「随分と広い校舎内だな」
校舎の中を随分と進んだ。八高の校舎内はまるで迷路のように簡単には進めない構造になっている。実際のこの学校に来たことがないからだけかも知れないが、俺には迷宮そのものの複雑さを感じさせた。
「さて、次は二回戦……か」
見つけた階段を上り切り、ふと呟く。
一回戦は勝利したと言ったが、あと何人くらいの出場者が残っているのだろうか。出場者の何人かは何故か何と無く分かる。だがあのクマとかいう生物は俺のことをイレギュラーと言っていた。つまりは俺はこのPー1グランプリにおいて、本来いるべきでなかった人間ということになる。そうなるとひょっとしたら俺以外にもイレギュラーがいるかも知れない。10人か。20人か。皆目見当もつかないといったところではあるが。
「あとどれだけ歩けば次の対戦相手が来るんだ……?」
もうしばらく歩き続けているが一向に挑戦者(チャレンジャー)の現れる気配がない。次に来るのはどのようなやつなのだろうか。初戦が俺には相性の悪い近接攻撃をメインとする相手だったが為に、かなり手を焼かされる結果となったが。
しかしどんな奴が来ようと対戦相手には変わりない。千枝と戦ってみて分かったが、相手が女であろうと少しだが隙を見せればこちらがやられる。となれば、俺は相手のことを全く知らないわけなのだからどんな相手だろうと容赦無くボコボコにしなければならない。真実を明かそうとそうと奮闘する救世主に刃を向けるのならばこちらは鉄を以て全力で返り討ちにするのみだ。学校生活を円滑に進めるためだとか、そういった考えも捨てざるをえない。
「遠距離攻撃が得意なやつだと良いんだが……む?」
ふとある場所の前へ辿り着き足を止める。目の前にはドア。顔を上げて部屋の名前を確認する。
「教室か」
本来ならばこんなところに寄っている時間はないが今は挑戦者を探すために、あらゆる部屋を探すことも必要。
「……寄ってみるか」
ガラガラと、実物の引き戸と代わりの無い音を発し教室の戸は開く。
室内には不気味な光景が広がっていた。
めちゃめちゃに並べられているかと思えば実はキチッと整理されている机。床の大きな『Pー1グランプリ』のラクガキ。正しくここが試合会場とでもいっているかのようだった。
そして部屋全体から奇妙に集まる視線のようなもの。目には見えないが、確かにここには観客(ギャラリー)がいる。
「あのクマとかいうやつはとんだ悪趣味な野郎だな」
思わず愚痴をこぼす。それを待っていたかのように、大きな声が響く。
《はあーーい! 元気してたぁーー? みんなのアイドル、りせちーだよっ!》
声の主は一回戦終了後に出てきたりせと名乗るあの女の声だった。
「ご丁寧に挨拶とはな。どういうつもりだ?」
《さあ! お次は二回戦! 一回戦を難なく制した月夜城先輩は一体どんな勝負を見せてくれるんでしょうか⁉》
問い掛けるが返事とは別に、その説明口調は続く。まるで会話が噛み合っていない。録音された物を流しているだけなのだろうか。
……馬鹿げている。よもや返す言葉もない。
《それでは、クマ総統より対戦相手のご紹介、お願いしまーす!》
りせがそういうと、モニターが現れ、あの忌々しいクソマスコット、クマが姿を見せた。
《グフフ……期待のイレギュラー! 君の力を見せてくれクマァーーッ!!》
「言われなくともたっぷり見せつけてやる。……お前の顔面にな! オラァ!」
一発殴ってモニターを破壊してやればこの目障りなクマのカオも見なくて済む。モニターに力を込めたアイアン・セイヴァーの一撃を叩き込む。
しかしその一撃は重い音を残すのみで、擦り傷一つついていない。一点の曇りもなくクマの顔を写し続けていた。このモニターの強度は並々ならぬ硬さを持っていたのだ。
「バカな……。傷一つつけられないとは」
そんな俺をおちょくるかのようにクマは言う。
《やめるクマ! その力は対戦相手にだけ振るうものよ! ……まったく、このプリチーなお顔が見れなくなったらどうするクマ!》
一々腹の立つ野郎だ。お前の顔など見たくもないわ。
震える怒りをぐっと抑え、クマの声に耳を傾ける。
《もう! こんな事してる場合じゃないクマよ! 対戦よ、対戦! ってことで、次の対戦相手、出て来いクマァーー!!》
「!」
次の瞬間、足元からスモークが焚かれ、見る見る内に視界は真っ白に塗りつぶされて行く。
目の前を手で払い、視界を確保する。やがて煙は晴れ、その対戦相手が姿をみせた。
その晴れた視界の先には一人の男が佇んでいた。
「……次の対戦相手はお前か」
「ん?」
男はこちらへ気付き、警戒するような素振りを見せる。
整った顔立ちに橙色掛かった頭髪。ヘッドホンを装着した、何だか雰囲気的に残念な男。
『キャプテン・ルサンチマン』花村陽介だ。
「あれ? 見たことない顔じゃん。名前は?」
「御託はいい。お前もその為に来たんだろ? ……さっさと始めようじゃあないか」
セイヴァーはまだ出さない。千枝にスタンドが見えるということは花村陽介にも見える。こちらの手を知られては初手を潰される可能性さえある。
俺は変わりに指をちょいちょいと手招きの要領で挑発の行動を取り、気を引かせる。だが、花村陽介の反応は意外なものだった。
「そういえばよ、お前の大切な遥ちゃん、このテレビの中にいるらしいぜ?」
「!」
こいつ、何を言っている?
