「来るか!」
飛び掛かって来た里中千枝は空中で緩やかに体勢を変え、脚を突き出した。
セイヴァーを出し腕をクロスさせ、それを受け止める。
ただの蹴りではない。勢いの乗ったその脚での一撃はかなりの威力で、ガードしていても若干の痛みを感じた。スタンドのルールとしてスタンドが受けたダメージは本体の方へのフィードバックがある。まだスタンドの扱いに慣れていないのも有ってか、本来ならばダメージにならないような攻撃でさえ今は致命傷になりかねない。
そして、本来ならばスタンドへはスタンドでしか攻撃できないというルールも存在するが、里中千枝の攻撃は何らかの方法によりスタンドへ攻撃出来るようになっているようだ。
「うおおッーー! 肉ーー!!」
里中千枝はけたたましい雄叫びをあげながら突っ込んでくる。その咆哮はまさしく猛獣のそれであった。威圧感が全身を駆け抜け身を硬直させる。生きながらにして蛇に睨まれた蛙の気持ちを理解した。
やがて一定の距離まで詰めた里中千枝は更にゆっくりと距離を詰めながら身体を捻り、自らの背後にスタンドをピタリと密着させる。二人が手を伸ばせば届くであろう距離まで近付くと、里中千枝は自らのスタンドに身を預ける。
ーー何をする気だ……?
追いつかなかった頭も、次の里中千枝の行動で、全身を以ってそれを理解する事となる。
「行っくよー……ドラゴンキーック!!」
言い放った瞬間、自分の身体は顎に走る痛みを脳に届け、宙へと舞う。
何をされたかはすぐに分かった。
里中千枝は距離を詰めた後、スタンドに身を預けていた。それはドラゴンキックと呼ばれた下から上に放つ飛び蹴りの事だった。里中千枝は脚での攻撃を行う分、手での技に比べバリエーションが少ないのだろう。この攻撃を拳での攻撃に例えるならばアッパー。蹴り上げるだけではアッパー本来の威力を再現することは出来ない。勢いが足りないのだ。ならばと自らのスタンドにパチンコのゴムの役割を担わせたのだろう。スタンドは使用者にもよるが、アイアン・セイヴァーや里中千枝のスタンドのような人型に近いタイプのものは近距離パワー型と呼ばれ、純粋な力が強いものが多い。やはり里中千枝のそれも例外ではなかったらしく、里中千枝の蹴りと同時に本人を打ち出すことで、アッパーの威力をも超えるドラゴンキックを生み出したというわけだ。
「ぬぅんッ!」
しかし呼び動作の多い技でそうやすやすとやられてやる気は無い。
里中千枝の蹴りが入る瞬間、脚の軌道が読めていたため、セイヴァーの左手で顎をガードし、右手で里中千枝の脚を殴っていた。セイヴァーの能力では殴る事で相手に状態異常を付加させる事はないが、力は強い。蹴りの本来のコースを僅かに変え、威力を若干だが減らすことくらいわけないのである。
「うぅっ……!」
空中でバランスを失った里中千枝の身体は自由を捨て地へと転がる。自分は少し早く地面に着いていたのでこのまま近付いて腹に一撃見舞うのも良い。だが相手は百戦錬磨の肉食獣。迂闊に近寄って反撃されては目も当てられない。確実に行ける時こそ慎重になるべきなのだ。
スタンドに里中千枝を見張らせ、動物の死骸を見る時のようにそのままゆっくりと距離を縮める。
恐らく気を失ってはいないだろう。あれぐらいで意識を手放すような女ではないはずだ。そして今、気を失っている"フリ"をしている。根拠や理由などはまるでないに等しいが、敢えて言うなれば自分の直感がそう告げていた。
普通に見ればこのうつ伏せに倒れている体勢では単に気絶しているようにしか見えない。直感を信じ、ジリジリと詰め寄るが、その直感を疑いたくなる程この気絶したフリは完璧なものなのだ。
「意識があるのは分かっている。起きろ」
