうやれば逃げ出すんだ」

「僕が知りたいよ。特に何かしたわけでもない」

 

 僕と将輝は答えが決してでない、男では間違いなく解けないであろう10代の乙女心なるモノを討論したが結局答えは出なかった。

 その後数日間、三島灯子のストーキングは続き将輝やクラスメイトのイースターさんの助けを借り、三島灯子は僕を追尾する低スペックストーカーではなくなり友人となった。

 人の関係はまさにゴルディアスの結び目であり、乙女の心はその結び目を遥かに越える硬さと難解さを持っている。

 そう感じさせた出来事であった。

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