そんなことはあり得ない。そもそも俺でさえも気付いたらこのテレビの中にいたのだ。遥の作った飯を食し、その後ソファーで寝ていて、起きた時には何故かこのテレビの中にいたのだ。それに千枝の話によればこのテレビにはペルソナ能力という特殊な能力を持つものしか入れないはず。スタンド使いである俺が入れた理由は恐らく、スタンドとペルソナが構造的には似たような物だからだろう。スタンド能力もペルソナ能力のいずれも持たない遥がテレビの中へ入ってこれるはずが無い。
この男の言葉ははったりだ。
「フン、そんな安っぽい嘘に食いつく人間がいるとでも思ってるのか?」
「どうかな? お前もここにいるってことは知ってんだろ? テレビの中への入り方をよ」
「知っているさ。テレビの中へはペルソナ能力を持つ者しか入れない……だろ?」
敢えてスタンド使いも入れるということは伏せておく。こいつのことがまだ解らない今、下手に喋ってはそれが相手のアドバンテージになり得るからだ。
ここまで聞き、花村陽介はピタリとその口を閉じる。
一呼吸程の間を起き、薄ら笑いを浮かべると再び口を開いた。
「ハハッ! それだけじゃあねーだろ? テレビの中に入る方法はよー!」
「ッ!」
俺はこの言葉を聞くまですっかり忘れていた。
そうだ。テレビの中にはなにも自分から入る必要はない。他人の手を借りても入れる方法は一つだけある。
もし遥かがその方法で入ったとすれば、事態はかなりヘヴィーだ。
「まさか……落とされた……?」
現に千枝や遥から聞いた過去に起きた事件の話では、被害者は犯人のペルソナ使いの手によってテレビの中へと落とされている。そうなればあの日、あの部屋にはもう一人、誰かペルソナ使いがいたということになるが、今はそんなことどうでも良い。
このテレビの中では過去に死人が出ている。テレビの中にはシャドウという存在もいるとのことで、なんの力も持たない遥では命の危険が付きまとう。
あいつと会ったのは今日がほぼ初めてみたいなものであり、現段階では特に大切なやつであるというわけでもない。だが、何も死ぬことはない。身内の身が危ないという事ならば俺も黙っているわけにはいかない。
「おい、遥をどこで見た? あいつは無事なのか?」
「おいおい、落ち着けって! あくまでも"らしい"ってだけだってーの」
飽くまで落ち着いてはいる。冷静さがあるかと言われれば分からないが。
別にあいつが死んだところで特に悲しいというわけでは無い。ただ、死ぬことはないというだけだ。それに、助けられなかったという罪悪感から、後味が悪いだけで。
落ち着いてはいるのだ。
なんとももどかしい気持ちに晒される。今こうしている間にも遥は危険な目にあっているかもしれない。あいつが死ぬことで悲しむやつがいる。そいつらには俺と同じ思いはして欲しくはない。何としても遥を保護しなければならない。だが今はそれが出来ない。
「クソッ……」
出来るのに出来ない。その思いが余計に焦燥感を引き出す。
花村陽介は心なしか不敵な笑みを浮かべているように見える。
そしてその口はより端を釣り上げると、言い放った。
「つかお前そんなに遥ちゃんの事が心配なの? 今まで出会ったことすらないのに? それなのに今までそばにいてくれた友達切り捨てて一人ぼっちでしたアピールかよ⁉ ははは! ダッセー! 内心遥ちゃんもお前の事キモがってるかもな!」
「……!」
花村陽介を睨みつける。
外面では強気を装ってはいるが、内面では核心を突かれたことに動揺していた。俺自身も自分自身にもそうなる要因があったことは分かっていた。言い返す言葉がない。
ただ一つ言える言葉を除き。
「……さすがはルサンチマンだ。精神的動揺をかけてくるとはな。だが俺にはその手は通用せん。……俺は過去は振り返らないタチなんでな」
動揺を覆す。動揺するのはほんの一瞬だけでいい。
今の俺は今の俺だ。過去の自分とはもう決別した。遥と会った時から。だから過去なんかには興味はないしそんなことで揺さぶられる俺でもない。
何しろ、今は遥の事を考えている余裕もない。そんなにすぐに死ぬことはないと信じる他ない。遥の話はこいつとの戦闘が終わった後たっぷりと聞き出せば良いだけの話だ。
「さて、言いたいことは終わったか?」
「へっ、そーやって過去の自分から逃げんのかよ。恥ずかしく」