一メートル程離れた場所から問い掛けてみる。が、返事は無い。あるのは沈黙のみ。
そして一つの疑問が湧いた。
戦い慣れしている相手がわざわざ気絶したフリなどするものなのか、ということだ。戦において死んだフリというのは、どんな博打よりも危険な賭けだと思う。思慮が浅い相手ならば成功するだろうし、用心深ければ最悪止めを刺されるだろう。大体の場合は後者だろうが、自分は……。
「掛かったね」
「ゥッ!」
前者だったようだ。
気絶したかも知れないと甘い判断を下したばかりに、迂闊に近寄った結果、飛び起きた里中千枝に蹴り穿たれた。
「つ、強い……」
鳩尾に入った強烈な一撃は一瞬ではあるが、身体から意識を奪い取った。
吹っ飛ばされ、朦朧とする意識でヨタヨタと立ち上がる。
「へぇ、まだ立てるんだ」
余裕をかました顔で里中千枝はニタニタと笑みを見せる。
本当に迂闊だった。自分の甘さと未熟さを思い知らされる。
「チッ! 図に乗るなよ……」
やれやれ、だ。
まるでコケにされた気分である。落ち着かなくてはならない。もっと相手を見極め、必要最低限の攻撃でダウンさせる。
考えは整っているものの、どうも頭からは"別の感情"が離れない。
そんな自分を蔑むかのように里中千枝は言った。
「……ハァ、もうさァ、いい加減黙ってあたしに食べられちゃいなよ。もう何をしようとアマちゃんのあんたには無駄なんだよ! 無駄無駄! アーッハッハッハ!」
「!!」
久々に筋トレをした翌朝の腕のように手がプルプルと震え出す。
どうやらそろそろ限界のようだ。もう我慢が効かない。
俺はスタンドを出し、里中千枝の顔面にその鉄拳を振るう。
「ブゲェッ!!」
里中千枝は錐揉み状態のままふっとんだ。
「そこまでにしとけよ、クソガキ」
スタンドを背後に構え、吹っ飛んだ里中千枝へと詰め寄る。
今の俺に最早理性や良心というものなど牛のクソ程も無かった。ただただこの女を叩きのめしてやりたい一心だった。
人に、それも俺が嫌いな、女にここまでボロクソに言われては憤怒の感情以外には湧かないというものである。
人に噛み付く犬を叩いて躾けるようにこのクソガキにも鉄拳制裁でお灸を据えてやらねばならないようだ。
「来いよ、お仕置きしてやる」
「クソッ! 一発当てたくらいで良い気になってんじゃあねぇーッ!」
口の端から血を垂らしながらも口は減らない。まだまだ元気といった感じである。
飛び起きた勢いのまま、こちらへと突っ込む。
「トモエェェェェ!! 奴を料理してやれェーー!!」
里中千枝のスタンド、トモエが薙刀を振り回し向かってくる。スピード、パワーは中々ありそうなこのスタンド。
だがこの攻撃には一つだけ弱点が存在する。
「フン、"浮かせているな"? お前はスタンドを"浮かせながら攻撃して来ているな"! ならばアイアン・セイヴァーでお前のスタンドを隔離する!」
セイヴァーを操りトモエを空間から隔離する。アイアン・セイヴァーは何かに密着している物や命がある物は隔離することが出来ないが、投げたボールや落下している隕石など、地面から離れていて、かつ生物でない物ならばどんなものでも隔離することが出来る。
スタンドを固定された里中千枝はこちらから能力を解除しない限りその場から動くことは出来ない。勝ちは目前である。
「う、動けないッ!?」
「行くぜオイ!」
一つ欠点があるならば、セイヴァーの能力の発動中はスタンドを動かせない。そして隔離していられる時間も10秒程ということ。
いくらスタンドが使えないとはいえ、小娘一人、スタンドを使うまでもない。
「ヒイィィィ!!! く、来るなァァァ!!」
必死に請うがここまでコケにされた挙句、こんなにも強力で狂暴な人間を放っておくのはマズイ。
