東方風云録 ~ブーンが天狗少女と出会うようです~   作:蒼狐

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東方Project
ブーン系

双方に絶え間ない感謝と敬意を。


壱の符

 

「――ようこそ。待っていたわ」

 

長い夢から覚めるように、ふと目を開けた時。ふわり、と揺らめく美しい金色の髪をした彼女が――そこに居た。

 

「幾千、幾万の星は時を刻み――」

 

どこまでも広がる夜闇の中、唯一光を発しているかのように浮かぶその笑み。

魅入られてしまいそうな程、底が知れぬ深みを持つ瞳。

それらはどこか哀しくて、寂しくて。

 

でも――

 

「不変なる光月が場を示す」

 

――懐かしくて仕方がなかった。

 

「……本当はゆっくりと言霊を交わしたい所なのだけれど」

 

彼女は心底無念そうに、表情を曇らせた。

 

「残念ながら、もうすぐ一つの"終焉"が舞台へと登場致しますわ」

 

強く、冷たいマクロ視点の死刑宣告。世界の死。

彼女の言葉の一つ一つに虚偽は無い。……根拠は無いがそう信じられる。

 

「――"世界"へと、幕引きを迎えるために」

 

だからこそ、その言葉は胸に鈍い痛みを感じさせた。

大事なものが一杯に詰まった、綺麗で汚れた箱を滅茶苦茶にされる未来を知ってしまった絶望の苦しみ。

不条理とはここまでの不幸を生むのかと、心細さを覚えた時だった。

 

「――大丈夫。"私の愛しい世界"が貴方の力になりますわ」

 

そっと、頬に彼女の手の温もりが伝わってきた。言葉の力強さと共に、触れられた肌が……心が優しく暖かくなる。

 

「その為の"御祭"を――始めましょう」

 

そこで気が付いた。周囲を満たしていた闇色はどんどんその色を無くしていっている事に。

 

「――世界を祝福する為の、真の御伽話を。――本当の"例大祭"を――」

 

もはや目の前に居るはずの彼女の顔すらもうほとんど見えない。

色も失せ、音も絶え、感覚すら鈍い。

 

――そうして全てが消えていく瞬間。

 

 

"ユメでまた会いましょう"

 

 

――彼女はまた、いつもの様に笑いかけてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――ざ……よ……

 

――めざめよ……

 

――目覚めよぉ――

 

全てを包み込んでくれるような心地の良い感覚。

そして、全てを台無しにするような心地の良くない声。

 

……今こそ目覚めの時ぃ……!

 

なるほど、勇者が旅立つ日の目覚めとかこんな気分か。と快楽で鈍る頭のどこかで理解する。

目覚めろ目覚めろとセールスみたくしつこく言われてるということは、夢の中に居るって事なのだろう。

だけど今この感覚を投げ捨てる事になるくらいなら、魔王に世界の半分をくれてやってもいいと思った。人が辿りつけない地中とか深い海底の土地とか辺りで手を打ってもらおう。

 

目覚めるのだァァァァ……!

 

なんというしつこさだ。……コマンド選択画面はどこだろう? さっさと会話キャンセルしたいんだけれど。

そもそもこの安らぎの世界を崩壊せしめんとするこの声こそが魔王と呼ぶに相応しいのではないだろうか。

――よし、決めた。申し訳ないが居留守を使わせてもらおう。きっとご近所さんにもっと勇者向きの方が多分居らっしゃいますから。

そんな願いが通じたのか、ふと気が付くとセールスの魔王様もとい、呼声は止んでいた。

ありがたい。もしどうしても世界を救って欲しいのならあと少しだけ待って欲しい。後10分……いや15分くらい。

 

――ああ、それにしても二度寝というのは、どうしてここまで幸福感を感じさせるのだろう。なんというかこう、大ピンチの主人公が再び仮初めでも平和を勝ち取ったような流れがある。……とりあえずは次に目が覚めるまでの間だけでもこのささやかな幸せを――

 

ξ#゚⊿゚)ξ「さっさと起きろやコラァアアアアアアアアアッ!!」

 

(;^ω^)「ぬおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

突如、内藤ホライゾンの平和は崩れ去る。無論、世界の平和には変動は無い。

少しふくよかめの体を海苔巻きのように包み込んでくれていた暖かな毛布(セール品)。

それが勢い良く引っ張られた事によって意識を呼び覚ますどころか掻き回すような強烈な縦回転が起きる。

 

Σ(  ω )「ふもっふ!」

 

更に摩擦による勢いにて引っ張られた身体がベッドの外へとログアウト。フローリング特有のひんやり感と硬さが肌に叩き込まれる。

ここまで僅か数秒。刹那の一挙動によって複数のダメージを負わせる見事なコンボだった。

 

ξ゚⊿゚)ξ「全く……。連休明けだからもしやと思えば案の定!」

 

(;^ω^)「お……おはようだおツン」

 

熱によってホカホカになった腹部と、落下の衝撃を受け止めた顎をさすりつつ、目前の巻き毛金髪襲撃者に朝の挨拶をする。

そんな呆けた様子を見て呆れたのか、彼女は短くため息をつくと部屋から出て行った。

心底怒らせちゃったかな? と少し心配になったが、扉越しに「先に行ってるから早く追い付きなさいよね!」と、言っていたので大丈夫だろう。多分。

 

こうなっては3度寝なんて考えさえ浮かばない。眠気はすでに遥か遠くの幻想へとなってしまった上に、未だダメージが残る腹回り。ここからの快眠は実質不可能だ。

……そういえばいつだったか、"朝の時間を優雅に決める"というのがデキる男の条件だと聞いた事があった。が、今まで一度もその機会に恵まれた事が無い。呪われているのか。

 

('A`)「……朝からお熱い事ですなぁ。ブーンさん?」

 

フヒヒ、というどことなく変人臭のする笑い混じりの声にあだ名を呼ばれ、自身のベッド周りをもそもそ整えていた手を止める。

 

(;^ω^)「なんだお。起きてたのならツンが来る前に起こしてくれお……」

 

('A`)「あー? 起こしてやったじゃねーか『目覚めよー』って」

 

見るからに不健康そうな顔が、2段ベッド上段からこちらをニタニタと覗いている。

朝の日光の中とは言え、血色の悪い不気味な顔の付いた頭がベットの端から突き出て視線を向けてくるなんて光景は、よくあるB級オカルトホラー映画みたいだった。

そうか、平穏な朝が来ない呪いの元はコイツか。

 

――ん? そういえばそのセリフはさっきの……

 

夢見心地だった頃の記憶を脳内から洗い返す。……おっと違う、このフォルダはさっきのツンのパンチラ検証用の脳内録画だ。

 

( ^ω^)「ああ……あのきっしょい呼び声もドクオの声だったのかお」

 

('A`)「なんだよ不満かぁ? じゃあ勇者の目覚めverじゃなくて幼なじみっぽくやってやろうか? ……コホン」

 

軽く喉の調子を整えた後、精一杯の笑顔を浮かべ始めるドクオ。

 

(*'∀`)「ほぅら☆ あ・さ・だ・ゾ☆ 早く起きなきゃ、顔に熱ーいベーゼを――」

 

(#^ω^)「黙れ顔面公然猥褻物陳列罪。そのまま生ゴミの日に処分するお!」

 

目の前の存在が、友人から笑う危険物へと進化した瞬間、思わず一番近くにあった目覚まし時計を投げつけていた。

小気味良い音を立ててヘッドショット成功。

想像に容易い身体的ダメージからか、あるいは冗談ではなく本当に可愛いと自信があったのを打ち砕かれた精神的ショックなのか、彼はそのままベッドの中へと小さなうめき声と共に寝床へと沈んでいった。

 

この生物――もとい、彼の名は宇津田独男(ウツダドクオ)。

その生態は目覚めの悪い朝っぱらから、誰得なのか分からないBL幼馴染展開をしてくるような珍生物である。

……ただし現実は実際奇なる物。彼が幼少期からの幼なじみで、この格安オンボロ寮においてのルームメイトである事は残念な事に真実だ。

だとしても、もちろんフラグは建たない・建てない・建てさせないの三原則である。

 

( ^ω^)「……というかドクオ。僕を起こしてる間に自分の準備済ませないのかお?」

 

ノロノロと着替えを済ませながら、一向にベッドから出ようとしない友人へと、ふと思った疑問を投げかける。

先ほどの情報に1つ付け加えると、彼も同じ高校の2年生……同い年の同級生なのだ。彼だけ重役出勤の立場が許される訳がない。

 

('A`)「んー……今日は体調不良で休む」

 

寝転がったまま、答えるのも面倒くさそうに気力の欠けた声で答えるドクオ。

初めて彼に会う人はその不健康そうな外見から体調不良を本気にして、そのまま入院を勧めた事だろう。

 

( ^ω^)「ハイハイ。今日"も"体調不良ねー」

 

だが付き合いの長い者は、この部屋に一台だけ置かれたTVにつなぎっぱなしのゲーム機……それがまだ熱を持っている事に気がつくのだ。そう、彼の連休は基本的に徹夜のゲームプレイで消費されている。その結果こんな調子でサボるのはいつもの事。

これで落第やらなんやらにならないのは、学校が極端な試験至上主義だと言う事と、この毒物みたいな顔色の男が異様に勉強効率が良いお陰だろう。

毎回テスト時期に大きな危機を迎えている方からすればうらやましい話だ。

 

('A`)「あ、帰りになんか適当にスナック買ってきてくれよ」

 

( ^ω^)「帰ってくるまでに部屋が片付いてるんなら買ってくるお」

 

('A`)「やれたらやりますわー」

 

万能の呪文。"ヤレタラヤリマスワー"。

相手からの要請を一切無効化出来る効果を持つ。しかし使いすぎると信頼度やら友好度が、バリバリ減っていく諸刃の呪文でもある。

ま、そもそも片付けなんて面倒な事する奴じゃないのは承知の上だ。この無気力さがドクオの大きな構成要素なのだから。

 

とりあえずドクオはアテにならないので、簡単に片付けをしていく事にした。

まずは、大きなゴミは落ちていないものの、様々な小物が乱雑・占拠し放題の床だ。

まぁ、丁寧に整理してるような時間は無いので、ざざっと適当に片付けて……というか寄せていく。

片付けの筈が何故か更に散らかったように見える現実を直視出来なくなった所で、手をかけるのを諦めた。

とりあえずこうしておけば、いつかきっと未来の自分がやってくれる。――僕は未来を信じるんだ。

 

( ^ω^)「ふぃー……一段落っと。……ところで今何時だお?」

 

時計時計ーと、巡らせる視線。

だがしかし、ざっくりと片付いた部屋(人によって体感が異なります)のどこにもその姿は見当たらない。ちなみに目的の目覚まし時計が、この部屋唯一の据え置き時計だ。

先月、壊れた腕時計を買い換えようと用意したなけなしの資金は、奇妙にも次の週に遊戯費として消えた。

 

そういう訳で諦めずに探しては見たものの、ふと最後にドクオに投げつけた時の記憶に行き着く。――成る程これはしくじった。あの時使うアイテムを間違えたらしい。

それなら仕方がない、と目覚まし時計の事は忘れる事に。取り返しに行こうなんて選択はあり得ない。朝っぱらからドクオの寝顔なんて見たい物じゃない。

気を取り直して、コンセント近くのコードの集団を掻き分けると挿しっぱなしの携帯を救い出す。型落ち品だが、そこそこ長い付き合いの携帯端末だ。

 

( ^ω^)「……?」

 

……電子的な光を放つ携帯端末のメイン画面。そこに表示されているデジタル時計は、なぜか出発予定時刻から15分程後の時間を表示していた。

 

(;^ω^)「――おおおおおおおお!? 大ピンチ!! ツンに全身巻き髪にされるぅ!!」

 

どんな状態にされるのか説明は出来ないが、ともかくやばいって事なのだ。

なんせあの巻き髪ドリルは華奢な体つきからは想像も出来ないような戦闘能力を誇る。

以前に一度だけスマートフォンの薄さがどうのと主張をしまくってたツンに、「スマートなのは胸だけにしとけお」とかついうっかり言ってしまった時がある。

え? その後? もちろん記憶から欠落しています。だから怖いんじゃないですか。

 

そこからの動きっぷりと言えば素晴らしい物だった。

まるで分身でもしているかのように、部屋に転がった菓子パンの類を貪りつつ歯磨き・洗顔を済ませ髪を整えつつ玄関で靴を履く。あっという間に身支度を全て済ませたのだ。

その無駄に機敏な動きを見ていたドクオが、思わず『ドタドタとクソやかましい』とつぶやいてしまう程に。

 

最後に一応、床に置いたままの鞄の中身をチェック。すると無造作に突っ込まれた一枚のプリントに目が止まった。

 

( ^ω^)「お? ……ああ、進路調査のプリントかお」

 

一旦鞄を置いて、プリントを両手で持つ。連休前に配られた物だったのだが、結局そのまま入れっぱなしにしていたようだ。

 

( ^ω^)「……まぁ、提出期限はまだ先だし、とりあえず良いかお」

 

脳内からも視界からも遠ざけるように、プリントを再び鞄の中へと突っ込み直す。

将来の不安から逃げたいという事では無いのだが、やりたい事が具体的にある訳でも無い。その内、なるべく気楽そうな職業でも見繕っておくことにしよう。

 

――今はそれとは別に差し迫ったタイムリミットが存在しているのだ。

 

(;^ω^)「おっと、こんな事してる場合じゃ……。ともかく行ってきますお!」

 

慌ただしくドアを閉めつつ、今出てきた寮を振り返る事無く、元気な挨拶を置いていく。

 

( ^ω^)「おー! 今日も良い天気だおー」

 

快晴――その名の通り、晴れ晴れとした心良い朝日が顔を照らす。

高台にあるこの場所からは、様々な建物や緑がそれぞれに輝いているのが良く見える。見慣れた光景でも、この時間のこの光景は新鮮味を失う事無く格別だ。

様々な香りを含んだ風が、頬を優しく撫でるように吹き抜けた。

その風が、ふと昔の記憶を呼び覚ます。

 

( ^ω^)「――そういえば、僕の両親は風の中に居る……って話だったかお」

 

彼、内藤ホライゾンは両親を幼いころに亡くしていた。

……と言っても、うっすらと顔を覚えている程度の頃で、いまさらどうこうしたものでもない。

原因も知らず、その後の経緯も知らない。気がつけば孤児院を兼ねたあの寮に居たので、両親を亡くした事が不幸だなんて思った事は無い。

建物はそれなりに大きく、敷地も広い。そのため、同じような境遇の仲間が大勢居る。それに何より寮母さんがまるで実の親のように接してくれるのだ。

 

……それでも、ふと、どうしようもないくらい寂しくなってしまう時があった。そんな時、寮母さんは言うのだ。

 

『目に見えなくなっただけで、居なくなってしまった訳じゃない。いつも風の中に居て世界を廻りながら、時に優しく、時に厳しく見守っていてくれているんだよ』と。

 

(;^ω^)「……遅刻した所なんて見られたら恥ずかしいお」

 

今更、感傷に浸る必要もない。内藤は通り慣れた通学路へと、大きく足を踏み出した。

心が晴れていれば、自然と地面を蹴る足取りは軽くなる。

やや太めの体型を気にする内藤だが、見かけによらず走ったりするのは元々得意だ。

15分程度の遅刻くらいならば、少し長めの通学路の道中、先行するツンに充分追いつける。

 

 

 

 

(;^ω^)「――ごめんだおツーン! 今追いついたおー……」

 

曲がり角を曲がった所で、特徴的な金髪ドリル髪の少女を含む、友人二名の背を視界に捕らえた内藤。

その背に、少しだけ荒れた息もそこそこに声をかけた。

 

ξ゚⊿゚)ξ「遅い!」

 

だが、帰ってきた言葉はやや厳しいものだった。

 

(;´・ω・`)「相変わらずブーンに厳しいね……」

 

( ^ω^)「オゥフ……」

 

ξ;゚⊿゚)ξ「……ていうか何顔赤らめながら興奮してるのよ。……変態?」

 

( ;ω;)「!?」

 

訂正、かなり辛辣なものだった。思わず視界が水分で滲む。

 

……この戦闘種族と言って相応しい程攻撃性を持つ少女の名前はツン。……ツン=ドゥ……ドレ……ドロ……ツンドラ? ともかく、ツンである。華奢なお嬢様みたいに見えるのは外見ばかりで、中身はそれと反比例している事で有名だ。金色の縦ロールも最早ドリルにしか見えない。

 

ショックを受け落ち込んで居ると、哀愁ただようその肩に、ぽん、と優しく手が乗せられた。

 

(´・ω・`)「くじけないでねブーン。僕がついてるから」

 

( ;ω;)「うぅ……ありがとう。ショボンは優しいお……」

 

慈愛に満ちた彼の名前はショボン。なんでも寒冷地系日系人だとか言う話だが、良く知らない。彼もショボくれた顔に反して体力面で優れているのだが、こちらはなんと素晴らしい事に性格が温厚で礼儀正しい。

気のいい性格のお陰で、やたらと男の友人が出来やすい質なのだが――

 

(*´・ω・`)「……それにしても、ブーンの肩って柔らかいよね……揉みがいもあってとても心地いいよ」

 

(;^ω^)「うぇぇ? ちょっ……くっつき過ぎだお……?」

 

……時折、スキンシップの一線を超えそうになる事がある。事実、彼を変な慕い方をする奴も居るので変な噂は絶えない。それでも良い奴だから、気に入っているのは間違い無い。……間違い無いが、あくまで"友人として"である。

 

(;^ω^)「と、ともかく、今日は天気も良いし、身体も軽く感じるお。 なんだか今日は良い事が起きそうな気がするおー!」

 

ξ*゚⊿゚)ξ「じゃあ、良い事あった分、私に何か奢りなさいよブーン」

 

( ^ω^)「……今、未来と財布が絶望に染まったお」

 

(´・ω・`)「身体が軽いのは鞄忘れてるからじゃない?」

 

なんだかんだ和気藹々。どうでも良い話をしながら学校へと登校する。何気ない日常と言えばそこまでだけど、他人と……特に親しい友人達と会話する時間がたまらなく好きなのだ。

こうして一介の高校二年生内藤ホライゾンの連休明けの一日は、特別な事も起きず只々平和に、穏便に始まるのだった――

 

 

――ってあれ……何か気になる言葉が聞こえた気がする。

 

( ^ω^)「ショボン。えーとごめん。さっきの台詞もう一回言って欲しいお」

 

僅かに残った希望にかけたtake2。

 

(´・ω・`)「身体が軽いのは鞄忘れてるからじゃない?」

 

( ^ω^)

 

――だがやはり未来は絶望色だった。

 

Σ(;^ω^)「おおおおおおおおおお!? ホントに手ぶら!?」

 

ペタペタと体の至る所を叩いてはみるものの、当然服の感触のみが帰ってくる。

そもそも叩かねば分からないほど小さい鞄ではないのだが、既に冷静さを欠いている内藤にはそれすら分からなかった。

 

(;´・ω・`)「まず落ち着きなよブーン。焦って行動すると状況は悪くなるよ?」

 

(;^ω^)「そそそそっその通りだお。深呼吸。深呼吸……」

 

深く息を吸い、吐く。たったそれだけの事でも、濁った頭の中がどんどん透明になっていくようだった。

荒れた精神が澄んでいく。

 

( ^ω^)「ふぅ……よく考えたら今日はそんな大した日でも無かったお。ノートは購買で買って、教科書は誰かに見せてもらえれば――」

 

ξ゚⊿゚)「そう言えばブーン。アンタ歴史の課題は提出し終わってたの?」

 

( ^ω^)

 

――折角走ってきた道が無駄であったと知った時、それはなけなしの資金で買った漫画がダブりだった時と同じ絶望である。by内藤ホライゾン。

 

 

 

 

 

 

 

タッタッタッと、リズミカルに地面を蹴る音が続く。

内藤は走っていた。別に走らないと友人が処刑されるからなんて理由からではない。100%己の為である。

そもそも、見返りなしに命をかけて身代わりになってくれそうな友人が居なさそうな部分は、あまり考えないでおくことにした。

 

チラリ、と残り時間を確認すると予想よりもタイムは悪い。

 

(;^ω^)「マズイお……このペースじゃ間に合いそうに無いお!」

 

半分までの道のりを余分に一往復すると言うことは、最終的に普段の二倍の距離と同じだ。このまま真っ当な道のりを順調に行ったとしても遅刻する未来は確実。

非情な現実を受け止めると一旦急くのを止め、近くの塀に手を付いて荒れた息を整え始めた。

 

(;^ω^)「……緊急事態なら、仕方無いお!」

 

そう、このままでは間に合わない。

 

――真っ当な道のりでは――

 

内藤の視線は、舗装された道路ではなく、もっと高い場所を見据えていた。

 

次の瞬間。内藤は空を駆けた。

……無論比喩表現だが、単なる大げさな例えとも言い切れない。

 

塀・屋根・看板・停車しているトラック――。

トップスピードに乗ったまま器用に体勢と勢いを活かす事で、内藤は本来、道とはとても想定する事のない場所を駆け巡っているのだ。

 

それはまさに、翔ぶが如く。

足から伝わる体重さえ耐えてくれるなら、町中のありとあらゆるものが走る為のフィールド。

 

"フリーランニング"。

 

トレーニング法から派生した競技の一種で、それは例えるならば超高難易度にして超自由形の障害物走。

常識的に足を踏み入れられない非常識なルートを、危険性の高さを顧みずに己の肉体一つで跳ね進むそれは、当然の如く相当の覚悟と運動センスを要する事になる。

――だが、内藤には幸運にもそれに適した才があったらしい。初めは軽い気持ちで始めたトレーニングだったが、今や計画的にブロック単位で半密集構築された町並みは、彼にとって空を駆けるに充分な道だった。