「ならば行くぞ。 アイアン・セイヴァー!」
口で言ってわからない奴には実力行使だ。
話を続ける花村陽介を無視してまずは腹へ一撃。
このままでは鉄拳直撃コースだが、花村陽介はどう出るのか。
「おっと! お前のペルソナもまあまあ早いじゃん♪」
「なッ••••••まさか!」
花村陽介はその拳をいともたやすく防御してみせた。
本体で防御したのならばまだわからないでもない。だがこの男はいつ召喚したのかもわからないほどの速さでペルソナを出し防御していたのだ。
「なんて速さだ••••••!」
「俺のジライヤを甘く見んなよ?」
「グッ、こいつ••••••!」
完全に舐められている。この男、俺が押されているとでも思っているのだろうか。まだまだ勝負は均衡状態にある。この先、有利の差がどちらに傾くか、それは誰にもわからないというのに。
残念なのは雰囲気ではなく頭の方なのか。
「ならばお前のペルソナ能力をもっと俺に見せてみろ! お前の強さをこの月夜城由鶴が直々に判断してやる」
「宣戦布告か? へっ、面白ぇ! やってみろよ!」
指ををこちらに向けちょいちょいと振ってみせる。挑発のつもりなのだろうか。俺の真似をしているのか。
「フン、やってやるさ。後悔するぞ!」
アイアン・セイヴァーの拳を花村陽介へと振るう。
かなりの速度を出し攻撃したつもりだった。しかし花村陽介はそれを受け流し、一瞬のうちにクナイで切りつける。
「う••••••な、何が••••••」
腹部を触れる。思っていたよりも傷は浅いが、制服からは血液が染み出していた。
クナイを出す動作すら見えなかった。この男は途轍もない速さだ。
「その程度か? 遅ぇーよ!」
左手のクナイを弄びながら見下すように言葉を口にする。
この男も特別捜査隊の一人。その強さも千枝に引けを取らない程だ。だがどんなに強い生物にも必ず弱点というものがある。千枝の場合はそれが『詰めの甘さ』だった。さて、この男はどのような弱点を持っているのだろうか。
「フン、速ければいいというもんでもないだろう」
この男のもっとも有利な点は素早さだ。そのスピードはアイアン・セイヴァーと同じかそれ以上。素早さで勝負するには少々危険な賭けだろう。であれば考える点は二つ。『知』と『力』。そして使える要素は二つ。『スタンドの性質』と『俺自身の戦闘センス』。それらを上手く駆使して戦っていかなければこの男に勝つことは不可能だろう。
「俺がお前に付けられたこの傷よりも! 俺が! これからお前に付ける傷の方がデカイということを思い知らせてやるッ!」
再びセイヴァーを発現させ戦闘体制を取る。
攻撃しても避けられるだけなのだろうか。否、そんなはずはない。必ず当ててみせる。
「オラァッ!」
セイヴァーの拳を振るうも••••••。
「だから遅いって••••••」
花村陽介は身をかわし、クナイを振り上げ••••••。
「言ってんだろ!」
セイヴァーの腕を切りつける。俺の右腕には切り傷が現れ血が吹き出す。反射的にセイヴァーを消した。
「グゥッ••••••! クソッ! 何故当たらん⁉︎」
「トロ過ぎるんだよ! そろそろこっちからも行かせてもらうぜ!」
花村陽介は俺へと向け走り出す。やはり早い。目で捉えられはするのだが、着いて行くことが出来ない。
「こっちだ! ペルソナッ!」
ジライヤを出し花村陽介を空中へと放り投げる。己のペルソナへと身を任せた花村陽介は宙返りをするとクナイの束を投げ付けた。
余りの事に一瞬反応が遅れ、そのまま飛び退きクナイの束の直撃を逃れた。床には複数のクナイが突き刺さっている。
それを見ながらふと気付いた。
「••••••なッ! し、しまったッ!」
このクナイの束を咄嗟の判断で避けてしまったことに。花村陽介がクナイを投げた時、それを束のまま隔離しておけば相当な痛手を与えられたに違いない。俺は願っても無いチャンスをみすみす逃してしまったのだ。
「へぇ〜、俺が攻撃した後に何かに気付いたのか? 何に気付いたんだよ?」
地に足を着けた花村陽介はニヤニヤとこちらを見ながら問い掛けるさすがにこれだけで俺の能力が気付かれることはないだろう。だがそれも時間の問題。"素早く"カタを付けなければ本当に勝つ手段がなくなる可能性がある。