何より頭に血が登り過ぎて止めようという気すら湧かない。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァ!!!!!」
自らの拳を振るいラッシュを見舞う。里中千枝は力なくその場に膝を付いた。
セイヴァーの能力を解除し、里中千枝のスタンドを解放すると本体である里中千枝がダウンしたためか、トモエは姿を消した。
「ハァーッ! ハァーッ! どうだーッ!」
戦闘にスタンドを使ったのは初めてのこと。肉体的にも精神的にもダメージが大きい。言葉にならない疲労感が肉体を襲う。
まだ休む訳にはいかない。里中千枝は狡猾だ。"さっきの経験"が、自然と警戒心を湧かせる。
「まだ動くか……?」
里中千枝は声に答えるようにゆっくりと立ち上がる。
「まだだァ! まだ終わっちゃぁいないィィーーー!!」
諦めが悪いのか、再びスタンドを出しトモエを構える。
「もう動くな。それ以上女に手を上げたくはない」
「うるせェーーー!! 終わらせてやるゥゥァァァ!! アグネヤストラァァァァァ!!」
説得は通じる事なく、逆に里中千枝を激昂させるだけだった。その上、まずい事になったらしい。
里中千枝が両手を空に伸ばし、叫ぶと瞬く間に空から大量の隕石が降り注ぐ。大きくはないが凄まじい量だ。まともに受ければ一溜まりもない。
「こっ、こいつッ! まだやる気なのか!防ぐしかない!」
「これでミンチになってくたばりやがれーーーッ!」
無数の隕石が眼前に迫る。通常のガードでは防ぎきれない。と、なれば攻撃(ラッシュ)の早さ比べか。
「うおおおおおおお! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!」
次々と隕石は砕かれるが、破片がいくらか飛び散り完全には消すことができない。
無数の隕石を前に体力が持たなくなっていた。途中からは隕石を逸らす事しか出来なくなるほど肉体は疲弊していた。
「遂に諦めたかァァー!? スカタン! そのままクレーターと一体化しやがれーーッ!」
「しまったッ!」
攻撃が外れ、隕石の雨に飲まれる。
爆風が辺りを蔓延する。
「やったッ! 勝ったッ! 仕留めたッ!!」
全身に隕石の破片を浴び、至る所から出血している。全身から苦痛の悲鳴が上がる。
脚に力をいれてみるが最早立つ事すら叶わない。
里中千枝は歓喜する。
……だが、里中千枝も興奮からか周りが見えていなかったのだろうか。そう、最後の最後で詰めが甘いのだ。
「あまいぜ……。頭上をよく見てみるんだな」
「何ッ! いや、もう動けないお前に何が出来……」
里中千枝が頭を上げると、そこには一つだけ残された隕石。
手品を目の前にタネが分からずしどろもどろしている観客のように絶句し、その場に固まる。
「何が起こったかわからないか? 隕石を逸らす中、実は最後の一撃だけを残し、空間に隔離していた。悟られぬよう、ワザと当たった"フリ"をし、注意を逸らす。そして注意が逸れている隙に隕石を隔離した空間をお前の頭上に移動させたのだ。やれやれ、マジに堪えたぜ……」
「そ、そんな事がッッ!!!!」
「そして俺のこの能力は動いている物体を隔離している時間が長ければ長い程、解除した後の速度が上がる。肉体的に普段は10秒程しか隔離しないが今はもう少なくとも20秒は隔離している! お前の負けだ!」
「トモエエエエエエェェェェエェェァァァ!!!!!!!!」
「もう遅い! 能力解除だッ!」
隔離していた空間がなくなり、隕石は通常の何倍もの速度で里中千枝の頭上目掛け落下していく。
大規模な爆発が起こり、再度辺りは煙に包まれた。
「ようやく終わったか。里中千枝、なかなかしぶとい相手だったな」