 

まるで見えない翼でも持つかのように自由に飛ぶ内藤。それを見て、町の人々はこう思うのだ。

 

――ああ、なんて事だ。内藤君はまた遅刻しそうなのか、と。

 

(;^ω^)「最短ルートを突っ切れば、理論上は遅刻しないで済む筈だお!」

 

ちなみに先月のこのルートの利用回数は18回。昨年トータルだと3桁である。

 

「内藤君。怪我すんなよー!!」

 

( ^ω^)「ありがとだお! おじいちゃん!」

 

今しがた足場にさせてもらった屋根の持ち主へとにこやかに手を振りつつ、最後の大ジャンプによるショートカット。少し離れた木の太い幹を蹴って衝撃を逃しながら、流れるように地面に着地する。

正々堂々と走ってツンの所へと向かった時の半分以下の時間で、内藤は寮の裏側へと到着していた。

 

体についた細かいゴミを払いながら自室の窓が見える所まで回りこむと、携帯で同居人へと電話をかける。が、僅か2~3コールした頃、通話が繋がるよりも先に見上げていた窓が、ガラリと音を立てて開いた。

 

('A`)「コイツだろ? ブーン」

 

ぽい、と無造作に投げられた学校指定の合成皮製肩がけ鞄。それは内藤の忘れ物に間違い無かった。

同じく無造作に受け止めると、肩へと素早くかける。

 

( ^ω^)b

 

d('A`)

 

長年培った友人関係には、時に言葉さえも不要――。

お互い無言のまま突き立てた親指が、綺麗にシンクロしていた。

 

ともかくこれで目的の半分は達成したような物だ。

内藤は引き続き、常人は通らないある意味では専用の道無き道を行く。

 

方向によって少々異なるルートを選び軽やかに跳ぶ事、僅か数分。アイテムを回収してからもうすでに通学路の約半分程の地点まで来てしまった。

一応念の為に携帯のデジタル表示を見るが、今度は想像よりも大分時間の余裕が出来ている。

 

(;^ω^)「……少し疲れたお」

 

するり、と無人の一階建て平屋から降りると、今度は普通に歩き始めた。

確かにこの速さを持続させられる事が出来れば、まぁなんとかギリギリでもツン達に追いつけるだろう。

だがフリーランニングは、瞬間的にルートを選択し、正確な重心移動を行い、一つ一つの衝撃を最小限へと収めるだけの集中力が必要。つまりは結構しんどい移動法なのだ。

移動特化の内藤ホライゾン式フリーランニングも同様。スポーツとしての無駄なアクションは無い物の、普通に走るよりはやはりずっと疲れる。

それ故に日常的にやりたくはない……のだが、何故か頻繁に使う機会に恵まれてしまっているのだ。いや全く何故だか。

 

ともかく、このまま歩いて行っても少なくとも遅刻にはならない筈だ。時間には余裕がある。

よく見知った街の小路地を、ゆったりと散歩でもするかのように気楽に進む。

 

( ^ω^)「そういえばここを歩くのも久しぶりだったお」

 

ちょうど古い店が所狭しと立ち並んだこの区画は、昔内藤がちょくちょくお菓子や惣菜等をオヤツ代わりに貰いに来ていた場所だった。怖そうな人程、ぶっきらぼうな優しさを持っていたものだ。

 

だが、今はもう殆ど立退き済みのようで、閉まりっぱなしの年季を感じさせるシャッターは、人の気配すらをも追い返しているようだった。

 

ここにはどこかのお偉いさんが打ち立てた計画によって、どでかいビルが針山の如く立ち並ぶ事に決まっているのだ。現に一部箇所では、既に建築に取り掛かり始めたビルによって、ただでさえ暗く感じる道が、余計に暗さを深めている。まるで商店街という生き物が、徐々に死んでいくかのように。

少し寂しいが、学生の身で出来る事は少ない。大人の都合ならば、大人の世界で決着を付けるべきなんだろう――。

内藤は消え行く思い出を確かめるように、まだ日の当たっている懐かしい店達の面構えを目に焼き付けていく。

 

( ^ω^)「……お?」

 

――だから、一瞬見間違いだと思った。この辺りも風景が少しづつ変化して来ているから、思い違いなんだろうと……。まずはそう思った。

でも、何度見ても初めて見る建物は、変わらず視界の中にあったのだった。

 

( ^ω^)「……香……霖……堂……?」

 

日光に照らされた、味のある木の看板。素直に読めばコウリンドウ、だろうか。~堂ってことは店に違い無いらしい。

やや古臭いイメージを持たせる目新しい店は、人気の無い店々の中で一際目立ちすぎる事無く、さも元々そこに合ったかのように存在している。

店の前には、並べられているとも捨てられているともつかない大小様々のガラクタ達。そしてその中でも一際大きな信楽焼の狸が、ガードマンの如く店の前に鎮座している。

この乱雑さは今で言うリサイクルショップだろうか。昔ながらの呼び方ならば骨董品屋……。そもそも店ごと丸々骨董品のような物だが。

 

――時間には多少余裕があるし、少し中を見てみよう。

そう思った時には既に、不思議な魅力に導かれるまま、その扉へと手をかけていた。

 

( ^ω^)「……どうもー」

 

場所がやはり悪いのか、それとも内装が悪いのか……日中でありながら店内は少々薄暗かった。焼き付いた日光の性で少し見えにくいくらいに。

特に意味もなく、声を発してみたが店員らしい人は見当たらず、返ってきたのは自分が踏みつけた床の軋む音だけだった。

長い時間を得てきたかのような埃臭さが、動きを追うようにして鼻腔を埋めていく。

 

(*^ω^)「……こりゃすごいお」

 

やがて、太陽の照る屋外との光量の差にも目が慣れてくる。

その時、テレビでしか見たことのないような古い古い薄汚れた骨董品達が、店内のそこかしらを埋め尽くしている事に、やっと気がついた。

時代の流れを刻んできた、過去からの品々達。――かと思えば、ついさっき仕入れたばかりのような艶を持つ見慣れないアイテムまである。まるで古今東西、和洋折衷見境なく何かの目的でコレクションでもしているかのようだった。

どちらにしても現代っ子の探究心をくすぐるには充分過ぎる珍品ばかりだ。

しばし、店内の床を踏み歩いて行く古い木材の音だけが、静か過ぎる店内に響く。

 

( ^ω^)「――お?」

 

……ふと、そんな静寂に潜む乱雑の中の一つ、木製の棚に無造作に置かれたロザリオらしき物品に目が止まる。自分でも不思議なくらい自然に。

白色系の淡く清らかな輝きの中に、どこか鋭さを感じさせる金属光。そのボディに結ばれた紅いヴィンテージ風なリボンが、妙に違和感を感じさせながらも同調していた。

飾りとしていくつも埋め込まれている黒い宝石は、どこか人の手に余る"特異さ"のような物を思わせる。

 

そう、それはまるで……どこまでも純粋な本当の闇色を映しているかのような。

 

( ^ω^)「――なんだろう、この感覚……」

 

導かれるように伸びる手。

ロザリオ……いや、それに篭められた、暗い――昏い魅力へと。

やがて、内藤の指がゆっくりとロザリオに――

 

「それが気に入ったのかい?」

 

――触れようとしたその瞬間、背後から聞こえてきた声に驚き思わず振り返る。

だが、それと同時に慌てて引っ込めた手が、別の何かに当たった。

 

(;^ω^)「お? おお!?」

 

硬くてそこそこ質量のありそうな感触。

咄嗟に何かを落とした事を理解した内藤は、しゃがみ込むように体を縮めつつ、体を捻って再反転。

 

(;゜ω゜)「あ、あぶな……かったぁ!」

 

落下途中だった"それ"を間一髪受け止める事に成功した。

幸いにも壊さないで済んだようだが、その代償として背骨と腰が少しだけ鈍い音を立てた。

 

「見るのは構わないが、壊さないでくれよ?」

 

(;^ω^)「ご、ごめんなさいですお……」

 

微妙に痛む背骨のラインを気遣うように静々と立ち上がると、きちんと謝るべく再び声の方へと振り向き直す。

そこに居たのは、少し変わった和服ベースの制服? か何かを身にまとった、白髪のメガネお兄さんだった。

クイッと位置を直されたメガネが、外光を反射して光る。

 

「突然声をかけて驚かせてしまったようだね。こちらも読書に夢中になりすぎて、接客が疎かになっていた。すまない」

 

(;^ω^)「いえ、こちらこそなんだか、周りが見えてなかったみたいで……本当にごめんなさいですお」

 

ワタワタと身振りを加えた全身全霊の申し訳ないですアピール。その度に床が軋む。

こんな床鳴りが激しい店内で、背後から近づく気配に気が付けないなんて、自分でも訳がわからないくらい見入っていたようだ。

 

我に帰った事で、改めて巡らせた視線。

すると先ほど前を通り過ぎた時は、物が溢れかえっているだけの物置テーブルだとばかり思っていた箇所が、カウンターらしき様子を匂わせている事に気がついた。

こちらのお兄さんも、すぐ目の前を通ったと言うのに気が付かなかったくらいなのだから、相当な本好きなのだろう。……えーと確かそんな本好きを表す横文字名称が合った筈だ。確か……ペ……ペドフィリア?

 

「それはともかく、だ。気に入ったのなら好きな物一つ持って行って構わないよ」

 

( ^ω^)「え?」

 

そこで初めて、自分がまだ道具を持っていた事を改めて認識した。

両手に収まっているそれはどうやら、古いカメラらしい。手に馴染む程使い込まれて居るようで、握りやすいと言えば握りやすい。

……少し高価そうなので本当に落とさなくて良かった。

 

だが今はそれよりも、店員さんの発言の方が気になる。

 

(;^ω^)「えーと、持って行っていいって? ちゃんとお金払わなくて良いんですかお? ……とは言ってもあんまり持ってないけれど……」

 

「何、気にする必要は無いさ」

 

――代金は別の顧客がまとめて払ってくれる手筈だから、と嬉しそうに話すお兄さんの眼。それが光の加減なのか、一瞬金色に光ったように見えた。人類には珍し過ぎるその色合いは、カラーコンタクトレンズとかいうヤツのお陰だろうか。

こうしてみると……白髪とも銀髪ともとれる髪に、知性と少しの人外っぽさを感じさせる顔つきは、所謂イケメンさんの枠に足りるレベルだ。こういう感じがモテるのかと、脳内で自分に置き換えてみたが、あまりにも似合わないので考えるのを辞めた。

 

ともかく、頂けるというのなら折角の機会に違いない。さっきのアクセサリーを一ついただくことにしよう。

 

( ^ω^)「あー……それならこれじゃ無くて――」

 

その時、会話を遮るかのように、店内に置かれた大きな柱時計が鳴り出した。

 

ボーン――ボーン――。と、特有のゆったりとした調子で刻まれていくクラシックな音色の調子。それはまだ若い内藤にさえ懐かしさを感じさせるものだった。自然と音に釣られて文字盤に目が行く。

 

( ^ω^)「……8時?」

 

いや、待て少し時間がおかしい。

なんだかんだショートカットルートを進み、その後少し長く店内に居てしまったのを考えると……そろそろ8時20分くらいにはなっているはずだ。なのに、20分も余裕があると言うのはどういう事なんだ。そもそも最後に時間を見た時、8時前だっただろうか?

 

そんな疑問を含んだ視線に気がついたのか、インドア派っぽいイケメン店員さんは、落ち着いたフォローをくれた。

 

「ああ、その時計。まだ調整前でね……大体30分くらい遅れてるんだ」

 

( ^ω^)「ああ道理でー。それなら計算が合いま――……えっ?」

 

大きなのっぽの古時計は、懐かしさや時刻だけでなく衝撃までも、もたらせてくれる逸品でした。

 

 

 

 

(; ω )「うう、結局遅刻したし……。提出した課題も間違いだらけだと指摘されるし……。今日は人生最悪の日だったお……」

 

本日の全授業は終わり、部活動に励む生徒の姿も無くなった頃、内藤はとある教室の清掃に励んでいた。

"総合社会科目用教育資料保管室"とかなんとか仰々しい名称の付いたこの部屋は、つまりの所ただの教材用倉庫だ。

遅刻と課題の不備の連携技を華麗に決めた内藤は、歴史の教師である担任の横暴によって――もとい、教育的指導によって掃除を命じられていたのである。

勿論強大なミッションを前にして、内藤は信頼出来る仲間達へと応援を頼んだのだったが――

 

ξ#゚⊿゚)ξ『だから起こしに行ってあげたのに……バッカじゃないの?』

 

(´・ω・`)『密室で二人の共同作業ってシチュエーションは嬉しいけど、予定あるから……ごめんね?』

 

――と、あっけなく断られてしまった。まったく素晴らしい友人達である。

その他、声をかけられるくらい友好度が溜まっている人達にも片っ端から声をかけては見たものの……。"内藤の貧乏くじはいつもの事だ"と話のネタを提供して楽しませただけだった。

お陰で、こうして遅い時間まで1人黙々と掃除をしているのだ。

 

(;^ω^)「――っと、まぁこんな所でいいかお……」

 

作業の最後に、どかしておいた無駄にでかい地球儀を元の位置に戻す。後はロッカーに用具を片付けて、報告をすれば帰れる筈だ。

積もった埃を取り払っただけだが、それだけで蛍光灯に照らされる室内全体が見違えた気がするくらいの出来栄えだった。

片付けは苦手だが、掃除は嫌いじゃない。

額に光る汗を袖で拭い、深く息を吐いた途端、自分の体の疲労感に気がつく。

――そういえばそろそろ腹も減ってきた。

部屋の電気を消すと、さっさと帰るべく報告を済ませに行くことにした。

 

 

『掃除終わったら帰って良し。先生は先に帰ります。帰りは裏口から出る事』

 

 

普段、友人達と馬鹿話をしつつ勉学に励んでいるいつもの教室――。

その2―Aクラスで内藤を待ってくれていたのは、仕事をしていた筈の担任ではなく、そんな内容が書かれた一枚のわら半紙だった。

 

(#^ω^)

 

やり場のない怒りに従い、わら半紙をくしゃりと握りしめる。

教卓に落書きでもしておいてやろうかとちょっと考えたが、そんな事をした所で明日の放課後の予定がまた"自発的な愛校作業"とやらで埋まるだけだ。

すっかり丸く固められた紙に、胸の内のもやもやを籠めてゴミ箱に放り投げる。

 

(*^ω^)

 

ガポンッと心地の良い音を立てて上手く入った。少し気分が良くなった。我ながら単純だが、これで良いのだ。

 

ともかく帰ろう。

それで、馴染みの洋菓子店にちょっと寄り道して、頑張った自分へのご褒美に"すいーつ"を買って行こう。

……ドクオからも何か頼まれてた気がするが、そっちはもう覚えてない事にしよう。

 

置いていた鞄を肩に、内藤は教室を後にする。

 

 

 

"人類の技術限界の挑戦と、次世代を担う人材の育成をする場の象徴となる"

 

生徒手帳にも記載されている目標だかポリシーだかCMだか良く分からないこの学校施設の謳い文句である。

 

フルオートマチック化を主眼に置き、各種設備のコントロールとセキュリティはコンピュータ制御。

機能性にも力を注ぎ、広い敷地内に専門学習に特化した棟別の施設配備。

人工物による無機質感を軽減するのに、林まで備え付けてあるという豪華さ。

ここまでが、我が高等学校が誇る"到達点"だ。

 

しかし、予想以上に工費が掛かりすぎて予定している設備環境目標にはまだまだ足りていないらしい。

一体どこまで行くつもりか知らないが、半端な資金のお陰で実装された設備も、色々とずさんだったりするとかしないとか。

ぶっちゃけた話、出入口や窓が自動開閉する機能くらいしか、未来感もハイテクな感じもしやしない。他は普通の学校となんら変わらないのだ。

資金削減として監視カメラで四六時中見張られているようなシステムが実現して無いのはありがたい事だが。

 

更に資金不足の弊害として人件費も削減しているらしく、教員や用務員の皆様方は残業や夜間勤務等を滅多にしない。

部活動はこれまた専用の設備が別敷地にあるので、熱心な生徒やら先生もこっちの校舎には残らない。実質日没近くに校舎に残っている者は居ないのだ。

でもそれはそれ。一応のセキュリティ設備に守られているとしても、だからといって生徒1人残して帰ってしまう担任は如何な物だろうか。

おかげ様でこうして面倒事が増えている。

 

( ^ω^)「何が嫌ってやっぱり見回りしていくのが面倒だお……」

 

目視で鍵の施錠具合を確認しながら校舎の二階部分を練り歩いていく。

 

――誰もが嫌がる面倒事。それはこの見回りだ。

とは言え見回りと言っても大層な事をするわけじゃない。

ある程度の時間を過ぎると、開けっ放しの窓や扉は自動で閉じ、更に鍵まで閉まるのだ。素晴らしきマシンパワー。

だが、オートだとは言え目視の確認は必要なので、最後に学校を出る者がそれを担うのだ。素晴らしきマンパワー。

ともかく、見回りと言う名の儀式地味た最終確認だ。

 

( ^ω^)「ハイテク警備ロボみたいなのあれば少しは楽かもしれんお……」

 

ああでも、それ買うと掃除機が配備されないのか。じゃあ仕方無い。諦めよう。

 

そんな事を考えながら、ベタベタと貼られた掲示物が目立つ廊下を抜けると、その先で開けた空間が出迎えてくれた。

鉄筋コンクリートの丈夫そうな壁に囲まれていた通路と違い、今度の空間はいかにも見た目を重視した全面特殊遮光ガラス張りの広い空間。

この空間で光を透過しないのは、綺麗なパネル張りの白い床。そして天井の金属フレームぐらいの物だ。上層階も存在しないので見上げれば空も見える。

各棟をつなぐ通路でありながら、生徒の憩いの場としても設計されている素敵空間。

確かに眺めの良さと居心地の良さ、そして備え付けのベンチもある事から、ここで早めの昼食を摂ったり微睡みの中読書をしたりと、生徒にとって無くてはならない場所になっている。

 

(*^ω^)「お、誰かここでカレーパン食ってたお」

 

どことなく香ってくる(気がする)お弁当の残り香を嗅ぎながら視線を巡らせていると、暗いオレンジ色に染まった透明な壁を通して、無駄に広いグラウンドがよく見えた。

そこそこに綺麗に整備された、一面に広がる淡黄色。

……単純な色に染まっていたからこそ、グラウンドの端。ふと、誰かが立っている情景が目に留まった。

 

( ^ω^)「……お? まだ学校に残ってる人がいたのかお?」

 

こちらのグラウンドを授業外で使う人はそう居ない。もっと広いグラウンドが別にあるからだ。

自分と同じように居残りでもさせられていたのだろうか? 