「てめえ自身で気付くんだな。だが、知りたければもっと来い! どんどんぶつかって来いオラァ!」
俺自身もそろそろ攻めの態勢に入った方が良さそうだ。
受けてばかりでは埒が空かない。
奴の攻撃を上手く躱したところでセイヴァーの一撃を叩き込む。ヒット&アウェイで戦うのが一番効果的だろうか。
しかし奴のあの速さ。一体どうやって攻撃を当てるべきなのか。
「そこまで言うんなら! 喰らえ! 最上級の疾風属性魔法を!」
花村陽介は自らのペルソナを背後に携え、体を捻る。そしてその魔法攻撃の名を叫んだ。
「行くぜ! ガルダイン!」
突如花村陽介を中心として緑色をした竜巻が展開される。その竜巻はゆっくりと、且つ確実に俺の方へと距離を詰めていた。
もしこれに当たれば全身の切り傷程度では済まないだろう。人間がまともに引くらえば全身がズタボロになるまで引き裂かれてしまうのは確実。何としてでも防御せねばならない。
「ダメージにはならないが••••••。この程度、軌道を逸らすのならば容易い」
セイヴァーの能力で軌道を逸らすのは簡単だ。『風』という一つの魔法の塊の中心にあの男はいる。そしてその塊は『浮いている』。よってセイヴァーの能力の発動条件を満たしているのだ。だがそれでは"芸が無い"。相手が風の刃ならばこっちは救世の刃だ。
「セイヴァーの隠れた能力とでも言おうか! 刃には刃よ! 我がスタンドの備え付けられた武器! 『救世鉄刃(セイヴ・セイバー)!」
セイヴァーの両腕についているエッジ。この能力はそのエッジにスタンドパワーを集中させ、大きさ、切れ味を強化したものだ。こうなればこのエッジに切れないものはない。ダイヤモンドですらもバターのように切り裂くことが出来る。
スタンドは物理的なものではないので魔法だろうがなんだろうが対等か、それ以上の力くらべを出来る。
「チッ! そんなチンケな刃がこの風の刃に勝てるかよォ!」
「フン! だからこその力比べってやつだ!」
セイヴァーとガルダインがぶつかる。ふたつの刃の間では激しく火花が散っている。金属を削るような音と共に。あのガルダインとやらも中々の切れ味のようだ。互いに言葉を出すことが出来ない位に集中している。
しかしそれも束の間。段々と激しく響く音が大きくなり、やがて消えた。
「ウグ••••••ッ」
身体の隙間を大きな疾風が駆け抜ける。それと同時に周囲に舞う砂埃。飛ばされてしまわないようにと両目を閉じ両足に力を込めそれを耐え抜いた。
しばらく目を閉じたままでいると、風が吹きやむ。
ゆっくりと目を開け、晴れた視界の先を見ると、あれだけの威力の塊がぶつかり合っていたにも関わらず机や椅子がひっくり返っているだけだった。そしてもう一つ。
壁にもたれかかるように倒れる花村陽介の姿が。ペルソナはすでに消えている。
「勝ったのは俺か」
"恐らく気を失っているであろう"花村陽介へと歩み寄る。
「アイアン・セイヴァー!」
射程距離内ギリギリのところへと来たところでセイヴァーを発現させその勢いで花村陽介へとダメ押しの一撃をいれる。
「••••••フン」
だが、やはり拳の先に花村陽介はいなかった。あの程度で気を失ってもらってはこちらもつまらない。まだまだ殴り足らないというやつだ。
「やるじゃんかよ。まさかガルダインに競り勝てるなんてな」
「フン、お前こそ。セイヴァー相手に相殺で済まされるとは思いもしなかった••••••」
互いに睨み合いその中で花村陽介の口元がわずかに緩む。
それは何かを察したような笑みだった。
「イイぜ! お前とは正々堂々と戦いたくなったッ! こっからは手品も小細工もナシだ! 素のままの俺を見せてやるよ!」
「よかろう。受けてたとうか! そのお前の歪んだやる気を救世してやる!」
セイヴァーを構えさせ迎撃体制を取る。いつ花村陽介が攻撃をしてきても良いように空間隔離能力は発動準備をしておく。
いくら修羅場をくぐり抜けてきた花村陽介といえども所詮本体は一般人に毛の生えた程度の戦闘力。千枝とは違い何か格闘技を心得ているわけでもない。本体同士の殴り合いで俺が負けるはずがない。ペルソナとの連携も俺のスタンドの方が言うまでもなく強いだろう。
このような状況へ持ってこれたことは正に幸運と言える。
「さあ来い! どっからでも、どんな攻撃でもなァッ!」