それにしては私服らしき格好で、何をする訳でもなくただ佇んでいるだけという所に、少し違和感を感じた。

 

『――ねぇ知ってる? 最近噂のオカルト――』

 

ふと、日中クラスメイトが口にしていた話が脳裏をよぎる。

 

『――最近新発見された街の七不思議の一つなんだけど、フードを被った子が夜な夜な街を彷徨うんだってー。それで運悪く出会っちゃった人は――』

 

(;^ω^)「……!」

 

ぞわり、と背中が冷たくなった。

そういえばグラウンドの謎の人物の顔は、フードの影に覆われきっている。

……その話の続きは何だっただろうか。運悪く出会うと、どうなってしまうのだろうか。

 

(;^ω^)「……真偽は気になるところだけど、さっさと帰ることにするお……」

 

心のどこかで探究心がそそられては居るものの、同じくらい未知への恐怖が渦巻いている。

視線は不審人物に釘付けのままだが、足は自然にその場を離れようと動いていた。

 

――だがそれが、まずかった。

 

Σ(; ω )「オウフッ!?」

 

ボディーの正面と、顔の横あたりを中心とした突然の衝撃。

思わぬアクシデントに、体のバランスが崩れた。

続いて、ドサバラガシャ、という鞄の中身が散らばる音が足元から聞こえてきた。

なんて事だ。ビビりすぎて柱にでもぶつかったのだろうか。……何にせよ、誰にもこんな恥ずかしい場面見られなくて良かっ――

 

爪'ー`)「おっと、大丈夫かい?」

 

Σ(;^ω^)「――え、ちょあっ……ごめんなさいですお!」

 

……なんて事だ。誰かにドジな所見られなくて良かったテヘヘッ☆ なんてどころの話じゃない。ぶつかったのがそもそも物言わぬ無機物ではなく、人間だったとは。

リアルタイム視聴どころか、視聴者参加型生ライブである。

 

爪'ー`)「……いや、こっちこそボーっとしてたからさ。鞄の中身、悪い事したな」

 

見た感じ同世代らしい目の前の男は、そう言って散らばってしまった文具を拾い集め始めてくれた。

染められた長めの山吹色の髪に、自信家な顔立ちをした見慣れぬ男だったが、着崩しまくった制服のデザインには見覚えがある。一応は同じ学校の生徒のようだ。

まぁ、この学校はマンモス校と呼ばれるだけあって生徒数もそれなりに多い。まだ見たことのない生徒の1人や2人や4、50人位当然居るだろう。

 

(;^ω^)「いえいえいえ、こちらこそ慌ててたから……」

 

ともかく交流が無いからといって、拾わせるのは申し訳無い。慌ててこちらも事故の後始末を始める。

そういえば奇遇な事に、視界の端に映る彼の横顔もやたらと男前だ。……今日はイケメンにやたら会う日なんだろうか。性別が逆だったなら、ざぞかし喜ばしい日になっただろう。

 

( ^ω^)「……お?」

 

バラバラになったプリントの束を片っ端からかき集めていた時だった。拾い上げようとした紙面裏側で、小さな金属音と共に手に何か堅い物がふれた。

白い紙の合間から覗く、金色の反射光。どうやら少し大きめのアクセサリーのようだ。

チェーンの先に括りつけられた豪奢なプレートが目を引くネックレス型アクセサリー……それを何気なく手に取る。

 

(;^ω^)「……?」

 

触れた瞬間、肌が妙にピリ付いた。静電気とはまた違う刺激に少し戸惑ったが、結局ネックレスの方への好奇心が勝った。

プレート部分に施された細かい細工。内部に何か紙のような布のような何かを挟んでいるのが、飾り細工の隙間から伺い見える。

オシャレにやや疎い内藤にも、不思議とこのアクセサリーの特異さと技術の凄さが伝わる出来の良さだった。

 

( ^ω^)(おっと、多分これはこの人のだお。早く返さなきゃ――)

 

思わず見惚れてしまって居たが、長々と持ち続ける訳にも行かない。そろそろ返そうと男の方へと顔を向ける。

 

爪'ー`)「……」

 

だが男もまた、何かに意識を向けている最中の様だった。

その視線の先、彼の手に握られている物はどうやらカメラらしい。……それも、どこかで見覚えがあるカメラだ。

 

(;^ω^)「あ、それ……!」

 

爪'ー`)「……ん? ああ悪い。君のだな」

 

自然にカメラを手渡され、こちらも慌てて思い出したようにアクセサリーを引き渡す。

お互い持ち主の手へと戻っていったアイテム達。最も、こちらのカメラは間違って持ってきただけに過ぎないので、まだ持ち主では無いのだが。

 

(;^ω^)(間に合うか分からんけど、帰りに返しにいくお……)

 

閉店時間は確認して来て居ないが、済ませるならなるべく早くの方が良い筈だ。これもクーリング・オフと言うのだろうか。

一応簡単に傷が無いか、カメラを大雑把に見てチェックする。

 

爪'ー`)「――なぁ、君には大事な物ってあるかい?」

 

音の無い空間で、唐突なその言葉はやけに響いた。

 

( ^ω^)「え?」

 

質問の意図が読めない。いきなり何の話なのだろう。

疑問符を頭上に浮かべるこちらに構わず、目の前の彼は尚も続ける。

 

爪'ー`)「……大事な物、さ。自分を支えてくれる程重要で、それこそ命と同じくらいの価値を持つ大事な――ね」

 

(;^ω^)「大事な物……?」

 

大事な物? なんだろう。家族の写真が大事だって良くテレビで聞いたりするが、自分にはそんなものは無い。両親が残してくれたのは、この体と名前くらいの物だ。

……他に強いて言うなら、ベットの下の秘蔵の品達(R18指定)だろうか。いや、でもアレに命をかけられるかと聞かれれば当然無理だし、そもそもアレが人目に触れたらこっちの命が削られる。

答えに詰まる様子を楽しむように、男はどこか楽しむような笑みを浮かべる。

 

爪'ー`)「俺の大事な物ってのはさ……コイツだ」

 

軽く掲げられた金細工品が、光を反射しながらチャラリと複雑な音を立てる。不思議な事に、本来の持ち主の手に収まるそれは、自分が持っていた時よりも格別に美しく輝いて見えた。

 

爪'ー`)「コイツは俺にとって最高のラッキーアイテムさ。――退屈な日常は色が変わり、詰まらないその場しのぎの迷いなんて吹っ切れる。……だから、さ――」

 

男の眼が、こちらの顔をまっすぐと見据える。

 

――コイツがあるなら、どんな望みだって勝ち取ってみせる。

 

(;゜ω゜)「――ッ!!」

 

逢魔が時。人と妖の境をあやふやにさせるという死にかけの日光を受けたその瞳の輝きが、根本から変わった。

――それはまるで獣の眼。力を理とする弱肉強食の法の現れ。

目が合った瞬間、底の知れない強者に狙われているかの如き恐怖が、忘れていた本能を刺激するように頭の奥を走り抜けた。

ただ存在して居るだけで、弱者が生きる権利を蹂躙出来る捕食者の存在。

内藤は呼吸すら出来なくなっていた。

 

爪'ー`)「――なんて、な」

 

手に持ったアクセサリーを、無造作にポケットに仕舞う。

長く長く引き伸ばされた時間は、あまりにもアッサリと終わりを迎えた。

彼はさも何事も無かったかのように、床に残った書類を手渡しながら、すでに軽やかな笑顔を浮かべていた。

 

(;^ω^)「お、おー……」

 

気のせいだったのだろうか。今見えてる彼の眼は、普通の色だった。人間らしい、至って普通の……眼差し。

すでになんの重圧も感じさせやしない。

 

爪'ー`)「……ま、君もさっさと帰りなよ。夜は良い事ばかりじゃない」

 

今まで世間話でもしていたかのように彼はそう告げると、そのままスタスタと踵を返して去って行ってしまった。

一体何を伝えるつもりだったのか――、その答えをよこさないまま。

後に1人残された内藤の心臓が、遅れて鼓動を戻していく。

 

(;^ω^)「……変わり者が多い学校だお……」

 

一般解だと内藤もその範疇なのだが、内藤自身がそれを知るのはかなり後の事である。

 

 

 

 

( ^ω^)「あらら、もうこんな時間かおー」

 

あの後、施錠確認を任されていたことをしっかり覚えていた内藤は、律儀に校舎内の施錠を全て確認して回っていた。

ぶっちゃけた話、そこまで重要性が高い事でも無いのだがそれでも頼まれごとは頼まれごとである。一方的とは言え無視するのは気が進まない。

 

『――ま、さっさと帰りなよ』

 

おそらく今日初めて出会っただろう初見の生徒。ちょっと妙な奴だったが、別段それ自体は不思議じゃない。でも、彼の発言が心の何処かに引っかかり続けた。

素直に従うべきかどうか少し迷ったが、結局確認作業を優先することにした。テキパキと済ませれば日没前には帰れるだろうと、そう判断したからこそだ。

 

……ところがである。

無駄に広いグラウンドと同じように無駄に広い校舎。寄り道せずに流れ作業で施錠確認していった筈なのだが、日が暮れる方が作業終了よりも早かったようだ。お日様は教師たちと同じように無駄な残業はしない主義らしい。

定時退社しかかった太陽の光はすでに、大地を直接照らしては居ない。その役目を引き継ぐかのように、夜勤担当の丸い月光が空で目立ち始めていた。

柔らかな光を体に浴びながら、最上階の施錠確認はもういっそ妥協しても大丈夫じゃ無いかなと、内藤は迷い始めた。

 

――そんな時だった。

 

「――ふぇぇん――」

 

( ^ω^)「……お? もしかして校舎に誰か残ってたのかお?」

 

ふと、ぼんやりと小さく聞こえてきた声。良く聞こうと足が止まる。

 

ついでに何だかデジャヴを感じる自分の台詞に、今まで忘れていたフード怪人の噂が再び思い起こされた。

だが、フードの人が泣いて人を寄せるタイプとは言っていなかった筈。……そもそもフード被っているだけで怪人扱いなら、フードが大流行した暁には、とてつもなく巨大な謎の組織の完成である。

所詮は噂。蓋を開けてしまえばそんな物だ。そんな事よりも、今は声の主のが気にかかる。

 

「――えーん……うええ……」

 

居る。確かに聞こえる。

どうやら幼い女の子の泣き声のようだ。きっと迷い込んでしまったのだろう。まぁ巨大な学校が魅力的な探検場所に見えてしまうその気持ち、分からないでもない。

 

( ^ω^)「とりあえず、早く見つけて家に返してあげないと……」

 

結局世の中、奇々怪々なんてそうあるもんじゃないのだ。

日常の安定感を確信しつつ、その一方で何処か虚しさとつまらなさを感じながらも、湧いてきた使命感に従って行動を始める。

再び薄暗くなってきた校舎内を照らす為の武器は、携帯端末のライトと緑の非常灯。そして月光のみだ。

 

ペターン――ペターン――

 

ワックスが重ねられた床材と靴がぶつかる。その度にやや気の抜けた足音が歩みの先へと飛んでいく。

思えばこんな時間まで学校に残ったのは始めてだった。最後の見回り役自体は何度か担ったが、誰かと一緒だったり、他の場所に居た人に引き継ぎしていたりと、一人で完遂したことはない。

この夜の学校で、現時点の責任者は自分独り。そう考えると、やはり少し怖い気もしてきた。

 

(;^ω^)「おーい……誰か居るなら早く帰るおー」

 

色々あって疲れも出てきているので、少しでも早く済ませようと声をかける。……が、返事は帰って来ない。

それどころか、すでに泣き声自体も止んでしまっている。

 

……もしかして、疲れのせいで聞こえてきた幻聴だったのかもしれない。

なんせ夕日が当たった人の目を、獣の眼だか何かに見間違えるくらいだ。重い病気のサインだったらどうしよう。

やはり、ここは素直に帰ろうかと考え始めた時だった。

 

「ふぇぇん……ひっく……ひっく……」

 

Σ(;^ω^)「ひゃあおうっ!?」

 

校舎三階。そこへ登る階段を進み、廊下へと続く曲がり角の先。

存在を疑い始めていた声の主は簡単に見つかった。

思わず変な声を出してしまったことを一瞬だけ恥ずかしく思ったが、すぐに冷静さを繕い直す。

なんてことはない。落ち着いて見れば、そこにあるのは年の頃小学生くらいの少女の姿だった。

 

「ううううー……」

 

携帯の心もとない明かりでもハッキリ分かる、天然の金髪さん。

白いシャツと黒の上着とスカートが、その月明かりのような色をより引き立たせていた。

こちらに小さな背を向けたまま泣く少女の髪に付いた赤いリボンが、しゃくり上げる度に小刻みに揺れているのが中々可愛らしい。

 

(;^ω^)「あー……なんでこんな所に入り込んじゃったのかわからないけど、泣いてないで早く帰るおー?」

 

きっと心細さに泣いているのだろうと、少女を余計に不安にさせてしまわないように、ゆっくりと話かけてみた。

もしかして学校関係者の誰かの身内なんだろうか。だとしたら酷い話である。

 

「お腹が……空いたのー……」

 

ふんわりもちもちっとした話し方(自称)が功を奏したのか、少女はしゃくり上げながら反応を返してくれた。

顔は伏せたままで伺い知れないが、とりあえず警戒はされていないようだ。

敵意を持たれたらどうしようかと思ったけれどちょっと安心である。

 

(;^ω^)「うーん……今月ピンチだけど……、仕方無い。外に出たらお菓子買ってあげるから、見回り終わるまで一緒に来てくれないかお?」

 

「……本当? わー、ありがとぉー」

 

発言だけ見れば完全に誘拐犯のそれだと、言った後に気がつく。

極自然に、警官隊が部屋へと踏み込んでくるイメージが脳裏に浮かんだ。

――ち、違うんですお巡りさん! 僕はただ年端もいかない少女をお菓子で気を引こうとしてただけで――!

 

「……ねぇー早く食べたいんだけどー」

 

想像世界内で手錠がかかった辺りで、暗がりからこちらを見つめる少女の声に呼び戻された。

こちらの人生が大きな分岐点に立たされていることも知らず、すっかり少女は元気を取り戻してくれたようだ。

続いてちょろちょろと、周りを駆けまわり始める。

 

(;^ω^)「あんまり走ると、転んで怪我するおー」

 

しかし本当にこの子の家族は一体何を考えているのだろうか。こんな時間に学校へ置いてけぼりだなんて……親・もしくは兄弟の顔が見たいものである。

 

――あれ、こんな時間――? 

 

月の灯りしか光の存在しない暗がりの中、内藤の足が徐々に止まる。

疑問……いや、違和感が強くなってきている頭の中を整理する為だ。

 

……そう、時刻はそろそろ夕飯時の筈だ。遅い早いの差はあるが、置き去りにしたにしてもとっくに気がついている筈じゃないだろうか? 

そもそも、この学校はオートロックのお陰でこのくらいの時間には外から侵入出来なくなっている筈である。

その前に入ったのだとしても、こんな時間まで誰にも気が付かれずに過ごせるものだろうか?

第一、この子の駆けまわる足音を見回りの最中聞いた覚えがあっただろうか?

 

 

――いや、そんな事よりも真っ先に何故――

 

 

「うー…… もうそろそろ我慢の限界だし、良いよねー」

 

少女の声が背後から聞こえてくる。

刺すような、睨めつけるような視線に、内藤はゆっくりと振り返る。

 

――何故、この少女の事を人間だと疑わなかった――?

 

月光によって生み出された夜闇。

その中で静かに嗤う少女のその眼は、狩る側の者である事を象徴するかのように、濃くて昏い人外の赤に染まりきっていた。

 

 

「――ねぇ、貴方は食べられる人類?」

 

(;゜ω゜)「――う、うわあああああああああ!?」

 

――そして闇を彩る絶叫が、世界を変質させる。

 

 

 

 

走る。走る。ただひたすらに、走る。

 

創作の中でしかあり得ないのだと思っていた風景が、今はもう世界で最も身近な場所だ。

 

前に道なんて見えやしない。

行く先に僅かに灯るのは非常灯の心もとない道標のみ。

だが、今は脱出への光であるその光さえも、まるであの世への道標のように思えて来てしまう。

だから、何も考えないようにして走ることに全力を向ける。そうしないと、狂ってしまいそうだったから。

 

「――もっと逃げないと捕まえちゃうよー?」

 

背後に広がる闇は、どこまでも楽しそうに嘲笑う。

その闇は、少女の姿をして宙に浮いているのだ。両手を横に広げ、まるで十字架のような影を形取って。

 

……少女の底知れぬ危険性に気がついたあの瞬間。確かに見た。

人間ではない事を表す、鋭い牙。そしてあの紅い眼の奥底に渦巻く闇を。

震えてる時間すら無かった。

次の瞬間には闇が……非日常で非現実的な闇その物が、まるで意思を持つかのように現実の空間を蝕み始めていたのだから。

その時は何とか、黒色に染め替えられていく風景の隙間から、ギリギリ逃げ出すことが出来た。

だが、それは――"狩り"の始まりに過ぎなかったのだ。

 

走る。走る。ただ無心に、走る。

道を照らして居た月は、雲に覆われもう届かない。

 

追う人外。追われる人間。

捕まれば終わりの一回限りの鬼ごっこだからこそ、渾身の力で走り続ける。

走ることは得意だった。他人の来れない道を行くのはもっと自信があった。

 

――それなのに、あの声の距離はちっとも変わりやしない。

 

(;^ω^)(逃げ切れない……!? もっと――もっとスピードを!)

 

心で渇望するものの、とうに全力中の全力。

人間の身で出せる限界がどれだけ矮小な物だったのかを、内藤は体で思い知らされていた。

終わりの見えないワンサイドゲーム。

……だが、それでも状況は変化し続けていた。

 

(;^ω^)「あれは……!」

 

見えてきたのは分岐点。直進の廊下と、階段の交わる選択肢。

ここは迷わず階段を選ぶ。少しでも出口に近くへ――そうすれば、脱出も近づくのだから。

追いつかれない為に速度をなるべく緩めずに、内藤は自慢の走力をアテに、段差を飛び降りた。

 

1,2,3,4段を一気に。

5,6,7,8段を一息に。

 

だが、無茶をしたツケは飛び越せなかった。

無理矢理な方向転換。異常事態によるストレスと混乱。上げればキリの無い原因が、踊り場に着地した足を滑らせる。

 

(;^ω^)「……ぐぅッ!」

 

瞬間的に支えを失う体。

それでもなんとか体勢を持たせようと、階段の手すりへと手を延ばす。が――

 

(; ω )「――!」

 

その手に掴めたのは空気だけ。

重心の崩れた肉体は、残り半分の階下へと吸い込まれていく。

 

鈍い連続音と共に来る鈍い痛み。自らの体重が、そのまま凶器の威力になった。

それでもなんとかある程度、自ら転がることで受け身を取れたのは、日頃のトレーニング故か。あるいは生きる事への渇望か。

勢いが完全に死んだ後、体のどこを痛めたかなんて気を回すよりも先に、再び足は前に進み始めていた。

 

あまり速度は出ない。出せない。

でも立ち止まるなんて出来ない。

ただ前だけを見据えて、這いずるように走り続ける。

 

やっと背後を振り返る気力が出たのは、月光が直接照らす憩いの場。全面ガラス張りのあの通路に来た時だった。

まだどのくらいの猶予があるのか――。直視した事を後悔する可能性を知りながら、内藤は背後へと再び首を回した。

 

(;^ω^)「――あれ、居な……い?」

 

だが、今まで執拗に追いかけていたはずの闇は……人外は、どこにも見あたらなかった。

月明かりでしか照らす物の無い見晴らしの良い空間。見逃す物などありやしない。

――助かったのか? それとも気が付かない内に自分はもう死んでいるのか?

ある種幻想的な空間と非日常的な状況に、そんな事すら不安になってくる。

 

(; ω )「……ぐぅっ……!」

 

その問いに答えるように打撲した膝が遅れて痛んだ。

擦った手からは熱さを感じる。肘の感覚も少しおかしい。

しかしそれらの不快感も裏を返せば、今まだ生きている事の証明だ。その事にほんの少しだが心のどこかで安堵した。

だが、まだ安心しきれない。終わっていないのだ。ヤツの居るこの校舎から出られては無いのだから。

 

治療や証明なら後でいくらでも出来る。

その為には、その"後で"を掴み取らねばならない。

心の奥にから沸き上がる恐怖から眼を逸らすように、内藤は肩にかかる鞄紐を片手で握りしめた。

 

 

 

(;^ω^)「……ついた」

 

数メートル先もハッキリ見えない暗闇の中、自らが鳴らす僅かな物音に怯えながらも突き進むこと幾ばくか。

内藤の視界の中央に、とうとう裏口の扉が見据えられていた。

 

生徒や来校者の為の昇降口や正面玄関、そして正門。――それらとは対称の位置にある、主に小型教材やその他物資搬入用等に使われる一階裏口の一つがここだ。

非常口も兼ねられたこの扉は、各棟に一つづつはある計算になる。滅多に開いた所を見ないが、封鎖はされていない筈だ。

 

見た目はただの頑丈そうな鉄製引き戸。だが普通の引き戸とは格が違う。

外見以上の強固さを誇る軽くて強い素材。外の様子をうっすらと移す曇りガラスもえらく頑丈だ。

しかも、その強固な鈍色の扉を施錠しているのは所謂電子ロック。開閉するには学校関係者である事の証明が必要となる。

だが学校生徒であれば、まず問題無く通れる筈だ。

 

早速内藤は扉の前まで歩むと、慌ただしく懐を探り始めた。

専用席となっている内ポケットから仕舞いっぱなしの生徒手帳を取り出す為だ。

はやる気持ちに突き動かされるまま取り出すと、扉中央に設置された手のひらサイズの認証装置へと、祈るように押し当てた。

 

(;^ω^)「……え、あれ?」

 

反応がない。

もう一度、当て直してみるも結果は同じ。

認証は生徒手帳内部のICチップで行うと聞いていた。もしやそれが壊れたのかとも思ったが、そうそう故障しないとも聞いた記憶がある。

 

方法が悪いのかと強く擦りつけてみる、今度は逆に丁寧に――。

――思いつく限りのパターンを試してみたものの、尽く反応は無い。コミュニケーションを取らない無機質らしく、光一つ発せずただそこに在るだけだった。

 

(;^ω^)「もしかして、本当に故障してるのかお?」

 

その前提が正しいとすれば、機械に疎いかどうかに関わらず、どうしようもない。現代の機械工学と情報工学の結晶だと言うのならば尚更。

システムが、電気が、起動に必要な何かが通っていないのだから動かない。ロックが外れない。

――ならば、扉は開かない。

 

(;^ω^)「このっ……!」

 

もしかしたら、と希望にすがるように引き戸に手をかける。力を入れて一気に引く――が、引けば引くだけ手に掛かった負荷に顔を歪める事になるだけだった。

ほんの少し、一ミリの隙間でも良い。それすらも許さず不動の裏門。

 

外からの不審者を防ぐはずの砦が、今は内部からの脱出を阻んでいる。

ほんの数センチ、たった扉一枚分の隔たり。それだけで校舎の何処かに潜んでいる恐ろしい何かから逃れられないのだ。

脱出への希望だった扉は、今はもう絶望として目の前に立ちはだかっている。

 

反応も感情も無い無機質な扉をもう2、3度強く叩くと、内藤はとうとうその場に力無く崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

ξ゚⊿゚)ξ「……」

 

校舎正門前。塀にもたれかかるようにしながら、ツンは待っていた。

未だ居残り掃除させられている筈の、内藤ホライゾンを――だ。

 

ほぅ、というため息一つ吐くと、軽い暇つぶしのつもりでいじっていた携帯から目を離す。

周囲には盛んな緑化運動によって、学校周辺は自然と点在する街灯ぐらいしか見えない。

いい加減人寂しさを覚えたツンは、門から校舎の方をチラリと見る。

 

ξ゚⊿゚)ξ「……まだ、かなぁ……」

 

視界に映るのは、学校自慢の長い桜並木道だけだった。奥の方に少しだけ見える校舎側から、誰かがやってくる様子は未だ無い。

ここで待ち続けてから五分毎に振り返っているので、もうこの風景には見飽きてきた頃だ。

桜吹雪の一つでもあったのならば少しは気が紛れるかも知れないが、生憎とそんな浪漫も情緒もない。

 

再び携帯に視線を戻す。新しい通信の形跡は……無い。

更にため息一つ。

息は体から抜けていっても、胸のもやもやは抜けていってはくれない。

 

ふと、この光景が昨日観たドラマに似ている事に気がついた。

あれはどんなドラマのシーンだったか。確か……デートの待ち合わせに平然と遅れて来る男を待つ女性の――

 

ξ//⊿/)ξ「――って! これじゃまるで付き合ってるみたいじゃない!」

 

少し考えただけで顔が熱くなってきた。きっと赤くなって来てるのだろう。

周囲に誰も居ないのは分かっていても、なんだか恥ずかしい。思わず空いている方の手で顔を隠してしまう程に。

 

ξ# ⊿ )ξ「あーもうなんか腹立ってきた!」

 

せっかく待ってあげているというのに、いつまでたっても出てこない。連絡もしてこない。

それなのに1人で色々と悶々してなきゃならないこの状況に、だ。

 

顔の下半分を片手で隠したまま、パパっと画面を開く。文面は――

 

ξ#゚⊿゚)ξ「"ブーンのバカ! 間抜け! だらだらしてるミニ豚男!!"」

 

仕上げとして、怒ってる事を示す装飾マークをふんだんに施してから送信。

ブタ男じゃなくミニ豚男にして置いただけ優しいと思ってもらいたい。

 

送信終了と表示されるよりも先に携帯を仕舞うと、その場を後にする。イライラを足音にまで影響させつつだ。が、最後に一度だけ振り向くと――

 

ξ#゚⊿゚)ξ「ばかぁ!」

 

いつもよりどこか暗く見える校舎の中に居るはずの遅刻男に、言霊を吐き捨てて行ったのだった。

 

 

 

(;゜ω゜)「――ツン?」

 

とうとう幻聴が始まったのだろうか。聞き親しんだツンの声が聞こえた気がした。

こんな時間にここに居るわけ無いと言うのに。

だが、そうと頭で分かって居ても、いつの間にか立ち上がって耳を済ませてしまっている自分が居た。

 

――当然、再びその声が聞こえて来たりしない。

 

(; ω )「やっぱり聞き違いかお……」

 

そのまま座る気も置きず、フラフラと近場の窓に寄る。

無駄だと分かっていながら、内藤は窓の鍵を開けようと試みた。

しかし皮肉にも、鍵その物にきちんとセキュリティロックが掛かっている事が確認出来ただけだった。

それならばいっそ窓ガラスを叩き割ってしまおうかとも考えたが、イタズラで割られないように選ばれた丈夫な強化窓ガラス。道具も無しに割れるだろうか?

やってみなければ確実には分からないが――答えはおそらくノーだろう。

 

( ^ω^)「せめて何か道具でもあれば――ってそう言えば!」

 

ポツリとつぶやいた自分の言葉が、誰も居ない壁に反射して耳に帰る。

自分の発した道具というワードを改めて耳にした事で、内藤は自分の携帯端末の存在にやっと気がついた。

現代人にとって無くてはならないツールの一つ。それの存在に今まで気が付かなかった事が不思議である。

早速、内藤はポケットの中を確認し始めた。

 

(;^ω^)「あれ? どこに……?」

 

――だが見当たらない。定位置なんて決めてないので、制服の至る所を探してみるが、やはり見つからない。

鞄の中かと思い、そちらも開いてみる。

しかし携帯は見つからず、代わりに目に入って来たのはカメラの方だった。

気勢を削がれてしまい少々落胆はしたが、お陰でその心の隙間に割入るように今日の出来事がぼんやりと思い起こされてきた。

 

朝、寝坊しかけたけれどいつもの様にツンが起こしに来てくれた事。

遅刻を埋めるために、また独自の道を行った事。

道中で見つけた不思議な店での事。

それから夕焼けの中出会ったあの生徒の事。

そして運悪く遭遇してしまった、あの人外少女の事――。

 

『――ま、さっさと帰りなよ』

 

ああ、まったくその通りだ。そうすべきだったんだ。あれは人生の分岐点だったのかもしれない。

でも仕方無いじゃないか。……まさかこんなバッド・エンドが待ち受けてようとは思いもしなかったのだから。

そもそも何がいけなかった? どこから間違っていた?

 

――止まない後悔。唐突な不条理。その元を作ったのは――何だ?

 

(#゜ω゜)「――! このカメラさえ……!」

 

そう、カメラさえ無ければ……店にさえ寄っていなければ、こんな事にはならなかったのかもしれないのだ。

 

不安を、怒りをぶつけられる対象が見つかった瞬間、その心の中のドロドロとした感情達は内藤の体を衝動のまま走らせた。

無造作に憎しみの根源を掴み、大きく振り上げる。

そのまま堅い壁に投げつけようとして――

 

『――なぁ、君には大事な物ってあるかい?』

 

――不意に思い返した言葉に腕が、止まった。

 

(  ω )「……」

 

手の中のカメラを両手で持ち直す。

大きな傷は無いが、細かい傷が手触りとして感じ取れた。強く握れば握るほど、詳細に。

そっとカメラの輪郭をなぞると、傷の位置が偏っている事さえ分かる。これは――使い込みの跡か?

カメラの元々の持ち主は大切に、それで居て長く使ってきたのだろう。

古道具の癖して大した汚れ一つ無い割に、歴史が刻まれていた。

 

(  ω )「これも……誰かの大事な物だったりするのかお」

 

このカメラで色んな写真撮りながらあちこち旅したのだろうか。それとも、大事な何かの為に使い続けてきたのだろうか。

道具に篭った持ち主の思い出。情熱。哲学――それらがどれだけこの手の中の道具に詰まっているのだろう。

そう考えると、ただの中古カメラが途端に重く感じた。

――八つ当たりなんかで、簡単に壊して良い物じゃない。その答えに辿り着いた瞬間、心の中のモヤモヤはどこかに消え去っていた。

 

自分とは違う"世界"を観てきたカメラ。前の持ち主はどんな思いを籠めてこのシャッターを切っていたのだろう――?

 

( ^ω^)「このカメラの次の持ち主ってのも……悪くないお」

 

この中古のカメラの事が、知りたくなった。

持ち主がどんな人か、知りたくなった。

まだ見ぬ"世界"を、知りたくなった。

 

偶然持ってきてしまっただけの中古カメラは、今や手放すのが惜しい宝物として眼に写っている。

もしかしたら自分よりも年上かもしれないこの宝物片手に、色々な物を見聞きして記録していく。

――そう言う未来も悪くないかもしれない。

 

( ^ω^)「――まだ歩ける。脱出する道はあるお!」

 

何故か心の中から力が湧いてきた気がした。状況は何も変わらない。それでもだ。

手の中には古道具がたった一つ。たったそれだけだが、どんな武器よりも心強い支えになっているのだ。

裏口はまだ幾つかある。道中はまだ危険かもしれないが、何度でも振りきってしまえばいい。

内藤はカメラを首に掛けると、再び脱出の為に、力強く足を踏み出し始めた。

 

――その瞬間だった。

 

内藤がまず感じたのは、触感だった。全身に不可視の膜が叩きつけられたような衝撃。

続いて、音。耳のそばで小さな爆竹を鳴らされたら、同じ音になるだろうか。経験したことの無い鼓膜への刺激。

最後に光。瞬間的に目をつむっていたのだと理解した時には、すでに内藤の体は宙を舞っていた。

 

ほんの少し、刹那的な空中浮遊の後、今度は重力の力で床に叩きつけられる。

カメラを咄嗟に守ろうと抱え込んだお陰で転がるように着地した結果か、思ったよりも体に感じるダメージは少ない。むしろ突然の自体に精神が追い付いていなかった。

 

(; ω )「……ッ! 一体……?」

 

砂埃だか、煙だか分からないモヤが辺りに立ち込め、悪い視界を更に悪くさせている。

耳はまだ少し遠い。肌も痺れたままだ。

ハンマーで殴られた直後のように鈍い頭で、それでも状況を知ろうと務める。

目の前に落ちている大きなスクラップが、元は裏口扉の片方だったのだと気が付いた時にはすでに――

 

「あー……。とりあえず生きてはいやがるな。ちょうどいいぜ」

 

――状況はすでに悪い方向に向かい始めていた。

 

(;゜ω゜)「な……何なんだお!?」

 

頑丈な筈の扉は、片方が吹き飛ばされ、残った片方も大きくひしゃげてしまっている。

その力づくで解き放たれた通り道から、見知らぬ誰かがこちらを見据えていた。

 

「"誰ですかー"じゃなくて"何ですかー"かよ」

 

自己紹介がなってねぇな、と不審者は笑う。

吹き込んだ外気が、視界を少しづつマシにさせていく。

 

「ま、一々自己紹介なんざしてやるつもりはねぇけどな」

 

ゆっくりと近づいてくる不審者。シルエットとして見えるその体格は意外にも小さい。

パーカーのフードを深く被っているようで、視界が良くなってもその表情はうっすらとしか窺い知れない。

小さい体格に似合わない威圧感と相まって、内藤は目の前の不審者に対して大きな恐怖を感じ始めていた。

"逃げなくちゃ"と、やっと体を動かし始めた時にはもう――

 

「――っと、逃さねぇぜ」

 

強く蹴り押すように肩口に一撃。

それだけで重心を再び崩された内藤は廊下に転がされる。

続いてもう一撃。脇腹が痛む。

 

(; ω )「うぐぅ……!」

 

「オレに手間かけさせんな。じゃあ早速だが……ここに居るって事は持ってんだろ?」

 

(;^ω^)「持っているって何の――」

 

「とぼけんじゃねーぞ。"器"だ"器"! こちとら忙しいんでね。悪いことは言わねぇからさっさと出せ」

 

(;^ω^)「うつわ……?」

 

一体何のことだ。器……食器? いや何かの比喩? 価値がありそうな何かの事を指しているようだが、検討が付かない。

もしや何かの事件に巻き込まれているのか?

相手の発言にある違和感を鍵として、必死に記憶の中から答えを探る。が、結局今手持ちにある物で価値がある物と言っても――

 

「――そいつか」

 

内藤の視線が一瞬、未だ手に持ったままのカメラへ写ったのを、フードの不審者は見逃してはくれなかった。

そしてそのまま視線を外さずに、おもむろに何かを懐から取り出しながら、声色を落とす。

 

「お前に拒否権はねぇ……。もう一度だけ言う、そいつを素直に渡せ」

 

(;゜ω゜)「!」

 

目前に突きつけられた八角形の"何か"。

片手で握れるだけのサイズのそれは、材質すら分からない。何に使う物かも分からない。

一見武器には見えないものの、しかし何処か危険な匂いがする。

意思を貫く、力の気配が。

 

(; ω )「わかった……お……」

 

首に掛かった紐を掴み、首から抜く。次に安定するように本体を持ち直すと、まるで捧げるかのようにそのまま抱え上げた。

勿論好きで渡したい訳じゃない。だがここで下手に拒否しようものなら、打ちのめされた後に奪われるだけだろう。それでは状況は変えられない。

真っ向から相手の意思を曲げられるような力なんて、持っていないのだから。

 

「……ま、そういうもんだろうな」

 

(;^ω^)「?」

 

影を濃くするフードのせいで表情は見えないが……ほんの一瞬、不審者が何処か悲しそうに、つまらなさそうにしていたように思えた。

何が相手をそう感じさせたのか、それは分からない。

 

――だが、それは内藤にとって確かなチャンスでもあった。

 

( ゜ω゜)(良く分からんけど、今だお――!)

 

カメラを抱える手と逆、もう一つの手で予め握っていた物。それは、鞄だった。

それを遠投の要領で、不審者目掛けてシンプルにぶつける。

 

「なっ……、テメェ!」

 

開けっ放しだった鞄の中身と鞄自体が、不審者の意識を瞬間的に惹きつける。

それは新しい隙となった。

八角形の武器を弾き飛ばすには充分過ぎる程の。

乱雑に振り払われ、手を離れた凶器は、勢い良く壁に当たる堅い音を立てつつ更に不審者の元から更に離れていく。

 

「……チッ!」

 

不審者は慌ててそれを追いかける。暗がりで視界は悪いがそんな遠くに行った訳では無い。すぐに拾い直すと獲物の方へと振り直す。

 

――が、そこにはもう扉の残骸と散らかった鞄と、その中身しか残っていなかった。

 

「――ふっ……クハハハハハ……!」

 

1人残された不審者が笑う。自棄では無く、心の底から溢れる気持ちがそうさせたのだ。

 

「結構面白ぇヤツだと思わねぇか? "魔理沙"」

 

「全くだ。面倒が増えてくれて退屈しなさそうだぜ」

 

不敵な笑みを浮かべる不審者の隣。そこにいつの間にか立っていた"誰か"。

親しげに、それでいて決意を秘めた瞳を向けている。

 

「――どこまでやれんのか試してやるよ」

 

不審者は、そう誰に言うでもなく呟くと、廊下の奥から駆けていく足音を手がかりに単身追い始める。

その後の空間にはもう誰の気配も無い空間だけが残されていた。

 

 

 

(;^ω^)「予想以上に上手くいったお!」

 

内藤は再び走っていた。暗闇の校舎からの脱出を目指して。

だがさっきと違い、今度は心に大分余裕があった。自分の望む以上の結果を掴み取れた直後だったからだ。

――本当は少しでも怯ませられれば上出来、くらいに考えていた。だが、あの八角形の道具だか武器だかは良く分からない物は相当大事な物だったらしく、怯ませるどころか足止めとして成功してくれたのだ。

 

(;^ω^)「……良く良く考えれば、弾き飛ばすんじゃなくて奪い取っておけばもっと良かったかもしれなかったお」

 

使い方は良く分からないが、脅しに使うと言う事は武器には違い無い筈だ。まぁ今更と言えば今更なのだが。

それに、結構精神的に一杯一杯だった。

……失敗すれば"痛い目"ぐらいじゃ済まなかったかもしれないのだから、良く考えなくても危険な賭けだった筈だ。

 

――ああもう気が抜けた今になって、ようやく足が震えてきた。

 

(;^ω^)「す、少し落ち着くかお……」

 

一旦その場に立ち止まると、膝を軽く叩く。刺激で少し膝のダメージが傷んだが、大したほどでもない。案外、丈夫な身体だったらしい。調子を見るように、今度は少しゆっくりめに歩く。

すると気がつけば、あのホールへと舞い戻って来ていた。……まぁ考えれば当然だ。屋外に出れない限りは校舎内の道は大概ここへ辿り着く造りになっているのだから。

 

シースルーの壁の向こうで、月が輝いている。まばらにある雲が、月の単色の輝きを受け止め淡く色付く。

月光の明るさは日光に比べると、遥かに儚い。しかし、ずっと闇の中に居た人間からすればそんな月光でも気が安らいだ。

 

( ^ω^)「こんな状況じゃなければ、もっとゆっくり見れたのかもしれないお……」

 

正直な所、月見なんて碌にやった経験はない。だが、もし無事に帰れたのならもっと――

 

(;^ω^)「――って弱気になってちゃ脱出できないお」

 

帰れたら、じゃない。帰るのだ。

手に持ったカメラを、力強く握りしめる。レンズが月光を優しく反射する。

物言わぬカメラが、弱気になりかけた心を応援してくれたように思えた。

 

( ^ω^)「……負けてたまるかお!」

 

具体的な脱出案は何もない。体力にも少し不安がある。

だが気力は充分。心さえ折れなきゃきっとなんとかなる――。

内藤がそう、自分を奮い立たせた時だった。

 

( ^ω^)「お?」

 

月が雲に飲み込まれて行く。

周囲を照らす光が段々と弱まり、再び黒色に染まり返っていく。

――この時、咄嗟に動いていれば少しは状況は変わったかもしれない。

だが、内藤は特異な状況を打開したという英雄的行為に酔いすぎていた。慢心していたのだ。

 

だから――

 

「――あはは、捕まえたー」

 

(;゜ω゜)「!?」

 

気づいた時には遅かった。

少しの間隔を開けて取り囲む闇色の帯。所々の隙間からはまだ外界が見えているが、最早脱出するだけの隙間は既に残っていない。

やがて狼狽する内藤の前に現れたのはやはり――

 

「追いかけっこもそろそろ飽きたし、終わりでいいよねー?」

 

――少女の姿をした、あの人外だった。

 

 

 

 

('A`)「おっせーなー……アイツ」

 

ドクオは、握っていたゲームのコントローラを一旦床に置くと、放り放しにしていた携帯端末を手にとる。

着信ゼロ。通知は――スパムとメルマガのみ。

期待していた内藤からの連絡は、未だに無かった。

 

('A`)「なんかあったのか?」

 

着信履歴から内藤ホライゾンを探す。

いや、探すと言う言葉には語弊があるかもしれない。この数ヶ月、履歴は内藤の物のみだ。

 

('A`)「……あー」

 

目的の内藤の番号を表示。だが、通話ボタンを押すのは躊躇う。

……少し迷ったが、結局ドクオはまた携帯を放り投げた。

 

帰り道に寄り道して来るのは良くある事だ。きっとアイツの事だから"頑張った自分へのご褒美"とか何とか暢気な事言って甘い物でも選んでるんだろう。

別に過保護に管理するつもりも無い。

 

気を取り直してゲームを再開しようとコントローラーに手を伸ばしかけて、やっぱり止めた。一日ぶっ続けの連続プレイで流石に飽きてきた所なのだ。このゲームは協力プレイが熱い。気心の知れた友人が居なきゃ、本当の面白さは体験出来ない。

ドクオはその場にごろりと仰向けに寝転がると、たまたま目に留まった月刊雑誌を開いた。

なんとなくパラパラとページをめくる。ふと運勢占いのコーナーで手が止まった。

 

('A`)「……俺の運勢はーっと……」

 

こういうのが好きな訳でも、ましてや信じてる訳でも無いが、強いて嫌いでもない。

ゴチャゴチャと雑誌オリジナルキャラクターで装飾されて少し読みにくいページに意識を向けると、誕生日と血液型から算出される占い結果へと視線を巡らせる。

 

『末吉!! 行動を起こせば何かが変わるけど、調子に乗るといつか痛い目を見ちゃいます! 外出すると、運勢が上がるかもしれないし、上がらないかもしれない! ラッキーアイテムは楽器』

 

('A`)「まぁ……そこそこ、か?」

 

どうとでも取れすぎる曖昧な占い結果だが、どうせ暇つぶしだ。こんなもんで充分だろう。

続いて同居人のもチェック。

 

『大大凶!! 何をするにしても裏目に出ちゃう、わぁ大変! でも諦めたらそこで終わっちゃいます! 月や星光で運勢をなんとか出来ると良いよね! ラッキーアイテムは――』

 

(#'A`)「――ぶぇっくしょいっ! ちくしょいっ!!」

 

目線で文字列を負っていると突然感じたくしゃみの衝動。

突然過ぎる事態に対応出来る筈も無く、手で抑えたりティッシュを装備する猶予を待たずに、無残に爆発してしまった。

 

(;'A`)「あー……ズズッ。……ってやべっ! これブーンのだってのによー」

 

ページに細かく飛散した唾はその内乾くだろう――だが鼻水はまずい。すごくまずい。

慌ててティッシュで拭おうとするが、安雑誌の安紙安インク。ページの一部分はすぐさま水分で黒く滲んでしまった。もう到底読めたもんじゃない。

 

(;'A`)「……」

 

惨状を前に沈黙する事数秒。

 

('A`)「よし、見なかったことにしよう」

 

どうせどうとでも取りやすいように適当に書かれたインチキ占いだ。内藤ならきっと読み飛ばして気が付かないでくれるかもしれない。

ドクオはそう結論付けると罪悪感から目を背けるように、再び気乗りのしないゲームへ意識を潜らせ始めた。

 

 

 

 

「もう観念してよねー。追いかけるのも面倒なんだからー」

 

目前で嘲笑う人外。見た目は人間に近いが、その目が、その牙が、その爪が、人に害を為す為にあるのだと主張している。

距離にして両者の間合いは数歩分。

……考えている余裕は無かった。

 

(;^ω^)「観念なんか……してたまるかお!」

 

内藤はその場で振り向きざま、闇色のもっとも薄い部分へと駆けて行った。

――目的は強行突破。

あの人外が撒き散らす闇が、人の身体にどんな影響を及ぼすのかは想像出来ない。だが所詮は影みたいな物だろう。物理的に通り抜けられない事は無い。それに薄い部分ならば影響も最小限で済むかもしれない。

迷っている暇は無かった。

 

(  ω )「――う……ふあ?」

 

――が、それは悪手でしかなかった。

 

触れた瞬間、身体から"何か"が削り取られた。内藤はそう認識した。

それは活力や体を動かすエネルギーのような、人が必要とする"何か"だ。

慣性のまま前に進み、一応は闇から逃れられはしたものの、体を支えるだけの力は一瞬完全に抜けきってしまった。

べしゃり、と床のタイルに頬が付く。冷やりとした質感を受けながら、内藤はうめき声を上げる。

 

「おー……」

 

対する人外は、目をつむり恍惚としていた。

まるで、人が上等な料理を口に入れた時のように。

 

「んー、これもこれで良いんだけどー、やっぱり直接肉を噛じる方が好きかなぁ」

 

ほんの数秒の"食事"を楽しむと、人外の紅い瞳は内藤へと向き直す。まだ、満腹には程遠いのだ。

 

(;^ω^)「くぅ……まだ諦めてなんか……!」

 

闇の薄い部分に少々触れただけだったのが功を奏したのか、もう体は動かせる。

だが、脱力感は消え去った訳じゃない。力の入りきらない足はまだフラついていた。

 

無様かもしれない。それでも、蠢く。生きようと、足掻く。少しでも距離を離そうと道を進む――。

 

「――こんな所に居やがったのか。また会ったな」

 

――その道の先でフードを被ったもう一つの絶望が微笑っていた。

 

 

(;゜ω゜)「……もう追いついてきたのかお」

 

おかしい。何故こんなにも早く追いつかれているんだ?

足音で追跡されないように、途中からはなるべく静かに移動するように気も使った。広い棟内を遠回り出来るように順路も選んだ。

ならば何故――

 

(;^ω^)「――そうか」

 

校内限定という条件下で、適当に進んできたとしても、必ず通る道がある。それはこの場所。この通路。

だから自分もここに来たのだ。時間をかけていれば、当然ここで追いつかれてしまう。この状態も必然だ。

 

内藤は交互に自分の敵達へと視線を巡らせる。……が、すぐに妙な違和感に気がついた。双方共に視線の先はこちらに向いては居なかったのだ。

 

「あー? なんだこの妖気はテメェだったのか。"常闇の妖怪ルーミア"さんよ」

 

ルーミア「なーにー? 貴方も来たの? 横取りするつもり?」

 

前門の爆発物所持不審者。後門の闇を纏う人外。

共に狩る側として君臨する両名は、それぞれお互いへと意識を向け、悠長に会話をしている。

 

ああそうか、この二人は――

 

「ヘッ……。そんな格好悪いことするつもりねーよ。別の用事で来ただけだぜ」

 

ルーミア「それならいーけどー。邪魔しないでよねー?」

 

――仲間だったのか。

 

"もう無理だ"と聞こえてきた。それが無意識に自分の発した声だと自覚するまで、時間はかからなかった。

 

一対一でも逃げるのがやっとだったのだ。

それなのに、向こうがチームで来てしまえば、少ない逃走の希望は更に遠のく。……いや、最早不可能だろう。

片方が器とやらを、もう片方がこの人肉そのものを獲物としてるのだ。最早、カメラを渡したとしても生還は無い。

 

――いや、最初っから生還の可能性なんて無かったのかもしれない。

夜の学校という籠……いや檻の中で、力を持つ者二名に弄ばれ狩り立てられ――そして死ぬ。

そう決まりきっていたのだ。

……なんだこれは。なんだって言うんだ。まるで出来の悪いゲームのようじゃないか。

戦うステータスも無い、セーブポイントも、武器もスキルも! 何も手段が無い!

 

( ;ω;)「こんな……! 何とかしようと頑張っても丸っきり無駄じゃないかお!」

 

タイルを力一杯殴りつける。追いかけるように、涙が床を濡らした。

 

「ああ、その通りだ。弱いのが悪い。……精々雑魚の側に居る自分を恨むと良いぜ」

 

不審者が近づいてくるのが分かる。きっとトドメを指すつもりで居るのだ。

だとしても、もう何の抵抗も出来ない。する必要も無い。

気力どころか、反論一つ恨み事一つさえもう出てきやしない。

 

(  ω )「――ごめんお」

 

無意識に、手の中に収まるカメラを見つめたまま謝罪をしていた。

前の持ち主に。カメラに刻まれた歴史に。

僅かに夢見た――未来に。

 

それらを蹴散らす存在が、とうとうすぐ目の前にたどり着いた。

カメラを握りしめたまま、やがて来るだろう死を、ただ待つ。

 

「――だがな。それでも戦おうと、強く生きようと努力した事を愚弄すんじゃねぇ。それは大事な力だ」

 

(  ω )「――え?」

 

――それは、狩る者の口から出たとは思えない言葉だった。

声色も今までのように威圧的ではなく、どこか優しく、力強さを感じさせるような……。

まさか励ましてくれているのかと、内藤が戸惑った次の瞬間だった。

 

(;^ω^)「オゥフッ!?」

 

ぞんざいにどかされた。足で。転がされるように。

本日何度目かの床材の質感を肌で受け止める内藤。

位置的に不審者の隣に転がされた為、二人の姿が視界に収まっている。

 

――そして、それからの時間は内藤ホライゾンの過ごしてきた人生の色を変えてしまう程の幻想だった。

 

「魔理沙ぁ!」

 

手に握った八角形の武器。それを一度宙に放り投げ、横薙に振るった手で掴み直す。

 

「おうさ!」

 

その手に握り直された時、不審者の側に"それ"は現れていた。宙に浮くようにして煙の如く出現した"誰か"。

それは、御伽話やゲームでしか見たことのないような、黒と白を基調とした魔女の出で立ちをした少女の姿。

大きなとんがり帽子の下で、金色の髪とどこまでも楽しそうな表情が輝いている。

 

(;゜ω゜)「……幽……霊!?」

 

脈絡なく誰かが行き成り現れ、しかも浮いている。それだけで初見の人間への衝撃は凄まじいというのに――

 

魔理沙「――おいおい、あんなフワフワしたもんと一緒にしないで欲しいな。"私"は"霧雨魔理沙"――"普通の魔法使い"だぜ!」

 

しかも喋ったのだ。結構陽気に。

いたずらっぽく笑うその表情を向けられ、内藤は次の言葉が出てこなくなった。

 

ルーミア「ねぇー、さっき横取りしないって言ったじゃない」

 

不穏な空気を感じ取ったのか、ルーミアと呼ばれた妖怪も苦言を発し始めた。話しぶりには緊張感は無いが、空気が徐々に張り詰めていくのが分かる。

 

「ああ、言ってやったなさっき。……勿論横取りはしねぇさ」

 

紅い人外の眼光を真っ向から受け止め、不審者は不敵に笑う。

 

「――元々テメェがメインターゲットだからな! こっちはオマケだぜ!」

 

(;^ω^)「……」

 

流石にそれは屁理屈だろう――と言いたい。言いたいが、矛先がこっちに向くのは困るので内藤は沈黙を続ける事にした。

 

ルーミア「あーもー邪魔が入ると面倒なのにー!」

 

みるみるうちに、闇が広がり始めた。人外だとしても邪魔されれば怒るのだろう。

風景を塗り替えていく闇から感じる存在感。それが先ほどよりも不快感を増して感じられた。

昏い昏い……一切の光を遮り、絶やす本当の闇。光に満ち溢れた現代文明の恩恵を受けて育った者には縁の薄い、この世の要素が一つ。

妖怪少女は、まるで夜闇に浮かぶ魔性の月の様に真の黒を纏い、自分の領域を静かに周囲に解き放ち続けていた。

 

(;^ω^)「あの闇に触れちゃいけないお!」

 

闇に触れたダメージの記憶も新しい内藤は、その危険性を理解していた。

先ほどの闇よりも濃いそれに触れればどうなるか――想像するのは容易い。

 

ルーミア「夜に出歩くような人類は、食べられちゃえー!」

 

じわり、と空間を染め変えていく闇。速度は遅いが、逃げようとする素振りを見せた瞬間、一気に距離を詰めてくるのだろう。

だが、不審者はそれでも一歩も引こうとしない。

 

「良いね! 単純な出力《パワー》勝負ってのが、実に分かりやすくて良い!」

 

――むしろ、この状況を待ち望んでいたかのように、更に邪悪に笑う。

 

魔理沙「"アレ"で一気に決めろ、ハイン! "弾幕は――"」

 

「――"パワー"だろ! 魔理沙!」

 

短い応答。あの二人の間に、具体的なやり取りはもう必要無いのだろう。

 

アイコンタクト一つの後、ハインと呼ばれた不審者が動いた。

片手で八角形を握りしめたまま、もう片手で空中を掴むような動作。

たったそれだけの動作で、次の瞬間には薄く光を放つカードのような物が、まるで手品のようにその手に現れていた。

それは、何かの記号や模様……絵や文字で構成された、美しい手のひらサイズのカード。

それをそのまま無造作に前方上空に放り投げる。と、そのカードは空中でゆっくり回転しつつ今度は光の粒子へと変換され、八角形の中へと吸い込まれていく。

だが、見惚れてる時間は貰えそうに無かった。

 

「死にたくなけりゃ伏せてろ! 肉まん!」

 

(;^ω^)「――!!」

 

言葉を信じるかどうか、なんて考える前に体が従っていた。

カメラと視界を保持したまま、起き上がりかけの状態にある体を出来るだけ伏せる。

すぐ隣でハインが、床を踏みしめるように足を、狙いを違えないように腕を力んだのが分かった。

 

やがて、カードの全てが変換されハインの手の中に収まりきった次の瞬間――

 

「恋符ッ! マスタァ……スパーク!!」

 

"恋符「マスタースパーク」"

 

――その手の中から放たれたのはどこまでも力強く、激しく、そして真っ直ぐな閃光だった。

 

( ^ω^)「――なんて、綺麗なんだお」

 

それは光の魔砲。

ハインの良く通る中性的で雄々しい一声の後、八角形から放流され始めた光線は、内藤が今までみたどんな絶景よりも、派手で美しい物だった。

黒色を押しのけ、白く染め変えていく一筋の力。

それはまるで、闇を払う希望の光……それその物を具現化しているようだ。

 

絶え間無くルーミア本体に近づいていく光の奔流。

それが闇の色とぶつかり合い、混ざり合い、衝撃となって対消滅していく。まるで不思議なエネルギーで代用した、刀の鍔迫り合いだ。

生み出された衝撃の余波が、視界の端でホールのガラスを次々と砕き、すぐ近くに鋭い雨を降らしていく。

それでも内藤は、幻想的な力のぶつかり合いから目を逸らす事はしなかった。――いや出来なかった。

それほどまでに目の前の光景は美しく、非現実的だったのだ。

 

(;^ω^)「これなら、あの人外を倒せるお!」

 

対する相手もなんとか闇を生み出し続けて対抗しているようだが、時間の問題だろう。

このまま常闇を押し散らし終わりを迎えるのだと、そう確信した瞬間だった。

 

「――クソ! 調子悪ぃぞ魔理沙!」

 

意外にも先に揺らぎ始めたのは光の方だった。

小さく苦言を漏らすハイン。

するとそれに反応するかのように一際大きく不安定になったかと思うと、次の瞬間……まるで幻であったかのように散ってしまった。

 

周囲に戻る静寂。漂う煙幕。散乱したガラス片。大きく様変わりしたホールだったが、他にも一つ決定的な物が無くなっている。

 

(;^ω^)「……闇が、消えてるお!」

 

どうやら本調子では無かったらしいが、それでもあの威力……。

充分効果があった事は、常闇の妖怪の姿が闇ごと見当たらなくなっている事が証明してくれていた。

ちょうど月も雲を抜け、再び周囲を照らし始めている。

しばらくぶりの平穏。――だが、それ以上に内藤は目の前で起きた幻想的な光景に歓喜していた。

まだ見ぬ世界の真実。常識の外にあった非常識。人間が人外を倒してしまうという、まるで創作の世界。

 

(*^ω^)「――!!」

 

自分が助かったかどうか、よりも優先したい目の前の事実。

本当ならなりふり構わず思いっきり腹の底から叫びたい気分だったが、まずは先にお礼を伝えねばなるまい。

多分、助けてくれた(?)のだろうから。

 

(*^ω^)「えっと、ありがとう……だお? というかてっきり悪い人だと思って――」

 

从 ゚∀从「この状況でお礼とか良いっつーの。変に緩いなーお前」

 

心のワクワクを抑えながら、感謝の気持ちを伝える。

そういえば不審者さんの姿をちゃんと見たのは今が始めてだ。

その顔を今まで頑なに隠し続けていたフードは、余波による風圧でめくれてしまったようだ。

月明かりを浴び、肩まで伸びたグレーに近い髪が外気で揺れる。そしてその顔はまるで――

 

( ^ω^)「――なんか、女の子みたいな顔してるお」

 

从#゚∀从「――あ゛?」

 

何かがブチッと切れた音が聞こえたような気がした。

 

( ゜ω゜)

 

そして、股間辺りで何かが叩きつけられるような音が聞こえた気がした。

オマケで衝撃で声と意識が飛びかけた。

 

从#゚∀从「女の子"みたい"? どっからどう見ても見目麗しい可憐な"女性"だろうが! ああ゛!?」

 

(;゜ω゜)「だ……て……不審者さんの……顔……よく……みえな……」

 

青筋立てて闘争心そのままに怒鳴り散らすその様子と、不審者が言う自己評価は決して同じ意味にはならないだろう。

息も絶え絶えに口答えをする内藤に、ハインはもう一度同じ部分を蹴ってやろうと足を構えてさえいた。

……それを止めたのは、さっきも聞いた陽気そうな笑い声だった。

 

魔理沙「ははは……! そりゃ正体分かり難いようにフード被ってる上に一人称が"オレ"だから、性別分かって貰えなくても仕方ないかもな。ハイン!」

 

そう言って笑う魔女少女。

ハインは小さく舌打ちすると、追撃を諦めてくれたようだった。

黒と白の二色の魔女は不吉の象徴なのかもしれないが、内藤にはまるで天使のように輝いて見えた。

 

从#゚∀从「ったく、正体隠してるって知ってるんなら、ガンガン人前で名前呼ぶんじゃねーよ魔理沙」

 

魔理沙「本格的な魔女でも無けりゃ、名前くらいでどうこう出来やしないぜ。ほら見ろ、コイツにそんな高度な事が出来そうに見えるか?」

 

从 ゚∀从「あー……それもそうだな。こんな肉まんが、んな高度術式使える訳ねーか」

 

(; ω )(良く分からない世界の話で、遠回しに罵倒されてる気がする……!)

 

前言撤回。やっぱりコイツら嫌なヤツだ。

 

内藤をよそに未知の分野の会話を簡潔に続けてく二人。片方はまるっきり夢や幻の存在で、もう片方はまるっきり犯罪や不審の存在というコンビ。それが何故か見ていてしっくり来る。

痛みが段々と癒えてきた内藤は、会話が切れる瞬間を狙ってずっと気になっていた質問をぶつけてみることにした。

 

(;^ω^)「あの……それでなんで僕は襲われたんですかお?」

 

从 ゚∀从「――知りてぇか?」

 

途端に変わる空気。

今まで陽気にしていた魔女さんさえも、見定めるかのような視線をこちらに向けている。

 

从 ゚∀从「……先に言っておくが、何も知らねぇって事はつまり、まだ深く関わらないでも済むって事だぜ」

 

これ以上踏み込むのは覚悟が居る――まるでそう言われているかのようだった。

 

(;^ω^)「あ……えっと。……じゃあ……ううむ……」

 

ここまで非日常に巻き込まれたのだから知る権利くらいあるのだと、まるで当事者のようなつもりで居た。

だがそれはどうやら甘かったらしい。事態は予想以上に深い所に広がっている。

未知の世界を知りたい。でも、怖い目に合うのは正直嫌。

内藤は咄嗟に答えを出せずに居た。

 

从 ゚∀从「まー、知る知らないは後で決めりゃー良い。とりあえず今日の所はそのカメラをさっさとオレに渡して、もう家に帰――」

 

魔理沙「おい――!」

 

ハインの目線が、傍らの魔女の呼びかけに反応するように、別の所へと瞬時に外れた。

そして、内藤の目の前で段々とその眼光は鋭さを取り戻していく。

 

从;゚∀从「……ゆるく安心してやがる所悪いが、まだ終わってねーみてぇだ」

 

厳しくそして戸惑いを含む声。内藤は恐る恐る、その視線の向かう先――背面の暗闇の中へと意識を向け直す。

――そこにあったのは、信じたくない事実だった。

 

从;゚∀从「今晩は本当に退屈しねーな……全くよー」

 

(;^ω^)「あれでも倒せないのかお……!?」

 

――月明かりの届かぬホールと廊下の切れ目。そこで闇が再び集い始めていた。光によって払い失せた箇所を満たすように。再び空間を一色に染め潰すように。

 

ルーミア「結構ビックリしたよー……もー。でもね――」

 

ゆっくりと、より空間を占めていく影。強くなる気配。

 

ルーミア「――常闇《わたし》に当てる光としては、威力が足りなかったねー」

 

二人の人間と一人の魔女の目線の先で、闇が再度人の形を成していく。

――夜はまだ明けない。

 

 

 

 

 

(;^ω^)「ちょ、ちょっとハインさん! これからどうするんだお!?」

 

从;゚∀从「うるせー! とりあえず一旦撤退すんだよ肉まん野郎!」

 

空には月明かり。暗がりを進む女と男。学校でほぼ二人っきり。

それだけならドクオに「それ何てギャルゲ?」と聞かれた事だろう。

だが残念な事に状況はむしろホラーゲーム寄りだ。

 

倒しきれなかったルーミアは、その場で闇を展開し始めた。

最早お遊び地味た手加減は無いらしく、急速にホールを埋める黒一色。

 

あの場で出来た事は一度引く事だけだった。

 

(;^ω^)「さっきのバーッてビームで――」

 

魔理沙「マスタースパークな」

 

(;^ω^)「そう、そのマスターなんとかをもう一回撃って、どうにか出来ないのかお!?」

 

从;゚∀从「生憎と今は八卦炉の調子が悪ぃんだよ! 本調子なら周りの教室ごと撃ち抜き吹っ飛ばせらぁ!」

 

その言葉に、正直本調子でなくて助かったのかもしれない、と内藤は戦慄した。

しかし、その御蔭で逆に事態は解決してもいない。絶体絶命の夜はまだ続いている。

戦う力も知識も無い内藤は、やや先行するハインの後をただ着いて行く事しか出来ないでいた。

 

(;^ω^)(――それにしてもこのカメラに、一体どんな重要な秘密が詰まっているんだお――)

 

首からぶら下がるカメラ。

不必要に揺れないように、手で抑えられているこのカメラは、どう見ても普通の……少し使い込まれてるだけの中古カメラだ。

とんでもなく古い型の、希少価値が高そうな骨董品でもなさそうである。素人判断だが、とても価値があるような代物には見えない。

珍しいと言えば、今どきデジタルでない昔ながらの玄人好みっぽいシステムと形式だという事くらいだろうか。

……もしかして、やばい現場でも収めた写真か何かが――?

 

从;゚∀从「――ああ゛? なんだこのシャッター……」

 

長く続く一本道の先を進んでいたハインが立ち止まった事に気が付き、続いて足を止める。

カメラから一旦視線を上げた内藤は、一目見てそれが何の為にあるのかが分かった。

 

(;^ω^)「これは……立ち入りを防ぐためのシャッターだお。旧校舎と新校舎の……」

 

从 ゚∀从「旧校舎だぁ……?」

 

――新システムとテクノロジーを注ぎ込まれた新校舎と広い敷地を誇る高校。

今ではその上辺の豪華さを誰もが連想するようになったが、元は古く小さい木造校舎がポツンとあるだけの高校だったらしい。

それがとある事件をキッカケに、権力者、実力者、資産家達の目に止まり、大規模な改革と改造が行われたのだと聞いていた。

 

从 ゚∀从「ずさんな事件?」

 

(;^ω^)「何でも手抜き工事だったらしくて、校舎はあっと言う間に老朽化。それで、腐った床板を踏み抜いて死んだ生徒が居るらしい……って噂だお」

 

本当の所はどうだったか、それは分からない。その頃の教員は残っていないし、旧校舎への立ち入りは校則で禁じられているのだ。

オカルトチックな話が好きな者達の間では未だに根強いネタとして人気だが、結局立ち入ることが出来ない為に実証も進展も得られない。

内藤自身もその事に歯がゆさを感じてる一人であった。

 

从 ゚∀从「手抜き工事……ねぇ」

 

話半分とばかりに、ハインは説明の途中で既に動き始めていた。シャッターを前に何やらあちこち調べつつ冷静に思考しているようだったが――

 

从#゚∀从「クソが! 鍵穴が見当たらねぇ! ここも電子ロックかよ!」

 

目当ての物が見当たらないと分かるやいなや、今度はシャッターに対してガンガン蹴りを入れはじめる。

か弱くて可憐というより、最前線で戦う姿のが似合いそうなその様子に、知り合いのツンデレ娘の顔が思い浮かんだ。

無論、どちらの娘にそれを告げたとしても、フラグと骨が物理的に折れる事になるだろう。

 

(;^ω^)「まぁまぁちょっと待つお……一応試してみるから」

 

懐から生徒手帳を取り出し、シャッター横のパネルへと押し当てる。

普段遊び半分でこんな事しよう物なら、きつーいお説教にペナルティが漏れ無く付いてくるだろうが、今は緊急事態。

説明は面倒だが、不審者が侵入した事は確かだし、嘘にはならないだろう。

監視カメラの類は資金の関係上この学校に存在しないので、口頭説明と情況証拠のつじつま合わせが鍵である。

 

(;^ω^)「あー……やっぱりダメかお……」

 

裏口の時と同じように、何の反応もない。

こうまで反応が無いとすると、誰かが細工でもしてるんじゃないかと思えてきた。

もし、権限が無いだけだとしてもエラーの一つくらいは返って来るもんじゃ無いだろうか。

 

从#゚∀从「おい! 迂回路ねーのか迂回路! 道がもうねーじゃねーか!」

 

(;^ω^)「この一本道は旧校舎にしか繋がってないお――ってやっぱ考えなしで進んでたのかお!?」

 

从#゚∀从「こんな状況になる前にさっさと終わらせるつもりだったんだよ! つかテメェも分かってたんなら言えやコラ!」

 

(;゜ω゜)「何度か言おうとしてましたけどぉ!? でも"うるせぇ!"ってその度に――」

 

魔理沙「――お前ら暢気に喧嘩してる場合じゃないんだぜ? 急がんと闇に追いつかれるぞ!」

 

魔理沙の声に誘導されるように同時に背後を振り向く二人。

シンプルな構造の単純な通路の先――距離にして50m前後と少し離れた所までもう闇が迫ってきていた。

侵食する勢いはかなり緩くなってきているようだが、ここは一本道。追い詰められるのも時間の問題だ。

 

魔理沙「おいハイン。やっぱりアレはぶっ壊さないで、ちゃんと調べてた方が良かったんじゃないか?」

 

从;゚∀从「うるっせー! オレは機械苦手なんだよ! とりあえず衝撃加えりゃ何とかなると思うじゃねーか!」

 

そう言ってシャッターの隙間に指をかけようとするハイン。少し頑張るが、やはりどうにもならない。

 

(;^ω^)「あの……何やら気になる話が聞こえてきたようなんですが……」

 

だが、内藤はその現実よりも少し詳しく伺いたい情報があった。

特にぶっ壊す、衝撃加える辺りの話だ。

 

从 ゚∀从「……セキュリティやべぇからなこの学校。通風口とか通って、たまたま入った制御室? みたいな場所の機械弄ってたらちょっと、な……」

 

魔理沙「歯切れ悪いぜハイン。動作おかしいから叩きまくってたらもっとおかしくなったって、素直に言っちゃえよ」

 

(;^ω^)「え……? 制御室って確か……ウチの敷地内にあるセキュリティの――」

 

本来、セキュリティ関連は警備会社と契約をする物らしい。

だが、この学校のセキュリティは外部からではなく、内部からの制御によって管理されている。

コストと費用対効果と、実験的な新技術だとかなんとか……。

ともかく、その結果。この学校の広大な敷地内のどこかにそのための制御室があるとは聞いている。

丈夫なドアとそれに守られたデリケートな機械群によって制御された校内電子ロックの数々。

 

――だがもし、その制御室自体が"故障"したとしたら――

 

从#゚∀从「あーもう面倒くせぇ! 魔理沙! スペルカード使うぞ!」

 

魔理沙「大技使ったばっかりだ。威力弱めの省エネ技行くぜ!」

 

内藤の苦悩を他所にハインはまた八卦炉を構えると、またカードを出現させ始めた。

広間で光線を解き放った時と丸っきり同じ挙動。だが――

 

从#゚∀从「よっしゃぶち抜けー!」

 

"星符「メテオニックシャワー」"

 

今度は八卦炉から放たれたのは、あの凄まじい光ではなく、きらびやかな星光の数々だった。

まるで金平糖のような弾丸達は、シャッターに当たる度にはじけ飛びながら、徐々に対象を歪ませていく。八卦炉からの光弾の雨あられが止む頃には、シャッターと壁の間に、人一人分が入れるほどの空間が開いてしまった。

 

从 ゚∀从「おーし! 隙間開いたぞ肉まん! 旧校舎に乗り込めー!」

 

(;゜ω゜)「いやいやいや! ちょっとまってお! じゃあ僕が脱出できなくて暗闇の中散々歩き回された原因って、元を正せば――」

 

――ハインのせいじゃないのか、と訴えようとした内藤だったが……当の本人は全く意に止める事無く既に先に進んでいってしまっていた。

残された内藤と、ゆっくりと追い詰めてくる闇。内藤の行動選択は多くは無い。

 

(;^ω^)「……まぁ、素直に謝ってくれるような性格でも無さそうだお」

 

それどころか逆ギレだってしそうである。色々と勝ち目は無さそうだ。

……それにまぁ、確かにハインのせいで苦労したのも事実だが、結果的に命を救われたのもこれまた事実。オマケしてプラスマイナスゼロという事にしておこう。

 

内藤は、諦めのため息一つついて、シャッターの隙間をくぐり抜ける事にした。

 

(;゜ω゜)「ん……ちょ、あれ? なんか体が進まな……もしかして詰まった!? ハインさーん! ちょっとハインさーん!」

 

受難はまだ続きそうである。

 

 

 

 

ギシリ……ギシリ……ギシリ……。

 

(;^ω^)「……うぅ」

 

内藤が歩く度に、脆そうな床板が鳴く。

その音に怯えながらも、一歩一歩ゆっくり確かめるように進み続ける。

着実に歩き進んで来たつもりだったが……ふと廊下の奥の方へと視線を一度やれば、それでもまだ道のりの半分程でしか無い事を思い知らされた。

 

以前外観から見た感じで判断すると、旧校舎はアルファベットのL字型によく似ている。

その短い方側二階部分を専用通路によって新校舎と繋げられている構造なのだが、シャッターを超えた先はまるで別世界だった。

 

(;^ω^)「床がいつ抜けるかと考えると……怖くて足がすくむお……」

 

始めて入った旧校舎は、古い汚い脆い――予想よりも酷い三拍子が揃っていたのだ。

暗がりに目が慣れてきたとは言え、木材の状態を見極められる程、優秀な目をしてる訳でもない。

足場に体重をかける度に、思わず神に祈りたくなってしまう。

ちなみに、ここまでの道のりで幾つか電灯のスイッチも発見していた。これで少しはマシになると、何も考えずスイッチを押した物だが……一つ残らずその役目を果たしてくれるのは無かった。そもそも主電源が入っていないのだろう。

 

(;゜ω゜)「おおお!?」

 

――突然、目の前の床材が一部崩れ落ちて行く。

間一髪、壁側の凹凸に掴まれたので事無きを得たが、この分では殆ど運に委ねるしか無いだろう。。

 

(;^ω^)「……黒い穴にしか見えないお」

 

端切れとなった材木が落ちていった先。底が見えない穴は、まるで地獄への直通路のようだった。

念のため凹凸に捕まりながら、残った僅かな足場を通り過ぎる。

 

(;^ω^)「――ハインは大丈夫かお?」

 

ふと、その場に立ち止まって耳を傾ける。

一つ下の階層から、木材を踏む音が微かに聞こえてきた。こちらと違い、ペースは早いようである。

このまま予定通りに事が進めば良いのだが。

 

『――良い作戦を思いついたぜ。肉まん』

 

つい先ほど旧校舎侵入直後にしたハインとの会話が思い起こされる。

 

 

 

( ^ω^)『――良い作戦?』

 

从 ゚∀从『ああ。――つってもやってもらう事は簡単だ。テメェは最上階の廊下を奥まで往復し続けろ』

 

ハインはこちらに顔を向けること無く、周囲の気配に意識を向けながら、ぶっきらぼうに告げる。

 

(;^ω^)『往復し続けろったって……こんな暗くて危なそうな道を……?』

 

从 ゚∀从『怖ぇか? 嫌なら別に逃げても良いぜ』

 

(;^ω^)『逃げる……?』

 

背後のシャッターの隙間。そこまで来た闇は煙のように徐々にこちらへと漏れ出てきている。

ほんの少し触れただけで、立っていることさえ困難になった異質な影。もしかしたら毒ガスの類なのかもしれない。

正体は良く分からないが、あれを全身に浴びればどうなるか――。

旧校舎に長居すれば、いずれは餌食になるだろう。逃げるなら今が最初で最後のチャンスなのかもしれない。

 

でも――

 

(;^ω^)『僕は……僕は逃げない……お!』

 

格好つけたい訳じゃない。死にたがってる訳でもない。ただ――

 

( ^ω^)『――ここで目を背けて真実を見失いたくは無いんだお』

 

从 ゚∀从『……そうか』

 

ハインはそう言って嬉しそうに笑うと、作戦の続きをざっくり告げるだけ告げて、廊下の最深部の方へ行ってしまった。

それを作戦開始の合図と判断し、こちらも一人最上階への道筋を辿り始める。

 

 

 

( ^ω^)「……我ながら、馬鹿なのかもしれんお」

 

短い回想から戻り、再び最上階の現実へと意識を戻す。

冷静に考えれば、自分を一度は襲った相手を信用する事から間違っているのかもしれない。

でも、彼女は……ハインは、どうしても悪い奴には思えなかったのだ。

ハインを信用して作戦とやらに協力して、怪異を追い払って真実を知って生還する。……強欲かもしれないが、全部叶えたい。

 

( ^ω^)「その為に、ちょっと勇気を貸してくれお」

 

首からぶら下げた、自分の"宝物"に触れる。内藤にとってそれはもう希望であり、未知への鍵なのだ。

気を取り直して再び進み始めた――その時だった。

 

ギシリ……ギシリ……ギシリぎし……。

 

( ^ω^)「――お?」

 

足音が――増えた気がした。

ハインの物かと思い、歩みを止めて耳を澄ます。

 

ぎしり……ぎしり……ぎしり……。

 

だが、その足音の元は同じ階層――今まで内藤が歩んできた道のりの奥からだ。

 

(;^ω^)「ハイン、かお?」

 

返事を期待して問いかける。だが、内藤の声は一方的に足音の方へ届いただけで、帰ってくる音は変わらない。

――ハインじゃない。そう確信した内藤の頭に、先ほど告げられた作戦が思い起こされる。

 

『それでだ。肉まん。もしオレとお前の足音じゃない、別の足音が聞こえてきたら、その時は全力で――』

 

(;゜ω゜)「う……うわああああああああっ!!」

 

『叫びながら廊下の奥まで走れ!』

 

すぐさま全速力で走り始める内藤。

あらん限りの声を上げているので、足元から鳴る不穏な音は聞こえないで済んでいるが、踏みしめる度に床が不穏なたわみ方をしているのが伝わって来る。

"落ちたらどうなるか"なんて不吉な事はなるべく考えずに、ひたすら奥の奥へと足を進める。

その背後の闇の中からは尚も足音が一つ、ゆっくりと追いかけて来ている。

 

(;^ω^)「も、もう行き止まりかお……!?」

 

元々健脚である内藤。ちゃんと走ればあれだけ時間のかかった廊下渡りも、すぐさま終点へと辿り着く。

ボロボロになって汚れた壁は分かりやすいゴールライン。そして、猶予の終着駅。

階段は廊下中央に近い所にあるだけなのか、今更下の階層にも降りられない。

 

……ぎしり

 

(;゜ω゜)「――!」

 

徐々に近づいてくる足音。嫌悪感から、背中を壁に押し付けるような形で奥の闇を睨みつける。

さて、こうなった後はどうすれば良いのか、記憶を改めて思い返してみる。

 

『ああ。つってもやってもらう事は簡単だ。テメェは最上階の廊下を奥まで往復し続けろ』

『それでだ。肉まん。もしオレとお前の足音じゃない……別の足音が聞こえてきたら、その時は全力で叫びながら廊下の奥まで走れ』

『じゃ、後は頑張れよ』

 

――あれ?

 

もう一度。

 

『別の足音が聞こえてきたら、その時は全力で叫びながら廊下の奥まで走れ』

『じゃ、後は頑張れよ』

 

(;゜ω゜)「――この後どうすれば良いとかそもそも伝えられて無くないかお!?」

 

いくら思い返しても、ハインから伝えられた作戦はこれだけだった。

 

……ぎしり

 

色を増していく影。

 

どうする? どうすればいい? この後、どう動けば正解なんだ?

 

……ぎしり

 

肌に感じる圧迫感。

 

真下に居るはずのハインは一体何をやってるんだ! まさか――

 

……ぎしり

 

数歩先から向こうが完全に見えなくなる。

 

――こちらを囮にして逃げたのか?

 

 

内藤の不安と懐疑心がピークになった次の瞬間、だった。

 

"恋符「マスタースパーク」"

 

――突然目の前全ての空間が、白く塗りつぶされた。

 

(; ω )「――え、な……うわああああ!?」

 

先ほど見た閃光と同じ光景。

美しく雄々しいその光の発生源が誰かなんてすぐさま分かった。

それが作戦だったのだろうと言う事も理解出来る。

――だけど近い。物凄く近い。

五感の幾つかを凄まじく刺激していく閃光の道が、触れようと思えば触れる位置にあるのだ。そりゃもう床板踏み外すよりも段違いに怖い。

 

(;゜ω゜)「――あんにゃろ、全部終わったら絶対文句言ってやるおぉぉ!!」

 

カメラと体を必死に守る内藤の心の叫びは、白い破壊光に飲み込まれて消えていった。

 

 

 

从#゚∀从「オラオラ! 景気良く吹っ飛べコラー!」

 

上階に向けて放出されている魔砲。その砲身である魔道具"八卦炉"をしっかりと握りしめ、ゆっくりと腕の角度を変えていく。

廊下のラインに添うようにマスタースパークの放射している向きが追従して変わっていく。

ちょっと負担はでかいが、仕方無い。"ヤツ"を足場ごと吹き飛ばすためだ。

 

階下で待機しながら、足音のでかいのをエサ……もとい囮にしておいたのはこの為だったのだから。

 

――ヤツの足音を見極め、その位置を特定する。そして逃げ場が無いように廊下をまるごと吹き飛ばす。

豪快でシンプルで、自信が詰まった作戦だった。非の打ち所もないだろう。

……そういえば上層階の廊下をふっ飛ばした後の事を考慮しておくのを忘れていた。まぁ、ちょっとした笑い話って事で。

 

从#゚∀从「――とりあえず全部薙ぎ払われやがれぇ!」

 

気合充分。上層階の脆くなった床板を順次破砕していく。

光の破壊魔法"恋符「マスタースパーク」"は、魔法使い霧雨魔理沙が最も得意とし、最も愛用する魔法だと言う。

成る程確かに、一直線を貫く威力とそれにふさわしい派手さ。そして全身への反動も含めて、この魔法は気持ちの良いスペルだった。

その威力のお陰で作戦が成り立つ。ルーミアが正面から"光"を相殺出来たとしても、床板越しの砲撃まで防ぐ事は出来ないだろう。これなら今度こそ、"ルーミアの本体"を消し飛ばしてやれる。

 

从#゚∀从「オラオラオラオラオラァ!」

 

抵抗の気配すらない。

一切の闇は切り払われ、文字通り障害は壁ごとぶち抜いていく。

――だが、一つだけこの作戦には欠陥があった事を、ハインは身を持って知ることになった。

 

从 ゚∀从「――あ?」

 

恋符「マスタースパーク」は威力のある直線砲撃魔法。魔法とは言えど、発射の反動は大きい。

今までハインとその反動を支えていた床板が、とうとう限界を迎えたのだ。

"旧校舎の手抜き工事"――その単語が頭を駆け抜けた時にはもう、重力に引かれるまま体が宙に放り出されていた。

――腐食した木材を打ち抜き背中から勢い良く一階に叩きつけられるまでの短い時間、ハインの視界に写り続けていたのは、暴れ乱れ収束出来なくなった光の魔砲の残滓だった。

 

 

 

(;゜ω゜)「おおおお! おお…………お?」

 

床板を破砕して生えてきた光線の柱。

それはゆっくりと廊下の奥へと向かうように角度が変わっていった。

……しかし、余波を食らわずに済んだと安心したのも束の間。今度は詰まった蛇口から出る流水の如くバラけだし始めたのだ。

 

(;゜ω゜)「これも、ハイン達の魔法だか技なんだかなのかお!?」

 

既にうねる細い光線が何度か鼻先をカスっている。その度に死んだかと思った。

もし元々こういう技なのだとしたら、ハインはこっちの事を忘れているんじゃ無いだろうか。

……だが幸いにもその状態は長くは続かなかった。最後に一瞬大きく揺らめいたかと思うと、蜃気楼のように消え去ってしまったのだ。

 

(;^ω^)「……やっと止まったかお……?」

 

強い光が目に焼き付いているせいか、暗闇の中が見えにくい。……見えにくいが、旧校舎がえらく開放的で大胆な間取りになっているだろう事だけは分かる。

閃光に混じって聞こえ続けていた破砕音。そして今は砂埃に混じって風の匂いまでしてきている。

久しぶりの外気に、軽く涙が出そうになった内藤だったが――まだ、何か音がしている。

 

(;^ω^)「……!」

 

近づいてくる嫌な軋み音から本能的に危機を察知し、咄嗟に体を隅の方へと押しのける。が、元々廊下の隅。大して位置は変わらない。

視界は徐々に暗闇に慣れてきていたが、それは内藤をより焦らせただけだった。

……移動出来る床が、殆ど残っていなかったのだ。嫌な軋み音の正体も同時に検討が付いた。

光線が乱れ暴れた事で、柱や梁を断ち切ったのだろう。光線が最終的に到達した辺りを中心に、壁や床や天井等のパーツがバラバラと零れ落ちるように壊れていくのがぼんやりと見えて来ている。

――しかも、運の悪いことにだ。絶妙なバランスで持ってギリギリ形を保ってきた旧校舎――その倒壊の波は徐々にこちらに近づいて来ているらしい。

この場を動かなければ落下するか、落下物に押しつぶされるかの二択。

なら、どうするべきかと迷っている時間は無いだろう。

 

(;^ω^)「一か八か……!」

 

普通の人間なら諦めるしか無かっただろうが、内藤ホライゾンには特技があった。

"フリーランニング"。クライム《よじ登り》の技術も取り込んでいる。

本職程では無いが、壁に点在する大き目の亀裂や穴に脚と手をかけ、絶妙な体重移動でもって一気に体躯を押し上げていく。

下に駆け下りるよりも一旦上に登り切ってしまったほうが巻き込まれる危険が少ない――そう判断した結果の、あえての行動だった。

 

(;゜ω゜)「届けぇッ!」

 

速度と勢いを殺さないように、最後の跳躍。狙いは天井から突き出た梁。

内藤の両手がそれを掴み取った瞬間、さっきまで体重を預けていた床板が大きく張り裂けながら階下の闇に沈んでいった。

間一髪だったが、倒壊はまだ続く。

魔砲の一撃で支えを失った、もしくは限界を迎えた部分が次々と重力に負けていく様子を、内藤は梁によじ登りながら目の当たりにしていた。

折れ、ひしゃげ、砕かれ、割け、地面へと吸い込まれていく旧校舎の一部だった物達。その代わりに地の底より生じ、舞い上がってくるのは色濃い砂埃。

 

(;^ω^)「ハイン! ハイー……ゲホッゴホッ!!」

 

流石にこの有り様では階下のハインの事が心配になってきた。

息を吸えばむせる、が、それでも構わず乱暴な魔砲少女の名を呼びつづけた。

 

 

 

「――イーン……ハイ……ン……」

 

从; ∀从「ん……あ……?」

 

三百六十度四方八方から響いてくる大小様々な振動。そして妙に煙たくて息苦しい空気。

そんな中、誰かに名を呼ばれた気がした。

 

从; ∀从「なん……だぁ?」

 

いつの間に寝ていたのか。体は無防備に仰向けで床の上に転がっていた。またベットじゃない所で寝てしまっていたのかと、寝覚めの悪い感覚の中ゆっくりと目を開く。

すると――

 

从;゚∀从「うおお!? あっぶねぇ!」

 

目の前に滑り落ちてきた何か。間一髪避けたそれは、落下の濃いもやでよく見えないが、机と壁の一部のようだった。

瞬時に状況を再把握したハインは、その場をなりふり構わず放棄し、明るく見える方へと走りだす。

背後からは破砕音の雨が鳴り続けていた。

 

从;゚∀从「くっそ……気ぃ失ってたのかよ。このオレとした事が……!」

 

大きく開いた壁の穴。それを超えるともうそこは既に校舎の外だった。

砂埃の渦から逃れられたハインは、体に付いた埃を落としながらダメージを確認していく。

恐らくここならもう大丈夫だ。落ちた時に頭を打ったようだが、そっちは軽い脳震盪って所だろう。

 

魔理沙「おい大丈夫か? ハイン」

 

从 ゚∀从「とりあえずは、な。魔法障壁ってのも万能じゃねーな」

 

八卦炉もちゃんと持っている。あのくらいの瓦礫じゃ壊れないが、埋まると厄介だ。この闘いを続けるには無くてはならない物なのだから。

振り返った先で、木造校舎がフレームを残したまま、一際大きい音を立てて崩れていくのが見えた。……あのまま目覚めていなかったら巻き込まれていたかもしれない。

 

从 ゚∀从「……? そういやーあの肉まんどこだ?」

 

もしかしたら一緒に吹き飛ばしてしまったのかもしれない――そう考えるとちょっと悪い気がした。

 

魔理沙「あそこの人影がそうじゃねーか?」

 

魔理沙が指し示した先。外気で濃淡変化する砂埃の中にチラリと見えた人影。

成る程、確かに見覚えのある頼り無さそうな顔だ。何か叫んでいるようだが崩壊音のせいでよく聞き取れない。

 

从 ゚∀从「……とりあえず無事みてーだな」

 

寝覚めは悪くならないで済みそうだ。カメラもまだ持っているようだし、一応は問題無いだろう。

ルーミアの分の合わせて二つ、きっちりと"器"をいただかなけりゃ今夜の労働に見合わない。

 

从 ゚∀从「おーい! 肉まん! 良いからさっさと降りて来――」

 

――この時、内藤にとっての不幸が、三つあった。

 

一つ、内藤が位置的に孤立した梁の上に居た為、すぐに移動出来ない状況にあった事。

 

二つ、天に向かって放たれたマスタースパークの余波が、緩い上昇気流を生んでいた事。

 

三つ、それによって舞い上がった砂埃が、カーテンのように月明かりを展開遮断してしまっていた事。

 

从;゚∀从「――な! そこから逃げろ! 肉まん!!」

 

以上の要素によって内藤ホライゾンは、突然現れた闇色の球体に飲み込まれた。

 

 

 

(;^ω^)「一体何が……!?」

 

砂埃が薄くなって呼吸が楽になってきたと思って居た頃だった。

広がる視界の中に、無事なハインの姿を見た次の瞬間、その光景の全部が突如黒く塗りつぶされた。

――それだけじゃない、一切の光が無くなったのだ。まるで目を閉じた時のように全ての物の輪郭が認識出来ない。

まるで異世界のような情景だったが、外界の物音が変わらずに耳に入って来ているという事は、まだ現実の内に居るのだろう。

なんだか現実味が薄くて、イマイチ認識が遅い。

 

「――肉まん! おい大丈夫か肉まん!」

 

(;^ω^)「……ハインかお! っていうか僕は肉まんじゃなくて、ないと――」

 

「あ! まだ生きてんのか! しぶといなお前!」

 

本当に口が悪い少女だ。

声のする方向に顔を向けたまま、内藤は文句の一つと状況を聞こうと考えた。

――が、背後から感じた気配に、内藤はその機会を失う。

 

ルーミア「もーかなり危なかったよー? ……でも逃げまわる獲物はもう檻の中ー」

 

(;゜ω゜)「……ルーミア!?」

 

声の距離からして、すでに至近距離。

咄嗟にカメラを抱えながら、咄嗟にルーミアの声の方へと振り返る。が――背後を振り返ってもやはり全面同じ色。

足や手から感じる物質の感触と、頬をゆるく撫でる風の感触が、自分が動いている事の僅かな証明。

 

(; ω )「油断……してたお」

 

ここに来て、内藤はやっと自分が囚われた事を知った。

そして、ルーミアという人外がどれ程手強い存在なのかを。

カメラを抱きかかえた腕に力が篭もる。

 

(;^ω^)「も、もうそろそろ諦めてくれないかお……?」

 

ルーミア「そっちこそ、諦めると良いよー」

 

今度の声は耳のすぐそば。囁くような声に、小さく悲鳴を上げながら反射的に手を振り回す。が、その手は何にもぶつからない。

 

ルーミア「あははは。何かしてるみたいだけど当たらないよー」

 

(;゜ω゜)「く、来るな! 来ないでくれお!」

 

右を向けば左。左を向けば上。四方八方から聞こえてくる捕食者の存在。

じわりじわりと精神的に追いつめられ、内藤は既にパニックを起こしかけていた。

いや、それだけじゃない。周囲を満たす空気その物から不快な違和感さえ感じ始めていた。

――この体から何かを徐々に貪り奪って行かれる独特な感覚。空間を満たすあの影の密度が増しているのだと理解するまで、時間はかからなかった。

 

从;゚∀从「クソが! アレでも当たらなかったってのか!」

 

外からその様子を見ているハインは、忌々しい闇色の球体を睨みつける事しか出来ないでいた。

球体内部から漏れ聞こえてくる鬼気迫った声。あのままじゃ精神が限界を迎えるのも時間の問題だ。

早くあの闇を取り除いてやらねばならないが、今使えるスペルはどれも大味で繊細さに欠ける。しかも八卦炉の調子も悪いと来た。下手に手を出せばトドメを指すのは自分だ。

咄嗟に浮かんだ方法もどれもリスクしか無い。欲しい時程良いアイディアなんて簡単に浮かばない物だ。

 

――もう見捨ててしまえ。救え無いとしても弱肉強食の世界なのだから。諦めは逃走ではない。

 

从 ∀从

 

心のどこかで冷たい、されど良く響く声がした。

 

――そう、仕方無い事なのだ。力が無ければ戦えない。戦えなければ抗えない。弱い事は悪なのだから。

 

声に従うように、八卦炉を握りしめている腕の力が徐々に抜けていく。

ハインの心が、胸の内の声に従いかけた――その時だった。

 

 

(;゜ω゜)「この! こんな所で終わらせないお! 絶対に僕は――」

 

 

"――諦めたりなんかしてやるもんかお!"

 

 

从 ゚∀从「――!」

 

力強い、決意の言葉。危機の中であって尚、救いを求める訳でなく抗おうとする意思。

その意思の詰まった言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなるのをハインは感じた。

 

(;^ω^)「何か……何か対抗できるような力が僕には無いのかお!?」

 

あいつは一人暗闇の中。未知の敵を前にして、それでも抗っているのだ。

 

从 ゚∀从「――そうか。テメェの心はまだ折れてねぇのか」

 

思わず頬が緩んだ。本当に久しぶりに、最高に面白い奴を見つけた物だ。

柄にも無く、また屈してしまう所だったが、お陰で目が覚めた。

 

――じゃあ目覚ましになってくれたお礼だ。最悪の手でもなんでも、オレが道を示してやる!

 

从 ゚∀从「――おい肉まん! 選択肢をくれてやる!」

 

(;^ω^)「選択肢――? って今そんな考えてる余裕なんて――」

 

从#゚∀从「うるせぇ肉まん! んなこたぁどうでもいい! 今選べ! すぐ選べ! 即選べ! 後でオレにやられるか、今ここでやられるかをな!」

 

(;^ω^)「選択肢があるようで無くないかお!?」

 

内藤に声が届いてると言うことは、当然ルーミアにも聞こえている。

闇が体力を削り喰い取っていく速度が、一段と増した。

苦痛に内藤は顔をしかめた事が、空気を通して伝わってくる。

 

从;゚∀从「ああもう四の五の言ってんじゃねぇ! ……ここでアイツをなんとかしなきゃ、どの道テメェも終わりなんだよ! 分かってんのか!!」

 

(; ω )「――ここで終わり……?」

 

終わる? 何が? ――自分の、命が?

 

从 ゚∀从「――今! ここで! 天秤にかけろ! テメェの生きる意味をソイツにくれてやれるかどうかを!」

 

(; ω )「…………」

 

命が終わる? 人生が終わる?

 

(  ω )「……じゃ……ないお……」

 

今まで夢も目標も持ってきやしなかった。

そのままこの土地で流されるように、色々な事を失いながら一生を過ごしていくのだと思っていたし、それを良い悪いなんて考えたことすら無かった。

自分も、世界も、多少の変動を受け入れながら、ただ時間が続いていくのだと……そう思っていた。

 

だけど、世界はそんな物じゃなかった。今日の僅かな時間で、色々な事を気付かされた。

まだ世界の事を何も知らなかったのだ。未知なんてすぐ近くで遭遇出来た。理解だって全然追い付いていない。

 

そんな中で、自分のやりたい事が分かった。――願望を、"夢"を見つけた。

カメラの前の持ち主のように、色々な事を経験して行きたいと、そう決意を持てた。

 

それなのに、無力だから理不尽な事に立ち向かえもせず、何もかも失って……はいお終い?

 

まだまだやりたいことの半分もやってないというのに。

まだまだ何も知らないままだというのに。

 

ここで全てが終わるというのか。

 

――こんな――

 

――こんな暗がり一つのせいで!

 

 

(#^ω^)「――そんなの……冗談じゃないおッ!!」

 

从#゚∀从「良く言ったァ! 全身ッ全霊ッ! 気合かき集めて突っ込めぇッ!!」

 

ハインの言葉が終わるか終わらないかの内に、踏み出した大きな大きな、大ジャンプ。

ルーミアの声を頼りに仕掛けた悪あがきの特攻。勝算がある訳じゃない。考えた末の行動であるはずもない。

体もボロボロで、精神もきっと冷静じゃない。状況最悪。ただただ無謀な突撃。

 

(#^ω^)「渡して、たまるかああああッ!!」

 

だが、その心はもう闇には囚われていない。

――今までの人生で一番力強く、闇の向こうの空を目指して、内藤は翔んだ。

 

そして――

 

――それに応えるかのように、風が吹き始めた。

 

 

从 ゚∀从「クハハ!! 分の悪い賭けで勝っちまったぜ! すげぇなおい!」

 

魔理沙「そんなレベルの話じゃ無いんだぜハイン……この妖力、相当の上級妖怪だ!!」

 

ハインと魔理沙。両名の目の前で、空中の内藤ホライゾンを中心とした大きな風の渦が発生し始めていた。

さながら小型の台風。極限圧縮された大気の流れ。

 

从;゚∀从「うお! 瓦礫飛んできやがる!」

 

魔理沙「ハイン! 一旦離れるぞ!」

 

その風は強風なんて優しい表現では足りないような代物で、周囲にあるものを圧倒的な風圧で一切合切吹き飛ばさんとしていた。

ルーミアの闇も、砂埃のカーテンも。果ては旧校舎の残骸さえも。

 

(;^ω^)「な、なななななな!?」

 

原因たる内藤自身も状況の変化に戸惑っていた。

闇に包まれていたと思ったら、次は空気の渦に包まれたのだから。

複雑な気流は、足場から飛び出した内藤の体を軽々と、そして比較的穏やかに宙に浮かせている。

周囲を取り囲む、淡い緑の色彩を帯びた風。それはその手の中に固く握りしめられたカメラ――それを中心に風が集っているようだった。

 

だが、それらよりも内藤の目を引いたのは――

 

(;^ω^)「――射命丸……文?」

 

いつの間にか現れた、一際輝く細工の刻まれたカード。それはまるで魔法で形作られた芸術品のように内藤を魅了する。

無意識に、カードに書かれた名前を読み上げ、手を伸ばし……触れていた。

 

( ^ω^)「――お?」

 

気が付くと、世界の様子がまたしても変わっていた。

何もない、広大な空間。

白とも黒とも付かぬ、全ての色が発光しているかのような、穏やかな世界。

漂うように、自分の体が一つ。

 

『――汝、大祭に挑む覚悟有りや?』

 

直接、心に響いてくる声。

その声の響きは、聞くだけでこちらの精神を穏やかな気分にさせていく。

これは、安心感だろうか。それとも、全能感?

 

( ^ω^)「……なんだか落ち着く声だお」

 

偉大な聖母を前にしているかのような、力強く優しい声。

心地の良い感覚に身を委ねていたその時、突然目の前に何かが現れ始めた。

 

それが何かはすぐに分かった。

 

『――其は"夢想器"。夢の繋ぎ目。依代』

 

( ^ω^)「これは……あのカメラかお!」

 

それは見間違えるはずもない、手に持っていた筈の旧式なカメラだ。

声の言わんとする事はまだ良くわからないが、これがその夢想器《むそうき》――。

ハインが求めていたのはこの夢想器、とやらだったのか。

 

続いてカメラの隣、そこへ現れるカードの形をした何かが顕現していく。

 

『――其は"幻想片"。幻の結実。鍵』

 

先ほど光景が転換される前に触れた輝くカード。

ハインが魔法を使う際に放り投げていた物とは、少し……そして決定的な何かが違うカード。

 

『再度問う。汝、大祭に挑む覚悟有りや?』

 

( ^ω^)「僕は――」

 

何を問われているのか、良く分からない。

誰に問われているのか、それも分からない。

 

でも、何をしたいのかは分かっている。

 

( ^ω^)「――僕は、夢を現実にするまで立ち止まるつもりはないお」

 

片手に夢想器。片手に幻想片。双方を迷わず掴み取る。

意思を示すために。戦う為に。

その瞳にはもう一つの決意の光が宿っていた。

 

『――汝の覚悟、聞き届けたり』

 

大きく揺らぎ始めた無限光の世界。その事をしっかり認識する前に、追い出されるように世界から意識が追い出されて行く。

だが、その最後に――

 

『――夢幻例大祭へようこそ。幻想郷は貴方の全てを受け入れますわ。――そう、美しく残酷なまでに』

 

――またあの懐かしい声が聞こえたような気がした。

 

 

 

(;>ω<)「おぅっ!?」

 

現実の世界へと意識が戻ったのも束の間だった。

次の瞬間、光り輝いていたカード――"幻想片"は、"夢想器"の役目を負ったカメラの中へと吸い込まれて行った。と、思えば代わりに黒い羽根の混じった風を放出し始めたのだ。

 

収束とは逆向きの放出される風。

目を開けていられなくなるような気流の中、それでも目の前で起きている状況を見逃すまいと薄目をキープする。

 

(;>ω<)「これっ……いつっ……止まるんっ……だお!?」

 

無論、カメラに収束している風もまだ止んでは居ない。放出と収束。向きの違う台風二つを同時にその身に浴び続ける。

不思議と体が吹き飛ばされたり吸い寄せられたりはしていないようだが、それでもかなり負担はある。

カメラを手放さないように精神を集中し続けるのも、限界が見えてきていた。

 

やがて、暴力的でありながら妙に統率された風が収束しきるのと、暴風によって内藤が目を閉じ切ってしまったのは、ほぼ同時の事であった。

 

――周囲に静けさが戻る。

 

( >ω^)「止まっ……た?」

 

恐る恐る、目を開けていく内藤。

一体今自分はどうなってしまっているのか、ルーミアはどうなったのか。……それにハインや魔理沙は――

全ての解答を探す為に、見開いた内藤の目に飛び込んできたのは――

 

射命丸文「――やぁやぁどうも! 毎度おなじみ……じゃなかった。"文々。新聞"を発行しております清く正しい射命丸文と申しまっす! あ! 宜しければまずは号外からまずは一部程――ってあややや、今は手持ちに無いんでした! じゃあもういっそ新しい記事をパパパッと書き上げますので、それをご覧になられませんか? 生原稿ですよ生です生! 新鮮です!」

 

( ^ω^)

 

いつもの星空。

足元で静かに渦巻く風。

そして突然現れた見知らぬ女の子からの、いきなりの新聞勧誘だった。

 

(;^ω^)「――はい?」

 

勿論、状況なんて呑み込める訳がない。

 

射命丸文「――あのー、もしもーし。聞いてらっしゃいますかー? 内藤さーん?」

 

( ^ω^)「えっ……ああ、はい……」

 

目の前に突然現れた女の子は、こちらの生返事を聞くか聞かないかの内に、また再び良く分からない話を始めた。

白のシャツに、揺れる黒いフリル付きのミニスカート。一見すると、普通の女の子にしか見えないのだが――。

 

(;^ω^)(人間じゃあ、無さそうだお……)

 

――その足に履かれた一本下駄と頭にのせた赤い山伏風の帽子、何よりもその紅い目が人間らしさを遠ざけていた。

ルーミアと同じ紅い目。人間じゃない事の証。……でも、何故かこの射命丸文と名乗った女の子も悪い奴には思えそうに無い。

現に、こうして襲われるわけでも無く、何かの……勧誘? をされている。

 

射命丸文「――っと、そういえばそろそろなので。"覚悟"。決めてくださいね」

 

( ^ω^)「えっ……ああ、は……――はい?」

 

――覚悟? 一体何の事だと、目の前の女の子が指し示す方向に視線をやる。

 

向けられた人差し指は下向き。

 

( ^ω^)「わぁ高い」

 

木材の積み上がった地面が、とても遠く感じた。

 

射命丸文「風。そろそろ止む頃なので」

 

ニッコリと射命丸が微笑んだ瞬間、足元で渦巻いていた最後の風が消えたようだった。

 

(;゜ω゜)「え、ええええええええ!?」

 

突然のフリーフォール。高さは階数で言うと4~5階分といった所か。

まず死ねる。お釣りも出るだろう。返せないが。

 

射命丸「あややや……、こんなトンデモな場所で呼び出した割りには、ちょっと慌てすぎじゃないですか?」

 

等速で一緒に落ちる――というより降りてくる射命丸。その表情はどこまでも平常運転。

 

(;゜ω゜)「お、落ち――! あばばばばばば!!」

 

勿論、あちらが余裕でもこちらには会話の余裕なんてありやしない。

迫ってくる木材の針山。

一番近い旧校舎の梁も、手がとどく距離には無い。

 

射命丸「仕方無いですねぇ。……あばばば言ってないで、落ち着いて私の言う事に従って下さい」

 

そう言うと、射命丸は落下する内藤の先に周り、身振りを加えて説明を始めた。

まず、その手で箱型の物を抑えるようなポーズを見せる。

 

射命丸「良いですか? 片手でカメラをしっかりと握りしめて、地面に並行になるように"跳んで"下さい。そりゃもう思いっきり! 後は私が全力でサポートします」

 

(;゜ω゜)「と、跳んでったって足場が無いんじゃ――」

 

射命丸「"イメージ"が大事です。貴方の体の周りを小さな竜巻が覆っている。だから、どこからでも踏み出せるのだと!」

 

(;゜ω゜)「そんな事急に言われてもイメージなんて……」

 

内藤が戸惑う間にも射命丸文の背中の向こうに地面が迫ってきている。迷う時間は無いようだ。

 

(;゜ω゜)「ああああ! もうこうなったら破れかぶれだお!」

 

このままだと死ぬ。失敗しても死ぬ。なら挑戦したほうがマシだ!

 

射命丸「――その意気です」

 

射命丸はニコリ、と笑うと、その姿を煙のようにかき消してしまった。

だが、後に残された内藤にその事を気にしている暇も無い。

 

(;゜ω゜)「集中、集中!」

 

フリーランニングを始めた時も、同じように怖かった。

だが、今はもう平気だ。それは何故だっただろうか?

そう、それは――

 

( ^ω^)「――何も無くとも、風はある!!」

 

――風がいつも自分と一緒にあると、そう信じてきたからだ。

 

言われたとおり、見えない空中に足場があると強く自分に言い聞かせる。

そして、無心のまま一気に大きく踏み込んだ。

 

"突風「猿田彦の先導」"

 

目の前にカードが突然現れ、そのまま体に吸い込まれたと思った次の瞬間。

 

内藤は、風を纏って空を跳んでいた。

 

(;゜ω゜)「と、と、と、と――飛んだぁ!?」

 

地面スレスレに迫る垂直落下から、ほぼ90度曲がるような物理を無視した方向転換。

そして突然発生しだした、自分の体を中心とした空気の渦。

一番驚いているのは、空を跳ぶ内藤本人だった。

眼下には、旧校舎側のもう使われていないグラウンドが広がっている。

 

(;^ω^)「は、速!? 怖ぁッ!?」

 

飛ぶと言っても、結局は空中で方向を変えられただけで、自由に空を行ける訳でも無さそうだ。"飛ぶ"では無くまさに"跳ぶ"といった感覚が相応しい。

 

(*^ω^)

 

それでも最高の一瞬だった。最初にフリーランニングで大ジャンプ移動した時のように。

風を切り、風を纏い、そして風と成る。

そこに道理や常識は無いが、それでも事実として今まさに自らの身を持って体現しているのだ。

"空を飛ぶ"という人類の夢の一つを、まさか幻想《ユメ》が叶える日が来るとは想いもよらなかった。

 

だが、やはりこの一瞬も永遠ではない。やがて体を中心に鎧のように渦巻いてくれていた風が先に消える。と、体が地面の方に徐々に引っ張られていった。

 

大ジャンプは着地のバランス調整も大事である。一気に衝撃を殺すのではなく、"流す"のだ。

少しづつ近づいてくる砂と土の大地。やがて、かかとから擦るように着地を初めると、そのまま走り抜けるように少しづつ速度を――。

 

(;゜ω゜)「――って、ちょ!? やっぱ止まらうおわああ!?」

 

――落とすこと無く、内藤は思いっきり地面を吹き転がっていった。

なんせ人間の身で出せる次元の速度では無かったのだから。

当然、このレベルの速度を落とす技量は内藤には備わっていなかった。

結局、かなり無様な着陸を果たす。

 

射命丸「あやややや。……大丈夫ですか?」

 

立ち上る砂埃の中、まるで最初からそこに居たかのように射命丸が現れる。

その声に反応するように、内藤は二、三度体を身動ぎすると、ムクリと起き上がった。

 

( ;ω;)「ううう……死んだお。絶対今ので死んだお……。――ってアレ?」

 

涙目になりながら、体のあちこちを確かめるように触っていく。

手、脚、頭――。

 

(;^ω^)「あんまり……痛くないお?」

 

それどころか、目に見えてダメージも無いようだ。

骨折はおろか、ずっと鈍い痛みのあった脚や肘の違和感も消え去っている。

 

射命丸「ああ、それは当然ですとも。なんせ今の貴方の体は、私"鴉天狗"のソレと同等――(のちょっと下の下くらい)。人間と違ってこのくらいじゃなんともなりませんて」

 

(;^ω^)「え? 天……狗? ……良く分からんけれど、そのおかげでなんとか命拾いしたって事かお?」

 

何やらちょっと聞こえなかった部分があったが、とりあえずは大部分が彼女のお陰なのだろうか。

残り部分は旧校舎周辺が空き地同然の芝混じりのグラウンドだったという幸運。

 

射命丸「ええ、なんとか命拾いさせました! まったくこんなオチじゃ新聞のネタにも出来ませんからね」

 

(;^ω^)「こちらとしても勘弁願いたいお……」

 

その場に座り直して一息。落ち着きを取り戻したお陰だか知らないが、疲労感はあるものの体が大分楽になった。

とは言え、マシになった。という程度の話。精神的にもそろそろ流石に色々と疲れが溜まっている。頭も処理落ち気味なので、このまま少し状況を整理して呑み込み直したい所で――

 

射命丸「いやーそれにしてもまったく貴方は運が良いですよなんせ幻想郷でも最! 速! であるこの射命丸文とのパートナーになる幸運に恵まれたんですから私としてはもっとこうスマートでカッコ良さげで知的な殿方か物凄く可愛らしいちっちゃめの女の子のほうが好みだったんですけれどもまぁ贅沢は言えませんねなんせせっかくのお祭ですしとりあえず最前線で良い感じに記事のネタを収集出来れば良い訳ですからっておやどうしました内藤さんぼーっとしてあんまり良くないですよ呆けていると足元救われますし注意一秒ケガ一生と言ってですね注意力散漫なのは今後の人生にも大きく影響を――」

 

( ^ω^)

 

整理、出来ない。させてくれない。止まらない。

情報量が多すぎて耳から話も入ってこない。

しかし、待っていても終わりそうに無いので、無理やり今分かってる事をまとめてみる。

 

――さて、いつも通りの朝の起床の後、重なる不運によって遅刻。その罰としてあのロクデナシ……もとい担任に居残り強制奉仕活動させられ、帰ろうとした最中に金髪の可愛い女の子を保護しようとしたら、いきなり襲われてっていうかアレ人間じゃなかったんじゃないかという展開になって、気がついたら持ってたカメラと、どっからか出てきたカードが合体して、風がぶわーっとしたら自称鴉天狗だとか言う女の子に出会い頭に新聞勧誘からのフリーフォール、そして生還したものの人間だったはずの体も鴉天狗になってますよという衝撃発言、その後にマシンガントークコンボを開始されたという所か。

 

( ^ω^)「あー、あるあるー!」

 

射命丸「ええ。良くある事ですね!」

 

爽やかに吹き抜ける風の中。初対面の鴉天狗さんと一緒にアハハと笑う。いやまったく愉快な話もあったもので――

 

(#^ω^)「――ってねーお! 非日常的イベントの詰め合わせじゃないかお!」

 

流石にオーバーフロー。処理能力の限界を超えた事態が起きすぎだ。

そして誰一人としてその真相を教えてはくれないのだ。オマケに既に二、三度死にかけてすら居る。

温厚な内藤のストレスも限界点に来ていた。

 

射命丸「あややや? まだ混乱してるんですか? でも――」

 

遠くから僅かに聞こえてきた、地面を踏みしめる音。

 

射命丸「――あんまりゆっくり整理している時間は無いようですよ?」

 

打って変わって鋭さを見せる射命丸の声と顔つき。反射的に音の方へと振り向く。

瞬間、視界を埋め尽くそうとしているのは、あの闇。

 

(;^ω^)「えっ――?」

 

射命丸「跳んで!」

 

(;^ω^)「お、おお!?」

 

訳も分からないまま声の通りに、言われるがままその場から飛び退いた。

それだけ――ただそれだけの事しかしなかったが、内藤を驚かせた物は二つあった。

急に跳べと言われたのだ。心の準備と体の準備を合わせて、リズムよく飛び上がった時とは全く違う。

精々縦横方向に1m跳べれば上等。体の披露具合から通算すれば、その半分以下くらいかというのが大まかな予想だった。

 

ところが現実は予想を軽々と超えてみせた。

 

(;^ω^)「――た、高っ!?」

 

建物の二階程度に飛び移れるような跳躍。メートルにして2~3m。適当に跳んでこの高さだ。

やがてそのまま重力に引かれ着地をしたが、足に痺れが出ることは無い。

明らかに異常な身体能力。普段とは全く別……いや、別種の生物にでもなった力と気分が沸き上がって来ていた。

しかし、感動なんてしている暇は無い。

 

射命丸「次、来てますよ!」

 

(;^ω^)「おっ……まだ来るのかお!」

 

闇の塊が、タコの触手のように、風に煽られる波のように、独特な動きを持って迫ってくる。

動きは早いとは言えない。だが、様々な方向から意思を持って迫るそれを避けることは困難だろう。

ドッジボールの時に、巫山戯て5~6個の風船で試しにやってみたことが過去あったが、それでさえも避けきれなかった。

それは速さが足りない故に。

だから――

 

(;^ω^)「おっおっ……おおおー!」

 

まるで足の中にバネでも入ってるかのようなしなやかさ。

しっかりと大地を力強く踏みしめられる力強さ。

瞬時に周囲全てを視認しきれる動体視力。

それらが繋がる事で生まれる速度――。

全ての闇を避け、躱し、次の回避の為の体勢を整える。

今の内藤にとってはすでにイージーモード。

 

(;^ω^)「ちょっ……! なんだこれなんだこれなんだこれ! 体が軽すぎて気持ち悪いお!?」

 

ただし、初見の体力を制御しつつの、だ。

 

射命丸「……むぅ、やはり人には少々速度が素敵すぎましたかねぇ?」

 

跳び過ぎて逆に闇に突っ込みかける内藤を冷静に見下ろしながら、射命丸は苦笑いで呟いた。

 

しかし、そんな内藤ホライゾンの初見プレイも唐突に終わりを迎える。

崩れた木造校舎の上で輝く月。それがまたしても雲に隠れ、辺りが自然の闇だけに染まって行ったのだ。

 

ルーミア「――なぁんだ、せっかく食べられる人類さん発見したとおもったのになぁ……」

 

(;゜ω゜)「……! 校舎の倒壊を受けたのに――?」

 

ぬるり、という表現が似合うようにその闇の中から現れたのは、やはり常闇の妖怪ルーミアだった。

どこか残念そうにしているようだが、彼女の瞳は陰った月の代わりに尚も妖しく強く輝く。

それよりも驚かされたのは、ふわりふわりと両手を伸ばして浮かぶその姿には、見る限りダメージの一つも残っていない事だ。

 

対してこちらは――

 

(;゜ω゜)「ぐうッ……!」

 

流石に疲労が足腰を中心に来ている。初めて自転車に乗った時のように、慣れない力の制動をかけ続けた故の反動だった。

動けないわけではないが、これ以上の長期戦は流石にまずい。

やるとしたら短期決戦――!

 

(;^ω^)「何か出せる技は無いかお!?」

 

真っ先に思い浮かんだのは先ほど宙を翔んだ瞬間の事。

あの時、ハインが魔法使う時と同じように空中にカードが現れ、それから体を包みこむように風が発生したように思えた。

もしかしたら、今ならハイン程では無いにしろ、反撃出来るだけの力があるんじゃないか。そう考えたからこその発言だった。

答えを求めるように、射命丸の方を見る。が――

 

射命丸「――申し訳ないですが、今は"スペルカード"を使わせる訳にはいきません」

 

(;^ω^)「……!? どうして――」

 

射命丸「リスク無しで出せる物でも無いんです。……ついでに言えば、貴方は敵の正体にすら気がついていない」

 

(;^ω^)「正体?」

 

射命丸「――こういう事です!」

 

(;>ω<)「!!」

 

射命丸は行き成り片手を振りかぶると、手刀の形にして内藤の眉間目掛けて振り抜いた。

瞬間、イメージさせられたのは額を安々と貫く彼女の貫手。

思わず内藤は目を瞑り、続いてくるダメージに備える。が――

 

(;^ω^)「……え? あ……れ?」

 

待てども一向に感じないダメージ。

恐る恐る目を開けると、射命丸の手は確かに自分の頭部を貫いていた。

――否、"透かして"いた。

まるで、内藤ホライゾンと射命丸文という存在が、同じ場所に居るかのように見えて、別々の世界に存在しているとでも表しているように。

 

射命丸「私は――いえ。"私達"は実体を持ちません。故に、どのように攻撃されようとも傷一つ負わない。ルーミアさん相手に何かしようってんならパンチラでも追いかける方がマシって物ですよ?」

 

(;^ω^)「実体じゃない……?」

 

つまりは本物じゃない、ということなのか? それに"私達"?

 

从 ゚∀从「――積もる話は後にしておきな、肉まん」

 

( ^ω^)「ハイン!」

 

内藤が再び湧き上がる質問をする前に、別方向から聞こえてきた声。

ルーミアと、射命丸の間に立ち塞がるように現れたのはハインの姿だった。

ホコリまみれになっているようだが、出血等はしていないようだ。

その手の上で八卦炉を弄びながら、鋭い眼光をルーミアに対して向けている。

 

(;^ω^)「無事だったのかお! 良かっ――」

 

良かった、と言い切る前にハインは八卦炉を向ける。

――ルーミアではなく、内藤に。

 

(;^ω^)「え――?」

 

从 ゚∀从「仲良しごっこはここまでって事だ。これでテメェも晴れて"祭りの参加者"だからな」

 

内藤は言葉を発そうとして――出てこなかった。

ハインの目が、その意思の固さを示していたから。

 

ルーミア「仲間割れー?」

 

从 ゚∀从「割れるほどの仲でもねーよ。オレは"器"を守ってただけだからな」

 

(;^ω^)「ハイン……」

 

明確な拒絶。どっち付かずではない強い言葉に対して、言い返せる事なんてありやしなかった。

実際、今日出会ったばかりでハインの事などよく知らないも同然なのだから。

 

ルーミア「まーなんでも良いやー」

 

色々とショックが続いた内藤と対象的に、大きな欠伸一つ。

ルーミアはあくまでも自己中心的に行動したいようだ。

三つ巴の戦い。乱戦。そんな言葉が思い浮かんで、額から一筋汗が流れ落ちる。

――だが、次に出てくる言葉は、流石に予想を超えていた。

 

ルーミア「そろそろ飽きてきちゃったしー……帰るねー」

 

从;゚∀从「おいコラ待ちやがれ! 逃すかよ!」

 

退屈そうにこちらに背を向けるルーミア。

本気で帰ろうとしているその様子に、慌てて近寄るハインだったが、その行く手はまたしても展開された闇によって防がれる。

ハインの舌打ちが、こちらまで聞こえてきた。

 

从#゚∀从「……次は逃がさねぇからな。テメェも――その奥で隠れてるヤツもな!」

 

ルーミア「――そーなのかー?」

 

闇と同化していきながら、ルーミアは口を歪ませる。

その笑みは、今までがルーミアにとってお遊びに過ぎなかったのでは無いのかと思わせるほど、妖しく底知れない笑みだった。

やがて浮雲が月を解き放つと、もうそこにはルーミアも……その奥に控えていたという誰かの姿も残って居なかった。

 

从 ∀从

 

しばし、誰も居ない空間を忌々しげに見つめるハインだったが、八卦炉を強く一度握り締めると、そのまま懐に閉まいこんだ。

次にその足の向かう先は、内藤の元。

 

(;^ω^)「う……あ……えっと……」

 

射命丸「……気をつけて!」

 

どうしようかと戸惑う内藤を守るように、射命丸が半身前に立ち塞がる。

俯き気味のハインの表情は、読み取れない。

 

射命丸「一応感謝しますよ。魔理沙さんとそのパートナーさん。お陰で命拾いした気分です。――付きましては、他人を大体守ったという貴方達の英雄的行為を早速記事にしたい所ですので、今日はこのまま見逃していただけませんかね?」

 

魔理沙「おいおい、感謝してるって割にはまるで悪党みたいな扱いだな。――それに、記事にするって言ったってどうせまた面白おかしく書くだけだろ?」

 

挑発にも聞こえる射命丸の牽制に対し、ハインの代わりに応じたのは魔理沙だ。

まるで顔見知りだったかのように、幻影のような半透明少女二人は言葉を交わす。

 

射命丸「記事はやはり読んで面白いように書くのが一番です。ですから、なるべく良い記事にしておくために尚更美談のままにしておいた方が良いと思いませんか?」

 

魔理沙「面白い方が良いってのには同意だが、後者は別だぜ」

 

手をひらひらとかざして、魔理沙は笑う。射命丸も合わせて笑顔を作っているが、両者に友好的な雰囲気は微塵も無い。

 

「頭の回転が早いお前の事だから、この戦いが何たるかってのはもう理解ってるよな? ま、要は――」

 

そこで、魔理沙の視線は一点へと向けられる。その先は――

 

从 ∀从

 

(;^ω^)

 

無言で対峙する契約者二人。

 

魔理沙「――私達もお前らも、遅かれ早かれ勝ち負けは付けなきゃいけないって事だ」

 

(;^ω^)「……ハイン」

 

从 ∀从

 

ハインは、答えない。

その手に八卦炉を握りしめたまま、感情を漏らす事無くただ立ち塞がっている。

 

本当に、このまま襲ってくるのか。助けてくれたのは、本当に夢想器とやらの為だけなのか。

もし、もう敵ならばいち早く行動を起こした方が良い。でも、それはハインを敵だと自ら認める事になってしまう。

 

物言わぬハインを前に、ただただ結論に迷う事しか出来なかった。

 

――だがそんな緊張の一瞬も永遠には続かない。

 

从 ∀从「――"夢幻例大祭"を精々闘い抜けよ。肉まん」

 

( ^ω^)「!」

 

一言、たった一言だけだが、すれ違いざまハインはそう告げていった。

数瞬遅れて振り返る。

 

魔理沙「ま、どうせ勝ち負け付けるなら面白くなって来てからのが良いって事だぜ」

 

何もせず去っていくハインの背中で、魔理沙も手を振りながら消えていった。

 

――見逃してくれた?

 

こういう時に何て返すべきなんだろうか。

助かった?

ごめんなさい?

 

いや――

 

( ^ω^)「……ありがとう。だお」

 

決して振り返らない彼女達に向けた、か弱い純粋な感謝の言葉。

やがて、ハインの姿も言葉の余韻も、夜闇に紛れていった。

 

ハインの心は分からない。

だがともかく、これで終わったのだ。敵は追い払い、器も守り、生還を果たした。

 

(;^ω^)「――はァァァ……。今日はもう限界だおー……」

 

腹の中の空気を全部吐き出しながら、仰向けに地面へと手足を投げ出した。

服が汚れるかなと少し躊躇もあったが、良く良く考えなくとも制服は既に砂埃だらけ。今更気にする事もない。

それにもう一歩も歩けないし、歩きたくないし、歩かされたくないくらい疲労しきっている。

 

(*^ω^)

 

でも、心は不快どころか、妙にスッキリした爽快感に満ちていた。

何故かは自分でも分からない。

 

射命丸「うーん、中々スキャンダラスな関係のようですねぇ」

 

(;^ω^)「な! そんな爛れた関係じゃないお!」

 

射命丸「あやややや。冗談ですってー!」

 

……ああそうだ。まだ謎は沢山あった。特に目の前に突然現れたこの女の子。

イタズラっぽくこちらを興味深気に観察する彼女の視線の理由もそうだが、初対面の筈なのになんだか親しみが感じられるのも不思議だった。

 

(;^ω^)「えーと……ともかく、初めまして……だお?」

 

射命丸「これはどうもご丁寧に――って、堅苦しいのは無しで行きましょうよ内藤さーん!」

 

(;^ω^)「おおお……これは何とも失礼致しまして――ってあれ? 名前名乗ったかお?」

 

そう言えば、さっきも呼ばれていたような気がする。

そんな事ですか、と射命丸は笑って答えた。

 

射命丸「貴方の事は、カメラを通して見てましたからちょっとだけ知ってます」

 

( ^ω^)「カメラって、このカメラかお?」

 

手に持ったままのカメラを軽く掲げる。

それを目にした途端、射命丸の顔がちょっと明るくなった。

 

射命丸「そうそう、それですそれ! いやぁ無事で良かった! ちょっと諦めかけてたりしましたが、何とかなるもんですねぇ! ――それにしても、極限状態にも関わらず敵に屈しない貴方の姿。とても凛々しかったですよ?」

 

(*^ω^)「うぇ!?」

 

両手を後ろで組みながら、顔を近づけ、そして虚を付いた行き成りの褒め言葉。

そんな事をされれば嬉しすぎて顔が綻びそうになる。

 

(;^ω^)「……ハッ!」

 

が――、思わず懐柔されそうになる瞬間、我に返ると慌てて周囲へ視線を巡らせる。勿論、この場に射命丸文と自分以外誰も居ない。

 

射命丸「どうかなされました?」

 

(;^ω^)「いや、何でもないお。つい癖みたいな物でして……」

 

ツンデレ気質な仲間が居る内藤ホライゾンにとって、女の子の前で崩れた顔を浮かべるという事は死活問題につながる。

お陰でついこうして、周囲を確認してしまう事態がちょいちょいあるのだ。

射命丸は一瞬首をかしげたが、軽く笑って気にしない事にしてくれたらしい。その様子は、まるで普通の人間そのものだ。

 

――だからこそ、聞かねばならなかった。

 

( ^ω^)「……ねぇ、君は――」

 

言いかけて言葉が、詰まった。

"君は"。その言葉の後にどんな言葉を繋げれば良い?

何からどう問いかければ良い??

君は、味方か?

君は、何処から来たのか?

君は、この状況について何か知っているのか?

 

一体どんな言葉なら、この溢れる謎を解いてくれる鍵となるのだろうか?――。

 

だが、こちらのそんな苦悩をまるで見抜いているかのように、射命丸は優しくはにかんでみせた。

 

射命丸「――それ、実は私のカメラなんですよ」

 

(;^ω^)「これ、射命丸さんのなのかお!?」

 

射命丸「ええ! 長年連れ添ってきた自慢の相棒です」

 

正直驚いた。なんせ想像していたのは髭を蓄えた老人みたいな人だったのだから。

若い頃は各地を旅しながら写真家として活動し、様々な苦労と別れの末に実績と経験を詰み、晩年は家族の写真を大事にしていたりしてるようなそんなダンディズム溢れまくりなお爺さん像。ちなみに白髪ヒゲ。

――それがまさか、こんなに若い女の子の持ち物だったなんて。もしかしてここまで使い込むという事は、見た目以上の年齢なのだろうか。

 

射命丸「なんだか失礼な事を考えられたような気がしますが……見逃しましょう」

 

(;^ω^)

 

どうも勘も鋭いらしい。

じとりと向けられた目線から逃れるように視点を外す。

 

射命丸「まぁ……いきなりこんな状況になれば、狼狽ぐらいはするでしょう。私の事も急には信用出来ないと思います。ですので――」

 

( ^ω^)「お?」

 

射命丸が指し示したカメラに、目が行く。

 

射命丸「――私の大事な物を一旦貴方に預けます。これで貴方と私の大事なカメラは一蓮托生。――闘いが続く限り、貴方とカメラを、私の風でお守りすると誓いましょう」

 

( ^ω^)「……分かったお」

 

少し考えてから小さく承諾の意を告げると、射命丸はまた、はにかんだ笑みを浮かべた。

ルーミアと同じようで、でも違う印象を与える綺麗な人外の紅い眼。

纏う雰囲気や、鴉天狗という種族名。

どう考えても人間の常識には収まらない彼女らを、簡単に信用するべきでは無いのだろう。

だが、そうだとしても――

 

射命丸「――本当に、壊されなくて良かった……」

 

――使い古びたカメラを、心から愛おしそうに眺める射命丸の目は、色が違っていたとしても、人間に害を成す者のソレでは無かった。

少なくとも人類の敵なんかじゃないんだと、根拠は無いがそう信じられた。

 

射命丸「んん? 何ですジロジロ見てー」

 

(;^ω^)「え!? あー、えと……いや何でもないお?」

 

文字通り人間離れした雰囲気と言うか、若さと老獪さを兼ね備えたワインのような神秘さと言うか、正直射命丸の魅力が気になって仕方なかった。

恋心やら友情やらとも恐らく違う謎の感覚。言うなれば、何かこう波長が合いそう……とでも言うべきだろうか。

ともかく、変な感じに受け取られないように誤魔化さないとならない。

 

(;^ω^)「えーと……あ! そう言えばまだちゃんと自己紹介してなかったお?」

 

射命丸「あややや! そういえばそうでしたね!」

 

言い訳が思いつかないから咄嗟に言い出した話題なのだが、意外にも乗ってくれた。どちらにせよ丁度いい機会だ。

息を吸い直し、とびきりの友好的な笑顔で一言。

 

(*^ω^)「――僕は内藤ホライゾン。人間の学生だお! ブーンってあだ名で呼んでくれていいお!」

 

射命丸「では、私も改めまして――射命丸文。鴉天狗で、清く正しい新聞記者をやっております。アヤちゃんっ♪とか、アヤヤっ♪とかお好きにお呼びください!」

 

あだ名の所で、可愛らしくポーズを取るが、なんだかちょっと似合わないと思った。

勿論、そう思った事は一生心の奥にしまい込むつもりだ。

 

(;^ω^)「流石にいきなりそれはキツイから……射命丸って呼び捨てにする所からでいいかお?」

 

射命丸「えー根性なしですねぇ。ブーンさんはー」

 

(;^ω^)「しょっぱなからハードル高いんだおー……」

 

月明かりの下。和気藹々とする人間と妖怪。

 

思えば今日は確かに色々と人生が変わるような事が起きた日だった。

 

"夢想器"、"幻想片"……そして"夢幻例大祭"。謎は深まるばかりで、まだ納得出来る真実にはほど遠い。

 

死を自覚したのも一回や二回じゃないし、その上まだ完全に助かったとは言いがたい。

 

だけど――

 

射命丸「――これから長くも短い間。最高の記事を創る為に、よろしくお願いしますね。ブーンさん!」

 

( ^ω^)「――こちらこそ、よろしくお願いするお。射命丸!」

 

――それでも今日は、人生で最高の日なんだ。

 

 

こうして、月を背に輝く笑顔を向けてくれる射命丸の姿。その幻想的な光景が、記念すべき内藤が初めてシャッターを切った情景になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これで射命丸文も契約を果たした」

 

同じ月の下、物静かな学校棟屋上の一つ。

その闇に佇む者の金色の眼は、人間と鴉天狗の両名を見据えていた。

 

「内藤ホライゾン。潜在霊力、身体能力、存在格力――何をとっても特筆すべき事項無し。予定外存在《イレギュラー》には成り得ない」

 

全てを見た上での結論だった。

内藤ホライゾンが危機を迎え、"器"と"欠片"を対と為した――今宵起きたその全てを。

 

「それはどうかな」

 

背後の闇。そこからの声に視線を向ける。

 

「……何が言いたい。人間」

 

投げかける声に、感情は篭っていない。

この観測は目的の為の情報収集。ただそれだけだからだ。

 

「計測からの計算だけじゃ、この世界は面白く成り立たないって事さ」

 

だが、返答として返される声は、まるでこの状況その物を楽しんでいるかのようだ。

それが少し、不快な刺激として胸の内に残る。

 

「愉快かどうかなど、結果の副産物で良い」

 

「センチメンタリズムは苦手かい? "式神"の"八雲藍さん"には」

 

「――もう、私は"式神"等ではない」

 

視線を外し、月を見上げる。

 

「八雲の名を冠するはいまや私のみであり、私を律するのは私自身だ」

 

妖の心を揺さぶる月の光。それを眼《まなこ》一杯に映しても尚、感情は写さない。

 

「私は"八雲"の名において、この祭りを――"夢幻例大祭"を完遂させる。命を賭して、だ」

 

感情の無い変わりに、言霊に込められたのは決意と覚悟。

その声が、周囲へと溶け込むと共に、その姿さえも闇に溶けるように消えていた。

残されたもう一人は、誰も居なくなった屋上で一つ、胸に溜まった空気を吐き出す。

 

「……内藤ホライゾン。良いラッキーアイテムを手にしたみたいだね。でもまだ、それじゃ足りない。まだ、ここまで辿りつけない」

 

視線の先の内藤は、問いには答えない。観測されている事すら気付かない。

無邪気にはしゃぐその姿に、くすり、と息が漏れた。

 

「――君は俺の世界を殺してくれるかな?」

 

期待と諦めを帯びた、澄んだ願い。その言葉を受け止める者はまだ居ない。

その言葉を最後に屋上から全ての気配が消え失せた。

 

 

 

――数多の想いと覚悟が交差する大きな闘い。その幕開けを優しく告げるように、全てを見守る風が世界を流れていく。

 

 

 

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